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■オープニング本文 泰国のある小さな町でのお話です。 日はすっかり暮れて、空には星が瞬き始めています。 「ほお」 場所は、薄暗くて小さな飲み屋。 満員の客達の感心した溜息が漏れ聞こえてきます。 あごひげの男、猫背の青年、薄汚れた女性。 それらの注目する中、奥まった台で1人の少年が横笛を余韻豊かに物寂しく奏でているのです。 そして、その隣にいた少女が顔を上げ、すうっと息を吸い込みました。 月の明かり 染みる心 旅路は途中 戦った 駆け抜けた 昼間の疲れ みんなの寝顔 私が守る番 一緒だからね これからもずうっと 「ん。いいわね」 客席でそうつぶやいているのは、香鈴雑技団の紫星(シセイ)です。厚い焼き口の器を傾けて、お茶を飲んでは納得の表情をしています。 ――そう。 前で歌っているのは、香鈴雑技団の歌姫・在恋(ザイレン)。横で演奏しているのは香林雑技団の道化・陳新(チンシン)です。 私が守る 私が守る 空高い月 いま誓った言葉・きらり 誰にも内緒 誰にも内緒 秘密の場所を 一緒に見つけてね・そして‥‥ ――パチパチパチパチ。 しっとりと丁寧に「開拓の歌」をうたい上げた在恋に、優しい拍手が送られるのでした。 「何よ、在恋。アンタ、ちゃんとやれるじゃない」 飲み屋の仕事の帰り道、3人並んで歩きながら紫星が言います。あ、後ろには記利里(キリリ)も歩いているのですけどね。 「うん。今日は、陳新と紫星がいてくれたから‥‥」 在恋はにっこりと微笑みを見せました。 「今日みたいなしっとりした曲なら問題はないんだけど、ね」 隣を歩く陳新の表情は、あまり浮きません。 「どういうこと?」 「元気のある歌だと、歌の雰囲気を伝えるのにちょっと弱いんだよ。いや、うまいのは間違いないんだけど、やっぱり雑技団でうたう場合は元気のある曲で盛り上げる場合が多いだろ。‥‥それ以前に、在恋はちょっと度胸がない面があって――あ、いや。それは可愛いからいいんだけど、もしも雑技団の人数が減ったりした場合は、在恋の歌声にいま以上に頼らなくちゃならなくなるだろうし」 陳新、意味深い様子でじっと紫星を見詰めます。 「な、なんでそこで私を見るのよ」 「何てこうと言うんですか、陳新さん。陳新さんともあろう方が、そんなこと‥‥」 紫星は口篭りますが、在恋が泣き始めたのでそれどころではありません。 「すまない、在恋。盗賊に襲われた一件から、ちょっと弱気になってただけだよ。僕たちは、みんなで一つ。‥‥そうだよね。これからも、みんな一緒に一つの道を行くんだ」 陳新は珍しく最年長らしいところを見せてなだめるのでした。その様子を見つつ、紫星は少しばつが悪そうだったりもします。 「ま、まあ、在恋に度胸が付いたらみんなの軽業や出し物もきっと映えるようになるし、そうなると前然(ゼンゼン)も喜ぶに違いないわね」 「ほ、本当ですか」 取り繕うように言う紫星。在恋はこの言葉を聞いて頬を染め、ぱあっと笑顔の花を咲かせます。一方で、陳新は複雑な表情なのでした。 「とにかく、最初の予定通り今まで在恋が稼いだお金で開拓者を雇って、度胸が付くよう鍛えてもらいますからね。‥‥前の村では兵馬(ヒョウマ)が頑張ってたの見たでしょ。アンタも頑張らないと、みんなから置いてけぼり食らうわよ」 「イ、イヤ。それだけは絶対にイヤ‥‥」 「まあ、そこまで深刻にならずとも。気軽にやって、雑技団の実力が上がればいいんだから」 涙目になる在恋を、陳新がいつもの様子に戻ってとりなすのでした。 「あ。あと、淑女としての立ち居振舞いも鍛えてもらうといいわね。お偉方のいるところでうたえば収入も大きいわ」 そんなことも付け加える紫星です。 果たして、どうなることやら。 |
■参加者一覧
空(ia1704)
33歳・男・砂
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
花三札・猪乃介(ib2291)
15歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 「ち、ちょっと待ってよ、兵馬」 「いいから来いって、在恋」 泰国は某町で、到着した開拓者たちとまずは挨拶してのんびりしていた香林雑技団一行だったが、兵馬が元気良く在恋の手を引っ張って別の場所に駆け出した。ほかの開拓者たちは目を丸くして見送るしかなく。 「さあ、蒼兄ィ。在恋を連れてきたぜ。これで一緒に話してくれるだろう?」 屋外に出ると、そこには琥龍蒼羅(ib0214)がいた。 「仕方のない奴だなぁ、兵馬は」 ふうっ、と蒼羅は溜息をつく。実は、以前雑技団が盗賊に襲われ開拓者に助けられた時、蒼羅も戦っていた。巧妙な抜刀術で戦わずして退散せしめたという。兵馬はその場面を見ていなかったので裏庭に連れ出し話と技の披露をねだったのだが、蒼羅の今回の役目は在恋を導くこと。後で話すといったところ、「だったら、在恋と一緒ならいいだろ」とか言い出す始末。実際に在恋を連れてくるというわがままぶりだ。 「ま、いいか‥‥それより、今までどんな旅をしてきたんだ?」 兵馬が答えかけたが、蒼羅はこれを鋭い視線で止めた。兵馬も、在恋もその意味に気付く。 「ええと。私たち、ある大きな町の下町で孤児として暮らしてたんです」 在恋が、びくびくしながら紡ぐ。蒼羅はわざと涼しい顔で聞いている。 「みんなバラバラで、その日を生き残るために拾い物や恵んでもらったりして‥‥。私は、針子で稼ぐ皆美ちゃんに頼りっぱなし。でも、こっそり独りで歌ってたら陳新さんと出会って、歌で食べていけるよって励まされて‥‥」 だんだん、在恋の様子が自然になってきた。蒼羅も、涼しい面立ちに温かさがあふれ始めた。 「陳新と前然のおかげ。‥‥ううん、それだけじゃない。死んだ鈴陶(リントウ)と、残った香者(コウシャ)。そしてみんながいたから、見てもらう人に喜んでもえらえてるの」 「優しいな、在恋は」 ほほ笑む蒼羅。 「どれ。歌の練習でもするか。在恋は、どんな楽器が好きなんだ?」 「ええっ。蒼兄さんって、演奏するんですか?」 オカリナやハープを取り出す蒼羅の様子に、在恋は瞳を輝かせるのだった。 「俺、抜刀術が‥‥」 「てめーはいいからこっち来い」 不満顔の兵馬は、突然現れた空(ia1704)が引き摺って行った。 後、歌う二人の様子を、後ろの窓から開拓者と雑技団のメンバー全員が顔を出してリズムに乗りながら見守るのだった。 ● 「泰国は初めてなんです。私にも色々教えて下さいね」 くるっと振り返ってほほ笑んだのは、吟遊詩人のアルーシュ・リトナ(ib0119)。春の陽だまりのような女性だ。 在恋は町を案内し、活気のある市や泰拳士たちがしのぎを削る道場を案内した。荒鷹陣をこっそり真似てみたりも。 やがて原っぱに。 「歌いたく、なりましたね」 うふっ、とアルーシュ。しかし在恋は恥ずかしがった。 「本当はね、私より上手い人はたくさんいるけど、子どもだからって大目に見てもらってるの。きっと」 在恋の見解は、正しい。 「それで、いいのかなあって」 「優しいのですね。‥‥でも、それでいいんですよ。しっとりとした曲、好きな曲、沢山聞かせて下さい」 柔らかく、セイレーンハープを爪弾いた。思わず引き込まれ、最初はおずおずと、やがてしっとりと在恋は歌うのだった。 「ふふっ。やっぱり。柔らかくて優しい歌声をされているのですね」 「みんなギラギラしてて、怖かったから‥‥」 下を向いて寂しそうにする在恋。きっと下町の頃の話だ。辛い目にあっても、叫ぶことも抗うこともできなかったのだろう。ただ、優しく。それで傷つこうとも――。 「私もしっとりした曲、好きです。あとは、機織のリズムに合わせた童謡とか‥‥子守唄。恋の歌‥‥も少し」 話題を変えるアルーシュ。機織の仕草をすると、在恋はぱあっと面を輝かせた。 「でも、先日傭兵団の宴にお邪魔した時は腕比べや飲み比べにあわせて賑やかに歌いましたっけ」 ぽろん、と前奏を奏でた。 「一緒に歌ってみましょう。上手く行かなくても誰も聞いてませんから。森や空に声を届けるように伸びやかに」 軽やかに爪弾いては、歌詞を一通り歌ってみせる。そして本格的に音を出す。在恋も呼吸を合わせた。 暁あけて 青い空 足取り軽く 行く道はるか 今日はどこで この場所で 花を咲かせる一幕を 在恋の顔を覗き込むアルーシュ。瞳と瞳で、次いきますよ、はい大丈夫です――。 風斬る短剣 流るる剣舞‥‥ 技はきらり星 楽しき香鈴雑疑団 ‥‥仲良し香林雑技団 最後の繰り返しは、在恋が勝手につけたものだった。目を丸めるアルーシュに、悪戯っぽい在恋。あははははと笑い自分の周りを逃げるように駆け出した在恋を、アルーシュは笑顔で怒りながら追う。にぎやかに。 ● 「ち、ちょっと待って」 「いいから、今度はこっちこっち」 アルーシュと戻ってきた在恋を、今度は花三札・猪乃介(ib2291)が町に連れ出した。見送る香鈴雑技団からは、「あれ、お前にそっくりだな」、「うっさい。一緒にすんな」とかいう前然と兵馬のやり取りが聞こえたり。 「花三札さん、私、さっき転んじゃって服が‥‥」 「じゃあ」 それだけいって、上着を脱ぐ猪乃介。在恋に着せてやった。 「あ、ありが‥‥」 礼を言うが、明らかに困惑している。 「歌姫、か‥‥。すっげぇ響きだよなー」 「それは、前然が勝手に‥‥」 どうやら、より観客に喜んでもらうために名乗らせた様子だ。 「でも、すっげぇよ。自分も、似たような境遇なのにさ」 どうやら猪乃介、あまり恵まれない幼少時を送ったようだ。このあたり、香鈴雑技団の面々と似ている。 と、そこへ風体の悪い胴着に身を包んだチンピラがやってきた。 「おう、お前。さっきわしらの道場見て笑っとったろぉが」 「あっ」 在恋、アルーシュを案内したときのことだと青くなる。「そんなつもりじゃなかったんです」と伝えようとしたが恐怖で言葉にならない。 「よせよ。いい大人がみっともない。きっと人違いだろ」 すっ、と猪乃介が在恋を庇うよう位置取った。漢である。 「んだら、おお?」 凄むチンピラ。猪乃介、臆すことも無く不敵に笑う。 ――そして、しばらく後。 「優しいんですね」 別の場所で、在恋がほほ笑んでいた。誇らしく、猪乃介が着せてくれた上着を羽織っている。 「いやあ、このくらい。‥‥さ、食べて」 猪乃介は、屋台で買った泰肉まんを在恋に渡し、自分もぱくついた。彼のおごりだ。 「ううん。そうじゃなくって、あの大人の人に手加減してたこと」 「え、分かった?」 「開拓者の人の戦いは、見たことあるから」 ほほ笑みながら、ぱくっ。 「『子供だからってなめんじゃねぇ』か。‥‥元気が良くって、羨ましいです」 ちなみにチンピラを撃退して見栄を切ったセリフは、「歌姫サンには指一本触れさせねぇぜ!」で、さらに熱血していたのだったり。 「羨ましい、か‥‥」 ふっと瞳を翳らせ、呟く。 「俺、雑技団、初めてでさ。こういう時じゃねぇと、歌姫サンなんてすっげぇ奴と会える機会もなくってさ。‥‥良かったら、何か歌ってくれよ。俺、一生の思い出にする!」 「そんな」 赤面し嫌がる風だった在恋だが、静かな雰囲気の中に風の伴奏を見つけたようだ。小さく、小さく歌いだし、やがてしっかりと。 (もう、こんなことはないかもな) 今という、一瞬の煌き。 しっとり歌う在恋の声に、青春という名の胸の苦しさを覚える猪乃介だった。そういえば、さっき一緒に楽しんだ辻占いは、「今を大切に」だったな、と思い返すのだった。 ● さて、町中別の場所。 「まーよーするに度胸を付けたい、と」 「ええ。うちの看板娘ですから、ぜひ在恋に度胸を」 空が歩きながら言うと、陳新がそうこたえた。 「へェー、ほーォ。‥‥ま、いいわ」 「な、何でしょう?」 「しらばっくれても駄目。ってこと」 にやにや言う空に、首を捻る陳新。一緒に歩く紫星もニヤついている。 「ううむ。皆色んな悩みがあるんだなぁ‥‥。雑技団の弟妹達もお年頃か」 九法慧介(ia2194)はぼそっとそんなことも言う。陳新といえば、さすがは道化。しらばっくれて無反応。 「それより空のアニキ。今日はキツネ面はいいのかい?」 「さァなぁ」 前然が、いつもと違い仮面をつけない空に話題を振ると、空はしらばっくれたり。戦闘時と違いゆったりした感じなので、そういうことかな、などと目星をつける前然だったり。 「おっと。‥‥紫星、ここだな。明日、誕生日を迎える娘がいる武将の家ってのは」 「ええ。蒼‥‥兄ィ」 跳ねっ返りの紫星だが、以前一緒になったとき気にかけてくれた蒼羅には感謝しているようで、赤くなりつつもあだ名で返事をした。 「よし。じゃあ、誕生祝いの会の余興を任せてもらうよう、頼み込むぞ」 「おおっ」 蒼羅の号令で、ぞろぞろと入っていく。 交渉では、直球の蒼羅に変化球の慧介。さらに隠し玉のほら吹きの空の3人が相手を上手く丸め込んだようだ。‥‥もっとも、しおらしく人形のような魅力を振りまいていた紫星の存在も、愛娘の誕生日を祝うのにうってつけと思わせたようだった。 ――それはそれとして、在恋は? 「胸肩にあまり力入れぬよう背筋伸ばし、顎を軽く引き、視線は目から胸、両肩の範囲に収める事」 「は、はい」 「ふふっ。‥‥畏まらずとも、礼法の全ては思いやりと真心を表すためのものに御座いまするよ」 宿で、霧咲水奏(ia9145)と茶の席で礼法を学んでいた。 「これが、基本であり全てである姿勢と視線の置き方。これら心掛ければ呼吸も静かに、併せて落ち着く事も出来まするよ」 「呼吸も、静かに?」 在恋、勝手が分からず苦戦していたが、まず呼吸から整えることにしたようだ。すると、今まで縮こまっていた背筋が伸びた。 「そうそう。さすが歌姫殿でござるな」 「ありがとうございます。弓姉さん」 「‥‥それはそうと、在恋殿が歌を始めた切っ掛けなど教えて頂けませぬかな?」 余裕が出てきたと見て、水奏は白い湯気立つ釜から小さな勺で湯を取り分け作法に従い点前をした後、気軽な話題を振った。 「空虚だったんです。‥‥辛い下町の生活で、何のために生きているのか分からなくなって。そうしたら、陳新さんがやって来て『その歌声はいい』って。‥‥知らないうちに私、歌っていたようなんです」 椀を抱える、大切そうなしぐさのまま打ち明ける。 「どんな曲を歌っていたのでしょうな」 「それが、もう覚えてなくて二度と歌えないんです。‥‥陳新さんは残念がっていたけど、いいんです」 「それはまた、どうして」 目を丸くして聞き入る水奏。 「だって、それはきっと『始まりの歌』だったのかもなって。私にとっては一度だけでいい、魔法のような歌。もう立ち止まらないから。ううん。立ち止まっちゃいけないから、いいんです」 水奏は、真心を込めてほほ笑むのだった。在恋も、笑顔――。 ここでどうやら、交渉部隊が帰ってきたようだ。再びにぎやかになる。 ● 「さて、俺からは立ち振る舞い講座だ。立ち方・歩き方・座り方・服装に合わせた礼の仕方、喋り方等々一式やって貰うぜ?」 今度は、空が在恋を鍛えるようだ。 在恋、実は空が今回の開拓者の中で一番苦手なタイプだったり。またも硬くなっていた。 「在恋、ほら」 見かねた慧介が、小さな玉を一つ出した。それは人差し指と中指の間、そして中指と薬指の間とくるくる動くたびに増えるのだった。最終的に、四つの玉を指の間に挟んでいる格好になった。 「わあっ。さすが手品兄さん」 見事な手品に、さすがの在恋の顔が明るくなる。 「余裕は大事だよ、在恋。勿論他も大事だけどね」 そのまま、出身である北面の礼儀を教えたり。 一方、空の方は。 「どうしてアンタが礼法なんて知ってンのさ?」 「あ? そりゃ勿論、俺が良家の跡取りだから」 横合いから突っ込んできた烈花に、しれっとこたえる空。って、本当ですか、空さん。怪しいですよ。 慧介の指導が終わって、空も立ち方・歩き方・座り方・服装に合わせた礼の仕方など指導した。 「ソコォ、もう一回だ」 「ソラ、間違いだ。やり直せ」 熱心である。本気である。在恋も空の真心を感じて、頑張っている。 「‥‥なんで女の礼法・身嗜みを知ってるんだろ?」 「そりゃアレだ、俺が芸能の家元だから、女形とかなァ」 またも突っ込む烈花に、にやにやこたえる空。って、空さん、そりゃますます怪しいですよ。いやまあ、嘘は教えてなさそうですがさ。 ● 「うわあっ」 しばらく後、雑技団の女性陣の華やかな声が沸き起こった。 「薄絹の単衣と振袖は差し上げまするが‥‥」 「ほかは、我が主人からの贈り物、ということで」 今度は衣装を用意しようということになり、水奏が持参した乙女心の詰まったアイテムを広げたのだった。記利里も、開拓者に負担は掛けてはなるまいとずずいと出てくる。が、水奏は「ここは拙者が」と譲らなかったり。 「ああ。俺も用意してきた」 慧介は、簪や首飾り、耳飾などを持参。きゃいきゃい服を合わせては喜ぶ皆美や在恋の目がさらに輝いたり。 「皆美さん、ちょっと教えて下さいな」 アルーシュは、赤い髪紐を花の形に編んだ髪飾りを作っていた。針子の皆美に、わざと手伝ってもらう。 「可憐で鮮やかな歌姫でいてくれます様に」 真心を込め、在恋に贈った。華やかな振袖を着て、遠い天儀風のいでたちとなった在恋に、雑技団の男性陣は改めて目を見張ったという。この様子を見て、水奏は「ふふふ」と小鳥のような含み笑いをしたようで。 「ヒュー、変わるモンだな。女は化けるねぇ」 他人事のように言う空だが、顔はなんだか我がことみたいですよ。面を持参しなかったのでバレバレです。 「記利里殿?」 「はい。いかがなされました、水奏さま」 「衣服商う方と繋ぎを持つのは如何に御座いましょう」 そう提案する水奏。 「業に冴え、服に映え。それこそ瞳に香りに音にと楽しむ雑技となるのではと思いまするよ」 「さすがは水奏さま。おっしゃるとおりでございます。雑技団の皆様もきっとお喜びになるに違いありません。いずれ、手配を」 香鈴雑技団命名の心を突く言葉に、記利里は心から相好を崩すのだった。 「ぜ、前然。どうかな?」 烈花や皆美、紫星まで着替えてきゅんきゅんする中、在恋が前然に振り返った。ちょっと頬を染めている。 「ああ‥‥。悪くない、かな」 この言葉に、歌姫の名に負けない、自信に満ちた最上の笑みを浮かべる在恋だった。 翌日の出演も、在恋の歌はもちろん、アルーシュや蒼羅の伴奏に慧介の手品など披露し大盛況だったという。 |