駆けろ!師走杯霊騎競馬
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/07 22:22



■オープニング本文

「真世君。遊界での珈琲お届け隊☆の仕事、とっても良かったよ」
 神楽の都、珈琲茶屋・南那亭で旅泰の林青(リンセイ)が言った。
「どうしたの、林青さん。改まって」
 真世はきょとんとした。
 珈琲お届け隊☆として朱藩の遊界で珈琲の移動販売をした時の大成功はもう喜び合っている。まあ余韻はあるとして、なぜに今改めて、という感じだ。
「いやなに、評判がいいと新たな商談が生まれるってのがこの世界の醍醐味でね」
 林青は真世の持ってきた珈琲のカップを持ち、立ち上る湯気や広がる香りを楽しみながら言った。なにやら余韻をかみ締めているようだ。
「何か新しい仕事が入ったの?」
「ええ」
 銀盆を胸に抱いて身を乗り出す真世に、満足そうに頷く林青だった。
「……遊界にある競馬場の運営者と新たに面識を得ましてね。彼が言うには、昨年から開拓者の間に広まり始めた相棒『霊騎』に興味があるそうで」
「もしかして」
「そう。霊騎で競馬をしてみたいそうです」
 ピンと来た真世に、にやりと林青が返す。
「あれっ。でも、霊騎だと、高速移動があるから最後の直線とかあっという間に勝負がついちゃうよ?」
「そこ」
 口元に人差指を添えて視線を宙に遊ばせた真世に、ズバリと林青が指を差す。
「霊騎での競馬が広く実施されてない理由の一つが、その『勝負重視のレースとしてはともかく、見世物としては盛り上がりに欠ける』です」
「まあ、確かにね〜」
 苦笑する真世。通常の馬であればゴール前の競り合いは大変盛り上がるところではある。だが、霊騎であれば一瞬で勝負がつき物足りなさを感じるであろう。
「逆に、興行者が霊騎にこだわるのは、霊騎が普通の馬とは違いほのかな光を纏っているので観客に何となく『何か違う』感が伝わるから。これだけで見世物としては十分です」
「なるほどね〜」
「ついでに、あそこの観客は目が肥えています。単に速い遅いでなく、騎手と馬の呼吸が合ってるかとか位置取りとか、細かなところを見て来ます。……だから、ただ霊騎を連れて来ても馬鹿にされるだけなんですね。競走馬として調教されてない霊騎の見苦しいレースは見たくないそうで」
「それを言ったら、私の『静日向』ちゃんも競走馬として調教してないよ?」
 真世は自分の霊騎について言う。
「いや、言ったでしょう? あそこの観客は目が肥えている、と。騎手と霊騎の信頼関係がしっかりしている様も見て取ってきます。逆にレースはぶっつけ本番だと事前に知らせておけば、きっと霊騎の対応能力の高さに驚くはずです」
「ほへ〜」
 真世には良く分からないが、とにかくスキル使用禁止の霊騎競馬が「師走杯」として遊界で開催されることになったということらしい。
「ギルドで、霊騎所有者を募ることにします。真世君も、出てくださいね」
「うんっ。静日向ちゃんと出れるなんて素敵だし、頑張るよ!」

 というわけで、参加者は自分の霊騎を使用し、「逃げ」、「先行」、「差し」、「追込」から戦法を選びレースに臨むこと。霊騎のスキルやレベルは関係なく、この戦法で大まかな勝敗が決する。細かい勝負は、霊騎のステータスが影響しそうだ(レベルが上がってもスペック上の高速度は変わらないため)。
 師走杯は十一枠で、一枠は真世。枠順は抽選となる。
 優勝者や上位者には、賞金として貢献ボーナスが贈られる。
 霊騎を所持しない者も、霊騎の貸し出しがあるので出走できる。その場合は名前をつけること。借り馬のハンデとして、大まかな勝負はともかく細かな競り合いではことごとく遅れを取ってしまうだろう。連れて来た朋友は何らかの描写がある。


■参加者一覧
萬 以蔵(ia0099
16歳・男・泰
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
からす(ia6525
13歳・女・弓
シルフ・B・シュタイン(ia9850
17歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂


■リプレイ本文


 朱藩にある賭博遊技の町、遊界の競馬場には年内最後の勝負を楽しみにする観客であふれかえっていた。
「霊騎だってよ」
「先に馬を見せてくれんのかなぁ?」
「アトラクションが先にあるようだぜ?」
 初開催の霊騎競馬への興味は高いようで、人々はそわそわするのだった。

 さて、会場の裏舞台たる場所に集まった開拓者達。
「わぁ……。私達ちょっと場違い……だったかしら」
 満員の観客席を見て、フェンリエッタ(ib0018)が息を飲んでいる。ちょっと間が空いたのは「馬違い、といえるかも」と思い内心苦笑したから。
「あは、ありがと。私は大丈夫」
 そんな主人を、愛馬の霊騎「パルフェ」が身を寄せ気遣う。
 と、その横へ来訪者。
「おおーっ! 馬といえば故郷の馬こそ一番と思うておったが、考えを改めないとならんの」
 そういいながらてけてけと霊騎「ラエド」に乗ってるのはヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)。周りの開拓者を見回している。
「ふふっ。楽しそうですね、ヘルゥさん」
 フェンリエッタが微笑み声を掛ける。
「兄ぃ姉ぇが皆の相棒をとても大事に思っておるのが伝わってくるのでな。じゃがの、私とラエドだって負けてはおらんぞっ。勝つのは私たちじゃ」
 のう、ラエドと愛馬の艶やかな青毛を撫でえへんと薄い胸を張る。
「何しろ私とラエドはアル=カマル1の乗り手と霊騎じゃからなっ!」
 そしてじっとしていられなかったか、ラエドに飛び乗ると駆け出してしまった。直線を力強く一直線に駆け抜ける。
「アトラクション、始まったのか? じゃ、おいらも続くぜ。高速走行なら一気にヘルゥに追いつけるな」
 萬 以蔵(ia0099)が「鏡王・白」の向きを素早く変えると駆け出した。あっという間に先行するヘルゥと並び、場内のどよめきと拍手を誘った。
「霊騎はただ速いだけではない」
 続いて、「深影」騎乗のからす(ia6525)が姿を現した。
 真っ直ぐ走っていたが、すぐに複雑な動きのロデオステップに移行している。鞍上のからすは安息流騎射術で上手くバランスを取っている。「やるなぁ」と客席から唸り声。
「まだまだ」
 うっすら笑って弓を構えるからす。そのまま設置してもらっていた的に見事な流鏑馬を披露していたり。
 場所は戻って舞台裏。
「け〜いば〜、け〜いば〜♪」
 楽しそうに歌っているのは、霊騎「エアリアル」を連れたシルフ・B・シュタイン(ia9850)。
「やっとこの子の真価を見せることができるわね〜☆ 一緒に頑張ろうね、エアリアル☆」
 愛馬も理解したようで、シルフに顔を摺り寄せている。美しい光景だ。
「じゃ、早速」
 明るく朗らかに言うと、ひらりと馬に乗って走らせる。手応えがいいのだろう、笑みが絶えない。
「スタートダッシュも大丈夫ですからね〜☆」
 来場者に手を振ると、エアリアルを止めて力を溜めさせる。
 直後、ずどんと飛び出し伸びた。チャージからの高速走行は敵の包囲網を強行突破するときなどの戦闘走法でもある。スキル禁止で本番では見せられないが、霊騎の実力を見てもらうのだった。


 さて、元の裏舞台では。
「……走るのは、どっち回り?」
 鈴木 透子(ia5664)が任意の勝負服帽子を目深に被ってコースを見ていた。隣にいる霊騎「蔵人」はキリッと落ち着いているのだが、突然ぶるんっ、と猛り始める。
「あ。あそこからスタートして、ぐるっと」
 「静日向」に乗った深夜真世(iz0135)が矢って来て説明する。
「ほかに特徴は?」
 フェンリエッタもパルフェとともにやって来て聞く。
「蔵人、大丈夫だから」
 透子は朋友をなだめている。美しい容姿に劣等感を持っているらしい。が、やって来た静日向もパルフェも落ち着いた馬だ。やがて蔵人も冷静になった。
「長めの距離とコーナーの多さが特徴なんだって。直線の一気伸びが得意だけじゃ駄目らしいよ」
 真世が事前に仕入れた情報を話す。
「真世さんっ」
 ここで、得意満面の新咲 香澄(ia6036)がやって来た。
「あれっ? 香澄さん、霊騎買ったの」
「せっかくだからこの機会にね。『アルキオーネ』だよっ。ちょっといたずら好きだけど、そこがまたよし」
 ふんふんと顔を寄せてくる栗毛で金色の鬣の牝馬、アルキオーネにかまってやりながら答える香澄。きゃ〜、と真世も喜ぶ。
「お〜う。今回はよろしくな。しかし、俺みたいなタッパある奴は騎手してねぇなぁ」
 新たにアルバルク(ib6635)もやって来た。ちなみに、彼のほかには以蔵が騎手としては身長があり不利か。
 と、いきなり彼は踵を返そうとしているぞ。
「さて、馬券でも買いに……」
「駄目だよぅ、アルバルクさん。それより何て名前の馬なの?」
「そういや、俺って付き合いそれなりにあるけど、コイツの事あんまり知らねえんだよな」
 ぐい、と上着を掴んで止める真世。というか、何とアルバルクは自分の買った霊騎に名前をまだつけてないという。
「馬が必要だったんで適当に港でおっさんに買われただけだしな」
「ちょっとーっ」
「ふうっ」
 自嘲気味に言うアルバルクに口を尖らせる真世。馬好きのフェンリエッタも呆れて顔を左右に振っている。というか、当の霊騎すらぺしりと尻尾でアルバルクに突っ込みを入れる始末。ここで、彼以外の四人が集まり審議となる。
「ぢゃ、今回だけは『アラベスク』って名前にしたから、よろしくねっ」
「……おっさんの馬だぞ、おい」
 真世たちはアルバルクを無視して、彼の栗毛の牡馬を撫でてやるのだった。ふんふんとアラベスクも満足そうだ。
「ま、改めてヨロシク頼むぜ」
 アルバルクの真面目な目の色に気付いたアラベスク。頭を下げる様子は嬉しそうだった。
「巫女の玲璃と申します。よろしくお願いします」
 賑やかな中、しっとりと玲璃(ia1114)もやって来た。連れている霊騎は「環」という。
「ふーん。玲璃さんもそういう格好、するんですね〜」
「そ、それではアトラクションに行ってきます」
 体型がはっきり分かるほどぴっちぴちな競馬勝負服を着た玲璃は、真っ赤になり逃げるように環に乗って馬場へと急ぐのだった。
「それじゃボクたちも行くよ、アルキオーネ」
 香澄が言うと、他のメンバーも馬場へと出るのであった。
「……それにしても、こうして競争に参加するのも何度目か」
 最後に馬場に出た皇 りょう(ia1673)は、アトラクション騎乗をする仲間を眩しそうに見ていた。ふと、真世と目が合う。近寄る二人。
「深夜殿もいつの間にか馬術を身に着けられていたのだな」
「りょうさんや、フェンリエッタさんたちほどじゃないけど」
 真世の背後では、フェンリエッタがちょうど踏みつけで跳躍披露をしていた。挙動に折り目がつき、背筋が伸びて美しい姿勢が崩れない。じっくり見せる品の良い馬術を展開していた。
「え? 無理?」
 近くでは、透子が結界呪符「黒」を出して蔵人に「控えめに」飛び越えさそうとしたが、さすがに「控えめに」では無理の様子。競争前に蔵人の方が無理を避けたようで、このあたり、主人思いである。
「前より自然なので、自信を持つべきだろう。……さあ、時間だ」
 笑って駆け出すりょうであった。
 馬場では、透子の出したモノリスをからすと以蔵が矢で狙って壊している。
 師走杯霊騎競馬、まもなく出走だ。

●実況
 さあ、初開催となります師走杯霊騎競馬。ここ、朱藩は遊界の競馬場へ足を運んだ超満員の観客の期待と夢を乗せ、霊騎十一頭が年末の芝の上を走ります。
 では、各馬の枠順と騎手、予想される戦法を紹介しましょう。
(上から外枠/霊騎名/騎手/予想戦法、枠順は抽選)

11/静日向/深夜真世/逃げ
10/アルキオーネ/新咲香澄/逃げ
 9/環/玲璃/追込
 8/白蘭/皇りょう/差し
 7/エアリアル/シルフ・B・シュタイン/差し
 6/アラベスク/アルバルク/先行
 5/蔵人/鈴木透子/先行
 4/パルフェ/フェンリエッタ/先行
 3/深影/からす/追込
 2/鏡王・白/萬以蔵/逃げ
 1/ラエド/ヘルゥ・アル=マリキ/逃げ

 スタートは向こう正面三コーナーに合流する延長コース。各馬スムーズにゲート入りをした模様。
――カシャン!
 今、スタートしました。
 まずは内からからす、フェンリエッタ、透子の出足がいい。
 おっと。外から真世、香澄が伸びてくる。コーナーを利用して内々からヘルゥと以蔵も前をうかがう様相。いや、からすは抑えて我慢の競馬か。中団まで下がるところを外からアルバルクがかわして行く。その後方、シルフとりょうはここから組み立て。そして最後方は玲璃が続いています。
 さて、正面直線に入り固まっていた隊列が若干長細くなったか。先手争いは以蔵とヘルゥ。これに真世が絡み若干遅れて香澄。少し間が空きフェンリエッタと透子がじっくり続く。アルバルクも差がないぞ。さらに内々にはりょうが並び、シルフは外側。若干距離が開きからすと外に玲璃という隊列。先頭集団が固まっている影響か若干速い展開。コース取り争いも絡んでロスも気になるところです。


 さて、疾走する各騎手たちは。
「よし、入れ込みもない。只管に逃げまくるしかないよな」
「私たちは誇り高き獅子の娘とその霊騎じゃ、先陣を駆ける姿を皆に見せんでどうするのじゃ!」
 枠に恵まれ内ラチを進む以蔵がスタート前に鏡王・白を撫でてやり落ち着けた手応えを掴めば、一族の兄弟の中で一番下のヘルゥが何かを求めるかのようにがむしゃらに続く。両者とも好調。負ける気はしない。いや、ここで我慢しても相棒も自分も不満しか残らないだろう。それだけ霊騎の脚が軽い。
「運悪く外枠だったからねっ。一か八かよっ!」
 三番手の真世は、どうやら我慢の競馬ができなかった様子。それでも攻めの気持ちでついていく。
 一方、運悪く外側になった香澄は落ち着いている。
「アルキオーネ頼むよっ」
 青地に黄色の星が散る勝負服に身を固めた香澄の瞳に焦りはない。策ありの輝きでむしろ輝いている。単騎逃げの一発勝負狙いからの修正をしつつ、ペース配分に気を使っている。
 そして間が空き、後続。
「面白い♪」
 上機嫌なのは、フェンリエッタ。こんなにたくさんの霊騎と一緒にギャロップをすることはなかった。それが楽しい。
「あ。ヘルゥさんとラエド、何だか親子みたいで微笑ましい」
 周りを見る余裕がある。もちろん勝負にはこだわるが、パルフェを信じている。急がない。
「蔵人がそれでいいなら」
 続く透子も馬に任せている。市場で目があって「この子にする」と決めた霊騎。初めての競馬なら、やはり霊騎に任せる。あるいは、求めるのではなく受け入れてきた透子の人生では、これが自然なのかもしれない。
「でも、頑張りすぎるところもあるから……」
 自らの容姿に劣等感を抱く節のある馬であることは分かっている。最後の頑張りどころくらいは、一緒に戦うつもりだ。
「よ〜し。ぶっつけ本番だったがイイ感じだ」
 アルバルクは7番手ながらきっちり内を確保したのでほっとしている。先行するはずがすでに遅れ気味なのは、前が飛ばしすぎと見る。ここはぐっと我慢だ。
 本当なら馬券を……なども思っていたが今は勝負に集中している。
「スタート前は無様な姿を見せてしまったが……」
 そんなことを呟いているのは、りょう。
「緊張を移らせては騎手として失格だ。深呼吸、深呼吸……」
 などとすーはー息を吸ったり吐いたりしていたのだが、どうもそれが緊張しているように思えたとか。
「戦の時より緊張したようにも思えたが、戦と思えば何と言うことはないともいえる。な、白蘭?」
 落ち着いていた白蘭に全てを任せる。自分の任は、最後に行く手を阻む者がいたときに、戦同様押し退けること。武器はないがそこは気迫だ。
「上手く行ってますが、あとは馬群に飲まれないように上手く状況と流れを見て、と」
 シルフはここで我慢。もしかしたらエアリアルの欲が出なくなるかもと危惧するが、ここまでくればもう相棒を信じるしかない。後半の伸び勝負に賭ける。
「我慢強いな、深影は」
 優しく微笑んでいるのは、黒い勝負服に身を包むからす。いや、細く赤いラインが入っているが遠目からではあまり分からない。
「深影、『君に任せる』。気張り給えよ?」
 実はスタート前、愛馬にそう声を掛けた。相変わらず相棒にあれこれ指示を出さない娘である。
 当初予定は追込だったが、霊騎だらけでは地力も見せたいだろうと選択に自由を与えた。結果、当初予定を貫いている。ふふ、とからすが微笑するのは、深影が変に気を遣っているわけではないと分かっているから。何せ夜にふらっと散歩に出るくらいだ。
 そして、最後尾の玲璃。
「実際のところ、私も環と連携して走る際、どの走り方が適しているかは、やってみなければわかりませんので」
 とかいいつつ様子見の最後尾にいるのは、やはり性格だろう。見えない位置より、全体が見える位置を望んだ。
「今回のレースは自分と環の勉強の場ですね」
 もしかしたら、彼の人生――いや、開拓者としての活躍は、こうした試行錯誤の繰り返しがあってのものかもしれない。
 レースは向こう正面。
 勝負が近付いてきている。


「あっ!」
 真世が、声を上げた。
 静日向の手応えが悪くなった気がしたのだ。
 前ではまだ以蔵とヘルゥが頑張っている。いま、香澄が外から抜いて三コーナーで内へ寄せた。
 いや、まだまだ後ろから来るぞっ!
「行くの? パルフェ」
 フェンリエッタが追い抜いた。パルフェの纏ったオーラが濃淡の美しい金色であることに気付き、真世は息を飲むのであった。
「後で捲くられるってーのは分かるんだが、追っ手から逃げるのは慣れてるんでねぇ。ビリっけつになったって死ぬワケじゃねーしな」
「土埃は我慢。蔵人は男の子」
 アルバルクが颯爽と駆け抜け、それに透子が続いているっ!
「エアリアル〜♪ 一着を目指しますよ〜っ」
「白蘭もその気だ。ここで行かねばなるまい」
 後続のシルフ、りょうも上がってきた。
 さらにもう一騎!
「最後は派手に行こう」
 ぴっちぴちの服を着ると本当に小さく見える。からすが影のようにするするっと伸びている。
「ちょっと、みんな……」
「皆のペースが上がっただけですよ、真世さま」
 慌てる真世に玲璃が並び声を掛けた。
 全員仕掛けているのである。
「あ、確かに」
 前を見ると、もう先頭の以蔵もヘルゥもリードがなくなっていた。
「そんな。後ろが不利になりがちなコースだって聞いたのに」
「こう、前が競り合いすれば疲労も溜まるのでしょう」
 それだけ言って玲璃も真世を置き去りにした。よ〜し、と真世も追うが、もう静日向に余力はなかった。前で競っていたばかりか、最初から外を回していたため相当の疲労度があるようだ。
 そして、先頭。
 最後の直線に差し掛かった。
 団子だ!
「力の限り尽くせば結果は必ず出る。『鏡王』はそう……」
 トップだった以蔵が叫んだ名前は霊騎かはたまた幼き日々師事していた武闘家の名前か。
「先陣じゃ! 私とラエドは誇り高き……」
 ヘルゥの叫びはここで途絶えた。
(もしかしたら、逃げていたのかもな)
 自分の若さゆえの実力不足から。
「いやっ! じゃからこそこうして!」
 諦めない。この姿勢は逃げているのではないと目を輝かし粘る。
「粘れ、脚は溜まってるはずっ!」
 二人に二列目の香澄がじわじわと迫る。終盤の粘りに的を絞った作戦で見事に、一歩ずつしっかりと前を捉える。
 そしてようやく先頭に立ったッ!
 しかし――。

●再び、実況と解説
 最終コーナー抜けた。後は直線。以蔵とヘルゥはすでに捉えられている。香澄が抜いたか、香澄が抜いたか? アルバルクも力強く射程圏内につけた。香澄とアルバルクか? だが後続はすでに外に開いている。伸びているのはシルフのエアリアル。いや、からすだ。黒い馬体に闘志を漲らせからすの深影が追ってきている。距離は足りるか、届くのか?
 先頭は未だ香澄。アルバルクはここまでか。いや、まだ粘る。が、代わって内々からかわしてきたフェンリエッタが迫る。天翔るかのようなフォームでいま、香澄に並んだ。後ろからは鬼気迫る勢いでりょうが追ってくるがこれは前を裁くのに手間取っているか。玲璃も伸びるがこれは距離が不足しそう。
 フェンリエッタ、抜いた。フェンリエッタが先頭で直線も残りわずか。透子も来ている。蔵人の動きもいい。フェンリエッタ先頭! いや、シルフも来たぞ。からすはなぜムチを使わないっ!
 そしてついに三頭並んだっ。
 シルフがついに捉えた。粘るフェンリエッタ。からすも来ているがどうだ?
 シルフか、からすか?
 からすだ。
 からす、一着でいま、ゴールイン!

 やりました、からす。そして深影。霊騎杯の初戴冠馬の誕生ですっ!
 二着はハナ差でシルフ。アタマでフェンリエッタ。
 確定順位は、からす、シルフ、フェンリエッタ、りょう、透子、玲璃、アルバルク、香澄、以蔵、ヘルゥ、真世。競合した先手争いで消耗した前がほぼ総崩れとなったレース。最後は追い込んだからすが辛くも優勝。準優勝は馬群を避けた半面何とか届いたシルフ。三着は終始呼吸の合った騎乗をしつつ力を溜めていたフェンリエッタ。四着には近道を選び馬群を捌いたものの裏目に出たりょうでした。
 優勝は、からすです。


「さすがは兄ぃ姉ぇ達じゃな♪ じゃがアル=マリキの娘として、このまま負けたままでは終わらせぬぞ」
 レース後の懇親会で、ヘルゥが明るく皆に声を掛けている。その様子を、ラエドが温かく見守っているようだ。賞賛と挑戦心の混ざった眼差しなのが彼女らしい。
「楽しい競馬がでしたね〜☆ そうだ。エアリアルに馬車をつなぎますから、後から一緒に乗りませんか?」
 のんびり走るのもいいですよ、とシルフ。
「馬車に乗って茶菓子というのもいいな」
「ぷっ、またですか〜? りょうさんてくいしんぼさんなんだから〜」
「しょ、勝負の後は疲れているから甘い物が必要なのだ! ほ、ほら。フェンリエッタ殿を見るがいい」
 真世に突っ込まれ赤くなるりょう。助けを求め視線を巡らせ、フェンリエッタの方を指差す。
「お疲れ様! はい、ご褒美」
 その先では、フェンリエッタがパルフェに蜂蜜たっぷりの林檎を与えて労っていたり。
「お疲れ様」
「これからもよろしく」
 隣ではからすが深影を布とブラシで手入れして撫でたり、透子がちょっと蔵人のことが分かったような気がして笑顔で世話をしている。
「なるほど。霊騎の世話はそのように……。真世さまもどうですか?」
「あ、うん。私も労わる〜」
「真世殿、玲璃殿、差のない良いレースだったな」
 環に「お疲れ様」となでていた玲璃は周りを見ながらお世話。真世に声も話を聞こうと声を掛けると、面倒見の良いからすも交じって馬の話に花を咲かせる。
「おいらの霊騎かい? 南那じゃ騎馬戦闘で鳴らしたなっ」
「そいつぁやるねぇ。あんた、俺よりタッパがあるってのによぅ」
「戦闘騎乗はただ速く走ればいいわけではないしな」
「ま、そりゃそうか」
 こちらでは、以蔵がアルバルクと馬の話。りょうがくっきーをかじりながら首を突っ込んでたり。
「あれっ。そういえば香澄さんは?」
「まだ走ってるようですよ?」
 ふと気付いた真世に、透子が馬場を指差す。
「アルキオーネ、お疲れ様。これからもよろしくねっ」
 結果は残念だったが、熱い勝負に納得している香澄。その熱気の赴くままに、高速走行などを残った観客に披露していた。
「うむぅ。これは負けられんなっ」
 ヘルゥも再び馬上の人へ。
「馬車の用意ができましたよ〜」
 ここで、シルフの呼ぶ声がした。
「よ〜し。それじゃ、来てくれた人の最後のご挨拶だねっ」
 真世とともに全員が再び馬場に姿を現した。
 日は、すでに随分傾いている。
「また来いよ〜!」
「今度は絶対に当てるからな〜!」
 残っていた観客は温かい声援を送るのだった。