香鈴、水攻めの鬼城
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/13 21:40



■オープニング本文

「奇跡だ……」
「まさか、の」
「いにしえの名軍師の『水攻め』の再現じゃ」
 泰国のある平原で、武装した兵たちが口々にそんなことをつぶやいていた。
 兵たちは皆、くたびれていた。
 鎧は傷つき背負った矢筒に残りの矢はなく、ある者はくたびれある者は傷つき、ある者はそれでも仲間を支え励ましていた。
 そんな、敗戦撤退を思わせる彼らが振り向いた先には長く攻められた平城があった。
 昨日にはなかった、広大な湖とともに。
 平城は、水没は免れたものの孤島となって取り残されているのだ。
「わしら最後の守備兵を追ってきた鬼アヤカシどもは、すべて流れたか?」
「ああ。最初の激流で流されたの」
「ちゅうことは、後はあの城に残った鬼アヤカシだけか」
「ちくしょ〜っ。もうちょっと遅ければ鬼アヤカシは全部城から出て俺たちを追ってきて全滅したんじゃねぇか?」
「まあ、これだけでも感謝すべきだがな」
 実はこの地方。
 泰国のほかの地域と同様に魔の森などはないが、多くのアヤカシがいた。
 戦乱時代の平城が残されており、ここを拠点に巡回警備することで付近の町への被害を防いできたのだが、つい先日とうとう陥落間近まで追い詰められていた。鬼アヤカシの数が増えたのだ。結局指揮官は総員撤退を指示。このタイミングで、付近を流れる川の上流から土石や倒木を含む濁流がなだれこんできたのだ。自然の防壁の役目をしていた川の水が枯れたことが落城の主原因であったが、数日の大雨ののち撤退行動のタイミングで大洪水。おそらく上流で倒木などが重なり偶然の堤ができて濁流を堰き止めていたのだろうが、ついに決壊したのだろう。守備兵側にはまたとない天恵となった。世の中分からないものである。
 とにかく、問題はこの後だ。

「でな。いま水が引くまでに兵を集めるだけ集めようとしてるらしいな」
 泰国を公演しながらあてもない旅を続けている香鈴雑技団がその町を訪れたのは、ちょうどこのタイミングだった。
「いや、待ってください」
 この話を聞いていた道化の陳新(チンシン)は耳を疑って話を止めた。
「城は水没したまま、ということは濁流はもう収まっているんですよね?」
「ああ。川の下流は湖で、過去の大洪水や古の名軍師の水攻めでもひとまず流れは止まり、後は干上がるのを待つばかりじゃ」
 血相を変えて身を乗り出す陳新をなだめるように村人は言った。
「その程度でアヤカシは倒れませんよ。流されたことで弱りはするでしょうが、城を攻め落とすような鬼アヤカシならまだくたばりません」
 言い切る陳新。
「私は、旅をして回ってさまざまな話を聞いて来ました。川に流れされたアヤカシに襲われた村というのは聞いたことがあります」
「なるほど。ここが普通の川なら流されたアヤカシは下流にサヨナラだが、濁流が止まるんだから鬼達は流されきることはない、か」
 横で聞いていた香鈴雑技団リーダーの前然(ゼンゼン)が唸る。
「つまり、水が引いたら下流方面と城の二方面からアヤカシの攻撃にさらされる可能性があるんです」
「小憎。面白い話をするな」
 陳新が熱っぽく言い切ったところで、近寄っていた兵隊が話に割り込んできた。
「……来い。今、守備隊は指揮官が不在だ。小僧に度胸があるなら軍師に化けてもらいたい」
「え、指揮官は?」
「撤退の殿を守って、鬼と一緒に流された」
 びくっ、と後退りした陳新の手を、兵が取った。
「来い。確か雑技団とか言ってたな。だったら演技もお得意だろう。今だけでいいから、若き天才軍師を演じろ。今の俺たちの隊には馬鹿しかいねぇ。……演じ切ろ。でないと、今小僧の言ったとおりになって町は全滅する」
「ちょっと。あなたは私の言った理屈がわかったんでしょう? であれば、あなたが」
「奇跡が前にあっちゃあ、日常程度の理屈なんざで人はまとまらんのさ。……さっきいってた兵集めも、周辺の利害が絡んでままならんのが本当のところだ」
「分かりました」
 陳新、腹をくくった。
「私に腹案があります。あなたは引き続き、周辺に援軍要請を。私は、私の軍勢を呼びます」
 きりりと言い放つ陳新。
「え?」
「呼ぶか」
「兄ィや姉ェたち、だね」
「ええ。水が引く前に、空から乗り込んで戦力を削いでおきます。あなたは下流方面の敵迎撃の戦力を整えてください」
 こうして、空から城に乗り込んで暴れてもらえる開拓者が募られるのだった。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
からす(ia6525
13歳・女・弓
煌夜(ia9065
24歳・女・志
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
津田とも(ic0154
15歳・女・砲


■リプレイ本文


「お久し振りです」
「陰陽さん、ありがとうございます」
 ぺこ、と会釈した烏帽子姿の宿奈 芳純(ia9695)に、陳新が駆け寄った。香鈴雑技団の面々がいる背後で、「なんか凄そうな人らが来たのぅ」などと住民たちが囁きあっている。
「ホント、久々に呼ばれた……と思ったらまた過酷な状況ね」
「仕方ないだろ、ステラ姉ェ」
 苦笑しながら近寄った煌夜(ia9065)がいたずらそうに見た先は、前然。彼は煌夜たちとの再会を喜びながらも口を尖らせて陳新を見る。
「人相手の水計ならこのままでいいんですが、腹が減るほど凶暴になるアヤカシでは後が怖いですから」
 慌てて陳新、わざとらしく胸を張って論じる。自分たちを見守っている住民達の視線を意識してそれっぽくしているのだ。
「うん。水計だけでアヤカシが倒れるはずがないね」
 ここで小さな黒い姿が。
「下級ならまだしもだが。自らが流される危険を顧みず堤防を破壊し下流の村を壊滅させようとした鬼を私は知っている」
 「香鈴のお茶姉ェ」こと、からす(ia6525)だ。この言葉に住民達はぞっとしたようだが、からすが皆を落ち着かせるような笑みを向けたことでざわめきは止んだ。
 が、今度は雑技団の方がざわついた。
「あんたら雑技団から鞍替えでもしたンか? 雑技団上がりの兵士ってマトモに戦えるンか」
「……う」
 梢・飛鈴(ia0034)が斜めに被ったもふら面の下からじとっ、と視線を投げていた。陳新は思わず視線をそらす。
「違うんです、旋風姉さん。陳新はそんなつもりじゃなくって……」
「ン? 違う? さよけ」
 庇う針子の少女、皆美(みなみ)の言葉にあっさり納得する飛鈴だった。
「うん、確かに陳新殿は軍師向きだと思う。道化というものは軽く見られがちだが、時の権力者達に知恵を授ける智将でもあるのだ」
 気を取り直させるように、ぽんとからすが陳新の背中を叩いてやる。
「それは兎も角、アタシら頼みって腹案ちゅーのか……まあいいケド」
「ま、それだけ実力に信を置いてくれていると考えましょうか。期待には応えないとね」
 ぽそりと飛鈴が付け加えたところで、煌夜がまとめた。
「……気になりますか?」
「大丈夫、陰陽さん。疾風姉さんが本当に心配してること、分かるから」
 この様子を見て、芳純は歌姫の在恋(ザイレン)を気にした。彼女は辛そうにしながらも笑みを湛えて顔を上げ、そう答える。
「そう言えば、陽淵が雑技団と顔を合わせるのは初めてだな」
 それまで黙っていた琥龍 蒼羅(ib0214)も、重くなった雰囲気を見て取り口を開いた。
「蒼兄ィ、陽淵って?」
 紫星(シセイ)が黒猫の集星(シュウセイ)を抱いたまま目を輝かせて蒼羅に尋ねる。
 その紫星の近くに、ばさりと翼の音がして影が落ちる。
 一体の駿龍が降りてきた。
 透き通るような藍色の体に琥珀色の瞳――。
「わ、すっごい」
 目を輝かせる紫星。
「これが陽淵だ。……見ておくといい。これからの戦いを」
 蒼羅は自分の相棒、駿龍の「陽淵」の横に立って紫星に言い聞かせる。
「雑技団のみんなも巻き込まれて大変みたいだもの、ここはニンジャの力でお助けなのです! それに、丁度鬼は外の時期なんだからっ」
「忍者姉ェは相変わらず元気いっぱいだなぁ」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)は手振りを交え話し、最後はふんすっ、と拳を固めていた。これを軽業師の烈花(レッカ)が嬉しそうに見守っていたり。
「……銃、ですか」
「ああ。俺は砲術師のグライダー持ち。滑空艇は宙船号っていうんだ」
 大柄な闘国(トウゴク)は、鷹獣人の津田とも(ic0154)が持つ火縄銃「轟龍」に興味を覚え短く呟いた。ともの方は誇らしそうに轟龍を掲げて見せていたり。
「本当なら霊騎の夜空で来たかったんだが……」
 篠崎早矢(ic0072)は、指を噛んで悔しそうにしていた。空を飛ばなくてはならないので鷲獅鳥の早瀬を連れているが。
「鶫、それじゃあ行くよ。依頼では久方振りだけど、宜しくね」
 雪切・透夜(ib0135)は、甲龍の鶫をなでてやりひらりと飛び乗った。この様子を見て、演武上手の兵馬(ヒョウマ)が「カッコいい」と目を輝かせていたり。
「とにかくお願いします。皆さんの不安を取り除いてください」
 出撃を感じ取り、陳新がこの街の住民を背に両手を広げて主張した。
「弓術師の地味な仕事を始めようか」
「ヤるこたヤるがナ、陳」
 からすが鷲獅鳥「彩姫」に乗る。飛鈴も駿龍「艶」を低く構えさせてひらり。陳新は「お願いします」と期待を込める。
「では、私は黒羅を……」
「わあっ。芳純さんも滑空艇なんですねっ。私も同じで、大凧『白影』ちゃんですっ」
 滑空艇「黒羅」を準備していた芳純に、ルンルンが自らの滑空艇「大凧『白影』」をばばんと見せつつ盛り上がっていたり。
「それじゃ、行くわよっ」
 光にきらめく金の翼を持つ優美な炎龍「レグルス」が背中に乗る煌夜の声を聞いて顎を上げた。
 ぶわさ、と翼を広げ風を掴む。



 ぐうん、と眼下に迫る城は、湖上の島のようだった。 
「後からスケッチに残したい風景ですが……気付かれましたね」
 鶫に乗った透夜が、城内の異変に気付いた。
「ふうん……三階の建物内にもおるカ」
 飛鈴は、跨る艶から身を乗り出し敵の観察に余念がない。「デカイのはどこカイ」とかぶつぶつ言っている。
「彼等の射程を知るべきだね」
 からすが長い射程を誇る弓「蒼月」を構えながら言う。暖色の羽毛が美しい鷲獅鳥「彩姫」も機嫌が悪そうに下を見ている。
「敵に弓や術を扱う者がいる以上、当然迎撃して来るだろう」
 陽淵を駆る蒼羅も、敵がわらわらと弓を構えたり対空戦闘に備えているのを確認した。
「じゃ、敢えて目立ってきましょうか」
 煌夜、秘策有りとレグルスとともに降下する。
 その瞬間、矢やら炎が飛んできた。
「うわっ! 来るわね」
 ぐん、と手綱を引きラッシュフライトで降下軸線をずらし回避するも、冷気による氷結攻撃だけは避けることができず。
「敵の射程は見切りました。私が行きます」
 滑空艇「黒羅」の芳純が続いた。
 先ほどの敵の攻撃が来ない程度の高度に弐式加速で侵入し、練煙幕を張ろうとするが……。
――ピシャーン!
「ぐっ」
 煌夜に引き続き結構な攻撃を食らう芳純。今度は先ほどより射程の長い雷撃が襲ってきていた。しかも矢の射撃精度も上がっている。敵も巧緻だ。
「一度離脱してからもう一度とと思いましたが……」
 芳純、負けてない。
『ヒィィ〜!』
 呪術人形「必勝達磨」を取り出すと悲恋姫をぶちまけた。
「今だね」
 からすが彩姫を駆り、瞬速で一気に乱射の射程範囲に入れ矢をばらまく。
「さあ、早瀬、皆のもの、戦場ぞ! 我が名は弓の家、篠崎早矢! アヤカシどもを殲滅し村を救う者よ!」
 堂々の名乗りは、強弓「十人張」を持つ早矢。からすに続いてさらに近い距離へと侵入し乱射を仕掛ける。
「こっちはさらに射程は短いが……」
 今度は火縄銃を構えたともだ!
「空船号の機動力をなめてもらっちゃ困るねえ……!」
 建物三階から敵が一斉に顔を出し早矢を狙っていたが、ここに割り込む。慌てる敵。
「一発くれてやるよ」
 ともの方は落ち着いて、正確に一発だけ見舞って逃げる。
 この時、敵の対空砲火が乱れていたのには訳があった。
「煌夜さんが引きつけてくれましたからね」
 ぐん、と城壁から突然甲竜に乗った透夜が姿を現していたのだッ!
「足元がお留守、ってナ……」
 さらに駿龍の低空高速飛行で続いた飛鈴もいるッ!
 上空を囮にした、超低空侵入だ。
「よし。鶫、下がってて……わっ!」
 透夜、中庭に降り立つと竜を避難させた。そのまま寄ってくる敵をバトルアックスのハーフムーンスマッシュで散らそうとするが、火炎や矢が飛んできた。敵も戦い慣れている。慌てて木立に逃げる透夜。
「なんや、雑魚は寄ってこんのカイ」
 飛鈴も竜を上空に逃がした。こちらは透夜が目立っているのをいいことに、すすすと屋内を目指すべく迂回する。
 もちろん、対空射線は散った。
「チャンスなのですっ。ルンルン忍法大凧ストライク! ……どかなきゃみんな、真っ二つなのです」
「助かる。温存したいからな」
 ルンルンが滑空艇「大凧『白影』」の弐式加速で一気に突っ込み強攻着陸で降り立つ荒業をすれば、蒼羅は陽淵の翼を畳み失速するように突っ込み低空で長い翼を広げ着陸するという曲芸的な技で降り立つ。
「正義のニンジャ、ルンルンただいま参上なのです! これ以上の悪さは、絶対させないんだから」
 素早く体勢を立て直しびしっと名乗りを上げるルンルン。敵の返礼という名の攻撃があまり返ってこないのは、側にいる蒼羅が無言で瞬風波を放ち威嚇していたからだが。
 さて、上空。
「芳純、あそこの敵を蹴散らせないか?」
 ともが裏門の上を指差していた。ちょうど滑空艇で着陸できるだけの狭い空間がある。敵もいるが。
「分かりました」
 芳純が力強く頷いたのは、そこに立つ鬼が卒獄鬼ではないものの、中庭への攻撃の指示をしていたから。
「払い賜え」
 芳純、弐式加速で突っ込み真紅に燃えているような五火神焔扇を振るった。
 瞬間、「何か」を召喚したッ!
 敵の妖鬼兵は喉をかきむしりのたうちながら下に落ちる。
「ありがたい。地上に降りてしまうと簡単にグライダーを破壊されてしまうからねぇ」
 続くともは無人となった狭い場所に強攻着陸で無事に着陸。間髪入れずに下の屋根付きの広間に隠れて透夜たちを撃っている敵に反撃する。
 そして蒼羅たち。
「上のからすに加え、背後からも射線が来たな」
 いい位置を取ったともの的確な援護射撃に頷いた蒼羅。
「ここは私達に任せて先に行けなのです!」
 ルンルンは夜で一瞬だけ時を止めると、間髪入れずに奔刃術で敵集団に突っ込んだ。
「よし」
 蒼羅はルンルンに続いて走る。と、ルンルンは三角跳びでルートを外れた。視線を外した敵に、蒼羅が非常識なくらい長大な刀身を備えた斬竜刀「天墜」を見舞う。恐るべき速さの剣戟は、北面一刀流奥義のひとつ「秋水」。さらにここでルンルンが戻ってきて、「夜」。蒼羅はこの隙に突破した。
「ちょっと。上から見てたら飛鈴さんを分断させようとしてるわ」
 新たに煌夜も下りて来て報告する。心眼「集」も併用した。間違いはない。
「確かに、飛鈴さんの行った左手を塞ぐような動きを敵はしてますね」
 透夜も寄ってきて言う。
「レグルス、左に炎龍突撃! 指揮官は二人に任せて私たちは雑魚を何とかしましょう」
 煌夜がかく乱を狙い相棒に指示を出す。心地よく暴れるレグルス。
「ルンルンさんは三角跳で右に行っちゃいましたね……」
 あー、とルンルンの背中を見る透夜。蒼羅を突っ込ませてから好き放題に動き回っているらしい。
「中庭の確保は任せておけ。援護するので突っ込むがいい」
 ばさり、と早矢が降り立った。敵の遠距離攻撃に乱射でお返しすると、うん、と頷きあった煌夜と透夜が敵に寄せるべく駆け出す。



「くそっ。あれから出てきてくれやしない」
 ともが、紋入胴乱から火薬や弾丸を素早く取り出し単動作で発射姿勢を即座に作るが、戦況はすでに動いていた。
 敵が、屋内や天井付き広間に拠って戦い、決して広間に出てこようとしないのだ。
「……いやしかし、我慢だ」
 火力自慢の轟龍の銃口から火薬と弾丸を入れたり火縄をフーフーしたりと次弾の用意をしつつ、下に降りるなどせずひたすら現状維持に努める。
 その頭上。
「あとは下の人次第ですかね」
 芳純が、これも我慢しながら滞空している。回復要員の自覚を忘れずやはり我慢しているのだ。
「仲間達の脱出の為に広場や中庭は確保する必要があるし、増援が来ないとも限らない……ん?」
 からすも上空待機。次に必要となる時まで耐える。彼女の場合はより広域を視野に入れていたが。というか、相棒の彩姫の様子がおかしい。いらだっているようだ。
「しばらくかまってやってなかったかもしれない……すまなかった」
 絆値が低かったのだ。からす、優しく撫でてやる。
 そして、下。
「やっぱ、集団戦は頭を潰すのが基本だナァ」
 飛鈴が指揮官と思しき卒獄鬼の姿を求め、苦無「獄導」を投げつけつつ走っていた。
 と、その前に人の身長の二倍はあろうかという巨体の鬼がぬっと現れ立ち塞がった。
 いや、一気に強攻で棍棒を振り下ろし迫ってきたぞ!
「くっ……。そっちから寄って来るってカイ。……手間が省けていいな」
 半身で避けるも食らってしまう。が、敵も勢い余って半身で振り返っている。素早く体勢を整えると、固める拳に練力を込める。アーマードヒットの武装とともに、真っ赤な炎に姿を変えた練力がさらに鳳凰の羽ばたきのように広がり、けたたましい鳴き声を響かせるッ!
「脇がお留守、天呼鳳凰拳!」
 めしり、とめり込む拳。くの字に体を折ったかと思うとたたらを踏んで下がる卒獄鬼。しかし、棍棒をふるって追撃の寄せを許さない。
「やりおるガ……お?」
 ここで遠巻きの様子に気付いた。悪鬼兵や妖鬼兵数体に囲まれていたのだ。たった今、氷結攻撃を食らったばかり。
「抵抗もなしにここまで来れたンは、罠カイ」
――ピシャーン!
「こっちは任せて。なるべく早く指揮官を潰してくれる?」
 背後から追いついた煌夜が、敵の包囲外から雷鳴剣を飛ばしてただいま到着。さらに振り上げた降魔刀がちりりと桜色の燐光を纏う。
「よく言うナ、煌。その数を一人でカイ?」
「無理だから早く、ってことよ」
 飛鈴にこたえながら振るう剣。まるで宵闇の風に揺らぐ枝垂桜のような燐光が散り乱れる。
――ドシャッ!
 紅焔桜で妖鬼兵に止めを刺す。
「言われんでも……」
 妖鬼兵の死角になるよう回り込みつつ、再び拳に鳳凰の羽ばたきを纏わせ、美しい一撃を卒獄鬼に見舞う。相打ち覚悟なのは短期決着を狙うため。
 めきり、とアッパーとダウンスイングが互いに炸裂していた。
 が、腕で防いでいる分飛鈴の方に分がある。
 これで勝負あった。勢いに乗って手数で息の根を止める飛鈴だった。



 時は若干遡る。
「指揮官……卒獄鬼か」
 涼しい表情で戦場を駆けていた蒼羅の眉が一瞬険しくなった。
 いかにも強そうな巨大な存在が蒼羅の前に出て、眼にも止まらぬ勢いで間合いを詰めてきた。
 蒼羅、体を開いてこれをかわす。「虚心」の極意。
「……鬼との戦いには慣れているのでな」
 続いて秋水で迸る斬竜刀。しかし、敵も受けてくる。時間稼ぎの戦い方だ。証拠に、わらわらと周囲を悪鬼兵たちが囲んできたぞ。
 この時ッ!
「道はこじ開ける」
 ぶうん、と空を切り裂く音が背後からした。
 透夜がハーフムーンスマッシュで敵包囲を崩したのだッ。
「透夜か!」
「生かしておく理由は何一つない。此処で朽ちるといい」
 振り向く蒼羅。透夜はシールドを構え、立ち塞がろうとする雑魚を一瞬ですり抜ける。アヘッドブレイク。
 さらにッ!
「騎士の騎士たる証し、食らうがいい!」
 聖なる雄叫びとともに繰り出すは、聖堂騎士剣っ。
 まさか手下を抜けてくるとは思わなかったか、蒼羅の隙を突こうとしていた卒獄鬼の胸板に入る!
「グオオオッ!」
 傷口が塩となり、苦しみ悶える動きで撒き散らされる。
「好機」
 腰を落としてぶん回す敵の棍棒をかわした蒼羅が逆胴を取る。
(いける)
 透夜と蒼羅の共通認識だったが、ここで弾き飛ばされた。
「おおっ?」
 何と卒獄鬼、棍棒振り回してとにかく大暴れを始めたのだ。
――ストン。
 手が付けられない、と思ったところで卒獄鬼に矢が立った。
「さすがに即死は望めんか……」
 敵包囲のさらに外で、早矢がきりりと次の矢の準備をしていた。
 これで卒獄鬼の大暴れに隙ができた。
「一気に行く」
「早矢さん、危ない」
 蒼羅の最後の秋水が卒獄鬼を屠り、透夜が踵を返し早矢に向かおうとしていた遠巻きの敵を一気に薙ぎ払った。



 その頃、外では。
「一つお城で生き血をすすり、二つ群れでの暴虐三昧、三つ三日月ハゲがある……お城の鬼を退治てくれよう、なんだからっ!」
「いや、おまえ。ここに来ると集中攻撃くらうんじゃないか? 」
 裏門鐘楼屋上で、両手を組んですらりとルンルンが立っていた。隣では銃を手に屈んでいたともが呆れている。
 ルンルン、わざわざ三角跳びでここまで来たのである。
「ルンルンさん、引くわよっ!」
 ここで煌夜たちが戻ってきた。射線が追って来ているので全滅はさせてないらしい。
「え? 大凧ちゃん、どこに置いたっけ?」
「援護するから探してきな」
 慌てるルンルンに、出番が来たとばかりに銃を構えるとも。ごうん、と巨大な龍の吼え声のような銃声を響かせ戻って来る味方の援護射撃をする。
「出番ですね」
「ああ。お前達も主のところに行くがいい」
 上空では涼やかに芳純が微笑し、からすが上空待機していた着陸組の相棒達に声を掛ける。実際には呼子笛を高らかに吹いて突入合図としたが。もちろん、ただ下降するだけではなく乱射して援護射撃もする。
「後は一匹ずつ潰すだけなんだがナ」
「まあ、無理をして倒されると士気の低下が大変でしょうし」
 飛鈴が不満そうにしながら艶に乗る。煌夜はそれをなだめつつレグルスに跨る。
「そちらも指揮官を倒したなら十分だろう」
「竜もずっと飛び続けることは出来ませんしね」
 蒼羅は飛鈴の様子で状況を理解し満足。陽淵に飛び乗った。続いた透夜は霊鎧などで凌いでいた様子の鶫を撫でる。
「よし、撤退戦だな。殿は任せてもらおう」
 早矢はきりりと言い放つと再び活発に矢を乱射し始めた。正確に狙うともの射撃と交ざっているのが憎らしいくらいに効果を発揮している。
 そして、最後に芳純が乗る黒羅が煙幕を張り、無事に離脱するのだった。

「おかえりなさい、兄さん、姉さんっ」
 町まで戻ると、陳新ら香鈴雑技団が駆け寄ってきた。
「軍師さん、あそこの様子を描いてきた。……現状が解り易いし、今後の復興に役立つのじゃないかな?」
 透夜がスケッチした紙を陳新に渡した。おお、と遠巻きに眺めていた兵士や住民たちが感心する。
「特に下流から増援することもなかったしね」
 からすは予定通りの交戦と戦果だったことを伝える。
 二人の報告で「さすが若い天才軍師直衛の部隊は違う」などといった言葉が住民や兵士の間で囁かれたり。
 と、ここで飛鈴が陳新に詰め寄った。
「……で、結局転職するんカ? 」
「やだな、旋風姉ェ。私たちは変わらず香鈴雑技団ですよ」
「さよけ」
 迷わず言う陳新にさらりと短く言って瞳を伏せる飛鈴だった。
 そして、陳新は皆を見回す。
「期待に応えられたかしらね?」
「応えられる、応えられてるってば、ステラ姉ェ」
 煌夜は前然の頬をつんつんしてからかっていた。
「陰陽さん、大丈夫です?」
「滑空艇には回復のスキルが使えませんので。でも大丈夫です」
 在恋は芳純を気遣っていたり。
「蒼兄ィ、そんな長いので暴れてきたのか?」
「励めば出来るようになる」
 蒼羅は斬竜刀に息を飲む兵馬の肩を叩いて励ましている。
「ふうん、いい弓を持ってるのね」
「ほう、弓が好きか?」
 早矢は紫星の振った話題に食いついている。
「便利そうですね、それ」
「ん? 紋入胴乱か。砲術師は小物が多いから必携だぞ」
 針子の皆美は、ともの小物入れが気に入った様子。いろいろ聞いている。
「どうだった、忍者姉ェ?」
「鬼がうようよいたのをニンジャ走りで翻弄して斬りつけたのです」
 烈花は、ルンルンと身振り手振りを交えて楽しそうに。
 これらを見て、陳新が改めて息をいっぱいに吸う。
「できれば、ずっとこのままで」
 祈るような声だった。

 後の噂では、町は水が引いた後、下流からの鬼アヤカシの攻撃を何とか凌ぎ、残っていた城内の鬼も退治して奪還したという。先に天才軍師と精鋭部隊が勝ち戦をしたおかげで、十分な戦力が集まったらしい。