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■オープニング本文 ●香鈴雑技団のこと 泰国のある下町には、多くの孤児たちが明日をも知れぬ路上生活をしていました。 ある少女は得意の裁縫で小銭を稼ぎ。 ある少年は知恵を働かせて使い走りをして立ち回り。 ある力自慢は役人から汚れ仕事を貰って、仲間の孤児を食わせたり。 そんな中、あるチンピラ少年は思ったのです。 「大人に頼ったり振り回されてもろくな事はない。俺たちは孤児なんだから、俺たちだけで生きていこう」 雑技団を立ち上げ旅に出ることを決意します。 でも、何をするにもお金が必要です。 雑技団どころか、流行り病にかかっても薬すら買えないのですから。 「その子が我が主の養子になってくれるなら、雑技団の出資者になりましょう」 ある日、初老の紳士が言いました。 流行り病にかかった子が死んだ日、仲間のため養子になる決心をした子を残し雑技団を結成します。 養子になって分かれた子は、香者(コウシャ)といいます。 流行り病で亡くなった子は、鈴陶(リントウ)といいます。 二人の名の頭文字を取って、子供たちは香鈴雑技団と名乗ることとなりました。 ●本編 「前然(ゼンゼン)様。香者様を取り戻すと言いましたが……」 雑技団の後見人たる初老の泰拳士、記利里(キリリ)が聞いた。 先の「首無し」を退治した村でのことである。 「ああ。取り戻す」 雑技団のリーダーたる少年、前然が吐き捨てるように言い切る。 「……力ずくですか?」 「力ずくでも今まで支援してもらったお金を返してでもいい。とにかく、俺たちは自由になるために旅をしているんだ」 「私が主人を裏切ったことで、皆さんはもう自由ですよ?」 ここで前然は表情を崩した。泣くのではないかという力のなさだ。 「記利里(キリリ)のじぃさんにゃ迷惑掛けちまった。……そしてもう、香者にだけ迷惑を掛けられねぇよ」 ふぅ、と深く溜息を吐く記利里。 「そのどちらも不可能です。……とにかく、次は大きな街へ行きましょう。私も逃げてから田舎の村ばかりを回って情報がまったく入ってきませんので」 こうして、次は比較的大きな街に立ち寄ることになった。 「仲間がばらばらになって挙句に首と体がばらばらになった朱天誅みたいに自分達はならない、かぁ」 針子の皆美(ミナミ)が、もふらさま「しょもふー」の引く荷台と並んで歩きながらぽわわん、と空を見上げていた。頬がうっとり染まっている。 「チンピラ時代は裏切りや仲間を見捨ててた前然がそんなこと言うとはなァ」 釣られて軽業師の烈花(レッカ)も感心したように言う。 「あら。言ったのは陳新(チンシン)じゃない?」 「そういうことだろ? って陳新が前然に確認したんだから、前然もそういう立場なんだろ?」 「ほら。だから言ったのは陳新じゃない」 ここで、ははぁんという感じの烈花。 「なるほどねー」 「な、何がなるほどなのよ」 これを遠めで歌姫の在恋(ザイレン)が見ている。 「皆美、珍しくむきになってる……」 「アンタも相当鈍いわね」 在恋の横にいた弓娘の紫星(シセイ)が呆れていたり。 「そういえば前に開拓者の姉さんが言ってたけど、何か仲間がみんな持ってる同じ小物っていうの、作りたいな」 「おー、いいじゃン。何にする?」 「えーと」 とにかく、別の話題で盛り上がり始めたようだ。 「お〜い」 しばらく行くと、先行していた演武少年・兵馬(ヒョウマ)が手を振って戻ってきた。 「次の街が遠くに見えたぜ。もう一息だ」 一緒の前然が説明する。 「みんな、喜んで。山菜がこんなに取れた」 ざざっ、と横合いからは道化の陳新が顔を出す。後ろには籠を背負った怪力自慢の闘国(トウゴク)がいる。 「それじゃ、今晩はこのあたりで休んで翌日に街に入りましょう。……今回の目的は雑技公演ではないので、皆さん街の休日をそれぞれ楽しんでください」 記利里が説明する。 「どーしてさ? 公演すればいい金になるぜ?」 「私が主人の仲間に接触して香者様の様子と、出資後援の約束破棄を交渉します。決裂した時は私に構わず旅を続けてください」 素朴な疑問を口にした兵馬が、言い聞かせる口調の記利里の言葉に声を失った。 「いや、じぃさんも……」 「開拓者を呼んでます。一緒に買い物や食事……そして路上でのちょっとした雑技公演くらいは大丈夫なはずです。宿も取ってますから、しばらくのんびりしてください。それが……」 あるいは、最後の後援です、と言うつもりだったのか。 「とにかく、香者の様子が分からないとどうしょうもない。じぃさんの言う通りにしよう」 それを言わさないため、前然が強引にまとめた。 そして開拓者と一緒に、つかの間の都会での休日を過ごすこととなる。 まさか、あのようなことになるとも知らず。 |
■参加者一覧
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
エメラルド・シルフィユ(ia8476)
21歳・女・志
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
真名(ib1222)
17歳・女・陰
中書令(ib9408)
20歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ● 「じーさんならもういっちまったゼ?」 子供たちと合流したとき、烈花がそう言った。 「そっか。交渉が上手くいってくれると良いけれど」 九法 慧介(ia2194)がそれを聞いて穏やかな口調で返した。 「みんな、元気してた?」 「あ、香辛姉さん」 慧介の背後では、今日も明るく元気のいい真名(ib1222)が手を広げ、そこにわ〜っと在恋と皆美が駆け寄って抱きついていた。 一方、前然はすすすと距離を置く。 どしん、と背後で誰かにぶつかった。 振り向く前然。 「久し振り」 煌夜(ia9065)が背後から手を回し前然を捕まえる。 「ちょ、ステラ姉ェ」 「やれやれ。大変みたいだけど記利里さんに任せるしかないわね」 ぎゅ〜っ、と抱き締めてやる。さすがに思いが伝わり「そうだな」と神妙な前然。 元気者は他にもいる。 「よっす! 俺はルオウ。よろしくな」 「……」 挨拶するルオウ(ia2445)を無言で見詰める兵馬。 「おい、挨拶されたら挨拶せんか。私はそんな風に育てた覚えはないぞ?」 「いや、水着姉ェに育ててもらったわけじゃ……」 「なんだ? エメラルドは『水着姉ェ』なのか?」 ぐわしとエメラルド・シルフィユ(ia8476)に頭をつかまれる兵馬。苦し紛れの言葉にルオウが瞳を輝かせて突っ込む。「兵馬たちが勝手に……」、「ああ。水着みたいな服着てるから」、「こいつぅ〜」、「うわ、ちょっと」などと賑やか極まりない。 「大方、あなたの武器が気になったんじゃない? 兵馬、いつも蒼兄ィの剣を気にしてるから」 騒動をよそに紫星がルオウに説明する。 「武器? 俺の?」 「殲刀「秋水清光」か……いい刀だ。兵馬が気にするのも無理はない」 きょとんとするルオウ。琥龍 蒼羅(ib0214)が彼の腰に帯びた一振りを見て納得した。 「兵馬さんは相変わらずですね」 「陰陽さん」 くす、と宿奈 芳純(ia9695)が微笑すると、陳新が寄ってきた。 「もしよかったら今日、一緒に行ってもらいたいところがあるんですが」 「ええ。いいですよ」 穏やかに頷く芳純。 「……迷子になったり、誰かに連れ去られたりしないように」 ぺん、と琵琶「青山」をひと弾きして皆の注意を集め、中書令(ib9408)が注意をしておく。 「そうね。皆が楽しむことを記利里さんも望んでるでしょうし」 「交渉は記利里さんの手腕に期待だね。……ま、何とかなるさ」 煌夜が微妙な言い回しをして、慧介が力強く頷いた。 「よし、それじゃ早速出発だ!」 「こら。待たんか兵馬」 元気良く兵馬が飛び出したが、これはエメラルドから逃げるため。 「ええ。行きましょう」 これを見て中書令も、いや、全員が笑顔で出発するのだった。 ● 「さて。最近一緒に公演してないしね」 慧介は市場で賑わう広間に来ていた。 「闘国、頼むよ?」 に、と闘国に話し掛け手品道具を取り出す。闘国は無言で頷き、ジャンジャ〜ンと銅拍子を鳴らし注意を集めた。 「はい、まずは紙の帯で作った輪。こうして真ん中を切っていくと……はい、二つの輪にはならず大きな一つの輪になりました〜」 慧介、ある程度集まると簡単な手品を披露。ぱちぱち拍手が鳴り足を止める人が多くなった。 「お次は、怪力自慢が引っ張っても切れない縄を用意します」 闘国、慧介に紹介されふんっと一本の縄を引っ張る。もちろん切れない。 「そこで、この縄の真ん中を刀ですぱり」 慧介は真ん中を掴んでぶつりと切ってしまう。 「でも、布をかけておまじないをすると……」 切った下を掴んだまま布を掛けて隠す。そしてふん、と再び引っ張る。 その拍子に飛んでしまう布。 改めて現れた縄は、ピンと張って切れてなかった。 「おおっ!」 「はい。不思議ですね〜」 観衆の拍手に得意げな慧介。闘国も楽しそうだ。 「その、紫星はどこに行きたいんだ?」 蒼羅は紫星と一緒。 「そうね……」 紫星、じ〜っと蒼羅を見ている。 「どうした?」 「サザンクロスに叡智の水晶……お洒落もちゃんとしてるのね」 にこ、と紫星。 「うむ……。その、やはり飾り物の店を覗いて……」 「こっち」 どうしたものかと逡巡する蒼羅。と、その腕に紫星が抱きついた。そのまま引っ張る。 「おい、紫星……」 「折角蒼兄さんと一緒に買い物できるんだから弓の品定めしてほしい、かな」 武器の並ぶ店に連れ込まれ唖然とした蒼羅に、上目遣いで頬を染め「だめ?」と視線で問う紫星だった。 「いいだろう。俺も助かる」 「珍しく本音?」 蒼羅、安堵混じり。悪戯そうに身を翻す紫星の目は嬉しそうだった。 場所は変わって、往来。 「でも、なんで武器に興味もってんだ?」 ルオウが一緒に武器屋巡りをしている兵馬に聞いてみる。 「武器は人を導いてくれるから」 「は?」 真面目に言い切った兵馬。ルオウの方はなんだそりゃ状態。 「俺、何もできねぇガキだったけど、曲刀を持ったら使い方とか体の動かし方がぴたっとはまって大人に褒められたんだ。……なんか、武器の形自体が身体の捌きとか扱い方を教えてくれるようでさ。だから、いろんな武器を使ってみたいのさ。いろんなことを教えてくれそうで」 「だけど武器は相性だぜー。っていうか、なんかお前面白い奴だなー。武器が教えてくれるのか?」 「いやほら、『ぶん回してちゃこっちがお前を振り回すぜ?』みたいに、さ」 「そーだな。でかい武器は威力もあるけど、振り回されてちゃダメだしな。で、最初は軽い刀とかを扱って、徐々に自分にあったものを選んでくのがいいってな」 「……でも、何もない生活してたから贅沢いえないし」 「まあ、さっきのはあくまで師匠の受け売りだけどな? 俺も好きにやってよく怒られたもんだ」 にへっ、と笑うルオウ。 いつのまにか話に夢中で兵馬もにへっと返す。 こちらは雑貨店。煌夜と皆美が布などを物色している。 「前然君は真名さんと行っちゃったわね〜。……残念だった?」 煌夜が熱心に布の色合いとかを見ている皆美に振ってみた。 「ふふふ。何だかステラ姉さんが残念そうですよ」 「そりゃ、からかいがいがあるからね。……もし前然君がいたら皆美さんと手を繋いでもらって放さないよう言いつけるんだけど」 煌夜、悪戯そうにウインク。 「在恋にやっかまれちゃいます」 「じゃ、皆美さんは誰と手を繋ぐと一番……」 ここで煌夜、ん〜と口元に指を沿えひと思案。 「誰と手を繋ぐと一番、困るかしら?」 「えっ? 困る?」 「ほら、言っちゃいなさいよ」 「……陳新、かな」 「ふうん……あ、陳新君があっちにいる」 「えええっ!」 突然の言葉にビックリして真っ赤になる皆美。嘘を言った煌夜はくすくす笑ってたり。 ちなみに、前然。 「ちょっと香辛姉ェ、どこ行くんだよ」 真名に腕を引っ張られつれまわされていた。 「前然くん、最初、私から逃げたでしょう? 罰として付き合ってもらいますからね」 「そ、そりゃいいけど一体どこに?」 真名の剣幕にびくびくしながら聞く前然。 と、真名が振り返った。 「今日は私が作ってあげる」 「は?」 可愛らしい響きで言う真名に聞き返す前然。 「夕食よ。買い出しするから、荷物お願いね」 「荷物持ち……」 「あら、嫌?」 そんな会話をしていると、エメラルドを見掛けた。烈花と一緒である。 「こ、こら。待たんか烈花。というか、まだ食うのか?」 半分の泰国饅頭を持った手とは反対の手を取られ烈花に引っ張られている。 「当たり前じゃン? 食べ歩きだし」 先を急ぎつつ晴れやかに言う烈花。エメとはんぶんこした饅頭にぱくり。 「それに水着姉ェ、おっきいじゃない。小食ってわけじゃないんでしょ?」 「おっき……こら!」 「違うって。身長」 「身長……私より背の高い女性は開拓者ならいるぞ?」 「アタシよりおっきいんだから羨ましいよっ……あ、前然と香辛姉ェ!」 真っ赤になってもじもじ話しているエメをよそに、真名たちに気付いた烈花が手を振る。 「あら。夕食の買出ししてるんだけど、麻婆豆腐でいい?」 「いいね、香辛姉ェ。アタシは大賛成」 「まだ食う気か、烈花?」 「水着姉ェ。来てくれて助かった!」 「……前然くん、女性に荷物持ちさせるなんて真似は駄目よ」 調子よく話していた真名だが、前然の下心を見抜いて釘を差したり。 ● この時、通りの離れた場所で。 「私も密かに占いを嗜んでおりまして」 辻占いの前で、芳純が中央に北斗七星が描かれた「六壬式盤」を取り出しそう切り出した。 「同業者なら許可とって露店を出せばよい」 占い師はそれだけ言ってむすり。 「あ、えーと。ここらでの占い師の取り決めとかあれば先に伺っておこうとしまして」 慌てて陳新が言い訳に入った。 「私としては占い談義でもと思ったのですが……」 芳純はこういうことに掛けては純粋だ。すまなそうにしている。 「どこもそうだと思うが、一番は場所だな。あんた、周りを見てくるといい。若い方はまず占ってみようか?」 言われたものの、そんな気はないので困ってしまう芳純。占い師は何やら演奏を始めていた。 「はっ!」 その演奏の様子に覚えがある芳純。慌てて振り向くと力なくまどろみ崩れた陳新を占い師が担いでいた。 「間に合いますか?」 裏道を見るや否や、結界呪符「白」召喚。が、占い師は右に折れた。 「あちらは……皆さんがいますね?」 芳純、狼煙銃を空に打ち上げる。 これで真名とエメラルドが気付いた。 二人が音のしたほうを見ると、芳純が「裏!」と指差して裏道に入った。 「ん? 陳新がいなかったな」 エメラルドが感付き裏道に走る。烈花も追う。 「前然くん、行くわよ。身内は絶対に護る!」 「またかよっ!」 真名も走る。首根っこ掴まれた前然はしかめ面。 しかしこの時、占い師は小脇に抱える陳新に布を被せ、何食わぬ顔で表通りに出てきたのである。 運悪く完全に入れ違いとなった。 時は少し遡り別の場所。 「開拓者さんはいろんな効果のある変わった演奏ができるって聞いたんですけど、琵琶兄さんもそうです?」 在恋が一緒に歩いていた白書令の顔を横から覗き込んで尋ねていた。 「そうですね。夜の子守唄なんかも使えますが、時の蜃気楼という特別なものも弾けますよ?」 穏やかに言う白書令。 「あ。それ知ってます。過去の出来事が……」 在恋がそこまで言ったところで、狼煙銃の音。 「琵琶兄さん」 「はい。誰かに何かがありましたね」 振り返る在恋に、中書令が落ち着いて頷いた。超越感覚ですでに音も拾っている。 「こちらへ」 中書令、走りだす。 「何かあったようだね」 ここで慧介もやって来た。闘国の手を引っ張っている。 「まだざわついてます。急ぎましょう」 「あ、在恋の手を。はぐれちゃ元も子もないから」 慧介に言われ、在恋の方から手を取られる中書令だった。 その瞬間! 「覚悟!」 「待ち伏せか?」 突然切り掛かって来る暴漢。慧介は切払ですり抜け武器をかち上げる。まだ向かってくるならと秋水の構えに入るが……。 「……逃げましたか」 夜の子守唄に入っていた中書令が諦めた。敵は足止めのみの一撃離脱だった。 そして裏道の面々は。 「降参なさい、さもないと手は抜けないわよ」 真名の声。 どごん、と占い師の前に結界呪符「白」が現れる。射程があるので後ろからでも行く手を阻むことができる。 「貴方は何を抱えて急いでいるんです?」 同じく合流して追っていた芳純の指摘。占い師ははっとして手元を見ると、布を被せて抱えていたものを「ぎゃっ!」と放り出した。幻影符でアヤカシの粘泥に見せたのである。 これで隙ができた。 「手荒な真似はしたくない。大人しくしろ!」 ここで聖十字の盾を構えたエメがグワッと突進。押し潰す気だ。 しかし、敵は壁を利用し三角跳をして結界呪符「白」を身軽に飛び越えた。完全に逃げられる。 「……三角跳?」 首を捻る芳純。果たして、敵が放り出したのは陳新ではなくただの丸太だった。 後、白書令と慧介たちがやって来て周囲を捜索。 「なるほど。ここで入れ替わられたのか」 白書令の時の蜃気楼で蘇った過去の幻影は、裏道に入ってから占い師だった吟遊詩人と三角跳で逃げたシノビの入れ替わりを見せた。 表通りに出た占い師の吟遊詩人はどうなった? 「気を配っていた甲斐があったわね」 ふう、と煌夜が胸を張っている。 「ちょうど兵馬とルオウが武器屋にやって来て外を向いてたからな」 蒼羅が手を掛けていた斬竜刀「天墜」の柄から手を離す。 「ま、三人で囲ってしまえばちょろいもんだ。……オイ、これは一体どういうことだ?」 ルオウが捕まえた吟遊詩人の胸ぐらを掴んで、彼が逃げていた時に足を止めさせたのと同じ咆哮を交じえ怒鳴る。隣では目覚めて頭を振る陳新を皆美が介抱していた。 「どうもこうもねぇ。俺らは記利里さんの世話になって一人前になった。……それなのにこいつらのせいで記利里さんの立場が悪くなってんだ!」 捕まえた吟遊詩人が怒鳴る。確かに記利里は洪・白翌(コウ・ハクヨク)の配下で、人材発掘と育成を任されていた。それを放り出して姿をくらましていたのだから問題にはなる。 「かといって人さらいは感心せんな」 「知ってるか? こいつらの仲間の香者は不幸な事故で死んでるんだ。いま記利里さんは交渉してるけど、これを知ったらこいつらもう二度と約束守らねぇだろ。そうなったら記利里さんが殺されちまうかもしれねぇんだ!」 蒼羅が言い捨てると、むきになって吟遊詩人がまくし立てる。 「……ややこしいことになってるわね、本当に」 煌夜はもう、やれやれと肩を竦めるしかない。 ● その晩。 雑技の子供たちと記利里、開拓者、そして追っ手の数人が一緒に卓を囲んでいた。 「俺たちの行動は俺たちで決める」 前然が立ち上がり、卓を叩きつけて言う。 「出資者から出してもらった金の分だけ、働いて返す。……そっちの目当ては志体持ちだけだろう? 俺と烈花、闘国、し……いや、この三人が泰に残って洪氏の言いなりになる。残りは天儀に渡って待っててくれ」 「いいだろう。交渉成立だ」 洪氏の交渉人はそれで手を打った。 「前然……」 「大丈夫だ。結成時、『俺たちの舞台は天儀だ』と言ったな? あれは言い間違いじゃない。今度は天儀を回るため、最後の支度をするんだと思ってくれ」 心配そうな在恋を前然が力付ける。 「こっちも記利里がお咎めなしならそれでいい」 追っ手たちも納得。 「私も泰に残ります。……逆に洪氏からいろいろ勉強してきますよ」 「陳……新」 呆然とする皆美。 「皆さんがそれでいいなら、一度洪氏の元へ行きましょう。当初予定の三人以外の去就はそれからでも大丈夫です。まずは一度、香者さまの墓にお参りを」 記利里の声に全員が頷いた。 ●おまけ 真名:「さ、麻婆豆腐ができたわよ。辛味噌に山椒もたっぷり……あら? ちょっと味が薄かったかしら?」 子供一同:「ヒリヒリするほど辛いよっ。どういう味覚してんだ、香辛姉ェ!」 |