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■オープニング本文 ここは希儀、精霊門のある宿泊地「明向」。 「てめえ、やりやがったな!」 「どうした? かかって来いよ」 どうやら往来で血気盛んな男どもが喧嘩をおっぱじめたようで。 「お? 喧嘩か?」 「いいぞ、やれっ!」 「おうい、どっちが勝つか懸けようぜ」 「さあ、張った張った!」 たちまち喧嘩を取り巻き人々が輪を作る。 ――タァン! 「こらぁ! お前ら、ええ加減にせえよ!」 響く銃声とそれに負けないほどの怒声が響き、「やべっ」とか「散れっ」とか野次馬が蜘蛛の子を散らしたように逃げ散る。当の喧嘩をしていた二人の姿もない。 「やぁれやれ、若いモンはこれだからよぅ」 「大将も若い時は似たようなモンじゃなかったスか?」 どうやら怒声を上げた男は自警団の上役らしい。部下が気軽に茶々を入れる程度には寛容な男のようで。 「……まあな。それに、あいつらの気持ちも分からんでもない」 「というと?」 自警団の大将、妙にしおらしい。部下が意外そうな声で聞く。 「新たな土地を開拓だ、と移民が進んでこの町も人が暮らせるようになったが、楽しみがたりねぇ。酒はウーゾなんかのワインが復刻されたし、天儀やなんかからも入ってきてこまらねぇが……」 ぽり、と頭を掻いて飲み屋の看板を見上げる大将。 「酒だけじゃな」 「博打はそれぞれこっそりやっているようですけどね」 「……おおっぴらにやってみるのも手かもしんねぇなぁ」 「やるなら密室でやるようなのじゃなく、見世物にもなるのが祭りっぽくていいですね」 「というと、アレか」 場所は変わって、天儀は神楽の都。珈琲茶屋・南那亭で。 「真世君、すぐ支度してくれ」 「ほへ?」 馴染みの旅泰商人、林青(リンセイ)が入店するなり声を張った。珈琲を運んでいた真世はびくっ、と腰を引いて彼の方を見た。 「希儀で最近荒事が多くなってるんで、競馬を大々的に催して治安維持をしたいらしいんだが、競走馬として使える馬がないのと騎手がいないらしい。すぐに出走場と騎手を集めて希儀に乗り込みます!」 「ちょっと林青さん、そんなに急がなくても‥…」 真世、つかつかと寄ってきた林青の勢いに負けつつあわあわと銀盆のバランスを取っていたり。 「ああ。急がなくてもいいんだが、出走者の確保は急ぐんだ。……形は競馬だが、内容は屋台が立ち並んで競馬以外でも大金が動く大きな商談なんだ。中小商人が割り込むには、メーンレースの『アルテナ記念』を張れる騎手をいち早く集めて注目されるしかないんだよ」 「あんっ、分かったよぅ。開拓者ギルドに依頼すればいいのねっ。……だから許して。今日私、ハイヒールはいてるからあまりアップで迫ってこないで〜」 ぐいい、と顔を近付ける林青。真世の方はたじっと上体を逸らしつつ後ずさる。高いヒールの足元が非常に危うい。 「頼むよ? 絶対だよ? こっちは物資の確保でまったく手が付けられないんだ。他の商人も条件は一緒。真世君の呼び掛けにすべてが懸かってるんだからねっ」 「ま、任せて……だから、ね? 珈琲こぼれちゃうから……」 必死の林青に、ぐらぐらと今にも崩れそうな真世。 「よしっ。さすが真世君。頼りになる。レース後は酒盛りするからねっ。じゃ、頼んだよっ」 林青、ひょろりとした体を翻し去っていった。 ふぅ、と一息つく真世。銀盆に載っていた珈琲は無事である。 「やれやれ。これを運んでから……きゃん☆」 改めて一歩を踏み出したとき、ぐきりと足首を捻ったり。 足が奇麗に見せられるかな、と気紛れにはいたハイヒールだが、油断するとこうなるようで。 「ああんっ。珈琲まみれ〜」 あちちいたたと腰から崩れて泣きべそをかく真世だった。 とにかく、希儀で『新霊「アルテナ」』の名を冠した競馬に出場してもらえる霊騎もしくは戦馬持ちの開拓者が募られるのだった。 |
■参加者一覧
萬 以蔵(ia0099)
16歳・男・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
シルフ・B・シュタイン(ia9850)
17歳・女・騎
アイシャ・プレーヴェ(ib0251)
20歳・女・弓
猫宮 京香(ib0927)
25歳・女・弓
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ● 希儀の廃墟を利用した即席競馬場では、多くの天幕が張られ屋台が出ていた。旨そうなにおいや楽しそうな遊び声が響く。 「い〜い雰囲気じゃねぇか」 そんな中、ちょいワル親父風開拓者のアルバルク(ib6635)が、よく日に焼けた手であごひげをぽりぽり掻きながら気分良く歩いていた。 「どこの国も賭場はこういう感じに活気がなくちゃなぁ」 さてと、勝ち馬投票券はあの列に並んで買うんだな、と目星をつけそちらに移動。 その肩をぽんと叩かれる。 「アルバルクの旦那、南那以来だよなっ」 振り返ると大柄な萬 以蔵(ia0099)がいた。いつものように直情そうで、素直な表情をしている。 「ああ、そうだな。以蔵の兄ィちゃんも元気そうで何よりじゃねぇか」 それより俺は列に、と振り返ろうとするところ、以蔵がぐいいと引きとめる。 「みんなはあっちに……」 「いいから。以蔵の兄ィちゃんもそろそろこういうのも覚えたほうがいいぜぇ」 アルバルク、以蔵を説得した。 「いや、でも……」 「いーってこった。それより見なよ、この活気。ギラギラしてる男がいりゃ羽振りの良さそうな男もいる。共通するところはみーんな、競馬を楽しんでるってこったぜ。だから俺らも楽しまなけりゃ罪ってこった」 「そ、そうなのか?」 あああ。アルバルク、以蔵の肩にがっしり腕を回し説得して巻き込んだ! 果たして、どうなる? 場所は変わって、競馬出走者の控え天幕。 「とうとう、白蘭と共に走れる日が来たか……! 実に楽しみだ」 着替え用に仕切った布に、奥にいる人影が写る。影の高さ、声からして皇 りょう(ia1673)らしい。 「うんっ。楽しみだよね〜、りょうさん」 隣の影が「んしょ」とフリルたっぷりな服をばさーと肩から落として振り向き言う。声の質といましがた脱いだ服から深夜真世(iz0135)らしい。 「それにしても、この勝負服というのはやはり何ともはや……」 りょうは腕を上げた脇の生地をぴちぴちと引っ張っては愚痴っている。胸のシルエットがぴっちり出てしまう競馬勝負服が恥ずかしいらしい。 「私のような粗忽者には恥ずかし過ぎる」 「わー。真っ赤になったりょうさん、かわい〜♪」 身を小さくするりょう。真世は服を胸に握ったままきゃいきゃい。 「真世さーん!」 ここで新たな影がやって来て、真世にむぎゅり。 「あーん。アイシャさん私まだ着替えの途中〜」 どうやらアイシャ・プレーヴェ(ib0251)のようで。抱きついた真世の顎に指を添えて上げて、「どうですか? 少しは上達したんです?」とか。 「上達って……着替え?」 「そうじゃないでしょ? 乗馬ですっ! 筋肉はつきましたか〜」 さわさわと確認するアイシャに「ひいいぃ〜」と真世。 「まあ、まよまよだからねぇ」 新たな影は誰だろう。着替え終わった直後のようで、首飾り「サザンクロス」をかけなおしている。 「さてと、いざゆかんアルテナ記念!」 ばさーっ、と仕切った布を開いた姿は、新咲 香澄(ia6036)。青地に黄色の星の散る勝負服をぴちっと着こなし、いざ出陣。 「ひいいっ!」 背後では、着替え途中の真世がびくっと固まり、着替えの済んだアイシャが見えないよう、んぎゅりと抱き付き。 同じく着替えているはずのりょうまでなぜか真っ赤になっていたり。 ● そして厩舎前の練習場。 「け〜いば〜け〜いば〜♪」 なんとも楽しそうな歌声が響いている。 「うふふ☆。またエアリアルちゃんと一緒に競馬ができますね☆。楽しい競馬を皆さんと致しましょう☆」 霊騎「エアリアル」に跨ったシルフ・B・シュタイン(ia9850)がにっこり☆。 「あはー、此処の所千歳と出かけられていなかったですし、こういう依頼ですけど一緒に頑張りましょうね〜」 一方、霊騎「千歳」の横でしっかり毛並みをなでてやっているのは猫宮 京香(ib0927)。 「結果より走るのを楽しみたいですね〜」 京香、そんなことを言いつつルンルン♪。 と、そこへ。 「夜空、どうだ?」 細身にぴっちりと競馬勝負服を着た篠崎早矢(ic0072)が、相棒の戦馬「夜空」を伴ってやって来た。 「夜空は不格好で外見が……いや、外見は別にいいんだ。小柄で足が短く、どうしてもスピードがな……。その分足の回転は速いし小回りは利く。スタミナもある。勝って楽しく後の酒宴を迎えたいものだ」 ぶつぶつと呟きながら気力を漲らせている。馬の足の回転はともかく、早矢の口の回転は早いぞ。 さらに誰かがやって来る。 「ふはははははっ! やってるね、諸君。私の名前は久我・御言! よろしく頼むとも」 一人賑やかに久我・御言(ia8629)、登場。相棒は漆黒の霊騎「絶影」。 「ふむ。諸君たちもなかなか尋常ならざる馬をそろえているね。しかし、砂迅騎である私は乗騎の扱いに長けている、そう、スキルなど使わなくとも、だ。レースが楽しみだし、楽しくなるぞ」 こちらも口が回る。しかも一点の曇りなく言い切る。 「……勝てた方が楽しいことは楽しいですよね〜」 二人の言葉を聞いた京香もすっかりその気になってしまった。 「お〜い。お待たせ〜」 新たにアルキオーネ(霊騎)を連れた香澄、白蘭(霊騎)と一緒のりょう、ジンクロー(戦馬)に乗ったアイシャ、静日向(霊騎)の真世がやって来る。 「じゃ、本場馬入場だね。楽しく行こう!」 香澄が軽やかにアルキオーネに飛び乗って馬場へ。わあっ、と歓声が上がる。 間もなく出走。スタート地点で。 「おかしい……おかしいぜえー」 アラベスク(霊騎)に乗ったアルバルクが首を捻っていた。 「俺はさっきまで馬券買うのに並んでたってのになんでまたこんな所にいるんだい……」 なんだかどっかで同じ目にあった気がするな、とか言わんばかり。 「競馬を皆さんと楽しく、ですよ〜☆」 そんなアルバルクを見てシルフはくすり。 「おいら、シルフの姐さんがああも強引だとは思わなかったんだぜ……」 シルフの向こうで鏡王・白(霊騎)に乗った以蔵がぼそりと一言。 馬券売り場に並んでいたアルバルクを連れ戻したのはシルフらしい。彼女としては、競馬に出る人と楽しく走るのが目的なので別に怒っているとかではないし、ごく当然のこととして耳を引っ張っただけだ。 ●レースと実況 さあ、希儀の神殿廃墟を利用した特設競馬場はすでに満員。競馬ファンの熱気に満ち溢れています。 本日のメーンレースは「アルテナ記念」。天儀や泰国はもちろん、ジルベリアやアル=カマルからも屈強の馬と腕自慢の騎手が集まり雌雄を決します。 では、気になる枠順を発表しましょう。1枠が内側です。 1枠 皇 りょう「白蘭」 2枠 シルフ・B・シュタイン「エアリアル」 3枠 萬 以蔵「鏡王・白」 4枠 アルバルク「アラベスク」 5枠 アイシャ・プレーヴェ「ジンクロー」 6枠 深夜真世「静日向」 7枠 猫宮 京香「千歳」 8枠 篠崎早矢「夜空」 9枠 新咲 香澄「アルキオーネ」 10枠 久我・御言「絶影」 なお、馬券は各儀の競馬で優勝経験のある1枠、9枠に人気が集まっている模様。果たしてどんなレース展開となるか。下馬評では牝馬ながら騎手の体が小さく実績もある9枠、同じく実績の1枠、最後の坂の絡みで馬体の大きさを好感された10枠が軸と見られている様子。 いま、最後の一頭、御言騎手の絶影が大きな馬体を悠然と揺らしてゲート・イン。十頭そろいました。 ――かしゃん。 ゲート、開いた。アルテナ記念、出走です。 スタートは各馬一斉。出遅れありません。 まず飛び出たのが以蔵。馬の名前「鏡王」は幼い頃師事して今は行方不明の武術家に由来しているそう。 続いて御言とアイシャ、真世、京香が出てくる。内からはシルフ。おっと、1枠のりょうはやや下げたか。逆に外から早矢が上がってくる。隣のアルバルクは落ち着いてこの位置。そして入場後に手を振り場を盛り上げすっかり人気者となった青地に黄星服の香澄、後方待機でここからの競馬です。 いま、最終の直線となる観覧席前を通過。ものすごい声援です。この日を待ちわびていた住民の熱気は間違いなく騎手にも届いているでしょう。 おっと、ここで早矢が夜空を前に出し先頭を伺おうかという体勢。上がってきた勢いのまま外から緩やかに絞ってきます。 改めて前から整理していきましょう。 先頭は以蔵。続いて御言と早矢。 二馬身離れて4番手には真世。続いて内にアイシャ、さらに内にシルフが半馬身。京香はじっくりとこの位置だ。香澄は後方待機の競馬か。さらにりょう。白蘭を気遣いながらの我慢の競馬。最後のアルバルクは砂塵騎とのこと。全体を見渡すのはお得意か。 奇麗な隊列でいま、坂を上りきり第一コーナーを通過。 コースは芝で変形トラック。第三コーナーが緩やかになりほぼ三角形。最後の直線は短いですがゴール手前に上り坂があります。 さて、前に戻りまして依然三頭が隊列を引っ張ります。 いや、けっこう逃げているか。 第二集団と間が開いた。 逃げの三騎に追う七頭の展開、さあ、どうなる――。 ● さて、第二集団の真世たち。 「勝負ごとである以上、負けるつもりはありません。勝ちにいきますよ!」 アイシャがややペースを上げた。 「えっ! そうなの?」 真世がこれを聞いて付いていく。足をためての差しを狙っていたのだが。 「まずはレースの動きを伺いましょう〜。隙を見て追い上げていくのですよ〜」 隣では京香が下げた。 「ええっ! えっと、どっちを信じれば……」 真世、迷いまくり。 「馬群に揉まれる心配のない隊列ですから、流れに任せて全体の中盤辺りを走ってれば大丈夫ですよ〜」 シルフは気楽にそのまんま。いや、内を嫌って外に位置している。やや無理をしたか。 「シルフさん、楽しめばそれでいいって感じ?」 「そんなことないですよ〜。勝ちたいという気持ちはありますけど、エアリアルの機嫌を損ねるような走りはしたくありませんからね☆」 突っ込んだ真世にシルフが答える。 「あ、うん。そだよねっ」 真世、納得してシルフを真似て静日向に任せる。 しかし、先頭で変化が。 以蔵がトップだったが、大きく変動しそうだぞ。 「先行取って只管に逃げ捲るぜ……え?」 以蔵、気持ち良く逃げを打っていたが意外そうな顔をした。 後から早矢が来た。 「アーラーーラーーラーーラーー!」 どどどどど…と、物凄い勢いで横に並んで過ぎ去って行った。 「大丈夫なのか、だぜ?」 「夜空は他の馬に蹴られるのを嫌がり前に出るタイプなのだ。仕方ないだろう」 あっけに取られる以蔵。緩やかな下りを利して一気に前に出た早矢がそう言葉を残し、行く。 さらに。 「行くぞ、絶影! いまこそ駆け抜ける時!! ……お先に行かせてもらうよ、諸君!」 御言も行った。 以蔵を抜いて早矢に並んで、抜く。 いや、早矢が抜き返す。 俄然ペースが上がる逃げ二頭。 「いや、それはないな」 以蔵、単騎逃げに失敗した。仕方なく競るのを止めて一息つく。 これを見た第二集団に変化が! 「えええっ。付いていかなくちゃ」 焦った真世が上げる。 「ジンクロー、貴方に任せますよ」 逆に前のペースを見てアーシャは流し始めた。真世がその横を行く。 続いてシルフ、京香がやはり抑え気味。 追い込み組みはどうだろう? 「大逃げされちゃあ仕掛けを早めて合わせるしかねえ」 前を見ていたアルバルクが上げてきた。 「ハイペースなら最終コーナーまで脚をためたほうがよくない?」 行く寸前、抜いた香澄の声が聞こえた。 「おっさんは競馬には向かねえが、どうせ祭りだ細けえ事は抜きよ」 もう香澄には聞こえないが、アルバルクはそう言って瞳に力を入れる。 そして胸に去来する今までの人生。 ピンチなんざ山ほどあった。 死にそうになったこともあるかもしれない。 そんな三十ン年の記憶が流れる。 そして、それでも言う。いつも言ってるセリフをっ! 「なあに、出たとこ勝負ってなもんよ」 男・アルバルク迷いなし。 「最後の直線の坂の前で大外に持ってこれれば、とも思っていたが……」 内側で最後方となったりょう、難しい顔をしている。後方待機組が思ったより多く、窮屈な競馬となってしまっている。 「まあいい。勝負の駆け引きは、私も戦を通じて磨いてきたつもりだ」 りょう、長い隊列になったが焦らない。 ● やがて緩やかに第三コーナー。 トップは早矢。続いて御言。さらには以蔵がクリアしていく。 「あれ? 私、差すつもりだったんだけど……またこのパターン?」 4番手の真世は、いつか見た光景に嫌な予感を抱いていた。 「真世さん、直線長くないから速めにスパートしないと届かないですよっ」 その横をアイシャが抜く。相変わらず真世を気に掛けている。 「結果は気にしませんが、どうせなら勝った方が嬉しいですし…1位を目指してごーごーですよ〜♪」 「アイシャさん……ああっ。京香さんまでっ」 京香も4コーナー手前から速度を上げているっ。 「勝てばちょいとは賞金も出る。終わったら酒盛りもあるみてえだしな。……つーわけでアラベスク君、ちょいと踏ん張ってくれよ」 「アルバルクさんもっ!」 アルバルクも颯爽と駆け抜ける。 「まよまよ、あらかじめ言っておいたよねっ!」 さらに後方からの声。 「気を抜いたらぶち抜いちゃうからね☆って」 香澄もすでにスパートしている。 「いざ、我等に武神の加護やあらん! 参るぞ、白蘭!」 りょうも前を猛追し始めたっ! 「ああんっ。また私、勝負に焦っちゃったの〜っ?」 速度が出ずに悔しがる真世だが、それは彼女一人だけではない。 先頭の早矢、御言が同じ思いをしている。 「く……。頑張れ、夜空。できるだけ抜かせないように……」 「さあ、絶影! 影をも置き去りにするという意味を持ってつけたその名の意味を見せつけるのだよ!」 早矢、御言ともテクニックに走るようだ。 片や「こうなったら」、片や「馬に無茶をさせるのだから、その分、己にできる全力を尽くす、それが私の流儀(スタイル)!」。 これが大きく勝負を分けることとなるッ! ●再び実況 さあ、第四コーナーを回った。 おっと、ここで先頭の早矢が内から外にぶれた。続く御言、コースを定めて突っ込んでいたかこれとぶつかる。そして空いた内から一気に以蔵が出たっ。立て直した早矢が今度は内にぶれるが以蔵、速いっ。 さらに大外に回したアイシャと京香の脚が伸びるっ。 先頭は以蔵。外からアイシャと京香。御言と早矢は後続に飲まれてしまった。 大歓声に包まれての叩き合いは前残りを狙う以蔵。追いすがるアイシャと京香。 さらに外からシルフが前を伺う。アルバルクも上がってきたっ。 いやっ! 大外最後方から飛ぶように香澄が来ているっ! さらにりょうが内からこじ開けるっ! 先頭の以蔵、もう伸びがない。後は粘るだけだ。 アイシャと京香も伸びが無くなった。これは分からない。 シルフとアルバルクは中央から下がる馬をかわした分苦しいか。勢いは無くなった。真世は苦しい。早矢、御言とともに沈んでいく。 依然トップは以蔵。大柄な鞍上も鏡王・白が力強い走りを見せる。アイシャとジンクローは絆の高さを見せつけるかのようにいい呼吸。中盤の方針変更があってもこの位置で頑張る。京香と千歳も勝負へこだわるかのように追いすがっている。 微妙な判定になりそうだが……来たっ! 最内と大外から物凄い勢いでりょうと香澄が襲い掛かるっ。坂に差し掛かってやや減速した前とはもう差はないぞ。 これは分からない、これは分からない。 おっと、内のりょうは伸びが無くなったか。坂道での減速はやはり内の芝が荒れてるからか。 勝負は四頭。 四頭固まって今、ゴール・インっ! 微妙な判定、微妙な判定だが、勝者は誰だ――。 ● 戦い終わって、厩舎前で。 「そんじゃ、優勝者に乾杯だな」 アルバルクが希儀産白ワイン「レッツィーナ」の入った杯を掲げ音頭を取る。 「私と夜空は残念だったが、勝者は偉大だ。……いずれ私も勝利する時が来るだろう。今日は素直に祝うぞ」 元々馬の誉れをよしとする早矢、悔しそうだったが誉れは誉れと割り切ったようで、明るい。 「というわけでぇ……以蔵さん、優勝おめでとっ☆」 真世の掛け声で、全員が乾杯。 「いやあ。おいら、勝ったとは思わなかったんだぜ」 みんなに祝われすっかり恐縮している以蔵。一気に飲んで顔も上気している。 「んー、このワイン美味しいですね〜」 「お疲れさまでした♪ 京香さん、準優勝も美酒ですよね」 酒好きの京香がくいっと飲んだ隣で、アイシャも晴れやかな顔でワインをちびり。 「そういうアイシャさんは3位ですね〜。わたしだけ6位……」 シルフは白ワインはちろ、と舐めただけで後はオリーブ焼きの肉を摘まむ。同じ差し狙いでも彼女は二人より成績が悪かったようで。 「アイシャさんは真世さんを気に掛けすぎてましたからね〜」 「そしてシルフさんはスパートがちょっと遅かったのもありますかね?」 京香とアイシャがきゃいきゃい☆。 「あ、真世さんもお疲れ様でした」 「うんっ、アイシャさんも。乾杯〜」 「そうだ。千歳も飲みますか〜? …って、流石に飲まないですね〜」 「そう。エアリアルにお水を……体は後で拭いてあげますからね〜」 アイシャと真世が乾杯して、京香とシルフが愛馬を構い。 「うむっ。愛馬を労わりながらというのはいいな。そしてワインもキリッとしていい。……私はこう見えて味にはうるさい男だからね」 ちなみに、愛馬にはすでに御言が構いつつ、器用にワインを飲んでいた。「ふっ」と溜息と共に前髪をかきあげる。 「アルキオーネもよくやったね」 もちろん、香澄も愛馬とともに。 「それにしても、以蔵君はよく私と早矢君が繰り広げていた熱い先頭争いに加わらず我慢したね。素晴らしいよ」 振り返る御言の声に、以蔵がうれしそうに「そうそう、そうだぜ」。 「競馬に勝って勝負に負けるってのは、こういうことを言うんだぜ」 「カッコいいことを言うな」 意中の展開ではなかったことを素直に認める以蔵の清々しさに、改めて早矢が乾杯。 「香澄さん、惜しかったね」 「ちょっと届かず四位だったけど、まあよく追い込めたよ」 真世の呼び声に香澄が振り返り照れる。 「ん? あんたは飲まねぇのかい?」 「酔うとすぐに寝てしまうのでな。……あ、その大皿を三つ程頂こうか」 アルバルクは杯に口をつけないりょうに声を掛けた。りょうの方は飲まない代わりに食うつもりのようで。 「ってちょっと。このたくさんの料理、誰が注文したの?」 真世が気付いて大声を出す。 「いいレースだったんで、屋台の組合からの差し入れでさぁ。……さあ、じゃんじゃんもってこい」 大皿を持ってきた男は後ろを振り返り声を掛ける。「おお」と後続が威勢を上げる。 「レースもそうだが、そこのお嬢ちゃんがその後も曲乗りなんかで盛り上げてくれたからなぁ」 香澄に会釈する者もいる。 とにかく競馬は大いに盛り上がった。 着順は、以蔵、京香、アイシャ、香澄、りょう、シルフ、アルバルク、御言、早矢、真世。 アルテナ記念を制したのは、萬 以蔵だ。 |