【浪志】酒盛りミラーシ
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/05 17:37



■オープニング本文

●浪志隊
 家の奥から、唸るような悲鳴が上がった。
 家屋を遠巻きにしていた野次馬たちがごくりと唾を飲み込んだ直後だった。ごろんと、血を散らして鬼の首が転がり、野次馬がわっと後ずさる。
「お騒がせ致しました」
 奥から姿を現したのは、東堂俊一とその一党だった。彼は刀を鞘に収めつつ、周囲を落ち着かせようと言葉を掛け、皆を引き連れててきぱきと後始末に手を付ける。
「事件を聞きつけてから一刻も経ってない」
「あの礼儀正しい振る舞いも、婆娑羅姫とは大違いだぜ」
 顔を寄せ、噂話に興ずる野次馬たち。婆娑羅姫というのは、森藍可などのことだろう。彼らの取り囲む前で、鬼の首はゆっくりと瘴気に還りつつあった。

●ミラーシ座
「良かったじゃないすか。東堂に組していたからこその、渡りに船です」
 薄暗い酒場で、もふら面の男が声を弾ませクジュト・ラブア(iz0230) に話していた。
「そりゃまあそうですが、完全に目論見は外れましたからねぇ」
 クジュト、元気なく酒を飲む。
 実は、天儀に移住し演舞の世界に踏み込んだ彼は「邪道」としてのけ者にされ、このふもら面の男の導きに従い独自の一座「ミラーシ座」を開拓者と立ち上げていた。既存の路線と若干性格を変えることで業界生き残りを図り、他の一座や旅館を「浪志組」として守ったことでその存在を無事に受け入られることとなった。
 しかし世の中うまくいかないもので、今度は「クジュトさんは浪志組だから」、「腕の立つ人には巡廻をしていてもらいたいしなぁ」など、褒め殺しの仕事日照りを食らっていたのである。
「クジュトさん」
 ここで、もふら面の男が口調を変えた。
「もともと東堂俊一に接触したのは、老舗が顧客をがっちり抱え込んで演劇業界に新参の割り込む余地がないから、だったはずです。東堂が若手の大貴族、近衛兼孝(このえ・かねたか)と親しくなっておきたいからと回ってきたこの宴席の仕事は、むしろ当然です。いい風が吹いてるんですよ」
 補足であるが、最近東堂はそんな動きをしているようだ。
「『も』の字さん、私はね……」
 クジュトも口調を変えた。
「もしかしたら、お座敷演劇界から爪弾きにされたのはむしろ好機じゃないかと思い始めているんですよ。……あ。いや、もちろん近衛兼孝関係者との宴席には出て盛り上げ、東堂先生の力になるつもりです」
「それじゃ、なんすか?」
「旅館や料亭ではなく、貧富を問わず広く路上で活動していくのがいいんじゃないでしょうか? 自由な吟遊詩人のように」
 どうやらクジュト、先の路上演奏が大変盛り上がったので、それを言っているらしい。
「私は故郷を捨て天儀に来て、その素晴らしさに感銘しました。……同時に、故郷の素晴らしさも天儀の人々の知ってほしい。故郷を捨てて異国文化にかぶれておいてから、故郷に愛着がわくなんてのも恥かしい話ですけどね」
「……ま、それもいいですがね。実際仕事日照りでしたし」
 一応納得するもふら面の男。
 が、ただし、と続ける。
「それはそれとして、せっかくの仕事ですから近衛関係者の宴席、盛り上げましょう。そして仲間と一緒に打ち上げで飲んで、話し合えばいいじゃないですか。仲間から『前より明るくなった』っていわれたんでしょう? もう、あっしも一度捨てられた業界へのこだわりはどうでもよくなりました。飲んで楽しく未来を話し合いましょう」
「ええ、そうですね。まずは近衛関係者の宴席を演劇と演奏で盛り上げて、それから飲みましょう」
 先ほどまでの曇った顔はどこへやら、明るくクジュトは言うのであった。


■参加者一覧
エメラルド・シルフィユ(ia8476
21歳・女・志
レートフェティ(ib0123
19歳・女・吟
ニーナ・サヴィン(ib0168
19歳・女・吟
リスティア・サヴィン(ib0242
22歳・女・吟
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
滝夜叉(ib8093
18歳・女・ジ


■リプレイ本文



鬼が来〜る来る、鬼が来る〜
豆はまいたか! 福は呼んだか!
お〜には〜、そ〜と〜


 料亭の座敷で、ミラーシ座のクジュト・ラブア(iz0230)が女形としてつつつ、と歌い踊っていた。いま紙吹雪をばっと放った。ウードを奏でるリスティア・バルテス(ib0242)(以下、ティア)の演奏も情緒を残し終わり、クジュトの切った見栄を際立たせる。
「おお〜っ」
 満場の拍手が打ち鳴らされた。
「いやあ、素晴らしい。伝統を大切にしつつ、新たなものを取り入れている」
「そうですな。他儀の方がここまでなさるとは。伝統だけに縛られると停滞します。新たな風をいれるとこうまで違う。まさに『鬼としてではなく、福として呼び込む』ですな」
 東堂俊一と若手の大貴族である近衛兼孝はいないが、それぞれ浪志組東堂一派と近衛派貴族一派がそう言って杯を重ねている。特に貴族側の機嫌がいい。
「それに、神楽の都を守る浪志組というのも新しくていいですな」
「ありがとうございます。市民の笑顔に直接触れることができるので、それがやりがいになっています」
 双方ともかなり親交を深めている様子だ。
「うんうん、人の為に働くって大変よね。お疲れ様のもう一杯♪」
 そんな中で、華やかに波打つ金髪のポニーテールが踊る。
 ミラーシ座舞妓のニーナ・サヴィン(ib0168)である。
「そう。我々の剣は世の中のため。美人さん。アンタ、分かるねぇ」
 ぱっちり目を開けて話を聞いて頷いたと思えば、淡く瞳を翳らせお酌をしたり。小鳥のような可愛らしさで、傍で話す男どもの口も弾む。
 他でもどっと話に沸く一角が。
「いやー。さすが次代を担う若き貴族様たちでござる。浪志組と懇談して民草隅々までの様子を心配してくださるとは」
 くるくる回る口で場を盛り上げているのは、紋付羽織袴姿で両手に扇子を持つ霧雁(ib6739)。この男も美形である。
「アンタも座長さんと一緒で女形の舞妓さんかね?」
「これはご慧眼。いやーお見事! 流石にござる! そのうち披露するでござるが、いまは今宵のお祝いを。何とめでたい! ささ、祝い酒にござる」
 どんどん酌をする霧雁。
「しかし、世の中は変化を好まぬ者もいるでなぁ」
「そうもあるでござるが、笑う門には福来る! スマイルスマイルにござる!」
 難しい顔をして飲む貴族もいるが、霧雁は幇間として頑張るのだった。
 その頃、宴席に続く控えの間で。
「クジュト。私が剣しか能のない女だと思ったら大間違いだぞ?」
 エメラルド・シルフィユ(ia8476)が、戻ったクジュトにキリッとして宣言していた。ミラーシ座では剣舞ばかりを披露していたので思うところがあるのだろう。
「よし、エメラルド。俺と一緒に次、行くぞ?」
 ここで、滝夜叉(ib8093)がエメラルドを呼んだ。
「宴とくれば、舞い手として踊らねばなるまい? 得意の剣舞で合わせてくれ」
 滝夜叉、ジプシークロースを用意している。
「……あ、ああ、いいぞ。ま、まかせろ。私はそういうの得意だぞ」
 ああ、エメラルド。やっぱり剣舞で行くのね。
「それじゃお客さん方、異国の舞でも楽しんでくれ」
 そして宴席へ。クジュトも奏者として追うのだった。
「よしっ、ティア! 演奏だ! ヤケになってなどいないぞ! どうせ私には剣しか取り得がないのだ!」
「はいはい。それじゃ、あたしの曲を聞けーい!」
「おお〜」
 場は再び拍手がわき、宴は盛り上がるだけ盛り上がったという。


 そして、場所はどこぞの居酒屋の奥まった一室。
「霧雁さん、良かったですよ」
 陽気なクジュトの声がもれ聞こえる。
 襖の奥では、ミラーシ座が先ほどの宴席の打ち上げをしていた。卓には空になった鍋や串が残されている。
「まさかジルベリアのダンスを披露するとはな」
 エメラルドがくいと慎重に飲みつつ話を継いだ。凛々しい顔のままである。
「拙者は愉快なシノビでござるから、愉快なのが一番でござる」
 霧雁、涼しい顔をして言う。もちろん飲んでいるのだが。
「しかし、貴族さんたちには『女形をする』と言ったらしいな。それでジルベリア風だったからな」
「そうそう。貴族さんたちのぽかんとした顔といったら」
 滝夜叉がかぱっと空けて言うと、頬をほんのり染めたニーナが目尻に涙を浮かべつつ笑った。
「まあ、それが既存の業界から煙たく見られる理由ですが、やっぱり型にとらわれず自由にやるのはいいですね。お客さんもいろんな素顔をしてくれる」
「クジュトもニーナと踊ってお疲れ様。私も楽しませてもらったわ! またやりましょうね!」
 気持ち良さそうに笑うクジュトに、ティアがお酌する。
「もちろんですよ、ティアさん。それにしても、ニーナさんとは息もぴったりでしたね?」
「そりゃ、ニーナは妹ですからね」
「そうよね、リスティア姉さん。……ただねー、クジュトさんがねー」
 ティアにお酌をしてもらったニーナは、じと目でクジュトを見た。確かにティアのニーナの息はピッタリだった。ティアのヴァイオリンを引き立てるようにうまくニーナが舞い、ティアもそれと分かり存分に腕を振るったから。だが、途中からニーナに誘われ踊りに加わったクジュトはそうではなかった。
「な、何ですか。ニーナさん」
「もうちょっと乗ってくれてもいいんじゃないかなー、って」
「そういえばクジュトさんは若干乗りが悪かったでござるな。拙者のように、ほっ、はっ、と……」
 狼狽するクジュトにいじけてみせるニーナ。霧雁もそれは感じたようで、立ち上がると宴席でしたようにドレス「黒薔薇」の裾をひらひらさせて踊る振りをした。実は霧雁、化粧も美しくシックに黒いドレスで決めて、世界が世界ならフレンチカンカンと呼ばれる踊りを披露したのだったり。今は普通の男装に戻っているが。
「クジュトは霧雁とは違って動きにくい天儀の着物で固めてたからね」
 ティアが酌をして回りながら庇ってやる。
「それならこうして動きやすいようにすればいいじゃない」
「わーっ、ニーナさんっ!」
 ニーナ、ぐいっとクジュトの襟元をはだけさせる。とはいってもすでに男装に戻っているが。
「でも、踊る最中にばっと衣装が早変わりってのはいいかも」
「クジュト貴様っ、それは破廉恥であろうっ! それに霧雁、ダンスはいいがあの格好でその……下着をだな……」
 ふむ、と考えるクジュトにエメラルドが突っ込んだ。ついでに霧雁にも。
「拙者、どろわーずなる長い下着とすとっきんぐを履いて生足を見せなかったでござる。下着姿より素肌の方を恥らうものでござるしな」
「いや、しかしだな……」
「はいはい。エメラルドと滝夜叉もよかったわよね」
「そうそう。滝夜叉さん、笑顔が素敵だったじゃない」
 エメラルドにもお酌しつつ、話題を変えてやるティア。ニーナもこの話題に乗って盛り上がる。
「ああ、我が家に伝わる舞だからな……。うん……問題ない。これでいいのだ……」
 エメラルドは杯にじっと視線を落として呟く。ゆらぐ水面に自らの緑の瞳が映る。
「剣舞以外でちゃんとできたのか?」
 と聞いてきたような気がした。
 くい、と飲み干すエメラルド。味が染みるのか顔が歪む。それをみてティアがまた注いで来る。
 一方の滝夜叉。
「道場破りの時はどーも、だな」
「ははは。……でも、あそこまで舞うとはさすがです」
 かちん、と乾杯する滝夜叉とクジュト。年末にはそういうこともあった。それより今は、ジプシークロースでの見事な舞に話を戻す。
「ジプシーだからな。自由な雰囲気なのがよかったんじゃないか?」
 ニーナの指摘した「笑顔」が、スキルだったりするのは内緒。席を回りつつ、鞭「インヴィディア」で遠くにあった銚子を絡めて引き寄せた手品も即興で披露したり。実はこれもスキルの「マノラティ」だったりするが。
「客の中には二回目の人もいたんですが、今までとは違った雰囲気で満足してもらったんですよ」
「へえ。そりゃ何よりだ」
 クジュトが内心心配していたことを話す。滝夜叉もそう聞けば気分はいい。ティアに酌をしてやり、自分も飲む。ティアもそれを満足そうに干すのだった。


「そういえばティアさん、お酒はどうなんです?」
「私? お酒は好きよ。だけどそれほど強くは無いの。酔うとどうなったか覚えて無いしねー」
 頬を染めたクジュトが身を崩しながらもティアにお酌した。ティアの方は「あははははっ」と笑いながら受けて飲み、クジュトに注いでやる。
「エメラルドさんは?」
「ん、酒は好きだぞ。ただ、なんというか……まあ……」
「それじゃ飲みなさいよ。エメラルド」
「ティア! 無理はせんぞ。ほ、程ほどにだ!」
 クジュトに答えるとティアが笑いつつ酌をしたので、仕方なく受けるエメラルド。すでに赤くなっているのではあるが、まだ威厳は保っている。
「霧雁さんは?」
「酒は美味しいでござるな。じっくり味を楽しむのがいいでござる」
 クジュトが聞くと、霧雁はにこやかに。
「それはそうと、女性の如く振る舞うコツなどお聞きしたいでござる」
「あらぁ、霧雁はそういう趣味〜?」
「ここには女装好きの男が多いわよね〜、姉さん」
 霧雁の言葉にティアとニーナがひそひそひそ……。
「違う出ござるぅ。拙者は特に女装が好きと云う訳ではござらぬがシノビとして興味があるのでござる」
 一瞬、幇間らしくとぼけてみたがここは真面目に言い切った。
「一緒においおいやっていきましょう」
「そうだ、それがいい。……それより、滝夜叉。貴公、剣舞もなかなかよかったな」
 のんびりしたクジュトの返事に力強く頷き霧雁を納得させるエメラルド。ついでに、滝夜叉が少しやった短剣二本での舞を褒めた。
「まあ、戦うのは短剣や鞭を使うからな」
 エメラルドの酌に、かぱっとあける滝夜叉。相当いける口みたいである。
「そういえばニーナさん、飲んでます? お酒はどのくらいいけるんです?」
「はいはい、クジュトさん。飲んでる飲んでる。お酒には強いわよ♪」
 私、基本的に酒場吟遊詩人だからねと答えるニーナ。くすくす笑っているのは、クジュトが「へ?」と初めてニーナを見たような顔をしたから。はだけた服の襟が肩からずり落ちたり。
「あ〜あ、クジュトさんったら……。ふふ♪ 可愛い一面見ちゃった♪」
 よしよし、と崩れた服を直してやる。
「う……。それよりこれから皆さん、ミラーシ座の活動はどうしましょう? 今日みたいなお座敷を盛り上げるのもいいのですが、先日路上演奏したのも自由な感じでとても気に入ってるんです」
 照れたクジュトは話を変えて聞いてみた。
 もしかしたら、今言った状況がなかったら今日ここまで気持ちよく酒を飲んでふらふらになっていなかったかもしれない。
「それは座長が決める事だと思うわ」
 きっぱりと、ニーナが言った。途端に、一人ぼっちになったように寂しそうな顔をするクジュト。
「ニーナ?」
 素面の滝夜叉が心配して声を掛けたが、ニーナは揺るがない。
「私達吟遊詩人は何者にも縛られない存在だもの。気に入らなきゃ出て行って、気になったら戻ってくる」
 ニーナの言葉に、さらにしゅんとなるクジュト。
 これを見て、「仕方ないなぁ」とクジュトの頬に手を伸ばし顔を上げさせるニーナ。
「ジルべリアの風よりもアル=カマルの風の方が自由に感じたのは気のせいかしら?」
 くす、と笑ってみせる。「私はクジュトさんが面白そうな事をするなら、また顔出しにくるわよ♪」ともささやく。これで、クジュトの顔に安堵の笑みが戻るのだった。
「そうそう。この間は盛り上がったわよねー♪ あれはあれでいいと思う。……って、どうしたのよ? 他に悩み事でもあるの?」
 今度は別の方からクジュトの顎に添えられる手が伸びた。そのまますいっと向きを変えさせる。
「おねーさんになんでも相談してみなさいって。ね?」
 ティアだった。「ほら」と酌をして酒を促す。
「実は、お座敷の老舗の方から褒め殺しにあって仕事日照りで、もう今晩の関係の客以外からは仕事が入りそうにないんです」
 飲んで、情けなさそうにクジュトが言った。
「いいよの。ニーナが言ったとおりだから。自由に面白いことをやっていけばいいと思う。場所は変わってもミラーシ座で、楽しく歌って踊って飲めるなら」
 実はティア、笑い上戸である。もう、それは皆にうすうすばれてしまった。
 が、今の笑顔は酒の影響ではない。酒で少しつぶれている中のいつもの笑顔を感じ、クジュトの心はほだされた。
――どだん!
 ここで机が叩かれた。
 エメラルドである。
「そーだ。私が剣以外もできることをまだ証明してないしな」
「ああもう。エメラルドさん胸元まで真っ赤じゃない〜」
「こ、こらニーナ。襟元を覗くんじゃない」
 勢い込んだエメラルドはもう随分回っているようで、いつの間にか顔どころか胸元まで染まっていたり。
「気持ちよく舞えて酒が飲めるならいうことなしだな」
「ハッハッハ。拙者のリュートの腕はまだ披露してござらんしな」
 嶽御前と霧雁が言うが、こちらはまったく酔った様子がなかったり。
「ありがとう……」
 クジュトは感極まってくいっと飲んだ。そして改めて乾杯するのだった。


 さて、もう夜もかなり更けた。
「クジュト、あたしにアル=カマルの音楽教えて」
「ん……、もちろん」
 酔っ払ってダウンしたクジュトに、同じくふー、こてん、って気持ちよく寝てしまったティアが抱きついた。
「あー、もう。姉さんもクジュトさんも……」
 二人を見て仕方ないわねーと言いつつ、ニーナも座敷にごろん。目はすでに眠気でとろんとしている。
「それにしても本当に変わった……というか今が本当のクジュトさん、なのかしら? 初めて会った頃はどこか寂しそうで、何かに怒っているみたいだったのに」
 そっと語り掛ける様に呟く。クジュト、反応がない。ティアからは寝息。
「故郷の文化を天儀に伝えたいって思えるようになったのね。故郷を捨てたように見えたから……少し悲しいなって思っていたの」
「う……」
 奇跡的に反応したクジュト。しかし、睡魔には勝てないようで。
「これからも色んな顔見せてね♪ 座長♪」
 とはいえ、ニーナもすでに睡魔には勝てず。そのまま可愛い寝息を立て始めた。
「霧雁、きさまぁ……。さては『酒笊々』を……」
 こちらは机に突っ伏すエメラルド。とうに酒に潰れていたのだが、何故かここでうわごと。すぐにぎりぎりと歯軋りが聞こえるのだが。
「鋭いでござるな」
 霧雁、苦笑する。
「さて、ぐだぐだになったクジュトも拝めたし。後でからかうこともできる。霧雁はどうする?」
「酔いはともかく、寝るでござるよ」
 それだけ言って部屋の隅に移動すると、ピンクの長毛に覆われた尻尾を抱き丸くなって寝てしまった。可愛い姿である、といえば彼に怒られてしまうか。
「まあ、楽しくやれたな」
 部屋は朝までいいと店から言われている。
 最後に、満足そうに酒を手酌する滝夜叉であった。