希儀〜最西端へ豪華船旅
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/18 19:45



■オープニング本文

 チョコレート・ハウスは空の上。
「八幡島のおやっさん、機関は問題なく順調ですぜ。戦闘続きの影響はほとんどなし。すぐにでもオリーブオイル交易に出港できやす!」
「ようし、試験飛行終わり。神楽の都の港に降りるぜ」
 中型飛空船「チョコレート・ハウス」は泰国と希儀をまたに掛ける交易船である。このところ、オリーブオイル交易で先行していたため同業者からのやっかみを買い、航路の空賊退治とアヤカシ退治を強いられていた。
「ま、戦闘運用を視野に入れて頑丈にしてあるが、やっぱ開拓者が努めて出戦をしてくれたおかげだな。……降りたらすぐに試験飛行で近場取引した荷を捌いて、対馬のお嬢さんとコクリの嬢ちゃんに連絡だ」
「おやっさん。コクリの嬢さんは艦長って呼ばなくちゃいけねぇですぜ?」
「今は俺たちしかいねぇからいいんだよ。お前らだって俺のことをおやっさん呼ばわりじゃねぇか」
 突っ込む乗組員に怒鳴り散らす八幡島副艦長。とはいえもうこれはお約束の展開らしく、乗組員はげらげら笑うのみ。八幡島もそれ以上は怒らず、「まったくよぅ」とまんざらでもない。
 それはそれとして、珈琲茶屋・南那亭で。
「希儀に行くの?」
 華の小手毬隊☆でチョコレート・ハウス艦長のコクリ・コクル(iz0150)がテーブルを挟んで身を乗り出していた。
「おぅ。ようやく本格的にオリーブオイル交易ができるってわけだ」
「現地に住み込んでくれた泰猫隊さんも、頑張ってくれてるみたいで生産は順調なのよ」
 満足そうに八幡島が珈琲を飲み、有閑夫人商人の対馬涼子は腰を上げたコクリを愛しそうに見ながら言った。
「だったら……その……」
 コクリ、珍しく恥ずかしそうに言い淀んだ。
「どうしたの、コクリちゃん。なにかおねだり?」
 けだるく優雅な雰囲気のまま、コクリの手を取り撫で始める涼子。
「その……。もし可能なら、もう一度希儀の最西端に行ってみたいな、って。寄り道になっちゃうけど……」
「あ?」
 瞬間、八幡島の眉間にしわが入った。びくっ、と身を縮めるコクリ。
 当たり前である。
 これから本格的に動き出そうとしたところ、また無駄な動きが入るのだから。コクリもそれが分かっているから、上目遣いで微妙にお願いしている状況。
「コクリちゃん、冒険好きだものね。……いいわ。私もついて行ってあげます」
「ちょ……。対馬のお嬢さん!」
 さすがの八幡島も、まさかチョコレート・ハウスのオーナーから言われるとは思わなかった。
「あら。コクリちゃんと私が乗ったら、いや?」
「そ、そうじゃねぇですが……」
 証拠に八幡島、先程からそこまで不満そうにしていない。どころか、うれしさを隠すために怖い表情をしていたり。
「いやいや、駄目ですぜ。ここはコクリのお嬢さんに商売の厳しさを……」
「いいえ、決定です。なぜなら、これを新たな商材にするから」
 関係者そろっての船旅に流されかけた八幡島が頭を振って涼子に直談判したが、一転涼子もキリリとした態度で言い放った。
「商材?」
「ええ。希儀の最西端までの船旅を観光旅行にしてしまうのです。内陸の海の多島美は美しいと聞きましたし、西にある希儀の最西端は、いわば世界の西の果て。『世界の果てまで愛し合ってオリーブオイルで美しく』といううたい文句で売り込みます」
 首をひねったコクリに、涼子はにっこり説明します。
「八幡島。すぐにチョコレート・ハウス内を豪華仕様にして。……あまりに戦果が上がりすぎて、このままだと仲間から便利にアヤカシ退治船に使われるわ。女性のようなデリケートな船だという印象を強めます。コクリちゃんは、念のために護衛を……ううん。護衛と、豪華船旅の客として予行演習させてもらえる開拓者を募ってね」
 こうなると涼子、てきぱきしたものだ。

 というわけで、希儀へ生活必需品を搬入しオリーブオイルを積んで帰るチョコレート・ハウスの護衛をしつつ、希儀最西端までの観光船旅を体験しまったりしてくれる開拓者、求ム。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
からす(ia6525
13歳・女・弓
猫宮・千佳(ib0045
15歳・女・魔
デニム・ベルマン(ib0113
19歳・男・騎
シャルロット・S・S(ib2621
16歳・女・騎
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
愛染 有人(ib8593
15歳・男・砲
カルフ(ib9316
23歳・女・魔
アリエル・プレスコット(ib9825
12歳・女・魔


■リプレイ本文


 とぼ……と力なく歩く猫又がいた。
 ここは、飛空船「チョコレート・ハウス」の甲板。
 猫宮・千佳(ib0045)の相棒「百乃」である。
「どうしてまたここに来たにゃか……」
 溜息混じりの自問自答。空は好きではない。
 ふっと振り返る。
「にゅふふ♪ コクリちゃんと皆でデートにゃね♪ いっぱい楽しむにゃ〜♪」
「うんっ。せっかくの豪華船旅だもんねっ」
 千佳がコクリ・コクル(iz0150)にうににと抱き付き盛り上がっている。コクリも楽しそう。明らかに戦闘する雰囲気ではない。
「今日は、今日こそはまったり出来るはずにゃ」
 百乃、気を取り直しぐぐぐと鼻先を上げる。
「……それなら家でまったりさせて欲しかったにゃ」
 はっと根本的なことに気付き、へにょ、と髭が垂れたり。

「船長、副船長!」
 コクリのほうでは、キリッとした雰囲気の金髪男性が現れていた。
「色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、宜しくお願いします」
 「護りの若騎士」こと、デニム(ib0113)だった。後では相棒の鷲獅鳥「ワールウィンド」が悠然と佇んでいる。 
「え、迷惑?」
「そう。色々です」
 きょとんと聞き返すコクリに、横から現れたアーニャ・ベルマン(ia5465)が繰り返してデニムの横に付いた。
「それ以上聞いてやるなよ、コクリの嬢ちゃん」
 八幡川は了解して、ぽふりとコクリの頭に手を置く。
「コクリちゃん、旅行楽しみですのー♪」
 その手の下では、「ドジっ娘☆騎士 」ことシャルロット・S・S(ib2621)がコクリにはぎゅ〜♪。
「あらあら。仲がいいわね」
 ここでシーラ・シャトールノー(ib5285)が登場。
「甘い旅みたいだから、腕によりを掛けてスイーツを作るわ。豪華な旅には欠かせないものだし、基本的な技とレシピを伝授できるけど……」
 にこりとして見守ると、対馬涼子の方を向く。
「豪華客船として使うなら、姉妹艦も必要かも……。それに、音楽も」
 同時にからす(ia6525)も、今後の豪華客船として必要なものの話題に嘴を突っ込む。甲板に繊毛を敷きブラックプリンセスを着てお茶席を設けているのが彼女らしい。
「料理人は数人雇って乗艦してるわ。あと、音楽はお願いするわ。姉妹艦については二番艦を準備中よ」
 涼子が見通しを話す。
「その二番艦、豪華客船にするなら内装もしっかり整えましょう」
 赤い三角帽子のひさしを上げてカルフ(ib9316)が目を輝かす。

 わあっ、と盛り上がっている一団の横では。
「合戦がらみ以外では始めての希儀……」
 赤い長髪は風になびくが、額の一角と獣耳はピン。
 愛染 有人(ib8593)が緑色の瞳を翳らせて当時を思い返している。
「こうして物見遊山で来れる様になったのはいいことですの」
 彼の相棒、羽妖精の颯が「うん」と頷く。
「私にとっては姫との初めて実戦を経験した場所でもあります」
 有人の反対の横では、からくりの楓が無表情ながらしみじみと主人の視線を追って空を見やっている。
「ふぅ……」
 さらにその付近では、柚乃(ia0638)が溜息を吐いていた。
「グァッ?」
 側に控えていた彼女の相棒、炎龍「ヒムカ」が首を下げて心配そうに主人の顔を覗き込んでくる。
「ありがとう、ヒムカ。最近……ちょっと……うん」
 柚乃、言葉にはせずやはり溜息。
「あの……」
 連れていた仙女風衣装のからくり「天澪」が心配そうにする。
 ここでふわりと管狐の伊邪那が現れるが、いつものようにうるさくはしない。
 すうっ、と近くにいたシーラの元まで漂い、ねだるような視線で見上げる。
「どうしたの?」
 シーラが気付くと、やや元気のなさそうな柚乃を見る。これでシーラはピンときた。
「ええ、いいわ。……柚乃、疲れの取れるような美味しいものを作るから、期待しててね」
「ありがとう、シーラさん。そして伊邪那たちも。うんと、英気を養わないとねっ」
 周りに礼を言って気を取り直す柚乃だった。
「そ、そうですよ。コクリさん、皆さん。船旅、楽しみましょうね♪」
 滑空艇「ヤディス」をしまっていたアリエル・プレスコット(ib9825)がやってくると、ぐっと胸の前で両手を固めて言い放った。
「せっかく……せっかくまたこうしてチョコレート・ハウスに乗ってるんだから」
「あはっ。そうだよねっ、アリエルさん」
 コクリは嬉しそうに返すのだった。



 その後、艦内を見て回る。
「ふうん、食堂とかはテーブルクロスとか豪華になってるわね」
 シーラが以前と違う艦内の様子を確認している。
「ボクに言わせればこの程度で豪華というのもねぇ」
「……辛口は程々に。自由にしてもいいけど、悪戯も程々に」
 やれやれ、と残念な風に首を振るのは羽妖精のキリエ。主人のからすが改めて釘を刺しているが。
「まあ、普段は俺たちみたいな男ばかりが乗ってんだ。これでも随分違うんだぜ」
「やはり二番艦は必要では?」
 がははと言い訳する八幡島に改めて進言するからす。
「深みのある赤い装飾をふんだんに使っているのは好感度が高いですね」
 カルフは色調のチョイスを褒めている。
「部屋の割り当ては、一人に一室?」
「うんっ。有人さんみたいにたくさん相棒いても、我慢してね?」
 有人は二人用の個室を覗いてコクリに確認していた。
「一人に一室か……」
「お互いそれなりの家柄で、こういうのはいい加減にできないし」
 一方では、アーニャが呟きもじもじしてる。デニムはそう言うしかない。
「柚乃と一緒がいい」
 反対の部屋では天澪が懇願している。
「ちょうど良かった。柚乃には天澪がいるし、伊邪那も八曜丸も……」
「あの生意気な毛むくじゃらはいないわよ」
「そうね。八曜丸は今回はお留守番……」
 柚乃が伊邪那の突っ込みで思い出しつつ部屋に入った瞬間だった!
「あたしが大人しくしてると思って? ところがぎっちょん!」
 部屋に運んでもらっていた荷物からころん、と藤色のもふらが出てきたではないか。
「またあんた勝手な行動してっ!」
「あらあら、そのまま暴れたら引っかかってる荷物が……」
 たちまちつっかかる伊邪那に、あくまで荷物を気にする天澪だった。相変わらずかしましい。
 と、ここで。
「おおい。右手前方に希儀の内海が見え始めたぞっ!」
 甲板から乗組員の呼ぶ声がした。
「よし、行ってみよう!」
 駆け出すコクリ。
「いってらっしゃいにゃ〜」
「千佳さんは行かないですの?」
「あたしは準備があるにゃ」
 シャルに言われ千佳はにゃふふと猫笑い。
「デニムさ……じゃなくて、デニム、行こう……えへっ、なんか照れるね」
 アーニャは、恋人の名を愛を込めて呼んだ。伸ばしかけた手が止まったのは、まだ他人行儀に呼ぶ癖が抜けきってなかった自分自身に戸惑ったから。
「うん。アーニャ、行こう。……そんな様子も可愛……はっ!」
 デニムは、おそらく手を取って一緒に行きたかったのだろうことを読み取ってしっかりと手を握った。
 が、「これではバカップルかも」という懸念が頭を過り赤面してしまった。
 それでも、握った手を離さない。そそくさと甲板へと仲良く向かう。
「行ってらっしゃい。私のほうも準備しておくわ」
「私もこちらの弓は普通の弓ほどうまくは操れない。練習をしておこうかね」
 シーラが腕まくりして、からすがバイオリンを用意しつつ見送る。
 そして、空の散歩組がテイク・オフ。
「そういえば、この内海でヒュドラと戦ったそうですね」
 カルフが駿龍、克に乗って入り組んだ海岸線や浮かぶ島々の光景を眩しそうに眺める。
「奇麗……。あとは、デニム……と二人乗りが出来ればいいんだけどね〜」
「美しい海だが、一応敵がまだいるかもしれないからね」
 駿龍、アリョーシャに乗ったアーニャがうっとりしながら横を飛ぶ恋人を気にかけた。デニムの方はワールウィンドに跨りキリリとしたものだ。というか、妙に警戒警戒とうるさい。
 その瞬間だった。
「あっ。アリョーシャ、あれは大きな温泉じゃないからっ」
「アーニャ、大丈夫かっ」
 ちょっとバランスを崩しただけなのに激しく感応するデニム。どうやら恋人の存在を意識しまくりだったようで。
「あれ? シャルさんは滑空艇じゃないの」
「今日はレーヴェさんおやすみでサンダーフェロウさん連れてきましたの」
 コクリは一緒に飛ぶシャルにそんなことを聞いてみたり。「グアッ」と喉を鳴らす甲竜のサンダーフェロウはシャルを乗せて飛べて満足そうである。
 この時、すうっと目の前を黒い物体が過った。
「黒い……滑空艇?」
 呟くコクリの目の前で減速し、コクリの滑空艇、カンナ・ニソルの横に付く。
「ヤディスっていうんですよ。ちょっとグロテスクな感じですが、私はお気に入りです」
 明るく上げた顔は、アリエルだった。羽根を広げた甲虫を想起させる黒光りした機体は確かに不気味な感じもするが、コクリはにこにこしている。
「え、どうしました?」
「ううん。景色も風も気持ち良いよ。さあ、行こう」
 コクリは不思議がるアリエルに微笑して、滑空艇を捻って加速した。「あ、待ってですの」とシャルが続き、アリエルも捻って加速して続く。
「克、行けますか?」
 涼しい顔でこれを見ていたカルフは、自ら乗る竜に聞いてみる。
「グァル」
「後から感謝の気持ちを込めてお世話しますね」
 勇ましく唸ってコクリたちを追う克に、カルフは嬉しそうな様子で身を任すのだった。
 一方、甲板。
 楽しそうな鬼ごっこを見上げ、「さあ」と準備する姿があった。
「楓、やれるね?」
 有人である。艦載滑空艇を借りて、からくりを載せようとしていた。
「乗り方の説明は受けていますので後は挑戦あるのみです!」
「あると様も楓も妙な所でチャレンジャーですの……」
「ふむ、妙な所で挑戦者」
 楓が滑空艇に乗り込もうとしている。颯の方はこれを見守りつつ、有人の実験好きをそう評していた。ちなみに颯、からすの所で紅茶をご馳走になっていた。からすの方は、有人の意外な一面を復唱して覚えようとしていたり。
 そして離陸。
「あっ!」
 試した有人が驚きの声を上げた。
 楓、初めて滑空艇に乗る人程度には乗れているのだ。練習すればもっと上達するだろう。からくりなので専用の滑空艇を所持できないことから、どんなに練習しても熟練した操縦技術までは無理っぽいが。



 そして戻って、食事。
「ふうん。牡蠣をオリーブオイルで焼いてるのね」
「こっちはエビ、だな」
 シーラが牡蠣の大きな身に頷く横で、からすが上品にエビのオリーブオイル炒めを食している。
「海鮮ばかりで美味しいですの〜」
「うにゅ、百乃も食べるにゃ♪」
 シャルが喜び千佳が猫又を呼んで食べさせたり。
「豆のオリーブオイル煮込みもいい感じです」
「ええ。野菜和えも美味しいんですよ」
 カルフが一口食べてにこやかにすると、アリエルが「これもどうぞ」と皿をカルフの方に寄せる。
「はい、あーんして♪」
「う……」
 アーニャはここぞとばかりにエビをデニムの口元に。小手先だけではなく、体ごと持って行くのがポイントだ。ふにゅりと柔らかい身がデニムに預けられる。しかしデニム、踏ん切りがつかない。
「仕方ない」
 ここでからすが立った。
 バイオリン「サンクトペトロ」を構えると、ぐっとムーディーな、恋人達のためのような調べを紡ぎ始めた。
 これでデニムも自然な雰囲気になった。
「……あむ」
「あはっ。美味しい?」
「う……ん、美味しい」
 真っ赤になっているデニムはさておき。
「コクリちゃん。柚乃、オリーブオイルを何気に広めてるんです。……豊臣様にも召し上がって頂けたんですよ」
「へええっ。豊臣さまって、大貴族の? すっごいなぁ」
 柚乃はコクリとそんな話できゃいきゃい。
「よし、それじゃデザートにしましょうか」
 食事も落ち着いたところでシーラが立ち上がる。
「シャルロットさんには可愛いタルトを。可愛いでしょ? コクリさんにはチョコレートのタルトを。千佳さんのタルトにはふんわりと香りが鼻をくすぐる様にシナモンを使ったのよ」
 てきぱき配膳するお姉さん的なシーラの動きにシャルとコクリと千佳が呆けたように目を奪われる。が、タルトを見て騒ぎ始めた。
「シャルの似顔絵が苺で飾られてるですの」
「ホントだ、ボクはチョコで。千佳さんは白いクリームで似顔絵になってるね」
「うに。このタルト美味しいにゃ〜♪ お菓子作るのうまいにゃねー♪」
 デザートを用意したのはシーラだけではない。
「私はアル=カマルのお菓子、バクラヴァ・チョコ風味を作ってきました」
 アリエルである。
「ほぅ、どうれ?」
「あっ。物凄く甘いですよ。甘味が苦手な方は頭痛がする位に」
 八幡島が手を伸ばしそうになったところでアリエルが釘を刺した。
「もう遅いですの」
 これを聞いて振り返った颯がそうぼそり。
 背後では有人が頭を押さえてぐぐぐと耐えている。隣に座った楓がアーニャを真似して「あ〜ん」したのだったり。有人を見て楓も味見してみるが、首を捻るだけ。からくりに味覚はない。が、有人の真似をして頭を押さえぐぐぐと耐えるフリ。
「カップルには、大きなハート型のプリンを」
 この間に、シーラはアーニャとデニムの仲良し似顔絵入りのプリンを一つ配膳。スプーンを一つしか添えないあたり、心得ている。
「アーニャ。はい、あ〜ん」
「デ、デニム〜」
 デニム、照れるかと思いきやキリッと恋人にあ〜んしているではないか。
「吹っ切れたようね」
 これを見て満足そうに背を群れるシーラ。アーニャはもうとろんとした顔でぱくりしてたり。もちろんむにっと身を寄せて。

「千佳のお嬢さん、甲板の湯船にお湯、入りましたぜ?」
 食事後、乗組員が報せてきた。
「千佳さん、空の散歩に来なかったと思ったらそんなの用意してたんだ」
「一緒に入るにゃ、入るにゃ♪」
 コクリが感心すると、千佳は手を取って甲板に急ぐ。と、ぱぱっと脱いでコクリも脱がして、どぼ〜ん。
「衝立はありますが舳先側からは丸見えですね。ムスタシュイルで警戒しましょう」
「じゃあ私はオランジュで空を警戒しておくわ」
 カルフはそういいつつ、ぽぽぽ〜んと衝立の外に飛ばした服を集めつつ、二人のように衝立に隠れて脱衣しちゃぽり。この間に、シーラは滑空艇「オランジュ」に乗ってテイクオフ。今、手を振ったのは千佳とコクリが衝立の向こうで素っ裸のまま手を振ったのだろう。
「女の子だから綺麗にするにゃ♪ にゅ、コクリちゃんすべすべにゃ〜♪」
「ち、千佳さんだってすべすべだよぅ」
 改めて、そんな嬌声も聞こえる。
「シャルたちも行くですの〜」
「……私もか?」
「え、柚乃もですか? 確かにこの依頼の後にジプシーになるつもりですが肌を露出するかは……」
 シャル、出遅れたとばかりにからすと柚乃の手を取って突撃。ぽぽぽ〜んと衝立の向こうで服が飛び散る。
「あ……私も」
 アリエル、置いていかれたと勘違いしたように追う。
「このままオリーブオイルマッサージ、誰かお願い出来ないかな?」
「キリエ……」
 ぽーん、と脱いで乱入してきたキリエに、主人のからすが呆れる。
「いやはや、このつるぺたボディも磨けばとても魅力的になると思うのですよ」
「にゅ。やったげるにゃ」
 キリエには、コクリに思う存分すりすりした千佳が。
「じゃあ、柚乃も美容マッサージを誰かに……」
「コクリちゃん、シャルがやってあげますの♪」
 柚乃は「美容」という響きにドキドキしながらオイルを用意し、シャルは「むん」とヤル気満々。
「コクリさん、私……ショコラの依頼、受けてよかったと本当に思います。友達と離れて、一人で依頼に入って不安だったけど……」
 当のコクリの前には、真白な肌の前で両手を組んでうるうるしているアリエルがいた。
「ショコラの皆さん、いい方ばかりで。色んな経験が出来て、皆さんとお知り合いになれて。本当に、嬉しいです」
 すっとアリエルが顔を上げると、コクリもシャルも柚乃もまじまじと彼女を見ていた。
「うんっ。ボクも嬉しいよっ。みんなと仲良くなれてっ」
 感極まったコクリが両手を広げて抱きついてくる。シャルも続いて、心配そうな柚乃も迫って来る。
「きゃ〜っ!」
 どし〜ん。
 なんだかそのままもみくちゃになりながら互いにオイルマッサージに突入。
「百乃も綺麗にするにゃ♪」
「お風呂の何がいいのか理解出来ないにゃ……ぇ?……にゃー!?」
 千佳は相棒も巻き込んで。
「柚乃はそこは弱い、から……」
「そう? じゃ、アリエルさんは?」
「あはは、そこはダメですっ。コクリさん」
「コクリちゃんも奇麗になるですのっ」
「柚乃さん、コクリさんのそこ押さえてっ」
 どったんばったん。
「これはしかし、水の無駄遣いでは?」
「後で私がキュアウォーターを使いますので、再補充せずに航行できるはずで……きゃあっ!」
 傍観するからすの呟きにはカルフが答えるが、ここでコクリの苦し紛れに伸ばした手が藁をも掴むようにカルフとからすの手を捉えた。
「……オイルマッサージ、運動になるわ」
 ぜーはーと肩で息をするキリエの背後では、からすとカルフも交えた騒動が展開されていたが、なんかもうこれってオイルマッサージではないような?
 余談だが、カルフのキュアウォーターで寄り道たるこの旅行の所要時間が減り、予定より早く切り上げることができた。

 その頃、船尾側では。
「ありがとう」
 ぱちぱちとデニムが拍手していた。フルートを夢見るように瞳を閉じ奏でていたアーニャがようやく目を開けた。終演である。
「夕日に立つ姿も、僕のわがままを聞いて奏でてくれた曲もとても良かった」
「あ……デニム」
 斜陽に伸びる影が、一つになった。次の瞬間、デニムがやや俯きアーニャがやや顎を上げた。
「ん……む」
 口づけ。
 演奏のお礼であり、ロマンチックなひと時のお礼であり、この世界への……いや、たった一人のアーニャへのお礼である。
「あのね、これからもず〜っと、一緒にいられたらいいな♪」
 力が抜けたようにデニムの胸にしなだれるアーニャ。先にハンドマッサージをしたときに感じた、デニムの大きな手が肩や背中に感じられた。
 強く抱き締め、思いに答える。
 先は分からないが、ただ強く――。

 夜。
「と、いうわけで皆で一緒に寝るにゃ〜♪」
 船長室に女性全員が集まっている。
「どうして君が?」
「はっ!」
 からすの突っ込みに我に返る有人。
「オイルマッサージしてもらってないからですの」
 颯の言い分が、なぜか通ってそのままここに。
「彼とは前から知り合い程度だったけど、依頼でなんか急にね……すごく素敵に見えちゃって」
「へええっ。アーニャさんからだったですの」
「凄い。素敵ですっ!」
 アーニャはシャルやアリエルたちときゃいきゃい。
「希儀のピスタチオいります?」
「ええ。ありがとう」
 キリエの差し入れを受け取りつつ、シーラはゆったりと座って恋愛話を見守りつつうふふ。
 有人はうつ伏せでコクリにマッサージされている。
「お勧めのポイントはあのもふもふでふかふかな尻尾ですのよ」
「そのマッサージ、私にも教えて頂けますか?」
 うふふと微笑する颯に、はぁはぁと息を乱しつつ見守る楓。
「し、尻尾?」
「君達は一体何をやっているのかなぁ〜?」
 コクリが戸惑ううちに、ゆらぁ……と怪気炎を纏い立ち上がる有人。この後、角でつんつんするのはお約束。
「明日は克にもマッサージしましょう」
「キリエは今からキラキラのあいどる夜間飛行を……」
「明日は最西端だ。早く寝るといい」
 カルフの言葉にピンときたキリエが出ようとするが、からすが首根っこ捕まえて止める。
「でも、楽しくて眠れないにゃ」
 にゃふん、と千佳がまとめて抱き付いてきたり。
「ピスタチオの殻は固いもふ〜」
「またこのもふらが食い意地を張って……」
 八曜丸と伊邪那の様子に、天澪がうふふ。

 とにかく、夜はふける。
 オリーブオイルは予定より早く、万商店にも入荷できたという。