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■オープニング本文 ● 「それでは、お願いいたします」 神楽の都のある旅館で、女将がそれだけ言って襖を閉めて辞した。 「……それでミラーシ座にお鉢が回ってきたわけですか」 髪をアップにしてかつらを被り、白粉を塗ってすっかり女形姿となっていたクジュト・ラブア(iz0230)がぼそりと言った。 「もしかして、知ってて黙ってたんですか?」 ぐりん、と振り返るクジュト。 部屋の奥にもふら面を被った男がいた。肩を揺すっている。笑っているのだ。 「こうなるかもしれない、という前置き付きで頂いた座敷仕事です。別に、こうなってもこれまでのミラーシ座と一緒でしょ?」 堂々と言い放つもふら面の男。 「こうなる」とは、年末の慰労に叩けば激しく埃の出るような組織が遊興するのだが、間の悪いことに敵対する脛に傷がえらくいっぱいあるような組織も同日この旅館で年末の慰労遊興をするということのようで。 なぜこのような事態になるのか。 「日程をずらすことはできないのか?」 と、至極真っ当なことをいう人がいるかもしれない。 答えは一つ。 「何かやらかして、双方相打ちでもしてくれないかなぁ」 ということらしい。 ついでに、こういう柄の悪い客はどこの旅館もお断りで。 だったらなぜこの旅館が、という疑問がわくかもしれない。 どこの世界にも、同業者から都合よく使われるところがあるのだ。 それが、この旅館。 ただし、こういう時に貧乏くじを引いてるからこそ、旅館同業者の多いこの地区でそれなりの旅館として、老舗や大手の旅館からあぶれた客を回してもらえている。何かと厚遇されている。 転じて、ミラーシ座。 アル=カマル出身で故郷の争いに破れ失望し流れてきたクジュトが天儀文化にかぶれ、座敷演劇界に入門したところ思いのほか評判が良く、逆にやっかみをかって追い出されたことがきっかけでできた一座だ。 当然、老舗や大手の一座から嫌われている。 が、クジュトは志体持ちの開拓者。しかもいつのまにか神楽の都の治安を守る浪志組隊士になり、ほかの一座の敵を討ったりもしている。 異端者で除け者ではあるが、放っておいて余計なことをされても困るし、恩もある。味方につけておけば守ってもくれる。 というわけで、クジュトの立場を逆手に取り、同業者から都合よく使われている。 干されつつも、刃傷沙汰になりそうな仕事は回ってくる所以である。 閑話休題。 「まあ、そんなところだろうなとは思ってましたが……」 年末だけに他の一座の手が回らずまともな仕事が来たと思いたかった、とかごにょごにょ言うクジュト。 「浪志組としても、まあ悪くない仕事でしょ?」 「……もの字さん、業界でそれなりの顔でいたかったんじゃないんですか? こんな仕事の時だけ頼られるようなのは心外のはずでは?」 クジュト、肩を揺するもふら面の男に冷たく言う。 「クジュトの旦那も分かってるでしょ? 最近は本当に干されてたんですぜ? ここで、改めてほかの一座に借りを作っとかないと本当に忘れ去られますよ」 「まず先に汗をかく、というのはまあ仕方ない話ですけどね」 溜息をつきつつも支度をするクジュトだった。 そして事はすぐに起きる。 ミラーシ座の出演するならず者組織の間が騒がしくなると、廊下一つを挟んだ反対の間で盛り上がることなく酒を飲んでいた敵対するならず者組織の者たちが討ち入ってきたのだ。 一応、同情して上げて欲しい。 片や、クジュトたちが久々の出番とばかりに盛り上げていた。 そして片方は、そういう一座は呼ばれていないのだ。ミラーシ座のような刃傷沙汰に耐えられる一座がそうそうあるわけではないので、これは仕方がない。 というか、もうこうなることを計算したとしか思えないえぐい設営なのである。 というわけで、座敷で暴れる二つのならず者団体の志体持ちたちを捕縛しなくてはならないのだッ! |
■参加者一覧
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
和奏(ia8807)
17歳・男・志
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
正木 雪茂(ib9495)
19歳・女・サ
山中うずら(ic0385)
15歳・女・志 |
■リプレイ本文 ● 「わ。シャラシャラいうのな」 ここはミラーシ座楽屋。 叢雲 怜(ib5488)が女装をして、髪を結い上げ大きな簪を着けてもらい目を輝かせていた。クジュト・ラブア(iz0230)が彼の様子を飾りつけているのだ。 「クジュト。……こういうのは詳しくないからな。俺に合うヤツを見繕ってくれ」 隣では樹邑 鴻(ia0483)が呼んでいる。 「じゃあ、男性で刀を差して『惚れた男の心意気』を演じてもらいます。対になる『偲ぶ女のしおらしさ』は私が……」 「ええっ!」 人情ものと知り、不覚にもうろたえる。 「ちょっと待て。アルバルク……」 これは代わってもらいたいとアルバルク(ib6635)を見るが……。 「んあ?」 アルバルク、ウード「地平線の夢」をいじっていた。 「弾けるんです?」 「おぅよ。昔取った杵柄だな。なんで弾けるかっつったら……」 聞いたクジュトを見上げるアルバルク。 「できたらモテたからよ」 ニカッといい顔で笑う。 と、この様子を見ていた正木 雪茂(ib9495)。 「うむ、私は鼓でも打っていよう。打ったことなんかないが」 助けを求める鴻の視線に気付き、慌てて刀や槍を布で包みつつ堂々と言い放つ。 「逃げた! ……お、和奏は?」 鴻、仲間が次々と楽士に逃げるのに慌てている。そして今度は和奏(ia8807)に気付いて助けを求めた。 「え?」 楽屋を横切ろうとした和奏、呼ばれて振り向く。手にはなぜか重ねた膳が。 「和奏さんが配膳手伝うてくれはるんやて。頼もしいなぁ」 「ほんに。男の人がいると助かるわぁ」 和奏の前では仲居たちがそんな会話。どうやらそうなるようで。 「氏祗……」 「物騒であるな。町衆に危険が及ぶ可能性もある故、ここで討ち果たさねばなるまい」 視線を感じ、静かに座っていた北条氏祗(ia0573)が立ち上がった。 「正面封鎖は任せるがいい」 背中越しに少し振り返って言い捨てると、たん、と襖を閉めた。 「見捨てられた! ええと……」 最後の望みをかけて、山中うずら(ic0385)を見る鴻。 「斬っていいの? 斬っていいんでしょ? こんな楽しそうな仕事で金もらっていいの!?」 目をキラキラさせて鴻にゴーサインを求める。イキのいいネズミを前に目にしたネコもかくや。 う、とたじろぐ鴻。雰囲気に流され「うん」と言わないあたりはさすが。 「……だ、大丈夫かな」 心配するクジュト。 さて、どうなる。 ● 宴席。 ツン、と爪弾くアルバルクのウード。崩し気味に座っていても出す音は確か。 とぉん、と弾ませる雪茂の鼓。背筋を伸ばし折り目正しい。 そしてクジュト。 ♪ 惚れた女を 想えばどっこい 苦労も何の 水の中…… ♪ 女形姿のまま朗々とのどを響かせて吟じている。 その目の前で、鴻。 唄に合わせ袖まくりをして力こぶを作ったり、勇ましいところを見せたりして踊っている。 ここで、傘を差し顔を隠して娘が登場。 「いよっ、待ってました!」 ならず者達の囃し声と口笛が飛ぶ。 ちら、と傘を上げると怜の顔が覗いた。綺麗な着物を着て美しい娘に化けている。 怜、にこりと目尻で笑んでまた傘に隠れる。 「うほっ。べっぴんさん、頑張って頂戴よ!」 やんやの声と喝采が飛ぶ。 その中を、膝から下だけでつつつと移動。傘を掲げて仰ぎ見たり、瞳を大きく開けたままウインクしたり。 ひゅう、と口笛が激しく飛び交う。 大変な盛り上がりだ。 この賑わいはもちろん、襖を隔てた廊下にも響いている。 「フーッ。出番はまだかニャア」 うずらは剣舞を担当するようで、そわそわと出番待ち。 「お酒はかなり進みそうです。熱燗の準備ははやめが良さそうですよ。自分は中で酔い冷ましの茶を点てることにします」 和奏は仲居たちにそういい残すと盛り上がる大部屋の中に入る。 この時、どっと拍手がわいた。 ぱああっ、と顔を輝かせるうずら。最初の舞が終ったらしい。 次は自分の番だと勇んで中に入る。 「お次は猫娘による剣舞を……」 「いいからお姉ェちゃん、こっち来て酌してやぁ」 「お嬢ちゃん、良かったよ。こっちおいで。一緒に美味しい料理を食おうやぁ」 説明する女形姿のクジュトを手招きしたり、踊り終えた怜を呼んだり。 というか、すでにクジュトの手首を押さえている。いきなり手籠にする気か。怜の方は左右を囲まれ健全にちやほやされている。すでに進行はぐだぐだで、その分大きく盛り上がっている。 騒ぎは廊下どころか別の部屋にも響くくらいだ。 これが不幸の始まりだった! ――パン! 突然、勢い良く広間の襖が開いた。 「テメェら、何ええ気になって騒いどんのや!」 「そうじゃ。こちとら隣でお通夜のように盛り上がることなく飲んでんねやで!」 「ちぃとお姉ぇちゃん、わけてくれたって減るもんやないやろ?」 どかどかと人相の悪い男どもが踏みこんでくる。 あまりのバカ騒ぎに、別室の忘年会組がやっかんで乱入してきたらしい。 「あっ! おどれらは!」 「んおっ?! 貴様らじゃねぇか!」 顔を合わせたのが仇敵の組織同士であることにも気付いた! 「今日という今日は許さんでっ! 芸人さんをこっちによこせやあっ!」 「知るかっ。返り討ちじゃあ!」 ――ガシャーンっ! 蹴り倒し転がる膳を合図に、いきなり乱闘に突入する。 さすがに抜刀騒ぎはまずいと感じているのか、鞘ぐるみのまま双方ぶつかり合うッ! ● ――ガシッ! 「おっと。争い事は良く無いな。この宿に迷惑が掛かるぜ?」 片方の陣営の刀を右の旋棍「光撃」で止める。 「どうしてもって言うのなら……まずは、この俺が相手をしようじゃないか」 もう一方の陣営の刀を左の旋棍「光撃」で受ける。 トンファーを両手に装備した鴻、渾身の構えで激突に割って入り見事両方の攻撃を受けていた。 「ええと……暴れると酔いが回りやすいですよ?」 その足元ではしゃかしゃかと茶を点てていた和奏が騒ぎに巻き込まれそうな膳を部屋の隅に移していた。これ以上蹴り飛ばされ部屋を汚されたくない。 「大盛り上がりと大白けの忘年会。この格差は何だ? 飲まずにやってられっかよぅ」 「まあ、お一つ」 「お、すまねぇな」 和奏、声を掛けた男が意外にも話に乗ってきたので点てた茶を出しておく。これで一人大人しくなった。 場面は鴻に戻る。 「とにかく、争ってこの宿に迷惑掛けるんなら……まずは、この俺が相手をしようじゃないか」 鴻、両手を思いっきり広げてトンファーで止めていた両陣営の武器を弾いた。 「おどりゃあ、ようもやってくれたの!」 「若けぇのがいきがんじゃねぇ!」 両陣営、血の気が多い。鴻に向かってきた。これをトンファーの乱舞で捌きつつ……あっ! 鴻、巧みに下がったぞ? 「次は私の演武を見るニャア!」 ぶんっ、と刀「丁々発止」を凪ぎつつ猫耳娘が入れ替わりに入ってくる。 うずらだが、しかし。 「バカ野郎、貴様っ!」 「そんな薄くて綺麗な刀をこんな喧嘩に持ち込んでくんじゃねぇ。刃こぼれしたらどうすんだ!」 ならず者から一斉に避難を浴びる。 「ニャ?」 彼らの刀を見る目に感心したうずら。素直に止まった。 「もっとでかい戦で使う剣だよ、そりゃあ。悪ィこと言わんから今はこれ使っとけ」 「わ、分かったニャア」 ごろり、と投げられた木刀を手に取り素直に従ううずら。刀を褒められたのが嬉しい。 「じゃ、改めていくぜ? おらあっ!」 「死にたいやつからこおい! 居合っ…棚下! 抜き打ち! 颪(おろし)! 真っ向! 受け流し! フーーッ!!」 先の友好的な雰囲気はどこへやら。たちまち鬼気迫る戦いを繰り広げる。 初太刀で敵の攻撃の出鼻をくじくとそのまま猫らしい跳躍で踏み込み真っ向切り下ろし。返す刀で後方に突き。 これを遠くから見ていたアルバルク。 「ほーう、八方目ってぇのかい? しっかりしてるねぇ」 うずらの、距離を作りながらの戦い感心している。 「てめぇら、何だ?」 ミラーシ座が武装劇団だと感付いた敵が彼に切りかかってくる。 「まーなんだ。取りあえず暴れすぎねえようにだな」 アルバルク、楽器箱の裏からシャムシールを取り出すとヤル気なさそうに受けた。 「素人めっ、それでは攻撃に移れんじゃろう!」 構えが攻防一体になってないと看破した敵がいい気になって二の太刀を入れてきた。 が! 「そーでもないぜ…」 めしり……と攻撃が入ったのは敵の鳩尾だった。 アルバルクの剣を持っていない手……鉄の手袋をはめた拳が見事急所にめり込んでいた。一瞬の動き。なびいた上着が今頃はらりと動きを落ち着けていた。 いや、さらに動く。 どさりと崩れる先の敵を背に、次の敵に鉄拳を入れる。右手の剣を囮にして懐に飛び込む見事な動きを見せる。 「嬢ちゃん、逃げるぜ?」 「おっと。ウチのに手を出してくれるなよ?」 怜と一緒にこの場から逃げようとしていた敵に鉄拳を喰らわせるアルバルク。 「んみゅ〜…折角、女の子の格好をして賑やかしをしていたのに残念なのだぜ」 怜の方は不満げだが。 「旦那は……さすがにもう組み敷かれてないか」 「アルバルクさん、逃げた敵もいるようです」 クジュト、服を直しながら状況を知らせてていた。 「ああ。外に行ったのもいるな」 アルバルク、心配する風もない。 ● 「親分、こっちです!」 逃げたならず者は、宿の正面玄関に辿り着いていた。 そこにそそり立つ男一人。 「む?」 北条氏祗、ここにいたッ! 「忘年会にしては騒ぎすぎだな。ここらで一つお開きにしてはどうだ?」 す、と両手の霊剣「迦具土」を構える。左を斜めに構え、右を左肘の内側に添えている。逆「く」の字の構えだ。 「親分、ここは私にお任せを……」 「うむ」 敵方、一人が出てきた。眼光鋭い。 横を親分と呼ばれた男達がすり抜ける。氏祇の横もすり抜けようとしている。 どうする、氏祇? 横に切りかかれば前から来るぞ? しかし、暴れる者を外に出すわけにはいかないとの気構えもある。 ――カシャン。 何と、親分達は懐にしまっていた匕首などを氏祇の足元に放ったではないか。 「ふん」 武装解除と取った氏祇、顔を上げて真正面に集中。横は知らんふりをした。 「すまねぇ」 親分の取り巻きは小さくそう言うと逃げていった。 「感心だな」 「騒ぎを起こさない輩なぞ放っておくに限る」 正眼に構えた敵、氏祇に話し掛けて言葉が返ってきた瞬間、奇声と共に跳んだ! 「キエエッ!」 「ふん」 逆「く」の字を解いた氏祇、初太刀を迎撃。が、敵も読んだ動き。受けに来た初太刀ごと二の太刀も潰すつもりだったが、押し切れなかった。 そのまま右で斬られる。 「技が重いな……なんていうんだ?」 「北条二刀流は絞の構え」 氏祇の言葉を聞いた瞬間、どうと敵は崩れ落ちた。 一方、勝手口。 雪茂が裏口に立っている。 が、様子がおかしいぞ? 「私は……」 楽屋に戻り刀「叢雲」を手にしたまではいいが、刀身を見詰め心ここにあらず。 「アヤカシを討つのみに武芸を磨いてきた」 青みを帯びた刀身に問う。刀、群がる雲のような白銀の刀紋が美しく映えるのみ。 その時。 「おどりゃ、どけやぁ!」 「はぴょっ!」 怒声と共にやって来たならず者。その気合いに思わず身を引く雪茂。「きゃあ」と屋内から仲居の悲鳴が響く。次のならずものが突き飛ばしたのだ。 「民は……」 「お前もどかんかい!」 我に返った雪茂。今度の敵は匕首を持っている。 「……守る! 正木大膳亮雪茂(まさき だいぜんのすけ ゆきしげ)、義により推参いたした!」 大声で名乗りを上げた。迷いを払うため。 「何だ、この女はっ!」 飛び込んでくる敵。 ――ドスッ! 「う……」 刀の背を使った逆胴が敵に入り崩れる。雪茂、少し切られたがむしろ目が覚めた。 「お前えっ!」 「……浪志組、か」 強いのか、と思う。 ――ガスッ、ドゴッ! 「うわっ」 「むおっ」 次々と刀で殴られ倒れる敵。雪茂の迷いは浪志組と自らの武芸の技量についてに移っている。おかげで剣に迷いがない。 「……人を戦うことを生業とするこの組織なら、何か見えてくるのだろうか」 ぱちん、と鞘に収める。ずいぶん逃げられたが向かってくる者は倒した。 浪志組に入隊を決意した瞬間である。 ● 場面は宴席に戻る。 「先生、お願いします」 「あっはあ…右腕頂き!」 奥から出てきた剣客に踊りかかったうずら。この敵なら、と刀「丁々発止」を抜いて剣客の右腕を切り落とした。 ぽーん、と飛ぶ右腕。 「とうに義手じゃよ」 はっ、とするうずら。沈んだ剣客が突いてくるのを目で捉えたが、もうかわすことはできない。 瞬間。 ――ターン! 「むおっ?」 剣客、浅い突きを放っただけで横を見る。 「やらせねーのだぜ?」 人々を掻き分けた遠くに、短筒「一機当千」をがっちり両手で構えた舞妓――怜の姿を見た。素早い一撃で人々の合間を縫って放ったらしい。に、と微笑する怜の姿はすぐに人々の動きに隠れていたが。 「むむ、ユスの木で木をたたき続ける荒行でおそれられた示現流! これは恐ろしいものにゃ…」 「もう蜻蛉も切れん体じゃが……それで見えてくるものもあ……むおっ!」 構えなおしたうずらに大きく踏み出し斬りかかる剣客だが、またも身を外した。 右頬に、抹茶の飛まつが掛かったのだ。 「……やりますね?」 間髪入れず、和奏が座った状態から一気に踏み込んできていたが、これは受けられた。和奏の方に意外な表情はなかったが、剣客の方は嬉しそう。味な攻撃に感心したらしい。 「引くのも兵法……」 「引け、引け〜っ!」 剣客の冷静な言葉で部屋になだれ込んだ敵は引き上げ始めた。襲われたならず者達は酒が入っていた分、かなり捕らえている。 そのころ、鴻。 「命までは取らない。が、手足の一、二本は覚悟しとけ?」 部屋の奥で一人戦っていた。空気撃を織り交ぜて、足払いや投げで体勢を崩させて、しかもそれで敵の動きを阻害する。 「先生っ」 「うむ……ぬおっ?」 これは手に負えないと思った敵は剣客を呼ぶが、部屋の隅からの銃声に身をかわす。 「おおっ! かわしたのだぜ?!」 こっそり銃を放った怜はむしろわくわくして楽しそう。 「おーい。うちの先生方、出番だぞー?」 「……実力者ってなら、この状況もわかるだろう? 俺はしょっぴかねえでおくから帰っていいぜ。俺はな」 鴻に呼ばれてアルバルクがう〜い、と姿を現した。 「ふん。引き上げだ」 「ええっ?!」 「酒をこいつらに勧められる前でよかったの。それでも負けじゃ」 何と剣客、それだけ言うと逃げた。 アルバルク、確認するように背後を見る。 「引くのが上手い。ま、これ以上やると部屋が傷みますしね」 クジュトが肩を竦めている。近くでは怜が縄で酔った者や倒した者を縄でぐるぐる〜と縛っていた。 後の話になるが、両陣営とも「験が悪い」とこの宿で宴会をしなくなった。 被害もさほど大きくなかったので、恨みをもたれることもなかったという。 |