|
■オープニング本文 ここは泰国南部。とある森林の上空。 さる旅泰の輸送船団が飛んでいた。中型飛空船を中心に小型の飛空船でまわりを固めた船団編成は、明らかに防空戦を想定していた。逆に言うと、中心の中型飛空船は交易品を大量積載しているといえる。 航海はこれまで順調だったのだが‥‥。 「来たァっ! 軍艦雲だあっ!」 物見の叫びが響く。その隣の男が望遠鏡を持ちより詳しく‥‥いや、望遠鏡を構えるのをやめたぞ。 「ちっくしょう、雲があるからこれが怖かったんだが‥‥」 運の悪いことに、広く大きな雲の横合いから突然、敵が現れたのだ。もう、遭遇は必至の距離である。 船団乗組員が目の当たりにしたのは、白い雲からずずずずず、と出てくる巨大な黒い雲。 明確に意思のある動きをする様子から分かる通り、この雲はただの雲ではない。 軍艦雲、と呼ばれる飛行型アヤカシの塊である。 その姿の何と不気味なことか。 いや、今回はそれだけではない。 「見ろっ! 艦首にでっかい竜の口のような骸骨がくっついとるっ!」 「何と恐ろしい形状じゃっ。そのまま飛空船も食われてしまうんじゃないか?」 おののきの声のように、軍艦雲の艦首には竜の頭蓋骨がくっついていた。否、一般的な竜の頭蓋骨などと比べるべくもない。 なぜなら、竜を丸呑みしてしまえるほどの大きさがあるのだからッ! 「ともかく離れろっ! 護衛艦隊に一斉射撃させろ」 中型飛空船の船長は指示を出すが、もう遅い。 船団の横っ腹から襲われ、護衛の小型飛空船が弓を放つもそのまま飲み込まれた。 ――バリッ! メシメシっ! 甲板などが砕ける不気味な音が響いた。 艦首にある大型アヤカシ「大口」に食われたのだ。 通常、大口に食われるとその後ろから残骸が落ちるのだが、この大口の後ろには軍艦雲が付いている。軍艦雲の船体を形作っている雲骸の大群がさらに残骸を食っているのだろう、いま食われている小型飛空船の残骸はほとんど落ちていかない。見ることのできない内部でどんなことが起きているのやら。それでも落ちる残骸がえらく細かくなっているのが妙ではあるが。 そして――。 「積荷を捨てろっ! 速度を出せ」 中型飛空船船長の指示。 だが、遅い。 或いは最初に積荷を諦めるべきだったか。 ――メキッ! バキバキバキ‥‥。 「うわああああっ!」 哀れ、大口軍艦雲の突っ込みから逃げることができずに右舷後方から噛み付かれ、その残骸を下の森林地帯に散らすのだった。 生き残りは、護衛の小型飛空船数隻だったという。 場所は変わって、神楽の都。 「そんなわけだからコクリちゃん、仲間を募ってこの大口軍艦雲を倒してちょうだい」 チョコレート・ハウスのオーナー、対馬涼子がコクリ・コクル(iz0150)に告げていた。沈痛な面持ちである。 「ちょっと‥‥。涼子さん、それはいいけどチョコレート・ハウスは輸送船だったはずだよ? これからチョコレートの大消費期間だからって、輸送を頑張るっていってたばかりじゃない。どうして船をわざわざ危険な目にさらすの?」 「チョコレートの産地からぜひにって頼まれたの。‥‥チョコレート・ハウスの武勇が知れ渡っていたのがネックだわね。純粋に期待されちゃったわけ」 溜息を吐く涼子。世の中難しいものである。 「でも、報酬は弾んでもらったし、チョコレート以外の優先取引も約束してくれたわ。‥‥それに見合わないくらい大仕事だけど」 船を失えば全て終わり。コクリは艦長として、あまり喜べない仕事だ。 しばし、沈黙。 「‥‥分かった。みんなを集めて退治する」 もういい、とばかりに態度を一変させるコクリ。涼子は心配そうにコクリを見詰める。 「だってチョコレート、美味しいもんね。‥‥アル=カマルや泰国の他の地域からも輸送されてるけど、ボクたちの手でも届けたいし」 複雑な心境で笑顔を作るコクリを、涼子は思わず抱き締めるのだった。 |
■参加者一覧
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
猫宮・千佳(ib0045)
15歳・女・魔
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
クレア・エルスハイマー(ib6652)
21歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ● チョコレート・ハウスが空を行く。 大きな雲があれど概ね晴天で良好な航海であるのだが、乗組員の様子など空気は緊張していた。 その舳先に立って、祈るように歌うように瞳を伏せ風を全身で受けている姿があった。 風のキャスケットからこぼれる癖っ毛の金髪が流れる。 ルンルン・パムポップン(ib0234)だ。超越聴覚で周囲の周囲の警戒に当たっている。 そして何かに気付いたように大きな緑色の瞳を見開き振り向いた。 ――カツ。 「どお?」 ルンルンの背後に来たのは、クレア・エルスハイマー(ib6652)。才気に満ちた大きな青い瞳と赤い唇が目を引く白いエルフである。 「雲に注意しちゃってますけど、う〜ん……」 「お疲れ様です、ルンルンさん。遭遇情報のあった空域はもうちょっと先なんだけどね」 艦長のコクリ・コクル(iz0150)もやって来た。 「チョコレート産地の人達が困っているなら、力にならなくちゃ……。頑張りましょうコクリちゃん、チョコレートは世界一千万の乙女の大切な夢の塊なのです!」 なんだそりゃな数値を口にしつつウインクするルンルン。そこへ白いローブを纏った魔術師少女リィムナ・ピサレット(ib5201)が現れ突っ込んだ。 「乙女はいいけど、気をつけないと脂肪の……」 「脂肪の塊とか言っちゃ、絶対に駄目なんだからっ」 いぢわるそうに流し目しているリィムナに、わたわたと乙女の主張をするルンルン。その隙にクレアはごく自然にコクリをはぐはぐしていた。 「コクリさん、改めて初めましてですわ。……聞いていたとおり可愛いですわ♪」 「う、クレアさんもミルクみたいな肌が素敵だよぅ」 これを聞き、「あら」と喜ぶとさらにコクリをだきゅりと可愛がる。 「そういえば……」 リィムナがクレアの様子を見て出港前を思い出した。 「勇名が知れ渡るのも考えものだねー」 苦笑しほわほわとその時を回想するのだった。 出港前、カカオ産地の顔役たちを前に艦長のコクリと八幡島副艦長が挨拶をしていた。 「今回はさらに厄介な軍艦雲だって聞いた。本来ならこんな輸送船に頼らず直轄地の兵隊を頼るべきだがなぁ」 八幡島が顔役らにぼやいていた。 「まあそうおっしゃらずに。チョコレート・ハウスと取り引きを始めて産地の評判が高まってますので、ここで武功を上げておけば必ずやお互いの利益になるはずですので」 そう言った男は好意的な笑みを浮かべていたが、何人かは腹に一物ありそうな様子。 「とにかく、ボクたちで何とかしてきます」 「コクリちゃんよろしくにゃ〜♪ 今回のアヤカシは強そうだけどがんばろうにゃっ」 コクリが言ったところで、猫宮・千佳(ib0045)が登場。ぴょんにゃんと跳ねてコクリに抱きつく。元気印全開だ。 「わわ、千佳さん」 「チョコ・ハウスにはボクも大分お世話になったからね。油断は禁物だけどアヤカシ退治はみんなのため。チョコはボクたちで守るよコクリちゃんっ!」 新咲 香澄(ia6036)も、コクリにだきゅ〜。こちらははつらつとした元気の良さで、真っ赤になっていたコクリがさらにわたわたしだす。 「コクリさん、大丈夫! 私達が頑張りますから。……チョコレートハウスは皆の幸せを運ぶ船ですからね、しっかり守って撃退しますよ」 今度は背後から背の高いお姉さん、アーシャ・エルダー(ib0054)がコクリの顔を抱き締めた。 「ほらほら、コクリの嬢ちゃんが困ってるじゃねぇか。さ、出港準備をするぞ」 八幡島の声でようやくコクリは開放されたが真っ赤でふらふら。そこへ……。 「……私も頑張ります」 「え?」 初対面となるレティシア(ib4475)が、ふらつくコクリの右手を自分の両手できゅっと包んでから放し、搭乗口へと駆け出していた。コクリには見えなかったが、レティシアを良く知る者がその顔を見れば「おやっ」と思ったろう。いつもの春風のようなほんわりした表情ではなく、どこかきりっとしている。あるいは、同年代の女の子が艦長をしていることに驚き、意気に感じたのかもしれない。 「では、行ってきます。さ、コクリさん」 最後に朽葉・生(ib2229)が顔役たちにぺこりと頭を下げ、コクリを連れて行くのだった。やはり、顔役たちの仲には意地悪そうな顔をした者もいたようだ。 「うーん」 「どうしたの? リィムナさん」 リィムナは難しそうな顔をしていたが、コクリの声にぱっと笑顔をした。 「今回はすっげー苦戦したって先方に伝えておいたら? コクリちゃん!」 「あっ!」 ここで、再び前を向いていたルンルンから声が上がるのだった。 ● 「風の音が変わった……。みなさん注意してください、あの雲の影に」 本当に風の音が変わったかどうかは不明ながら、ルンルンの指差す右前方の大きな雲で異変が起きていた。内部から黒い影が大きくなり、いま、ぼふぅと何かが突き出たのだ。 「軍艦雲!」 ルンルンの両脇から、コクリ、クレア、リィムナが並ぶように身を乗り出し声を一つにして叫んだ。 その姿の何と禍々しいことか。 巨大な龍頭骨をつけた長細い姿は、或いは死神のようであった。 「やはり……。速度はありますが、旋回性能などはどうでしょう?」 いつの間にか並んでいたレティシアも息を飲んでいた。「あれで小回りが利くとなると大変厄介ですが」と続ける。 「ショコラ隊、出撃! 朋友回してくださいっ」 「これは何とも大きな相手ですわね……」 「大丈夫。チョコレート・ハウスは今までも戦ってきたんだから」 叫んで甲板員などに指示を出すコクリに、目を丸くするクレア。リィムナは先に行ったルンルンに続こうとしたが止まり、クレアににこりと微笑みかけた。 「そうね。チョコレートハウスは墜とさせません」 クレアは笑みを浮かべてリィムナと一緒に駆け出すのだった。 そしてその先ではもう飛び立つ者がいた。 「コクリちゃん、ボクがまず出るから」 香澄である。 滑空艇『シャウラ』を展開し、ひらりと上部に収まるとすぐに風を掴み浮き上がった。「任せて」のウインクの余韻を残しその翼で風を切るのであった。 「セルム、行きますよ」 どかかっ、と強靭な四肢で甲板を走ってから浮き上がったのは、鷲獅鳥のセルム。騎乗はアーシャだ。 「アーシャさん、ご武運を……『我は駆ける砂漠の風!』」 すれ違う形となったクレアがアクセラレートを掛ける。 「うに、魔法少女マジカル♪千佳出撃にゃ〜♪。あたしがいる限り、このチョコレートハウスには手を触れさせないのにゃ♪」 さらに船体後部上空から大きな翼を広げた甲龍が飛んできた。偵察に出ていた千佳である。甲板に十文字の影が過る。 「コクリちゃん、行ってくるにゃよ〜♪」 甲龍の上でにゃにゃん、と千佳が腕を上げている。 「ルンルン・パムポップン、『白影』行きますっ!」 「ボレア、急いで追いますよ」 ルンルンが滑空艇で上がり、生も駿龍「ボレア」で続いた。すぐにリィムナの滑空艇「マッキ33SI」、レティシアの駿龍「フィル」、クレアの炎龍「シルベルヴィント」も離陸。 無事に全員飛び立った編隊の背後では、チョコレート・ハウスが左に艦首を傾け回避行動を開始していた。 後は、開拓者次第である。 ● 先行した香澄とアーシャは、後続と回避運動をするチョコレート・ハウスを見ながら位置をじっくり整えていた。そのうち後発組が追いついてきた。 「大きい……」 思わずもらしたのは、レティシア。 敵に近付くにつれその巨体が実感される。距離感が狂い想定より早い接敵に息を飲むが、きっ、と瞳に力を入れた。「私には役目がある」との思いが背筋を伸ばす。 「空のお掃除にぴったりの空模様ですねぇ、諸君」 ふふふふふ、と高度を上げ仲間と距離を取った。 「では私は大口から先に退治します」 呼応し生は右へ展開。 「じゃ、私は左だねっ! 竜といえば炎。正面への攻撃に気をつけてねっ」 リィムナは生と反対側へ位置した。 「ホーリースペルを出来るだけかけとくにゃ♪」 「私は艦を守っちゃいますね」 千佳が編隊内を回り、ルンルンは若干下がり気味に位置。 「生さんとリィムナさん、位置につきましたね。……それじゃ香澄さん、まずは右顎狙いですからねっ」 アーシャがくるりと頭上で長柄槌「ブロークンバロウ」を回し、リィムナが槍を掲げ笛を吹いた。 これが、合図だった! 軍艦雲ももう射程圏に迫っている。 この時、晴天の何もない空に吹雪が吹き荒れた! 「白い視界に戸惑いなさい!」 「喰らえ、生さんとのダブルブリザーストーム!」 先制攻撃は、左右に展開した生とリィムナのブリザーストーム。 軍艦雲艦首の大口の視界を遮る作戦だが……。 「私たち無視のチョコレートハウス狙いみたいですね」 上空からこの様子を見ていたレティシアが狼煙銃を打ち上げた。事前にコクリには、敵の戦略行動がチョコレート・ハウス一本なら知らせると伝えておいた。これでひとまず役目を終えたレティシア。こく、と頷き視線をもどすとじっと戦況を見詰めた。 下では、仲間が視界を奪った直後の本命攻撃に出ている。 「これが初公開! ボクの渾身の一撃だよっ!」 尾を引くシャウラの弐式加速で位置調整した香澄が陰陽符「玉藻御前」を構えると、九尾で大型の白狐が現れた。 「狙いは大口の口の中っ。頼んだよっ」 一気に跳躍する白狐。開いた大口の中に入り右顎に噛み付いた! 「どれだけの船を沈めたか分かりませんが、ここで私に会ったのが年貢の納め時……」 そして外側では荒ぶるセルムを駆るアーシャが詰めていた。すでに振りかぶったブロークンバロウをスイングしている。 「さあ、帝国騎士の鉄槌をくらいなさ〜い!」 オーバードライブからの、騎士の誇りをかけた一撃が外側から右顎に奇麗に入った。 ――ガゴン! 顎を閉じる大口だが、それは内外から痛撃を食らった後。もう白狐は消えている。一点集中の部位破壊で右顎付け根が砕けぽっかりと穴が空いた。が、まだ開閉はできるようだ。大口がまた口を開ける。 「白狐の威力、とくとごらんあれ。もちろん一発じゃすませないんだからね? 次は左っ」 「今度はあたしが外側からっ」 大口の動きに対し、香澄が再度白狐を放ち、左にいるリィムナの掲げたアゾットからアークブラストの閃光が迸る。いや、クレアも突っ込んでいるぞ。 「さあ、これで終わりよ! 『我は振るう雷神の鎚!』」 霊杖「カドゥケウス」からやはりアークブラストが閃く。 ――ガコンッ。 「やった!」 開拓者の歓声が響き渡る。 両顎の支えを失った大口の下顎は空しく落ちながら瘴気に戻っている。 しかし、今攻撃した者は一瞬、これを目で追ってしまった。 「危ないにゃっ!」 仲間より後ろ気味で全体を観察していた千佳が声を上げた。 ここで、信じられない現象が開拓者の前衛を襲うのだったッ! ● 「はっ。香澄さん危ないっ!」 千佳の言葉に、生が反応した。 ブリザーストームを再び放ち大口の視界を塞いだ。 ところがこれは逆に大口前方から離脱しようとしていた香澄の視界を半分奪うことにもなった。 「え? うわっ!」 何と、軍艦雲の艦首にあった大口が射出されていたのだ。上顎だけの大口の上下運動が香澄とシャウラをもろにえぐった。 「香澄さんっ! マッキ、伸びろ」 間に合わないながらも緊急回避で力なく墜落するシャウラに、リィムナがマッキを加速させて追う。「軍艦雲は中も注意してねっ!」との言葉を残し。 やがて追いついた。レ・リレカルは香澄を回復したが無機物のシャウラは回復できない。一時戦線離脱する。 それはともかく、上半分の大口はどうなった? 「魔法少女の力を見せるときにゃ♪ マジカル♪ブリザード食らうにゃ!」 二列目の千佳が行く手を阻んだ。そして七つの宝珠がひしゃく型に煌く北斗七星の杖を一振りし風を巻くと、そのまま前方に伸ばしてブリザーストー……もとい、マジカル♪ブリザード。しかし、突進の線上に千佳はいるぞ。 「にゅ……」 突破されれば千佳と甲龍も無事ではすまない位置での効果的な一撃は、見事止めとなった。恐る恐る閉じた目を開けた千佳は瘴気に崩れ行く敵を見てにゃふんと胸を張るのだった。 時を同じくして、軍艦雲。 「そんな……。そんなふざけた話がありますかっ!」 アーシャが瞳を険しくしていた。 それもそのはず。 とんでもないことに、軍艦雲の中からまたも大口が顔を出したのだ。リィムナは何かあると予想していたようだが、仮にこの場にいれば「まさかね」と呆れていたろう。 「とにかくもう一度っ」 「あっ!」 クレアがもう一度同じ攻撃を仕掛けるよう提案したところで、敵に動きがあった。 今度は軍艦雲を形成していた雲骸が自発的に分散出撃したのである。アヤカシとしては同じ手は食わないといったところだろう。 そしてやはり新たな大口が加速前進するっ。 「あなたの好きに移動はさせませんわよ! 『我解き放つ絶望の息吹!』」 「クレアさんに続きます」 クレアと生がやはり左右からブリザーストーム。 「香澄さんの仇〜っ!」 怒りのアーシャが髪を振り乱し大槌を振り回す。がきりと手応えはあるが一撃では破壊できず。 「セルム!」 『ガッ』 鷲獅鳥もクロウで攻撃するなど、とにかく手数で対応する。 と、ここで目の前の敵の一部に灰色の光球が現れた。消えると同時に光に触れていたアヤカシの部分が消えている。 「練力消費量から使いたくなかったですが……。アーシャさん、もう一回行きますので時間を下さい」 生の大技精霊魔法、ララド=メ・デリタだ。これで片顎が消えた。 「これで、どうっ?」 反対側では、クレアがアークブラストを連発して顎をようやく砕いていた。下顎が消えながら落ちる。 さらに、上空。 「クレアさんも、アーシャさんも……。何とかしないと」 レティシアが次の自分の役目を遂行していた。大口撃破を優先するあまり雲骸の攻撃を受けまくっている仲間の援護である。白銀の鱗が雪のように美しいフィルの高度を下げるとローレライの髪飾りに手をやり撫で、すうっと息を大きく吸った。 そして、歌う。 同時に薄緑色に輝く燐光が舞い散り始めた。 不思議な髪飾りの効果で、自分の歌声で軽やかでハイテンションなリズムを刻んだ。普通に歌うより響き渡り、レティシアの両隣に人影のような幻影が現れてステップを踏み始めている。味方の攻撃と回避を上げる黒猫白猫だ。 「よし、これでどう?」 下ではアーシャが敵の目の辺りを狙って強打をかましていた。そして灰色の光球が輝く。 「ふうっ」 ララド=メ・デリタで止めを刺した生が一息ついた。何とか危険なアヤカシをまずは消滅せしめたのだ。 ● そして、雲骸掃討戦に移る。 残った敵の数は多いが、レティシアの黒猫白猫がうまく効果していた。 「さあ、暴れて良いですわよ♪」 クレアからアクセラレートをかけてもらったシルベルヴィントは、その名の通り「銀の風の如く空を翔けるように」動きが冴え始めた。近付く雲骸に火炎を放射すると主人を思ってそのままばさりと後退。その隙にクレアはまとめてブリザーストーム。さらに晴れると炎龍突撃。炎と吹雪、引いては押しての自在の戦いぶりを見せる。 そして上空。 「おっと、いけませんねぇ」 ここに位置していたレティシアにも敵は来た。早速、夜の子守唄で対応するがここで「まあっ」と声を上げた。 「雲骸、もしかして寝ながら飛ぶの?」 利いた風だが落ちる個体がない。そればかりかそのまま漂い体当たりしてきたのだ。 「だったら……」 今度は距離を取りつつ怪の遠吠え。 ついて来た少数はフィルの爪でさくり。さらに何かが飛んできて敵を切り裂く。レティシアの投げたブレードファンだ。 「ある程度は利くようね」 くるくるっと戻ってきたブレードファンをぱしりとキャッチしつつ、好奇心を満たすレティシアだった。 再び場面は最前線。 「チョコレート・ハウスが……。くっ、邪魔ですっ」 アーシャが群がる敵をハーフムーンスマッシュで薙いでいたが、多くに突破された。振り向き後方を気にする。 その視線の先では。 「ここから先は行かせないんだからっ!」 滑空艇の大凧『白影』のルンルンが最後衛で覚悟を決めていた。サクラ手裏剣で迎撃するもやって来る数の方が多くなる。四方から纏わりつかれ削られ放題の最悪パターンに……。 「させませんっ。ジュゲームジュゲームパムポップン……」 熱烈な憧れを抱いてきたニンジャ道。今それが試される時と顔を上げ、霊剣「カールスナウト」を振るい周囲の風をかき集めたっ! 「輝け霊剣、ルンルン忍法砕風ラッシュ!」 決めたポーズから四方に飛び散る真空の刃。全周の敵をばっさと切り裂く。見たか聞いたか、これが「風神」。 「もう一度! コクリちゃんと艦は絶対にやらせないもの!」 絶好調のルンルンがまたも構える。 いや、逆にそれだけ数に押し込まれているとも言える。 だが、最終ラインで戦っているのはルンルンだけではないっ! 「うに、行くにゃよ♪」 千佳が再び下がっていた。 すでに乱戦なので今度はウインドカッターで各個撃破に勤しむ。 「にゅ、硬質化して暴れまわってにゃ」 『グァッ』 騎乗の甲龍にはスタンピードで体当たり。体を張ってこの先には行かせない。 それでも敵はこの最終ラインも数体がすり抜けるぞッ! もうチョコレート・ハウスは目の前。コクリが慌てて出撃準備を整えている。 その時だった! ● ごうっ、と炎の射線が斜め下から迸った。 「ここは絶対に通さないからねっ!」 何と、態勢を整えた香澄が戻ってきたのだ。シャウラともども傷付いてはいるが、弐式加速で復帰した姿は闘志に溢れている。いや、もうシャウラに被害があってはいけないと覚悟を決めているのだ。秘めた決意に瞳が輝く。 「チョコはボクが守るっ」 再び狼の式を召還し、火炎獣。喰らう前に最大戦力でとにかく叩く。 「もちろん、あたしもいるからねっ」 リィムナも戦線復帰している。アークブラストで近寄る雲骸を掃討した。 「皆さん……」 ばさあ、と上空から捻り込むように現れたのは生とボレア。艦を守るべく最終ラインに到着した。 「みんな、大丈夫?」 コクリも滑空艇「カンナ・ニソル」で到着した。 とはいえもう大勢は決している。 ショコラ隊が、最後の掃討戦を圧倒的な戦力差で展開していた。 「コクリちゃん、勝利のポーズにゃ♪」 「こ、こう?」 戦闘終了し、全機収容したチョコレート・ハウスの甲板で千佳とコクリが向き合って両手をタッチしてからにゃにゃん、と外側の手を突き上げていた。 「コクリちゃん。これからもボクを頼ってもらえるとうれしいなっ♪」 「ちょっと香澄さん、嬉しいけど大丈夫なのっ!」 横から元気に香澄に抱きつかれて戸惑うコクリ。 「まあ、回復はしましたし」 「さ、祝勝会と参りましょう♪ 」 苦笑する生の隣から、チョコをお盆に盛ったクレアが現れた。 「おいしそうな艦名だし、疲れたから食べたくなってきましたわよねぇ?」 「ええ。仕事した後は甘いものが欲しくなるのです」 「欲しくなるのです」 クレア、魅力的にウインク。その隣ではアーシャがわくわくキラキラ。ルンルンもやっぱりキラキラ。 その横では。 「今度は、過大な期待が来ないようにしないとね」 リィムナもウインク。 「まあ、その時はまたお手伝いしますから。ね、セルムもそう思うでしょ?」 朋友待機所に収まる前のセルムはアーシャに言われて「グァ」と返事をするのだった。 と、同時に奇麗な歌声が流れた。 レティシアだ。 大口に襲われ空に散った船と船員達に捧げるように、歌声を響かせている。どこまで届くか、どこまで響くか。 「いや、届けたいよね」 何となくレティシアの気持ちが分かったような気になり、コクリはそう呟いてチョコレート・ハウスとショコラ隊を見渡すのだった。 |