チョコレートサキュバス
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/07 22:21



■オープニング本文

 チョコレート・ハウスは空の上。
「よしっ。アヤカシ『怪鳥』は偵察隊で倒したよっ」
 中型飛空船『チョコレート・ハウス』は、泰国南部から天儀の神楽の都にチョコレートを輸入している交易船である。現在、二月中旬の大量消費時期を控えて天儀にチョコレートをたっぷり空輸している最中。艦長は、いま滑空艇「カンナ・ニソル」で戻ってきたコクリ・コクル(iz0150)だ。
「……そりゃいいが、コクリの嬢ちゃん」
「何、八幡島さん」
 甲板でコクリの帰りを出迎えた大男・八幡島が難しそうな顔をする。ちなみに彼は副艦長で操船部門の総責任者だったりする。
「あんまり艦長自らが偵察に出るのは、好ましくねぇんだがなぁ」
「ごめんなさい……」
 八幡島の言葉に素直にしゅんとするコクリ。飛び立つときと返ってきたときの笑顔の輝きを見た後でこの表情をされると、八幡島としても辛い。困ったもんだと頭をかく。
「まあまあ。コクリのお嬢さんも飛空船全般のことを理解していた方が、乗組員の心を掌握できるいい艦長になりますから、勉強だと思って……」
 見かねた八幡島の部下が慌てて二人を取り成す。
「バッカ野郎! コクリは艦長だ。艦長と呼べっ!」
 こっぴどく叱っておいて、「まったくよぅ」とかぶつぶつ言いながら下がる八幡島だった。
「ごめんなさい。ボクが原因で怒られちゃって……」
「いいんですよ。今のは照れて、わざとひどく怒ったんですから」
 ばつの悪そうにするコクリに、乗組員男性はきししし、と笑って答える。
「実際、コクリのお嬢さんは籠の鳥じゃないスしね。たまにはこう、羽根を伸ばさないと」
「ありがと」
「いいってことスよ。俺たち、いつも同じ顔ばかり合わせて操船してるから、コクリのお嬢さんやショコラ隊のみんなを見てると本当に新鮮な気分で楽しくなってくるんスから。……チョコレート・ハウスに乗ってる時は、いい笑顔でいてくださいよ?」
 そういってコクリに別れを告げる乗組員男性だった。そんな様子に、コクリは笑顔を取り戻すのだった。
 と、ここで一緒に偵察に出たショコラ隊メンバーや留守番をしていた仲間に呼ばれる。
「そうだね、見張りは交代。……ボクは、八幡島さんに怒られちゃったから極力艦橋にいるか艦長室で大人しくしてるよっ」
 そう言って滑空艇を片付けようとするコクリ。
 ふと、ここで動きが止まった。
「そういえば、チョコレートを搬入した町では夢魔っていうアヤカシが出たんだって。ボクたちも夜とか気をつけないとね☆」
 にこっ、とコクリは言うのだった。

 こうして、チョコレート・ハウスの一夜が幕を開けるのだった。

 なお、夢魔はまたの名をサキュバスという。
 吸精、変身、魅了、錯乱、嘘、悪夢を駆使してくる、非常に慎重で姿を見せにくいアヤカシである。


■参加者一覧
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
猫宮・千佳(ib0045
15歳・女・魔
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
ファムニス・ピサレット(ib5896
10歳・女・巫
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫


■リプレイ本文


 太陽が随分と傾いてしまった空にて。
「夢魔か」
 ロック・J・グリフィス(ib0293)が朋友の俊龍を駆り飛行していた。駿龍の名は、「J・グリフィス3世号」、又の名を「流離(サスライ)」という。ロック自身も流離と随分さすらって来たが、夢・未だ途上。
 そして今は、中型飛空船チョコレート・ハウスに先行し、偵察任務に出ている。
「サキュバスが町に出たっていうコクリちゃんの言葉が気になるよね」
 物思いに耽るロックに、艦載滑空艇を借りた新咲 香澄(ia6036)が並んだ。
 コクリ・コクル(iz0150)から聞いて念のために艦内を捜索してみたりもした。朋友の管狐「観羅」と一緒に。
「もう一度聞くけど、観羅は何もおかしな物を見なかった?」
「飛空船はいいな。入り組んでてとても居心地がいい」
「ちょっと、観羅っ!」
「冗談だ。特に奇妙なところはなかったな」
 香澄は観羅を呼び出すと捜索内容を再確認するが、やはり芳しくない。
 ここで、観羅がくるんと真っ白でふわふわな三本尻尾を振って横を向いた。
「船の方も少々気にはかかるが、今はこの任を全うするとしよう……ん?」
「クェェェ」
 ロックの方も、流離の様子がおかしくなったことで気付いた。
「敵だね。あんな鳥はまずいないから」
 不敵に香澄が睨みをきかせる先には、四羽程度の恐ろしい形相をした大型の鳥がいた。アヤカシの怪鳥である。
「そうだな。あの程度ならば二人で十分だろう。行くぞ、流離!」
 ロックが向きを変え騎槍「ドニェーストル」を構え直し、香澄が火輪で先制する。
「む。突破する気か?」
 先行し流離の火炎などで止めたロックだが、引きつけ倒したのは2羽だけ。後は真っ直ぐ船方面に向っていた。
「任せてっ! 船にはこれ以上近づけさせないよっ!」
 振り返るロックが見たのは、瘴刃烈破で忍刀「風也」に黒い靄を纏わせた香澄が直接襲ってきた最後の敵をこれ幸いに返り討ちにしている姿だった。

 その頃、チョコレート・ハウス。
 秋桜(ia2482)が、艦載滑空艇の慣熟飛行を兼ねて艦周りの偵察に飛び立っていた。
「うおっ! 熊が飛んでる」
「コクリのお嬢さんのお仲間さん、今回も面白い人がそろってるなぁ」
 乗組員が口々に言うのは、秋桜が耐寒も兼ねて「まるごとくまさん」を着こんでいるから。
「もし目撃されたら『空飛ぶくま』という怪談になりかねない気はしますが……」
 気持ち良さそうに風に乗る秋桜はそんなことを言うが、いやもう「変わった人」呼ばわりされてますってば。
「とにかく暗視でアヤカシがいるか……いた」
 あっさりと、風に乗り左舷方面から高速で漂ってくる不定形アヤカシ「雲骸」を発見した。
「すっちー、コクリ様に伝言を」
 ごそごそと器用に胸元――彼女の胸元は「抑圧不可の果実 」と称されるらしいが、これは余談――からひな鳥のような小さな迅鷹「鈴蘭」を出してやると空に放った。すっちーは飛び立つと「ぴ」と高速飛行で急ぐのだった。
「秋桜さん、どうします?」
 ここで、一緒に偵察に出ていたファムニス・ピサレット(ib5896)がやって来た。騎乗は駿龍の「ぴゅん太」。
「援軍を呼びましたから大丈夫です。……すっちーがちゃんと伝えれば」
 大丈夫かな、という気もするが、そのすっちー。
「ぴ」
「いたたっ……。あっ! ショコラ隊、全力出撃っ!」
 中型飛空船チョコレート・ハウスの甲板でコクリが叫んでいた。
 すっちーがコクリの頭に乗りぐいぐい敵の方を向けたのですぐに敵を発見したのだ。
「行くわよっ、セルム!」
 アーシャ・エルダー(ib0054)が反応良く駆け出し、鷲獅鳥「セルム」に騎乗し飛び立った。ブロークンバロウを勇ましく構えつつ、敵方面へと優雅に高度を下げる。
「はぅ。アルス君、起きるのですよ!」
 寝ている朋友、桜色の鷲獅鳥「アルスヴィズ」をぺちぺち叩いているのは、ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)。緊急事態に一体何やってんですか。
「うに。行ってくるにゃね」
「千佳さん、頼むねっ」
 猫宮・千佳(ib0045)も軽やかに朋友の甲龍で飛び立っていく。
 それはそれとして、ネプは朋友を起こすことに成功したようだ。
「は、はぅぅ!? 痛いのですーっ!」
 寝起きは機嫌が悪いようで、嘴で突っつかれているが。
「後は……」
「巫女の嶽御前。よろしくお願いします」
「うんっ」
 見回すコクリに、修羅の嶽御前(ib7951)が丁寧に言ってから駿龍「暮」で空に舞う。
「アルス君、自分勝手に動くですよ〜!」
 同時にネプも空に。やる気になったら一直線な朋友らしい。
「よし。これで……」
 コクリは改めて戦況を見る。
「近付いてみなさいよ。帝国騎士の一撃で一気に葬ってあげるから」
「はうっ! アルス君〜!」
 アーシャ叫びとネプの悲鳴が響く。片や猛る朋友に乗りハーフムーンスマッシュで得物を振り回し、片や暴れまわる朋友に振り回されている。
「はぅ。腕はなまってないですね」
 秋桜はまるごとくまさんの手で器用に手裏剣「鶴」で雲骸を攻撃している。
「うにゃ〜っ!」
「来ないで……下さい……」
 甲龍に攻撃させる千佳の声が響き、ファムニスはおどおどしつつ派手に白霊弾ぶっ放し。ぴゅん太にも噛み付かせている。
「まとめて瘴気の塵となりなさ〜い!」
 再び響くアーシャの声。
 格下の雲骸少数相手に圧倒するのだった。
「おや」
 ここで嶽御前が不思議そうな声を上げた。
「後で報告じゃの」
 首を捻るが、ともかく皆と一緒に撤収するのだった。
 艦首方面からはロックと香澄も戻ってきていた。


「瘴索結界を使ってみたが、妙じゃったの」
 嶽御前が甲板でコクリに話している。
 曰く、「艦内後方広範囲に瘴気の反応があった」。
「あ。ファムニスも、それは感じました……」
 胸の前で両手を組み合わせてファムニスも同調する。
「え〜っ。どういうことだろう?」
「コクリちゃんただいまにゃ〜っ♪」
「先にコクリ嬢が言っていた夢魔だろうな……ここには素敵なお嬢さん方ばかり」
 驚きの声を上げるコクリにがしりと抱き付く千佳はいつも通りとして、ロックが言う。そして言葉を区切って周りを見渡し、ネプも含めたような視線で見る。
「な、なぜ僕を見るですか」
「……それに化けられでもしたら、少々抗うのに苦労するかもしれんな」
 ネプの異議申し立てを無視して言い切り微笑するロックだったり。
「夢魔? ファムニスはある素敵な人に『君は夢魔の様だ……昼夜のギャップが堪らないよ、フフッ』って言われた事があるんですが、どういう意味なんでしょうね」
「それは夜が楽しみですねぇ」
 ぽややん、として言うファムニスには、秋桜が突っ込み。
「んー、こうなるとオチオチ寝てもいられないね。しかも誰かに化けるかもだし」
「そんなアヤカシと知らずに一晩一緒に過ごすのはぞっとしますね〜」
「う〜ん。って、アーシャさんっ」
 考えを巡らせる香澄に、コクリをはぐだきゅ〜するアーシャ。慌てるコクリ。
「だったら、お仕事終わったら一緒に寝るにゃ♪」
 千佳は名案♪とばかりにぴぴんと猫ひげを立てるような笑みでコクリを見る。
「ふぅむ。瘴気を薄く散布して隠れているのを隠しておるのじゃろ」
「それより寒かったのです……あったかい場所、探すのです」
 首を捻る嶽御前に、艦内へ一目散するネプ。っていうかネプさん、その格好女性の薄着と変わりませんからっ。
「そうだね。夜になる前にみんなで一応、艦内を捜索しておこう」
 コクリの号令に皆が動き出す。
 少々能率的ではないが、ここは念のために全員一緒だ。
 しばらくしてコクリが声を上げた。
「何やってんの? ネプさん」
「はぅっ! 機械がいっぱいなのですー♪」
 どうやらネプは機械室がお気に入りの様子で。
「改めてコレがアヤカシかどうか確認しておくかの」
「嶽御前さんひどいのですっ」
 閑話休題。
「夢魔に変身能力があるのなら、何か合図を決めたほうが……」
「そうですねぇ」
 アーシャと秋桜がそんな話をしながら扉を開けた。すると、中からおいしそうなにおいが。
「チョコレート……」
 途端にうるるん、とするファムニス。どうやらチョコレート倉庫だったらしい。
「世が騒がしかったり、カップルが増えたと思ったら、ばれんたいん、なるイベントがありましたね……」
「バレンタインのチョコレートは愛と希望が詰まっています。もちろん愛する夫には、私の甘〜い愛でいっぱいのチョコレートをプレゼントするのですよ♪」
 恋仲いないから忘れてたな感じの秋桜に、きゅ〜んと胸の前で両手を組んでうっとり伸び上がるアーシャ。秋桜のほうは「もちろん、夢を届けるお仕事。完遂しなくてはっ」などと拳を固めたり。っていうか、いつの間にかまるごとくまさんからメイド服に着替えてるし。
「……そうですよね。ファムニスも憧れの人にチョコを渡して、その後優しく抱き締……きゃーきゃー!」
「ちょっと、ファムニスさん痛いよ」
 たっぷり妄想して真っ赤になったファムニスに、ぺしぺしとばっちりで叩かれるコクリだったり。
「ともかく、ここにもいないね」
「ここは空の孤島、易々と侵入されてるとは想えんが念の為だ……夜も警戒しよう」
 香澄とロックが頷きあう。
「うに、あたしは猫さんだけど猫目じゃないのが難点にゃー」
「はぅ! サムライになった僕の力、見せる時がきたのです!」
 その背後で、ねこみみ頭巾を被る頭を垂れて千佳がしょんぼり。隣ではネプが深夜に備え自分の狐尻尾を抱きしめ丸まりすやすやと眠りだす「爆睡」をはじめた。ちなみに艦内通路は夜に蝋燭がつきますよ、千佳さん。ついでに、船室に戻って寝てくださいね、ネプさん。
 とにかく、さすがに出港時に乗組員が艦内確認して異常を発見できなかっただけに、簡単には見つからないのだった。


 そして、夜。
 場所は船長室。
「これでよし、と」
「コクリちゃん、お仕事終わったにゃ? 一緒に寝るにゃ♪」
 白い寝間着姿で航海日誌をつけ終えたコクリに、枕を抱いていた千佳がぴょんと跳ね起きうにゅ〜と抱きついて来た。姿はマジカルにゃんこ寝間着姿。
「いや。念のためにボクも見回ってくるよ」
「あたしも行くにゃ」
 こうして通路に。
「あら」
 すると、嶽御前がいた。やはり白い寝間着に着替えているが、額には修羅の特徴である小さな角のほかに前天冠「横玉」が輝いている。
「失礼します」
 それだけ言うと、印を組んで術を唱えた。解呪の法だ。
「……魅了されとるかもしれぬので」
 どうやら大丈夫な様子。
「他の人は?」
「ロックさんと香澄さんが巡回中で、ネプさんがそろそろ起き出すころ。ファムニスさんが交代でおねむで、秋桜さんは完徹を使って寝ずの番をしつつ、いろいろ仕掛けるそうじゃの」
「アーシャさんはどうしたにゃ?」
「む……」
「手分けして探そう」
 こうして三人が散ることになった。

 さて、ファムニス。
「夜のお手洗いにもいったし、後はしっかり寝るだけなんだけど……」
 船室の寝台で、もぞりと寝返りをうつ。
 眠れない。
――ぎぃ。
 ここで誰かが入ってきた。ぎしり、と近寄ってくる。手が顔に伸びてくる気配。
「はっ!」
「これは失礼を。起こしてしまいましたか?」
 目を開けると、同室の秋桜がいた。乱れて白い寝間着姿が出ていた掛け布団を直そうとしていたのだ。
 ほっ、と安心したのもつかの間。秋桜はにっこり妖しい笑みを浮かべた。
「それとも、イケナイ想像をして寝付けなかったとか?」
「そんな……」
 ここではっとするファムニス。夢魔かもしれない、と思うと勇気を出して憧れの人の真似をしてみた。
「ううん。そうです……体が火照ってるんです。お、おいで……子猫ちゃん」
 この様子に、秋桜のほうは「おやっ」という表情を浮かべたが、乗ってきた様子。首根っこに回された両手が導くままゆっくりと上体を下ろし体を合わせた。
「こ、怖がらないで……ほら」
 まるで迷子の小鹿のように震えながら、それでも精一杯、いつも誰かさんにやられているように真似して応戦。顎を小さく上げてキスをねだる……ではなく、唇を奪おうと睫毛を震わせる。
「ファムニス様、エッチです……」
 とかなんとかいいながら首を傾げて唇を重ねようとする秋桜。
 と、この時。
「やっぱり駄目です!」
 どしんと秋桜を突き飛ばして枕を抱いて船室から逃げていくファムニスだった。真っ赤になった彼女の頭の中にはもう、秋桜が本物かどうかではなく「これって浮気になるんじゃ?」という乙女心だけがぐるぐるしていたり。
「まあ、寝てなかったからいいんですけどね」
 船室に残された秋桜は、何と、ファムニスの姿になっているのだった。 


 こちらは本物の秋桜。
「姉ェちゃん、深酒はいけねぇぜ?」
「これも悲しいお勤めなのです」
 八幡島副艦長にからかわれたが、秋桜は立派に任務中。だったが、ちょっと休憩のつもりが食堂でぐびぐびと酒をあおり始めた。本当にどうしようもないメイドさんですよね。
「いや、本当にお勤めですからっ」
 繰り返し言って、さらに飲む。あ〜あ〜、もう随分と徳利が空いているじゃないですか〜。
 やがてぐでり、と机にうつぶせになって可愛らしく寝息を立て始めた。……彼女を良く知っている者が見れば、酒笊々を使ったたぬき寝入りと見抜いたかもしれないくらい、可愛らしい寝息だったり。
 ここでロックが登場。
「まったく。仕方のないお嬢さんだ」
 ぴ、と胸から薔薇を外すと、秋桜の鼻先に添えた。ひく、と秋桜が反応する。
「ロック様〜」
「おおっ!」
 突然、ロックの首根っこに抱き付く秋桜。予想外の展開にロックは反応できない。抑圧以下略の胸がぎゅむりと押し付けられる。
「とおっ!」
 そして秋桜、何と体をひねってロックをずだんと投げ捨てた。そのまま寝技。
「うおっ。落ち着け、秋桜嬢。俺は夢魔では」
「はっ。いま確かめようぞ」
 ここで嶽御前がやってきた。早速解呪の法を唱える。結果、ロックは夢魔の変身した姿ではなく本物。
「まさか秋桜嬢が、こんな大胆な事をするとはな……いや、無論それに応えぬというのも男の恥だ」
「はぅ。寝込みはどの敵も一番襲いやすい筈。泥酔で寝たと見せ掛け油断を誘ったつもりが……いや、応えなくていいから」
 やれやれという感じのロックに、てへへと頭を掻く秋桜。「まあ、作戦は悪くはなかったのだがな」と溜息をつく嶽御前だった。

 その頃、コクリ。
「そういや武器も持たずに出歩いてた」
 とか言いつつ艦長室に戻っていた。かちゃりと扉を開ける。
 すると。
「今晩は、コクリさん」
 何と、ジルベリア風寝間着を纏ったアーシャがベッドに座っていた。
「アーシャさん。探してたんだよっ」
「パジャマ姿も可愛い〜〜」
「やぁん☆」
 ああ、アーシャ。話もそっちのけで、はぐだきゅ〜〜。
「一泊くらいコクリさんと一緒に寝泊りしてみたいんですよ〜」
「分かったからちょっと待って〜っ」
 頬ずりするアーシャを何とか落ち着かせることに成功するコクリ。
「でもアーシャさん。ボク、夢魔が変身してるかもだよ?」
 さらに落ち着かせようとコクリが続けた。アーシャのほうは、「それなら大丈夫」。おもむろに、ぷちりとコクリの髪の毛を抜いた。
「ほら、瘴気に戻らない」
「あっ。なるほど」
 じゃ、私の髪の毛も抜いてくださいね、と顎を上げて左耳あたりをコクリに差し出す。コクリもアーシャのさらさらな青い長髪を一本ぷちりしてみる。結果、瘴気に戻らない。
「良かった」
「それじゃ早速」
「ちょっと待って、まだ夢魔がいるからっ」
 真っ赤になって室外に出たコクリ。そこで香澄と出会った。
「あっ、香澄さん。観羅と一緒に巡廻してくれてるんだねっ」
 明るく言ったコクリだが、香澄と彼女の肩に乗った観羅はそろって目を細めている。疑いの眼差しである。
「ちょっと香澄さん、信じてよ。ボク、コクリだよっ!」
「そうだ。コクリちゃん、青い振袖似合ってたねっ! また初詣いこうね」
 慌てるコクリに、一転表情を明るくした香澄が言う。コクリは「えっ?」と首を捻っていた。どうやら新年に初詣に行ったらしいのだが……。
「青い振袖は香澄さんじゃない」
「ん、そうだよねっ!」
 首を捻ったコクリに、香澄が抱きついて来た。どうやら誤解は無事に解けたようで、出てきたアーシャもにっこり微笑むのだった。
 そしてこの時、事件は起こったッ!


「はぅーーーーーーーーーーーっ!」
 深夜の艦内に、遠慮もご近所迷惑もまったく考慮しない雄叫びが轟いた。
「何、今の?」
「行ってみよう、コクリちゃん」
「ついに夢魔が現れましたかっ!」
 コクリ、香澄、アーシャが声のした方に急ぐ。
「おうっ。コクリの嬢ちゃん、今のは何だ」
 どたどたと走ってきた八幡島副艦長たちとも合流し、急ぐ。
「魔法少女、マジカル♪千佳からは逃げられないのにゃ♪」
「ファムニスも頑張らないと」
 千佳とファムニスもやって来て一緒に走る。
 そして、甲板に出たッ!
「はうっ! 敵が来ると思ったですけど、味方がたくさん来たですっ!」
 涙目のネプが、秋桜・ロック・嶽御前・ファムニスに囲まれてびくっと体を縮ませていた。
 ネプの咆哮だったらしい。
 この一発で、開拓者9人と深夜勤務をしていた乗組員6人が集まってしまったのだ。
「咆哮は抵抗力に優れる敵は寄って来ないはずでは?」
「うむ」
「どちらかと言うと夢魔は、抵抗力のあるほうじゃろう」
 秋桜が突っ込みロックが頷き、嶽御前がオチを話す。
 何と言う大山鳴動して狐一匹――もとい、鼠一匹か。
「はうぅ……」
 まったく、とか言いつつ解散する一同。そして取り残され落ち込むネプ。
 と、この時。
「あれっ。今ファムニスがもう一人いたような……」
 ファムニスが首を捻っている。
「それだっ!」
「どこいった?」
「ファムニスさん、大丈夫?」
「いや。このファムニスが夢魔かも?」
 再びどたばた。
 結局この騒動は朝まで続いたという。

 翌日。
 念のため寄港予定のない町に立ち寄り再検査するが、夢魔は出てこなかった。
「瘴索結界をしたが、もう瘴気はないの」
「うん」
 嶽御前とファムニスが報告する。どうかにかしてすでに脱出したようで、被害なしで切り抜けた。後の話となるが、チョコレートは無事輸送完了で、任務としては通常にこなしたことになる。
 そして、チョコレート・ハウスは空の上。
「あまり経験できない一時を過ごさせて貰ったかな」
 舳先で風に吹かれ、ロックがそんなことを言う。
「うに。寝るときもぴったり張り付いて艦長を護衛できたにゃ♪」
「私も満足♪」
 千佳とアーシャは頬をツヤツヤさせて満足そう。一夜ごとにコクリと一緒に寝た様子で。
「夢魔に白狐、食らわせたかったなぁ」
「そう言うな。平和で何より」
 つまらなそうな香澄には観羅がたしなめ。
「アルス君意地悪なのですよ……」
 ネプは涙目。また朋友の寝起きに絡んでつつかれたようだ。
「やっぱり優しくていい人ばかりです」
 ファムニスはにっこりしチョコレートをぱくり。
「とろで、秋桜さんは?」
 嶽御前が言うと、皆が微笑んだ。
「コクリ様。艦長職、お疲れ……おやまあ」
 秋桜は艦長室で執務していたコクリにお茶とクッキーを差し入れに行っていた。
 しかし、お茶は出さない。
 代わりに、机にうつぶせて寝ていたコクリにそっとまるごとくまさんを掛けてやるのだった。
 初めての事態で、相当気を使ったらしい。