【南那】草原の騎馬決戦
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/29 19:53



■オープニング本文

「瞬膳隊長、森から我が本営を抜いて南西後方に位置する集落へ至る道などへの障害、設置完了しました」
「報告します。後方送りになっていた親衛隊員三名が本日、復帰しました」
「よし。すぐに障害設置をしている一般兵の護衛に当たらせてくれ。……霊騎の補充はどうなった?」
 泰国南西部の南那北部、南那親衛隊本営が慌しい。
 隊長の瞬膳は各方面からもたらされる報告を聞いては新たな指示を出していた。今年序盤、突如「防壁の森」を抜けて侵入した紅風馬軍と長く戦闘し傷付き、後方送りとなっていた隊員が、新たに導入した霊騎の慣熟訓練をみっちりして戻ってきたのだ。俄然、本営に活気が出ている。
「お頭、ただいま戻りました」
「おうっ! 南那の女に看病されてきたんだろう。抱き心地はどうだった?」
「そんなこたぁできやせんが、手厚く看病してもらったんでこの土地に恩を返す気満々ですぜ!」
 今ではアヤカシと共闘することとなり本営に駐屯している紅風馬軍の後方送りも戻ってきた。頭の紅風山千のノリも絶好調。部下の士気も上がりまくりで、医療的支援を受けたことで闘志も高まっている。
「それより瞬膳、この前の開拓者と強行偵察した情報、どう見る? ……いや、どっちに賭ける?」
 山千が調子良く瞬膳に聞く。
「敵はただ、アヤカシとして目の前のエサを追っているだけでしょうね。全戦力で森に近付けば、集落には行きません」
 瞬膳がちょっと間を置き答えた。
「フン。まあな」
 納得する山千。これで方針は決まったようだ。
 前回、開拓者たちと強行偵察して得られた情報は以下の通りである。

・敵は想定集結場所に戦力を固めず森全体に散っていた
・しかし一応、元紅風馬軍屯営の想定集結場所が中心ではあるようで少数が残っていた
・森から一番近い集落寄りの西側にも、小さな集結場所がある様子
・敵は三騎単位で動き、2〜4単位が集まって動いている
・三騎の内一騎は騎馬鬼か炎騎馬鬼で、二騎の人馬鬼を従えている
・炎騎馬鬼は馬の口から炎を吐くが、炎騎馬鬼の数は騎馬鬼の数より少ない

 これらの情報から出した結論は……。
「おそらく、敵は通常のアヤカシと同じく動物などのエサを求め範囲制圧をしつつ動いているだけ。先の大団子虫アヤカシは紅風馬軍の動きに呼応して大きく突出する動きをしてましたが、今度は馬軍の動きも小さいですし、こうなっているのでしょう」
 つまり、戦としての戦略行動は取っておらず、あくまでアヤカシの通常行動をとっている、ということだ。
「まぁな。それでも一応、抵抗戦力があるのでこの区域に戦力集中してるんだろう。どっちにしても、このへんの森の動物を狩りつくせば出てくる。……これが戦なら、とっくの昔にここに攻めてきておかしくない」
「ま、だからこそ状況は悪化してますがね」
 瞬膳が言うのは、森へ入っての戦闘だとこちらに分がないから。こう着状態が長引いたためこちらの戦力は整ったが、向こうも数をそろえている。序盤の小競り合いではことごとく数の差で負けているので、これが地味に利いているといったところだ。
「とにかく開拓者を呼びました。……集落への急襲は弓の女性開拓者からもらった地図に従い、彼女の罠を拡大する形でこれ見よがしに防備しました。これで警戒してあちらには行かないでしょう。戦力を集結して、森に進軍します」
「あとは西に小さな集結地があったのは、そこに広場があったからと見るか、それともやはり集落に近いから、もしくは側面攻撃を仕掛けるためと見るか……」
 山千がつぶやいて、ちらと瞬膳を見る。たちまち瞬膳の顔から決意の色が消えた。
「……まあ、広場があったからと見るのが妥当ですが、戦い慣れしてはいるんですよね」
 これで話が元に戻った。
 今まで歯切れ良く話していたが、また思案顔に逆戻り。最初に山千が「どっちに賭ける?」と聞いた理由である。
「奴ら、守るものがないなら全戦力でとっとと集落を襲えばいいのにそれをしない。戦う気がないのかと思えばそうではなく森に近付く者は連携して叩いてくる。……つまり、側面からの急襲は十分ありうるわな」
「とはいえ、こちらが先に動くべきでしょう。全軍をこれ見よがしに前進させます。……各個に森から出てくればしめたものですし、組織だって敵の全軍が出てきても、これは望むところでしょう?」
「ああ、望むところだな」
 瞬膳に言われ、闘志を燃やす山千だった。

 こうして、騎馬型アヤカシ約七十騎を壊滅させるべく決戦に臨むのだった。開拓者の友軍は、南那正規軍二十騎と紅風馬軍二十騎。開拓者を含め計五十騎となる。前回約一割を倒しているため、戦力はより拮抗している。


■参加者一覧
萬 以蔵(ia0099
16歳・男・泰
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
バロン(ia6062
45歳・男・弓
龍威 光(ia9081
14歳・男・志
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
アイシャ・プレーヴェ(ib0251
20歳・女・弓
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
龍水仙 凪沙(ib5119
19歳・女・陰
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂


■リプレイ本文


 草原の丘に、多数の幟旗が翻る。
 そしてずらりと並ぶ、騎馬、騎馬、騎馬。
「まさか、ここまで来て敵が出て来ねぇとはな」
「森が彼らにとって有利ですからね。……ただ、ここに陣取ればいずれ出てきます」
 紅風山千が窪地越しに佇む森をイライラしながら眺めれば、瞬膳隊長は落ち着いて彼をなだめる。
 南那正規軍と紅風馬軍、そして開拓者の連合騎馬部隊約五十騎は、森を遠く視野に入れることのできる位置で停止している。開拓者の意見を取り入れて敵の準備が整うようじっくり進むことを止め、一気にここまで詰めた。こういう場合も想定していたが、いくらなんでももう敵は気付いているはずだ。
「待たせる分、森の中で隊列をきっちり組んでるということか? しかし……」
「いや、来ました! 総数はわが軍より若干少ない程度」
 ふん、と山千が言ったところで森に変化があった。
 一斉に、敵の人馬鬼などが大量に出てきたのだ。その数、約四十騎。
「想定数より少ない。やはり集結前に焦れて出てきたようですね。……全軍、突撃っ!」
 瞬膳が総突撃の声を上げた。先に叩く。これが開拓者の選択した戦法だ。
「いよいよ天下分け目の戦いやな。きっちり勝って、祝勝会兼忘年会と行こうや」
 陽気に声を出し、ジルベール(ia9952)が霊騎「ヘリオス」と共に丘を駆け下る。ムードメーカーの口は決戦においても絶好調。今、陽の光を浴びて亜麻色のヘリオスの馬体が金色に光った。彼の顔も「やるで」と気合いが入っている。
「ここで成果を上げて意気揚々と凱旋ですねぃ!」
 龍威 光(ia9081)も遅れずピタリ。知っているか。普段ほわほわした彼も、戦うその一瞬は抜いた刃のような視線をする。駆る霊騎「瞬息」にどんな願いを込めて名付けたか。ともかく続く。
「まずは先手強襲の一手だよな」
 霊騎「鏡王・白」の鞍上は、萬 以蔵(ia0099)。南那北部戦線では、常に先陣を切ってきた。相棒に名付けた「鏡王」の名は幼い頃師事して今は行方不明の武術家に由来。心許す先人や兄貴分には礼を尽くす。突っ込む姿は今日も色褪せない。
「いよいよ総力戦だ、頼んだぞ白蘭花」
 風となる相棒の首筋を撫でてやっているのは、ロック・J・グリフィス(ib0293)。一連の戦闘を支えてきた元空賊も、すっかり馬とともにある姿がお馴染みとなった。いま、高速走行でぐんと伸びる。今回も前の前で戦うことを望む。
「我慢だ、ユィルディルン。抑えて行け」
 クロウ・カルガギラ(ib6817)は逆に、今回は速度を落としている。彼のことだ。何か策があるのだろう。
「私が手伝ってやるんだ、しくじるなよ?香澄」
「分かってるって。真世さん、後方からの援護をよろしくねっ」
「うんっ!」
 朋友の管狐「観羅」と金剛の鎧で同化した新咲 香澄(ia6036)は、いつもの通り軍馬の「レグルス」を借りて望む。後方支援の深夜真世(iz0135)に声を掛け走り去る。
 が、しばらく戦闘から離れていた真世は表情が硬い。
 その横に、すっとつける姿が。
「真世……行って来る」
「透夜さん」
 雪切・透夜(ib0135)だ。
 緊張している真世の髪をそっと撫でてやり、微笑む。釣られて真世の目尻も緩んだ。目に見えて肩の力が抜けたのが分かる。頷く透夜に、頷きで返す。
「さて、思い切りやるとするか……ねぇ、黒蓮」
 背後は任せたよ、とばかりに背中越しに優しい目線を送った後、戦う男の顔つきに戻る。霊騎に呼び掛け高速走行で前を追った。
「それじゃ、私も。……真世さん、いつも通りにね」
 弓を持ったアイシャ・プレーヴェ(ib0251)も、霊騎「ジンクロー」で駆け出した。やはり高速走行。いつもと違い前に行く。
 ごくり、とつばを飲み込む真世。
「皆さん、斉射準備をお願いしますね」
 目の前で、決戦用の布陣が生き物のように形作られている。
 不退転の戦いが、今始まる。


「では私達は側面を突きます。瞬膳さん達は正面に。ただしできるだけ防御重視で力を蓄えて置いてください。出るのは私達の奇襲時です」
 一気に前に追いついたアイシャは正面担当の瞬膳にそれだけ言い残して正面部隊から離脱した。
 ここで、背後から射線が来る。
 真世が率いる弓術隊の援護射撃だ。射抜く射撃ではなく雨のように降らす射撃は、味方への突貫援護。正面部隊が一瞬、溜めを作っていた理由である。
「上からだけじゃないよ。それっ、挨拶代わりだっ!」
 香澄も正面から霊魂砲一閃。敵の注意を上と下に集中させた。
 そう。溜めを作った理由はここにある。
「よっしゃ。山千さん、行くでっ!」
「ああ、貴様らと一緒なのは楽しくていいな。面倒は全部瞬膳に任せろ」
「兄貴分も勢揃いな事だし、きっと勝ってみせるよな!」
 ジルベールが横に抜けた。山千も続く。若年の以蔵も楽しそうにそれた。
 他にもクロウが、光が、ロックが、透夜が、アイシャが――開拓者を中心とした霊騎部隊の少数精鋭が高速移動で分離したのだ。
「よし、我々は正面の雑魚を止めるぞ!」
 正面の軍馬本隊は、瞬膳が締める。こちらは速度アップはしていない。開拓者部隊が敵の横っ腹を狙う作戦だ。
「そのためにも、まとめて焼き払わなくちゃ」
 ウサギ獣人の龍水仙 凪沙(ib5119)は、正面部隊にいた。連れて来た甲龍「桜鎧」を預け、南那北部戦線では愛情を込めて軍馬「シギュン」を使い続けている。さすがに息もぴったり。
 その態勢から。
「今回で終わらせてしまおうね! シギュン」
 接敵直前で後方支援が止まったところ、五行呪星符をぴらりと一枚取り出す。符の五芒星に一瞬、星の煌めきにも似た光が走る。
――ガオォォォウ!
 火炎獣が召還され火炎放射一直線。加速した人馬鬼などがもろに喰らう。
「もちろんボクもっ!」
 二重の咆哮は、香澄も火炎獣を放ったから。
 そしてついに接近戦。
「よしっ。やったぞ!」
 正規軍から、火炎獣で弱った人馬鬼に止めを差した歓声が上がる。
 そして、正面部隊の最後方に固まる支援隊。
「ついに始まっちゃった」
「気を抜くなよ。前に会った時より随分落ち着いたようだが、次の準備を指示すると良い」
 激突する最前線を見て息をついた真世に、霊騎「シルバーガイスト」騎乗のバロン(ia6062)が寄って来た。弓術一本で長く戦場に立ってきた年長者は後進を指導するように真世に接した。
「あっ」
 ここで真世が声を上げた。
 瞬膳ら正面本隊が敵の足を止めると同時に、開拓者部隊が回りこんで側面突撃を敢行していたのであるッ!


「よし、行くぞ。戦陣『槍撃』だ!」
 側面突撃は、砂塵騎のクロウ・カルガギラ(ib6817)が先導した。構え狙うは、フリントロックピストル。まずは小さくても風穴を開けることに専念する。
「後ろは任せた」
 こちらに対応する敵一体を仰け反らせ、まずは凹部を作ったそこに突貫を掛ける。さらに次弾を込めつつ声を張る。
「さあ、来ましたよ……ジンクロー、貴方は安全圏を常に確保。判断は任せますね。アヤカシは1つで1つ。私達は二人で1つ。つまりどんな時も1人じゃありません。その違いを魅せる時ですよ」
 突撃部隊最後尾のアイシャは移動をジンクローに任せ、華妖弓を引いた。クロウが撃った敵に止めを差す。
「行くぞ白蘭花、天駆ける雷のごとく……ロック・J・グリフィス、参る!」
「正規軍さんら、焙烙玉もつこうてくれとるようやな。よしっ!」
 戻って二列目。ひたすら前を見るロックに、ちらと仲間を気にしたジルベールが二列目を走る。
「そうですね、僕も加わりましょう」
 前のロックが騎槍「ドニェーストル」で武器には向かない構えを見せたことで、後続の透夜がピンと来た。高速移動で前に出ると、鉤薙斧「ヴァリャーグ」をぐっと溜めて構える。
「喰らえ、ハーフムーンスマッシュ!」
 声をそろえてロックが右に、合わせた透夜が左に長物をばっさりど派手に薙いだ。邪魔だとばかりに人馬鬼の盾ごと圧倒するッ!
 そして圧巻はここから。
 何と、透夜が吹き飛ばしダメージを与えた人馬鬼に、ジルベールが片手剣「ドラグヴァンデル」で袈裟斬りを見舞っている。いつか練習した、一体の敵に対し左右に駆け抜けつつ倒す連携技である。
「連携攻撃は敵だけのお家芸やないでぇ!」
「止めまではいいぞ。俺たちは大物を狙え」
 反対側では、ロックが圧倒した敵を山千が槍でぐさりとやりつつ声を張っていた。
 そして同時に、長物を振るった影響で開いたロックと透夜の間をするするっと一直線に抜ける姿があった。
「ここが駆け抜ける時!」
 きりりと語尾も明朗に言い切る姿は、光である。先頭のクロウも、いったん追い抜く。
 狙うは目の前、指揮官クラスの騎馬鬼。
 たちまち残った取り巻きの人馬鬼が護衛に入ろうとする。
「おっと、それはオイラがさせねぇゼ」
 離れた場所から以蔵が空気撃で敵をけん制すると、鏡王・白が猛りチャージからの蹴り。この隙に態勢を整えると、反撃に出た敵の攻撃を受ける覚悟で連々打ラッシュ。普段は拳で戦うが、騎乗で手繰る三節棍「絡踊三操」の技は何度も練習した。体格に勝る以蔵らしくパワーで倒しきった。
「入って来るのは織り込み済みやね」
 ジルベールは中距離からアームクロスボウで人馬鬼を狙った。一発勝負だけに紅焔桜でど派手にけん制。これで左右の邪魔者は阻止した。
「僕は龍威光! その首、置いていってもらいます!」
 周囲の援護が手厚いのは、光の得物が間合いの短い名刀「ソメイヨシノ」であるから。しかし、全身を伸ばす平突は通常の間合いではない。しかも騎乗。敵も見誤り、光は長斧の柄の部分で殴られた状態で懐に。伸ばした水平突きが見事騎馬鬼に深々と刺さる。
 そして、どさりと倒れた。
「いつもより接近しての射撃の味はどうですか?」
「よしっ。まずは駆け抜けることに専念するんだっ。敵を分断させろっ!」
「とどめ、取らせてもらったぜ」
 アイシャとクロウの射撃、そして以蔵の連々打で決めた。もちろん乱戦なので、初撃の後左右に開いたロックと透夜の騎士コンビによる周囲からの分断も大いに効果を発揮していた。
「もたもたするな。風になれっ!」
 クロウに続き山千が声を上げ、まずは戦場横断をする突撃部隊だった。
 そして、読みの甘さを思い知ることとなる。


「そんなっ!」
 炎騎馬鬼の炎を抜け出し、さあこれから反転と言うところでアイシャが振り返って声を上げていた。
 何と、敵が止まっての継戦ではなく前に駆け抜けているのである。
「何とかとめないと!」
 バーストアローの直線範囲攻撃で敵指揮官と部下を分断しつつアイシャが叫ぶ。
「真世さんら狙うつもりやで!」
 ジルベールもそれと気付いて声を上げる。
「うろたえるな! 弓術隊は突撃される訓練を受けている。後ろは気にするな」
 瞬膳の指示が飛んでいる。ここ、南那では、騎馬隊は遠距離支援する部隊にまず突っ込んで黙らせる手法が多く取られる。騎馬同士の戦いでも常に動き乱戦を仕掛けるのも、弓や遠距離からの範囲攻撃、非物理攻撃を受けにくくするためである。当然、弓術部隊はそういった訓練を受けている。
「森からも敵の後続が来たですねぃ」
「常に動くぞ」
 集結に間に合わなかった敵がやって来ているのを光が知らせ、クロウが当初の予定通り反転して再攻撃を指示した。
「そうだ。瞬膳は前進している。新手は本隊に任せ我々は敵主力を後背から叩く」
 山千が瞬膳の動きを見てクロウの指示を補足した。
 一方、正面本隊の開拓者たち。
「あいつが指揮してるみたいだよっ」
「ほんのすこしでいい。連携を崩してっ」
 敵の新たな動きに対し、香澄が声を上げ凪沙が「結界呪符:黒」を展開した。
「さぁ、こいつは簡単に回避できないよ?」
 香澄は言うと、迫る炎騎馬鬼を狙う。管狐の観羅より大きな白い九尾の白狐を召還すると怒涛の勢いで襲わせた。噛み付き攻撃と同時に瘴気を送ったようで、すでに傷んでいた敵は内部から弾けるように瘴気に戻った。
「壁を抜けてもこれがあるからねぇ」
 にやりと悪戯っぽく微笑した凪沙は、通せんぼした「結界呪符:黒」を回り込んだ敵に火炎獣を放って一網打尽に。
「炎を吐くのはそっちだけじゃないんだ!」
 引き気味に位置していた二人が善戦する。
 が、敵の勢いは止められず。
「来たな。怯まず撃てっ!」
 最後方では、真世に代わってバロンが弓術隊を指揮していた。いつかの特訓でこの地方の戦い方は知っている。敵は少々矢が来ようが盾を掲げ身を小さくして突撃してくる。双方意地の見せ所である。
 もちろん、敵全軍を止めることは叶わず。多くは身をかわすが……。
「きゃっ!」
 真世はこういう訓練を受けていない。特訓の時さぼった。そのツケが来た形で、敵の槍を避け損ねた。
「透夜さん……」
 落馬する瞬間、恋人が背中越しに微笑む姿が脳裏に浮かんだ。
 この時、戦場はさらに別の局面を迎えていた。


「敵の別働隊、来ましたっ!」
 アイシャが信号弾を上げて注意を促している。
 戦場に、前回の偵察で予想していた側面からの敵増援が到着しつつあるのだ。
「弓騎隊の面白い使い方を見せてやろう。少数で良い。我こそはと言う者は付いて参れ!」
 ここがわしの出番とばかりにバロンが八騎を率い対処に当たる。敵本隊はすでに駆け抜けている。おそらく反転し、追ってきた開拓者部隊と本格戦闘に移る。弓術隊はここにいてはいけないのだ。
「横に回るぞ。……突進を始めた後にに横を逆向きに駆けて行く弓騎兵への対処など、まず出来はしないだろう」
 つまりバロン、縦一陣形で突貫してくる敵に対し警戒範囲外から高速走行で一気に接近し横を駆け抜け矢をとにかくばら撒く戦法を取るつもりだ。
 しかし、敵の弓に対する警戒は相当なものだった。
「ほう。気付いて分派しおったか」
 何と、敵少数がこちらにやって来たのだ。
「構わん。突っ込むぞ」
 こちらも意地である。先は突撃されたが、今度はこちらが襲う側だ。守りには入らない。
 この覚悟は的中し、むしろ被害軽微の内に敵側面をすり抜けるルートに乗った。
「よし、とにかく撃てっ!」
 先頭のバロンが矢を複数つがえ、乱射でとにかく矢をばら撒く。予想通り、最大戦速に乗った敵は駆け抜けることを重視。そこに矢の雨を降らせた。
 この奇襲で敵を黙らせることはなかったが、満遍なくダメージを与えたことで後の戦闘に大いに有利に働くのだった。
「よし、反転。敵後背から援護射撃だ」
 見事な作戦指揮をしたバロン。足を止めず次の射点へと導く。
 そして、元の場所。時は若干遡る。
「真世……真世、無事か?」
「ん……透夜さん」
 落馬した真世は、追って来た透夜が無事保護していた。
「僕の後ろに。絶対に守る」
 乗馬させると武器を構え直す。ガードで守り通すつもりだ。
 弓術隊に突撃した敵本隊は、向きを変えてこちらに来ていた。そちらには追った開拓者部隊が突っ込んでいる。
「ここで決着を付けさせて貰うぞ、アヤカシ共!」
 オウガバトルで身体から薄っすらとオーラが立ち上らせたロックが炎騎馬鬼を狙っていた。もちろん、敵は近寄らせまいと馬首から炎を吐く。
「この季節には丁度いいといいたい所だが、髪が焦げては美しくない、遠慮させて貰おう」
 盾を構え一気に近寄り、渾身の突き。
「む。俺はバロンさんの援軍に行く」
 シャムシール「アッ・シャムス」で人馬鬼を横薙ぎに屠ったクロウは、バロンの部隊と敵の動きを察知。銃に切り替え迎撃部隊を追った。後に、分派される敵少数の相手をすることで、バロン隊への再攻撃を防ぐ功績を挙げた。
「もう、指揮はさせません」
 アイシャはジンクローの動きに身を任せつつ止めを狙うのではなく、常に指揮官を狙い部下との分断を狙っていた。炎騎馬騎や騎馬騎が減った今、影響は計り知れない。
「透夜さん?」
「よし、左にかわそう」
 真世が撃ち、透夜が彼女を守りつつ右に身を寄せながら流し切り。人馬鬼をばっさりやる。
 この頃には、数に勝る正面本隊が敵の後続を叩きのめして援軍に駆けつけていた。
「真世さん、大丈夫?」
「陰陽師でも接近戦もできるんだよっとね」
「凪沙さん、香澄さん!」
 珍しく四神剣を手にした凪沙が右につけ、左を固めた香澄が忍刀「風也」で敵の攻撃を弾いていた。二人とも続けて、十文字の剣を振るったり袂をなびかせ薙ぎ払ったりと、先に焦がしておいた敵に止めを差す。
「できるだけ敵の数を減らせっ!」
「おおっ!」
 瞬膳率いる正規軍なども突っ込んできた。序盤、正面が苦しかったが、局地的に数的有利を作りつつ戦った戦法がピタリとはまった形でほぼ戦闘の勝利は確定している。守勢の瞬膳もさすがにもう我慢はしない。
「おいら、萬以蔵だ。最後に覚えとくといいぜ」
 乱戦の最激戦区では以蔵が長物を振り回し体を張っている。炎騎馬騎と戦っているが、最後にものを言ったのは粘りだった。生命波動で自己回復している以蔵は技や力の鈍りを抑えつつ、蓄積ダメージのある大柄で燃え立つような赤い炎騎馬騎を渾身の突きでくたばらせた。
「ヘリオス!」
 相棒の名前を呼んだのは、ジルベール。ヘリオスは合図の声に上体を起し敵に蹴りを入れている。機先を制したことで隙だらけになった騎馬鬼に目にも留まらぬ秋水を繰り出す。
「お見事です」
 周囲の人馬鬼を撃っていたアイシャ、敵をやっつけたジルベールと視線を合わせ微笑しあう。
「これでどうですっ!」
 光も平突を入れ敵を屠っている。敵の懐に入るのに苦労するが、怯みはしない。瞳に決着の決意が宿る。
――ガロォォォン!
 ここで、敵の雄叫びが響き渡るのだった。


 それは、一瞬だった。
 アヤカシどもは反応良く馬首を巡らせると脱兎の如く逃げ始めた。
 このあたり、文字通り人馬一体である敵は早い。一歩目の動きが格段に違うのである。
「お、逃げるぞっ!」
 友軍で一番早くその動きに付いて行ったのは山千だったが、それでも遅い。高速走行で追ってもいいのだが……。
「深追いはせずにおきましょう!」
 光が声を張っていた。
「全軍、円陣にて要救護者を守れっ!」
 同時に瞬膳の声も響いていた。
 戦には勝っているが無傷ではない。逃げた敵は半数を大幅に下回るほどになっている半面、自軍の被害も酷かった。
 敵は、倒れれば瘴気に戻り何も残らない。
「やれやれ……生き物なら仕留めた後に食べれるのですが、そうでないのが何とも」
 狩りを得意とする透夜がくしゃりと頭をかいて嘆く。
 戦場には、約二十人の落馬者などが横たわっていた。友軍ばかりである。そのうち半数は死んでいるだろう。
「今回の勝利を明日へと繋ながないとだめですねぃ」
 光がいつもの口調に 戻り、消耗を避けるよう訴える。
「ちっ、仕方ねぇか。そっちの可愛い嬢ちゃんもくたばってるしな」
 飛び出しかけた山千もなんとか踏みとどまった。紅風馬軍の負傷者については言わず真世を気遣っているのは面子であろう。真世は皆に心配されていたが骨折などはないようだ。
「地を駆ける風も悪くない、この地に来てそう思うようになった」
 落ち着きを取り戻し再集結した連合軍内で、薔薇を手に香りを楽しむロックがそう呟いた。空の戦いさながらの高速戦闘で広く広く使った草原を、改めて見ている。もう、戦の風は吹き止み落ち着いて佇んでいる。
「激しく消耗しましたが、今までと違い敵の数をそれ以上に減らしています。これで現状維持できるでしょう」
 願わくば、アヤカシが防壁の森の奥深くに戻ってくれればいいのですが、と瞬膳は森を見渡した。
 とにかく、この草原決戦で紅風馬軍と鬼アヤカシの猛威から昆虫形アヤカシの登場、馬軍との和解、人馬型のアヤカシと戦続きだった土地に、やっと平穏が訪れることとなる。
「段々畑の開拓と、珈琲収穫地の整備にようやく漕ぎ付けることができる」
 長かった戦闘を振り返り、瞬膳は当初目的を口にしながら大きく息を吐くのであった。