南那亭、ウサ耳の日
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2012/10/12 19:41



■オープニング本文

「あら、たおやかだこと」
 神楽の都の外れでそんな声がする。
 川沿いを一人の婦人が歩いているのだ。
 自然、秋の風になびくススキに目がいくようで。
「出入りの商人さんが手土産に届けてくれるはずね。店に飾って常連客の皆さんには喜んでもらったけど、こうしてお使いに出て見ると違うわね」
 どうやら商売人らしい。店舗内に飾るれば小さな秋を感じさせてくれるが、こうして自然の中で見るとまた違う。具体的にどう違ってくるのかというと……。
「そうだ。並びの珈琲茶屋さんにも届けてあげようかしら。店員の真世さん、素直な娘さんなんだけど、こういうところはダメだから」
 この喜びを誰かに分け与えてあげたくなるくらいに、違ってくる。早速、いくつか手折る婦人だった。
 それはそれとして南那亭の深夜真世(iz0135)、ご近所ではそういう微妙な評判のようで。

「あら、まあ」
 同じく神楽の都の別の場所で。
 婦人たちが何やら熱心に作っていたのだが、顔を上げた。こねこね動かしていた手をとめる。
「つい夢中になって作りすぎちゃったかしらね?」
 どうやら月見団子を作っていたようだが、勢いがあまったらしい。「まあ、おしゃべりが弾みましたものね」などと婦人たちは口々に微笑む。
「そうだ。作りすぎた分は、通り並びの珈琲茶屋さんにおすそわけしてあげればいいんじゃないかしら?」
「そうね。きっと真世さん、お団子は作ってないでしょうし」
「真面目に働いて可愛いのですけど、こういう気配りとかはまだまだの娘さんですからね」
「ええ。手のかかる大きな娘さんですもの」
 なんかもうむちゃくちゃ言われているが、南那亭の深夜真世はここでもおすそわけのだしに使われそうで。

「さて、南那亭はどこかしらね?」
 同じく神楽の都の通りで。
 黒いドレスを色っぽくまとった女性がきょろきょろしながらしゃなり、と歩いている。
「……発見♪ あれは真世さんね」
 早速、店頭で掃き仕事をしていた真世を発見する。メイド服姿なので目立つようだ。
「こんにちは、真世さん。『女王座』ではお世話になったわね」
「あっ。……もしかしてルーレットの賭場のシエラ・ラパァナさん?」
 話は端折るが、二人は知り合い同士。コーヒー豆の卸先でもある。
 とりあえず店に案内し、コーヒーを出す真世。
「あら、こっちじゃ水着姿のウサギ耳で給仕してるのじゃないのね」
 うふふ、と優雅に指摘するシエラ。コーヒー販売のため開拓者と訪れたルーレットの賭場「女王座」では、開拓者の一部とそんな格好で給仕もしたりした。
「ああん、こっちじゃそんなことは……」
「何ぃ!」
「ほぅ」
 真世は身をよじって説明しようとしたが、そんな声より周囲の男性客の反応の声の方が大きかった。激しく話題に食いついてるぞ?
――ガラリ。
「こんにちは、真世さん。月見の季節よ。たまには店内を飾ってね」
 ここでススキを持った婦人が登場。早速店内を秋らしく飾る。
「真世さぁ〜ん、月見だんごをここで販売してみない? 団子はこっちで用意してあげるから、次の満月の晩は深夜営業して『お月見の日』にしましょう」
 さらに団子を手にした婦人が。
「待て待て。今、常連客で『ウサギさん仮装日』の協議中だ」
 最初に声をあげた客たちは話の主導権を手放しそうにない。ぴしっと起立して意義あり!状態だ。
「月見の日です!」
「いーや、ウサギの日!」
 ああ。
 何やら真世そっちのけで議論が進んでいる。しかも双方まったく引く様子はない。
「ああら、もそれなら一緒にしてしまえば?」
「それだッ!」
 シエラがぼそっと言うと、にらみ合っていた両陣営が振り返って激しく同意した。
 こうして次の満月の晩、南那亭の店員は全員ウサギの獣人かウサギ耳カチューシャをつけて働き、いつものメニューのほかに月見団子や月見酒も出すことになってしまった。
「あの……。私は?」
「こういう日だもの。真世さんはその日だけお客さんになれば?」
「ダメじゃダメじゃ。真世ちゃんも店員じゃ」
 どうにも仕方のない常連客たちである。

 というわけで、当日の店員さん、求ム。


■参加者一覧
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
明王院 千覚(ib0351
17歳・女・巫
セフィール・アズブラウ(ib6196
16歳・女・砲
愛染 有人(ib8593
15歳・男・砲
正木 雪茂(ib9495
19歳・女・サ


■リプレイ本文

●前日
「香りが、良いですね」
 珈琲茶屋・南那亭で席に座り、優雅に珈琲カップを傾ける姿があった。
 セフィール・アズブラウ(ib6196)である。
「でしょでしょ? いい感じでしょ?」
 その横でもじもじと背中のメイド服のリボンを揺らしているのは、深夜真世(iz0135)。
「ですが素のままでは私にはきつい様です」
「あ。それならお砂糖とかミルクを混ぜるといいよ? はい、どうぞ」
 なんだかきゃいきゃいやっている様子だ。
「おおい、真世ちゃん。店員同士でいちゃいちゃしてないで、お代わり注文取ってよ」
「はぁい、ただいま。でも、セフィールさんは今日は店員さんじゃないのよ? 明日、店員さんになるの」
 客に呼ばれて駆け出し、そう説明する真世。
「初めでですので。味を知らなければどうにもなりませんし」
「そうですよね」
 セフィールの呟きに返したのは、ちょうど通り掛かった明王院 千覚(ib0351)だ。何やら筆記用具を持っているぞ?
「それは?」
「明日は混雑しそうですから、テーブル番号をしっかり決めておこうかと思いまして。メニューや金額、お届け済みの記入欄も入れた短冊をたくさん作って管理すれば、きっと会計までお客様に安心して過ごしてもらえると思うんです」
 じんわりと、心に染み入るような笑みを見せる千覚。
「確かにそうですね」
「明日は、素敵なお月見の夜になるといいですね。……さてと、壁紙や蝋燭の覆いも作らないと」
 納得して珈琲を飲むセフィールに、厨房に下がろうとする千覚。そこへ真世が声を掛けます。
「あっ、千覚さんっ。今の白ウサギな巫女服も可愛いけど、明日は南那亭のメイド服を着てね?」
「はい。真世さんたちの可愛らしいウサギさん姿も、楽しみにしてますね」
 ふふっ、と微笑み合う二人だった。

 その頃。神楽の都の外れで。
「あ〜っ。アイシャ、こっちこっち〜」
 細い茎にピンクや白の大輪をつける花が咲き乱れる中、手を振る女性がいる。
 アーシャ・エルダー(ib0054)だ。片方の腕はかごの取っ手に通され、中には秋の桜のような花がたくさん摘まれていた。
「お姉、お待たせ」
 やって来たのは、アーシャの妹のアイシャ・プレーヴェ(ib0251)。
「押し葉にするには時間がないから、花びらをうまく紙の上に散らしてお団子の下に敷きましょう」
「お姉にしては上出来です。任せて下さいね。こういうのは得意中の得意です」
 一言余計じゃない? さあどうでしょうね〜とか、そんな会話でくすくす笑いつつ、花を摘んで回る。
――がさっ!
 ここで、花畑の中から誰かが顔を出した。
「よっ! お二人さんがそろったなら、俺はまよたんとこ戻るな〜。花も運ばなくちゃだし、俺にも考えがあるしな〜」
 村雨 紫狼(ia9073)である。
「料理の買出し、でしたね。よろしくお願いします〜」
「おおっ。任せろって!」
 アーシャに見送られ、力強く一歩を踏み出し街に繰り出す紫狼だった。

●当日、午後
 今日は、深夜営業に備えて南那亭は夕方からの開店である。
 そんな、準備中の南那亭にて。
「前回は颯があいどるなったので今度はあると様がうさ耳めいどなるですの!」
「ぷわっ。分かったからメイド服を投げるんじゃない、颯!」
 一角獣人の愛染 有人(ib8593)は、またも羽妖精の颯によって勝手に依頼に投入された様子。が、南那亭の仕事はすでに慣れたもの。真世に「今回もよろしくね」と言われて、素直にメイド服を着て準備をする。「任せて、真世さん。もうメイド服も慣れたから」と言いかけたのをやめたのは、彼が男性だから。
「あると様も素直になったものですの」
「……」
 感心したように主人を見る颯はいつものように有人の角でつんつんされたのだが、これは余談。
 それにしても。
「やっぱり一角うさぎは危険だと思うんだ」
 自分のケモノ耳を赤い髪の毛で隠しつつ、前にも装着したウサ耳カチューシャをつけた自分の姿を銀の手鏡で確認してしみじみ言う。というか、もう本当にこの姿にも慣れてしまったようで。
 一方で、もちろん慣れない者もいる。
「なっ、何、ウサミミのカチューシャにメイド服だと!?」
 落ち着いた雰囲気で立派な綾地陣羽織「白銀」を纏っていた正木 雪茂(ib9495)である。
「うんっ。だって、お仕事だよ? そういう営業日なんだもん」
 真世、雪茂にメイド服とカチューシャを差し出してにこにこしている。
「ぐっ、これらを付けねばならぬのか……」
 真っ赤になった雪茂の頭の中でぐるぐると、「だって、お仕事だよ」と言う声が渦巻いている。
 一方、着替えの済んだ者たちは忙しく働いている。
「アーシャさん。壁紙は、月とうさぎのお餅つき、でしたね?」
「そうですよ〜、千覚さん。……もうね、アイデアがたくさん出てきちゃって〜、いくつ手があっても足りないの。ね? アイシャも一緒にがんばろ?」
「はいはい、お姉。今日もいますよ。お姉の頼みに真世さんの依頼とあれば仕方ありませんね」
 仲良く千覚、アーシャ、アイシャのウサ耳が揺れて、きゃいきゃいと壁を飾りつけ。メイド服の背中のリボンも楽しそうに揺れている。
 セフィールは着替えの手伝い。
「雪茂様、お手伝いします」
「う、うむ。セフィール殿、すまぬっ」
「あっ。有人さんはこっちで。着替え手伝おうか?」
「わ。大丈夫ですっ、真世さん」
 ぱたぱたと真世は、一応男性の有人を奥の間に押し込んだり。
「所でこれはどういう意味があるのでしょうか」
「お月見といえばウサギさん。だから、お団子もうさぎさんで行きましょう」
 素朴なセフィールの疑問に、アーシャが答えた。
「ジルベリア風に言いますと収穫月ですね」
「そうですね。雪うさぎ型のお団子、可愛いです。ほかにも……」
 納得するセフィールに、ぽんと手を打ち鳴らす千覚。
「お姉も真世さんも可愛いです」
「アイシャさんだって可愛いよぅ」
 戻った真世はアイシャとほっぺをつんつんし合ってたり。
「そういえば、どうしてセフィール殿のメイド服は裾が長いのだ?」
「南那亭のメイド服が膝上丈で特殊なのでしょうね」
 そっちがいい、といわんばかりの雪茂であるが、残念ながらセフィールに予備のメイド服はない。
「よしっ。壁紙にススキの飾り付けに手伝うことは多いんでしたよね?」
 ここでばばんと有人復帰。もちろん膝上丈のメイド服を堂々と違和感もなく着こなしている。
「それじゃ、有人たん後は頼むな〜。仮にも男手なわけだしな」
 ひらっ、と手を振り紫狼は厨房に。ああ、男・紫狼。一人だけきっちりと男性用給仕服にウサ耳をつけていた。
「そうですね。私達も厨房に」
「男手? 力仕事なら任せろ。この雪茂、体力にはいささか自信がある」
 蝋燭に工夫した千覚も厨房に引き、紫狼の言葉でかっと使命に目を見開いた雪茂が出てきた。千覚は雪ウサギのお団子作りに、雪茂は通りに長椅子を出す力仕事に没頭する。
 そして日が沈んで満月が空に上り始めたころ、南那亭の月見の日が開店する。

●月見の日
「真世さん、来たわよ?」
「あっ。シエラさん、いらっしゃいませ〜」
 ぽっかりと月が夜空に浮かんだ頃、シエラ・ラパァナがやって来た。
「ご注文は何になさいますか?」
 忙しくぴょんぴょん飛び跳ねるように客先に行く真世に代わり、セフィールがシエラの接客に入った。
「あら、あなた。落ち着いてるわね? それじゃ、特製月見団子と珈琲を」
「ありがとうございます。『月見セット』承りました」
 セフィール、メイドとしての動きの基本を乱さない。緩急のない動きで揺れるのは頭上のウサ耳だけ。
「おおぅ。昨日は雪ウサギのようじゃったが、今日のメイドウサギさん姿もええのぅ」
「ありがとうございます。ご注文はどうしましょう?」
 別の場所では、千覚がおじさん客に対応中。しっかりメモを取りながら、最後は三つ編みの髪を揺らして「かしこまりました」とにこぱ。
「真世さん、私たちも来ましたよ。月見させてくださいな」
 今度は「月見団子を出したら?」と最初に提案した婦人たちが仕事帰りに大挙して寄って来た。
「いらっしゃいませ〜、南那亭のメイド姉妹がご案内します。……形は雪兎っぽく、丸っこく可愛い兎で目の部分は食紅で色付け。通常の団子と一緒にちまっと並んでいる月見団子はいかがですか?」
 アーシャがアイシャを連れて、並んでご挨拶。
「まあっ、可愛らしいお団子だこと」
「ほんのり甘くコーヒーにぴったりですよ」
 にっこりと珈琲の良さも強調するアーシャ。「きゃっ、可愛くて食べるのがもったいないですね〜。頭から食べるかお尻から食べるか迷います」とか自ら一人盛り上がりした逸品だ。
「あれっ。紫狼さん、どこいくの?」
 ここで真世が紫狼の挙動に気付いた。
「せっかくの特別な日じゃん? いつもと違った客層、入りたかったけどためらってた客層も呼び込んでくるぜ?」
 執事服にウサ耳の紫狼は背中越しにそう言って、キラリン☆といい笑顔。手にした銀盆の上には、珈琲と月見ウサギ団子、そしてサンドイッチも乗せている。
「野菜やチーズ、スライスしたゆで卵を載せた『月見サンド』。これを月見の日限定メニューとして宣伝、集客を促すのさ!」
 がっつり食べたい男性もこれで満足とばかりの勢いだ。
「お嬢ちゃん、月見ウサギ団子なんてどうだい? はい、ご家族様ご案内〜」
 紫狼、ああは言っても女の子にも声を掛けて集客しまくっている。
「おぅい、メイドさん。すまんがこの月見ウサギ団子、包んでくれんか?」
「俺は娘と嫁も連れてこよう。ウサギ団子も可愛いが、下に敷いてる紙も嫁が喜びそうだ」
 ほかにもそんな声が飛び交っている。
 月見ウサギ団子、大人気。
 それはそれとして、セフィールが寄って来たぞ。
「ところで深夜様、人様の迷惑になる方や、変態は排除してよろしいのでしょうか。物理的に」
「へ? 少々なら我慢で、迷惑行為や変態さんは物理的排除で大丈夫、かな?」
「そーいえば丸いウサギしっぽ、可愛いですもんね。もしもこういう風に触られたらぶっ飛ばしますけどねっ」
「ひっ! アーシャさん、お尻まで撫でちゃダメだよぅ」
 セフィールは別にして、今並んでいる真世・アーシャ・アイシャのお尻には丸くて白いウサギしっぽが付いている。こうして話しながら揺れている姿はとても可愛らしい光景で。
 そして、往々にして悲劇はまったくそんなことを考えてもない人に降り掛かるもので。
「そこのそなた、ここ南那亭では月見特別営業を実施中だ、もしお時間があらば寄っていかれぬか?」
 店の外で蚊遣り線香を焚いた蚊遣り豚を設置している雪茂のお尻にも、ウサギしっぽが本日限定で付いている。武人の雪茂はしゃがむなどせず、お尻を突き出し屈んだ。コレが裏目に出ることなる。ぽよん、としっぽも夜空を向くわけで……。
――さわっ。
「はぴょっ!」
 思わず真っ赤になって飛び上がる雪茂。しっぽもろともお尻を触られたのだ。
「いや、すまん。新しいお団子かと思ったら可愛いしっぽだったとは。今後気をつけないと」
「む、勘違いは誰にでもある。今後は気をつけられよ」
 罪を憎んで人を憎まず。
 が。
――さわっ。
「にょぴっ!」
 別の人にも触られて飛び上がる。「いや、すまん」、「き、気をつけられよ」とか。
 一方、店内。
――さわっ。
「人妻に手を出してはいけませんよー」
――さわっ。
「ひぃん!」
「まったく、深夜様は無防備ですから」
 アーシャは自力で、真世はセフィールが代理で物理的に解決しているようで。「つ、つい可愛すぎて〜っ」などと反省の声が店の裏に消えていったり。

 そしてもう一人。
「大丈夫、きっと上手く行きます」
 うん、と頷き給仕に出るのは、有人。例によって女性を装いつつ、回遊する。
「ハムにチーズにポテトサラダにその他諸々、各種取り揃えてございます」
 左右に目配りする時、つい癖でふりん、とふさふさしっぽを振ってしまった。
――さわっ。
「あ……んっ!」
 あまりの可愛らしい動きに弱点のしっぽを触られてしまったが、有人えらいっ。大きな声を我慢したっ。その耐える姿がまた色っぽく。
「有人さん、大丈夫ですか?」
 がくっ、と腰砕けになったが運よく付近にいた千覚に抱きとめられた。
「はい、こっち行きましょうね〜」
「失礼ですが、こちらに」
 手を出した客は、にっこりアーシャと淡々セフィールが店の裏に。
「やっぱりあると様はこうなる運命ですのね」
 厨房の影からそっと様子をみていた颯は、ふぅと左右に頭を振るのだったり。


「皆さん、せっかくですから静かに月を見上げましょう」
 あまりの賑わいに、ついに千覚が本気になった。具体的には、テーブルの蝋燭に火をつけて回ったのだ。照明カバーで「月のうさぎのお餅つき」のシルエットが浮かぶ。一緒にススキのパイも配る。
「おお」
 幻想的な演出に場は一転ムーディーになった。
「どうぞ。秋のおすそ分けです」
「本来ならもっと大き目ですが、一口サイズにしてみました月見タルトとでも申しましょうか。これも月ですね」
 アーシャとアイシャは外の客にススキの一輪挿しを配り、セフィールは同じく外のお客さんに満月を意識してもらうタルトを売り歩く。
「しっぽはもう、触らないで……」
 有人も気を取り直し、給仕中。妙に色っぽかったり。というか、こっそり見ていた颯は目を見開いていた。ひどい目にあっても、笑顔を忘れず頑張っているのだ。そんなけなげな姿にきゅんとしたのは、有人本人には内緒である。
「うむ。次は洗い物がたまっているようだな。援軍に回ろう」
 雪茂は戦況を見定める武将のように言うと一旦戦略的撤退をした。
「む」
 入れ替わりに、見知らぬ人物を見た。
「はぁい☆」
 雪茂にウインクしたのは、ピンクの長髪のかつらに化粧をした、紫狼だった。メイド服とウサ耳でばっちり決めている。
「謎の美女『紫江留』なんだって」
 こっそり雪茂に教える真世。紫狼もとい、紫江留は厨房で姿をちら見せしつつ働き、たまに見惚れる客に流し目をくれていたのだ。焦らしの演出で中年男性客の純情を鷲掴みである。
「紫狼さんが静かになってから、店内も静かになったね〜」
「ひどい物言いだな、まよたん」
 女装バレ対策で極力喋らなかった紫狼だが、さすがにこの一言には突っ込みを。
 それはともかく、皿洗いをはじめた雪茂。
「では、体力を使う仕事こそ我が本領! てぇやぁぁぁぁっ。……あっ?」
 今度は厨房が賑やかになりそうで。
「冷えた月見酒もあります」
「素敵な満月。……ふうっ、こういう季節のイベントを楽しめるようになるなんて、私ったらすっかり天儀に染まりましたね」
 熱の籠もった店内では、氷を作った千覚が冷えた月見酒の注文を取り、店の外ではアーシャがしみじみ言いつつ客たちと月を見上げていた。

 南那亭のお月見会はそんな感じで大好評だったという。
 ついでに真世も、セフィールにおっきな月見タルトをもらって満足満足♪。