|
■オープニング本文 場所は泰国。 ある都市の、小さな下町。 「俺たちゃ、ゴミのように死んじまうしかないのかな」 薄汚い通りの壁にもたれて、薄汚い子どもたちが並んで座っている。 「毎日食べるために小銭を稼いで、でも食べられないこともあって。‥‥それで精いっぱいだから薬を買うお金なんかないよね」 つぶやいた少年の隣で、ちくちく裁縫をしながら少女が言った。 「あいつ、最期は微笑んでたよな」 さらに別の少年が、模造刀をぎゅっと抱えてつぶやく。 そしてその隣で、体つきの大きな少年が「うん」と肯く。 「『僕の分も頑張って、夢をかなえて』って」 細身の少女が続けて力なく漏らした。抱えた両膝に頬を沈める。 と、一人の少年が立ちあがった。 「立て。香者(コウシャ)が帰ってきたぞ」 「前然(ゼンゼン)、うまくいったよ。出資の約束を取りつけた。開拓者も募ってくれるって」 やって来た少年・香者は、最初に立ち上がった少年、前然に言った。香者は少女のように可憐な印象のあり、前然はリーダー然とした風格があった。 「よくやった。辛い思いをさせてすまなかったな」 「死んだあいつの分も、夢をかなえなくちゃね」 香者は極力視線を逸らしながら話していたのだが、この時ばかりはまっすぐ前然に向き直って微笑んだ。 「よおし。それじゃ、俺たちの雑技団の旗揚げだ!」 おお、と仲間が盛り上がる。 彼らは、親もいない貧しい子どもたち。 雑技団として旅して回る夢がある。 仲間だった一人が病没し、ついに旗揚げする勇気がわいた。 しかし。 まずはここで旗揚げ興行をすることになったが、問題は山積だ。 会場をどうするか。動員をどうするか。演目をどうするか。警備をどうするか。芸などを見せる人員の不足をどうするか。 ――そんなものは些細な問題だ。 そんな雰囲気がある。 少年期の、純粋でとどまる事を知らない、衝動。 あるいは、出資者が開拓者を募るよう手配したのは、彼らを手助けしてやって欲しいという願いを込めたものかも知れない。 小さな名もなき雑技団の、旗揚げである。 |
■参加者一覧
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
福幸 喜寿(ia0924)
20歳・女・ジ
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
桐崎 伽紗丸(ia6105)
14歳・男・シ
燐瀬 葉(ia7653)
17歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●香鈴雑技団 「ほうら、たんと食べろ。しっかり食っとかないと持たないぞ」 江崎美鈴(ia0838)の気風の良い声が響く。 「そういえば、雑技団の名前」 配膳をしながら福幸喜寿(ia0924)がにこっと話題を振る。 「亡くなった子の名前を取るってのは、どうけ?」 「おお、そりゃいいじゃあないか!」 無月幻十郎(ia0102)が、飲んでた猪口をかざして感嘆した。少年たちもぱあっと顔を明るくする。 「ダメだ」 しかし、リーダーの前然が渋面でばっさり。 「おい。話が違うじゃねぇかよ」 常に模造刀を抱えている少年、兵馬(ヒョウマ)が食べる手を止めて抗議した。 「開拓者に名前を決めてもらう。そう言ってたハズだよな」 確かに前然は、「俺たちにゃ、学がない。開拓者に決めてもらえばいい。‥‥なぁに、俺たちの人生はもらったモンや拾ったモンで成り立ってんだ。一番これが俺たちらしい」と言っていた。 それなのに、喜寿の案を蹴った。 「ハンッ、偉そうに。死んだら鈴陶(リントウ)はもう仲間でもないってか?」 軽業師の少女・烈花(レッカ)が厳しく吐き棄てる。 「履き違えるな。‥‥犠牲になったのは香車もだということを忘れるな」 前然の言葉で、香車に視線が集まる。下を向く香車。 「香車が養子に行くという前提で、その養父に出資してもらってんだ」 つまり、香車は旅に同行する事はできない。今度はメンバー全員が下を向く。 「だから、二人の名前を取って『香鈴(カリン)雑技団』にするってのはどうだ?」 ぱあっと、再び場が明るくなった。 「目で見て、香りを感じて、音にも耳を澄まして‥‥。そんな多彩に楽しんでもらえる雑技団にしよう」 「ちぇっ、偉そうに」 リーダーの言葉に、烈花が嬉しそうに吐き棄てた。 ●香鈴のこころ 「いいね、いいねっ!」 名前が決まってわくわくと立ち上がったのは、桐崎伽紗丸(ia6105)。雑技団のメンバーとは一番近い年齢だ。 「おいら、宣伝がてらあちこちで軽業を披露したけど、受けはいいぜ」 「あ、そうだ」 とは、フェルル・グライフ(ia4572)。 「単なる見世物じゃなく、皆の今までの‥‥これからの生き方を見てもらうのはどうかな?」 あるいは、十七歳の彼女の、開拓者をしている意味もそれなのかもしれない。 「うちも頑張る。よろしゅーなぁ♪」 ぱちん、と手にした扇子を閉じてほほ笑んだのは、燐瀬葉(ia7653)。自分が修行の旅に出たのは何歳の時か。思い出すものがあるのだろう。応援したいと、心底思った。 燐瀬の隣で、九法慧介(ia2194)も珠刀「阿見」を握ってとんと立てた。 言葉は、ない。 居合の使い手で、集中すればするほど口数が少なくなる。 仮に何かしゃべれと言われれば、「皆で一つの夢に向かって頑張るなんて、素敵だな」。黒い目が生き生きと光り、代わりにそう言っている。 「それじゃ早速台本考えるぜ」 「我輩は、投擲芸の練習をするので誰か一緒に‥‥」 伽紗丸が頭を捻りはじめ、幻十郎が鍋のふたを手に立ち上がる。ふたには「大当たり」とか書いてあったり。「こういうのは、万一怪我をしたら笑い話にもならないからなぁ。準備が大事なんだよ。はっはっはっは」とか言う。考え方は的を射ているが方法論は的外れのようなとかは、禁句。 「きっか、シノビだったのか!」 「シノビっていうか、お祭り担当よさね」 喜寿が手裏剣を出すのを見て美鈴が突っ込む。もっとも、喜寿はさらにお手玉をたくさん出して否定したり。 「よっし。こんなのはどうだ?」 「うふっ。演劇で見ていたような悪役さんを演じられるなんて、わくわくしちゃいます」 伽紗丸の台本案に、演劇好きの巳斗(ia0966)も華やかににっこり。って、少女のような口調や外見にダマされてはいけない。こう見えて少年である。 「なに、あたしも舞台に出ろだと?! はずいんじゃぼけー!」 「えー。せっかく衣装を考えてたのに」 出演拒否する美鈴に、服飾の皆美(ミナミ)が残念がる。 「子供達の期待を裏切るわけにはいきませんよねっ」 フェルルの笑みで止め。 「おっと、ひょ・・‥いまのは危なかった」 幻十郎は、歌姫・在恋(ザイレン)の投げた的外れなダーツを盾受けして命中させたり。 「ありがとうございます。自信が出ました」 礼を言う在恋。 「ま、簡単なものなんだけどね」 慧介は、硬貨と札を使った手品を披露。「おおっ」と盛り上がる少年たちに教えてくれとせがまれている。 「お化粧は、男の子もおぼえとかんとあかんで」 化粧を教えているのは、燐瀬。香車と前然が熱心に聞く。 準備は着々と整うのだった――。 ●旗揚げ公演 「さぁさ皆さんお立会い!」 そして香鈴雑技団の旗揚げ公演当日。 下町の広場にフェルルの口上が響く。 「これより始まるは香鈴雑技団の妙技の数々っ。子供ながらに磨きあげられたその技術、秘められたその心意気は三国一!」 まずは、怪力自慢の闘国(トウゴク)と軽業師の烈花が登場した。闘国の支える垂直に立てた丸太の上で、烈花が自身の足首と丸太の先を鎖でつなぐ。すると、それを軸に逆さになったり手を伸ばしたりしてくるくる回る。大きな拍手がわいた。 「軽業万能は一朝一夕に身に着いたものにあらじ。お次は、汗と涙の練習の日々――」 軽業組が引っ込むと、次に喜寿と傘を持った皆美が出てきた。 傘の上で大量のお手玉を回す芸ではあるが、これを皆美が失敗するという流れだ。 「この心技体のお手玉を、回せるように練習さねっ!」 皆美が失敗し、喜寿が代わりに見事にやってのける。 これを繰り返すのだが――。 「まずい」 舞台裏で、前然が焦燥していた。 観客が、この間を待てないでいるのだ。 あるいは、お芝居的なものを望んでいなかったのかもしれない。 いや、往来の広場でやるのだから、腰を据える覚悟の客の方が少ないといえそうだ。 「おいら、絶対に皆の舞台を成功させたいっ!」 責任を感じたか、伽紗丸が動きたがっていた。 「‥‥どのみち俺たちゃ、今までもこれからもその日その時を全力で生きるしかねぇんだ。いくぜ!」 計算された舞台。 言い換えて、計算された人生。 理想といえば理想である。 彼らはここで計算された舞台を、棄てた。 いや。 そもそも、計算された人生を打破するために雑技団を立ち上げたのだ。 「はんっ、偉そうに。みんな出ろってサ!」 烈花は嬉しそうに号令を掛けるのだった。 ●嵐の舞台 「おいらは盗賊団だっ! あんたらおいらたちに許可なく興行すんなよ」 舞台に踊り出るなり、伽紗丸が声を張った。 「おらよっ。これが許可書だ」 別方向から出てきた前然が得意の投げナイフを放つ。 「おっと。そうは問屋が卸さんぜ」 出てくるなり鍋のふたで防ぐ幻十郎。凛々しい顔つきだが、内心は「我輩は盗賊側かよ」と、とほほ顔だったり。 「大人しくなさい」 遠くからシャン、と弓を引くは、若武者に扮した巳斗。矢は飛んでなかったが、前然は隠していた矢を取り出し当たったふりをして苦しむ。 「子供達を襲うとはっ!卑怯な輩なりっ!」 喜寿が鉄傘に炎を纏わせ、襲い掛かる。巳斗は食らった振りをして、衣装を脱いだ。 すると、中から少女が現れる。普段の巳斗だ。きっ、と向き直ると、流麗な演舞を見せる。 「止めやっ」 「助太刀に来たっ!」 燐瀬が入ってきたかと思うと、ここぞとばかりに美鈴の姉御が登場。 「こっちを忘れてもらっちゃ困るぜ」 「初太刀必殺!」 襲い掛かる幻十郎に対し、雑技団側に回った慧介が居合で止める。 「我輩、散々だな」 「最年長者でしょ。今度一杯付き合いますから、我慢我慢」 殺陣で最接近したところで、小声でこんなやり取りも。ぱちんと剣を鞘に戻す慧介に、どうと倒れる幻十郎。 別の場所では、香車も出てきて女装姿から若武者に早変わり。服飾の皆美、影で大活躍だ。 「おいらと互角とは、やるな!」 「うるさい、はやくどっか行け!」 さらに余所では、伽紗丸と兵馬がくるくるきりきりと演舞の応酬で魅了する。 ところで、いい加減収集がつかなくなりましたよ。 ――アヤカシ。怪しく仇なす時。 ふと、歌声が響いた。 在恋だった。 ――人は。悲劇に引き裂かれて。 「今だ!」 二人が叫んだ。 その一人。慧介は手品で鳥を出した。ばさばさばさ、と白い鳥が大空に羽ばたく。 そしてもう一人。 フェルル。 「天に青色地に白色 遼遠たる青白を前に、島に張り付くちっぽけな存在など誰が省みるでしょう? 生、それは万民に燈る祝福の灯火、逃れ得ぬ戦いの焔 小さき体は戦いの中その灯火を‥‥ 彼らは立ち上がる 小さき笑顔が心の寄る辺、断てぬ絆が力となって!」 淡々とした口上が、歌に被さる。 そして、新たな声。 「俺たちの舞台は、天儀だ」 倒れていた前然が起き上がると、声を張った。「おお」、と仲間たち。 「声が小さい。‥‥俺たちの舞台は、天儀だ」 繰り返す前然。盗賊団役も声を上げる。 「天儀は、俺たちの舞台だッ!」 「オオッ!」 ついに、観客を巻き込んで大合唱を誘い出した。 「はんっ。やってらんねぇよ。これでせいぜい頑張りな」 盗賊団役はそう言って硬貨の入った袋を投げると、退場した。 会場から、観客に混じっていた闘国も金を投げる。 すると、次々に客席から小銭が投げられた。 雑技団のメンバーは、礼をしたまま拍手と投げ銭を一身に浴びるのだった。 ●そして旅立ち 「うちが買うつもりやったのに」 別れ際、燐瀬が口を尖らせた。化粧や小道具を購入して贈りたかったのだ。 「あんたたちとは、対等な立場で仲間でありたいからな」 前然が気取ってみせた。 「そうか。ま、いい。頑張れよ」 「た、対等な立場がいいといったろう」 ツンツン頭を撫でようとした美鈴の手をかわし、繰り返し強調する。 「どんなに立派になろうとも、仲間を思い支え合う気持ちをずっと大切になさって下さいね」 巳斗が言った。「有り難う」とも。 「あ。最後に鈴陶の墓にも、手を合わせてやってくれないかな」 烈花がお願いした。 もちろん、開拓者たちに異存はなかった。 |