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■オープニング本文 ♪ 天儀の空に 聖夜の奇跡 舞い咲くは宵に 白銀の花…… ♪ 天儀は神楽の都にある、希儀風酒場「アウラ・パトリダ」にクリスマス・ソング「天儀の空に白く舞う」が流れる。キラキラと雪の降り出す光景を思わせるメロディーが余韻を残し曲が終る。まだ時間が早く、店内にまばらな客がうっとりと耳を傾けたり、恋人と視線を見交わしたり、本日特製の料理を味わったりしていた。 曲の最後の響きが消えて、「香鈴雑技団歌姫」の在恋(iz0292)がぺこりとお辞儀をする。 場の雰囲気に合わせた、控えめながらな温かい拍手が送られた。 店内は再び恋人達やしみじみと希儀風の酒を飲みたい客の、それぞれの時間に戻る。 在恋、店に席を置く楽師仲間のところに戻った。 「へえっ。こっちに着たばかりだと聞きましたけど、この歌知ってるんですね」 そこには、ミラーシ座長のクジュト・ラブア(iz0230) がいた。驚きの表情をしている。 「はい。私の知ってる、とっても親しい開拓者さんが歌を教えてくれたんです」 見上げてはきはきと、いや、誇らしく話す在恋。胸元で重ねた両手が、まるで宝物を包むようだった。 「歌の紡ぐ縁……ですね」 にこっと微笑むクジュト。 ここで。 「『虎狼』を飲む常連さんが着たわよ?」 パトリダの女性店員、セレーネがつんつんとクジュトをつついて、この店では目立たないようにしている「梅酒と白ワインのお酒」を出した。 「やれやれ、これは何かあったかな?」 クジュト、セレーネからカクテル「虎狼」を受け取ると注文した女性剣士らしき人物の下に移動した。 「クジュトさん、どうしちゃったんです?」 「『虎狼』ってのは、ある組織の名前なの。あのお酒が出た時は注意してね。もしもお客さんが困ったような感じだったり、何か訴えたそうだったらクジュトさんか……その仲間を呼んでね」 見送りつつ聞いた在恋、セレーネにそう説明されて「ふうん」と返した。 余談だか、『虎狼』とはこの店の隠語で、クジュトが監察方をしている浪志組を指す。困りごとがあるが身分を隠しつつ浪志組に相談したい人や、クジュトの浪志組仲間がよく使う手だ。 「……出動みたいね。折角のクリスマスだっていうのに」 酒を飲んだ女性剣士と出て行くクジュトを見ながら言うセレーネ。 「そうなんですね」 「あら、ここにいる人は楽しまなきゃダメよ。静かに、大人な雰囲気でね。ただし……」 寂しそうに言う在恋にウインクするセレーネ。 「恋する人の応援歌はその限りではない、ですよね?」 「そうそう。何でかそういう雰囲気になっちゃったわよね〜」 在恋が突っ込んで、セレーネがうふふと乗ったり。 「それはいいけど、在恋も今日はクリスマス衣装にするかい? 折角前に開拓者に相談した時にサンタ風の格好をして店内もクリスマスの飾りや綿雪で飾ったんだから」 「え? は、はい」 横から首を突っ込む店主のビオス。すでに彼はサンタ風衣装を着ている。 「そうそう。今日の特別料理、『ホットワイン』や『タコとアサリのピリ辛オリーブオイル炒め』なんかもその時に決まったんだしね〜」 料理を運ぶセレーネももちろん、サンタ風の服装だ。 「さあ。とにかく、忙しくなるのはこれからだ」 気合いを入れるビオス。在恋は結審してサンタ風衣装に着替えるため奥に行く。 店では、席にぬいぐるみのプレゼントを置いたり飾り付けをしたりでクリスマスの雰囲気満点だ。 もうすぐ、客や店を手伝う開拓者などが来るだろう。 もちろん、香辛料の取り引きで悪事の限りを尽くしていたらしい悪者のアジトに踏み込みに行ったクジュトの増援として駆けつける者もいるかもしれない。 |
■参加者一覧 / 静雪 蒼(ia0219) / 羅喉丸(ia0347) / 真亡・雫(ia0432) / 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454) / 静雪・奏(ia1042) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 猫宮・千佳(ib0045) / 雪切・透夜(ib0135) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / 猫宮 京香(ib0927) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / ナキ=シャラーラ(ib7034) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 奏 みやつき(ic0952) / 綺堂 琥鳥(ic1214) |
■リプレイ本文 ● 石造りの店内は、明かりを敢えて押さえてぐっと雰囲気を醸していた。 ゆったりと行き交う店員。 そして上品に酒を飲み交わし、愛を育む客達。 「これが『アウラ・パトリダ』か。思ってたより……」 お洒落なところに来ちゃったなぁ、と頭をかくのは、狸獣人の奏 みやつき(ic0952)。 彼は今日、ここを手伝いに来たのだが……。 「何か場違いだったかも。大丈夫かな」 不安そうに顎を引く。 と、その様子に誰かが気付いた。 「みやつきさんです? 私、在恋っていいます。早速これを被ってください」 やって来たのは歌うたいの在恋(iz0292)。サンタの被る赤い三角帽子を渡してきた。 「うん……お酒全然わかんないなあ、聞かれたらどうしよ……えっ? これ?」 「はい。開拓者の皆さんと、クリスマスらしい衣装で合わせようって話になったんです」 半分上の空で不安を口にしていたみやつきが帽子を受け取り我に返った。在恋はにっこり笑って「ね?」と頭を傾げた。在恋も被っているのだ。 「そのくらいならお安い御用かな」 みやつき、にっこり笑って帽子を被る。 「さあ、次は」 在恋、みやつきの手を引っ張って厨房へと移動した。 そこでは紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が泰国鍋を振るって調理に奮戦していた。 「あら、在恋さん赤い服が似合ってますよ〜♪」 「沙耶香さんほどじゃないですよ……えいっ」 在恋、赤い泰国服すがたにエプロンをしている沙耶香にサンタ帽を被せた。 「へえっ。おいしそうなにおいがするなぁ」 『春雨にひき肉のピリ辛味噌を絡めてるもふ☆ おいしそうもふ〜☆』 沙耶香の相棒の金色もらふさま、もふ龍がよだれだばー、となるのを我慢しつつ並べた小皿を見ていた。 「食い気より色気ですからね〜。小さく盛って楽しんでいただきます」 『さっそく持って行くもふ☆』 「あ。待って、もふ龍ちゃん」 もふ龍専用給仕台を押そうとしたもふ龍を止める沙耶香。 すると、かぽっとぬいぐるみ素材のトナカイの角をもふ龍に被せた。 「これなら前みたいにぬいぐるみに間違われることはないですね〜」 『トナカイもふ〜』 もふ龍、いたく気に入ったようでいつもよりたくさん働いたとか。 この時、クジュト・ラブア(iz0230)。 報告に来た隊士と立ち上がっていた。 「よし、一網打尽にするなら今ですね……って、ナキさん?」 浪志組出動、と駆け出したところ、店の玄関に立ち塞がる人物に気付いた。 ナキ=シャラーラ(ib7034)である。 「さっさとふん捕まえに行こうぜ! クジュト!」 「折角のクリスマス、いいんですか?」 「クリスマス? あたしには関係ねーな…フランヴェルが何か言ってた気がすっけど、まあいいか!」 ふふんとぺったんこな胸の前で腕を組んで首を捻ったが、捕り物とあれば血が騒ぐ。 クジュトの方はナキに親指を立てられウインクされてはもう言葉はない。一緒に店外に飛び出した。 「……さぁて♪ 稼ぎ時の季節がやってきたわね♪」 これをちらっと見送ったニーナ・サヴィン(ib0168)は気を取り直すように優美な曲線を描く白いハープを構え直した。 ――たらん、たららん♪ 落ち着いた雰囲気のメロディーをやや強めに。 店内の雰囲気は壊さないように。 クジュトたちが駆け出し、壊れてしまった穏やかな雰囲気を取り戻すように。 一部ざわついていた客もこれで落ち着いた。 クジュトの方は後ろ手で扉を閉めようとしてメロディーに気付いた。「あ」というような表情。ニーナを見て安心した笑みを見せると、扉は閉まった。 そして店外のクジュト、はっとした。 被っていたサンタ帽が何者かに取られたのだ。 「今日か、サンタという精霊が子供にプレゼントを配って回る日だろ。大人に何か関係あるのか」 羅喉丸(ia0347)がいた。サンタ帽を弄んでいる。 「大人は子供達のために、平和をプレゼントすべく励むんですよ」 「だったら俺も励むことにしよう」 答えたクジュトに言って、ぽふとサンタ帽をナキに被せる。 「お。羅喉丸の旦那、すまねぇな。そんじゃ悪者のところに乗り込むぜ!」 ナキ、まだ若いが浪志組隊士だ。遅れを取るつもりはない。 そして走り出すナキたちを物陰からきゅぴ〜んと見詰める人物が一人。 「ナキ…クリスマスは一緒に過ごそうと約束したのだが」 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)だった。ほわほわとその時を回想する。 「子猫ちゃん、いいね? イブはボクとオールナイトだよ?」 「しらねーよ。一晩てめーといたらサンタも近寄ってこねーだろ!」 ふっとナキの顎先に指を伸ばすフランに、がっと反発するナキ。 えらく一方的な約束である。 回想終わり。 「おっと。……フッ、ボクも手伝うか♪ その方が早く終わる」 ナキたちを追いかけるフランだった。 一方、ニーナが和やかにした店内では。 「しまったな。こんな格好してるから、暴れられないよな〜」 二人席に着いていたヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が腰を浮かしていた。クジュトたちの騒ぎが気になったらしい。 「余計な所に首突っ込んでどうするよ」 対面に座りグラスを弄んでいた竜哉(ia8037)が呆れていた。 「そーだなー。折角こんな格好してるんだしな〜」 ヘスティアの方は座り直し、両肘を上げて髪を持ち上げて見せた。ドレス「銀の月」の生地が光を跳ねて煌く。無防備な脇の下とそらした豊かな胸が強調されるポーズでもある。 「業務外の営業は同業者に悪いよー? 俺らも散々仕込まれたっしょ。『剣は不要なときは鞘にあるもの』ってね」 「わかってるけど性分だぜ? 騒動の気配に疼くのは」 竜哉の差し出す杯にかちんと杯を合わせ乾杯。これで「いいな?」、「分かったよ」。いつかもそうだし、今日もそうだ。 「しかしたつにー、今宵はえらく饒舌だな〜」 「そうか?」 「まあ、仕方ないか?」 ふふん、とこれ見よがしに胸をそらすヘスティア。これに竜哉、「どう答えろってんだ」とぼそり。 「それはそうと、この『バッカス』ってのは強い酒だな?」 「そうだね」 「美味しい料理に強い酒。後は賭けでもいかがかね、ってな?」 ヘスティア、カードを出した。興が乗ったらしい。 「賭けかい?」 「当然」 「一体なにを?」 竜哉、くいっと飲み干し聞いてみた。 「竜哉の女装でいかが? 女装でちとお付き合い願いましょう」 にやっ、と酌をしながら、ヘスティア。 「いいだろう」 竜哉もやや酔っているようで。 配られるカード。 ゲームはブラックジャック。 竜哉のオープンが「K」で、ヘスティアは「5」。 竜哉はすぐさま「スタンド」。ヘスティアは悩んでいる。 果たして、どうなる? ● カップルは他にもいる。 「いい雰囲気のお店ですね〜。初めて来ましたけど、こんなお店があったのですね〜♪」 肩がレース素材で胸元に桜桃の飾りのついたワンピースでおめかしした猫宮 京香(ib0927)が二人掛けのテーブルに腰掛け、穏やかに微笑んでいる。 「大きな容器に入ったこっちが『ネクタル』で、こっちが『バッカス』みたいですね、京香さん」 対面の席には、真亡・雫(ia0432)が座っている。いつものように大きく瞳を見開きながらそう返した。 「あら?」 「う……その、ごめん」 京香が目を丸めて首を捻ったのは、雫が自分をさん付けで呼び、丁寧な敬語で喋ったから。慌てて謝ってしまう雫。 「つい、いつもと違う雰囲気で……京香も、素敵だから」 店の雰囲気に飲まれてしまったらしい。心の平静が崩れて真っ赤になりつつも目は逸らさずに言い切った。謝ったことで少し落ち着いて、いつも京香に話している口調に戻った。 「あら〜。でも、雫くんの言う通り、素敵な店ですね〜。まずネクタルで乾杯しましょう♪」 「そうだね」 雫、心の中で京香に感謝した。 彼女が普通に振舞うことで、普通の自分が戻った。 (これは、とっても大切なことなんだ) 酌を受けつつ、思った。 そして乾杯。 酒はちょっぴり甘く、料理はぴりっと辛く。食も進んで、会話も弾む。 とっても大切なこと、と心で繰り返す雫。 「クリスマスデートにぴったりのお店ですね〜」 不意に京香が言った時には、再びどきっとしてしまったが。 さて、別の席。 静雪 蒼(ia0219)が席に置いてあったもふらのぬいぐるみを抱いている。 「ほんまは…コクリはんと一緒でも良かったんやけどな? たまには兄ぃとや♪」 言葉はともかく、うきうきと楽しそうだったり。いや、悪戯っぽそう? 「それは嬉しいね。こんな雰囲気のいい店で妹とデートだなんて」 同じテーブルの静雪・奏(ia1042)は、兄の貫禄で穏やかな佇まい。 『ノスタルギアお待たせもふ〜☆』 「ありがとう、もふ龍」 テーブルに運ばれた酒を上品に飲んだところで、その様相が一変した。 蒼が、テーブルに置いた酒の容器に手を伸ばしたのだ。 「あ、お酒はダメだよ。蒼」 「一緒にご飯食べますぇ、お酒も一緒一緒やぇ」 「これだけはダメ」 奏、きぱと兄の尊厳を見せる。いいぞ! 「…うちもおさけ飲みたぁおす!!」 しかしそれで引き下がるような妹ではない。 「蒼のためだよ」 「くれはりまへんの?」 「こればかりはね」 「兄ぃきらいや!」 がた、と身を乗り出したかと思うとぷいと横を向いたり。蒼、拗ねまくりだ。奏の方は、最後にはくすっと目尻を下げてたり。拗ねる様子が可愛いらしい。 この様子に蒼、少し不安になったようで。 「……あーんしてくれはったら、赦しますぇ?」 妥協案を出してきた。というか、何と甘々な妥協案で。 「いいよ。はい、あーん」 受けた! 奏、妹の口にオリーブのかかった白身魚の切り身を差し出す。 ツンと顔をそらしていた蒼、途端にぱああっと笑みを浮かべてぱくっ。 「うちもお返しや。はい、あ〜ん」 なんとも甘々な兄妹で。 それはそれとして、ニーナ。 丁寧に、丁寧に上体を揺らしてハープを奏でていた。 「クリスマス・ソングだね」 席では竜哉がこれに耳を傾け余裕の表情。ヘスティアはまだどうするか迷っている。 「たつにー。そっちが勝ったらどうする?」 「そうだな……一晩ヘスを借りようか?」 身を乗り出して挑発的に言い放つ。どくん、とかかる重圧。 ――ぱちぱち……。 ヘスティア、深呼吸した後に演奏を終えて舞台から降りるニーナに拍手をした。ニーナのウインクが返ってくる。 「余裕あるね?」 「決めた。『ヒット』」 二人の勝負はともかく、ニーナ。 カウンターで在恋たちが拍手で出迎える。 「いい感じだね。……それぞれの恋人達にあった曲を選べれば、もっと盛り上がるんじゃないかな」 みやつき、ふと思いついたことを口にする。 「あら、いいこと言うわね。それじゃ、それぞれの恋人の様子を聞いてきてね」 ニーナ、動き回らないみやつきに酒の乗ったトレイを渡してみやつきを反転してとんと背中を押す。「えっ? お酒のこと聞かれたら……」などとわたわたしつつ、素直なみやつきはそのまま出てしまう。 そんなみやつきの向こう側。 「濃い占い…恋占いいかがです? 鯉は売らない恋占い。恋占いに来い…」 綺堂 琥鳥(ic1214)が水晶球を前にして占いの呼び込みをしていた。 「あら、面白そう。雫くん、せっかくですし、占いでもして貰いましょうか〜?」 「え?」 気付いた京香が琥鳥にもう手を振っている。雫は京香に見惚れてほんわかしていたためわたわたと。 「何を占ってもらいましょうか〜」 京香、この状況でもったいぶるような口調だが、別に意地悪とかではなくこういう人だったり。 「じゃあ二人の相性なんてどうかな?」 雫ももったいぶった。 「恋占い…了解」 琥鳥、言い切った。空気を読んだというよりちょっととぼけた性格なのかもしれない。「あらあら」、「それでもいいかな……」と、二人は容認の立場。 「今の幸せを幸せと思ってると幸せ…幸せは誰かのしわ寄せじゃなく、自分の幸せに」 何だか良く分からない琥鳥の言葉だが、雫は難しい顔をした。 しばらくして、雫と京香は店を出た。 「お料理もお酒も美味しかったですね〜」 満足そうに微笑んだ京香、雫が真顔をしているのに気付いた。そして手を取られ路地裏に。がた、と猫たちが散る。誰もいない、猫たちの秘密の場所。 「京香…やっぱり僕には貴女が必要だよ。その…結婚してください。僕の妻に、なってくれますか?」 雫、紅くなりながらも言い切った。真っ直ぐ京香だけを見る。 あ、と口を開けている京香。一瞬の驚きだったが、やがて雪解けのようにじんわりと頬を緩めていく。 「…あら〜、まさかそんな事を言ってくれるとは驚きましたよ〜。ふふ、喜んで受けさせて貰いますよ〜♪」 今度は雫が固まっていた。まさかの即答、でも彼女らしいなどと思っているのだったり。 無言の雫に、京香はそっと寄り添うように抱き付く。 雫も無言。覆い被さるように口付けして抱き締めた。 京香の上げた顎、伸ばした喉が、心地良さそうな猫のようだった。 「今晩は……」 「うん……」 接吻の後、瞳を見交わす。一緒に帰っていった部屋がどちらだったかは伏せる。 ● 時はやや遡る。 「は〜あ。何だか寂しいなぁ…」 外を一人歩くのは、足取りも元気のないエルレーン(ib7455)。いつもなら夜空に浮かぶ綺麗な月を一人見詰めて笑顔を浮かべたりもするが、何やら今宵はそんな気分でもないようで。 と、窓から漏れる淡い光が気になった。 玄関扉を見ると「アウラ・パトリダ」。飲み屋らしい。 入ろうかな、とか思った瞬間、とんでもないものを目撃するッ! 「う、うぐぐ…貴様ら、ぬくぬくとしおってぇ…」 別の窓に食い入るように張り付いてる影があるな〜とか思ってよく見ると、それは兄弟子のラグナ・グラウシード(ib8459)だった。剣の道に己を捧げ、信じた道は真っ直ぐ行くのみのナイスガイなのではあるが、ちょっと待て。 「『二人でいれば寒くない★』とか、『冷たい手、あっためてあげる☆』とかほざくんだろうどうせッ…」 いやちょっと、ラグナさん。恋人達の世界を自分から覗いといてそれはないでしょう。後ろに背負ったうさぎのぬいぐるみも、へにょと片耳が垂れて呆れ気味。っていうか、窓から覗いて折角無音声でお送りしているのに自分でナレーション入れてどうするよ。 「ぐわああああ許せん! くたばれりあじゅうッ!」 おっと一体何を見た? 突然ラグナは魔剣「ラ・フレーメ」を抜いたぞ? うねる刀身、真紅の刃。炎のように心を奮い立たせる魔剣を手に今、世の正義を問うため店内に……。 ――ひゅん! 瞬間、つやのない黒色の刃が闇夜の鳥のように舞った! からん、と魔剣を取り落とすラグナ。仰け反るように立ちすくんでいる。 目の前に、身を沈めて腕を伸ばし黒鳥剣を振るったままのエルレーンがいた。 伏せていた目を見開き、上目でラグナをきらん、と見る。 「おのれ、またしても私の血の裁きを邪魔するか? 宿敵……」 「もうっ…今日はそうゆーの、ダメなんだからねッ!」 がっ、と両手で上から襲い掛かるラグナ。当然まずは黒鳥剣を持つ手を狙う。 エルレーンは、ぽーんと剣を捨てて突っ込みをかわしつつ逆サイドから背後を取る。ぬいぐるみが耳を上げたのが目に入る。 彼にも守るものがあるのだろう。そして自分は、背中にアウラ・パトリダを感じた。 「くっ……」 「ボコボコにされたくなかったら大人しくしてなさい」 振り向いたラグナに張り手から同じ手の肘打ち、膝蹴り。一連の流れから……。 「さ、うさみたん。店に入ろ☆」 エルレーン、ボコボコにして樽に頭から突っ込ませたラグナを残しうさぎのぬいぐるみと一緒に入店する。 他の入店者たち。 「透夜さんっ、遅れてごめんね! でも、呼んでくれて嬉しい!」 深夜真世(iz0135)がぱたぱたと通りを駆けてきた。 笑顔で迎えたのは、雪切・透夜(ib0135)。 「こういう……」 時に呼ばないとね、と言おうとしたのかもしれないがきょとんと目を丸めた。真世、珈琲茶屋・南那亭のメイド服のままだったのだ。 「これでよし。さ、デートと行きましょう」 「透夜さん……」 透夜、真世のヘッドドレスを取ると柊と赤いリボンの髪飾りをつけてやった。お洒落をせずに急いで来た真世はぎゅっと透夜の腕に抱き付いて目尻に涙を浮かべた。透夜はよしよしとなでながらアウラ・パトリダに入店。 「石造りの店かぁ、懐かしいな」 「およ、席にもふらのぬいぐるみがある。……来店者プレゼントだって、真世」 「ふうん、お酒はやや甘いのか。真世、白と赤、どっちにする?」 「真世、恋人ばかりだからムーディーだね」 ここで透夜、真世の様子に気付いた。 くすくす笑ってる。 「だって今日の透夜さん、子供みたいなんだモン」 「真世と一緒だから、ね。真世だけがわくわくしてるんじゃないんだよ?」 「……嬉しい」 恥じ入った真世に杯を掲げる透夜。真世、もじもじしながら杯を掲げる。 「メリー・クリスマス。いつもの可愛い笑顔に乾杯」 「うん、いつもの素敵な騎士さんに、乾杯」 テーブルの蝋燭が揺らいだ。 透夜も揺らぐように微笑する。 この時、エルレーンはカウンター席に落ち着いていた。 「えっと、えへ…何か、あったかいお酒、ください」 「寒そうには見えないですが、どうされました〜」 厨房から出てきた沙耶香が応じた。言葉とは裏腹にホットワインを出す。 「運動したけど、この子とだけですしー」 えへっ、とエルレーン。頬は上気しうさみたんを抱いてはいたが、心はロンリーなのだ。 ふと周りを見る。 奏と蒼があ〜んしていた。ただしこれは兄妹たが。 竜哉とヘスティアがニヨニヨしながら見詰め合っていた。ただしこれは勝負のやり取りだが。 「…私にも、あんなふうに。やさしくしてくれる恋人がいたらなぁ」 そういえば、と持参していた荷物に気付いた。 ホットワインのせいか恋人達を見たせいか、面に優しさが戻り始める。ぎゅっと荷物を握り締め。 「音楽で空間が優しくなって、音楽に影響されて恋人の仲が深まる、この雰囲気が大好き」 気付くと、カウンターにニーナが座っていた。呟きに気付くと、彼女もこちらに気付いた。 「だから吟遊詩人はやめられないのよね♪」 肘を突いていたが身を起こし、ホットワインを掲げる。エルレーン、釣られて乾杯。 ここで、琥鳥が戻ってきた。 「占い小休止。踊る…。在恋、演奏お願い…。踊りながら占いはしないよ…。……多分、きっと…」 「あ、はい。分かりました」 「それじゃ、私も付き合おうかな」 在恋が立ち上がると、ニーナも飲み干して立ち上がった。 たちまちステージでニーナと在恋の演奏が始まり、琥鳥がヴェールをひらめかせシナグ・カルペーを交え踊る。この時ばかりはシャンシャンと店内で拍手が起こった。 「会話が途切れていた男性も、これで救われましたね〜」 沙耶香がホットワインをくいっと干しながら満足そうに言う。納得するエルレーン。 『もふ龍も踊ってくるもふ〜』 ぴょんともふ龍が舞台に上がり、大きな拍手が起こる。 「兄ぃ、演奏してもらえんやろか? うちも踊りにいきたぁおす♪」 「仕方ないね」 蒼が羽ばたく様に服を広げ舞台に。龍笛を取り出し続く奏。蒼の簪の煌くような音に合わせ息を吸い音に入る。皆が迎える。瞳を見交わす。幸せそうに、楽しそうに踊り、演奏する。客にも伝わる。 一瞬の輝きのような盛り上がり。 舞台の一同は礼をして、再び静寂に。 ● その時、コクリ・コクル(iz0150)が入店した。 「ちょっと約束より早かった……わっ!」 びっくりした。 蒼が逃げてきてコクリに抱きついて来たのだ。 「ちょっと蒼さん……」 「兄ぃや知りまへん〜。コクリはん大好きやぇ♪ あっかんべ〜や♪」 「わっ!」 蒼、コクリの手を取って店を出た。 「蒼さん、どうしたの?」 「兄ぃ、うちのこと監視してはるんや。自由のため、コクリはんと駆け落ちやね♪」 「ちょっと待って。ボクも蒼さんのこと大好きだけど」 コクリ、何とか止まった。 「戻るところがないとダメだよ。ボクはそれで……故郷のピンチに留守で、帰る里をなくしちゃったから」 泣きそうなコクリに気付く蒼。 「追いついた」 奏。この隙に追いつき背後から蒼を優しく抱き締めた。にこ、と微笑してコクリに礼をする奏。 「蒼さん、大好きだから辛い思いしてもらいたなくないんだ」 「コクリちゃん、お待たせにゃ〜っ♪」 ここで猫宮・千佳(ib0045)の声。コクリに背後から抱き付く。 「メリークリスマス、蒼…愛しているよ…」 奏、蒼の耳元で優しく囁く。 蒼の瞳に、ふっと表情に優しさが戻った。視線でコクリに礼をすると優しく奏の手に手を重ねる。 「うに、これが前に話した、『何か面白そうなお店』にゃ♪ コクリちゃん入ってみるにゃ〜♪」 「うん。蒼さん、メリークリスマス。……そして千佳さんも」 「メリークリスマスにゃ。う〜っ、早く入って温かいもの飲むにゃ〜」 コクリ、ようやく店に落ち着く。 「ふぃ〜っ。温めたミルクに落ち着いた店内。まったりするにゃね〜」 「あは。ボクたちみたいな客は場違いかと思ったけど、大丈夫みたいだね」 早速料理を楽しみながら会話の弾む千佳とコクリ。 「うに? 竜哉お兄さんはもう帰るのかにゃ?」 「ああ。賭けに勝っちまったんでね」 テーブルを横切る竜哉に聞くと、手にしたカードをひらめかせる。ハートの2。 「最初から勝っていたとはね。ま、いい。今夜はたつにーが王様さね」 続くヘスティアは、スペードのKをひらめかせていた。ちなみに伏せはクラブのKだとか。 店を出て扉が閉まるまぎわ、千佳は見た。 「夜は長い。宿木があればいいんだがな?」 「……朝起きたら女装、はイヤだぜ?」 そんなことを言いながらキスをする竜哉とヘスティアを。 「千佳さん?」 「うにに! コクリちゃんとは今年一年、色々と冒険したにゃねー。最後は…コクリちゃん、疲れちゃってたみたいだけどにゃ」 わたた、とコクリに気取られないようにする千佳だった。 それはそれとして、クジュトたち。 塀を乗り越え悪徳商人の屋敷に踏み込んだところだった。 「浪志組だ! 大人しくしねえと怪我すっぞ!」 庭に仁王立ちしナキが叫ぶ。そしてこっそり呟く。 「クジュトの旦那は『目的はあくまで帳簿です。逃げる敵は無視で』って言ってたが……」 敵はまったく散らない。 「敵は少数だ、やっちめぇ」 こちらの人数が見抜かれていたのかもしれない。 「年末は市井の巡廻も強化してますから仕方ないです」 「とはいえ、今年中にできる事は今年中に済ませておかねばな」 前に出るクジュト。羅喉丸は敵を一手に引き受けるように瞬脚で追い抜き前に。 ――ドゴッ! そして神布「武林」を巻いた拳が唸る。 がっしり大地を踏み締め腰を落とした一撃は、瞬脚の勢いもあり敵一人をぶっ飛ばしノックアウトした。力強い羅喉丸の構えにびびる敵。 「こいつ出来る。囲めっ!」 「羅喉丸さんが動きやすいように!」 敵の怒号とクジュトの指示が交錯する。 ♪ 見たか、うなる拳を 隊士を 聞けよ、我ら武勇を 凱歌を 神楽にはびこる悪を根絶やし 黒地に赤のだんだらなびく 浪志の刃 力なき者守り 開拓の意思 アヤカシの影を討つ… ♪ 聖鈴の首飾りをつけたナキが歌っている。武勇の曲だ。 「うしろを黙らせろっ!」 さすがに敵も志体持ちの戦い方は熟知している。数に勝る敵が羅喉丸を中心とした前衛を抜けて迫ってきた。 「しまった!」 振り返るクジュト。 そして、見たッ! 提灯を切られながらも夜の子守唄で一人眠らしたナキ。抵抗の強そうな非力な敵が残っている。 その敵が、迫っていたナキから飛び退った。 ――ずさっ! ほぼゼロ距離で飛んできた薔薇の花をかわしたのだ。 改めて顔を上げる敵。 目の前、ナキの手前に青色の髪の麗人がすらりと立っていた。 「ボクの愛しい子猫に近付かないでくれるかな? …いやなら、ボクが相手をしてあげるさ!」 殲刀「秋水清光」が煌きどう、と敵が倒れた。 膝をついて背で敵を叩いた刀を構えているのは……。 「フラン? なんで?」 「約束のため」 声を上げたナキに、背中越しに言うフラン。 「なんだ、てめぇは!」 「まあいい、ぬかるなよ!」 「未熟者だな。斬るにも値しない」 迫る敵。右に動くナキ。フランは釣られた敵の左を叩く。さらに次の敵を盾で防ぎ、逆の敵を払い抜けと柳生無明剣。 一方、羅喉丸。 「長物で牽制しろっ!」 「おっと、そうはさせん」 敵の親玉らしき人物が屋内から指示を出していると見るや瞬脚で一気に縁側を上がった。敵は当然分厚く親玉を守る。クジュトたちも羅喉丸に続く。 「間合いを詰めろ。手数で押せ!」 羅喉丸、目にも止まらぬ速さで3回攻撃でとにかく敵を散らす。これをクジュトたちが追撃し、羅喉丸はさらに切り込む。 やがて……。 「まさか、敵の親玉をこの人数で捕縛できるとは……」 クジュト、想定以上の捕り物になってびっくりしている。 「ナキが敵を焦らせてくれたからな」 羅喉丸、外を見る。 が、すぐに顔を背けた。 「今夜は一緒に過ごす約束じゃないか♪」 「約束ってお前が一方的に…んん!」 フランがナキの唇を奪い、脱力したところをお姫様抱っこして「じゃ、お持ち帰りさせてもらうよ♪」とウインク。次の瞬間、ひょ〜い、と闇に消えたのだ。 「お前なんか嫌いだ…ぜってー泣かす…」 ああ、夜空にナキの声が響く。 「サンタを信じている子供にプレゼントが届けばいいな」 羅喉丸は、ぼそりと一言。 ● そのころ、店は静かになり始めていた。 「コクリちゃん、来年もよろしくにゃ♪ ずっと、ずーっとよろしくなのにゃ♪」 「ボクも、来年もよろしくだよっ。もちろん、ずっと」 千佳とコクリが手を繋いで店を出た。 「…というわけで、今日はまだまだ遊ぶにゃー♪」 「ち、千佳さん、どこいくの〜っ!」 コクリ、駆け出した千佳に手を引かれどこに行くのか。 にゃっほぅ、と飛び跳ねる影。もう一つの影は、わたた…。 「く……」 ごろん、と倒れる樽。 そこに突っ込んでいたラグナ、ようやく正気を取り戻して出てきた。 「酷い目にあった……ん?」 ぶん、と頭を振って立ち上がろうとしたところ、ふわっと何かが首に掛かった。 「…おたんじょうびおめでとう…ラグナ」 振り返るとエルレーンがいた。目尻に優しさが宿っている。首に手をやる。マフラーを掛けてくれたようだ。ぽん、とうさみたんも手渡された。 「じゃ、ね」 プレゼントを渡したエルレーン、背を向け一人帰途に着く。 「くっ……。暴漢に襲われたらどうするつもりだ?」 ラグナ、追う。 透夜はこのころ、迷っていた。 真世と店を出たのだが、握ろうとした手をすり抜けて真世が先を歩いているのだ。 気分良く歩いているので怒っているわけではなさそうだが。 「あ」 その真世、ちらついた雪に気付いて止まり見上げた。 「真世」 透夜、この隙に背後から優しく抱き付く。ウエストの括れに改めて気付かされる。 振り向いた真世。顎を上げて唇を尖らせた。 「透夜さん、す……」 その先は、透夜の唇が重なり口づけに消えた。 「……き」 長い接吻の後、真世が忘れず言い切った。 「うん。この後も、一緒だよ」 笑いかける透夜。改めて真世が抱きついて来た。 その後どこに消えたかは、内緒。 店では、沙耶香が片付けをしていた。もふ龍と在恋、そして琥鳥も手伝って。 「ところでセレーネさん、こんな日に、こんなところで油売ってていいの?」 ニーナはホットワインを飲みつつセレーネにそんな話を。 「待つ女の辛いところよね」 セレーネ、ウインク。 ところで、みやつき。 「う〜ん。ようやくお酒の名前を覚えたかな?」 「……逆じゃない?」 ニーナの鋭い突っ込み。バッカスを作ろうとしてネクタルを作ったようで。 ここで沙耶香の呼ぶ声。 「それじゃ、まかない料理ができましたよ〜」 『改めてクリスマスもふ〜☆』 もふ龍もトナカイ飾りをつけたまま盛り上がる。 「まかない……しかない」 「あははっ。琥鳥さん、行きましょう♪」 相変わらずの琥鳥。在恋が手をつないでみんなのもとに。 「そういえばクジュトさんたち、ぬいぐるみをもらっていったのかなぁ」 みやつきが自分のもらったりゅうのぬいぐるみをまじまじと見ながら心配する。 「欲しければまた来るでしょ?」 聞いたニーナ、さらりと一言で片付ける。 「また来て欲しいですよね」 「店も待つしかないものね」 在恋とセレーネが瞳を見交わし「ね〜」。 「しかない……鹿じゃない」 『もふ龍、鹿じゃないもふ〜。トナカイもふ〜』 隣では琥鳥がぼそり。もふっともふ龍あたっくを食らうことになるが。 「いい店じゃないの」 予期せぬアットホームな雰囲気に目を丸めるニーナ。 「前からそのつもり」 店主のビオスが胸を張ると皆が笑った。 |