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■オープニング本文 ●前口上 神楽の都に揃いの背中 黒字に赤のだんだら羽織 いざ、浪志組 巡邏中 悲鳴響けば駆けつけて、即抜刀で民守る アヤカシ闇に潜むなら、あぶりだして塵にせん 嗚呼、浪志組 ここに在り 天下万民安寧のため 己が武ふるい悪を断つ ●神楽の都の夏祭り 神楽の都の一角にたたずむ、珈琲茶屋・南那亭にて。 「というわけでミラーシ座も路上演奏してもらえないかって話なんすけどね」 もふら面を被った男が、テーブルの上の金魚鉢をつつきながら言う。中の金魚がやや驚いたようにぴく、と逃げ泳ぐ。 「それ、つまり『ミラーシ座はお座敷のほうはいいから、外でやってくれ』と言ってるようなもんですよね」 対面に座る興行一座「ミラーシ座」座長のクジュト・ラブア(iz0230)が呆れながら言った。 本当はミラーシ座、アル=カマル出身のエルフ、クジュトが頼み込んで座敷芸の一座に入門し、半ば追い出される形で独立したお座敷の大衆演劇をする一座だった。ところが、老舗の一座に迷惑をかけないようやっていたものの仕事日照りに遭い、結局吟遊詩人的に路上で歌ったりもする「なんでもする興行一座」となってしまい今ではあまり活動していなかったりする。 「実際、存在さえなかったことにされるよりはマシなんですよ。あっしの一座なんざ……」 「え?」 寂しそうに言ったもふら面の男の声を聞いてクジュトが身を乗り出した。 「いや、いいんすよ。こうしてクジュトの旦那といま、この世界でやってますから。……それより、ミラーシ座はいいすよね。伝統に縛られてないから何でも自由にできる。あっしはいま、幸せですよ」 もふら面の男の殊勝な言葉を聞いてしまい、もう何もいえなくなるクジュト。 「分かりました。座敷演劇の寄合の一員として祭りに貢献しろということですよね。じゃ、楽しくやりましょう」 「クジュトの旦那には本当に感謝してますよ。この街で、それなりに楽しくやれている。いや、それまでよりも自由な分、やり甲斐があります」 「あ」 ここでクジュト、重要なことに気付いた。 「浪志組として活動する日と重なるような気がしてきました」 実はクジュト、神楽の街を守る浪志組の監察方でもある。 「旦那、幹部でしょ? しかも観察方。別に祭りに潜入しててもおかしくはないでしょうに」 「うん……まあ」 「それにこういう催しの警備の時、旦那はたいていまともに巡邏してないすよね? 大人しくミラーシ座として祭りに参加して……そうですね、屋台一つ任されてくれれば一番いいと言ってましたから、この話、受けますよ? 巡邏は隊志にしてもらえばいい」 いいすね? と念を押されて押し切られたクジュトだった。 「それでいいんすよ。最近旦那、とんとミラーシ座のことをないがしろにしてますからね。……でも、屋台はどうしましょうかねぇ」 「分かりました。ケバブを売りましょう」 クジュト、もふら面の男に「ミラーシ座をないがしろにしている」と言われ腰を上げた。 「ケバブ?」 「確かこの店、牛乳を牧場から仕入れているといいましたね? そこから牛肉を分けてもらいましょう」 こうして、南那亭から武天の「みどり牧場」に話が行き、まとまった。 「あとは……『人斬り六本丸』からちょっかい出されても問題ですし、巡廻する浪志組隊士を集めて、屋台を手伝ってくれる人を募ります」 最近、辻斬りに狙われていることを鑑み人員募集に一工夫をするクジュトだった。 というわけで、夏の夜の露天に出すミラーシ座の屋台を手伝ってくれる人や、祭り全体を警邏してもらえる浪志組隊士や一般の開拓者、求ム。 |
■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
ナキ=シャラーラ(ib7034)
10歳・女・吟
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
愛染 有人(ib8593)
15歳・男・砲
庵治 秀影(ic0738)
27歳・男・サ
天月 神影(ic0936)
17歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● ――ぱんぱん。 神楽の都の某旅館の一室、ミラーシ座の楽屋で手を叩く音が響いた。 「はいはい。皆さん出番はもうすぐですよ。着替えは手早く、仕上がりは魅力的に」 浪志組監察方でミラーシ座長のクジュト・ラブア(iz0230)が陽気に声を上げた。 「ちょっと……クジュトさん」 間髪入れず、鞍馬 雪斗(ia5470)が細い顎を上げて不服そうな声を上げた。 「これ……女性物じゃないか?」 雪斗が広げているのは、チョコレート色のひらひら薄手の衣装。雪斗の人妖「カティ」が、早速世話をする。「依頼で一緒に行動するのは久しぶりだな! クジュトの旦那!」 クジュトの方は新たに呼ばれて振り向く。 ナキ=シャラーラ(ib7034)が胸を張って立っていた。 「見てくれ、新品みてえだろ!」 黒地に赤のだんだら模様のある浪志組隊士服を羽織って、くるん。自分と背格好が同じ奴に貸してやったら綺麗に繕いと糊付火熨斗されて返ってきてさ、と嬉しそうに続ける。横には相棒の鬼火玉「近藤・ル・マン」が浮いている。 黒地に赤だんだらの布を被って。 「……鬼火玉だったんですね」 「だらんと垂れた袖が耳みたいで可愛いじゃねぇか。あたしと一緒に回って浪志組ここにありを示してくるぜ」 呆れるクジュトにからから笑うナキ。近藤も浮かぶ実を揺らして嬉しそうだ。 「というわけだから、はい」 ナキたちの横で、アルマ・ムリフェイン(ib3629)が脱いだ隊士服を誰かに掛けている。 『ああ』 アルマのからくり「カフチェ」が短く返事して袖を通す。赤褐色の肌に切れ長の目、赤い瞳が特徴的。 「いいね、似合ってるよ」 ケイウス=アルカーム(ib7387)がカフチェの佇まいを褒める。 そのくせ、自分は浴衣「紫陽花」でお洒落に決めてる。クジュトがジト目。 「大丈夫。彼が着た方が背も目立つし、僕もうろうろしやすいしね」 ケイウスに代わってアルマがクジュトに言い訳。当のアルマもうきうきしながら浴衣「朝顔」に着替えているが。というか、二人そろうとさらにお洒落である。 それはそれとして、楽屋の一角で。 羽妖精の「颯」が行李の衣装をわっしゃわっしゃやってた。 『あると様もそのくらい……』 颯の背後では、すっかり踊り子服に身を包みふりん☆、とスカートをひらめかせている雪斗とがいた。 『あった! 踊り子服』 「颯、何をしてるのかな?」 やった、と薄手の衣装を広げた背後に、主人の愛染 有人(ib8593)がごごごごご……と迫っていた。 『あ、ええっと……浴衣でしたらあると様の分もちゃぁ〜んと……』 やばい、と悟った颯。咄嗟に踊り子衣装を投げ捨て持参した荷物へと飛ぶ。 「颯の持ってくる衣装で何度恥ずかしい目に……」 『だ、大丈夫です、今回は大丈夫ですから! だから頭突はいや…頭突きは止め…』 結局、一角獣人の有人につんつんと角でつつかれるのだったり。 一方、別の準備をしている者たちも。 場所は変わって、神楽の都のアル=カマル街。 「ケバブ……初めて見る料理ですねえ……」 『美味しそうもふ☆』 ケバブ屋台の前で泰服に身を包んだ紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が、じ〜っと店主の手つきを見ている。横では相棒の金色もふらさま「もふ龍」がぴょんこ☆。 「肉は……牛肉ですね〜。串焼きで香辛料をたくさん使っていますか〜」 食文化の違いにふむふむと感心する沙耶香。 「ああ。ケバブの醍醐味は調味料類だな。ほら、この香辛料なんかいいだろ?」 ここでクロウ・カルガギラ(ib6817)が横に。手には買ってきたばかりの香辛料の粉がある。覗いたもふ龍は、『舌がピリピリしそうもふ〜☆』。 「大体分かりました。後の細かな勘所は屋台で教えてもらえばいいですね〜」 「お。沙耶香さんも焼くの?」 「ケバブは手伝いだけです〜」 「じゃ、この機会に、だ。やっぱ肉だよな、肉!」 答えた沙耶香に、気分良さそうに盛り上がるクロウ。早速肉を捜す。実はクロウ、ケバブ大好き。 「牛肉と野菜は、あたしも懇意にしている『みどり牧場』から仕入れ済みって聞いてますよ〜」 『野菜はもふ龍たちも育ててるもふ☆』 「そういえばそうだったな。オリーブオイルは希義産のものを手配したし、キュウリを既に仕入れちまったが……お!」 あれもある、これも手配したと指折りするクロウが目を輝かせた。 一体何を見つけたのだろうか。 ● そして神楽の都の日が暮れて。 町の一角に並ぶ屋台が忙しくなり、人出が増えてきた。 「ケバ…ブ?」 雑踏に一人、ぴくりと銀色の獣耳をぴくりとさせ立ち尽くす人物がいた。 志士の天月 神影(ic0936)である。 「おお、来てくれましたか」 ケバブ屋台の前でクジュトがその獣人を歓迎した。依頼の開拓者の一人らしい。 「…あぁ、俺は神影だ。よろしく」 「どうです? ミラーシ座として踊りませんか?」 屋台の前では、アルマが笛「小枝」を吹いて、「聖鈴の首飾り」をかけたケイウスが「さぁさ、ケバブが焼きあがるよ」と歌い、雪斗が踊り子衣装でくるんと回ってひらひらのスカートをなびかせ踊っていた。しゃんしゃんと周りからは手拍子。 神影に声を掛けたクジュトも肉を焼きつつ、包丁などでリズムを取っていた。 「い、いや。俺は志士なのでな」 「よーし。近藤、ケバブが焼けたら巡廻に行くぞ」 神影がぷるぷると首を振ったところで、浪志組隊士服を羽織ったナキが出てきた。 「浪志組…か。石鏡にいた頃より噂には聞いていた」 真顔になって神影が呟く。その心に、あるいは故郷の出来事が去来したか。 「よし。クジュトの旦那、浪志組入隊者一名ご案内、だ。旦那は巡回いいから、この神影に隊士服を貸してやってよ」 「何…」 ナキの声に言葉を失う神影。あとはなし崩しである。こうしてあっさりと浪志組が一人増えた。 「それともミラーシ座として踊ります?」 しゃんしゃん手拍子する中からそんな声が。一角獣人の有人である。まるで若い娘が着るような華やかな赤と白の浴衣に身を包んで一般人にサクラとして紛れていた。 『あると様もその浴衣なら踊り子として踊っても……ああっ! 痛っ』 横に浮かんだ颯、余計なこと言った! 有人から恨みがましい目で見られ、角でつん☆。 「はい。最初のケバブ、焼けましたよっ」 ここで響くクジュトの声。わあっ、と一斉に客が押し寄せた。 と、この時。 「よお。盛況じゃないか、クジュトさん」 『ケバブもふ〜☆』 買出しから戻ってきたクロウと蒸籠持参の沙耶香、そしてもふ龍がやって来た。 「一回焼いて売り切れて、そしてまた一から焼いて、になりそうです」 「ちょうどいい。次はこいつでドネルケバブを売ろう」 クロウ、アル=カマル街で借りてきた垂直グリルを取り出した。 「串に薄く切ってタレにつけた牛肉を重ねて刺して、縦に回しながら焼くんだ。……タレは自家製だけど、天儀の人にも馴染むように香辛料をまろやかにしたんだぜ?」 生き生きと作業する。ディスターシャ「サーフィ」に身を包んでいるのは、アル=カマル風を強調するため。 「おっと、結構暑くなるはずだ。……これで少しでも軽減されればいいな」 ついでにスキル「保天衣」で暑さ対策。気候にのみ効果があるが、そこはそれ、意気に感じるかどうかだ。 「すご〜い。串を垂直に固定して回すんだ〜」 「へえっ。横にして焼くのは見たことあるけどなぁ」 たちまちドネルケバブを珍しがる人々。先のクジュトが焼いていたケバブは焼き鳥と似ているといえば似ていたから、余計に珍しく映る。 「あたしは点心やから揚げ串を……。あ、クジュトさんのケバブはあたしが引き受けます」 沙耶香もてきぱきと動き始めた。『それじゃ手伝うス』とクジュトの相棒、土偶の「欄馬」が補助に入る。 「それじゃクジュトさん、僕とケイちゃんはこっちを回ってくるね」 水色の浴衣を着たアルマがケバブ片手にころんと歩を進める。隊士服のカフチェとケイウスもケバブを手に続くが……。 ――ばささっ! 「うわ!? こら、ガルダーっ!」 ケイウスの悲鳴は、相棒の迅鷹「ガルダ」の急降下攻撃を受けたから。 攻撃といっても、標的は主人の持つケバブだったが。 「あー。……獲られちゃったね、ケイちゃん」 「こら、ガルダ、返せって」 同情の視線を向けるアルマ。ガルダはといえば、主人から一気にケバブを掻っ攫うと屋台の上に止まり、がっつがっつと肉汁滴るうまそうな焼き立てを嘴で串から引き抜いて喰らっている。 「……聞いちゃいない。最近、ほったらかしすぎたかなぁ」 とほほ、と肩を落とすケイウス。実に豊かな表情で、見ていたアルマはくすくす笑っている。 『アル……』 横に控えていたカフチェは主人の様子に溜息を吐くのみ。 いや、すっとケイウスに自分が持っていたケバブを差し出した。 「カフチェ?」 『俺は食べなくても問題ないので』 意外そうなケイウス。すぐにぱああっと明るい表情が戻る。 「すまない。ありがとな、カフチェ。いやあ、アルマはいい相棒に恵まれてるなぁ」 ケイウス、元気爆発。 しかし気付いているか? カフチェの彼を見る目に同情と既視感の様子があることを。 「よし、それじゃ気を取り直して警邏に出発だ。……ガルダ?」 そんなことに気付きもせずに歩き始めるケイウス。相棒にもついてくるよう指をくいっ。するとガルダ。素直にひょ〜いと飛んでくる。 「ガルダちゃん、いい子じゃない」 アルマ、ガルダを見直したとばかりに見詰めてケイウスに続く。もちろん、隊士服を羽織ったカフチェも続く。 「よぉ、美味いケバブがあるんだってなぁ」 入れ替わりに、庵治 秀影(ic0738)がやって来た。 「秀影さん……酒盛り好きなだけに酒やうまいものがあるところには必ず現れますね」 一瞬笑顔で歓迎したクジュトはすぐに悪戯っぽく言い直した。 「そりゃ誤解だなぁ、クジュト君。……おっと、クロウ君のは食いでがありそうだなぁ」 「まだ焼けてないよ」 ドネルケバブを見て感心する秀影に、クロウが忙しそうに返す。 「ふむ、そうだな……」 秀影は思案顔をすると、筆と紙を取り出した。そしてケバブに食いついていたもふ龍に向き直る。 『もふ?』 「おっと、そのまま」 振り返ったもふ龍の姿を見てさらさらっと筆を走らせる秀影。 「出来た」 あっさりと書き上げたちらしには、もこもこなもふ龍がケバブを持って瞳キラキラな絵が。 『もふらさまも太鼓判』 の文字もさらりと。 「よし、俺ぁここの噂ちらしを撒いてくるぜぇ。くっくっく、客が多くなるからしっかり準備しておきなぁ」 果たして大丈夫か。 ● 「ケバブもいい味だったし、踊りも楽しかった…かな?」 往来を一人、踊り子服の雪斗が祭りの喧騒を行く。 「マスター、何か気配が…。あまり離れるのは妥当ではないかと」 お供の人妖が心配したところで、人影が。 「姉ちゃん、一人かい?」 「俺っちらと遊ばねぇか?」 くくくっ、と下卑た薄笑いの男二人が寄ってくる。 刹那。 ツインテールの頭が沈んだと思うと龍の模様が男たちの目の前にひらめいた。 「鬼ごっこくらいならしてあげてもいいけど……」 「何?」 男たちは背後から聞こえた声に振り返る。 そこに雪斗がいて、にやり。アクセラレートと瞬脚のなせる技。 「相手になるかな?」 「いまの、『闘布「舞龍天翔」』だ」 「に、逃げろ!」 雪斗が目を細めたところで男達は逃げ散った。が、雪斗は考え事。 「浪士は…やっぱり自分とは合わないや」 あくまでミラーシ座の手伝いと自らに言い聞かせる。 「マスターはそういう型枠が大の苦手ですものね」 「……自由人って程じゃないぞ自分は」 カティに言われ悪い気もせず。二人、喧騒に戻る。 一方、神影。 「なんじゃおどりゃあ!」 「ワレが先にぶつかったんじゃろぉが!」 人ごみの中でチンピラ同士が一触即発。騒ぎを避けた付近のご婦人が躓いたりすでに被害が。 ――ぽん。 「あん?」 拳を引き絞ったチンピラ。肩に手を乗せられ振り返る。 「その辺でやめとけ…折角の祭り、興が冷める」 神影がいた! 「んだら、おお?」 ただし、止めるつもりはないらしい。相手に向かうはずの拳が神影に飛んできたぞッ! 「仕方ない……」 神影、ちゃきりと珠刀「青嵐」を鞘ごと返しつつ迫る拳をかいくぐる。 ――どすっ! そしてすれ違いざまの抜刀、「雪折」。 どう、と崩れ落ちるチンピラ。片刃の背で打ったので血は見ない。 「よ、っと」 もう一人のチンピラはがくん、と膝から崩れていた。指一本を立てたナキがその影から現れる。 「どーだい、『フィンガーレスグローブ「パウル」』の味は」 そう言いながら小さな宝珠が嵌め込まれた白い手袋に包まれた指をわきわきと動かした。フィンガースナップ――指を鳴らしたときの音を吟遊詩人スキルの発動に使えるらしい。 「指パッチンに夜の子守歌乗せるなんて芸当、ダチが作ったイカス手袋しかできないぜ♪」 と、得意げに話していたナキだがすぐに様子が変わった。 「あ、やべえ。神影の旦那、あとよろしく頼むぜ。行かなくちゃいけねぇとこ忘れてた」 近藤とともに駆け出すナキを見送り、神影は小首を傾げつつ二人の捕縛作業に専念する。 するとしばらくして、「あ」。 「……向こうでこのような物を配っていた。俺は職務中だ、お前にやろう」 出掛けに秀影から渡されてたちらしを配る。へにょ、と獣耳を伏せぎみなのは演じているからかもしれない。 「よ、浪志組の人かい? いつもありがとな。これ、食べてくんな」 貰ったイカ焼きをかじりながら、カフチェとアルマ、ケイウスが行く。「分かった分かった」とケイウスはガルダに少しイカを分けてやったり。 『俺が隊士服を着てるからか』 「そうだね。……それはそうとケイちゃんが追いかけてるの…六本丸だっけ。どんなの? ――囮がいるなら」 ちら、とカフチェを見るアルマ。 『……誰だ?』 「どうした、浪志組。隙だらけだぞ?」 そのカフチェ、突然現れた背後の男から首に何かを押し付けられていた。 「『首切り「蟷螂丸』か!」 ケイウスが叫んでジョーカーナイフを出す。同時に「誓句の謡」で攻撃に集中する。 「おっと。以前に会ったな……『美女丸』を殺った奴らだな」 忍び装束の蟷螂丸、ケイウスの顔を確認するとカフチェから離れて微笑する。 「これが、ケイちゃんの追ってる……」 「おっと。囮にからくりを使ったのか? 賢くなってるじゃないか。……もっとも、こっちもここで本気じゃないがな」 蟷螂丸、先にカフチェに押し付けていたのは焼き鳥の串だった。ワン、とどこかで犬の鳴き声がした。 「長居は得意じゃないんで、またな」 「あ、待て!」 串を投げつけ逃げる蟷螂丸。ケイウスは足を狙いナイフを投げたが、横から出てきた忍犬に防がれた。 「ガルダ、いいぞ」 迅鷹が空から追う。 『アル、無事か?』 「……速いね。あれが六本丸」 カフチェは主人の守りに入り、投げられた焼き鳥の串を叩き落としていた。笛「小枝」を下ろしたアルマは、あっという間に「夜の子守唄」の圏外に逃げた敵を呆然と見送っていた。 やがてガルダが帰ってくる。 家屋の中を通って逃げられたらしい。 ● その頃、秀影。 「よう、美味ぇ肴を手に入れちまってなぁ。せっかくだから美味ぇ酒と一緒にくいてぇじゃねぇか。何かあう酒はねぇかぃ?」 知らぬ者同士がたむろして酒盛りしている場所に目を着けフレンドリーに近寄っていた。ケバブの包みを差し出すと熱烈歓迎され、猪口が回ってくる。 「う〜ん、この匂い、そそるねぇ」 もったいぶって包みを開ける秀影。串から抜いて分けてやる。 「おっと。足りなきゃこの屋台に行けば手に入るぜ?」 ちらしを渡してアピールも如才ない。 「おお、秀影さんじゃないですか」 ここでかつらを被り女形姿になったクジュトが通りかかった。 「ああ? クジュト君か。そうしてると声を聞かないとわからねぇなぁ」 秀影の背後では「ネェちゃん、踊ってくんなよ」と囃す声。 「でも音楽が……あ、有人さん、こっち。確か羽妖精さん、アイドルさんだったでしょう?」 突然通りに手を振るクジュト。 「これがケバブか〜」 『留守番の楓にもお土産が買えてよかったですの』 「その隙に尻尾をもふってたけど……ん?」 その方向には、有人と颯がいた。有人がクジュトに気付く。 早速寄ると、歌ってくれとか。 『……まだ現役アイドル羽妖精でいいんですの?』 「いいから試しに一曲踊ってみれば?」 えええ、と困惑する颯。有人の方はぽんと背中を押す。 「じゃ、行きますよ」 クジュトの三味線が響き、前に歌って踊った「珈琲召しませ☆」を可愛らしく歌う颯。 「ほぉ、良い音色だねぇ」 「感心するより盛り上げたほうがいいんじゃないです?」 酒もうまいのだろう。い〜い顔をして耳を傾ける秀影。そこに相棒を手助けしたい有人が裏方然として突っ込む。 「盛り上げなら、ほれ」 秀影、ぱちんと指を鳴らす。 「おおっ!」 すると背後で一斉にちんちんかんかんと椀や猪口を叩いて調子を取る飲兵衛たち。 「……知り合い?」 「大体こういう奴らの性癖ってのは似たようなもんだ」 感心する有人に秀影、にやり。 そうこうするうち神影もやって来た。 「クジュトはアル=カマルの出身と聞いたが」 「今はいろんな文化を楽しんでます。さ、神影さんも」 神影、巻き込まれた。仕方ないので手拍子で参加。へにょってた神陰の獣耳も次第にピンと立っていく。 「長屋のご隠居たちなんかも連れて来たぜ〜っ。やっぱ浪志組は弱い立場の人の為にこそ働かねえとな」 ナキがお年寄りを引率してきた。酒盛りがまた一気に賑やかになる。 「姉ちゃんもこっちに来て踊りなって」 「わたしは……クジュトさん?」 酔っ払いに手を引かれてやって来たのは雪斗だったり。 『もふ〜っ。イカ焼き美味しいもふ〜☆』 「あ、いたいた。ドネルケバブ、焼けたぜ」 さらにもふ龍と沙耶香、クロウもやって来た。どうやらドネルケバブを味わってもらいたくて追ってきたらしい。 「屋台、大丈夫ですか?」 「もう売り切れましたよ〜」 『大盛況だったもふ☆』 気にしたクジュトだが、さすが沙耶香は屋台慣れしているようで全て売り切ってきたらしい。後の番はクジュトの土偶がしている。 「お、それよりクロウ君のドネルケバブもうまいな。うほっ。肉汁がいいし、キュウリと一緒にパンで包んであって、歯ごたえもいいねぇ」 「秀影さんの口にあったなら何よりだよ」 「この人、何でも美味しいっていいそうですが」 『あると様、美味しいですの。はい、あ〜ん……』 べた褒めの秀影ににっこりクロウ。横から突っ込みを入れる有人の口に、歌い終えた颯がドネルケバブをむぎゅりと突っ込む。有人、ごごご……。 「あとで高弦丸にも差し入れしとかないとなぁ」 「あ……。俺も後で様子くらい……」 秀影が自分の相棒、甲龍の「高弦丸」を気にかけると、釣られて神影も相棒の駿龍のことを思い出す。 「そうだな。俺もプラティンに買出し後にキュウリを差し入れたが、帰りにも港に寄るか」 クロウはパンにドネルケバブを包み客に差し出しながら相棒の戦馬を思い浮かべる。 それはさておき、アルマが迷子と手を繋いでやって来た。カフチェとケイウス、ガルダも一緒だ。 「クジュトさん、迷子が……あっ!」 「お父さん!」 迷子の父、ここで飲んでたらしい。駆け出す子供を見てアルマはにこにこ。 「クジュトさん、今度はここでか?」 雪斗もやって来た。 「ちょうどいい、ミラーシ座もそろったし本格的に演奏しますよ!」 気分良く声を張るクジュト。やれやれとアルマにケイウスが楽器を構え、ナキが指ぱっちん用意。もちろん雪斗が裾を広げ、歌姫の颯がすううっと浮き上がる。 「お酒が美味しいですね♪」 「だなぁ」 そんな盛り上がりを見つつ、しっとりと沙耶香が、しみじみと秀影が、神影が「これが神楽の都か」と呟き酒を飲むのだった。 |