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■オープニング本文 「おや」 神楽の都の開拓者ギルドで、志士の海老園次々郎はある若い娘と出会った。 「えっと。ええっと‥‥」 どうやら依頼を選んでいるらしいが、右に行ったり左に行ったりで迷いまくっているようだ。ははあ、最近新たな開拓者が増えてるからな、初依頼にでも悩んでいるのだろうと笑みを漏らす。 「自分も、そんな時期があったかな」 つぶやいてから、たまには先輩開拓者の務めでも果たすかとその娘に近寄る次々郎だった。 が。 「‥‥何だかなぁ」 声を掛け会話したところで、いきなり言葉を失ってしまった。例の若い娘は胸の前で両手をグーにして合わせ身を乗りだし、茶色い瞳を丸々見開いて次々郎を見詰めていた。 「え? だって、その方が楽しいじゃないですか」 「そりゃま、そうだけど」 次々郎、否定はしない。 「『南の島を占拠しているアヤカシを退治して、そのお礼にそこをリゾート地とかプライベートビーチみたいに使ってもいいよ』みたいな依頼を探すのが、そんなにヘンなことでしょうか?」 恥ずかしげもなく繰り返す若い娘。 「ヘンだよ。そんなにヘンなことだよ」 という言葉はぐっと飲み込む次々郎。さて、どうやってこのお気楽娘を説得しようかと思案し始める。 と、その時だった。 「よし、君は確定だな」 次々郎の背後で男性の声がした。振り向くと、痩せた背の高い泰国風の男がいた。 「実は今から、泰国南西部南那(ナンナ)沿岸にある小さな無人島・尖月(センゲツ)に居付くアヤカシ退治を依頼しようと思っているんだが、君のその発想は買い、だ。君の名前は?」 「深夜真世(iz0135)(シンヤマヨ)っていいます」 「私は旅泰、林青商会代表の林青(リンセイ)だ。‥‥『商売は刹那の恋』。君という人材が適任だろう。特別に君は内緒で『依頼側の人物』としてギルドに依頼するから、よろしくな」 林青、そう言ってからギルドの受付に行った。 のち、依頼が張り出される。 内容は、尖月島にウヨウヨいる、子ども高さ程度で畳ほどの横幅のある大きな蟹型のアヤカシ退治だった。 「尖月島のある南那は閉鎖的でよそ者に警戒する風潮があるんだよ。まずは、アヤカシ退治をして信用を得る。‥‥退治した後は深夜くんの言うように観光地にして、私はそこで商売を始める。飲料水のない小さな島で開拓作業が必要だが、まずはアヤカシ退治が先決だな。深夜くん、尖月島パラダイス化計画のため、ぜひ頑張ろう」 「うん。頑張りましょうっ! 尖月島パラダイス化のために」 「何だかなぁ」 らららるるると意気統合する林青と真世に呆れる次々郎だったり。 そんなわけで、南の小さな常夏無人島に巣くうアヤカシ退治をしてくれる人、求ム。 ちなみに尖月島は、三日月型をしている。外洋側が内側で、孤を描き一面の砂浜が広がる。陸地側は、密林で岩礁地帯。過去には漁業的優位性から地元住民の移民が試みられたが、恒常的飲料水がないこと、アヤカシが発生したことから放置されている。アヤカシを退治すれば、現存し浜に点在する高床式の住居などが活用でき、別荘地として使えるだろう。大きさは、内側の浜が徒歩半日。外側の岩肌の海岸線が徒歩1日程度だ。 蟹型アヤカシは陸戦型で浅瀬までしか来ないため今現在人畜無害状態にあるが、やはり気味悪さから周辺海域に近付く者はなく、本土側の漁業振興の妨げになっている。 したがって、開拓者がこれを退治し島を使ってもらえれば、安心して漁業ができるという住民感情もあるようだ。 今後の楽しみのため、新たな交易のため、大切な開拓作業となるだろう。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
ラシュディア(ib0112)
23歳・男・騎
アイシャ・プレーヴェ(ib0251)
20歳・女・弓
ルーディ・ガーランド(ib0966)
20歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ● 「‥‥班分けは以上。何か質問は?」 泰国南西部は南那地方。尖月島に向かう林青商会の中型飛空船「万年青(おもと)丸」のデッキで風雅哲心(ia0135)が戦力配分についてまとめていた。特段、開拓者たちに疑問点は無いようだ。 「あの、哲心さん。私は?」 「そうだな‥‥」 名前を呼ばれなかった深夜真世(iz0135)が、おずおずと手を上げた。哲心、言葉をぼやかした。真世は、ギルドの依頼ははじめてでほかでの経験もない。気軽な位置にいさせたいようで、特に割り振りに加えなかったのだ。 「好きな方でいいんじゃない。‥‥さて、真世。どっちについて行く?」 提案してじっと真世を覗き込んだのは、魔術師のルーディ・ガーランド(ib0966)。ギルドの依頼は初めてだが、いろいろ経験があるようで落ち着き払っている。 「ええっと‥‥」 上目遣いで考える真世。ほわわん、とついさっきの記憶が蘇る。 「私も貴女と同じく弓を扱います。一緒にがんばりましょうね」 そう言ってにこっと笑い掛けてくれたのは、アイシャ・プレーヴェ(ib0251)だった。 「えへへ、アイシャさんと一緒がいい」 すりすりと蟹のように動きアイシャに近寄ると、彼女の腕に抱きつくのだった。 「じゃあ、ちょうどいい。アイシャに弓を教えてもらえば?」 「ええ。私もできればそうしたかったです。真世さん、よろしくお願いしますね」 ルーディの視線に頷くアイシャ。どうやら真世と仲良くやっていけそうだ。 「まあ、作戦名は兎も角として‥‥。アヤカシの群れから、島一つ奪還だな。やってみるか」 視線を戻しジュエルロッドを握りなおすルーディだった。 と、ラシュディア(ib0112)が、「そう、それ」と反応した。 「なんだか体よく利用されている気がしないでもない」 彼が言うのは、結局島の奪還は旅泰の林青が新たな交易だのをして私腹を肥やすのが目的ではないかという論である。 「金払いよさげな御人ですしねぇ。その分きっちり審査されそうですけど」 真珠朗(ia3553)がそう続いた。さすがは「黄昏の批評家 」。きっちり突っ込むところは突っ込む。うそぶきながらなのがまた上手い。 「利用するためきっちりそれに見合ったお代を支払う。取り引きの基本です」 とは、林青。 「真世くんとも話しましたが、この海岸は開拓者に優先的に使っていただくことにしますから、ぜひ頑張ってください。南那を治めている椀(ワン)氏にもちゃんと許可を取ってますし」 「私からもお願いします」 林青がなだめ、真世が胸の前で両手を組んでお願いした。 「なぜ真世さんはここにこだわるんです?」 「だって、そのほうが楽しいじゃないですか」 アイシャの問いに、真世があっさりと答える。 「私の故国のジルべリアは気候の厳しい所なので‥‥こういった暖かい所は珍しいですし、気持ちよさそうに、思います」 「今後ここが観光や行楽で使われるのならありがたいよな。そのためにも余計なものは、しっかり排除しないとな」 シャンテ・ラインハルト(ib0069)が歌うように言い、哲心が話をまとめた。 「ねえ、アイシャ。リゾートビーチになったら一緒に遊びに来ようね〜」 その横では、アーシャ・エルダー(ib0054)がるんるんとアイシャに話し掛けていたり。「ああ、トロピカルジュースにイイ男っ」などとうっとりした表情をしたり。 「お、お姉?」 「‥‥あ、浮気じゃないからねっ。ただの目の保養! 私にとっては夫が一番なんだから〜!」 呆れるアイシャの視線に気付いてわたわたと主張するアーシャ。真世から「アーシャさんて、いつもこうなんです?」と聞かれ、苦笑するしかないアイシャだった。 「ま・・・何にせよセコくヤるだけですがね」 どうやら仲間は利用される気満々だと確認して、真珠朗は卑屈に言うのだった。って、真珠朗さん。なんだか飄々としながも、槍「疾風」を持つ手に力がこもってますよ。 「あ、深夜のお嬢さん。突出しないで、敵の射程外から弓を撃つようにお願いしますね。あたしの余計なお節介とは思いますがねぇ」 真珠郎。何気に世話好きな面もあるようで。 やがて万年青丸、着水準備完了。開拓者たちは降下用ロープの前に陣取るのであった。 ● 尖月島は、まさに月の形をしているといってよい。 満潮であれば、泰国本土側の密林部分と反対側の砂浜の一部のみという三日月形をしているが、潮が引けば外海側の広い砂浜部分が姿を現し、半月形となる。砂浜が遠浅となっている証左である。 さて、万年青丸。 満潮時の三日月形砂浜の浅瀬に今、着水した。 「さぁ、夏のバカンスの為にも沈んでもらいましょうか」 葛切カズラ(ia0725)が縄を滑って膝下程度の浅瀬に降り立つ。今日も妖艶に、鮮烈に 。 「最初の降下時に当たることになる大群は、全員で迎撃ですよ」 「分かってるわよ、シャンテさん。‥‥急ぎて律令の如く為し、万物事如くを斬刻め!」 カズラは注意したシャンテの奏でる竜笛の素朴な音色を聞きつつ、勇気凛々。先行する仲間を支援すべく斬撃符を放つ。なにやら触手のうよ うよした名状しがたき物体が飛んでいく。と、そのうようよが鎌のように。見事、接近していた大型の蟹アヤカシの頭部を切り刻む。 「必殺! 蟹さんクラーーッシュ!」 そのアヤカシに詰め寄るのは、アーシャ。ファルシオンを大上段に構えてからの、力強いダウンスイングで叩き潰した。 「これがアヤカシじゃなかったらあとで美味しくいただくのに、残念でたまりません」 止めを刺しておいてから、きっと振り向く。 その視線の先。 「これがアヤカシで無ければ、正に食べ放題なのに」 額の闘士鉢金が凛々しい此花咲(ia9853)がソメイヨシノでアヤカシの足を狙う。 「‥‥くっ!」 敵の機動力を奪う攻め手ではあるが、蟹の巨大な鋏での攻撃にさらされることになる。 「あっ、咲さんが」 「真世さん、行かないで。ここから撃って」 慌てて近付こうとする真世に、それを止めるアイシャ。 と、咲と戦っていた蟹の体がよじれ軋んだ。この隙に咲は二本目のソメイヨシノを鞘走らせ敵を倒していた。彼女の奥の手である。 「真世さん‥‥。ないと思いますが無茶をしなようにしてくださいね」 蟹がよじれたのは、万木・朱璃(ia0029)の力の歪みだった。呆れながら真世にくぎを刺しておいて、また最前線に視線をやる。 「食べ放題でないのなら、おかわりはのーさんきゅーなのです‥‥っ!」 囲まれそうになっていた咲が足場のいいところに移動しようとしている。 「アヤカシは倒しちゃうと消滅するんですよねぇ‥‥。カニは折角美味しい食材なのに、勿体無いです」 朱璃は溜息を吐きながら咲の支援にと動く。「やっぱりアヤカシなんて害しかありません、全く」などと呟きながら。 「よし、弐班はこっちだ。‥‥先は長いんだ。抑えて行くぜ!」 「囲まれるのだけは気をつけなくちゃな」 咲と朱璃が移動した方向を指す哲心の号令に、ラシュディアが超越感覚などで広範囲警戒しながら続き、ルーディがサンダーをぶっ放つ。 一方、カズラ、真珠朗、シャンテ、アーシャ、アイシャ、真世の壱班は万年青丸の浮上を見送るまで現場を死守。 「とうっ!」 アーシャ。目の前の蟹が体を上げて威嚇してきたところを今度は下から派手に切り上げた。腹を見せた敵に、真珠朗が勢を低くしつつ一気に踏み込んで槍「疾風」の突きを見舞う。百虎箭疾歩だ。 いや、それだけではない。 柔らかい腹を見せている今がチャンスとさらに骨法起承拳で素早く突く。ダメージが蓄積された敵を集中して狙い、確実に敵の数を減らした。 「あたしゃ内功とか苦手なんですがねぇ。まぁ、その分急所ぶちぬいたりするのは結構、得意なんですが」 「ほへ〜」 「真世さん。感心してちゃだめです」 アーシャと真珠朗の戦いに感心していた真世をアイシャが注意する。 「落ち着いて。当たらなくてもけん制になりますからね」 (‥‥一肌脱ごっか) 弓を構える二人の会話が耳に入り、カズラが呟いた。 浅瀬を斜めに高速移動していた蟹に、呪縛符を放った。途端に動きを止める蟹。海面で見えにくいが、その足元には名状しがたき触手状の式が絡まっている。 「ほら、真世さん。当たった」 「うん。やっぱり近距離射撃は当たります」 カズラはこの会話を聞き、とほほ顔でがっくり。 「あっ。駄目」 その背後では、シャンテがとっさに曲調を変えていた。密林から出てきた蟹の大群が目に入り、攻撃支援の曲から防御支援の「騎士の魂」に切り替えたのだ。 後、蟹の大群に飲まれ苦戦するが、シャンテの支援で仲間はずいぶんと楽に戦うことができるのだった。 ● そして、弐班。 「いくら解体しても、食べる事は出来ない‥‥むぅ、ある種の嫌がらせなのです」 居合と銀杏を連発する咲が、敵の足をそぎ機動力を奪う。哲心が息の根を止めようと走るが、密林からうようよ出てきた蟹が目に入るのだった。 「次から次へと‥‥。だったらそろそろ出し惜しみしないでいかせてもらうぜ!」 瞬間、哲心の構える珠刀「阿見」が白い気を帯び梅の香りが漂った。咲の止めた蟹を一撃で仕留めると、お次は雷鳴剣で雷の刃を飛ばす。 しかし、敵は多勢。 密林から押し寄せる蟹の波は容赦なく開拓者たちを飲み込みもみくちゃにする。 「いつの間にか囲まれているなんてのが最悪だっだんだけど‥‥」 蟹の包囲網を早駆で抜けたラシュディアが苦い顔をする。強引に寄せられたので注意するも何も無かった。 「嫌でもこっちを向くようにしてやるよ」 気持ちを切り替え、甲羅の隙間を狙って撃針を撃ち込む。 「ラシュディア君。助かった」 やがて、朱璃が混戦から抜け出してきた。 「こう、バーンと一発でまとめて吹き飛ばせる術とかあればいいんですが。巫女は非力ですねぇ」 ぼやきながらも、閃癒で仲間をまとめて回復する。 と、包囲の内部で炎が炸裂していた。ルーディのファイヤーボールだ。 「食べられない蟹アヤカシさんは、殲滅するのですよ」 咲も健在のようだ。 「こいつで決めてやる。雷撃纏いし豪竜の爪牙、その身で味わえ!」 気合の言葉が響いたと思うと、蟹が崩れた。哲心だ。これが、至近距離での雷鳴剣と流し切りの奥義「雷光豪竜斬」。哲心、手応えに満足し一瞬そそり立ったままだったが、次の敵へと切りかかり始めている。 ここでようやく、戦いが落ち着きそうだった。 「秩序にして悪なる独蛇よ、我が意に従いその威を揮え!」 遠くでそんな声がした。ラシュディアと朱璃が視線をやると、壱班の戦いぶりが目に入った。具体的には、アキラの蛇神が炸裂していたところだ。巨大な蛇が蟹一体に噛み付くと姿を消していた。蟹もそれで死んだのだろう。姿を消した。余談であるが、式の生成過程は名状しがたきうようよしたものが絡まって蛇の姿を成していた。結構キモかったとか何とか。 あちらも何とか、ひと段落着きそうだった。 「さすがにもういないよな。あとはこれからどうなるか、だな」 哲心が剣を納めていた。後は、密林の探索である。 ● 「流石に疲れましたが‥‥綺麗になりましたね」 密林探索もある程度終え、朱璃が呟いた。 「うん。‥‥空も綺麗になってる」 こたえる真世。目の前には、夕日で茜色に染まった空と海が広がっている。浜はすっかり潮が引き広々としていた。 「一仕事を終えた後の、綺麗な景色を眺めながらのおやつは格別なのですよ‥‥っ」 横に座る咲は、桜餅をもふもふと食べてご満悦だ。 「しかし、なんで大量発生したんだろうな?」 「んー何だかんだで結構なでかさのアヤカシでしたしね」 首を捻るラシュディアと、密林内の様子を振り返る真珠朗。その辺は謎である。 「でも、もうおそらくアヤカシはいないと思います」 「え? どうして」 ゆったりと言い切ったシャンテを、しっかり用意してきた飲み水をアイシャやルーディに分けていたアーシャが振り返った。 「ヤシの葉の揺れる音や潮騒を聞いたら、そんな気になるでしょう‥‥」 ふふっ、とシャンテ。普段はあまり喋らないが、今の光景に心が揺り動かされているようだ。そういえば彼女、密林探索でも周囲の音や気配には敏感で、ラシュディアの超越感覚ともども貢献していた。 「次は仕事じゃなくて私事で来たいものです。海で遊んでみたいですから」 しみじみ言う朱璃。さすがに今は海に入れないだろう。皆、結構擦り傷を負っている。海で泳げばしみるに違いない。 「分かりました。予定とは違いますが、一泊して明日の早朝に帰りましょう。‥‥あの高床式家屋の使い勝手も調べておく必要があるかもしれませんし」 林青が素敵な提案をした。水や食料は万年青丸から必要分、下ろせばいい。 「えっ、本当?」 一斉に林青を振り返って色めき立つ開拓者たち。「やったぁ」などと喜びの声が上がる。 林青、この一言で最初に開拓者側にあったわずかな不信感を、一気に払拭したようだ。 「アイシャ。ほら、早く」 「お姉、急ぎすぎですよ」 駆け出す開拓者たち。別荘としては魅力的な高床式家屋は、十棟程度ある。好きに選んで泊まることができる。 次の朝には海鳥のさえずりと温かな日差しで目覚めることになるだろう。 ひとまず、波の音に包まれ、素敵な夜を――。 |