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■オープニング本文 ●みどり牧場のこと 合戦「武州の戦い」の舞台となった武天国の伊織の里近くにある大地は、魔の森を焼き払ってできた緑の大地である。あれから約二年。広大な丘陵山地には草が生え、低木が伸び、あるいはもう森の再生しているところもある。 そんな一角に、「おむすび岩」と呼ばれる巨石がある。 その岩を中心に広がる牧場が、「みどり牧場」。 魔の森を焼き払った後に、燃え残った倒木や木の根などを掘り返し整備した牛や馬を集めて開業した牧場だ。新鮮な牛乳や牛肉などは主に食文化の多彩な神楽の都に卸されている。 そんな牧場を取り仕切るのが、鹿野平一人(かのひら・かずと)。 「俺の遠い先祖は狩猟民族じゃったんかもしれんのう」 苗字を説明するとき、たいていそう言って豪快に笑うガタイのでかい元開拓者のオッサンだ。 今日も神楽の都の多様な食卓を支えるべく、従業員と励む。 ● 「まあ、余裕もできたけぇ今年は『野趣祭』に参加してもええかものぅ」 一人、夕日に顔を染めながらそんなことを呟いている。 「そうねぇ。この牧場を個人の私たちが開業できたのも、武天国からの援助金がたっくさんあったからだし、その中心都市で収穫祭をやるならこの牧場が安定経営に入ったことを報告がてら、賑わいの一助にするのが奇麗よねぇ」 一人の妻、鹿野平澄江(かのひら・すみえ)も一人の横で同じ夕暮れ空を眺めながら言った。 二人の眼下に広がる牧場は、平和だった。 神楽の都の珈琲茶屋・南那亭をはじめ、牛乳の取引先は安定しチーズの生産も順調。牛の方も種付けや成長も芳しい。莫大な費用は必要だが、それに見合う収入が生まれていた。 決して豊かではないが……。 「ここから見る夕日、奇麗よね」 「ああ。おまえと一緒にここに来て、本当に良かったのぅ」 心は、豊かだ。 ――んもぅ〜……。 「おっと、いけん。牛たちを呼びもどさにゃの。あいつらも腹空かしとろうて」 一人、慌てて手にしたドラをガンガン鳴らす。 牛も腹が減っていたのだろう。この音だけで素直に牛舎に戻って来る。 翌朝。 「一人さん、それならいい案がありますよ」 牛乳を納品に来た旅泰商人、林青(リンセイ)が陽気に声を上げた。 昨日の夕方、一人と澄江が話していた野趣祭への出店の話だ。 「お二人の懸念は、『毎年イノシシやシカの肉を出している人たちがいるのに、自分たちがウシやブタの肉を出して邪険にされないか』ということでしたね?」 「おお。何だかんだでワシらは国に金をたすけてもろぅて牧場やっとる。それが国の助けもないのに頑張っとる猟師を邪険にするような屋台の出し方はできんけぇの」 確認する林青に、難しい顔をする一人。 「律儀ですね。でも、商売の基本でもあります。……では、同じ肉でも周りと違う肉を売ればいい。イノシシとかウシとかいう違いではなく、天儀では珍しくて、他の出店者が真似しようにもすぐには真似できないような」 「ん? ワシも開拓者で各儀を回ったんじゃが、そんなのあったかいのぅ?」 「あぁ。見た目からして違うの、あったわね。そういえば」 首を捻る一人の横で、澄江が手を合わせた。 「燻製なら、天儀だと鰹節くらいしかないでしょ? これなら他の出店ときっと被らないわ」 「燻製か……。お、ちょうど桜の植樹をしたっけな。剪定したサクラの枝とか残ってねぇ?」 「残ってますよ。忙しくてそのままです。今ならもうちょうど乾いているでしょうね」 こうして、サクラのチップを使って各種燻製を作ってみることになる。 「よし、やってみよう。まずは燻製を作って味わってみないとな。……とはいえ、燻製は時間が掛かるよなぁ」 日常の仕事があるし、と困った顔をする一人。 「こういうのは楽しいほうがいいでしょう。真世君は……南那亭があるから駄目ですが、コクリ君なら呼べそうです。商売になるような味になるなら、もちろん林青商会に優先的にお願いしますよ?」 林青、ちゃっかり商談もして話をまとめるのだった。 というわけで、秋のみどり牧場で各種燻製を作って味わい商品開発してくれる人、求ム。 |
■参加者一覧 / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 尾花 紫乃(ia9951) / 猫宮・千佳(ib0045) / 御陰 桜(ib0271) / 十野間 月与(ib0343) / 尾花 朔(ib1268) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 泡雪(ib6239) / ルース・エリコット(ic0005) / シンディア・エリコット(ic1045) |
■リプレイ本文 ● チョコレート・ハウスは空の上。 中型飛空船「チョコレート・ハウス」の甲板に、純白のディスターシャ「アブヤドゥ」を纏う女性がたたずんでいた。 「広大な緑の大地……」 ぽそり、と呟いた唇。 シンディア・エリコット(ic1045)が、細身の体を手すりに預けて眼下に広がる風景に微笑する。 「いいわよね。瑞々しくて」 「あらん?」 色っぽく言ったところに、別の色っぽい声が被った。 「シンディアちゃん、早いわね〜。そんなに燻製が楽しみなのかシら?」 振り返ると御陰 桜(ib0271)が近寄ってきていた。意地悪そうな笑みでからかう。 「楽……しみ」 実はシンディアの隣に彼女の妹、ルース・エリコット(ic0005)もいた。小さな背で上を向き、にこぱと笑顔を見せる。 『わんっ』 ここで桜の背後から犬の鳴き声が。 振り返ると、白い毛色、耳先などが淡い黒色の小さな柴犬がたたっと走って寄って来た。 「白房、あまりはしゃいで落ちないように」 柴犬の後では柚乃(ia0638)がひと声掛けている。柴犬は柚乃がいつかの某依頼で里親になった忍犬「白房」だ。 「あら、白房ちゃん。いつかの依頼振り。今日もやんちゃね〜」 桜、しゃがみこんで手を出す。白房はその手に鼻を寄せてふんふんした後、ぺろぺろ。 「草原でうんと遊ばせてあげようと思いまして連れて来ました」 その様子に、近付いてきた柚乃がにっこり。 この時、甲板の向こうでぴぴん、と耳を立てる姿があった。黒い頭部に、ほかは雪が積もったような白色の目立つ小さな柴犬だ。 「雪夜〜、白房ちゃんがいるわよ」 『あんあん』 主人に呼ばれた忍犬「雪夜」、まっしぐらに桜の元に。そしてふんふんあんあんと白房にじゃれ付き。白房の方も雪夜と反対に回ってふんふんわんわんしてたかと思いとごろんと寝転がってけっけっけっと後肢で自分の首筋を掻いたり。雪夜の方はそれをみてふんふんしたり体を摺り寄せてきたり。 「じゃれつき……まくり」 ルースもこれを見てぽわわん。 『もふ〜』 そして二匹の忍犬の前を、金色もふもふの物体が転がってきた。 「あら、もふ龍さん」 『も!』 気付いてにこにこするシンディアに、転がりから体勢を整えたもふらさま「もふ龍」がしゅたっと前肢を上げてご挨拶。 「何かもふ龍ちゃん、張り切っているようですね〜」 もふ龍のご主人、紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)も登場。 「皆さんと一緒に燻製パーティーですからね」 うふふ、とメイド服姿の泡雪(ib6239)も続いている。 「ボクはお酒があればいいかな……あとは泡雪とのんびりと」 水鏡 絵梨乃(ia0191)は頭をぽりぽりかいている。 「燻製は美味しいですよね〜」 絵梨乃を挟んで、礼野 真夢紀(ia1144)が泡雪と顔を見合わせにっこり。 「あたいも、料理の幅をより一層広げる為にも、経験を積ませて貰おうかな?」 親友の真夢記を見守るように後に立つ背の高い女性は、十野間 月与(ib0343)。 「折角なので、いろんな燻製を作ってみましょうね」 泉宮 紫乃(ia9951)もいるぞ。胸の前で両手を組み合わせおっとりと話す。 「料理…腕が鳴りますね、紫乃さん」 緑の瞳に優しさを込めて紫乃を見る尾花朔(ib1268)も、どうやら料理好きのようで。 甲板の別の場所では、何やら着陸前に荷物を移動させている姿が。 「こう……ですかね?」 「そうそう。和奏さん、ありがとね」 和奏(ia8807)とリィムナ・ピサレット(ib5201)だ。もっとも、大荷物はリィムナのものらしいが。とにかくひと仕事すんで皆のところに行く。 ――ば〜ん! 新たに誰かが力いっぱい扉を開けて甲板に出てきたぞ? 「この動く風呂敷包み、誰のかにゃ?!」 頭に猫又「百乃」を乗っけた猫宮・千佳(ib0045)だ。八幡島副艦長から言付けられたらしい。 「……開けてみればいいのでは?」 和奏、覗き込んで確かにもぞもぞ内部で何かが動いている様子を確認して突っ込む。 「大体こういうのはふらぐにゃ!」 「そうですか……」 言われて仕方なく結び目をほぐす和奏。 するとっ! 『燻製食べ放題もふ〜』 紫色の謎の毛玉一つがぴょいんと出てきた。和奏の顔にしがみつく。 「八曜丸」 これを見て柚乃が慌ててやって来た。 「八曜丸……留守番に不満で不貞腐れてたけど……」 『留守番はイヤもふっ』 これを見て八曜丸、柚乃に向かってぴょいん。無事に抱えられる。和奏の方は無言で固まったまま、視線だけで八曜丸を追っているが。これにきずいた柚乃はちょこんとお辞儀。 そして次の瞬間。 ――ぐあっ! 何かが艦首したから姿を現し、開拓者たちに影を落とした。 「みんな、着艦許可がみどり牧場から出たよっ!」 滑空艇で先行していたコクリ・コクル(iz0150)が戻ってきたのだ。 そのまま無事に着艦。 「コクリちゃん今日もよろしくにゃ〜♪」 「やっほー!今回も宜しくね、コクリちゃん♪」 右から千佳が、左からリィムナが抱き付く。ふらりふらりと左右にふらついたが、二人を抱き止めあはははっ☆とそのままくるくる回る。いつもの平和な風景だ。見守る皆も、笑顔。 「よ〜し。そんじゃ、チョコレート・ハウス、下ろすぜ!」 「おおっ!」 艦橋では八幡島副艦長以下、乗組員の声がこだましていた。 ● 「よし。じゃあ早速やってみてくれ」 無事に着陸してあらかた挨拶が済むと、牧場主の鹿野平一人がサクラのチップの入った麻袋をどすんと置いた。 「じゃ、あたしは秋野菜と小麦粉だね〜」 リィムナも持参した荷物を、どすん。 「何にするの?」 「故郷ジルベリアの冬は長く厳しいからね。食べ物は冬になる前に燻製や塩漬けにして保存するんだ。……それを、小麦粉の練りもの麺――ぱすたを作って頂くんだ♪」 コクリに問われて説明するリィムナ。 「私はジルベリアの貴族に仕えていましたので、燻製は冬の保存食として作ったことがあります」 泡雪も持参した重箱を手に会話に加わる。 「そうそう。燻製に合いそうなお酒を用意したぞ」 徳利持参の絵梨乃も寄って来た。 「酒のツマミにあう燻製も持ってきたんですよ。鹿野平の皆様、食べてみてください」 重箱を開けて差し出す泡雪。中には揚げだし豆腐よりも色の薄い豆腐が入っていた。 「ん? いいの?」 「そんじゃ、お嬢ちゃんにご馳走になろうかのぅ」 鹿野平夫婦が手を伸ばす。 ――ぱくっ。 「あら、これがお豆腐?」 「ほぅ。……これは芳ばしさが際立ってうまい」 澄江・一人とも納得。なかなか好評のようで。これを聞いて絵梨乃もぱくり。早速酒も飲んでるが。 「水切りに手間はかかるんですけどね」 他の開拓者にも勧めながら、泡雪はうふふと幸せそうな笑みを浮かべる。 「ふうん。素敵な香りね」 月与も口に含んで、上品に頬に手をやる。「これが桜の樹を使った燻製ね」とうっとり。 「ジルベリアの依頼でも作ったことありますしね。……あ、そうだ。一人さん、卵有りませんか?」 月与の幸せそうな顔を見上げていた真夢紀が、はっと気付いて一人に聞いてみた。 「ああ。鶏卵なら好きにつこうてくれてええよ」 「よかった。しらさぎもやってみましょうね」 親指で鶏小屋を指差す一人。真夢紀はわあっと手を合わせて喜び、横にいるからくり「しらさぎ」の方へ向き盛り上がる。 『うん。マユキが依頼でした体験、してみたい』 真白でほわほわな髪を揺らし、中華鍋を用意したしらさぎが笑みを返す。 「卵の燻製、いいですよね〜」 紫乃がおっとりと会話に加わる。「半熟卵でも作ってみたいですよね」、「はい。どうせなら半熟卵も」と真夢紀ときゃいきゃい盛り上がる。 「燻製ということでしたので、少し変わった試みを…」 紫乃に寄り添うように立つ朔が、どすんと何かを置いたぞ? 「荒塩、味噌、醤油……」 「燻製の風味の調味料として料理に使えますし、燻製製品との相性もいいですよ」 覗き込んだ澄江に朔がそう説明する。 そんな静かに盛り上がる一同の傍で、突然大きな声がした。 『もふ〜☆ 久しぶりにみどり牧場に来たもふ〜☆』 こんな大自然で小ぢんまりしているのは損とばかりにもふ龍が駆け出している。 「あらあら、もふ龍ちゃん。そっちはいつもの畑ですよ〜」 『ちゃんと育ってるか楽しみもふ〜☆ ご主人様〜早く来るもふ〜☆』 慌てて振り返る沙耶香。もふ龍の方は早く早くと振り返ってぴょんぴょん。 「手伝いに行くにゃ☆ コクリちゃん、行くにゃよ〜♪」 「あ、うんっ。行こう」 千佳も大人しくしてるより体を動かすほうが好みのようで、コクリの手を取り沙耶香について行く。 『あんっ』 これを見た雪夜も主人の桜を見上げる。 「シかたないわね〜。はしゃぎたい年頃だし」 『わんっ』 「あら、白房も? って、八曜丸……」 『おいらの方が先に行くもふ〜』 桜が雪夜と走り、白房もついて行き、そして抱いていた八曜丸が飛び出した柚乃も続く。 そして残った者。 「……あ、あの…えっ、と…ですね。南那亭…から珈琲、を貰え…る様に、とりは…からえない、でしょう、か?」 ぽわわん、と思いつきのようにルースが一人を見上げて話した。 瞬間。 「珈琲?」 「珈琲かぁ」 などと、畑に行かなかった開拓者らから一斉に注目を浴びた。 「ぴぃ……シンねー様」 ルース、衆目を浴びすっかり焦ってしまいシンディアの背後に隠れぶるぷる。 「あら、ルースちゃん」 「……そ、そ、その…です、ね。珈琲、の燻製……は面白、いと思…いまして。あの……炒った、時に欠……けた豆、でいいの…です、が…」 シンディアに優しく撫でられ落ち着いたルースが隠れたまま必死に声だけで一人に伝える。 「ああ。ウチは南那亭から珈琲豆を買っとるけぇ、ちゃんとあるのぉ」 どうやらあるようだ。ほっとするルース。聞こえるのは声だけだが。 「その…‥」 ここで和奏が一人に声を掛ける。 「桜…剪定したのです…?」 信じられない、という瞳。 「ああ、なるほどな」 ピンときた一人、「ついてきな」と和奏を案内する。 足を止めたのは、一本の桜の木の元。枝の大半は打たれ、根っこの地面も馴染んでない。 「余所で道を作る計画があっての。どうしてもそこに生えていた桜の木を一本伐採するしかなかったらしい。……で、駄目かもしれんが移植しようってな。無理言ってウチが貰ってきた」 説明する一人。 移動させるため残す根などを選び、必要最低限の栄養で凌げるよう大半の枝葉を落としたということらしい。 「根付くかどうか分からんと言ってた。願わくば、ここがこの桜にとって第二の故郷になってもらいたいな」 聞いた和奏、「桜は剪定を避けるべき木である」と聞いて知っていたため気をもんでいたが、理由を知って納得。ここに根付きますようにと、小さく手を合わせた。 ● 「こういうのはやっぱり屋外がいいわよねぇ」 澄江がにこにこと鉄板を組み合わせて燻製器を組み立てている。一人は従業員宿舎から長椅子などを抱えて運搬中。 「手作り感があってあたいも好きだな」 月与も、石を組んで鍋を火にかける釜を設置。 「そうですね。こういう場所だとなおさら醍醐味があります」 朔も片膝をついて精を出す。 「よーし。そんじゃあたしはぱすた作るからね〜」 リィムナは持参した麺棒を掲げ、小麦粉をこね始めている。 「本格的だから長い一日になりそうですよね」 泡雪は早速、大きなテーブルで豆腐に重しを載せて水切り作業。形が崩れないように、長い時間をかけて。 「♪〜♪〜」 「あら、ルースちゃん楽しそうね」 テーブルではルースが鼻歌交じりに珈琲豆の形の悪いのを選んでいた。ここでシンディア、何かひらめいたように顔を上げる。 「あ、そうだわ。燻製を牛や豚の内臓で作ってみたらどうかしら?」 「じゃ、用意させよう。……そっちの兄ィちゃん、発酵乳はないんで、すまんな」 新たな長椅子を持ってきた一人が反応して言う。 「え、ヨーグルトはない? あるのはチーズだけ……」 和奏はががんと衝撃を受けている。 「……じゃあ、お肉はお味噌と塩麹、そして牛乳で漬けるしかありませんね」 固まっていた和奏、代用品で肉の下ごしらえを始めた。 「少し煙を潜らせるだけでも風味とか食感が変わって面白いですし。……桜の木片と一緒に緑茶を入れてもいいですよね」 「そうですね。お茶の葉で燻製にしても良いですね」 緑茶を取り出した和奏の声を聞いて、紫乃もにこり。 「冬用の保存食に売れると思うんです。お祭り用に本格的な物も作りましょう」 「桜は癖が少ないですよね。後は胡桃でも出来ますし、紅茶の葉も癖が無くて美味しいものできますよ」 紫乃の提案に、今度は真夢紀が身を乗り出してくる。持参した高級紅茶セットの茶葉も取り出したり。 「こ、珈琲……」 忘れられないように、とルースが形の悪い珈琲豆をすくって主張する。 一方、畑では。 『南瓜もふ〜』 もふ龍がころころ〜と転がりながらこつんと大きな南瓜にぶつかって止まっていたり。 「あ、もふ龍ちゃん? 薫製にして美味しそうなのはこっちよ〜」 沙耶香の呼び声を聞いて、『もふ?』と振り返るもふ龍。見ると沙耶香は土から掘り出した馬鈴薯を手にしていた。 『もふ龍も掘るもふ〜☆』 途端にぴょいんぴょいんと跳ねて沙耶香の元に行くもふ龍。わしわしと凄い勢いで掘り始めた。 「もふ龍さんて、もふらさまにしては働き者だよね……」 「うーん、どうなんでしょうね〜」 ぽそりと呟くコクリ。沙耶香の方はにこにこ首を傾げるのみだが。 もふらさまでこれなので、忍犬の働きっぷりも当然すごい。 『わんわんっ』 『あんあんっ』 白房と雪夜が並んでわしわし物凄い勢いで掘っている。 「白房……」 「雪夜も白房ちゃんも、楽しいみたいね〜」 並んで尻尾をふりふりして作業に熱中する様を見て目を見開き驚く柚乃と、にこにこと見守る桜。 「えっと、掘った芋は箱に入れていくね?」 「コクリちゃん、南瓜に猫耳つけてみたにゃ〜」 箱にまとめるコクリ。千佳の方は上手く馬鈴薯を割って手近な南瓜にくっつけて猫耳南瓜を作っていたり。 『とったどもふ〜』 『あんっ』 『わんっ』 ドヤ顔で収穫を誇るもふ龍に、「これだけ掘れました」と報告に戻り桜になでなでされる雪夜。これを見て白房も柚乃の元に行き報告してなでなでされてたり。 「あれ? もう一匹もふらさまがいたような……」 コクリが気付いて見回す。 『もふっ、もふっ……気味が悪いもふ』 八曜丸、畑の隅でてしてしと何かを叩いていた。 「大きなミミズにゃね」 千佳が確認すると、八曜丸は畑から出てきた大きなミミズと格闘中。 「……百乃さんもいないよね?」 『日向ぼっこ気持ちいいのにゃ〜。みんなしっかり働くにゃよ〜』 コクリが探すと、木の傍でだら〜んと横たわってのんびりのんびり。それでもコクリの視線に気付いたようで顔だけ上げる。こっち来いとも言われないので体はだら〜んと横たえたままだが。 ● そのころ、絵梨乃。 「どう? 泡雪」 チョコレート・ハウスから荷物を取り出し戻ってきた頃には、鉄板を箱型にした燻製器の扉は閉まり、石釜にかけた泰国鍋などから煙が漏れるなどしていた。 「ええ。ひと段落しました。あとは待つだけ……ですね」 緩やかに泡雪が言う。 「だったら、牧場の方を歩いてみないか? 折角来たんだし」 「うふふ。いいですね」 二人で仲良く牛を放牧している方へ。 ――も〜。 「お。柵から顔を出してきた。……泡雪も、もしも怒ったらこんな角が出るのかな?」 「私は怒っても角は出ませんよ」 「そうか? 泡雪って、怒った顔もかわいいかなと思ったんだが……」 「機会があれば本気で怒って差し上げますね」 「それは勘弁かなぁ」 顔を出してきた牛からそんなネタで盛り上がっていたり。 そんな二人を羨ましそうに見ていた紫乃、ちら、と朔に視線をやった。 「その……朔さん?」 「ああ。休憩だね」 朔、紫乃の視線の意味に気付いてしっかりとエスコート。絵梨乃と泡雪たちとは違う、牧場全体を見渡せる場所へと歩いていく。 「チーズやベーコンはパスタにしたりお芋にのせたり…」 「それもいいですね。それじゃ、燻製鶏肉に燻製味噌を甘辛くして野菜と共にクレープで巻くのはどうでしょう?」 紫乃が料理の話題を振ると、朔から料理の話題が返ってくる。 ――も〜。 柵から顔を出して牛が鳴いた。 「ほら、牛も同意してくれてる」 ぽん、と牛の頭をなでて朔が満足そうに言う。 「じゃあ牛さん、私の案は?」 これを見て紫乃が覗き込んで聴いてみた。 ――も〜。 「牛も同意だね」 「良かった」 二人で微笑み合って草原に。 「半熟卵は荒くつぶしてポテトサラダに入れて…」 「燻製豚は野菜たっぷりスープで燻製塩を使って燻製卵と燻製醤油でラーメンとかもよさそう」 草原に並んで座って肩を寄せ合っても、何だか料理談義をしているようで。 そんな二人の向こうでは。 「……風、が気持ちいい…です♪」 「やっぱり、来て良かったみたいね」 ルースがシンディアの横でほわほわしながら緑色が眩い大地を見つめる。シンディアも、妹の機嫌の良さを幸せに感じながら、草原の風を楽しんでいた。 元の場所。 「うに、燻製出来るまではお散歩するにゃ♪ 少し前まで暑かったけど一日毎に涼しくなっていくにゃねー」 「ここは高原だから、もっと涼しいよね〜」 千佳が散歩に出発。てててとコクリもついて行く。 「あ。彼岸花にゃ」 「真っ赤なのに交じって白いのもあるねっ」 とかなんとか、小さな秋を見つけて盛り上がっている。 別の場所では。 桜が雪夜とお散歩していた。 『あんあんっ』 雪夜、白黒の大きな牛の近くに行って吠えてみた。「おっき〜」と言わんばかりに見上げている。 「あれは牛っていうのよ♪」 桜が説明したところで、吠えられた牛が逃げた。ふんふんと尻尾を振りながら。 『あん』 珍しいのか、目を白黒させつつ見送る雪夜だったり。 そしてこの時。 「わ〜っ!」 「にゃ〜っ!」 コクリと千佳の悲鳴が聞こえた。 「まゆちゃん?」 「はいっ」 月与がまゆを伴って走る。七輪と泰国鍋を使った、紅茶の葉をいぶした燻製卵の番は幸いしらさぎがしてくれるようだ。 「コクリさん、千佳さん?」 『わんっ』 柚乃も白房と一緒に向かう。 「大変だっ!」 パスタがようやく完成したリィムナも走る。 そして見た! 「あははっ。面白かった〜」 「楽しかったからもう一回するにゃ☆」 なんと、急斜面の下でコクリと千佳が大の字に重なり仰向けになっていた。近くには、布製のそり。 そして皆が立つ場所にも布製のそりはまだ残っていた。 「あたいたちも行ってみよっか?」 「……コクリさんと千佳さん、怪我はしてなさそうですけど」 月与は股を開いて布を下に敷くと、前に小さな真夢紀を乗せて滑降する。 「二人とも、大丈夫〜っ?」 「月与さん、声が楽しそう」 大きな体で勢いをつけ、風を全身に受けながら一気に滑り降りる月与。真夢紀はその速度を楽しみながらも、背中の後で響く月与の様子にくすくす。 「柚乃さん、あたしたちも行こう!」 「え? あっ、白房!」 リィムナも柚乃に背中を任せすぐ追う! もちろんこの布ぞりは二人乗りとかいうわけでもないのだが、すっかり巻き込まれてしまう柚乃。結構な速度で落ちるが、白房も横を滑ったり駆けたりしながら追ってくる。柚乃もリィムナもこの可愛らしい奮闘ぶりをを見てほっこり。 その分よそ見運転となるが。 「わ。ちょっとみんな。危ないよっ!」 「受け止めるにゃ☆」 下ではコクリと千佳がみんなの速度を心配しつつ、逃げるのをやめて抱きとめようとする。 ――どし〜ん☆。 結果、みんな仲良く折り重なって「いたたた……」とか「楽しかった〜」とか。 ● 日は傾いて、やがて燻製は完成。 「みんな、できたで〜」 がんがんと鍋を鳴らして一人と澄江が皆を呼び戻していた。 「あれ? 魚もあるんだ?」 やって来たコクリがテーブルを見て首を傾げた。 「海産物はあたしが持ってきましたので」 『さすがご主人様もふ〜☆』 沙耶香が給仕をしながらそう説明。おかげでいい色になったイカ、タコ、ホタテなどが並んでいる。 「柚乃は、燻製の魚にだし汁に加えて、燻製チーズも使って……」 「あたしのパスタと合わせてたんだ♪」 柚乃は魚を使ったクリームパスタを。リィムナは秋野菜とベーコンのパスタでまとめてみたようだ。 「どれ? ちょっと味見を……」 ここで絵梨乃、柚乃のパスタとリィムナのパスタをちょちょいと味見。期待に目を輝かす柚乃とリィムナ。 「うん、どっちもおいしいぞ」 絵梨乃の言葉に満足そうな柚乃とリィムナ。 「あたしも食べるにゃ☆」 千佳も早速かぷりと食いつく。 一方で、火の傍ではまだ賑やかにやっている。 「よし、これで小麦粉の薄焼きの完成」 朔が、小麦粉を丸く薄く伸ばして焼いたものを冷ましていた。 「半熟卵もできてますね。これを荒くつぶしてポテトサラダに入れて……」 紫乃は、燻製卵をさらに調理中。 「出来た!」 二人口をそろえたのは、二人で協力した燻製肉包みが出来たから。 「じゃ、ボクの出番かな?」 ここでもしっかり絵梨乃登場。クレープ生地に包まれた料理にかぶりつくと。 「これは美味しい」 「中には、燻製鶏肉に燻製味噌を甘辛くしたものと……」 「燻製の卵を荒くつぶしてつくったポテトサラダが入ってます」 顔を輝かせる絵梨乃に、朔と紫乃が順に中身を説明する。 この様子に、パスタを食べ比べていた千佳が反応した。 「今度はあっちにゃ☆」 「あたしも鱈腹食べるよっ」 ぴぴん、と猫耳頭巾を立ててにゃんにゃんと突撃してくる。リィムナも食べる気満々だ。 「おいしいにゃ☆」 「おいし〜」 がぶっとやってうにに、と猫満足顔な千佳。リィムナも幼い顔をにんまり崩している。 もちろん、皆もそれぞれ作った料理を交換しながら燻製の風味を堪能していた。 「絵梨乃さん、秋刀魚の一夜干しどうですか〜」 「ああ。いただくよ、沙耶香」 「え…えりのさん……」 「おっと、ルースは珈琲豆の半熟卵だな」 「紅茶の燻製卵と食べ比べてもいいかもしれません」 「ああ、真夢紀の言う通りだな……ありがとう」 絵梨乃。 沙耶香、ルース、真夢紀から料理を次々勧められる。これに全部こたえ、「油が乗ってる」とか「香りも強くて苦味が利いてていいな」とか「こっちは華やかな香りかな、やっぱりうまい」とか。 「モテモテですね」 ふうっ、と腰を下ろした絵梨乃の横に泡雪が座る。 「料理してないからね」 クスッと笑う。彼女なりの気配りだ。 「そういえば、燻製に合うお酒は何でした?」 「いろいろ考えたけど、やっぱり天儀酒かな」 そんな言葉を交わしながらも、絵梨乃は泡雪の出してきた料理を口にする。 「その……」 「もちろん、とても美味しいな」 おっと、柚乃は溜息をついているぞ。 「疲れたみたいね?」 気にした月与が隣に来た。 「白房を草原でうんと遊ばせてきたから……」 ここで柚乃、月与が天儀酒を飲んでいるのに気付いた。 「燻製て酒の肴になります…?」 「それはもちろん」 「お疲れなら、これなんかどうかしら?」 シンディアがルースを伴ってやって来た。手には燻製のホルモン焼きが。 「バテている身体には最適だと思うの」 代わりに酌をする月与。 「あら♪ じゃあ一杯だけ戴けるかしら?」 ここでにゃんにゃん聞こえてきた。 「白猫黒猫ねこねここねこ、今日もにゃんにゃん鬼ごっこ♪」 リィムナが気分良くにゃんこダンスを踊って歌うにゃん♪してた。 そろそろ皆おなかいっぱいのようで、やんやの拍手が巻き起こる。 おっと、火の回りはまだ賑やかだ。 「商品にするなら飴色になるまでしっかり燻煙しないと…」 和奏が、屋台用の燻製を作っていた。 「普通のだとわんこには味付け濃すぎるしねぇ」 桜の方は、雪夜のために減塩じゃーきーを作っていた。 「勤勉なのが集まってくれて助かったのぅ」 一人はこの様子に感謝しているようだ。 草原でのんびりしている者たちもいる。 『過ごしやすすぎて危うく食べ物にありつけなくなる所だったにゃ』 「とか言いつつまた寝てるし」 後からきて出遅れ分を取り返すように食べた百乃がお腹を上にして寝ていた。横で呆れるコクリ。 「食べた後にゃからね」 千佳は百乃のように寝たりはしないようで。 「海鮮を持って来て良かったですね」 『もふ龍もたくさん食べたもふ〜☆』 隣に座る沙耶香は、鱈腹食べてもらって満足満足。もふ龍もたくさん食べて満足☆。 向こうでは、二人で座る姿が。 「結局、お料理の話ばかりになってしまいましたね」 「そうだね」 紫乃が苦笑し、朔が肩を竦めていた。 それでいて、二人とも心から満足そうだったが。 さらに向こうでは、ルースがすやすやとお休み中。 「ルースちゃん、幸せそうね」 身をあずれられて横に座るシンディアは妹の寝顔を見て自分も満足そうに笑っている。 |