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■オープニング本文 ●猫賊のこと 泰国で獣人を猫族(ニャン)と表現するのは約九割が猫か虎の姿に似ているためだ。そうでない獣人についても便宜的に猫族と呼ばれている。個人的な好き嫌いは別にして魚を食するのが好き。特に秋刀魚には目がなかった。 猫族は毎年八月の五日から二十五日にかけての夜月に秋刀魚三匹のお供え物をする。遙か昔からの風習で意味の伝承は途切れてしまったが、月を敬うのは現在でも続いていた。 夜月に祈りの言葉を投げかけ、地方によっては歌となって語り継がれている。 今年の八月十日の夕方から十二日の深夜にかけ、朱春の一角『猫の住処』(ニャンノスミカ)において、猫族による大規模な月敬いの儀式が行われる予定になっていた。 誰がつけたか知らないが儀式の名は『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。それ以外にも各地で月を敬う儀式は執り行われるようだ。 準備は着々と進んでいたが、秋刀魚に関して巷では不安が広がっていた。 ●南那亭にて 「え? 尖月島の海岸に、海豚ちゃんの死体が上がった?」 神楽の都の南那亭で、南那亭めいど☆の深夜真世(iz0135)が素っ頓狂な声を上げていた。 「うん。沿岸で額にツノの有る一角海豚のアヤカシが漁船を襲ったこともあるらしいから、それらの仕業らしい」 「ちょっと、私たちの開拓した尖月島沿岸でなんってことしてくれんのよ!」 南那亭のオーナーである珈琲通商組合の旅泰商人、林青(リンセイ)の言葉に憤る真世。ばんばんと盆を机に叩きつけている。林青もこの剣幕にたじたじである。 と、その激しさが止んだ。 「海豚ちゃん、何も悪くないのに……。せっかく私たちと一緒に遊んで、尖月島の近くまでも来てくれるようにもなったのに……」 今度は盆を胸に抱いてぼろぼろと大粒の涙を流し始めている。よほど海豚がやられたのが悔しかったのだうろ。悲しいのだろう。 「……まあ、南那が長い不漁に苦しんでいるのはアヤカシの影響かもしれないとの憶測はあったが」 「ん?」 ここで真世がもじっ、と腰を振った。 「まさか、春先に海豚ちゃんがいなくなってケモノの大ダコが尖月島に来てたのも、もしかしてアヤカシに縄張りを追い出されてたからかなぁ?」 ちなみに真世、しばらく前に尖月島に現れた大ダコ退治に向かって、その触手に好き放題絡まれてしまっている。 「南那の慢性的な不漁はともかく、そっちはもう確定的だろうね。ついでに言えば、泰国では水棲アヤカシが原因で広域的に秋刀魚漁が不漁になっているんだ。猫族から儀式祭ができないと不満の声が激しく上がってくるくらいの規模で。……実は私の方にも退治の話が回ってきててね」 「なんですって?」 眉の根を寄せて真世が林青を改めて見る。 秋刀魚不漁で夏の儀式祭のできない、困っている猫族。 そして、可愛い可愛い海豚ちゃんの、仇。 ついでに、春先にあった大ダコの触手でうねうねされた、恨み。 ぴく、ぴく、ぴく、と眉の根が寄る。その様まさに恨み節数え歌。 「そこで、両舷に櫂のついた頑丈な中型船で海域に繰り出して囮にして、突っかかってくる一角海豚アヤカシを迎撃・殲滅する開拓者を募ろうかと思うんだが……」 「私も行くっ!」 ごごごごと瞳を燃やし真世が志願した。 「……朋友、霊騎は使えないよ? 希望としては、水中戦ができたり航空戦ができたりする朋友を連れて来れる開拓者がいいんだけど」 「いいもん。私、弓使いだから船から狙うわ。……それに、水中に潜って戦ってもいい。水中呼吸器みたいなのもあるんでしょ?」 真世、必死だ。ちなみに、水中呼吸器はある。専門の術士によって精霊魔法の封じられた呼吸器で、細長い竹筒の側面に口で咥える部分が取り付けられている。大きく息を吸い込んで口に咥えることで、水中でも15〜30分程度の活動が可能になる。だが、あくまで「活動が可能になる」だけである。戦闘目的で重装備のまま水中に入れば当然沈むし身動きが取りにくくなる。 「まあ、弓で甲板から狙うだけなら」 こうして、真世も付いて行くことになった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
アイシャ・プレーヴェ(ib0251)
20歳・女・弓
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲
愛染 有人(ib8593)
15歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ● 深夜真世(iz0135)ら開拓者は早速、討伐船「海猫丸」に乗り組んで南那の玄関港、備尖(ビセン)を出港していた。 「ところで、敵の特長とか変わったところとかあるでしょうか?」 アイシャ・プレーヴェ(ib0251)が甲板で潮風に吹かれながら、乗り組んだ猫族の猟師に聞いてみた。 「とにかくアヤカシにゃから、奴らの生態は分からんにゃ」 「水中にゃし」 猟師たちの返答は芳しくない。 「でもまあ、普通の海豚と違って額に角があるのと、表面が黒くて硬そうってのが特徴だって聞いたよ?」 「つまり、視認はしやすいということか。ふむ」 真世が言った目の前を、オラース・カノーヴァ(ib0141)の黒い姿が横切る。 「俺がリンブドルムで出よう。船には近寄らせんよ」 オラースはくるりと振り向いて口髭を蓄えた顔を見せる。 「まあ、索敵なら私もジェイドで。……敵はアヤカシで海豚や大蛸が海域から避難してたっていうなら、魚類を餌にしていたんでしょうしね」 アイシャは猟師から分けてもらって魚を袋につめて、朋友の駿龍にくくりつけようとその場を離れる。 「きっとそーよねっ。んでもって、私とシーラさんと桜さんがうねうねって大ダコの触手に絡まれるだけ絡まれて……」 「あたしはそんな風に絡まれてないわよ、真世。それにしても、あの大蛸も被害者というわけね」 きーっ、と悔しがる真世にシーラ・シャトールノー(ib5285)がさらりと言う。 「でも、いるかが被害に遭ってるだなんて許せないわねぇ……」 御陰 桜(ib0271)も、桃色の髪と大きな胸を揺らしやって来た。 ちなみに二人とも、あの時大蛸にモロに絡まれていない。セクシーな水着姿でクールに戦っていただけで、蛸に好き放題されたのはこの中では真世だけである。 「そっか〜、真世さん大変な目にあったのですね〜。一角海豚のせいで!」 ここで横から出てきて真世にぴとっと抱きついたのは、アーシャ・エルダー(ib0054)。 「これでお仕置きしてあげないとね!」 ふふふ、とアーシャが焙烙玉を取り出す。 「あら。そのままだと水没不発だわ」 シーラがこれを見て、「貸して」とアーシャから焙烙玉を受け取る。そして水に浮くように木枠に入れてやる。 「でも、水中に逃げられたら……」 「真世さん。そんな悪いアヤカシ、私達の力でけちょんけちょんにやっつけちゃいましょう……今こそ日頃の乙女心と女子力がものをいう時なんだからっ!」 口走った真世の手を、ぎゅっとルンルン・パムポップン(ib0234)が握る。 「悪い一角海豚アヤカシを、パックンちゃんが天誅です!」 「いや、それはいいんだけど女子力は?」 「むん、です!」 勢いに負けて弱弱しく言う真世に、ルンルンは自分の胸を張る。 どどん、とおっきな胸はミズチの水着に包まれていた。 どうもそこが女子力らしい。 「でも、射撃手が少ないような?」 「真世さんお久っ!」 不安がる真世に、今度はルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)が声を掛けた。にこーっとした笑顔で鳥銃「狙い撃ち」を抱き締めている。 「あ、ルゥミちゃん。前みたいにお願いねっ!」 力強い仲間にきゃいと喜ぶ。 「って、それは案山子?」 「海豚アヤカシ狩り頑張るからね!」 ルゥミは背負った案山子を気にする真世に多くは言わず、自信だけを見せる。 それはそれとして真世、ある人物に気付いた。 「あれ、有人さんが銃を持ってる?」 「たしかに真世さんとははじめての戦闘依頼だけど」 砲術師として見られていなかった事実にくらっとした愛染 有人(ib8593)がマスケット「バイエン」で身を支える。 「いーんですの。きょうは颯が主に戦うんですから」 そんな有人の隣に浮き、羽妖精の颯が薄い胸をえへんと張っていた。 「ボクは水中戦だ。水中呼吸器はこれだな。借りるぞ?」 迅鷹の花月を従えた水鏡 絵梨乃(ia0191)が貸し出し品を確かめる。これを心配そうに見詰める真世。 「大丈夫だよ。心配なら一緒に軽く気合を入れよう」 ふふ、と微笑し真世の手を取る絵梨乃。それを天に導く。 「それじゃ、せーの。……やるぞーッ!」 「やるぞーッ!」 力強く拳を上げ、声を張り上げる真世。これを見てほかの開拓者も「おーっ」と拳を上げて続くのだった。 いや、そうでもないぞ? 「今年は砂漠やら海やら……よく船に乗るな」 ざざん、と寄せる波の音を聞き潮風に黒髪を洗われるに任せる海神 江流(ia0800)が、騒ぎを尻目にぼそりと呟いていた。隣には江流のカラクリ「波美−ナミ−」が瞳を閉じ静かに佇んでいる。 が、これを真世たちに気付かれてしまう。 「まあ、波美もいるから……何っ!」 「ちょっと江流さん、付き合い悪いよ? ほらほら、一緒に拳を突き上げて。はい、波美さんもっ!」 「……はい」 つかつかと真世が詰め寄って騒ぎに巻き込む。ついでに波美も素直に巻き込まれる。 「離れていて正解だったな」 この様子を遠巻きに見て、ほっと安堵の溜息をつくオラースだった。 ● ともかく、海猫丸はアヤカシのいる海域に近付いた。 「では行って参りますか」 アイシャが駿龍「ジェイド」に跨り羽ばたいた。これに、鷲獅鳥「セルム」のアイシャ、駿龍「リンブドルム」のオラースが続いた。 「真世さん、行ってくるからね」 さらに甲龍「トントゥ」のルゥミが可愛らしく手を振りながら飛び立つ。その後から、ばふぅ、と宝珠をふかしてシーラの滑空艇「オランジュ」の橙色の機体がふわりと上昇していった。 一方、甲板組。 「さて、しっかり日焼け止め塗っておかなくちゃねぇ♪」 桜が白い肌に日焼け止めを塗り塗りしていた。 「ルンルンちゃんも、塗る?」 「塗りたいですっ。女子力アップですっ♪」 にま、と見る桜の視線にルンルンがはいっと挙手。真世も交えてきゃいきゃいし始める。桜の朋友である忍犬「桃(もも)♀」もわふぅわふぅと楽しそうに周りでぴょんぴょんはしゃいでいる。 「有人様は……」 「どうしてボクを見るかな」 颯と有人は塗らないようで。江流は巻き込まれないよう、そっと退避。 さて、索敵組。 「海中のアヤカシに及ぶかどうかは賭けになりますが…」 海猫丸から適当な距離を離れ、アイシャが純白の弓を構えた。そして、びぃぃぃん、とかき鳴らす。射程自慢のロングボウ「フェイルノート」による鏡弦は、幅広くアヤカシの有無を感じることができるが……。 「どう? アイシャ」 「うーん、特には。……水中には効きが悪いんですかね?」 アーシャに聞かれて首を捻るアイシャだった。 さて、こちらは別方向のシーラ。 「波が立っているところ、白くなっていれば……」 オランジュに跨り、船から足を伸ばして広域目視で探る。 「ん? いたわ」 ばしゃ、と水面を移動する黒い海豚六匹を発見した。ぐぅ〜ん、と機首を翻しつつ高度を取る。 「気付いてくれるかしら?」 銀の手鏡を取り出して、ちかちかと陽光を反射させ船に合図を送るのだった。 「あっ、いた! トントゥ、少し低空飛行だよ」 別の場所では、ルゥミが敵影を発見していた。こちらは幸運の遭遇だったが、その分海猫丸に近い。 「お姉!」 これを、別の場所で鏡弦索敵を続けるアイシャが気付いた。海面に出たアヤカシなら鏡弦の利きも通常通りだ。 ルゥミはこの時、すでに手鏡で海猫丸に陽光反射の合図を送っていた。 「セルム、行きますよ〜!」 アイシャの見るほうへセルムを旋回させるアーシャ。青い髪がながれ翼がはためく。本格的な戦闘開始だ。 もっとも、ルゥミの方は武器を構えていない。 「んしょ」 代わりに、背負っていた案山子を下ろしたぞ。紐で結んであって、水面スレスレで止まる。 ――ばしゃ! これに、一角海豚が飛び掛る。 「やっぱり角で突いてくる攻撃だね。結構跳ぶじゃない」 撒き餌もして敵は少数の三匹と見るや、海猫丸の方に誘き寄せようとする。 「潮吹きや歌での攻撃は……ないかな?」 まん丸な瞳のまま首を捻るルゥミ。いま、彼女は上空にいて、敵の攻撃目標になっているが直接攻撃の届かない位置にいる。何か特殊攻撃があれば仕掛けてきてもおかしくないが、それがない。 が、目の前のアヤカシをどうするか。 「低空飛行はしたくないんだけど……」 うーん、と迷ったところで水面に変化が。 「横からいただき〜っ!」 ぎゅん、と低空飛行して入ったアーシャが長柄槌「ブロークンバロウ」 を構え、セルムに斜めになってもらってがすっ、とハーフムーンスマッシュ。ほかの海豚もセルムがしっかり踏みつけつつクロウ。横合いからの奇麗な一撃離脱を見せる。 が、攻撃はこれで終わらない。 ――すととん。 矢が飛んできて一角海豚に刺さる。 「よし。これで一匹退治ですね」 追撃したアイシャが瘴気に戻る様を確認して微笑むのだった。 「そうれ、もう一回」 続いて、反転したアーシャがまた海面に突っ込もうとする。 もちろん、これはもうアヤカシ2匹も読んでいる。跳躍突撃で迎え撃つつもりだ。 「勝負ですっ!」 ――ぱぁん。 ここで、ルゥミの鳥銃「狙い撃ち」が火を噴いた。アーシャを狙って飛び跳ねた一匹が瘴気に戻る。 「セルム、無事?」 アーシャの方は無傷ではすまない。正面からのすれ違いざま、激しく相打ちした結果、敵を倒すがセルムも攻撃を受けた。 「グアッ!」 しかしセルム、猛る。背中を預けた主人のため継続戦闘の闘志を見せるのだった。 ● この時、シーラは滑空しながら海猫丸に戻っていた。 「来るわ。迎撃態勢を」 艦上の仲間に声をかけてからとんぼ返り。今度はしっかりマスケット「クルマルス」を手にしている。 「やっぱり角で突っついて来たりするんでしょうかねぇ……」 甲板ではシーラの飛んでいったほうを見ながら、颯がふよふよ浮いたまま遠くを透かし見ていた。 「こっちを見る前に考えなきゃいけない事があるんじゃない?」 マスケット「バイエン」を準備しつつ有人が言う。 「……もちろん、やりますわ」 ふん、と胸を張る颯。一体何をする気だろう。 「やっぱり群れがそのまま集団戦とか仕掛けてくるのかな?」 「命あっての何とやら、もしそうなったら颯はさっさと逃げますの」 一転、颯を思い遣る様子を見せた有人を見て、にこっと微笑む。すると颯、船を飛び出し海上を飛び始めた。 囮になる気である。 「……波美?」 「はい」 小さな羽妖精と有人のやり取りを見ていた江流。ちょっと真顔になって波美を見た。主人の様子に気付いた波美も静かに数種用意した火器を準備していた。撃つ気満々である。 「よし、花月。偵察して颯を守ってやってくれ」 「グァッ!」 絵梨乃は朋友の迅鷹を空に放った。「やれやれ面倒だが行ってやるか」というような顔をしていた花月だったが、空に舞うと気合いの入った様子で花びらのような薄い桃色の体全体を使ってシーラを追って行った。 「竹筒と超越聴覚で海中の音に耳を傾けたかったです……」 ルンルンはくすん、と指をくわえていた。海面と甲板までの高さがありすぎて音波探知はできないようで。 「投文札が良く当たるようにおまじないっと♪」 桜は指で挟んだ札状の手裏剣にちゅっ☆とキスをして待機する。 そしてここから展開が早くなるッ! 「そ、そんなっ!」 囮になるべくすいーっと水面を飛んでいった颯は、すでに海猫丸に照準を絞った一角海豚に無視されていた。 「颯の沽券に関わりますのっ!」 無視をされた颯、無理をしたっ。 なんと、わざと進攻する前に躍り出たのだ。 当たる、と思った瞬間、颯の姿が朧になる。「透明化」だ。 「グアッ!」 ここで、花月が急降下してクロウ。横から攻撃することで、透明化を使っても実質透明になってない颯を助ける。 「空から攻撃を受けると潜って進む。……当たり前ね」 シーラが上空で主人から離れ困難行動をする朋友を見つつ、呟いていた。 「とにかく、敵を見失わないように戻りますの」 颯、囮になることはできなかったが、敵をマークしつつ戻ることで貢献することとなる。もちろん、花月も。 「あると様、ここっ!」 「ん」 有人、撃つが水中の敵にはやはり当たらない。 やがて、ざばっと一角海豚が飛び跳ねた。甲板を狙うつもりだ。 「颯、無事か?」 「颯をつんつんできる角は天上天下にただ一本ですの!」 「またこの子は……」 かわしたようでほっとする有人だが、それどころではない。 「ちょっと、どんどん跳ねてくるよっ」 応射する真世。 「いるか達の為にもがんばらなきゃね」 「わんっ!」 桜が足の長い投文札をきらりん☆と投げ、桃がぐぐっと溜めて咆哮烈の準備をする。 その隣に、すっと立つ波美。 「始めましょう。今日の私は少し熱いわ……火薬臭いかしら」 すちゃり、とハンドカノンを構え。 しかし、もう一角海豚は飛び跳ねて甲板に肉薄しているぞッ! ――あおん、ばごん! 目の前に飛び掛ってきたところ、見事に射程の短い咆哮烈とハンドカノンをぶち当てる。波美はおもむろにハンドカノンを捨てて相棒銃「テンペスト」を構え直す。 「あっ!」 が、波美の短い悲鳴。 一匹は仕留めたが、もう二匹は甲板の上を通り過ぎた。というか、甲板に一度バウンドして暴れながら反対側から水に戻ったのだ。身を暴れさせているのは、二段ジャンプと攻撃をかねていたようで、波美ばかりでなく真世も巻き込んでいた。 「僕の雷でも……お前等には十分だ!」 波美の後で守られた形になっていた江流は怒り交じり。手裏剣から雷鳴剣を浴びせるが、集中攻撃した一匹をみんなで屠っただけ。 「……ん?」 そして江流、ここで我に帰った。 「まずい。船底を狙われてるぞ?」 江流、仲間を振り返り咄嗟に心眼「集」で気付いたことを伝えた。 ● 「そんなときにはお任せです。ジュゲームジュゲームパムポップン……」 素早く反応したルンルンが巻物をくわえて印を結んでいた。 やがてどろんとジライヤのパックンちゃんが巨体を現した。 「折り返してきたっ。パックン砲用意、大きく渦を巻け……んちゃ、なのです!」 胸を張って溜めていたパックンちゃんが、かあっ、と口を開くと螺旋砲が迸った。が、やはり水上で痛い目にあっただけに一角海豚の動きはフェイント。江流の言うように船底へと潜っていった。 「いや、今のじゃなく一匹すでに下にいる。……おい、、直撃を受けないよう船を迂回だ」 江流は漕ぎ手にも指示を出す。 「水中戦なら任せてくれ」 「絵梨乃さん?」 水中呼吸器を口にして飛び込む絵梨乃。心配する真世。 「波美?」 「はい」 江流、波美にも飛び込ませた。 「いきますよっ。パックンちゃん、水中錐揉みシュート!」 ああっ! すでにルンルンは飛び込んでいる。高速泳法で海豚に追いすがりつつ背後からパックンちゃんに蹴りを繰り出させている。 「桃、水練の成果の見せどころとか考えてるかもしれないけど無理シちゃダメよ?」 「わぅ……」 一角海豚をかわしつつ、捨て身で手裏剣「鶴」を散華の三連発を食らわせていた桜が、身を横たえたまま桃を止めた。桃、今まで尖月島で水練していたためちょっと残念そう。ともかく、水中に二人と朋友二体が向かった。 時は若干遡る。 オラースが船から離れた位置で敵影を発見していた。 「面白い。随分群れている」 すぅーい、と低空飛行すると敵もオラースに気付いた。 やがて、二度目の低空飛行で一角海豚が釣られるように飛び上がって攻撃してきた。 「我が魔術の前にひれ伏せ! トルネードッ、キリク!」 真空の刃が混じった竜巻が吹き荒れるが、敵はオラースを目指して飛んでいる。キリクの内射程外に逃げ込まれる形となり、騎乗するリンブドルムに相応の被害が出た。慌てて高度を取るオラース。 「では、こちらではどうかな?」 またも低空飛行をすると、今度は正面から一騎打ちする形で突っ込む。 「サンダァーへヴンッ! レーイ!」 ――バリッ! ドシュッ! 轟音と共にいかずちが走る。今度は一直線上にいる複数に当てて、先頭一匹を倒すもやはり攻撃を受けてしまう。 「上空から落とすと効率が悪いが、龍には無理をさせずに済む、か……む?」 いったん上空に離脱したオラースが見下ろすと、ほかの空から攻撃を受けた海豚のようにもう水面に姿を現さなくなっていた。 「とはいえ、船に向かっている。少しでも痛めておいた方が得、か……」 それだけ言うと、再び気合いと共に魔法を繰り出す。効率は二の次だ。船までどんどん近寄られているのだから。 場面は戻って甲板。 「あっ。オラースさんが戻って来る。なんか、凄い気合いだよ?」 主戦場が水中に移って不安そうにしていた真世が喜んでオラースを指差していた。技の呼称の叫びはここまで届く。「私も頑張らなくちゃ」と真世。 この時、もう一つの重要な戦いが繰り広げられていた。 ――ターン! 響いた銃声は、オランジュに跨るシーラだった。 「船尾側に向かったあの一角海豚。明らかに舵を狙ってるわね」 水中にいようが、しつこく追い回して何度も射撃。実際に、船底で一番弱い舵に何度か体当たりを食らっていた。 ――ターン! この一撃で、ようやく止めを差した。 「ほかの人にも言って、気をつけてもらったほうがいいかしら」 そういえば櫂を手繰る漕ぎ手も弱い部分ね、と見る。 すると。 「ほら、頑張って!」 新手の一角海豚にカザークショットをぶちかましたルゥミがクラッシュシンバルを鳴らしていた。漕ぎ手を鼓舞しているのである。先の海豚が舵手を狙ったものだっただけに、俄然漕ぎ手の意気も上がる。 「真世さん、お待たせ。……いいですか? 私に合わせて弓を射てくださいね」 アイシャも戻ってきた。一人で不安そうな真世と一緒に、新手のアヤカシに分厚い弾幕を張る。水中戦と切り離すため、近寄らせない射撃である。 「そうそう。奴らが船にたどり着く前にぶち倒せーー!」 アーシャも戻ってきて雄叫びを上げる。そしてついに箱入り焙烙玉が火を噴くのだった。……威力は弱くなっているがこれは仕方なし。 さて、水中戦。 (やっぱり動きにくくて厄介だが……まぁ、やるしかないな) 絵梨乃が神布「武林」で固めた拳をこねる。水中で見るとまた一角海豚の動きが驚異的だ。 (ぐ……) いきなり角での突撃。回避しきれずに食らったが、一角海豚の泳ぎ過ぎた後に絵梨乃はいなかった。 なんと、攻撃を受けながらも抱きついていたのだ。 (密着した攻撃で、内側から衝撃を走らせるこの技なら) ぐい、と肘を引いてから、必殺の「極神点穴」。 ――ごぽっ! 苦しそうにする一角海豚ににやりとしつつ、さらに一発。ついでに一発。 絵梨乃、攻撃を食らいつつもこの戦法で見事戦い抜くのだった。 一方、波美。 (……) 猫玉を手に戦っていたが、さすがに一角海豚に手玉にされている。制限解除し光輝刃で上手く応戦するも陸上のようにはいかない。 ざば、と水面に顔を出したところに敵が追撃。 と、この時。 「パックンちゃん、海の嘆きに只今参上!」 ミズチの水着を着てパックンちゃんの上に立つルンルンの声。そしてパックンちゃんは開いた手を出して蝦蟇見得を切っている。 この隙に、艦上から必死の形相で江流が雷鳴剣。波美の瞳が嬉しそう。さらに有人の射撃と桜の投文札が集中し無事に撃破した。 これでひとまず静かになった。 ● 時はたち、太陽は随分傾いた。 あれから何度も一角海豚と遭遇し掃討した。 「随分、頑張ってくれたにゃ」 「まさか一日戦えるとはにゃ」 乗り組んだ猫族たちは討伐数に喜び絶賛していた。 が。 開拓者たちはもう本当にへとへとだった。何より、漕ぎ手もへとへとに疲れていた。戦闘航行はそれだけ気疲れする。 「とにかく、これでだましだまし漁もできるにゃ」 依頼者たちは大満足だった。 「泳ぎたかったなぁ」 「帰ったら腕によりを掛けたデザートを用意するわね」 残念そうなアーシャに、シーラがにっこり慰めるのだった。 |