チョコレートインパルス
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/13 21:45



■オープニング本文

「暑いわね〜」
 神楽の都の一角、珈琲茶屋・南那亭で妙齢の女性がぐったりしていた。
「ん……。珈琲はもちろん熱いほうが美味しいけど」
 ずず、と暑い珈琲を飲んでは汗をかく。
「涼子さん、遅れてごめんなさいっ」
 ここで、ぱたーんと扉が開いてコクリ・コクル(iz0150)が入ってきた。
 小さな女の子で、まだまだ子どもなせいか暑さにも負けず元気だ。
「いいのよ、コクリちゃん。……いらっしゃい、コクリちゃんを見るとこっちも元気が出るわ」
 女性は、ろりぃ隊出資財団の一員で、チョコレート・ハウスオーナーの対馬涼子だった。コクリを手招きすると、気だるそうに長い前髪を払った。
「大丈夫? 涼子さん。今はチョコレート交易も閑散期だし、ゆっくりすればいいんじゃないかな?」
「ええ。ゆっくりするためにコクリちゃんを呼んだの。……でも、商売は閑散期に何をするかで勝負が分かれるの。覚えておいてね」
 暑い暑いといってたくせに、涼子はコクリの頭に優しく手をやり抱き寄せると、ほっぺたにほっぺたをくっつけて挨拶した。そして、たまにするように自分が学んだり体験してきた商売の勘所をコクリに言って聞かせる。
「うん、分かった。……それより、ゆっくりするって? 尖月島に行くの?」
「ううん。今年は、涼しい風の渡る高原に避暑に行こうと思うの」
 素直なコクリが嬉しく、涼子は彼女の小さな鼻先をつん、とつついてやる。
「高原? それもいいねっ☆」
「そこでね?」
 わあっ、と瞳を輝かせたコクリにウインクする涼子。どうやら何か考えがあるらしい。
「コクリちゃんに、滑空艇を使って曲芸飛行の練習をしてほしいの。……ほら。去年、チョコレート・ハウスに乗って蝶々の渡りを見に行ったでしょ? その時に、コクリちゃんたちショコラ隊の観覧飛行を見て感激しちゃったの。だから、それを練習して一般の人にも見てもらえないかなって思ったの。……そして『ショコラ隊のチョコレートです』って、ね?」
「あはっ。チョコレート販売につなげるんだねっ」
 もともと滑空艇の好きなコクリ。この案に賛成する。
「暑いから、上空で風を切って飛ぶのも気持ちのいい時期だと思うしね。……ちょうどここが『みどり牧場』っていう高原の牧場から牛乳を仕入れているの、そこにお邪魔させてもらいましょう? もちろん、お友だちや一緒に楽しみたい人と一緒に出掛けましょう」
「別に空で遊ばなくてもいいってことだね。うんっ、早速ギルドにお願いしてくるねっ」
「あ、ダメよ。……今はもうちょっと一緒におしゃべりを楽しみましょう?」
 駆け出そうとするコクリを引きとめ、珈琲を追加注文する涼子だった。

 というわけで、夏の爽やかな高原「みどり牧場」でのんびりしてくれる人、求ム。


■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454
18歳・女・泰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
猫宮・千佳(ib0045
15歳・女・魔
シャルロット・S・S(ib2621
16歳・女・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
泡雪(ib6239
15歳・女・シ
キサラ・ルイシコフ(ib6693
13歳・女・吟
愛染 有人(ib8593
15歳・男・砲


■リプレイ本文


 草の香りのする涼しい風が渡る牧場にて。
「もふ〜! 畑よ! もふ龍は帰ってきたもふ〜!」
「なんかもふ龍ちゃんが叫んでいますが……」
 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が汗たら〜しながら牧場主の鹿野平一家にあいさつしていた。沙耶香の朋友、もふらさまのもふ龍は元気に飛び跳ね続ける。
「わふっ!」
「ふふっ。行ってらっしゃい、もみじ」
 もふ龍の様子に心弾ませた泡雪(ib6239)の忍犬、もみじはねだるように主人の顔を見上げた。泡雪はいつものように優しく言うと、もみじは弾かれたように元気良く飛び出していく。
「もふっ?」
「わふ、わふっ!」
 たちまち小さなもふらと忍犬が踊るように飛び跳ね始めた。
「あのっ、涼子さん?」
 二人の傍で鹿野平一家と一緒に二匹の様子を楽しそうに見ていたチョコレート・ハウスオーナーの対馬涼子はコクリ・コクル(iz0150) に声を掛けられ振り向いた。
「ええ。すぐに準備して。ごあいさつの編隊飛行よ」
「うんっ!」
 涼子が頷き、元気よくコクリが背を向け駆け出した。
 その先では、チョコレート・ハウス副艦長の八幡島とほかの開拓者が艦載滑空艇や朋友を下ろす作業をしていた。
 風になびく草原を走りながら、ボブの髪をなびかせ走るコクリ。
「みんな、いいよっ。ショコラ隊、出撃!」
 おお、と拳を上げてコクリを迎える一同。
 ショコラ隊、全力出撃である。


「いつか……約束した空」
 額にある風読みのゴーグルに手をやり空を見る若者が一人。
「もう、随分昔のことだけど……今は!」
 天河 ふしぎ(ia1037)が滑空艇「星海竜騎兵」を押し出し草の大地を滑らす。どんどんスピードを上げると、操縦部へと収まり宝珠を噴かす。
 ぼふぅ、と緑の草を周囲に撒き散らして、一気にテイク・オフした。
「今は、天儀の空は僕の空!」
 ぎゅん、と一気に上昇する。
 一方、コクリは皆のところへようやく戻ってきた。
「涼しいねー!」
「あ、うん。やっぱり高原はいいよねっ」
 小麦色の肌をした少女、リィムナ・ピサレット(ib5201)がコクリに手を振る。にこやかに応じるコクリだったが、リィムナは悪戯そうに笑って勢いよく滑空艇「マッキSI(スカーレット・インパクト)」を滑らせた。
「きっと空はもっと涼しいよ! 早く飛ぼう、コクリちゃん!」
 宝珠を噴かせて一気に風に乗る。くん、と機首を傾けると翼に描かれたゆる〜い感じの猫のイラストが露になる。
「コクリちゃん、行くですの」
 今度はシャルロット・S・S(ib2621)(以下、シャル)がテイクオフするらしい。
「あれっ。シャルさん、今日は駆鎧じゃないんだね」
「今回はレーヴェ弐式はおやすみですの。サンダーフェロウさん、行きますですのっ!」
 シャルは跨った相棒の甲龍の首筋をなでる。するとサンダーフェロウは大らかに翼を広げると、ばさぁ、と風を抱き込むようにして羽ばたき、ゆっくりと空に舞った。
「いつもどおり、ゆったりまったりでお願いしますですの〜」
 上昇しながら小さくなるシャルの声。どうやらサンダーフェロウ、そういう性格らしい。
「よ〜し、それじゃボクも。……キサラさん、お先っ」
 コクリも滑空艇カンナ・ニソルを滑らせ、今テイク・アウト。広く青い空の中、一瞬で風に乗る。
「あっ。キサラを置いてかないでなの〜。リリー〜」
 小さな少女、キサラ・ルイシコフ(ib6693)はチョコレート・ハウス艦載の滑空艇を借りた。彼女の朋友、迅鷹のリリーは先に飛び立つ。
 いや、二対の白い翼を持つ迅鷹は弧を描いて戻ってきたぞ。ようやく離陸したキサラと並んで滑空する。
「あはっ。リリー、賢いですの〜」
 主人思いのリリーに、オレンジの大きなリボンと豊かに波打つ銀髪をなびかせながら飛ぶキサラがにっこり笑顔を見せる。
 そして同じく艦載滑空艇を借りた人。
「それじゃ、妾はここで昼寝でも……」
「空の上で昼寝すればいいにゃ。コクリちゃんを追うにゃよ〜」
 ふう、と腰を落ち着けた猫又の百乃だったが、主人の猫宮・千佳(ib0045)に首根っこをうにっと掴まれてしまった。そのまま空の上に。
「またこのパターンかにゃぁぁっ!」
「いいから大人しくするにゃ」
 ああ、海に続き空でも百乃の悲鳴がフライアウェイな感じに長く尾を引き消えていく。
 その時、コクリ。
「あ。有人さんも今日はいつもの相棒さんじゃないんだねっ」
「たまには日頃の訓練以外でも構ってあげないとこの子も拗ねてしまいますから」
 コクリに横につかれた愛染 有人(ib8593)は、跨る甲龍の白鋼を撫でてやりながら微笑した。
「へええっ。海で一緒になった時に一緒だった羽妖精さん、強引なように見えたけど」
 何気ないコクリの言葉にギクッとする有人。
「まさか、こっそり付いて来てるなんてことは……」
「コクリが曲芸飛行の訓練するって聞いて飛んで来ちゃった……今日は一緒に頑張ろうね!」
「リリー、待ってなの〜」
 青くなる有人の向こう側にふしぎがつけて話す。その向こうには、リリーに導かれるようにしてキサラが。
「コクリちゃん、あたしにアイデアあるから、あとでね」
 反対から呼ばれて向くと、リィムナがいた。
「にゃー、風が気持ちいいにゃ♪ ただ飛ぶだけっていうのもいいにゃね♪」
「妾は妾はまったく良くないのにゃけどにゃ!?」
 その向こうには千佳が着いた。気持ち良さそうな猫笑顔。百乃の方は振り落とされないよう必死に滑空艇にしがみついているが。
「お待たせですの〜」
 シャルも千佳の向こうに来た。これでコクリを頂点にした逆V字編隊の完成だ。
「よっし。それじゃ左下方に捻って降下するよっ。地上に近付いて飛んで涼子さんや鹿野平さんたちにごあいさつだ」
 おお、と声を合わせる空のショコラ隊。編隊を維持したままくん、と失速したように右下に沈み込む。


 風が、有人の、リィムナの、シャルの頬をなでた。
 長い髪が自由に舞う感触を感じる、ふしぎ、キサラ、千佳。
 涼しさ。
 気持ちよさ。
 それらが一体となって体中に感じられる。
「よし、一直線コースに乗るよっ」
 コクリの声に下を見る。
 緑の大地がぐ〜んと迫ってくる。
 そこに、畑がある。厩舎が有る。居住区とチョコレート・ハウスもある。
 そして、地上の人たちも。

「わんっ?」
「何か来たもふ〜」
 頭上を通り過ぎる編隊に、まだ仔犬の忍犬もみじが小気味良くステップを踏んで頭上を目で追い、小さな金色もふらのもふ龍がもふ〜んと転がる。七騎の大きな影が大地をすり抜ける。
「きゃっ!」
「やりますね〜」
 七騎の通り過ぎる風に、泡雪はメイド服のスカートを抑え、沙耶香は泰拳袍の裾をはためかせながら眩しそうに手でひさしを作り振り向いて目で追う。
「ふふっ。ちゃんと建物手前で上昇するのね」
「こりゃすごいのぅ」
 涼子もスカートを抑えつつ満足そう。鹿野平一人はエセ広島弁で感心し、見送る。

 さて、急上昇した上空七騎。
 緑の大地が眼前に広がった後は、ぐう〜んと機種を上げて今度は一面の青い空。
 狭くなったり広くなったりする視界。
 すべてが自由自在。
「散開。後は自由に飛んでいったん下りよう」
 コクリの合図で、上昇しきったところで散開。花火のような華やかさを見せるのだった。


 再び、地上。
「いいものを見ました。……それはそうと、堆肥の出来具合はいかがでしょうか」
 泡雪が厩舎裏を訪れていた。そこには前回みどり牧場に来たときに作って置いた堆肥置き場がある。板で仕切られ、牛糞がまとめられている。
 が、不思議と臭いにおいはしない。
「うふふ。これなら問題ないでしょうね」
 上手く牧場の人に世話をしてもらったようだ。すでに内部温度が高いとかはない。
「はい。カブトムシも結構取れたんですよ? 窓香も楽しそうに取ってました」
 鹿野平家の長男、一景が寄って来て話した。
「まあ。では、後は上手くこの堆肥を活用してソーヴィニオン様が力を入れてらっしゃる畑などに活用していただけますね」
 泡雪の言葉に力強く一景は頷いた。
「あ……。そういえば、もみじ」
 ここで、ふと気付く泡雪。
 自由にしていいとはいったものの、どこで何をしているか。
「泡雪さんの犬なら……」
 一景に連れられ放牧地に移動する泡雪だった。

 場所は変わって、空から戻ってきた面々。
「シャルはシャルロット・シャルウィード・シャルフィリーアですの。よろしくお願いしますの〜」
 鹿野平一人・澄江夫妻の前で騎士の礼をするシャル。改めて一晩お世話になるあいさつをしていた。
「おうおう。わしらが開拓者しよったころにゃ、ジルベリアなんて知らんかったのぅ」
 わははと笑って礼儀正しい少女を褒める一人。
「こんにちはのはじめましてなのぉ〜。キサラは〜キサラ・ルイシコフって言うの〜。よろしくお願いしますなの〜」
 一方、一人の孫娘で同じ年頃の窓香には、キサラがあいさつ。にこぱっ、と笑顔を見せるが、あまり社交的ではない窓香はびくっとして澄江の後に隠れがち。
「そうそう。お友達も紹介するの〜。これが、迅鷹のリリー、カエルのぬいぐるみのエリー、うさぎのぬいぐるるみのマリー」
 ばさっ、と浮き上がって羽根を広げる迅鷹に再びびくっとする窓香だったが、次々とキサラが抱っこして示すぬいぐるみには安堵したように身を乗り出したり。
「可愛いわねぇ。ここには牛も馬もいるから楽しんでいってね。ほら、窓香。お客さんを案内してあげて」
 澄江に言われてこくりと頷く窓香。キサラを放牧地に連れて行く。
「うわぁぁ〜。牛さんがいっぱいなのぉ〜♪」
 ててて、と駆け出すキサラ。リリーもすい〜っとついていく。そんな仲の良さに釣られて窓香も走って放牧地の中へと急ぐのだった。
「わんっ」
 そこには、すでにもみじがいた。放牧の柵の中ではあるが、群れから外れようとした牛を回り込んで戻したりしている。気分はすっかり放牧犬だ。
「もみじったらあんなに楽しそう。……あらっ、キサラさんに窓香さんも」
 ここにちょうど、一景に連れられた泡雪も到着していた。

 時は若干遡る。
「料理長……収穫量は?」
 畑で、鹿野平一家の台所を担う一景の嫁、早苗がしゃがんで胡瓜を見たまま沙耶香に確認していた。
「はわわ……。確か早苗さんて」
「はい。目立つのがイヤです」
 恐縮した沙耶香が問うと、無口な早苗がきっぱりと言ってのけた。
「では、今回も『料理長』をやらせていただきます!」
「料理長もふ〜」
 ころころ〜、と転がってこちらにやってきたていたもふ龍も、主人の意気込みに声を合わせる。
「ん〜きゅうりと茄子がいい感じに出来てますね〜☆。これなら、次の野菜も植えたいですし、たくさん収穫しちゃいましょう」
「おいし〜もふ〜!」
 色よく大きく育った野菜に目を細めつつ収穫する沙耶香。もふ龍のほうは胡瓜をしゃくり、と食べて味を確認。早苗ももふ龍の食いしん坊ぶりに笑顔を作って汗を流すのだった。


 さて、残った者たちは。
「よし、コクリ。僕たちは訓練飛行だ。空の双子、コクリが曲芸飛行訓練をするなら、ボクもバッチリ特訓に付き合うんだからなっ!」
「うんっ」
 滑空艇の翼のような、大きな襟のついた服を着たもの同士意気投合するふしぎとコクリ。
「うにゅ。リィムナちゃんがもう飛んでるにゃ!」
 千佳の差した空には、真紅の翼のマッキSIが翻っていた。
「みんな、見ててよっ」
 低空飛行でそれだけ言ってから、再び空に駆け上がる。
 と、その時。
――ばささっ!
 なんと、なが〜い帯が伸びてなびいたのだ。
「よし、弐式加速。……急反転」
 ぐんっ、と加速して反物のように長い布を伸ばすと、今度は反転して布を生き物のようにうねらせたり。空中静止でへろんとさせたと思うと、またぐぐんと伸ばし。円を描いたり波打たせたり。
 と、いきなりリィムナ、着陸したぞ?
「欠点はあたしがくらくらしちゃうんだよね……これ、みんなでつけて飛ぼう」
「うんっ。分かった」
 布を受け取り早速準備するコクリ。ふしぎも受け取った。
「それじゃ、いくよっ」
 リィムナの掛け声で、草を散らし一斉に飛び立つ三人。すぐに青い空の中、三角編隊を組む。
「わあっ!」
 涼子たちが見上げる空。長い布がばさーっ、と広がる。
「お。味なことしてくれるねぇ」
 チョコレート・ハウスの艦橋からこれを見上げていた八幡島が唸ったのは、リィムナが「ぜひ」とコクリに渡した布に、ショコラ隊の面々の顔が描かれていたから。
「あたし一人で描いたからへたっぴだけど……」
「そんなことないよ、リィムナ。どれがコクリでどれがリィムナか分かるもん」
「あーっ、ボクも見たいなぁ。自分がつけたの見れないのは残念……」
 風になりつつそんな会話を交わす三人。
「じゃあ、螺旋を描くように急上昇、頂点で急反転して散開し、空に螺旋の華を描くよ!」
「よっし!」
 ぐい〜ん、と螺旋機動で上昇すると、一気に散開。三機につけた布が華麗に花開くように散った。
「にゅ。見てるだけじゃつまらないにゃ。コクリちゃんの傍に行くにゃよ?」
「また始まったにゃ……」
 そわそわと見上げていた千佳は、百乃の首根っこを掴んで再び出撃。
「そういえば空戦もするって言ってたですの……。シャル、負けないですの!」
「ちょっと行ってみようかな。前来た時から放牧地が完成したりしてるし、空から見て回りたいし」
 シャルがごごごと闘争心を燃やし出撃すると、有人も「やっぱり白鋼と飛ばないと」と空に。
「それじゃ、窓香ちゃんにうさぎのマリーを譲ってあげるね。……二人連れてお空にいったらたいへんだったの。だから、一緒に見てて欲しいの〜」
 空を飛びたそうにしていたリリーに気付き、キサラも空に行くことに。窓香はマリーを受け取り抱いてにっこりすると、うさぎの手を取ってキサラに振って見送るのだった。


 そして模擬空戦。
「空賊団長として、絶対負けられないんだからなっ」
「ボクだって、強くなりたいっ」
 最適置、急反転、強襲で駆け回るふしぎと、空中静止や急起動で何とか凌ぐコクリ。後を取って確実にマークする勝負だが、ギリギリのところで勝負がつかない。
「あたしを忘れちゃ困るよっ」
「わっ」
 太陽に被る位置から、リィムナが一騎討ちを両断するように弐式加速で割って入った。楽しいことを二人だけでするなということらしい。
「シャルは、龍との戦いも想定した方がいいと思いますのっ」
 今度はシャルが甲龍「サンダーフェロウ」で割り込んでくる。
「シャル、甲龍で大丈夫なのか?」
 早速ふしぎが背後に入る。
「サンダーフェロウさん、『龍尾』の応用ですのっ」
 シャル、ぐうんと尻尾を振り回して強引に方向転換。カウンター気味に遠心力で自身の身体を放り投げる様にして弧を描いた。
「やるなっ」
 ふしぎは危険を察知して急上昇する。
「コクリさん、キサラさん見ませんでした? ボクの白鋼を追い抜いたからもういるはずなんですが」
 リィムナとやり合っていたコクリに、有人が寄って聞いてみる。
 すると、リリーがやって来た。どこかに案内したそうだ。
「よし、ちょっと行ってくるね」
 コクリがついていくと、川べりに艦載滑空艇が不時着していた。隣にキサラが倒れているではないかっ!
「キサラさんっ!」
「ん……ふぇ? あ、コ゛ク゛リ゛ち゛ゃ〜ん゛、寂しかったの〜っ!」
 どうやら指をくわえてくの字になって眠っていた様子。揺り起こしたコクリに気付くと、えぐえぐ泣きながら抱きついた。どうやら故障で不時着して一人で心細くて泣いて、泣き疲れて眠ってしまったらしい。
 ここで、ばさ、とリリーが降りてきた。ほっとしたようにキサラを見詰めてうんうん頷いている。
「コ・ク・リちゃん♪ えーい♪」
「わーっ! 千佳さ〜ん」
 ついでに千佳も降りてきた。ついに抱き付き仔猫の本領発揮でコクリに抱き付く。
「な、何〜」
「危ないっ。川に落ちますっ」
 キサラがコクリにかばわれる形で脱出し、同じく降りてきていた有人が男らしくも二人を助けに入った。
――どぷ〜ん。
「……何故妾も水浸しになるにゃ」
 ぺとっ、と川から上がる百乃。この猫又も巻き込まれたらしい。
「うに、水浸しにゃ。こうなったら、にゃー!」
「千佳さん、やめて〜」
「うう……」
 三人と一匹がこれで水浸し。

 でもって、ログハウスに戻ってお着替え。
「はい。メイド服はここですの」
「颯……どうして」
「涼子さんに連れて来てもらったですの♪」
 有人の羽妖精「颯」が押しかけ女房ならぬ、押しかけ朋友として来ていた様子。
 そして、一階から呼ぶ声が。
「手伝える人は配膳を手伝ってくださいませ〜」
 泡雪の声だ。沙耶香と一緒に夕食を頑張ったのだろう。


「さぁ、皆さんお召しあがれ☆ ここで取れた野菜と牛肉ですよ〜」
 沙耶香の声で、皆が一斉に箸を伸ばし始める。
 すでにバーベキューはジュウジュウといい匂い。
「夏野菜のかりーもどうぞ☆」
「具が大きいですの〜」
「まず素揚げをしましたから〜」
 シャルの驚きににっこり沙耶香。
「うに、カレーって初めて食べるにゃね。頂きますにゃ〜……って、辛いにゃ!?」
「夏ですので、少し辛めに作りました」
 千佳のにゃんこ涙目にやっぱりにっこり沙耶香。
「妾は肉にゃ! 肉を一杯貰うにゃ!」
「はい、どうぞ。百乃さんていうんですね」
 辛さに痺れて動けない千佳に代わり、百乃に肉を取ってやる泡雪。
「久し振りだね、泡雪。昼間はどうしてたの?」
「堆肥の世話と……」
 ふしぎに聞かれて応える泡雪。もふ龍が「あれから堆肥を畑に運んだもふ」と泡雪に抱っこされるように飛んで無事に収まると、えへん。
「ああ、泡雪さん。さっき言ってた『思い出帳』、用意したから」
 ここで澄江がウインク。早速書いてね、と皆に回す。
「わふっ、わふぅ〜っ」
「はいはい。もみじの分もちゃんとありますからね」
 足元ではもみじに催促され、何かもてもて泡雪さん。代わりにみんなのお世話はメイド服を着ている有人にバトンタッチ。
「なんでボクが……」
「頼られてるいるんですのよ、応えないと」
 愕然とする有人に、颯が励ましてやる。
「キサラ、もうお腹一杯〜」
「カレー美味しい! 沢山食べます!」
「にゃ。リィムナちゃんの作ったかき氷は助かるにゃ」
「コクリ、感謝の気持ちと整備を忘れちゃ駄目なんだぞ……それに、メンテの仕方を憶えておけば、いざって時に助かるんだからな」
「うんっ。そうだね、ふしぎさん」
 こうして、夕餉の時間は楽しく過ぎていった。

 夜。屋根の上。
「風が気持ちいもふ〜」
「夕涼みは気持ちいいですね……あら、あれは」
 もふ龍に寄りかかられつつ、手酌で酒を飲む沙耶香は空を行く影を見上げた。
「花火代わりにホーリーアロー!」
 リィムナが夜間飛行を楽しんでいた。
 一方、中では。
「コクリちゃん一緒に寝ようにゃ〜♪ 二人部屋だしちょうどいいにゃよね♪」
「千佳さん下着が見えてる〜」
 千佳がコクリの腕に抱き付き、百乃が避難してお休みなさい。
 くす、と笑ってこの部屋の扉を閉めたのは、窓香。
「いつかアーマーさんも空を飛べたら良いですの〜」
 続いて締めた部屋には、シャルが槍烏賊を抱きつつお休みなさい。アーマーが空を飛んでダンスしてる姿を夢見つつ。
「お腹一杯……」
 あ、と目を丸くして次の部屋に入る窓香。キサラが「お友達」のカエルのぬいぐるみを抱いて寝ていたのだ。掛け布団をかけてやりつつ、自分ももらったうさぎのぬいぐるみを抱いて寝ようかな、とか思った。
 そして、帰って来た人。
「疲れた〜」
 おやおや。
 リィムナは部屋を間違えて、コクリと千佳に抱きついてぱたんきゅ〜。

――ぱたん。
 静かにノートを閉じる音は、一階の鹿野平澄江。
「『思い出帳』、いいわね」
 そこにはすでに、コクリたちみんなの名前と喜びの声がつづられていた。
 澄江。
 優しく幸せそうに微笑んで寝室に立つのだった。
 楽しかった一日が、ようやく終わる。