新人歓迎!大蟷螂の森
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/28 18:59



■オープニング本文

 とある、土用干し日和の昼下がりだった。
「そういや、俺も結構資本絵師稼業を続けてるもんだなァ」
 熱血貸本絵師、下駄路 某吾(iz0163)(げたろ・ぼうご)はそんなことをぶつぶつ言いながら行李の中をひっくり返し、自らの手掛けた作品を整理していた。
「女性の開拓者を主人公にしたのも書いたし……おお」
 一冊の本を手にして、某吾が目を輝かした。
 書籍の題は、「今日も決め手の鎌が飛ぶ」。
 下駄路と、本を担当する厚木遅潮(あつき・ちしお)がようやく本を彫ってくれる彫り師、結城田近等(ゆうきだ・ちから)を見つけて本格的に活動を始めた頃の一冊だ。もちろん、投げ銭で有名な岡っ引きをもじったものでトホホな内容だったが、一部ではそのトホホぶりがいい感じだと評価を受けていたりする。
「この頃のは今から見りゃ恥かしい出来だが、鎌投げ爺さんと出会ったりで楽しかったなぁ」
 懐かしそうな顔をする某吾。
 実はこの作品で活躍する義賊の鎌投げシノビ「鎌投げ一徹」。実在の一般人と出会って生まれた架空の主人公だった。
「貸本業界で後追い参入する俺たちが先人と同じことしてても読者は振り向いちゃくんねぇ。変わった場所、誰も行かねぇ場所、そういうところを歩いて題材にしなくちゃ生き残れねえって!」
 今より若かった某吾が仲間を引きずって歩き回った。
 そして小さな集落で見たのが、鎌を投げて突進していたイノシシを止めた老人の姿だった。
「一徹爺さん、元気にしてるかなぁ……」
 懐かしそうに伸びをする某吾。
 これが、虫の知らせとも気付かずに。

 後日、下駄路の住む長屋に小さな女の子が訪ねてきた。
 時は夕暮れ。影が長い。
「絵の兄ちゃん……」
「一徹爺さんとこの由果ちゃんじゃねぇか。どうした、泣きそうじゃねぇか」
 引き戸から姿を現し、ひっくとしゃくる女の子を見た某吾は、すぐにはっとした。
「……ご無沙汰してます。一徹の娘の由利枝です」
 続けて中年の婦人が姿を現したからだ。辛そうに俯いた顔は、一徹の娘で由果の母の由利江に違いなかった。某吾は絵の題材にしたあともたまに自著を届けていたが、ここまで暗い表情の二人を見たことがなかった。
「どうしたい?」
「おじいちゃんが……」
 わっ、と泣いて某吾に抱き付く由果。
「父が、大蟷螂のアヤカシに殺されました」
 それ以上、由利江は言わない。
 いや、言えなかったのだ。
 嗚咽に震える、細い肩。懐では由果が顔を押し付けて、押し付けて……。
「分かった。お兄ちゃんが、おじいちゃんの仇を取ってくれる強い人を集めてくるからな」
 それだけ言って由果を撫でてやる。
 責任は、某吾にもあった。
「そんだけの腕がありゃ、アヤカシだって倒せるんじゃねぇか?」
「おうよ。可愛い由果に、家族に……いや、この集落に牙を向いてくりゃ、アヤカシだって倒してやらァな。何せ、兄ちゃんの書いた本の通りでなくちゃならんからなぁ」
 酒を飲み交わしそんな話題で盛り上がったりもした。某吾はまだ若く、一徹は義侠心にあふれていた。もちろん、某吾たちの書いた貸本で「鎌投げの一徹」はアヤカシを倒してはいない。志体持ちでもない。
「大蟷螂のアヤカシっていうと、谷向こうの森のこったろ? まさか、本当に退治しにいくとは……」
 などと、某吾は言わない。
「誰の仇を討ちにいったんだ?」
 代わりに、それだけ聞いた。心の痛みを堪えながら。
「同じ集落の、きこりです。……せめて、遺品は持ち帰りたいと」
「集落にまでアヤカシは来そうか?」
「いえ。きこりは、ある神社の大鳥居建て替えに使う立派なクスノキを探しに、危険を承知でつり橋を渡って谷を越えてしまって……」
「確か、『大蟷螂の縄張りは、樹木の幹の外周をぐるっと回るように付けられた鎌の傷』で分かるって言ってたな? だから何とかなると入って行ったか?」
「止めたのですが。……そして、もう何日も帰らないので……」
 もう、由利江とも会話にならなくなってきた。すすり泣く声だけが響く。

 翌日、某吾は開拓者ギルドに大蟷螂アヤカシ討伐の依頼を寄せるのだった。


■参加者一覧
誘霧(ib3311
15歳・女・サ
愛原 命(ib6538
14歳・女・サ
ギイ・ジャンメール(ib9537
24歳・男・ジ
ファラリカ=カペラ(ib9602
22歳・男・吟
アーディル(ib9697
23歳・男・砂
桂樹 理桜(ib9708
10歳・女・魔


■リプレイ本文


「まさか俺たち、山登りに来たのか?」
 ぼそっ、と竜獣人のギイ・ジャンメール(ib9537)がぽやいた。
「何言ってるの、ギイ。楽しいじゃない。山登り、不慣れだから足元に気をつけて、と……」
 隣を歩いていた誘霧(ib3311)が上機嫌に言い、仲間の顔色を伺った。
「え、俺? やだな、何もいってないよ。それより、大蝙蝠退治かー。飛ぶのは厄介だよねぇ」
「蟷螂、ですよね? ……大きいのは怖いですね……」
 すっとぼけるギイの横に、ぬっと山羊の角。ファラリカ=カペラ(ib9602)が下がってきてギイの勘違いを静かに穏やかに指摘する。
「ちっ。誤読したかよくそー」
「村人の仇を取りに行って亡くなってしまうなんて……やりきれないな」
 誤読はともかく、後から声がする。振り返るとアーディル(ib9697)が踏みしめる足元を見ながら呟いていた。
「うん。仇討ちに行って返り討ちに遭うなんて、お爺さん無念だったろうね……。遺品、あれば持ち帰って、お線香あげたいね」
 この様子に、元気一杯だった誘霧が肩を落とす。
「ええ。せめて、亡くなった方の遺品位は持ちかえりたいね。それと……こんな事が起こらなくて済むように、少しでもアヤカシの数を減らせるよう努力しよう」
 羽毛が周りについた耳が優雅に傾くように、アーディルは頷くのだった。
「にしても、そのきこりも一徹さんって人もアヤカシがいると解って一人で森に入るなんて……」
「ちょっと、ギイさん……」
 その背後でぼそっとぼやいたギイに、ファラリカが反応する。「それは言っちゃダメ」という感じでパラストラルリュートを両手で胸に抱きぷるぷる震えている。
「いや。多くは言わないけどさ。……ご愁傷さまでした」
「むう、ふつーの人に手をだすとはゆるせません、わたしが叩き斬ってくれます!」
 ぽり、と頬をかいた背後で、元気少女サムライ愛原 命(ib6538)が力強く拳を振り上げていた。
「そう。一徹爺さんの仇を討つよっ!」
 彼女の威勢のよさに、誘霧も本来の元気の良さを取り戻した。
「理桜は……」
 背の小さな魔術師少女、桂樹 理桜(ib9708)も大人しくついて来ていたが、ここで小麦色した肌の拳を小さくぐっと固めた。
(理桜をアヤカシから助けてくれた、あなたに憧れて……)
 過ぎし日の思い出。言葉にならない。
「るーるーらーらー、はーやくでてこいあーやかしよーい」
 周りでは命の調子外れの気持ち良さそうな歌が流れている。
「じゃ、気を引き締めていかないとね!」
 最後に誘霧が意気を上げる。
 峠側から大回りして、いよいよアヤカシの森へと入り込むのだった。


「……その、囲まれても……ですし、二手に分かれるってのはどうですか?」
 谷を越えた銛に入ると、周りをきょろきょろ気にしながらファラリカが言った。
「そうだね。相互に援護できる距離を保つのはいいね」
 振り返ったアーディルが頷く。
「うんっ、それいいっ!」
「私はできれば前を歩きたいなっ」
 返事も元気な理桜に、もうすでに前をずんずん行ってる命が能天気に振り向いて元気笑顔を見せている。
「おっと。一応俺も野郎だし、負けるわけには……」
 ギイ、命に張り合い前に出る。なぜにそんなとこで張り合うか? あるいは、振り向きたくない過去があるのかもしれない。
「ファラリカ?」
 この様子を見て、慌ててアーディルがファラリカに声を掛けた。
 ファラリカ、彼が何をいいたいのか理解し、ぺこりと会釈してギイについていくのだった。
「じゃ、私はこっちの班で動くよっ!」
 察した誘霧がアーディルと理桜とともに残り、相互確認できる位置取りで二手に分かれることとなった。

 さて、右翼。
「確か、縄張りの幹には……」
 先行する誘霧が目線を上にしたり足元に落としたりしながら呟いた。
「鎌の傷の付いた木の奥は縄張り、だねっ!」
 続く理桜もしっかりと前情報を確認している。周囲の木々に、「幹の外周をぐるっと回るように付けられた鎌の傷」がないか。この確認が大切になることを分かっている。
「見落とさないように注意、だな。もちろん、奇襲もあるだろう。そして遺品探しもしたい」
「そうだよね。遺品探し!」
「立派な樹が多いという事は樹上に身を隠し易いって事でもあるし、奇襲を受けないよう注意も!」
 遺品が落ちてないかキョロキョロして銀色の髪を揺らす誘霧に、足元から木切れを拾ったり頭上の枝影なども確認する理桜。
 こちらは慎重そのものである。

 一方、左翼。
「カマキリ見つけたらそっこーとつげき!」
 命が行く。
 にぱっと剣歯を見せる健全笑顔でのっしのっしと前進あるのみ。怖いものなしっぽい風情だが、彼女は別に偉ぶってるわけでも強がっているわけでもない。「アヤカしガいる」→「寄らば斬る」→「仮に来なければ寄って斬る!」という思考しかない。
「女性に矢面に立たせられるか……いや、愛さんのあの能天気っぶりは非常に頼もしいんだけど」
 続くギイは歯に衣着せぬ人物だが、それが不満を口にしないくらい堂々としたものだ。
「ちょ、ちょっと待ってください……」
 二人の後ろを慌てて付いていくファラリカ。こちらは慎重派なので背後などを気にしている。何だかんだいいつつうまい具合に索敵の手分けができていたり。
「あっ!」
 そして、命が立ち止まり見上げる。追いついたギイとファラリカも見上げた。
 ついに、幹の周りに鎌傷のある針葉樹を発見したのだッ!
「ん?」
 この時、右翼の誘霧が異変に気付いた。
「風の音じゃないよっ、これ!」
 遠くから近付いている音に気付いたのだ。すぐさま見習いの剣を抜いて構える。
――ザザッ!
 茂みの中から、両目と口先を頂点とした三角形の顔がぬっと現れた。
 アヤカシ「大蟷螂」であるっ。
――ぱたたたたっ!
「飛んだ?」
 一気に飛翔し迫ってくる。身を沈めつつ切り付ける誘霧。狙うは柔らかいと思われる腹だ。
 が。敵の右鎌で防がれた。続いて左鎌が来る。
「うわっ! カマガード? 両手武器兼盾とかなるなんてズルイっ!」
 誘霧、ずざざと地面に身を投げてかわした。
「一匹だけじゃないのは分かってる」
 アーディルはダーツを投げて後続の蟷螂を牽制。この隙に間合いを詰め、シャムシールを構えた。
 一方、誘霧を飛び越したアヤカシ。
――ピリリッ!
「やっぱり飛行突撃してくるかっ!」
 これあるを期していた理桜が呼子笛を鳴らして右翼に知らせるとトネリコの杖を構え詠唱する。
 が、敵はゆらゆら動く。六本足で上体が良く動き回避が得意そうではある。
「頭部に当たって!」
 ホーリーアローが一直線に飛び、狙い通り頭部を叩く。
「目は厄介だよね。鎌もそうだから潰したいなっ!」
 この隙に、上体を起した誘霧が一気に走り寄っていた。背後からの一撃は当然、鎌狙い。
「ギッ!」
 先の一撃で相当弱っていた敵の動きは鈍い。鎌どころか一気に敵を瘴気に帰した。
 そして、アーディル。
 曲刀シャムシールが煌き円弧を描く。
 アーディル自身が俊敏さを生かし、右に回り込みつつ斬る。狙い通り左鎌の肘部分に攻撃が入るが……。
「節が弱いわけじゃないのか? まあ、脆くなるまで……」
 次の一撃を繰り出す。集中攻撃で鎌を斬りおとす気だ。
 だが、その機会はない。
 背後から理桜のホーリーアローが飛んできて、これで敵は落ちた。
「攻撃力や回避は高いが、打たれ弱いようだな」
 お、と敵の脆さに意外そうな顔をしたアーディルだったが、味方の援護を感謝し観察することは忘れない。
 そして援護の左翼班がここで到着。
 2体への対応には手応えを掴む一行だった。


 その後。
「うぅ……何だかアヤカシがいるってだけで、怖い雰囲気ですね……」
 左翼でファラリカがびくびくきょろきょろしている。透けるほど薄い作りの純白の衣を纏い、どこか色っぽく話し、飛びぬけて大きな身長を誇るくせに猫背で淑やかに丸くなっている。
 そして、臆病な者は周りによく気が付くもので。
――ガサッ!
「ん?」
 ちよっとした気配に左を向くと、枝葉に隠れぎらんと輝く大きな虫の目と視線を合わせてしまった。
「ひっ!」
 これを合図に、潜伏していた大蟷螂がぱたたたと飛んで襲ってきた。奇しくもこの時、右翼では幹の傷を発見していたところだった。
「ファラリカさん! ……ふん。猫足で狙ってたのにな」
 細身のシャムシール「アル・サムサーマ」を構えたギイがすぐ反応したのは、潜伏した敵に気付いて猫足で忍び寄りつつあったから。密かにぼやいているのは、運悪く敵が動いてしまったから。その割に満足そうなのは、ファラリカのおかげで横合いからの奇襲に成功したから。
――バシッ!
「ち、一撃って訳には行かないか」
 羽根を叩いて落としただけに留まって反撃を食ったことには不満を露わに。
「こ、怖いっ! こっち見て……ひぃいっ!」
 ファラリカの方はまだ震えている。
 もう二匹いたようで、さらに睨まれ飛び掛られている。その迫力と不気味な動きにファラリカ、涙目。
――ががががっ!
 ここで大地をめくる衝撃波が走るッ!
「だいじょーぶですよう、みたものぜーんぶ斬り捨てますから」
 戦闘を歩いていた命が、ど〜んと地断撃。
「空中に浮いてるのにっ」
 この様子を後方で見ていた右翼組は、口をそろえてこの行動に突っ込んだ。
 しかしっ!
――パタタッ!
 おお、ファラリカの前に地断撃が走ったので一旦滞空したぞ?
 その隙に割って入る命。なんか頭脳的な戦いだが……。
「てきとーにはなったら待ってくれたのです!」
 ちゃきりと太刀「獅子王」を構えてにこぱ☆。どうやら狙ったわけではないらしい。
「あとはそっこー。いちげきひっさつー!」
「あ、命さん」
 だっと駆け出す小さな背中。
 2対1で攻撃も受けるが、喜々として全身全霊の雲耀、雲耀、雲耀。二の太刀無用の一撃に懸けたダウンスイングで叩き伏せる。
 そして、2匹を打ち倒す。
「せーぎは必ずかつのです!」
 どどんと太刀を掲げ勝ち誇る命だが。
「ち。鎌は落としても瘴気に戻るか……って、ちょっと!」
 こちらも叩いて叩いて最後に敵の鎌を狙う猛攻を見せ一匹を屠ったギイが、ががんとどん引く。
「……血塗れじゃないですか」
 懸け付けた右翼組のアーディルが呆れる。ギイも怪我をしていたが、命の方はさらにひどく血塗れだった。
「ま、薬草は持ってきたけどね」
「……」
 溜息を吐くギイたちを見つつ、ファラリカは何かを思うのだった。


 そしてさらに先に行く。
 あれから遭遇戦は二度会った。結構アヤカシも倒した。
 半面、遺品は見付からず。
 焦りの色が見え始める。
「遺品、ありませんね?」
 アーディルが幹の影などに気をつけつつ探すがそれらしいものはない。
「村の人にも聞いたけど、一徹爺さんの使ってた鎌は柄に「一徹」の焼印があるって」
 がさり、と低木を分けつつギイも言う。顔見知りでもある下駄路 某吾(iz0163)と話した時もそう言っていたなと思い返す。
「でも、この辺りって幹の傷が多いような?」
 ふと頭上を見上げて誘霧が言った時だった。
――ガサッ! パタタタッ!
 またも大蟷螂が襲ってきた。またも一度に三匹だ。
「むふー」
「はあっ……」
 意気込む命と溜息を吐くギイが突っ込む。
「少しでもアヤカシの数を減らせるよう……」
 アーディルはダーツをまず投げておいて突撃する。
「あ……」
 ここで、ファラリカがリュートを構えようとする。
 その、時だった!
「上からもっ!」
 何と、枝の上に一匹が潜伏していた。理桜がどしんと体当たりしてファラリカをかばう。続いて誘霧も身体を入れてくる。攻撃を食らう誘霧だが、体が覚えているスキル「強打」で敵を一撃で弱らせた。
「アヤカシを倒すんだっ!」
 強い意思と共に理桜も振り返り、至近距離ホーリーアローで止めを差す。
「ファラリカさん、大丈夫?」
「大丈夫……」
 気遣う誘霧にそれだけ言って立ち上がる。もう、苦手な虫に怖がっていた先ほどまでの彼はいない。もしかしたら、誰かを守ろうとする仲間達に、彼の姉の姿を重ねたのかもしれない。もう、迷わない。
「この曲で、皆さんのお役に立てるなら……!」
 響く、武勇の曲。
「うわっ!」
 折りしも、前線では味方が総崩れしていた。
「え?」
 悲鳴に誘霧と理桜が見ると、何と大蟷螂たちが信じれないほどの機動力で圧倒していたのだッ!


「鎌の傷の付いた木の奥は縄張りかと思ったけど……」
「まさか、傷がこの攻撃のためにつれられてたなんて……」
 理桜と誘霧が愕然とした。
 大蟷螂たちは、ぱたたたっと空を飛ぶと、鎌を幹に引っ掛けて強引に方向転換して自在に相対する敵をかけつつ命、ギイ、アーディルの三人を翻弄していたのだ。特に突っ込んで戦う命とギイには、逃げると見せかけ誘っておいて、幹を支点に方向転換しカウンターで襲うなど恐ろしいほどの決定力を見せていた。
「縄張りの印じゃなく、狩りの跡とはね」
 理桜と誘霧と同じく、この傷に注目し気に掛けていたアーディルは納得しつつ、対応に苦慮していた。
「今度は、霊鎧の歌を……」
 空気を変えたのは、ファラリカの演奏だった。
 はっと気付く誘霧と理桜。
 うん、と頷き合うと、三人を援護すべくアヤカシ三匹が竜巻のように囲い込んで翻弄する外側から攻撃を仕掛けに行くのだった。

「ほぅ。縄張りかと思っていた傷にゃ、そんな秘密があったのか」
 村に戻り土産話をすると、某吾はそこに食いついた。
「あの……」
 横で、おずおずと由利江が聞いてきた。後に由果も隠れるようにもじもじしていた。
「仇は、きっちり取ってきたよ! 」
 若くて背の低い理桜が、由果に顔を向けて明るく言った。
 そして、鎌を渡す。
 柄にはもちろん「一徹」の焼印。
「おお……」
 鎌を受け取り泣き崩れる由利江。もちろん、きこりの斧も持ち帰っていた。
 しばらくして、由利江の横にアーディルが寄り添った。
「出来れば、亡くなった方の墓に手を合わせたい」
 無言で頷く由利江。先祖代々の墓に案内する。
「犠牲になった方に……安らかに眠れるように……」
 ファラリカの鎮魂歌が、風に乗る。
「それで……アヤカシはどうでした? この勢いで村に来るとかは?」
「いっぱいやっつけたのでだいじょーぶだと思いますっ」
 心配そうにする村長には、命が元気良く報告し安心させる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん。沁みるけど我慢!」
 由果は、誘霧の手当てをしてあげるくらい心の余裕を取り戻していた。明るく振舞う優しさを見せる誘霧。
「本当にありがとうございます」
 この様子に由利江は何度も頭を下げていた。
「仇討ち、か」
 この様子を、少し離れた場所でぼんやり見詰めるギイ。
「……死んでしまったら何もかも終わりなのにな」
 誰にも聞かれないよう、呟く。
(弱いままじゃ失うばかりさ。俺はそんなの……)
 ぎり、と拳を固めて背を向ける。
 ファラリカの鎮魂歌は、人々の心に染み入りながら流れ続ける。