【急変】偵察野郎A小隊
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/30 23:00



■オープニング本文

「よし。これで前回の偵察は大変意味のあることになった」
 神楽の都にある珈琲茶屋・南那亭で、いかにも熱血そうな男がうむうむと得意がっていた。
 名は、ゴーゼット・マイヤーという。本名ではなくカッコいいのでそう名乗っている志士だ。
「その場では判断できないことも、帰還して分析して初めて姿を現す情報もあるということさ」
 こん、と人差し指でテーブルに載せた紙を叩くのは、冷静そうなひょろりとした男。
 名は、ブランネル・ドルフという。本名ではなく、カッコいいので以下略な弓術師だ。
「ちょっとゴーゼットさん、ブランネルさん。私に内緒で何を話してるのよ」
 ここで、「南那亭めいど☆」の深夜真世(iz0135)が寄ってくる。
「お。気になるか、エンゼル真世。うむうむ。貴様も我が小隊の仲間。いい心掛けだ」
「ついにエンゼルの『いやよいやよ』病も治ったか」
 ぐ、と親指を立てるゴーゼットに、ふぅと肩を竦めまんざらでもなさそうなブランドル。
「何よ、その『いやよいやよ』病ってのは」
「それより見よ、エンゼル。これが前回の偵察行の地図だ」
 真世の抗議の声を無視してゴーゼットがととんとテーブルの紙を叩く。
「前のでしょ? こんなの見なくても……あれ? 何この『黒栖村』って」
「もう忘れたのか? 前回、最後に遭遇したアヤカシ『粘泥甲冑』の持っていた武器が『伐採斧「黒栖」』だったろう」
 真世、依頼完遂直後に記載のなかった場所に「黒栖村」という表記が追加されていたのに気付く。そしてゴーゼットがエンゼルは仕方ないな、という口調で説明してやった。
「あ。確かブランネルさんの知人の里……だっけ?」
「そう。きこりの里で、樹齢のある年輪の詰まった『こも』の杉や松なんかの伐採で界隈じゃ有名だったらしい。知人はもう戦死したが、斧にうるさい奴でな……」
「その話は長くなるからやめとけ、ブランネル」
 とにかく、伐採斧「黒栖」は薪割りや「はつり」と呼ばれる作業にまったく向かない半面、堅い大樹を建材として使えるよう伐採することに特化した斧らしい。
「それはいいとして、どうしてそんなに得意げなの?」
 もともとあった村が魔の森に飲まれているということは、村の場所は把握済みでしょうとか厳しい意見をぶつける真世。
「全ては偵察の情報整理さ」
 得意げに切り返すブランネル。
 前回までの偵察では、作戦行動をすると見られる鬼系アヤカシが少なくなっているということだった。
 前回の偵察では新たに、同様の任務を担う粘泥甲冑が発見された。この情報だけでも、魔の森に展開するアヤカシ集団の質が変わったかもしれないと判断できる。このあたり、前回の戦闘で「ただの遭遇戦か、哨戒中での戦闘か」を見極めようとした行動が生きている。
「さらに、粘泥甲冑のやって来た方向にキノコが線状に生えていたことが分かってな」
 自慢そうにいうゴーゼット。前回参加者が苔の生えている様子などを記入した時のキノコの記載情報から導き出された結論だ。
「奴の持っていた武器は里特有のもので、さらに奴の甲冑には毒々しいキノコが生えていた。そして奴の来たほうにも毒々しいキノコが生えている……」
 ゴーゼットがさらに続ける。
「つまり、位置関係がハッキリした上に、そこに作戦行動をするアヤカシが集まっている可能性があるということねっ」
 キラキラと瞳を輝かせ真世が言う。キノコが道になるくらいだ。そういう可能性もある。
「改めて情報収集すると、今までも黒栖村奪還計画はあったが、瘴気感染もありうるくらい濃度が濃いこともあっていずれも失敗したらしい。あの甲冑はその時の犠牲者のものではないかということらしい。ついでにその頃は鬼アヤカシが主な敵だったそうだ」
「鎧にキノコが付いちゃうくらい状況が変わってる、かしら?」
 腕組みするゴーゼットに、前回の戦闘後を思い出す真世。
「とにかく、今は亡き友人の里の魂くらい救ってやりたい。黒栖村に攻め込んで『伐採斧「黒栖」』をできるだけ持ち出すんだ」
「黒栖村が偵察できる状況になったといえば偵察任務として承認されよう。だが、俺たちの真価は偵察だけにあらず。魔の森焼き討ちにも伐採斧があれば役立とう。偵察野郎A小隊、出るぞ!」
「おおっ!」
 ブランネルの説明とゴーゼットのあおり文句に、ついつい真世は拳を上げてしまうのだった。二人のにんまりとした笑顔に俯き、真っ赤になってメイド服のスカートをもじもじ弄る真世である。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
泡雪(ib6239
15歳・女・シ
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰


■リプレイ本文


 魔の森はじめじめしていた。
「ラピスアイ、この場所は間違いなく前回の最突出地点だな?」
「ああ。前回の『くず鉄』がこの木にはまってるから間違いない」
 ゴーゼットが地図を手に場所確認をしているクロウ・カルガギラ(ib6817)に念を押していた。
 周りの開拓者達は「ん?」と首を捻る。
「あ。えっとね。クロウさん、偵察野郎A小隊だと『ラピスアイ・クロウ』って名乗ってるの」
 深夜真世(iz0135)が気付いて解説する。
 これを聞いて雪切・透夜(ib0135)が付け足す。
「名乗っているというか、名付けられてしまうという感じですけどね」
「こら、レディ。投げやりに言うな。かっこいい名前だから意欲がわくだろう」
 実はA小隊に結構付き合っている透夜(ib0135)は「レディファースト・透夜」略して「レディ」と呼ばれている。脱力して真世の言葉に付け足した透夜の言葉はゴーゼットにも聞こえたようで、遠い位置ながら振り返って暑苦しい声が返ってきたが。
 そして隣からも声が。
『……主はここではレディなのか?』
「ヴァイスは普通にしてくれてればそれでいいよ」
 危うく相棒のからくり「ヴァイス」にも悪影響があるところであった。
 それはそれとして。
「……なるほど、こういう雰囲気なわけだな」
 透夜に気の毒そうな視線を向ける水鏡 絵梨乃(ia0191)は、ぽり、と頬をかいていたり。
「面白いじゃないか。嫌いじゃないぞ、ボクは」
「絵梨乃さんって、昔からそういうところあるよね〜」
 クスッと満足そうな笑みを浮かべる絵梨乃を見て、しみじみ真世が呟く。絵梨乃の肩に乗っている迅鷹(上級)「花月」は「お前も昔から変わらないんじゃないのか」とか言いたそうな目で真世を見ているが。
「噂は聞いてます。入隊するとステキな名前をつけてもらえるとか。私はどうなのでしょう?」
 キラキラ笑顔でエルディン・バウアー(ib0066)も会話に首を突っ込む。肩ではエルディンの迅鷹「ケルブ」が、「べ、別に私の神父様は名前つけてもらわなくてもステキなんですらねっ」とか言いたそうな様子でツン。
「そういえば今回まだあだ名を押し付けてないわね」
「急がないといけないからな」
 あれ? と首を捻る真世にブランネルが説明する。
「偵察はいつも緊張しますね。頑張りませんと」 
 狐獣人でシノビの泡雪(ib6239)が近寄ってきてにっこり微笑する。わん、と彼女の足元で相棒の忍犬「もみじ」がくりくり目玉で見上げて尻尾を振っている。
「亡きご友人の魂とも言える道具、ですか。うん、僕のリボンも母様の大事な形見ですから、気持ちは良く分かります。何としても回収して来ましょう」
『伐採斧「黒栖」は大事な大事な道具です! 絶対に持って帰りましょうっ!』
 白髪金眼の猫獣人、緋乃宮 白月(ib9855)も胸の前で小さく拳を作って熱を込める。首におっきな赤いリボンが揺れている。隣に浮かぶ彼の相棒、羽妖精(上級)「姫翠」も主人と同じように胸の前で拳を固めて意気を上げている。
『……』
 そしてそんな姫翠を見ていた人妖「刃那」が物言いたげに主人の北條 黯羽(ia0072)を反り返った。
「デカくて丈夫な麻袋を持ってきた。斧を回収するときに幾分か楽になって量も増えるかねぇ」
 黯羽、ばさりと麻袋を投げ出した。我が主が気の利くところを見せたことで、刃那も自慢そうにうんうんと腕組みしていたり。
「そうだな。敵地の偵察はいつも緊張する。麻袋もありがたい」
 ブランネル、味方の士気の高さと手回しの良さに感心する。
 何より、改めて気が引き締まったようだ。
「そうだよねっ。頑張ろうねっ」
 この一体感に真世も目を輝かせて真面目な雰囲気になったのだが……。
「しかしよ、忘れ物取りのお使いにしちゃあちょいと物騒なお話じゃねえかい」
『子供のお使いじゃあないんだよぅ』
 お髭の立派なアルバルク(ib6635)がぼりぼり頭をかきながらぼやいている。相棒の羽妖精(上級)「リプス」がそんな駄目親父的な主人を真面目にいさめているが。
「へいへい、荷物が多くなりそうだからよ。戦闘は任せたぜ」
『ういー。魔槍砲が火をふくぜーっ。おじさんも働いてよねー』
 前言撤回。どうやらリプス、主人に似ているのかもしれない。
「じゃあ、点々と生えてるキノコを伝っていこうか」
 前の方でクロウの声。相棒の戦馬「ユィルディルン」を引く。すでにユィルディルンには「霊帰術」をかけているので帰り道も安心だ。
 とにかく前回の最突出地点からさらに歩を進め、黒栖村を目指す。



 やがて黒栖村跡地に到着した。
 だが。
「……これはまたご立派で」
 エルディンが見上げながら呆れた薄笑いを浮かべている。
「怪しげなキノコどころじゃないねぇ、こりぁあ」
 黯羽は目を閉じ俯き、耳飾り「紅憐華」のきらめく耳を弄っている。呆れているのだ。
 彼らは、元の黒栖村の姿は知らない。
 が、異質に変容していることは容易に見て取れた。
 天高く傘を広げるキノコ。
 ひょろりと民家の屋根より高く伸びるキノコ。
 そして、民家と一体になったとしか思えないキノコに屋根をぶち破っているキノコに、窓からくねって外に出て伸びるキノコ。
 さらに足元には大小さまざまなキノコが生えている。
 しかもそれらはいずれも見慣れたものではなく、毒々しい色だったり禍々しいものばかりという異様な雰囲気。
 明らかに人の住む村ではなかった。
「ふふん。威力偵察部隊の真価が問われるときだな。『トライクロス・エルディン』たちは真っ直ぐ伸びる道の右側を、『クロハ・ナイトレッド』は同じく左側を頼む」
 手早くゴーゼットが指示を出す。カッコイイあだ名も手早く決まったようで、エルディンは「これですか」と自らの石突に十字架をかたどった意匠のある精霊槍「マルテ」と自らの衣装を改めて見る。黯羽の方は「あいよ」と返しつつ真紅の宝珠を用いた耳飾りから手を離し、赤い瞳を見開くのだった。
「絵梨乃様、松明ですか?」
 泡雪は絵梨乃の様子に気付いて声を掛けた。
 絵梨乃、松明を用意していた。燃やしてみる気だ。
「火に弱いという確信があるわけじゃないけどな」
「何があるか分かりません。せめて口元はしっかり覆って……」
 泡雪は婚期一年それでもいまだ新婚ほやほやなオーラを出して絵梨乃に手拭いを巻いてやる。
 首根っこに手を回してつけてやる甘い雰囲気にゴーゼットが気付いた。
「ん?」
「その、絵梨乃様とは結婚しておりますの」
 気付かれた泡雪、真っ赤。
「OK分かった。まずやってみろ。その前に全員口と鼻を覆え。偵察野郎A小隊、いくぞっ!」
「おおっ!」
 ゴーゼットの合図ですちゃっと皆が口元を手拭いなどで覆う。
 そして大きなキノコを松明の火で燃やしてみる。
――じゅ。
「焦げるだけ、だな」
「焼き討ちが進まないって話が分かるな。……それとついでに、水が汚染されたり泉からアヤカシが出たりと理穴の異変では水場が絡んだ話を何件か聞いてる。ここでも何かあるかもしれないから気にして調べてほしい」
 振り返る絵梨乃に、仕入れた情報を開示するクロウ。
「水、なぁ」
『おじさん、のどかわいたー』
 口元を覆ったジン・ストールを弄りながアルバルクが考えを巡らせ、一緒にストールに入り込んでいるリプスがのどかなことを言う。
「水の方に瘴気が集まっているとか、井戸が枯れてる時は地盤沈下とかあるかもしれない」
「なんだかよくわかんねえことになってるな。おっさんきのこ生えちまうぜー」
『きのこー』
 クロウの説明。面倒だなぁとか感じ始めたアルバルク。そしてリプスがキノコのような傘を被ってストールからひょいと顔を出したり。ちゃっかり水筒も持ってるが。
「では、これではどうでしょうかね?」
 今度はエルディンが前に出る。
 そしておもむろにファイヤボールどーん。
「ゴーゼットさん、心眼お願いします」
 透夜の声が間髪入れずに響く。
「いやん、胞子がっ!」
「もちろん事後対策も」
 真世の悲鳴。続けてエルディン、ブリザーストームぶひょう。
 結果、キノコは松明の時と同じく表面を焦がし延焼はない。普通にダメージが通っただけだ。ブリザーストームは鎮火というより胞子を散らすことに貢献したようだ。
「周りに敵の気配は?」
「気配はあるがこの騒ぎで動かないということは、また粘泥だろうな」
 振り向く透夜にゴーゼットが答える。
「物音もないですから間違いなさそうです」
 超越感覚の泡雪も同じ見解だ。
「あの、そろそろ本格的に空からも調べてみませんか?」
 姫翠がうずうずしているのを見て白月が聞いてみた。
「そんじゃ、うちの刃那にも入ってもらうかねぇ」
 不気味な鋏形呪術武器、金蛟剪をチャキン、と鳴らして黯羽が微笑する。相棒の人妖、刃那も人魂の準備を整えた。
「よし。『リボンカッツェ・白月』、ナイトレッド、頼んだぞ」
『マスター、行ってきます』
 ゴーゼットからのサインに、姫翠が緑の衣装をひらめかせ飛ぶ。黯羽からは小さな黒い鳥が、刃那も黒い小鳥となって空に舞う。
「ボクも行ってこよう」
 絵梨乃は花月と友なる翼で一体となり、羽根を広げて飛び立った。
 結果、特に敵がうろついているなどなく、この村の宅地は母屋と離れ、そして蔵で構成されていることが分かる。
「じゃあ、屋内に潜む粘泥を何とかしつつできるだけ斧を集めてくれ」
 ブランネルの願うような言葉。
 小隊は二手に分かれて捜索を始めた。



「よし。ここを中心にしらみつぶしに調べよう。まずはあそこからだ」
 ブランネルと一緒に左手に来たのは、黯羽、クロウ、絵梨乃、泡雪。
「井戸は枯れてるな」
「だが地盤沈下はないだろう。もともと水は少ない土地柄だったはずだ」
 クロウ、まずは民家の外を調べた。ブランネルも一緒でそんな会話。
「瘴気の胞子ではなく、胞子に瘴気が含まれているという感じかねぇ。……濃度は高ぇみたいだが」
 黯羽はキノコに瘴気回収。キノコ自体がアヤカシではないことを理解する。ぶるっ、と身震いしたのはあまり吸うと瘴気感染するだろうと容易に想像できたから。
 そして、離れの納屋で。
『うぅ〜っ』
「いますね」
 開けっ放しの引き戸から入る前からもみじが唸り、泡雪が納屋の中を見据えていた。土間の一番奥に粘泥がいるのだ。暗いが泡雪は暗視を使っている。
「よし、ボクが先に」
 泡雪を制して前に出た絵梨乃が下りてきた花月と同化し炎の翼を生やした。「火の鳥」だ! 照らしながら攻撃できるメリットがある。
――ゴオッ!
 気付いてぐわっと身を起こした粘泥に、肩口から体当たり。だが、クッションになるだけであまりダメージがあるようにはない。
「これならどうだっ!」
 拳に巻いた神布「武林」が風と光を纏う。花月、今度は「竜巻の刃」で武器に同化したのだ。
 が、敵はくたばらない。逆に足に纏いつかれちりちりと痛みが伝わってくる。
「絵梨乃様!」
 泡雪が突っ込む。ぼうっ、と突然燃え出した炎と共にっ!
「火遁!」
 じゅう、とこげる粘泥の表面。絵梨乃は脱出するが、納屋はそこまで広くないぞっ。
――がっしゃーん!
 上から農具などが雪崩れてきた。絵梨乃は壁になど当ってはいないぞ?
「上にもいたのかっ!」
 絵梨乃、新たな粘泥の奇襲と気付く。
 そして天井から落ちたキノコが胞子をぶちまけた。納屋は狭いっ。
「ごほっ。これを気にはしていましたが」
 元々戦闘は極力避けるべき、と考えていた泡雪が撤退を示唆する。
「伐採斧……これだな。どけっ!」
 落ちてきた斧を手にする絵梨乃。退路を断つ粘泥に極神点穴をぶち込み、泡雪と共にもみじが警戒する外まで脱出するのだった。

 時は少しだけ遡る。
「ん? どうした、刃那?」
 黯羽の元に、人魂で自由に飛んで調査していた相棒が慌てて戻ってきた。元の姿に戻って「あっちあっち」と慌てて指差す先を見ると、朽ち果てたジルベリア風全身鎧があるではないか。軒の下に座った姿勢で、小さなキノコ塗れ。手には、伐採斧「黒栖」。
「戦闘は避けたいトコなんだがねぇ」
 あれを見ちまっちゃあな、とぼりぼり頭をかく。
 その背後後方で!
「あれはッ!」
 クロウと一緒に井戸あたりを調べていたブランネルが激昂していた。取り返すべき伐採斧を持っているのを見て我を忘れ、弓を放つ!
「すぐに逃げられるように戦え。必ずしも倒す必要は無いっ!」
 あ、とクロウが手を伸ばすが襲い。代わりに熱くならないよう注意する。
「距離を保っていれば問題ないさね」
 黯羽、九尾の白狐を召喚。一気に襲わせる。クロウは飛竜の短銃を構え射程に近付くため黯羽を追い抜く。
――がしゃっ!
「よし、知覚攻撃は入りがいいぜぃ」
 会心の黯羽の叫び。
 しかし、敵は後ろに逃げた。視界から外れるつもりか?
「逃がさん」
 クロウが詰めている。
 この時!
――どんがらがっしゃ〜ん!
 何と、軒が崩れ落ちてきた。上に粘泥がいて襲い掛かってきたのだ。同時に壁の裏にいったん隠れていた甲冑粘泥も出てくる。
「はっ!」
 しかしクロウ。バックステップで上からの瓦礫と敵をかわしていた。さすが地盤沈下をも警戒していただけはある。
――ガゥン!
 ついに火を噴く短銃。リロードはせず落ちてきた粘泥に切り掛かる。
「甲冑の方は任せた!」
「任されたさねっ」
 背中越しのクロウの叫びに黯羽、白狐をもう一度。怒りのブランネルの射線も来ている。
 この後、屋外で戦った分有利に事を進め敵を退けることに成功する。



 一方、ゴーゼットや真世たち。
「これは……」
 元は畑と思しき場所で、小さな納屋を見つけたエルディンがにこやかにしていた。
「伐採斧、ありました?」
 透夜が駆け寄ると、エルディンが背筋を伸ばし胸を張って成果を掲げていた。
 はたして、それはただの鍬。
『……目標物とは少し違うと思うのだが』
 透夜に続いていたヴァイスが冷ややかな視線と共に冷たく言う。この様子を見てエルディンの肩に止まっていた迅鷹のケルブがぷいと横を向いた。『私の神父様を馬鹿にしないでちょうだい』といわんばかりの佇まい。
「ははは。からくりさん、手厳しいですね。でも例えばあそこのこんもりしたところ……」
 すたすたと近寄り、えいやっと鍬を振り下ろす。
 と、同時に地面が盛り上がった!
「ほら。粘泥は土に紛れていることもありますからねっ」
 エルディン、後退りながらのホーリーアロー。
「ちょっとトライクロスさん、敵が出るなら先に言ってよっ!」
 拙いことに真世が近くにいた。どうも間の悪い娘である。とはいえ近距離射撃は好きなのでその場で撃つ。
「きゃ〜っ! 足に纏いつかれた〜っ!」
「ヴァイスは来ずに周囲を警戒してて。真世、無事か!」
 案の定な展開に、透夜が殺到して刀「時雨」で斬り付ける。
「……厄介ですね」
 エルディンが厳しい表情をするのは派手な知覚攻撃ができなくなったから。ホーリーアローでとにかく援護する。
「抜けたっ!」
『主』
 真世の安堵の声に、ヴァイスの息を飲むような声。今度は透夜が纏いつかれたのだ。
「やれやれ。盾を使い慣れている分こうなっちゃったか」
 透夜、むしろ覚悟していたのか。実はスキルも本来の想定とは別の準備をしてしまっていた。苦戦を強いられるが、むしろ瞳は充実している。
「透夜さん、透夜さん!」
『グアッ!』
「今です、透夜さん」
 必死に射る真世と、『私の神父様に何するのよーー』 といわんばかりのケルプの風斬波。エルディンのタイミングを捕らえた一撃。
「よし!」
 透夜、アヘッド・ブレイクを応用し強引に逃げる。ほぼ同時に粘泥も消滅。
「ふぅ。……あと、村人が武器を隠す為に伐採斧を地中に埋めた可能性も」
「きゃあああっ! また粘泥が〜っ!」
「エルディンさん……」
 スタスタと別の起伏に近寄ったエルディンと、真世の悲鳴。やれやれと透夜。再び戦闘が始まる。
『主、別の場所でも戦闘の音が……いや、それどころではないようだな』
 今度は待機命令がないのでヴァイスもギロチンシザーズを前面に押し出し前衛の位置に割り込んで戦った。
『主が来るなというわけだな』
「まあ、よくやったよ」
 事後、ヴァイスは粘泥の粘着の厄介さを思い知った。透夜は相棒の奮戦ににこやかだったが。

 戦闘は別の場所でも。
『マスター。上から来ますっ』
「はっ!」
――がっしゃ〜ん。
 民家の蔵。上から行李や荷物やキノコや胞子など全てを撒き散らしつつ落ちてきた粘泥の奇襲があった。
 上からの奇襲を警戒していた姫翠がいち早く気付いて白月に報せ、これを回避。
『わーいきのこくさーい』
「……おっさんは瘴気を含んだ胞子がこの狭い空間に舞い散ったことが心配だがなぁ」
 姫翠の後ろにいたリプスは危機感まったくなく相棒魔槍砲「ピナカ」をぶっ放す。そしてこの奇襲に巻き込まれ粘泥に粘着されたアルバルクが呆然と呟いていたり。
「『リボンカッツェ・白月』はよくやった。『コメディアン・バルク』、今助けるから……ぐああっ! 纏いつかれたっ!」
 ゴーゼット、助けるつもりが巻き込まれー。
「ぐおお、コメディも斬りつけんかっ! リボン、援護はっ!」
「おっさんはコメディか……」
 わめきながら斬るゴーゼット。アルバルクは付けられたあだ名に脱力しつつシャムシールは抜かずに短銃「ピースメーカー」で近接射撃。剣に纏いつかれるのを嫌った。
『燃え散れーいっ。あ、だめだった? おっけー?』
 リプスは魔槍砲を撃つが、敵は燃えない。「燃えても困るだろ」とはアルバルクの突っ込み。
 そして次にリプスの取った行動はっ!
『お仕事成功をねがってー。リプスちゃん印ー』
 きらきらりん、と幸運の光粉を振り撒く。
「よりにもよってそれかよ」
「姫翠?」
『任せてください、マスター』
 呆然とするアルバルクの声に、白月の声が被る。主人の視線を受け、姫翠が飛ぶ。
「えいっ。「眠りの砂」ですっ」
 利いたっ!
 粘泥の動きが止まる。この一瞬の隙に全員脱出に成功。あとは袋叩きだが……。
「はっ! 外から粘泥甲冑が来てます」
 背拳でいち早く気配に気付く白月。黒夜布「レイラ」をひらめかせ拳を固め腰を落とし、敵を見据える。戦闘体勢は整った。入り口なので自分一人。覚悟を決めるが、敵はもう斧を振り下ろしてるぞっ!
「構いません!」
 白月、反転攻で紙一重。敵は攻撃後でわき腹がお留守だ。
「リボンっ!」
「天呼鳳凰拳!」
 仲間の応援を背に、腕に炎を纏い翼と化した一撃をぶち込むっ!



 その後、いろいろ戦闘もあって。
「結構集まったな」
 村の捜索が終わり、ブランネルの元に50本の伐採斧が集められた。
「後は任せろってな」
「こっちも荷物をくくれる」
「うむ。ナイトレッドの麻袋、ラピスアイの戦馬がいれば帰路も戦闘に耐えられるな」
 うむうむとゴーゼット。
「『フライドランク・絵梨乃』と『メイドドランク泡雪』も無事で何よりだ」
「確かにボクは飲むけど……」
「ブランネル様、誰にそれを聞いたんです?」
 絵梨乃と泡雪の言葉にブランネルが真世を指差す。くらっとする絵梨乃と泡雪。
 その、真世。
「さ、真世。もう髪の毛に胞子はないよ」
「ありがとう……って、透夜さん、胞子とキノコ集めてるの?」
『主は研究材料に欲しいといってたな』
「さ、次はヴァイスだよ。……物好き極まれりだな。やはり騎士より研究者寄りだ」
 にこにことヴァイスの髪にあたる透夜。キノコ集めはエルディンもしていたが……。
「すでに回収して、ごく普通に魔の森にあるキノコと判明している。それよりフライ、メイド。斧をまとめるぞ」
 特に変わったところはないから、とゴーゼット。
「それにしてもコメディですか。いいですね〜」
「おっさんのととっかえてもいいんだぜ?」
「……リボン」
 エルディンはアルバルクが羨ましそうだ。その横で一人、白月が頬を染め首の赤いリボンを弄っていたり。

 後の話になるが、この時多くの参加者が製作した黒栖村の地図は重宝された。