【泰動】桃園から知皆へ
マスター名：瀬川潮
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| ■オープニング本文 ●反応 「遂にか」 彼は、その報告を帰りの船中において受け取った。 その報告の中には、先代春華王の子――つまり彼の兄飛鳥の子、甥っ子にあたる「高檜」が誘拐されたことも含まれていた。 「あす兄の……」 「賊どもは、不遜にも高檜様のお命と引き換えに、鍵を引き渡すように迫っておる次第。今は、回答を引き延ばして今後の対応を十分に協議している次第でございます」 侍従は長々と口上を述べ、彼ら賊軍を極めて不遜であると十分に言い募っておいてから、うやうやしく頭を垂れた。 「陛下におかれましては、な、何卒お気を確かにお持ち下さいますよう……」 落ち着かせようとするその言葉が、震えている。寝台の春華王は、侍従の言葉に、溜息混じりに小さく首を振った。今頃王宮は大騒ぎであろう。二、三の信頼に値する大臣たちが、必死に周囲を落ち着かせて廻っているような状況に違いあるまい。 だがそれでも、彼が用いることのできる言葉に変わりはないのである。 「うむ。よきにはからえ」 ●その後のコクリ・コクル 「えっ。ボク達が追い払った曾頭全を捕らえたの？」 港に停泊中の中型飛空船「チョコレート・ハウス」の船内でコクリ・コクル（iz0150）が腰を上げた。 「ええ。そんな情報が入ったわ。……そして、その情報に基いた作戦の協力要請も」 チョコレート・ハウスオーナーの対馬涼子が脚を組み替えながらアンニュイな微笑を見せた。 曰く、いま泰国や開拓者ギルドが戦力を集めて対峙している曾頭全の頭領である「偽春華王」について潜入調査してほしい、と。 話を時系列に戻そう。 泰国中西部の歴史的な庭園、『劉の桃園』でグライアイの隠した【劉氏の鍵】を発見したコクリたち開拓者は、鍵を奪いに来た曾頭全の一味を撤退させた。 この時、コクリたちは戦力不足であることと、目的の第一が「鍵」の発見であったため、敵は追い散らすに止めていた。追撃して先に桃園を占領されるわけにはいなかい。 この、追い散らした敵一味の数人を、桃園を遠巻きに包囲していた警備兵が取り押さえたのだという。やすやす侵入を許しておきながら、との味方もあるが一度突破されたため警備が厳重になったというところだろう。 閑話休題。 で、尋問したところすでに泰国や開拓者ギルドが掴んでいる情報が出た。 さらに、 ・偽春華王は『知皆』の寺子屋に在籍していた ・寺子屋で「百年に一度の神童、果ては中央で政を任されるべき逸材」と褒め称えられていた という話が出る。 「ふうん……」 コクリ、生返事をした。つまりどういうことなのか分からないのだ。 「つまり、敵の親玉がどんな人物か知ることができるかもしれないの。……『知皆』って所はあくどい商売をする曾頭全が取り仕切ってるから旅泰からも警戒されてるって話だわ。暴力的な組織の親玉になるっての、相当な苦労をしないとできないはずよ。そのあたりを調べれば戦いに有利な情報が出てくるかもしれないわね」 「そっか。繰り返し使ってる手をまた使うってこと、あるもんね」 ここで納得するコクリ。 と、ここで涼子、コクリをぎゅっ。 「敵地侵入任務だから気をつけてね。無理をしちゃダメよ」 「うん。任せてっ☆」 こうして、コクリは開拓者達と曾頭全の巣窟の町「知皆」へと潜入することとなる。 作戦は、交易のある旅泰に紛れ込み、商い終了となる夕方までに旅泰に戻る。 この間に自称・春華王の過去について調べる。 |
■参加者一覧
羅喉丸（ia0347）22歳・男・泰 
柚乃（ia0638）17歳・女・巫 
天河 ふしぎ（ia1037）17歳・男・シ 
猫宮・千佳（ib0045）15歳・女・魔 
リィムナ・ピサレット（ib5201）10歳・女・魔 
アムルタート（ib6632）16歳・女・ジ 
高尾（ib8693）24歳・女・シ 
来須（ib8912）14歳・男・弓 |
| ■リプレイ本文 ● 「はふぅ……」 小さなツバの丸っこい帽子を目深に被った少女のような少年が、膝小僧を抱えて座り溜息を吐いた。 「あんたもそんな風に化けられるんだねぇ……」 よいしょ、と隣に妖艶な女性が腰掛けた。 高尾（ib8693）である。 「幸い、こんな雰囲気ですか……だからなぁ」 少女のような少年は柚乃（ia0638）の変装した姿だった。 聞いた高尾、「まあね」と生返事して町を見る。 機嫌を損ねているようなのは、或いは目の前の光景と重ねて自らの経歴を思い出したからか。 「……若い子が気安く首を突っ込まないほうがいいような、汚い雰囲気だからねぇ」 「…いざとなったら、悪ガキになってやる…です」 高尾、変装するまでの柚乃の様子を思い浮かべたが、気付いた柚乃が膝小僧をぎゅっと抱き寄せて唇を尖らせた。ふっと微笑し更衣用小型天幕の方を振り返る高尾。 「うに、いつもの格好だと目立っちゃうしにゃ。今日は変装していくにゃー」 「ああん。千佳さん抱きついてほっぺすりすりしたら着替えられないよぅ」 中から猫宮・千佳（ib0045）とコクリ・コクル（iz0150）の声が聞こえてくる。じゃれあって着替えているようだ。にこりと微笑する高尾。 「まだ潜入前だからね。あのくらいいいんじゃない？」 新たに近寄ってきたアムルタート（ib6632）が言った。これに目を丸める高尾と柚乃。 アムルタート、黒く染めた長髪を結い上げ長い耳を隠していた。というか、口調が違うのだ。 「…そんな口調もできるんだねぇ」 「そりゃあ潜入だからね。敬語で喋るよ！」 高尾の微妙な発言を気にもしないあたり大人であるが、言ったそばからひとつ回ったり。いつものアムルタートではある。 「でも良かったよね。潜入捜査に協力してくれる旅泰さんがいて」 新たに天河 ふしぎ（ia1037）もやって来た。 一同、し〜ん。 「まず目立たないこと、それが最重要だって思うから……」 構わず言葉を継ぐふしぎだが。 「男装して悪目立ちする男というのも」 「珍しーよね……ですね」 「さすがふしぎさんで……だよな」 女物の服を着なかったふしぎに対し、高尾とアルムタート、そして柚乃がリレーするように一言コメントしてジト目。「ちゃんと男物の服を着たのに……」とかぶつぶつ言うふしぎ。 「なあ」 ここで来須（ib8912）が口を突っ込んだ。 「服かえるくらいじゃ逆に怪しまれたりすんのかな」 聞いた来須、変装してない。 「ま、着慣れてなきゃ怪しまれるだろうね」 潜入や諜報に生きる高尾が受け合う。 「だったら普通に、流れの傭兵って事で通しとくか。住人みたいな死んだ目でもしてさ」 「いいと思うよ」 来須が言ったところでリィムナ・ピサレット（ib5201）がやって来た。 「化けたね？」 「これでも科挙を二回受験した経験あるからね」 泰の学士風衣装に身を纏い落ち着いた雰囲気のリィムナに感心する高尾。 「よお」 新たに、先行して情報収集に行っていた羅喉丸（ia0347）が戻ってきた。 「偽春華王の本名は『蛍徳』というらしい」 身を屈め棒切れを手にすると、地面に漢字を書いた。 「すごいね。どうやって聞きだしたんですか？」 「アヤカシに襲われた時に偽の春華王に助けられて、その恩を返すために来たと話し住民に聞いたらすんなり出てきた。ここでは本名の方が通ってるみたいだ」 くるん、とまわって首を捻ったアムルタートに答える羅喉丸。 「それってつまりどういうこと？」 袖口や足の裾などふんわりさせて縛ってある泰服姿のコクリが出てきて訊ねた。 「寺子屋にいたにゃから……」 「まあ、寺子屋にいた時から春華王は名乗らないだろうな。何かと問題もあるだろうし」 コクリと同じ格好で、いつもと違いポニーテールに髪をまとめた千佳が出てきてうに？と考える。羅喉丸が肩を竦めて答えを言うが。 「名前についちゃ気になることがあるねぇ…。まあ、行こうか」 「よし」 高尾が横に散り、ふしぎが頷き前に進む。 本格的な潜入調査開始だ。 ● 「すいません、この辺りで一番の学びのやは何処でしょう？」 ふしぎが背中を丸めて道を行く老婆に聞いてみた。 ぎろり、と振り向き睨む老婆。 いや、その目に生気はない。睨んだ、と見えたのは老婆の纏う禍々しい様子からだろう。 「祟りじゃ」 「え？」 ぎく、と及び腰になるふしぎ。身を引いた空間に老婆の持っていた杖が横薙ぎに空を切った。 「祟りじゃ。羽望（はぼう）も羽望におった先生方もお前も私も……」 ぶん、ぶんと杖を振ってくる。これをすべてかわすふしぎだが、往来でこれはたまらない。周りの目はふしぎを悪者と見ているし、遠くでは衛兵か何か武装している者が走ってきている音がする。 「た、祟りなんかじゃないんだぞっ！ ……はっ」 強がりつつも、いったん逃げるふしぎだった。祟りの根源は偽春華王ではないかと思いつつ。 ――ぱしん。 アムルタートはとっさに身をかわしつつ手を払った。 くるっと回って、背後から近寄っていた男と正対する。男、ギラギラした様子を見せまったく怯む様子はない。アムルタートとしてはスリから身を守っただけである。 （かかって来るならいつもの動きで横にかわすよ〜♪） などと次の展開を想定していたが、スリが暴漢に変わる様子はない。 一瞬の――ほんのわずかな空白が生まれていた。 「失礼、この地におわす天帝様について考えておりました。天帝様以上に素晴らしい方などこの世にはいません！」 アムルタート、隙をついて関係ない言葉を掛けた。畳み掛けて先を取って敵の動きを封じる。 （ていうか、気配消して住民の会話を拾うつもりだったんだけどねー） その、住民自体の会話が異常なほど少ない。困り果てていたところ背後を取られていたのだ。 「う……」 「そんな天帝様のお膝元で暮らせる方々は幸せですね。私も何かお手伝いが出来る力があれば天帝様の為に働けるのに…ああっ悔やまれる！」 くすん、と悲劇の女性を演じてみたり。ノリノリだ。 「だったら奥の荒地にでも行ってろ！」 「荒地でございますか？ どういった荒地なのでしょう！」 「蛍徳が学んでいた寺子屋があった場所だ！」 いいか、覚えてろよ、などと言い残してスリは逃げて行った。 「寺子屋が……荒地？ それにしても、典型的な危ない町だね〜」 小首を傾げながらも、住民の対話がなく油断しなくても背後を取ろうとする人物のいる町に改めて気を引き締める。 その頃、来須。 「何だよ。傭兵が稼ぎのありそうな所に来ちゃ悪いのかってんだよ」 おい、と誰何され不機嫌そうに振り向いていた。 「不審者が何言ってやがる」 「あんた、ここの兵だろ？ ほらよ。これでも不審者か？ いい稼ぎがあるなら働くぜ？」 凄む兵に負けず不敵な面構えで応じる来須。帯びていたシャムシールとシーマンズナイフをくれてやった。自ら武装解除した形だ。 「ちょっと来い」 「おっと。……それは連行か？ それとも採用か？」 伸びる手を払いバックステップする来須。 「まずは連行だな。それから考えてやらぁ」 「ざげんじゃねぇ。使えるかどうかはここで見せてやるぜ！」 来須、叫んだ瞬間……。 反転して逃げたっ！ 「あっ。待て！」 「弓使いは走れなくちゃなんねぇんだぜ……」 その後、路地裏の影に小さくなって追っ手をまいてからしみじみ思う。 「……何やってんだ、俺」 「アンタ、やるなぁ」 「わっ！」 びびった来須。実はこの物陰に先客がいた。ギラギラした様子の浮浪者だ。 「アンタと仲良くなっとけば後々得かもしれんなぁ」 「利用する気満々なのを隠しもしねぇって……」 呆れる来須だが、情報は仕入れた。 （辛い……けど） 柚乃は町の澱んだ雰囲気に心を痛めながら、できるだけ人の少ないところを歩いていた。兵や役人に見付かりたくはないし、もともと人ごみは苦手。こんな町だから、なおさら。 それが奏功した。 「トロそうな奴め！」 「はっ！」 柚乃、声のする方を見ると悪ガキそうな子供数人が自分に襲い掛かっていた。 ――どんがっしゃ〜ん！ 身をかわす柚乃。勢い余った悪ガキどもは背後に並べて立てかけてあった角材に突っ込む。 「こら〜っ！」 酷い音に家主の雷が聞こえてきた。 「ほら、早く逃げる」 悪ガキの一人に手を差し伸べ起こしてやり、一目散に逃げた。残りもついてくる。 「はーっ、はーっ……ここまで逃げればいい」 物陰に隠れ一息つく。 そして柚乃、ごそごそと者入れからオリーブオイルチョコや兎月庵の白大福を取り出した。 「やる。……久々に町に帰ってきたけど、変わったな」 仁義をきるように悪ガキたちに異国の菓子をやった。不審そうに食った子供たちが味の違いに気付きちょっと目の色を変えた。 「あれ、どうなった？ 寺子屋、あっただろ？」 「寺子屋？ 羽望なら……」 柚乃、首尾よく手掛かりをつかんだ。 千佳とコクリはどうしているか。 「下手に聞きまわっても危険そうにゃねー。まずは皆が話してるのを聞いて情報集めにゃね」 という千佳。 しっかり聞き耳立てつつ男装のコクリと手を繋いで歩いていたり。 「ねえ、千佳さん。会話っていうのがないね」 「うに…」 困ってしまう二人。 「うーん、話通りに何か変わった感じにゃね。コクリちゃん、あそこのお店に入ってみるにゃー？」 というわけで、茶屋に。 「あの。蛍徳様のお考えに心酔しました！ ここで学んでいたと聞いて来たんですけど…」 はむっ、と肉饅頭に噛み付くコクリを後に、千佳が店主に聞いてみた。 「羽望ならもうねーな」 店主、つれない返事。 聞けば、焼失して再建した後、また焼失したとか。 「結局、防火広場になっちまってるけどな」 早速行ってみると、ふしぎがいた。 「……コクリ。ここ、今じゃ呪われた場所なんだってね」 振り返り寂しそうに言うふしぎ。 記念碑でも立っているのかと思えば、殺風景な広間に防火水槽があるだけだ。 「火がつく場所だから火消しの場に、って」 寂しそうに言う。食事処で踏み込んだ話を聞こうとしたがこの場所までしか知ることができなかった。話を盛り上げることなどには自信のあった彼だが、この町は本当に狂ったようで、閉塞的で、うまくいかなかった。 もう、蛍徳の励んだ学び舎はないのだ。 アムルタートもやって来た。そして柚乃も、来須も。 「上手くいくかわかりませんが……」 柚乃、時の蜃気楼で過去を再生してみた。 健在のころ、賑やかな様子が目の前に再生された。 映像が消える。 寂しさだけが残った。 ● さて、リィムナ。 「おめえ、本当に官吏志望なのか？」 人相の悪い男に物陰に連れ込まれ、いろいろ聞かれていた。 「はい。泰の学問に深く通じ科挙必携の四経三書と主要解釈……」 「いい、やめろ。……それよりお前、俺の参謀になれ」 ギラギラした男は有無を言わさぬ勢いでリィムナに言った。 「しかし私は蛍徳様の事を学び、浅学菲才の身ながら、神童の顰に倣いたいと……」 「うるせえ。今ここで死にてぇのか？」 この男、他の住民のように無気力とは程遠く、どこか狂っているような印象さえある。 「どいつもこいつも蛍徳蛍徳と……」 リィムナ、ピンときた。 「その、蛍徳様に何か……」 「おおよ。あいつぁ、疫病神よ。アイツが来るまで羽望も平和だったんだ。……何が神童だ。あれから何もかも、誰も彼もが狂っちまった」 その後、この男はべらべらと喋った。曰く、彼の才能を妬んだグループが探りを入れると、ある者は街の中でどこか森の中のケモノに襲われたかのような爪跡を受けて死んだり、いつの間にかいなくなったりしたという。 「アイツはもともと他所者だ。生まれも育ちも分かるもんか。……それなのに衣食住に困ることはねぇ。黒ずくめの男が金品を常に差し入れてたんだ。その男はアヤカシだってんで後をつけた志体持ちがそれ以来まったく姿を見せなくなったりな」 「まさか、蛍徳様もアヤカシ……」 「それはねぇな」 話すうち、男にだんだん狂気がなくなっていくのが分かる。 「俺たち塾生は泊り込むときもある。食う、寝る、連れ立って厠に行くなんてするなかでそんな様子はまったくない。だいいち、奴に差し入れしていた男をアヤカシと看破した志体持ちが奴については何も何も言わなかった」 この頃からアヤカシが絡んでいるのか、と考えるリィムナ。 「蛍徳様はずっとこの町に？」 「いや、もう学ぶことはなくなったと言って消えた。その後、寺子屋は不幸が重なり無くなって、奴に絡むものもすべて無くなった。そのうち帰ってきて、今度は曾頭全を乗っ取った」 「後ろ盾はアヤカシ？」 「ああ、間違いねぇ。だから俺は志体持ちを後ろ盾にしてのし上がって……」 志体持ちとばれたリィムナ。当て身で気絶させて姿を消した。 一方、高尾。 「ふうん。二重帳簿……」 曾頭全が経済団体と知り、財界の顔役の店などに忍び込んで調べるといろいろ真っ黒なのが分かった。 「とはいえ、この程度は予想通りだし……」 焦っているのは、蛍徳そのものに関わる派手な金の動きが見られないから。かなり遡ったが、興味を引かれる不審な動きはない。 「一気に組織を奪ったか、もしくはこの隙のなさは自分が常に狙われているって自覚がある、か。百年に一度の神童ともいわれたのに……ん？」 そうか、とも思う。 「曾頭全は、梁山湖時代に討死した旧春王朝における優れた忠臣の名だというけど……真の王を名乗ってるのに、なんで組織は臣下の名前にしたんだろうね？」 にたり、と笑う。 「派閥、でもあったのかね。……転じて、ここでのし上がるにも金と力がいる。討死したときにアヤカシにでも助けられて、そのまま協力関係ってのもありえるねぇ」 でないと、もうちょっと派手な二重帳簿になるはずだし、と考えたところで身を隠す。 誰か来たからだ。 ここが潮時だろう。 そして、羅喉丸。 ――パシン。 町の女性に頬を張られていた。 が、構わず聞く。もう一発張られた。それでも不動の構え。 「ふ、ふんっ。蛍徳なんざ、こっちから振ってやったさ。……あいつは、人の心を操るよ。絶対に恋なんかしないような娘もたぶらかすような……いや、人を狂わせるんだよ。アイツは、狂った挙句、鎬を削った優秀な学友は漏れなく自殺や行方不明、変死に発狂。お師様だって……挙句、学び舎は何度も火事だなんて」 「もう一つ。蛍徳は、いつかを境に様子が変わったとかあるか？」 「来た時から魅力的な奴だったよ」 「ありがとう」 捨てゼリフを残して掛けていく女性に、心から礼を言って見送る羅喉丸だった。 乱れる髪の隙間から涙が舞っていたような気がする。 女の行った先に背を向け考える羅喉丸。 後に仲間と合流。脱出し「偽春華王はアヤカシではなく人間だが、アヤカシに憑依されたのだとしたら生後間もなくまで遡るかもしれない」という仮説に達する。そして、暗殺などにも周到に警戒しているだろうことも予想できた。 |
