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■オープニング本文 「ほぉう……」 貸本絵師、下駄路 某吾(iz0163) は思わず感嘆の声を上げた。 中型飛空船「万年青丸(おもとまる)」から見下ろす大地は風に波打つ緑の海のように、雑草が茂っていた。 いや、実際は波打つほど丈が長く茂っているわけではない。 生えそろわず土の見えるところもあるのだが、それがむしろ波のような表情となっている。 そして感心したのはそんなことではなく、広い広い大地が生命の息吹に満ちていることだった。 「去年の夏は魔の森だったのが、ついにここまで……」 風に吹かれてしみじみ言う下駄路。 大勢の開拓者が動員された合戦「武州の戦い」に勝利しアヤカシを一掃した後、国を挙げて残った魔の森を焼き払った。この時、下駄路は記録者の一人として火を入れ前の伐採整備をする開拓者を描いた。 焼け野原に残された木の根を返したりするのに、多くの牛馬やもふらさまが動員され、その牛を管理するため牛舎が設けられ、牧場計画が始まった。この過程の定点観測を、下駄路は引き受けた。 雇われた開拓者は飛空船発着場の地面を叩いた。まだ残っている木の根を返した。邪魔になるであろう燃え残りを牛などを使い集めた。そして、数合わせのため無理に動員され作業中になくなった老齢の牛に感謝しつつ、焼肉などにして味わった。 やがて、冬。 牛は気温が高いと搾乳量が落ちるため高所に構えたこともあり、牧場予定地は雪に沈んだ。作業は滞ったが、除雪をしつつ雪遊びをした。この場所ならではの楽しみだった。 そして、雪解け。 魔の森がなくなり飛来したキジ。人の生活圏に戻った証で、早速キジ狩りをして味わった。土筆などの春の味覚も探した。ついでに、神楽の都にある珈琲茶屋・南那亭と契約し牛乳の大口納入先も決まった。 「ようやく、だな」 思わず呟く下駄路。 いままで思い返した光景は、すぺて自分が絵として記録してある。 全て辛くも楽しい思い出だ。 「ええ。すでに放牧地の杭打ちや柵の設置も終わってますね。もう、放牧ができます。明日の朝が、記念すべき最初の放牧です」 すっと横に、万年青丸の持ち主で旅泰(りょたい)商人の林青(リンセイ)が寄ってきた。 「皆で整備した牧場です。牧場主の鹿野平一人さんは私たちや雇った開拓者、そして下駄路さんをわざわざ待って、記念すべき初放牧の朝を整えて待ってくれてたんです。……集まった開拓者も言ってましたが、嬉しいことですよね」 にっこりと言う林青。 「そうだな。……今回もばっちり絵にしてやらなくちゃな」 使命に燃え瞳を輝かせる下駄路だった。風が彼の前髪を揺らした。 そして参加開拓者とその朋友たちを乗せた万年青丸がみどり牧場に着陸するのだった。 さあ。 まずは寝て、朝を待って放牧だ。 |
■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
からす(ia6525)
13歳・女・弓
和奏(ia8807)
17歳・男・志
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
ロゼオ・シンフォニー(ib4067)
17歳・男・魔
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
泡雪(ib6239)
15歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 「ん……」 もぞ、とベッドで掛け布団が動いた。同時にふりん、と金色の狐尻尾が布団の端から顔を出す。 「ふふ。……私も遺跡探索やらでちょっと疲れたね。予定より少し寝坊したようだ」 この様子を同部屋のからす(ia6525)が黒髪に櫛を入れつつ見ては微笑んでいる。 ――モゥ〜。 外では牛たちの鳴き声。 「ふみゅ、牛さん鳴いてるの〜」 からすの背後でひょこっと狐の獣人、プレシア・ベルティーニ(ib3541)が顔を出しこしこしと目をこする。 ――コンコン。 「ああ、今開ける。どうぞ」 やがて響くノックの音にからすが立ち上がり扉を開けると、貸本絵師の下駄路 某吾(iz0163)が立っていた。 「よ、おはようさん。そろそろ朝の作業が始まるぜ?」 「ああ、行こう」 すでに着替えているからすが頷く。 「ふにっ、下駄路さんだ〜!! おはようなんだよ〜やほ〜♪」 「アンタは先に着替えような? ほれ、そっちはご主人様を着替えさせてやんな」 白い寝間着姿でぴょんこぴょんこ寄って来るプレシアに、下駄路は「相変わらずだなぁ」と苦笑しつつ、背後にふわりと浮いた羽妖精「オルトリンデ」に声を掛ける。 「……その必要はないかと」 「わ〜っ! ちょっと待て。今出るから」 きわめて冷静に言うオルトリンデの近くで、早速んしょんしょと寝間着を脱ごうとするプレシア。下駄路は慌てて外に出て背中越しに扉を閉め、「先に厩舎に行っとくかんな〜」と声を掛ける。 「朝はのんびりできないかね?」 「さあ、おーちゃん!! お仕事行くよ〜!! お〜!!」 ふふっ、と微笑するからす。隣ではプレシアが長い金髪をなびかせながらくるりんと回って着物に包まっている。おびをぎゅってして、手を突き上げてぴょいんとジャンプ。 「承知しました。……で、何をするのですか?」 「……ふに? ん〜、いっぱいあるから〜、みんなについてくよ〜♪」 金髪碧眼のオルトリンデが聞くと、にこぱ☆と答えるプレシア。 「まあ、そんなところだ」 すすっとからすを先頭に、朝の仕事に出掛けていく。 ● 「さて……。まずは牛に餌をあげつつ体調を確認でしょうか?」 厩舎では、紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が肩を回しつつ仕事に取り掛かろうとしていた。こういう姿が妙に似合うのは、働き者さんならではといったところ。搾乳作業は牧場の作業員がやっている。 「もふっ!! 今回もご主人様と一緒に頑張るもふ〜!」 その後ろを、ぴょんこぴょんこと跳ねて無駄に大張り切りの金色もふらさま「もふ龍」が続く。 「よ〜いしょ、と」 先が三つ又の農具を手繰り、干し藁をつながれた牛の前に散らばらせる沙耶香。 「大きいもふね〜」 もふ龍はこの作業ができないので大人しく見ているだけ。牛の大きさに目を丸めている。 別の場所ではメイド服姿の女性が同じ作業をしていた。傍では忍犬がはしゃいでいる。 「ふふふ。もみじ、走り回るのは放牧の時にね?」 顔を上げてくすり、と笑ったのは狐獣人の泡雪(ib6239)だ。元気のいい子犬の忍犬「もみじ」だったが、泡雪の言葉には素直に従う。というか、にっこり笑顔ではぅはぅと泡雪にじゃれ始めた。 「はいはい。仕方ないですね」 泡雪は、先が白っぽくなって赤いリボンが結んである尻尾をふりん、と揺らす。途端にこれにじゃれ付くもみじ。この隙に、淡雪は微笑みながら作業に精を出す。 別の場所では、牧場主の鹿野平一人とともに作業する姿もあった。 「ついに牧場になりましたか。鹿野平ご一家様には本当にお世話になりました」 「なぁに、世話になったのはこっちじゃい」 アナス・ディアズイ(ib5668)も礼を言いながらも手を動かしている。 「あっ。皆さん、お久し振りですっ!」 ここで、狼獣人のロゼオ・シンフォニー(ib4067)が大きな声を張った。 「おー、ロゼオさん久し振りだなぁ。って、あれ? 雪遊びした時はもふらさまは連れてなかったようだが……」 「あ、紹介するね。……最近、相棒になってもらった。もふらのアークスです」 ぶんぶん、と下駄路とプレシアに握手してたロゼオは我に返って、そばにいる大きな鈴を首につけたもふらさまを紹介した。 「もふ……アークスもふ。よろしくお願いしますもふ」 そのもふらさま「アークス」はささっとロゼオの後に隠れ顔だけ出すように話した。 「えーっと、人見知りの激しいちょっと年頃の女の子です」 隠れられて困りつつも、うまいこと紹介するロゼオ。 「ま、とにかく一緒に作業してりゃ仲良しになれるだろ」 「よぉ〜し、それじゃあ、牛さんにご飯をあげるんだよ〜!」 とりなす下駄路に、大人しくしていたプレシアが右手を挙げる。 「おはようございます。作業ですね? 光華姫も……」 ここで和奏(ia8807)と相棒の人妖「光華」もやって来た。 ところが。 「何よー。女の子の朝はとっても大切なのよ? それを早くから連れ出して、オシャレの一つも出来やしないじゃない」 「……いつもの格好じゃないですか」 「えーっ! 髪の毛はもうちょっと梳きたかったし、帯を選ぶ暇もなかったし……」 和奏がいつものようにぽそりと指摘すると、激しく光華から反論された。 「……では、具体的なお仕事を教えてくださいね」 「な、なによ。まだ私のこと『大きな虫』とかと勘違いしてるの? ちょっと、こっち向きなさいよ!」 和奏の無視っぷりに怒り心頭の光華だが、確かに仕事はしなくてはならない。 「よし、俺も仕事をすっかねぇ」 この隙に下駄路は筆を取り出し厩舎を回り始めるのだった。 「それじゃあ餌あげよか〜♪」 一方、干し藁を牛にやろうとするプレシア。 ってちょっと待ったプレシアさん。何で陰陽符「アラハバキ」なんか取り出してるんですかっ! 「よおぉぉし!! かまちゃんやっちゃえ〜!!!」 ごぉう、と鎌鼬状の式が干し藁を裂いた。斬撃符だ。切れた干し藁がはじけ飛んでぶっ散らかる。 「では私も……!」 主人を見習ったオルトリンデもおもむろに構えた獣刀に力を込める。スキルの白刃で一瞬の輝きを纏い、そのまま羽ばたき藁に突っ込む! ――ばっさー! またも細切れとなりはじけ飛ぶ干し藁。 「そうすればいいんですね?」 「よ〜し。見てなさい」 ああっ! プレシアの仕事を見て和奏と光華も何やら実力行使に出始めたぞっ! 「……周りを見れば違うと分かろう。その辺にするといい」 「ふえ? そのままでい〜の〜?」 運のいいことに、この集団にはからすがいた。静かなからすの指摘を受けて周りを見たプレシアがようやく納得し、がび〜んと尻尾と耳を立てていた。その横でオルトリンデがしゅんと羽根をしおしおにしている。さらにその横では間違った行動をしそうになっていた光華が振り向いたまま「う……」と真っ赤になっていたり。和奏は、ぽややんとそのまま。 「素直な者がそろったものだな」 ぼそりとそれだけ言って、からすも普通にえさやりをするのだった。 そして、下駄路。 「わ、私は絵の『もでる』など結構だ。そういうのはもっと……こう、見栄えのする方にお願いするのが宜しかろう」 「そっか? アンタも見栄えがするがね?」 皇 りょう(ia1673)の所に行って、紙を広げ筆を構えている。 「私のようなちんちくりんを絵にしても面白くはあるまい」 真っ赤になりつつなお否定するりょう。傍には彼女の朋友である霊騎「白蘭」がいる。ついでに朋友の朝の世話もしていたのだ。 「面白いさ。可愛がってんだろう? その白毛の牝馬。世話してる時の眼差しがいいし、白蘭だっけか? 馬も気持ち良さそうにしてるんでな」 「それは……そうだが。……うむ、これも仕事の内だというのなら。ぐむぅ……」 下駄路の褒め言葉に、赤面しつつも納得するりょうだった。いつもマイペースの白蘭も、何だか素直に喜んでいる風なのでついついブラッシングに励んでしまう。 「は〜い、そろそろ朝食ですよ〜」 やがて仕事の一区切りを告げる鹿野平澄江の声が響き渡るのだった。 ● さて、朝食を取ってから本格的な放牧の時がやってきた。 「ふむ……ここがかつてはあの魔の森だったとは。こうして目の前にしてもにわかには信じられぬ話だな。長い道のりと艱難辛苦があったのだろう」 りょうが白蘭に騎乗しまわりを見ている。 そう。ここが、大アヤカシ「大粘泥『瘴海』」どもと激戦を繰り広げた場所。 瞳を閉じ耳を澄ますが、もう戦いの喧騒は聞こえてこない。穏やかな風の音のみが響いてくる。 「よっしゃ。ほんじゃ、放牧するで〜」 一人の声が響いた。 厩舎の扉が開かれ、牛がぞろぞろと出てくる。 「こちらの通せんぼはお任せください」 アナスは放牧と同時にアーマーケースから駆鎧「リエータ」を展開。赤い服に映える長い金髪をなびかせ、いまひらりと操縦席に収まった。 「怖がらせないようにね」 「ガルルルル!」 からすはそっと相棒に言った。連れて来た黒色赤眼の炎龍「虎雀」は、主人の言葉に従い少し距離を取って腕組みして仁王立ち。牛がこっちに来ないよう見張る。時折、うんうんと頷くものだからえらく偉そうに見えるが、からす曰く「実は大人しい性格」らしい。 「好奇心を満たして満足しているだけさ」 隣にいた下駄路の視線に気付いて微笑する。 一方、賑やかなのもいる。 「よ〜し、いっくよ〜♪」 「頑張りましょう」 プレシアが金髪を派手に左右に振りなびかせ元気一杯に走って牛を追い抜いていく。オルトリンデも一対の純白の翼をはためかせ続く。 「アークス、僕たちも行こう。走るときっと楽しいよ」 「もふ。ロゼ兄、待ってもふ〜っ!」 さすがは狼獣人、ロゼオも元気に走り出した。内向的なアークスに、のびのびしてもらいたいという願いもある。今日はとことん、一緒に遊ぶつもりだ。アークスが慌ててついていく。 「もふ☆ もふ龍もついていくもふ〜」 「はいはい。もふ龍ちゃん」 元気なもふら様といえば、もふ龍。ぴょんこと付いて走り、これを温かく見守るように沙耶香がすらりと長い足で走り並ぶ。 「ふふふ。もみじ、いってらっしゃい」 「わふっ!」 羨ましそうに見ているもみじに気付いたもみじは、ゴーサイン。もみじは小さな体をいっぱいに使ってダッシュする。 「……牧場の仕事も大変ですね?」 「知らないわ、そんなのっ。でもとにかく追うのよっ!」 勘違いして走る和奏に、負けず嫌いの光華も続く。 「行くぞ、白蘭」 最後にはりょうが見事な騎乗で牛たちが余所に行かないよう、横を塞ぎながら走るのだった。 ● 「若葉の香りが心地好いな……」 高原の爽やかな風に洗われるまま、白蘭とともに見回りをするりょうは心身ともに穏やかだった。 「戦場に在る事が多い我等、こうして……ん?」 ぴた、と止まったのは遠くからメイド服姿の泡雪に呼ばれていたから。 「皆さんに順番に協力してもらってるんです。りょうさんもぜひ手伝ってください」 近寄ってみると、泡雪にそう説明された。何をするか聞いたりょうは「おお、それはいい」と乗り気になって、早速馬を降り手伝うのだった。 泡雪がこっそりと何を作っていたのかは、後の楽しみ。 場所は変わる。 「ふうっ。……丸太から切り出した板は無事に使ってもらえましたね」 アナスが泡雪に頼まれていた作業を終えて、次の作業を探していた。 すると、一人から呼ばれた。 「まだ柵で囲った放牧地は一つしかないんだ。草を休ませたりするのにもう一ついるから、すまんが柵用の丸太を切りそろえてほしいんだが」 「分かりました。リエータのチェーンソーの音が牛を驚かすかもしれませんから、もう少し離れましょう」 力強くアナスは頷くと、本格的に大きな音をさせることに配慮を見せ駆鎧を移動させた。すでに遠い森林から伐採した木はあるようで、これを似たような長さに切り分ける作業に専念するのだった。 「余れば、将来的に物置小屋などに加工できるようにしておきます」 「おおっ、ありがてぇ。気が利いて助かるぜ?」 にっ、と親指を立てる一人を見て、アナスは整った面立ちを嬉しそうに引き締め、再びチェーンソーの音を響かせる。 さて、その頃の下駄路。 「ん〜、牛さん……じーじ……」 牛が放牧地で牧草を食べ分けている様子をじーっと見てるプレシアを描いていた。途中で思わず何かを呟くプレシア。 「お? いま何か言ったか?」 「ふにっ、なんでもないよ〜!」 頭ぷるぷるして思い出か何かを振り払った後、「あっ、もふ龍さんもいるね〜☆ あとで美味しいもの食べたいんだよ〜!」と、通り掛かったもふ龍にほみゅほみゅついていくのだった。 「ん、仕方ねぇ。からすさんの所にいくか」 そんなこんなで、下駄路も場所を変える。「からすさんといえば……いや、まさかな」などと呟きながら。 「如何かな?」 そのからす、繊毛をひいて茶席を設けていた。もちろん茶を勧めてくる。 「やっぱり茶かい!」 「クッキーもあるよ?」 突っ込む下駄路に、涼しく言うからす。 「ではからすさん、光華姫にも……」 ちょうど和奏もやって来た。 「ほころびを直すなどしか手伝う作業を思いつかないのですが……」 「今はいいんだよ」 湯飲みを包みつつ打ち明ける和奏に、下駄路がそう諭す。 「それより、龍さんは牛が怖がるのでは?」 「何、虎雀も気にしてくれてるみたいだ」 ほら、とからすが朋友に視線をやる。 その先では、炎龍の虎雀が牛の横で真似して草を食んでみたり寝転がってみたりしている。ちょっと前までは警戒していた牛たちだったが、基本的に厩舎に守られ平和な暮らしをしていたのだろう、そのうち安心したようで気にしなくなっていた。 が。 「へえっ。のどかな感じだよなァ」 「あ、牛が逃げた」 光華が呟いたとおり、牛がビックリして逃げ散った。感心した下駄路が絵筆を取り出したとたん、虎雀がこちらに気付き身を起こして寄って来たのだ。そして下駄路の手元を覗き込んだあと、どん、と胸を張る。 「ガウッ!」 「後で描いてほしい、だって」 虎雀の代弁をするからす。 「今じゃねぇのか?」 「性格だろう?」 「どうして分かる?」 下駄路に矢継ぎ早に突っ込まれ、最後はにまっ。 「伊達に多くの朋友と契約してないさ」 今はからすが接客しているからかもしれない。 「え? 何、光華姫?」 その隣では、和奏が朋友の様子の変化に気付いた。 「一緒に行くなら、繁華な辺りへのショッピングが良かったと思ったけど……」 顔を真っ赤にして、もじっ、と身をよじっている。何かをねだっているようだぞ? 「今、作業はいいなら……」 立ち上がる和奏に、わあっ、と笑顔を見せる光華。 「それじゃ、後で描いてやっからな〜」 下駄路も行動を共にする。 ● 実は、放牧中も作業はある。 「遊んでばかりというわけにはいかないよね」 ロゼオが厩舎の中にいた。 「お? この仕事は俺たちでと思ったが、手伝ってくれるのはありがたい。よくこっちに仕事があるって分かったな」 「あはは」 作業員の言葉に照れつつ、一緒に牛のいなくなった厩舎の掃除を手伝っていた。 敷き藁を代えるなど、牛の居心地の良さに深く関わってくる作業だ。一斉放牧することで、いままでより格段にこの作業が楽になっている。 「ふも〜」 と、ロゼオの傍にいたアークスがそわそわしているぞ? 「ごめん。思い切り走り回って遊びたいんだね? ちょっと待ってて。これが終わったら、目一杯付き合ってあげる」 事実、ロゼオはその後に思いっきりアークスと走り回ってほかの人や朋友とも遊ぶのだった。 別の場所も賑わっていた。 「さて……放牧が無事にすみましたので……あたし達はあたし達の「計画」を発動しますか」 「発動もふ〜!」 厩舎の横で沙耶香ともふ龍がふふんと仁王立ちしていた。「一体、何?」といった感じで鹿野平窓香がのほほんと佇んでいる。 「その計画とは……牧場の一部をお借りして『菜園』を作ることで〜す☆」 「作るもふ〜☆」 じゃ〜ん、と手を広げる沙耶香に、ぴょ〜んと飛び跳ねるもふ龍。窓香はのほほんしながらぱちばちと拍手。 「というわけで、早速もふ龍ちゃんの力を借りつつ」 「ご主人様が作る野菜で美味しい料理……早く食べたいもふ〜☆」 もふ龍は、農具から延びる綱を背中に装着されると、早速大張り切りでぴょいんぴょいん大地を掻き始めた。 「料理長さん。後で台所も手伝ってね」 遠くからは、澄江にそんな声も掛けられたり。 さらに別の場所。 「畑を作るということですし、私は堆肥作りをしてみましょう」 泡雪が厩舎の裏で手を合わせ提案していた。 「ありがとうございます。汚れ仕事だけど、いいんですか?」 そこには鹿野平一景がいた。牧場側でも計画はあったものの、さすがにお客様の開拓者に手伝ってもらうわけにはいかないと考えていたようだ。 「いいんですよ。では、牛糞もあることですし、藁と混ぜつつ山積みにして醗酵させましょう」 「あ、直接の作業は自分たちでやるから。え〜と、ほかに……」 動き始める泡雪を気にかける一景。ここで、泡雪の頭が冴えた。 「それじゃ、木枠で囲って流れないようにしたいところ。あと、排水溝を掘って、汚水を流すようにもしませんとね」 「では、もう少しリエータも動くことですし……」 ここで、土木作業を終えたアナスがやって来た。ちょうどいいと先の丸太を板にするなど作業を始める。 「アナスさん、一緒に頑張りましょう。堆肥は時々かき混ぜて中に空気を入れて、臭いが気にならなくなって、カブトムシの幼虫やミミズがいるようになったら完成です」 それが畑に使われて、などと夢を話す泡雪。いや、夢ではなくそうするのだと楽しく作業に没頭する。 ● 場所はもう一度、放牧地に。 「わあっ!」 頬を染め、お目目キラキラでアップで迫っているのは光華である。 「やっぱりこういうことをさせると、和奏は最高よね〜」 和奏が牧場の花で編んだ冠を被り、気分は上々。 いや、それだけではなく牧場特有の小さな花を両手一杯に摘んで抱え、浮かんだままくるりん☆。もうお姫様気分で超ゴキゲンなのだ。この様子を下駄路が描いている。 「5月はちょうどお花の咲く季節ですし、寒くも暑くもなくて風が気持ち良いですね」 和奏はいつもの調子だが、やはり楽しそう。 「下駄路殿、上も絵になりそうだぞ?」 ここで見回りをしていたりょうがやって来た。差した親指は空の上。 「おっ?」 見ると、からすが虎雀に乗って高空を巡回していた。 「虎雀、急降下」 いや、すうっと降りてきたぞ。 そして弓でキジを狩った。見事な技である。 「弱ったな、いい場面ばかりじゃネェか」 これには下駄路も困り顔。 「牧場の花はよくよく気をつけて見ないと気が付かないほど小さいものが多いです。でも、沢山の花が一斉に咲くので綺麗ですねぇ」 りょうにも花飾りを贈りつつ、和奏が呟く。 そう。 みどり牧場は空に大地に、魅力がある。 「ふにっ、お昼ごはんっ。ものすごくいっぱいあってどれも美味しそうなんだよ〜!」 ここで、昼食を知らせるプレシアがやって来た。 沙耶香と鹿野平早苗の作った野菜炒めや焼き肉をたんと食べる。 「んん〜〜、美味しいんだよ〜」 プレシアはお稲荷さんをふるもっきゅして幸せそう。 「あとはチーズもここで作りたいですよね。それと、皆さん。後で……」 泡雪は今後を提案しつつ、にこにことそんなことを言う。 そして、食事の後。 「皆さんに手伝ってもらった看板が完成しました。下駄路さん、お願いしますね」 泡雪がいうと、せ〜の、で新たな看板が牧場入り口に掲げられた。 「こりゃいいな」 絵を描いたり飾りをつけたりした「ここはみんなの『みどり牧場』」と書かれた看板を中心に開拓者とその朋友、そして鹿野平一家が並ぶ様子を、ささっと下駄路が下書き。 「いい記念になるのぅ」 一人も、牧場の本格的な船出に大満足していた。 開拓者の笑顔も、同じく。 |