|
■オープニング本文 ●眞那(シンナ)にて ここは泰国は南那(ナンナ)北西部に位置する眞那(シンナ)――。 「統治者の薫陶(クントウ)氏もやむなしと考えているし、何より眞那の多くの民たちが望んでいることだ。これは分かるな?」 椀・薫陶に仕えることとなった洪義賊団の首領、洪・白翌(こう・はくよく)が振り返って問い掛けた。 「南那が海産物と交易で栄えたため内陸側が冷遇され、長年不満がくすぶっていたのは良く分かりましたが……」 向かいに座る香鈴雑技団の陳新(ちんしん)が慎重に答えた。 「内乱までは望んでないのではないでしょうか?」 最後は、顔を上げて言い切った。 真っ向から疑問を呈した形だが、白翌はむしろうれしそうに頷いている。 「その通り。だから、薫陶氏は部外者の我々を抱え入れた。……いままで領地内軍備は椀那(ワンナ)側が一手に握り、志体持ちの職業兵士は直轄の親衛隊だけにしたからね。これは内部安定のためにはとても良かった。……ただし!」 毅然と語尾を上げる白翌。 「内政が一方的になりすぎたね。陸地側の主張は通らなくなった。……いいかい、陳新」 ここで白翌、陳新の側に移動した。 「政治は、軍事力だ。……これは常に軍事力を駆使して戦えばいいという意味じゃない。今回の作戦はどちらも『直接戦わないための交渉材料作り』だ」 隣に座って説得する。 「じゃあ、どうしてその『どちらも』のうちの一つを私に選択させようとするのです?」 陳新、難しい顔をして返す。 「私は優秀な人材を欲している」 「私にそうなれ、と?」 白翌、無言で頷いた。陳新はため息をつく。 「お館様の中で答えは出ていないのですか?」 「どちらでもいいと思っている。……これは無責任に言っているわけではなく、どちらもいい手だと思っているからだ。そして、後の流れにも関係する大切な、責任の大きな選択だ。君が大きく成長するのに助けとなる。もちろん、アドバイスが欲しいなら私はそれを与えることができる」 ここで陳新、ピンときた。 「開拓者を雇ってアドバイスをもらってもいいですか?」 「ああ、いいよ。君がそれで君なりの答えを見つけることができるなら。その後の作戦展開も開拓者と一緒にやってくれてもいい」 白翌、あっさりと言い切った。 「ちょっと……今は片方だけ選べということですよね。開拓者を雇って両方の作戦を展開するってことはないんですか?」 「君が望めばそうしてもいいが……後の展開を考えると両作戦の同時進行はやめた方がいいとだけ助言しておくよ。隙を見せて相手を先に手を出させるのも手だが、叩き潰されたらお終いだ。もちろん、今回のことを対立側の椀那と知らせてもいいよ」 そうなると、眞那の民の期待を裏切ることになるがね、と付け加える。 「分かりました。私のやり方で眞那の民の期待に応えてみます」 陳新、開拓者に相談する決心をした瞬間である。 陳新が、洪氏から選択を託された作戦は次のとおりである。 ・【北窓】栄進側(椀那)側の領地北部の町「北窓(ホクソウ)」の占領 北窓は、南那領地の東境となる切り立った山地に一番近い町。統括者は、一帯を統治していた山賊の血筋に当る刻・概堂(コク・ガイドウ)氏。刻一族は志体持ちの血筋で、本人のほか数人が志体持ちで城砦都市の北窓を守る。一握り以外は50人程度の一般兵が戦う。 ここを落とせば椀那攻略上、大変便利になる。 ただし、補給路が長くなるため眞那と分断され孤立する恐れもある。一方で、眞那と椀那を直接最短距離で結ぶルートからは大きく北に外れるため、「いきなり椀那の喉元に刃を突きつける行為」とは見なされない。大義名分として、今は椀氏に恭順の意を示しているが、呼び掛けにも関わらず志体持ち部隊を所有しつつ正規軍への編入を拒んでいるので討伐と言い抜ける事ができる。 ・【互輪】一夜城建設による、宿場町「互輪(ゴリン)」の牽制 南那の主要河川である眞江(シンコウ)に架かる、往来橋(オウライバシ)を占拠します。 眞江は事実上、栄進と薫陶の直接統括地の境界となっています。軍備を持ってこの川を大きく踏み越えると「一線を越えた」と判断されてしまいます。 したがって、まずは眞江に架かる最大の橋で、椀那と眞那を結ぶ最短距離にある往来橋を占拠し椀那側の出方を探ります。 往来橋に一番近い町は椀那側の「互輪」で、常に監視されているといっていいでしょう。 陳新はこの橋の占拠に、眞江上流の森から筏を組んでそれを砦の壁にするという「一夜城計画」を提案しています。当初、洪氏が考えていた【北窓】よりも平和的ですが、完成した翌日には互輪から一般兵が戦いにやってきますので戦闘になります。 参加者は意思統一してどちらかの作戦を選択し、予想される戦闘をこなしてください。 雑技団メンバー4人と開拓者10人という少数での作戦となります。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
真名(ib1222)
17歳・女・陰
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
津田とも(ic0154)
15歳・女・砲
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)
48歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 眞那の、洪氏の手勢が駐屯する施設の一室にて。 「香辛姉ェ、大好き〜♪」 「ちょっとこら、止めなさい烈花!」 香鈴雑技団の烈花が真名(ib1222)に抱き付きもふもふしていた。 真名、眞那に来る時は相棒の玉狐天「紅印」を連れて狐獣人変化の術を使い狐のアヌビスに変装している。 「志体持ちを放置せずに潰しておくコトと今後の戦略を考えるに動き易くなりそうなンだがねェ」 そんな二人を尻目に、北條 黯羽(ia0072)が悠然と椅子に座り、組んだ足をゆらゆら遊ばせながら確認した。黯羽の背後に控えめに浮いている人妖「刃那」はホッとしたような表情を僅かに見せている。 「ん? 何か言ったか、刃那」 『い、いえ。妾は何も』 急にぐりん、と振り返ってきた黯羽にぎくりとするも、落ち着いてごまかす刃那。 『敵はアヤカシではありませんし、不要な戦いをするのは好みません』 などと思っていたのは内緒である。 というのもちょうど今、一夜城作戦に決したところだった。黯羽は、北窓征伐を支持していた。 黯羽、相棒の様子に「まあいい」と視線を戻すと今度は下から一匹の白い神仙猫が翠の瞳で見上げてきた。 『橋というものは運送上重要だからこそ建てられるもの。おいそれと一朝一夕でできるものではありませんわ』 ルオウ(ia2445)の相棒「雪」が往来橋占拠の重要性を論じる。 「どうでぃ。雪はすっげー頭がいいんだぜぃ!」 主人のルオウの方は横に座る香鈴雑技団の前然に拳を固めて自慢していたり。自分はそうじゃない、あるいは頭脳労働はぜーんぶ任せてるんだと言っているも同然である。 「赤兄ィ…」 『ボン…』 あまりの分かりやすさにうなだれる前然と前足で額を押さえる雪だった。 「っていうか俺、『赤兄ィ』かよ!」 ルオウ、とりあえず勝手に付けられたあだ名に突っ込み。 「しかし、来るべき決戦の為、落しても問題ない都市を支配下に収め国力増強を図るのが良いと思うのだがな」 それはそれとして横から重厚な印象のある開拓者からくり、鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)が主張した。「あ。内乱といっても……」 『まだ戦いになると決まったわけじゃねえ』 テラドゥカスの言葉に顔を上げたのは、陳新とテラドゥカスの羽妖精「ビリティス」。 「作戦には従うが、民を統べるというのは尊敬されることが重要だ。生ぬるい対応は例え内乱を鎮めても第二第三の内乱を呼ぶ」 再び低音で貫録ある濁声を響かせるテラドゥカス。 『力と意志を示す事で有利な交渉が出来る様になるかもしれねーんだ……おっと、あたしのことは「ビリィ」でいいぜ』 テラドゥカスを聡し、感心して横で頷く陳新にウインクして人差指を立てる。 「そうだね」 別の方からも頷く声が。 「眞那の力を示せばいいのだし無闇に町を攻め落として恨みを買う必要ない。北窓を落としたとして補給路を立たれたら終了…」 湯飲みを手に中の茶を眺めていたからす(ia6525)が言い、くいと飲んだ。黒猫の面を被り変装していたが、いまは面を上げている。 「ルンルンも一夜城だったかねェ?」 黯羽、宝珠銃「軍人」を手入れしながら聞いてみた。 「うんっ。一夜で城が出来たら互輪の街の人達絶対ビックリすると思うし、充分力を示せるって思うもの……それに北窓は補給面でやっぱり不安が残るから」 ルンルン・パムポップン(ib0234)、元気にそう答える。 「まあ、一夜城が完成すれば敵も偵察には来るだろう。ビリィの言うように力を示す場面はすぐにやって来るはずだ」 津田とも(ic0154)が黯羽に触発され、朱藩胴乱「絢爛錦」を室内の花瓶に向けて話した。ずどん、と撃つ真似だけをする。 「……一夜干しなら作った事あるけど一夜城は初めてね♪」 ここで雁久良 霧依(ib9706)がローブを翻した。露出度高めな服装が露わになるがふいとすぐにお尻を向ける。 「でも大丈夫。眞那に協力して往来橋を占拠し、ニンジャの力で風雲一夜城を建設しちゃいます!」 「それはいいけどルンルンさん、その迅鷹はいいのかしら? ここって、飛んじゃまずいんでしょう?」 元気良く立ち上がったルンルンに突っ込む霧依。 「お正月に食べ過ぎて、暫く飛ばないから大丈夫なのです」 ぐ、とルンルン。当の迅鷹「忍鳥『蓬莱鷹』」は『くぇくぇくぇ…くぇぇ』とか声を上げながら肉をはむはむしていたり。 「霧依殿はどちらへ?」 「カリグラマシーンはお留守番♪ 預けて軍馬を借りがてら、工兵がいたら詳しく築城技術を聞いてくるわ」 聞いたからすに背中越しに答える霧依だった。 ● 南那を流れる眞江は、領地で一番大きな河川である。 ただし、水量は豊かとは言えず、何より支流や流れ込む川が少ない。農業が伸び悩む原因である。 「え? 洪氏の手勢の宿舎を建てるんじゃなかったのか?」 眞江上流の森林地帯では、すでに眞那側のきこりによって大量の樹木が伐採されていた。 「許可をもらったから、その資材を筏にして一夜城に転用するわよ」 霧依、発行してもらった許可書を見せて現場を指揮下に置く。 「……城の四隅や門等に櫓を組みたいね」 横でくぐもった声を出すのは、黒猫面の少女。もちろんからすだ。 切り出している樹木がいずれも高さがやや足りないらしい。 「力仕事はお任せするわ♪」 霧依、伐採斧「黒栖」を出してウインクする。 「うむ、忝い」 テラドゥカスが受け取り早速現場に向かう。 「じゃ、私も……」 「俺も行くぜィ。……力仕事は俺に任せろ、ルンルンは細かい異なってくれな」 ついて行こうとしたルンルンからバトルアックスを奪ってルオゥが行った。 『ボンもこういうところはさすがですねぇ』 この時ばかりは雪、満足そうに言ってルンルンの肩に飛び乗る。 「ったく。現地作業は暗い上に即座に構築しねェといけねェンだし、これっくらいはしとかないとなァ」 黯羽がかがんで筏の部材と部材の合わせ目の確認をし始めた。予め仮に並べて相性の良い形の筏と筏を見つけては後からひと目でわかるよう記号を振っている。 「さて、設計図はこれよ」 「建物は……一夜城だから塀だけ?」 「居住性は後でいいからね。それより、連絡用の釣鐘に上から狙える櫓と塀の上をある程度動ける足場を……」 霧依の広げた設計図を覗き込むルンルンに、指を差して追加希望する黒猫面のからす。 「仕方ないからルンルン忍法で守っちゃうのです」 「おい、城は火力だ。俺の持ってきた抱え大筒で狙える場所を作ってくれよ。それから、重砲撃兵器『ちは』を持ってきた。駆鎧を使いやすいようにしてくれよ?」 むん、と胸を張るルンルン。とももやって来て覗き込み拠点防衛は火力だといわんばかりに力説する。 「『ちは』……」 「どうだ、ルンルン。カッコいい響きだろ?」 「水平方向の射撃はとも殿に任せればいいね」 「じゃあ、私のストーンウォールで補強する場所をずらすからそこに射撃用の穴を」 唇に指先を沿えて興味を示すルンルン。ともは自慢の火竜型駆鎧「重砲撃兵器『ちは』」を今見せられないのを残念がる。ともの横ではからすが自分が担う予定の高所からの射撃と違う存在に満足そうな様子で、霧依が設計図にみなの意見を落とし込みつつ、自分のストーンウォールで城壁補強する場所と枚数を計算していた。 「賑やかだねェ」 黯羽、仲間の声に満足そうにしながら黙々と自らなすべき作業をしている。 その上を漂っている刃那は、気付いた。 真名が陳真を連れ出してどこかに行こうとしていることを。 「陳新、私相手なら何でも言っていいわよ」 陳新を連れ出し水辺を歩いていた真名が不意に振り返って、聞いた。 「何でもって……」 「例えば、『なるべく血は流したくない』とかね」 口ごもった陳新に促す。 「そりゃ、血を流さないほうがいいよ。姉さんとか前然たち、そしてみんなが傷付くのは嫌だし」 「それでこの先、どうするの? 洪氏は陳新と同じ考えなの?」 今度は真名、狐獣人変化を解いて真っ直ぐ見詰めた。紅に揺らめく霊気を纏った三本の尾の銀狐が真名の肩に姿を表した。玉狐天の紅印だ。 「……分からない。今まで主張できなかった民の声を拾ったのはいいことだと思う。住民が蜂起せずにすんだ。でも……」 「でも?」 「一気に決着をつけようとしてるようで、僕に任せてみたり。よく分からない」 「そう?」 真名としてはそう言うしかない。 「やってることがここの民のためなのか、自分の軍勢を育てるためなのか……」 「見定めないとね。……それより、今回は可能な限り請け負うわよ!」 真名、陳新が自分の考えを持っていて洪氏に盲従するつもりがないことに満足そうだった。 そんな二人を、遠くから見る者。 『ま、いい。……あたしも獣斧で伐採しまくるぜ!』 森の中でビリィが陳新たちに背を向け気を取り直し、小さな体で相棒用の獣斧を担ぐ。 「ふ……。わしは疲れ知らずの力を振るい伐採するのみ!」 近くにいたテラドゥカスが、がつ、と伐採斧「黒栖」を大樹に打ち込んだ。先の幅の狭い斧は、斬るというより抉るといったほうがいい。幅広の斧と違い、力が一点集中するため大きく硬い幹には有効だ。 「俺だって負けねぇぜ!」 ぐっ、と力拳をつくるルオウ。 強力で筋力を上げてバトルアックスを振るい伐採に汗をかく。 『ボン〜』 雪も主人が心配になったのか、様子を見に来た。首に巻いた風呂敷に握り飯が入っている。一休みだ。 ● 現地の作業員は、そのまま一夜城建設の手伝いもすることになった。 城壁にする筏で夜の川を一緒に下り、目的地の「往来橋」に到着した。 「一夜城は椀那側になる東詰めに造るんだったわよね? さあ、急いで!」 霧依が灯した松明を振って指示を飛ばしていた。 「筏をよく見てくれ。振ってある番号どおりに並べて組み立てりゃ簡単さね」 「川に流した番号とほぼ同じだから、どんどん組み立てちゃってくださいなのです」 黯羽が冷静に作業員に手筈を伝え、ルンルンがきゃいきゃいと励ます。男どもは気合いを入れて筏を土手から上げる。 「見よ、疲れ知らずの力を!」 テラドゥカスが筏を引いて一気に土手を上がる。 「念のため交代で歩哨に立つようお願いするわ」 「おう」 霧依の声にともが反応。テラドゥカスの横を駆け上がる。 「急げ。見付かるわけにはいかん! もしも誰かに見付かったらここで一晩だけ、丁寧に眠ってもらえ!」 とも、川の音の中で声を張る。もしも誰かに見付かったら銃床で眠ってもらうつもりなのだろう。火縄銃を構えている。 これを聞いた黯羽。 「刃那。人魂やら呪縛符で頼むさね」 『はい』 人妖に告げると、刃那は恭しく頭を垂れて警戒に向かった。 「よっしゃ。俺は忙しいから、後は雪に任せるぜぃ」 『猫呼寄で周囲の猫に強力してもらいますわ。ボンは皆さんに、猫が走ってきたら何かあったと思うよう伝えてください』 作業員と協力し、おうりゃと筏を立てるルオウ。雪はそれだけ言って周辺警戒に猫を集めるべく動いた。 「烈花、見回りに行きましょう」 「分かった、香辛姉ェ」 真名は烈花と連れ立って巡廻に。 「しかし……塀を造っても強度は足りるんだろうか」 残って作業する者には、そう疑問を呈す者もいる。基礎工事もしていない突貫工事だ。無理もない。 「出番だわね……。部材を組み合わせることで強度を上げるの。石を使えば見た目も強靭そうになるでしょ?」 要は一晩で頑丈そうな砦ができたと思わせることが大事ね、と霧依。おもむろに杖「砂漠の薔薇」を構える。 「んふふ。じゃあいくわよ♪」 この時ばかりは悪戯そう。 ――どすん。 「な、何と!」 唖然とする作業員。 いま立てた筏の塀を厚くし支えるように石の壁が現れたのだ。 霧依のストーンウォールである。 「さあ、どんどんいくわよ!」 続けて杖を振るう霧依。 その様子を見て微笑する者がいた。 「あらかた外壁が立ってきたね。それじゃ私も動こう。……地衝」 両サイドアップの髪を揺らして振り返ったのはからすだった。 『御意』 彼女の相棒、土偶ゴーレムの地衝が進み出た。赤縁の黒い鎧で全身を固めた姿をしている土偶ゴーレムだ。 早速、からすの指示した穴に切り出した長い丸太を入れて立てる。 「ほお、生きのいいのがいるな」 『へー、やるじゃねーか』 ここにテラドゥカスとビリィがやって来た。 「ちょうどいい。高い場所で4本の柱を組み合わせて結束してくれるとありがたい」 『いいぜ。そういうのはあたしに任せろ』 からすに頼まれ、へへへと得意げなビリィ。横ではふん、とテラドゥカスと地衝が次の柱を立てていた。 これで櫓も完成しそうだ。 ● 異変は、未明に待っていた。 「おい、何やってんだ。……おいおい、俺はただの商人だ。面倒事には巻き込まれたかねぇ」 「何だ? 眞那はここに関所でも作って通行税でもせしめようってのか?」 早く動く商人たちが往来橋までやってき始めていた。 「違うんです。眞那側の森側に最近アヤカシが出始めたのは聞いたことがありますよね? そういった情報を伝えたり案内するための場所を作るんです」 陳新はそう言って、用意した汁物を振舞いつつ素通りさせた。 「なるほど。不審に思って引き返されると厄介だからなー」 「うむ。民を統べるにはよい対応だ」 座って朝飯を食いつつ様子を見ていたルオウとテラドゥカスが頷いている。 「奴ら、だったらここまでの壁はいらねえだろって顔でニヤニヤしてるけどなァ」 黯羽は密かに笑っている。くい、と汁を飲み込みつつ。 「よーし、これでいつでも射撃戦闘ができる」 ともがやって来て座る。塀に射撃用の覗き穴を空ける作業が完了したようだ。 「やったぁ。風雲ルンルン城完成なのです!」 ルンルンが三角跳びで城壁に上がり、悪戯っぽく腰掛けてから満足そうに作業完了を宣言する。一段高い櫓からこれを見ていたからすもにっこり。 「さすがに錬力も減ったけどね」 疲れ果てたように言うのは、霧依。 「でも、二重構造にして相当強度は高まったわね」 ふふん、と砦を見返す。 「……おかしいわね」 ここで、巡邏に出ていた真名が戻ってきた。 「どうしたんです、香辛姉ェ?」 「いくらなんでもそろそろ気付かれるハズなのよ。夜間でもかがり火を立ててたから……あ」 陳新に聞かれて答えていた真名が、呆けたように顔を上げた。 「眞那の方から何か狼煙が……いま上がったんじゃないわ。少し前から」 『互輪の方に動きがありましたわ』 ここで、雪が戻ってきた。 雪の背後では、何やら統率の取れているような集団が整然とこちらにやって来ていた。 「さっき通した商人たち……斥候だったようだな」 陳新たちのリーダー、前然がそう判断した。 「建設途中じゃなかっただけマシね」 「わしは砦から出て前衛として敵を迎え撃つ。砦があるから籠もると思ったら大間違いだ」 す、と身を引く霧依に、前に出るテラドゥカス。ビリィも主人に付き従う。 『無血戦闘方針とはいえ、あちらにはこちらの恐怖を刻み付けましょう。ここで手を抜いてはなりません』 「よっしゃ!」 振り返る雪。頷いたルオウが熱血して走る! 「拠点防衛。但し殺しは許さん」 『御意』 からすは地衝に短く指示を出すと、射程自慢の呪弓「流逆」を引いて威嚇射撃。 すとん、と敵の前に刺さる。 ざわ……という気配と共に四十人程度の敵の集団が足を止めた。 「もう貴様らの魂胆は見抜いている。即刻立ち退いてもらう!」 敵の声。 ひゅん、とからすの二射目。 これが答えか、と得物を構えなおした敵たち。 戦闘の火蓋が切って落とされた。 「銃姉ェ、手伝うぜ?」 砦内に向かうともについて来た前然。走りながら声を掛ける。 「前も使ったがそう覚えられたか……まあいい。前然だったか、耳栓でしてろ」 とも、それだけ言い捨て銃撃口に据えていた抱え大筒に取り付いた。 「射程外だが、威嚇にはちょうどいいだろ!」 ――ごぅん! 轟音が響き渡り敵の進軍する手前に着弾した。 「な、なんじゃそりゃあ!」 敵、明らかに侵攻速度が鈍る。 「よし、次はこっちだ」 満足そうに笑みをたたえ、ともがまた走る。今度は正門前に据えた火竜型駆鎧「重砲撃兵器『ちは』」を展開。朝焼けの光で重厚に輝く深緑の巨体に乗り込んだ。すとんすとんと地面に敵の矢が刺さる。 一方、最前線。 「テラドゥカス軍団、アターック!」 『ノリノリだな♪』 テラドゥカスとビリィが敵先頭といままさに接触していた。 「ふはははは! わしの力を思い知らせてくれるわ!」 重厚な踏み込みから両手に装備した撃龍拳の拳を捻り込む! 「おわっ!」 敵は構えた盾で受けるがそのまま吹っ飛ぶ。 『サービスだぜ♪ ……っておい、敵は一般人だな』 うっふんとテラドゥカスの背後から投げキッスで誘惑の唇したビリィが看破する。 「む、鉤のついた槍はいかん。あれは砦を崩せるぞ!」 たちまち盾を構えた敵に囲まれ槍で突かれるテラドゥカス。敵の武器を優先的に壊す。 その横。 ――どごん! 「おらどうでぃ。お前ら俺に敵うってのか!」 ルオウが渾身の棍棒「石の王」がド派手に大地をえぐっていた。飛び散る土と雑草。生々しい大地のにおいと傷跡に敵は恐れをなした。 そしてひょい、とルオウの肩から顔を出す雪。 『我は猫の王なり! 人よ我が領地で争いは止めよ!』 「ひぃぃぃ〜」 怪しく光る瞳に魅せられて、敵の一人は回れ右してすたこらさっさ。 ――がしっ。 「何だ、こいつ?」 土偶の地衝、敵の槍を獣盾で防いでいた。 「よし、後を取った!」 その隙に背後を取られたが……。 「ひぃぃ!」 腰を抜かした。 ぐりん、と地衝の首が百八十度回転しこちらを向き、肩がありえない動きで回って真正面を攻撃するかのように剣「鴉丸」を振るってきたのだ。 これでまた一人背走。 もちろん、開拓者前衛をすり抜けた敵も多い。 ――どごぉん! 「うわあっ、何だ?」 横合いで炸裂するメテオストライク。 「次はもろともいくわよ?」 目の前では、霧依がにぃと笑っていた。自らも食らっている。 「射程より爆発範囲が広いのよねぇ、この技って」 さらににぃぃと笑う。敵はこの不気味さに足を止めた。 「うわっ!」 新たな悲鳴は、巨大な龍を見たから。 一瞬の姿だったが、さらに別の龍が一瞬姿を現し凍てつくブレスが来る。 「次は本気でいくわよ?」 そこには陰陽外套「図南ノ翼」を纏う真名が仁王立ち。それ以上来るなら、と黒夜布「レイラ」をなびかせ始めた。 と、思ったら。 ――ごぉぉ…。 今度は真名の後の鉄の巨体が炎を吐くではないか! ともの「ちは」だ。 その、頭上! 「はっ!」 朝焼けの光を受けて、くるんと一回転する姿。 「蓬莱王ちゃん、ニンジャ合体です!」 『ヴォォォォン』 ルンルンが迅鷹と竜巻の刃で一体化した! すたん、と三角跳びの着地を決めて顔を上げるルンルン。すかさず奔刃術。掲げた魔刀「エペタム」に竜巻のような風と光。 「行きますです!」 ぱしん、ぱしん、と敵の間を駆け抜け鉤付きの槍をへし折る。 「ち、近付くな! 城門を矢で狙え!」 今度は敵後方から矢が集中して飛んできた。 が、突然門扉前部に現れた黒い壁に阻まれる。 「この時点では余り傷付けられたくないからねぇ」 黯羽の結界呪符「黒」だ! 隣では刃那が流れ矢に当った陳新を手当てしている。 ぽんぽん、と手にした呪本「外道祈祷書」を弄んでいた黯羽が相棒の様子に気付いた。悠然とした動きが止まり眉の根を不機嫌そうに寄せたぞ? 「つまらねぇことする前にお帰り願うぜ!」 瞬間、氷の龍を召喚しブレスが走った! ――すとん、すとん。 一直線の攻撃の両脇。浮き足立った足元に矢が刺さる。 見上げる敵。 そこには、不気味な黒い姿と赤い瞳。 「次は足を狙うよ?」 からすだ。 妙な迫力についに敵は崩れるのだった。 結局、敵数人を捕縛。 ひとまず往来橋を支配下に置くことに成功した。 |