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■オープニング本文 神楽の都の、ある居酒屋にて。 「先日の狼藉者たちですけどね」 薄暗い席で、こげ茶色のもふら面を被った男が話した。 「旧『雀流』の道場に居座ってるならず者らが絡んでるらしいですよ」 へっへっへ、と嗤ってからもふら面を上げて口元をさらすと、猪口をきゅっと傾けた。 「知らない固有名詞があって理解できませんね」 隣に座っていたクジュト・ラブア(iz0230)は呆れてから、小鉢を箸の先でつついた。ちなみに、「先日の狼藉者」とは、開拓者ギルドに解決済みで処理されているシナリオ「【浪志】窮まりし者ども」に詳しいが、特段今回の話に深く関わらないので横に置いておく。 「剣術指導と流派隆盛のためいち早く神楽の都に乗り込んできた剣の先生が大きな屋敷を建て道場を起したのはいいが、神楽の都にやって来るのはいずれも各氏族の腕利きばかり。仕方なく志体のない一般人を相手に剣を教えるも衰退の一途を辿った流派の蔑称が『雀流』。正しくはまあ、その先生も早くに看板を下ろしたので伏せておきます」 世の中まあ、いろいろある。ちなみに剣術の先生の姓は、涼海(すずみ)というらしい。雀流の蔑称はこれからとったのだろう。 「ただ、その先生も剣で食ってきた人です。大々的な看板は下ろしても小流派として細々と指導していましたが、ついに門人は身を持ち崩した者や脛に傷のある者、叩けば埃が出るようなのばかりになりましてね」 「待ってください。先日の事件に関わりがあるならまとめてお縄にできるのでは?」 クジュトが話の腰を折るが、もふら面の男は首を振るばかりだ。 「ならず者の組織は別で拠点も別なので、累はそこまで及びませんよ。‥‥それはともかく雀流のお宿は、かつては神楽の都を訪れる氏族の本陣に割り当てられたこともあるくらいの広さです。各地から流れてきた剣自慢のならず者がこびへつらって居座り、隠れて好き放題をしてさらに素性の知れない仲間をどんどん呼び込み、道場としておかしくなったようですね」 「しかし、道場主が許さないでしょう」 クジュト、義憤に拳を固める。 「当然、うるさかったらしいです。そして、素性の知れない奴らが集まっているわけですから、うるさく言われて事は収まりません。薬なんかを使って衰弱させ、ついには薬殺してしまったらしいですよ。‥‥もちろん、表向きは衰弱死とされてますがね」 もふら面の男が身を置く、裏の世界の情報ではそういうことらしい。 「‥‥なぜ、私にそんな話をします?」 クジュト、酒をあおった。 「は?」 「現在その道場に居座っている者が悪人であることは分かりました。しかし、悪事を働くのはその道場でもないし、そこにいる者としてではない。つまり、悪事を起してからでなくてはどうしようもないし、私にはかかわりのない‥‥」 「東堂俊一から、浪志組の屯所を見繕ってくれと頼まれたらしいですね」 もふら面の男の言葉に、クジュトはかっとなった。 「直接悪事を働いてない者を力ずくで追い出しては、彼らとやってることが一緒でしょう!」 「待った。‥‥その道場はいま、厳武(ガンブ)と名乗る大男が道場主となり乗っ取っていますが、先代から道場の家事を引き受けてきた雀と名乗る婆さんは秘密裏に『道場破り』を探してるんですよ。居座ってしまったならず者を追い出してくれる、一見弱そうで強い剣の使い手をね」 「つまり、道場破りとして乗り込んで奴らを追い出し、浪志組の屯所として使わせてもらうよう雀婆さんと交渉しろ、と」 「ええ。‥‥小奇麗にしたクジュトさんが『負ければこの身を好きにしていい』くらい言えば、敵はまず間違いなく勝負に乗ってくるような人種ですから安心してください」 もふら面の男はそういって肩を揺らしている。笑っているのだ。 「くっ‥‥」 下衆め、と顔をゆがめるクジュトだが、結局屯所の確保に困っていたのでこの話に乗るのであった。 |
■参加者一覧
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
リリアーナ・ピサレット(ib5752)
19歳・女・泰
赤塚 豪(ib8050)
28歳・男・騎
滝夜叉(ib8093)
18歳・女・ジ
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● 「よっしゃーっ!」 神楽の都は某所にある、涼海(すずみ)邸――蔑称、雀流道場で門下生らが歓声を上げていた。 「何だ何だ? べっぴんさんが道場破りに来たって?」 「おうよ。こっちが勝ちゃ、好きにしていいんだってよ」 「みんな集まれっ。集まらねぇとお楽しみはお預けだぜッ!」 ならず者どもは口々に触れ回っては人を集める。 ここはかつて神楽の都を訪れた諸侯の本陣に割り当てられたこともあるだけに広い。そこへ寝泊りする門人は落ちぶれた流派らしく数は少ないが、ゆえに結束は固い。全員が集まるよう手厚く探し回っている。どたどた走り回るならず者たちをしかめっ面で見てそっぽを向いているのは、ここの家事一切を先代から任されている雀婆さんである。その瞳に積年の恨みつらみが渦巻いている。 そして最後の男が道場に入った。 「すまねぇ、厳武(ガンブ)の旦那。俺で最後だ」 「おうっ。それじゃ……」 「おっと、邪魔するぜ?」 門人計十五人を集めた現道場主の厳武が口上を切ろうとしたところで、ずいと人影が押し出てきた。 「看板頂きに来た。素直に渡すなら見逃してやるぜ?」 細い面に切れるような目。 人呼んで「朱之伏龍」こと劫光(ia9510)が啖呵を切った。不要なことは一切言わない。 「カッ。……おもろいな。ここぁ、大きな看板なんざ掲げねぇぜ?」 「では、代わりにこの道場をいただきましょう。あなたたちは今日限り、解散です」 怯みもしない穀潰しどもに、今度は舞妓姿をしたクジュト・ラブア(iz0230)が一歩前に出て毅然と声を張った。 「ほっほぅ。べっぴんさん、言うねぇ。……アンタらが負けたらこっちの手下だ。何されても文句言うなよ」 「姫様、道場破りなんてお戯れが過ぎます……」 げへへと下品な視線をクジュトに集中させる悪人ども。思わずミニスカメイド服姿のリリアーナ・ピサレット(ib5752)が身を挺してクジュトを止める。クジュトを姫と呼んだのはノリだが、見事に奴らは反応し口笛を吹くなど囃している。 「活きのいい若い娘もいるじゃねぇか。しゃしゃりでちゃってよぅ、がはは」 「ひっ! 睨まないでください怖いです!」 リリアーナ、びくっと身を縮めつつも健気なメイドとしてクジュトを抑えるお役目は務めとおす。この様子に悪党どもはさらに喜び「おうおう、可愛いのぅ」と盛り上がるだけ盛り上がっている。 「やれやれ、こんな下衆どもとやりあわなくちゃならねぇのか?」 ここで呆れた声を上げるのは、滝夜叉(ib8093)。修羅のジプシーで、肌の出る部分の多い服を着ている。 「おお? 扇情的な姉ェちゃんだな。戦わずとも俺っちらの言いなりになってくれてもいいんだぜ?」 「阿呆なこと言うのも大概にしとき。でないと怪我するで」 同じく修羅の騎士、赤塚 豪(ib8050)がずいと前に出る。 「なんじゃと?」 「まあまあ、ここはやはり力にものを言わせちゃいましょう」 三度笠に照る照る坊主は、燕 一華(ib0718)。明るく物騒なことをいいつつはやり前に出る。 「なんだ。このふざけたガキは」 悪党も我も我もと前に出る。 結果、両陣営が至近距離でにらみ合うことに。 おや、一歩引いたところに誰かが残っているぞ? (……悪党と互角に張り合っている) 修羅の志士、藤田 千歳(ib8121)が出遅れていた。 というか、どうも根が真面目のようでどことなくノリが悪い。 「まあ、そこのお坊ちゃんの言う通り。力で分からせてやんよ。……とはいえ、ここは道場だ。竹刀の剣術試合で受けて立ってやるぜ。特別にな」 げへへ、がはは、と悪党どもは笑い合う。 この様子にまたも千歳は呆れるが、ともかく両陣営対面に分かれ座るのであった。 ● 「げへへ。それじゃ、先鋒に出ましょうかねぇ」 にやにやと立ち上がったのは証明(ショウメイ)だった。小兵である。 「元・雑技衆『燕』が一の華の剣舞、お見せしますっ!」 これを見て開拓者側から一華が立つ。自然な笑顔で気負いはない。 「場数を踏んでると聞きましたが、上がる舞台が違ってもさすがに安心感がありますね」 思わずもらしたクジュトの声に、守るように前に座るリリアーナが振り向いた。大きな眼鏡の奥の瞳が「そういうものなのですか?」とぱちくり。クジュトは微笑で返事する。 ともかく、先鋒戦。 「始めっ!」 韜晦の下衆っぽい笑みと、隠すものもない真っ直ぐな笑顔が一気に動いた。 「一本!」 審判の手が証明に上がった。小手である。 (音なんか出して集中を邪魔してくるかと思いましたが……) 一華は周りも見つつ呼吸を整えた。敵陣で戦っている不利が微妙に影響した一本目だった。 二本目は心覆を使いつつ一華が胴を薙いだ。ところが審判は取らない。 「舞はこれからですっ」 一華もうろたえない。薙ぎから有利な態勢を作り次へつなぐのは巌流の攻防一体の構え「水仙」。空いた間合いに一気に踏み込み渾身の面をぶち込んだっ! 「面あり」 これは審判も取った。 「あっ!」 三本目は、一転敵も攻めてきて合い打ちに。 「証明」 審判は証明に手を上げた。一華の敗北だが、これは贔屓もあった。 「負けてしまいました」 「まあ、手口は分かったな」 「それにしてもえげつねぇぜ」 引き上げる一華と労う劫光。滝夜叉にいたっては怒りに拳を固めている。 「あいつは、人守りたい言うとった。ワイはワイを許せへんかったが……」 すっ、と次に豪が立った。 「剣術試合をコケにするこいつらは絶対に許さへん!」 目の前で立ち上がった試円(シエン)を睨む。期せず、大型対決となった。 「いてもうたるっ!」 「一本!」 何と豪、腕の長い試円に対し接近戦を仕掛け面を取った。スタッキングである。 「どりゃあ!」 二本目も敵の竹刀をガードで受けて弾くと一気に敵の懐に。慌てて審判が仕切りなおす。 結局、気合いの入りまくった豪が二本目もとにかく突貫し押し切った。 「何じゃ今のは。おお?」 この様子に一斉に難癖をつける穀潰しどもだったが、リリアーナが足を崩して怯えたようにクジュトにしなだれたため、何とか腰が浮くまでに留まった。彼らとしては何とか試合で負かして女性陣を我が物にしたいとの下心がある。 ● 「次、中堅戦!」 「行かせて下さい」 敵陣営から右眼帯の回雷(カイライ)が立ったのを見て千歳が立った。 「俺の剣術は、どこまで通用するんだろうか……」 浪志組隊士になり、今回の仕事を受けた後、空を見上げそう呟いた。 冥越の隠れ里から神楽の都に出てきた。剣は祖父に習った。井の中の蛙になっていまいか? 「流れの修羅、志士の藤田千歳だ。一手ご教授願おうか」 続けてすぱりと啖呵を切った。先日の不安は試合の場に立つと消し飛ぶ。答えは手の中にあると、竹刀を握った左手に力を込める。 「礼儀正しいな、坊主。……俺も、そんな時代もあったなぁ」 荒れ気味の場に爽やかな風を見て、回雷の様子が変わった。 「始めっ!」 回雷、下段。対する千歳は平正眼。 千歳は回雷の死角となる右目側に回りつつ、流し切りで胴を取った。 「いいな。……左利きというのも、いい。だが、これではどうか?」 二本目。何と回雷はがばりと蜻蛉に構えた。死角の右目が途端に攻守一体の堅牢と化す。しかも蜻蛉といえば初太刀必殺。 「おい、回雷。そんな行儀のいい剣術なんかすんじゃねぇ」 「うるせえっ! まやかしの技なんかどうでもいいんだよっ」 回雷、仲間の助言に怒声で返した。きりっと前を向く。 「始めっ」 「ちぇすとぉっ!」 やはり一気に来た。そして、千歳もこれしかない。平正眼から敵の死角となる右手に回りつつ、流し切り。 「胴ありっ!」 「何やっとんじゃい!」 一瞬早く駆け抜けた千歳。同時に敵の大将・厳武がいきり立った。 「じゃあ俺は大将取らせてもらうぜ?」 即座に劫光が応じ、互いに礼をして引き上げてきた千歳の肩をぽんと叩いてやった。 その脇では、座ったままの滝夜叉が敵を睨んでいた。彼女の対戦相手が自動的に秘匿(ヒトク)に決まったからである。秘匿も、目の部分のみをくりぬいた白い覆面をしたまま、滝夜叉を睨んでいる。 ともかく、中央。 「出るのが早くねぇか、大将」 「ふん、そんな細っちい腕で俺の竹刀を受けられるのかい?」 「ほう?」 睨み合う二人。 「始めっ!」 「どりゃあっ!」 勝負は一瞬だった。 「そんなもんかい?」 「手前ェ……」 厳武の渾身の兜割りを受けたはずの劫光が、平気で立っているのだ。 いや、さらに問題は、劫光が明らかにわざと玄武に打たせたからである。 「二本目!」 「そら、どうした? 打って来いよ?」 「これでのしてやるぜっ!」 またも手を広げ挑発する劫光に、今度こそはとかぶりが深くなる厳武。 余談であるが先の一撃、実は予め劫光は九字護法陣を自らに掛けていたのだ。 今度はそんなダメージ軽減スキルの効果はないが、別の大きな効果を残していた。 「おおおおおおおおっ!」 響く劫光の雄叫び。 敵が力を込める分隙だらけとなった所へ、渾身の霊青打を先にぶちかますッ! 元々、彼の狙いは一発でのすことであった。 そんな思いを込めた一撃は脳天を狙ったものだが、敵はあまりに隙がありすぎた。 ――スパァン! 何と、顔面に入ったのであるッ! 鼻血をしぶかせ昏倒する厳武。いくら体を鍛えても鼻っ柱までは鍛えることはできず。 「おんどりゃあ、何さらすかッ!」 この有様に、ならず者全員が木刀を手にして腰を上げるのだった。 ● ここでクジュトも立ち上がり凜とした声を響かせた。 「正規の手法に則った剣術試合を汚すとは何たる非道か。あなたたちに道場運営の資格はありませんっ!」 「何言ってやがる、姉ェちゃん」 正当性を声高らかに発した分、敵に狙われた。 「クジュト兄――姉ぇにちょっかいは出させませんよ」 クジュトの隣に控えていた一華がするりと前に出て防盾術で敵の攻撃を受ける。 とはいえ、敵は怒涛のように押し寄せる。 「姉ぇちゃん、物騒なもん持ってるが使えんのかよ?」 やはりクジュトの近くに控えていたリリアーナも狙われた。 そのリリアーナ、木刀を持っていたが「わたくし、木刀なんて……」と瞳を翳らせていた。 しかし、敵が蜻蛉で突っ込んだのを見た目は鋭かった。 次の瞬間! 「ぐはっ!」 ひらりと舞うミニスカメイド服のスカートの裾。 れっぐうぉーまーとかいうくしゅくしゅの脛当て布が巻き付いた右足が、膝の裏のくぼみも見えるかとばかりに高々と上げられていた。その蹴りが側頭部に奇麗に入る。 「ええ、木刀は不得手です」 きぱ、と優秀な使用人の口調に戻り言うリリアーナ。 「ですが素手喧嘩(ステゴロ)には些かの心得が御座いまして」 さらにスカートをなびかせ別の敵に蹴りを見舞う。脛当て布の中身が脚絆「瞬風」であるのは内緒だ。 そして、この騒ぎから遠ざかる者が。 白覆面の秘匿である。開拓者側に視線を送ってから、外に移動している。 (ん?) これに気付いた滝夜叉、短めの二刀竹刀を手にしたままこれを追った。 「ありがたいすねぇ。ここだとちょい、実戦道場剣術になりやすが、別にいいでしょう?」 外に出た滝夜叉に、秘匿が竹刀を構えていた。 「ああ。構わねぇよ。……それよか、女が相手じゃ不服かい?」 「いいえ、奇麗な顔をぐちゃぐちゃにするのは気分がいいですからねぇ。……私のように人にして上げますよ」 秘匿、竹刀で打ち込んでくる。縦一直線。 対する滝夜叉は舞うように円運動。両手の短い竹刀はナイフのよう。カッティングの技術である。 「やりますね」 「くっ!」 振り向きざまに力任せに打ってくる秘匿。滝夜叉は受けた竹刀の一本を飛ばされた。 「はははっ。どうします、どうします?」 調子に乗り攻めて来る秘匿。いや、傍にあった昆に手を伸ばしこれを得物にしたぞ。慣れているのだろう。俄然手数とキレが増している。 「そうら、そうら」 「はっ、やっぱきたねぇな。だが甘ぇんだよっ」 滝夜叉は残った竹刀を投げつけ隙を作ると、ひらりとジプシークロースを装備した。間髪入れずリズムを取り始める。シナグ・カルペーだ。たちまち昆による円運動とひらめく拳打による円運動が複雑に交差し始める。 しかし、秘匿の呼吸が乱れてきた。口まで覆っているので仕方がない。 「俺も隠れ修羅の一人、テメェの無念は分かるが他人に背負わすんじゃねぇ」 好機と見た滝夜叉は秘匿の懐に素早くステップ・イン。鳩尾目掛けて正拳突きを繰り出す。パルマ・セコだ。 これで、息を継いでいた秘匿は落ちた。 ● その頃、道場の乱闘も落ち着きつつあった。 「はっ」 リリアーナのスカートが舞い、旋蹴落の蹴りが唸る。 「乱闘なら勝てると思ったか?」 千歳の平正眼は木刀でも冴えている。 「豪兄ぃ、そっち頼みますっ」 守る一華が一人を受け持ちつつやや場所をずらした。その隙間に豪がするするっと入り込み一対一で叩きのめす。もちろん、一華の方もスパーンと打ちのめしている。 「もうやめにしいや。これ以上やったら、うっかりあんた達をいてまうやもしれへんで」 さらに敵を求める豪の向こう側で、劫光が符を取り出していた。 「悪いな。こっちが本業だ。唸れ、雷の竜!」 何とまさかの雷閃が迸る。竹刀剣術で使わなかっただけ紳士であるが。 「くっ。引け引け〜」 想定はしていたが、戦局終盤での一撃にならず者たちは浮き足立った。そのまま遁走を始めた。 「もちろん、追う必要はないですよ」 木刀を、主に受けで使っていたクジュトは息を乱しながらも指示を出すのだった。 戦い終わって。 「開拓者の技は一般の技ではない、弱き者のための技を教える場になればよい、と先代は繰り返しておいででした」 やがてやって来た雀婆さんはそう打ち明けた。志体持ちのスキルは一般人向けではない。 「そうでしたか……。俺は、神楽の都の安全を守る浪志隊の藤田千歳。隊士としての活動の合間に、先代・涼海殿の思いも実現できれば」 詳しく雀婆さんに話を聞いた千歳。そしてぽろりとこぼした一言に老婆の表情が輝いた。 「そうしていただければ、故・涼海冬雲斎も涼海流神楽道場も本望にございます」 深々と、頭を下げる。 後、屋敷も道場も浪志組が好きに使っていいこと、雀婆さんと残っている使用人が働き支えることを快諾してもらった。 そんなこんなで、皆で暴れた後片付け。 おや、豪が腕を組んで空を見上げているぞ。 「ワイは、前に剣術の試合で大事な友をいてもうたんや。アイツは、『人を守りたい』という夢を持っとった。でもその夢もワイがこの手でいてもうたせいで……」 「豪さん?」 背後を通りかかったクジュトが心配して声を掛ける。 「決めた。……ワイも浪志になるわ!」 振り返った豪の瞳に迷いなく、真っ直ぐだったという。 「全てはこれから、ですね」 背後では、一華が願いを込めて軒先に照る照る坊主を飾っていた。 |