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■オープニング本文 「畜生、畜生、畜生‥‥」 泰国はとある村外れの河原。 香鈴雑技団の剣舞上手の熱血少年・兵馬(ヒョウマ)が地面に立てた棒を相手に手にした木刀で打ち込んでいた。どうも自暴自棄気味のようで。 「兵馬くん‥‥」 「ま、稽古熱心なのはいいことサ」 兵馬を遠巻きに見ていた雑技団針子の皆美(ミナミ)が心配そうに言う。それ彼女に、昼寝を決めこむもふら様に背中を預けひなたぼっこをしていた雑技団軽業師の烈花(レッカ)が当然とばかりに声を掛けた。 香鈴雑技団は先日、同行したもふら商隊とともに盗賊に襲われ仲間が散り散りになるという不幸に見舞われたが、開拓者の協力・活躍で無事に合流。改めて雑技公演ぶらり旅を続けている。ちなみにその時、事件のショックか否かは不明ながら商隊のもふらが一体分裂増殖していたので譲り受け、「しょもふー」と名付け旅を共にしている。‥‥名前の由来はどうやら、「商隊からもらったもふら様」の略らしい。 「‥‥あの事件で、自分の力不足でも感じたんだろ。ほっときゃいいよ」 烈花、一転真顔で言葉をつないだ。 「でも」 「なあ、皆美。男ってのは‥‥」 それでも気にする皆美に烈花が口を挟んだところで、兵馬の様子が変わった。 「痛っ」 突然、木刀を手放し屈み込んだ。掌を見ている。 「‥‥やれやれ、豆でも潰したか」 「大丈夫ですか!」 皆美と烈花が近寄ろうとしたところ、河原の上から見知らぬ少女が叫んで走り寄った。 「あんたは?」 「とにかくこれを」 兵馬は見知らぬ少女に疑問の声を上げるが、彼女は軽くいなして抱えた包みから白い布を出して巻いた。 「あ、ありがとう」 兵馬、改めて少女見る。両お下げの、そばかすが目立つ娘だった。 少女は、ホウランと名乗り去って行った。 「へええ、いい子じゃン」 「うるさいな」 烈花にからかわれ顔を赤くする兵馬。 しかしその時、まさか再会するとは思ってなかった。 ――その晩。 「この村の西にある山で、怪骨の化け物がたくさんうろついているらしい。その山は村にとって大切な薬草採取の場所だ。‥‥俺たちが開拓者を雇って、これを退治するぞ」 雑技団リーダーの前然(ゼンゼン)がきっぱりと言った。その後ろでは、ホウランとその家族が「開拓者なぞ雇ったことがないので、ぜひお願いします」と頭を下げていた。 「普通にギルドを紹介してもいいのにそれをしないのは‥‥」 一同の疑問の声が上がる前に、雑技団の道化・陳新(チンシン)がニヤリと人差し指を立てて口を挟んだ。 「ま、仲介する手間賃としてしょもふーに引かせ荷物を乗せられる台車を譲ってもらう話がついてるんだがね」 さっすがリーダーと盛り上がる一同。いや、兵馬だけが機嫌が悪そうだ。 「とにかく、貝母(バイモ)が枯れて根が採取できるまでに踏み荒されてほしくないんです。‥‥お願いします。どうか村の山を守ってください」 両お下げのホウランが兵馬の様子を見て、改めて頭を下げた。 「お、おお。絶対に村の山を荒せはしないからな!」 赤くなりながらも拳を固め燃える兵馬であった。 「当然、我々からも人数を出したほうが誠実でしょう。開拓者に数人、同行してもらいますぞ」 雑技団の後見人・初老の記利里(キリリ)がそんな注文を付ける。 そんなわけで、雑技団の少年少女数人(前然・兵馬・烈花)と一緒に怪骨退治をしてくれる開拓者の募集が、ギルドに張り出されるのだった。 ちなみに、記利里はこっそり「前然・兵馬・烈花の3人をそれとなく鍛えて欲しい」と書き添えていたりもする。さらに、薬草知識を教えてもらうためホウランも同行。護衛任務も加えられている。 |
■参加者一覧
空(ia1704)
33歳・男・砂
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
向井・奏(ia9817)
18歳・女・シ
レイラン(ia9966)
17歳・女・騎
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 刀「ソメイヨシノ」が舞う。 「楽しいぃなァ、ヒヒッ」 怪骨の骨が散り散りになったかと思うと霧散する。空(ia1704)はソメイヨシノを素早く翻すが、次に狙っていた別の怪骨は双戟槍を伸ばした御凪祥(ia5285)が屠っていた。自らもう一匹行けただけに少々残念そうな空だったり。 「ホウランさん、どうだ?」 「もちろん貝母は無事ですよ。御凪さま」 足元の花を気にして振り返った祥に、ホウランはにっこりと応えた。梅の木の下に群生する小さな花は荒らされていない。祥、花を飛び越えつつ突っ込み巻き打ちから敵体幹部を狙っていた。演舞を意識し穂先で「の」の字を書きながらの遊び心のある一撃。ちらと兵馬を見ると、その速さに唖然としていた様子だった。ふ、と満足そうに目を伏せる祥。 ――そう。 開拓者たちはすでに香鈴雑技団の前然・兵馬・烈花と村の娘ホウランを連れ、アヤカシの出る薬草の山へと分け入っていた。 「‥‥決断が早かったな。空のアニキ」 殲滅に行った2人とは離れた場所で、参考になったとばかりに感心する前然。空とは二度目の顔合わせとなる。前回は軽薄そうな言葉遣いに警戒していたが、またも助けに来てくれたことからそれが彼の流儀と分かった。早速あだ名で呼んでいる。 「今のは、その前に一瞬あった『風とは違う木々のざわめき』に気付いていたからよ」 煌夜(ia9065)が前然の背後から近付いて屈み、耳元に唇を近付けて言った。 「ふうん」 「ま、実際はそれで警戒して、敵らしきものを見付けて一気に突っ込んだっていう一連の決断が早かったんだけどね」 真顔の前然に、表情を崩す煌夜。時と場合によっては良くない戦い方だとも付け加える。今回は、薬草保護と一般人護衛があるので単独の長駆迎撃は悪くないと説明する。 「そうそう。アヤカシの足音とか聞き逃したらだめなんだからっ。‥‥ルンルン忍法ジゴクイヤー」 花も恥らう華やかさ。「魔法のニンジャ花忍ルンルン」(本人談)ことルンルン・パムポップン(ib0234)が意識集中。超越聴覚で例を示す。 「‥‥あ。なんかあっちからホネホネな音が、皆さん気を付けてください!」 目を見開いて右手を指差し自ら動く。と、地面を見やる。 「確かアミガサユリの‥‥。綺麗なお花も荒らさないように、私、頑張っちゃいます!」 足元の花は大きく迂回し、その分快速を飛ばす。 そしてきっ、と見据える先に怪骨1体。距離を詰め敵も迎撃態勢を取ると、えいっ、とばかりに地面を蹴り横手に跳躍。目指すは大きな梅の木の幹。 横になったままそこを蹴ると見事怪骨の背後に着地した。圧巻は、ここからッ! 「くらえっ、ルンルン忍法ニンジャドライバー!」 敵に抱き付きぐぁばと持ち上げると、そのまま背後に海老反りし相手を脳天から落とす。ちょうど接地点にあった大きな根のこぶは硬かったようで、見事怪骨の脳天を砕いた。 「あれが、シノビか」 三角跳からの飯綱落とし。演技だとすればこの上なく見栄えする技に、兵馬が感心する。 「あれは、身体能力によるところが大きいと思うが」 兵馬の横にいた九法慧介(ia2194)は苦笑してから横を見る。兵馬もならう。その先に、向井・奏(ia9817)がいた。 「シ、シノビが全員あれをやるわけじゃないでゴザル」 2人に見詰められ、ルンルンと同じシノビの奏が慌てた。のんびりしていた風だが、否定するところはきっぱり否定する。 「次が来てますよ。近い方はお任せします」 大きな弓「五人張」を持ち鏡弦で広域警戒していたコルリス・フェネストラ(ia9657)が注意を促す。鷲の目で集中力を高め狩射で力を込め、遠方の敵を狙う。‥‥薬草を荒らさせないという目的ゆえの変則的な狙撃順番だが、見事的中。多めに連射して確実に屠った。 「動かないで」 近寄ってくる怪骨は、思わず身を乗り出そうとした烈花を制してレイラン(ia9966)が黙苦無を投げる。腰を落としての一投は敵に当たりやすいよう、腰骨を狙ったため。命中し敵がひるんだところ、素早く詰めていた人影が早駆から漸刃で一閃。敵は霧消した。 「‥‥最近、やる気出し過ぎでゴザルかなぁ」 薄い刀身の「乞食清光」を跳ね上げた格好で、我に返り照れる奏だった。 ● 「このあたりで休まないか」 しばらく後。まだ山の捜索途中だったが、前然が言った。 「‥‥畜生」 「どうした、不服そうに。しっかり身を休める事や体力温存は大事でゴザルよ?」 悔しそうに吐き捨てて座り込んだ兵馬に奏が自信を持って――それはもう、自分の得意の領分だとばかりに――言ってやるのだった。 「くそっ。どうして俺だけこんなに疲れてるんだ?」 前然や烈花に自分ほどの疲労は見て取れない。ホウランもそうだ。自分だけが疲れていると兵馬は感じ、それが無性に悔しいようだった。 「どうして俺だけ。‥‥烈花は才能があるってみんな言ってる。前然の野郎はいつだって涼しい顔をしてやがる。闘国の力にはかなわねぇ。陳新の奴は恐ろしいほど器用。‥‥俺は誰にもかなわねぇ。ホウランでさえ疲れが見えねえってのに」 「‥‥何を言ってるんだ、兵馬」 思わず口を挟む烈花だが、なぐさめの言葉が見つからない。ますますばつが悪くなる。 「ふざけるな。お前は前日まで一人で隠れて猛稽古してただろう。大切な討伐の日を控えているのに。‥‥あげく、自分だけが疲れて誰にもかなわないとはどういう了見だ。俺は、連日の疲れをためたお前より体力がないということか?」 前然はぴしゃりと言い切った。 「ついでに、ホウランは地元の娘でここはいわば庭だ。この程度で疲れるわけがないだろう」 「畜生っ」 兵馬は、前然の言葉に返すことができず悔しがった。遠くでこの様子を見ていたレイランは無言で思案顔だったり。 「さ、どうぞ。向井さんの言うとおり、休める時にはしっかり休むのが一番ですよ」 「あ。‥‥ありがとう」 突然、横合いからコルリス。優しい言葉を掛けて、用意した甘酒を振舞った。素直に受け取る兵馬。イラつきは若干収まったようだ。 「なあ。俺が別件で離れてる間に大変な事があったらしいな」 「手品の兄ちゃん」 慧介も気遣ってやってきた。隣に座る。 「俺の里は北面ってとこなんだが、そこに来た旅芸人が手品をやってね。面白かったんで俺も習ったんだよ。‥‥幼少の頃だったな。何度も練習したねえ」 「へえっ。兄ちゃんも子どものころがあったんだ」 おいおい、と笑い合う。もっとも、こういう雰囲気のなかでは慧介も少年の雰囲気を醸すようだ。 「よォ、ボウズ共。景気はどうだィ? ヒヒッ」 一方、前然の隣に空が座った。 「空のアニキと似たようなモンだよ」 調子が良さそうと見て、前然はそう返した。 「随分と無茶するじゃねェの、大勢連れてアヤカシ観光かい」 「いや、そういうわけじゃ‥‥」 「いいねェ、無茶も無謀も好きだぜェ、俺は」 高らかに笑う空だった。 「‥‥あれは、『無茶するな』って意味だから勘違いしちゃダメよ」 後から煌夜がやってきて言う。 「一般人にアヤカシ退治は危険すぎるわ。それより、遭遇する前にこそ戦いが始まってるって考えるべきね。足跡、手折られた枝。そういう、危険を察知する能力を磨くこと。切った張っただけが戦いじゃないからね」 「分かった。‥‥それより、一般人じゃなかったら、アヤカシ退治は危険じゃないかな?」 前然、含みを持たせた。 「それって『志体持ち』なら、っていうこと?」 「そう」 「‥‥危険じゃない戦いは、ないわね」 慎重に答える煌夜だった。 「もう一つ。‥‥記利里から何か特別に、言われた?」 「例えば?」 「誰かを特別に鍛えてくれとか、誰かに能力があるかないかを探ってくれとか」 「誰が志体持ちか見分けろ、とかかしら?」 「そうそう」 笑って冗談めかす前然。 「そういう話はなかったわよ」 これは嘘ではない。「だったらいいよ」と、前然は破顔するのだった。 「じゃあ、特別に私の意志で鍛えてあげるわ。いい、これはボーラといって‥‥」 煌夜は縄と重りを使った投げ道具を教えるのだった。 「あっ」 ここで、コルリスの声が響いた。 ● 「囲まれてます。気をつけてください」 「ヒハッ、朽ちロ雑魚共がァハはハハ!」 「ようし。ルンルン忍法で頑張っちゃうんだから」 「あまりバラけない様にするでゴザルよ」 休憩中でも警戒していたコルリスの声が響くと、空とルンルンが走った。奏も別方向に走りながら注意を促す。 「ようし、あたしも忍法ニンジャドラ‥‥」 「こら、それは駄目だ」 前に出ていた祥。付いてくる烈花を好きにさせていたが、さすがに自分より前に出ようとすると首根っこを掴んで止めた。軽業師の烈花としては、ルンルンの軽やかな戦いに自分を重ねたようでつい前に出てしまったようで。 「まったく。勘はいいようなんだがな」 「祥さん、だっけ。剣舞が上手いね。兵馬を鍛えてやってよ」 軽快に身を引く烈花に呆れながら祥は槍のリーチを生かしてより安全にアヤカシを倒す。 そして慧介の昔話にすっかり元気を取り戻した兵馬も似たような状況になっていた。 「‥‥あまり前には出るなよ」 慧介はつい前に出ようとした兵馬を制しながら、銀杏からの居合。一体を屠ってから刀を鞘に戻し、またも必殺の抜き打ちを繰り出す。あまりの見事さに兵馬はおとなしくなり、慧介の技を見ることに集中する。 「ま、俺に出来るのはこのぐらいだしねー」 慧介、ひと段落着いてから照れるのだった。 「ち、ちょっと」 別の場所では、前然が真っ赤になっていた。 「暫く大人しくしてなさいな」 前然を片手で胸に抱え込み抑えて戦うのは、煌夜。片手で振るう長脇差「無宿」はいつもどおりのキレだ。それはそれとして、彼女の胸は豊かだったりする。前然としてはその柔らかさもありどうしていいかまったく分からなくなっている。別に前に出てないのに、との戸惑いもある。 「かっこいいとこ見せようと飛び出されてもたまらないのよね」 「俺は兵馬じゃねえって」 実は煌夜。先のやり取りで、前然は一般人ではない可能性もあると見た。真相はともかく試されるのも危すぎると判断。先手を打ったのだ。前然、自業自得。 やがて、迫っていた怪骨は全滅。 「ちょっと」 戦闘後、レイランは兵馬を呼んだ。 「一つ教えて欲しいんだ。君は『勝ちたい』の? それとも『負けたくない』の?」 「え?」 突然のことに戸惑う兵馬。 「さっき、仲間と比べて悔しがってたよね。‥‥それだけじゃない。盗賊に襲われた経験もあって、猛稽古をしてるってね。君は、何で強くなりたいの?」 兵馬の瞳をまっすぐ見詰めながら、レイランは繰り返し聞く。 「‥‥分からない。自分が弱いと思うから」 「いいかい。戦いに『勝つ』って事は、相手から奪うこと。戦いに『負けない』って事は相手に奪わせないこと。分かるかな? 違いが」 兵馬は力強く頷いた。 「何を求めているの? 我武者羅にやって自分を傷つけても、その意味を自分で見定めないとずっと迷い続けるんだよ」 レイランはそれ以上は言わなかった。いや、兵馬に言葉を求めなかった。ただ、「ボクもね、前は我武者羅に強くなりたいと思ったんだよ」と背中を見せただけ――。 ● 「ホウラン、あなたって子は!」 薬草の山の怪骨を全滅させた一行が戻ると、ホウランの両親がカンカンだった。 「え〜。でも、ホウランちゃんがいたからバッチリ薬草は荒らさせなかったです」 「ま、邪魔しねぇから何でもなかったがよォ。なぁ、てめぇよぉ。キヒヒッ」 ルンルンが明るくいい、空が何でもないように言う。‥‥空の最後のは、ホウランと見詰め合って赤くなることもあった兵馬をからかったものだ。 「それなら。‥‥皆さんのお役に立ったのならいいのですが。ホウランも無事でしたし」 何とか納得する両親だった。 ――後、夕日で染まる河原に兵馬とホウランが座っていた。 「ホウランはどうして付いてきたんだ?」 「もちろん薬草を守りたかったから」 「死ぬかもしれなかったんだゼ?」 「でも、薬草が取れなくなったら大勢の人が死ぬかもしれないもの」 貝母は、村や周辺で使われているわけではない。いまや旅泰の活動もあり泰国薬として広く使われている。 「私が、私たちが頑張らないと、大勢の人が苦しむかもしれないの。‥‥ううん。私たちが頑張れば、きっと大勢の人が笑顔になるから」 「そうだな」 見詰め合う二人。 「わぁ、この子しょごすちゃんて言うんですね。‥‥ほぉらテケリリ、テケリリ」 「ルンルンさん、それはしょもふーですよ」 「まったく、何やってるのかしら」 遠くで、ルンルンと在恋の声がする。呆れる紫星の声も。 「‥‥兵馬さんは、雑技団として国を回っているんですよね」 「ああ。俺たちが頑張れば、みんな笑顔になってくれるんだ」 「いいなぁ」 「一緒に行くか? 紫星とか、途中からの仲間もいるゼ」 近付く、二人の距離。見詰め合う。 「それよか敵を撃破じゃなくて受け流す方法を覚えた方がいいかァ。要は振りかかる火の粉を払えるだけで十分ならよォ」 「空さんの言うとおりかもな。兵馬くんと話した手応えでは、彼も力任せではなく流れる動きの方が好みのようだし」 「へええ、私も行きたかったなぁ」 遠くで、空と祥の声もする。前然と話しているのだろう。羨ましがる陳新の声が混じる。 「‥‥駄目。私はここで頑張らないと。みんなの笑顔のために」 「そうだな。俺は、雑技団で頑張る。仲間を守るために。みんなに笑顔になってもらうために」 奪わせない、いや、与える。 そういう意思の強さが瞳にこもる。これが、レイランからの問いに、ようやく見定めた自らの答えだった。 「‥‥」 その瞳がまぶしかったのだろう。ホウランは無言で優しい瞳になる。兵馬の瞳にも、優しさが。 ――あはははは。 遠くで、仲間の笑い声が聞こえる。 斜陽に伸びる兵馬とホウランの影が、重なった。 「ん‥‥」 一瞬の、甘い吐息。 「じゃあ、な。頑張ってたくさん薬を作れよ」 「兵馬さんも、ご無事に旅を」 一瞬の胸の詰まるような経験を宝物にして、二人は別れそれぞれの世界に帰っていくのだった。 |