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■オープニング本文 ●浪志組 尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――浪志隊設立の触れは、広く諸国に通達された。 参加条件は極めて簡潔であり、志と実力が伴えばその他の条件は一切問わなないという。出自や職業は無論のこと、過去の罪には恩赦が与えられる。お家騒動に巻き込まれて追放されたり、裏家業に身を落としていたような、立身出世の道を断たれた者にさえチャンスがあるのだ。 「まずは、手早く隊士を募らねばなりません」 東堂は腕に覚えのある開拓者を募るよう指示を飛ばす。浪志組設立に必要な戦力を確保することを第一とし、そして――いや、ここに来てはもはや悩むまい。 ――賽は投げられたのだ。 ●その時、クジュト・ラブアは 「まあ、あんたさんとお仲間さんには先日、夜道のアヤカシを退治してもらったって言うからねぇ。ウチからも旅館の寄り合いに話を通してみるけど、おそらく大丈夫やないかねぇ?」 「ありがとうございます。浪士組設立に奔走している東堂も喜びます」 神楽の都のさる宿の控え室にて、ミラーシ座の出演準備をしていたクジュト・ラブア(iz0230)が、宿のおかみに深々と頭を下げていた。 「東堂さんは知らんけど、あんたの顔もあるんやろ? 金額はあまり期待してもらうと困るけど、前の働きのようなことしてくれるんやったら、ウチらも大喜びやしねぇ」 ころころ笑いつつ、「ほな」と退室するおかみ。 ウチの旅館は手厚ぅ護ってね、というところである。 「‥‥早速いいことになりましたね。護衛対象から直接資金を引っ張ることで東堂俊一の一番の悩みどころを助けつつ、ミラーシ座としても神楽の都の宿に名が通り他の一座には真似できない縁が出来る」 クジュトの隣に控えていた焦げ茶のもふら面の男が、肩を揺らしてつぶやいた。 「しかし、東堂さんは人材も欲しがっていたようです。浪士組の肝は資金ではなく『即・参・斬』の迅速性でしょう」 元々、クジュトは砂塵騎である。スキルを捨てて天儀で吟遊詩人としてやり直しているとはいえ、機動力を重視する傾向がある。 「確かに、組織の基盤は人材と資金です。‥‥そして、東堂はまず人集め――形から入りました。我々ミラーシ座も形からです。人は形のないものに金は出したがらないものですからね。だから、先に次の手を打っておくべきなのです」 もふら面の男は熱を込めて話す。そして、「クジュトさん、あっしはね」と佇まいを変えて続ける。 「あんたに東堂と関わることを勧めたが、彼の作る浪士組では裏方に徹して欲しいんですよ」 「‥‥前線に出ると商品に傷が付く、と?」 この指摘に、「へへへ」と頭をかくもふら面の男。 ――その時であったッ! 「おらあっ! 抵抗したらどいつもこいつもぶっ殺すぞっ!」 けたたましい音と共に、悲鳴と怒号が飛び交った。 「クジュトさん、狼藉者が‥‥。数人仲居も斬られて死人も‥‥」 「おかみさんっ!」 転がってきたおかみをとりあえず保護するクジュト。耳を澄ますと、どたどたと走り回る音、「おりゃあ」という気合いの音に何かが切られる音などが響いている。相当数の狼藉者が押し入り、のべつまくなしに暴れまわっているようだ。 「おめぇら、これ以上近寄んじゃねぇぞ。この女の命がどうなっても知らんぞ?」 表玄関からは、そんな声も聞こえている。どうやら狼藉者たちは追われているらしい。 「相当熱くなってるのは、追い詰められてるからでしょうかね?」 「行くしかないでしょう」 「え? ちょっと、皆さん。お願いします。クジュトさんを追ってください‥‥」 腰を上げ、刀を手に飛び出したクジュトに面食らったもふら面の男。宴席の舞に出演準備をしていたミラーシ座の仲間に声を掛けるのであった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
エメラルド・シルフィユ(ia8476)
21歳・女・志
リスティア・サヴィン(ib0242)
22歳・女・吟
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
山階・澪(ib6137)
25歳・女・サ
ジク・ローアスカイ(ib6382)
22歳・男・砲
キサラ・ルイシコフ(ib6693)
13歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ● 異変があったとき、ミラーシ座楽屋の反応は早かった。 「あら‥‥」 「何だ?」 公演準備のためしゃらしゃらした簪を手に目を優しく細めていた柊沢 霞澄(ia0067)と、演奏の楽器を選んでいた巴 渓(ia1334)がすぐさまクジュト・ラブア(iz0230)を追った。 「エメっ!行くわよっ」 「この木刀を借りる。ティア、霞澄! 負傷者は任せたぞ!」 リスティア・バルテス(ib0242)は持参したバイオリンを持ったまま、そしてエメラルド・シルフィユ(ia8476)は手近な武器をひっ掴んで間髪いれずに続く。 「望まぬ客が来たようだな、無粋な」 ロック・J・グリフィス(ib0293)はちょうど小道具の鉄傘を手にしていた。迷いもなくそのまま出る。 「二階にもいますよ! 手分けを」 山階・澪(ib6137)は、まず叫んだ。出入り口が広いわけではない。良い判断だ。「連携しましょう」という気持ちを先行組にも伝える。 「一人として逃がしませんよ」 長谷部 円秀(ib4529)は、表玄関方面に向かった仲間と逆に、あえて裏口に回った。円秀、涼しい顔。こういうところのある男である。 「ふむ、どうやら劇に招かれざる客が来たようだ、ね」 円秀と同じく、ジク・ローアスカイ(ib6382)も落ち着いている。 「中は人で溢れるだろうし、‥‥外、か」 それだけ言うと、なにやら白い布に丁寧に包んだ長物を手繰り寄せた。ひらり、とその覆いを取ると中からマスケット「バイエン」が現れた。きっ、と顔を上げると仲間を追った。 「公演の手伝いの依頼に参加したら‥‥なんかとんでもないことになっちゃたなぁ‥‥」 そして、ふうっ、と面を伏したまま鬼灯 恵那(ia6686)がつぶやいているが、「刀、持ってきてよかった♪」と顔を上げる。開いた赤い瞳は普段どおり。自然体で楽屋を後にし、敵を歓迎する場所を探すのだった。 「あんたはどうするんで?」 もふら面の男は残った一人、キサラ・ルイシコフ(ib6693)を振り返った。 「キサラ、ミラーシ座の公演初めてなのに〜」 準備のため先ほどまでクジュト服装に合わせて禿(かむろ)のような着物姿になっている。肩までで切りそろえた髪型のかつらを被るため、ウェイブした豊かな髪型を収めるのを苦労した。それが、無駄になるかもしれない。 「せっかくの公演、邪魔しちゃヤなの〜」 竪琴「龍琴」を手に、見た目可愛らしい姿のまま邪魔者退治にてててっと出掛けるのだった。 ● 「きゃあ!」 「おぅら、待ちやがれっ!」 宿ではそこらじゅうから悲鳴と狼藉の音が同時多発的に響いていた。 「くっ!」 渓は走りながら言葉をしぼり「どうする?」と自問していた。左右、そして上を見る。どこへ優先して駆けつける? そして目を見開いた。 視線の前には、斬られて流血する仲居を助けている霞澄がいた。 「手当てします。‥‥クジュトさん。広い部屋を救護室としますので、乱暴者も怪我をしたなら連れて来て下さい。閃癒を使います」 ほう、と感心したのは無口っぽい霞澄が良く響く声を素早く出していたから。 ここで、横手からカシンと音がする。 先行していた女形姿のクジュトが仕込み杖の刃を抜き、敵の一撃を受けていた。そしてすかさず胴を斬る。 「やりすぎんなよ、クジュト!」 渓、それだけ言い捨て一階を任せる決意をした。階段を駆け上がる前に狼藉者の首筋に手刀を打ち気絶させると、荒縄を投げ捨てる。 「後は任せた!」 続く仲間に気絶した敵の捕縛を任せたのだ。 「一座の名を汚す気こそないが、傷付く人々に背は向けられん!」 続くエメラルドはこれを無視した。 「一座だ開拓者だって言う前に人として黙ってられないわ!」 リスティアも無視し階段を駆け上がる。 渓の置き土産はそのままだったが、最大戦力の迅速な戦線投入という意味でこれは好判断だった。 捕縛せずとも気絶させられた賊は騒ぎが終わるまで目覚めなかったのだから。 そして、二階はすでに大惨事となっていた。 「おらっ。邪魔なんだよっ!」 「おいっ!」 上がった渓の目の前で、宿の者が無抵抗に斬られていた。てめぇそれでも人か? と猛る渓が怒りの形相で怒声を発するが、敵はちらと見ただけで襖を開けて逃げた。 「舐めるなよ三下が!」 瞬脚を使うが、後ろ手で襖を閉じて逃げる敵に対し思うような効果はない。が、渓も「疾風怒涛」と呼ばれる身。襖を開けるとまたも瞬脚で一気に詰める。今度は広間だ。一気に届く。 「俺が今まで何体の妖魔を葬ってきたと思う?」 「ひ」 敵の悲鳴は短い。 背後を向いたその後ろ――つまり前に回った渓の一撃で気を失うのである。 ● エメラルドとティアは、横にそれた渓を抜いていた。 「助けてっ!」 「人を守る為のこの剣、今こそ振るおう」 どこかから響く悲鳴。 それを頼りにすたーん、すたーんと襖を開けるエメラルドだったが、ついに奥座敷に賊を発見した。 「なんだ、舞妓か?」 賊の表情は狂気じみていた。今度は逃げることなく逆に襲い掛かって来ている。手入れから逃れてきた賊である。仮に渓のような明らかな戦闘要員と見られたら逃げられていたかもしれない。今は、舞妓を斬るという状況に統帥しているかのようだ。 「そうだ。寄って来い」 エメラルドの方は、助けを呼んでいた仲居と敵を引き離したことにしてやったり。いつもの異国の舞妓のようなあられもない姿のまま舞うように近付くと‥‥。 「一の舞い」 流し斬りの木刀で打ち据えると、背後で倒れる音を聞きながら無傷で済んだ仲居に安心するよう声を掛けるのだった。 「こっちよ! 大丈夫、任せて」 同じく二階に上がっていたリスティアは、さらに奥へと進み自分が来たほうに客などを誘導する。 が、救助の声は賊にも届く。 「ひひひ。こぉんなところにいたか!」 ティア、不快感に顔をゆがめた。賊の表情も声も正気のものではないのだ。「へんっだっ! 剣を向ければ大人しくなるなるなんて思ってんじゃないわよっ」 姐御肌のティア、武器はなくとも向けられた剣に臆することなく言葉で戦う。「ぬう」と、激昂する敵。 「よっ、と!」 ティア、挑発しておいてかわし残した足で引っ掛けた。妙に慣れている。この隙に前に逃げ‥‥いや、ここで最悪事態となった。 たたらを踏んでバランスを崩した敵が、逃がした客の背後に近くなったのだ! 前に行かれると大惨事となるぞ。 「逃げられるわけないじゃない!」 決断が早い。舞妓としてははしたなく足を上げると、なりふり構わず蹴りをかます。 「これ以上は行かせないわっ」 そして身を挺す形で非難客の最後尾に割って入るが、さすが開拓者の蹴り。敵は気絶していた。 さて、いち早く分担を叫んだ澪。その功は大きいが後の動きで精細をやや欠いていた。 (敵が待ち構えているかもしれないですしね) 二階へ行く途中、曲がり角などの死角で銀の手鏡を使い用心するなど、戦況を見誤った。 結果、戦線への到着が遅れた。 それでも他の仲間と違い裏口側の階段を上ったのは幸いだった。 「うおっ。何だてめぇは?」 廊下で対峙した敵が慎重な澪を組しやすしと見て攻撃してきた。敵はすでに建物の奥までやって来ていたのだ。 「戦場は待ってくれないですね」 先手を取られたが、がっちりと両手の釵「猫胡」で十字組受で防ぐ。そして己の身中から発せられる剣気を相手に叩きつけ威圧。サムライの技で腰を抜かす敵を荒縄で捕縛した。 痛みを伴わない手堅い動きであるが、効率は悪い。 後の話しであるが、咆哮を使い掃討戦をするが時すでに遅しであった。 ともあれ、一人は無事に捕縛はした。 「運が良かったですね。理由は一階に行けばわかります」 武器を取り上げながら言う澪だった。 ● その、一階。 「きゃあっ!」 若い娘の悲鳴に、すっ飛んでくる鍋蓋。 すこーん、と娘に迫っていた狼藉者に当たる。 「誰だ?」 「さぁお嬢さん、今のうちに」 顔を巡らせる隙に、ロックが横合いから娘の前に割って入った。 「邪魔すんな!」 敵の打ち下ろしはロックの開いた鉄傘が止める。スィエーヴィル・シルトの極意が凶刃をがっちり受け止めた。 そして鉄傘から顔を出し、ふっ、と目を細める。怯む敵。 「これ以上の狼藉許すわけにはいかんな、ロック・J・グリフィス参る!」 ばさりと舞うは段だら模様のマント。 それが落ち着いたときには、一瞬で鉄傘を閉じたロックが体を旋回させてから突きを放っていた。鈍い音が響くっ! 「峰打ちだ、死にはせん」 くるりと回って、鉄傘を肩に担いでぴたりと見栄を切る。いつぞやの歌舞伎出演で得た経験をここでも披露する。 「ん?」 そして、どこかで響く咆哮に気付くのだった。 場所は変わり、一階の大宴会室。 「今のは、お前か?」 すたーんと襖が開き、狼藉者が姿を現した。 「手当たり次第に斬りまくるなんて‥‥なに羨ましいことやってるのさ‥‥」 中にいたのは恵那だった。普通の呟きではあるが‥‥。 「別にいいよ。私も、同じようにするからさぁ♪」 ゆらり、と身を起す恵那。どさ、とついさっき斬られた男が身を崩す。足元には、その男の斬った店員が血塗れで倒れていた。凄惨な光景の中、普段どおりにしているのが不気味である。 「気味の悪い奴め!」 「今宵の清光は血に飢えている‥‥」 斬りかかって来る敵。恵那はすでに血が滴る殲刀「秋水清光」‥‥いや、人呼んで殺人剣「外道の刀」を横に大きく伸ばしてから腰を落とし、上から来る敵の剣より先に鋭く踏み込みやや下段から一気に薙いでいた。。 「私の方に来た人は運が悪かったってことで♪」 言葉は軽やかだが表情に笑みはない。そしてまた新たな敵が寄って来る。無論、運の悪い人たちとなるだろう。 ● 「こっちに来てなの〜」 一階の混乱の中、キサラが気丈に奥座敷への誘導をしていた。 「ひぃぃ〜」 「酷いもんじゃ」 次々逃げてくる人々を口笛で落ち着かせている。派手なスキルではないが、地味に利いている。 やがて、七星剣を構えつつ重傷者を背負った霞澄と、怪我した人を抱え殿を守るクジュトを見つけた。 「あっ。座長さん、霞澄おねーさん、こっちなの〜」 「キサラさん、ありがとう‥‥。無事な方は応急手当を手伝ってください。一人でも多くの人を助けられるよう‥‥」 「私は怪我人を運んできます。キサラさん。救護所の確保、お手柄ですよ」 クジュトはキサラにウインクしてからまた駆け出して行った。途中で非難した人とすれ違いこちらを指示して先を急ぐ。 その直後だった。 「てめぇらっ!」 「‥‥あっ」 何と、通路の途中の襖が開き賊が現れたのだ。 「キサラも‥‥」 前に出るキサラ。手にした竪琴「龍琴」をかき鳴らす。スプラッタノイズの強烈な雑音を敵に叩きつける。突っ込んできた敵は不快に顔をゆがめて足を止める。 「今の内に逃げてなの〜」 「キサラさん?」 異変に気付いた霞澄は顔を出すと、瞬時に状況を理解。ひらりと舞うは神楽舞「縛」。さらに時間稼ぎをする。手には護身用の七星剣があるが、どうする? ――ターン。 その刹那、銃声が響いた。 「今宵の舞台に無断で割り込んだ罰則は重い、よ‥‥鉛玉だけに、ね」 通路の奥の奥に、マスケットの構えを説くジクがいた。外れると仲間や一般人に当たる難しい一撃だったが、人呼んで「冷静沈着狙撃手」に迷いはない。 「ジクさん〜」 喜ぶキサラに、無言で笑みを湛える霞澄。 この様子を見て、ジクは通路から姿を消した。 この頃には、入り口で揉めていた同心たちも人質を取っていた狼藉者を倒し突入を開始していた。 「こんなこと聞いていない‥‥俺は逃げるぜ!」 裏口からはそんな声も響いていた。 局面は、新たな方向へ流れつつある。 ● 「あらかた鎮圧と制圧をしたと思います」 二階では、澪の動きが再び光り始めていた。咆哮で反応がないので「もう大丈夫」と判断し、救護活動に移っている。 「無事な者はこっちへ集まれ。‥‥ティア、どうだ?」 「ええ。一階の霞澄のところへ移ってもいいわよ」 二階で避難護衛に専念していたティアが負傷者を抱えエメラルドに返す。 「よし、俺が先行するぜ!」 渓が先導し移動が始まった。 果たして、賊は全滅したのか? 場所は変わって、宿の裏の通用口。 「おおい、待ってくれよ」 「バカやろ、急げ‥‥ぐ」 二人の賊が逃げていたが、塀の通用口を潜る手前で一人が倒れた。 「どうした?」 「残念ですね、ここは逃げ道ではなく袋小路ですよ?」 ずる、と崩れるその影から円秀が姿を現した。睨む瞳は「随分と好き勝手に暴れてくれますね」と怒りを物語る。そして掲げた拳には神布「武林」。大地に崩れ落ちた男をこの拳で気絶させたのだ。 「くそっ!」 逃げを打つ賊。 「一人として逃がしませんよ」 敵の一歩目で詰めたのは、鋭い踏み込みあってこそ。低い姿勢から抉るように――いや、手加減して敵の動きに合わせるのみで気絶させた。 しかし、ここで想定外の事態が。 円秀はわざとここから「俺は逃げるぜ」と声を張り動揺を誘い逃げ道としてここを空けていたのだが、次の敵がもう逃げてきていた。しかも、遠くからこの事態を見て庭の方に回ったぞ! 「ここで逃がしては‥‥」 円秀、迷った。 追えばあの敵は仕留められるが、ここが本当に空になる。 ――ターン。 響く銃声。賊は足を撃たれうずくまる。 「ジクさんですか」 見上げた円秀。屋根の上にはジクがいた。うつ伏せになり銃を包んでいた布を左腕に巻き付けて重心を増すなど確実狙撃の工夫をしていたようだ。 「無心になり、ただ引き金を引く、それだけが、矜持」 ジクはそれだけ言ってさらに敵を求めるが、もう銃声が鳴ることはなかった。 戦闘の終了である。 「生死流転など手をつくしましたが‥‥」 宿内の臨時救護所で、寂しそうに霞澄がつぶやいていた。 結構、死者が出ていたのだ。 「もう、賊はいないから」 「そうですか」 恵那は心眼で調べた結果をクジュトに伝えて、去った。「つまらない場所になったから」と瞳が言っていた。クジュトは止めない。もう、公演も中止だ。余談であるが後日宿から礼金が入りこれを山分けした。 「‥‥守ってくれたのはありがたいんじゃが」 ここで、申し訳なさそうに宿の者が口を出してきた。 「捕らえるより斬った方が早かったのでは‥‥」 「血が血を呼ぶ可能性もありますので」 クジュトは素早く言って止めた。 後日、酒場。 「クジュトさん。賊を殺れずに民は守れるんですかね?」 もふら面の男が聞いてきた。素朴な疑問、といった体だ。 「場合によるでしょう」 クジュトは仲間を庇った。 結局、宿に押し入った賊は現地で数人死に、捕縛された者は然るべき手続きの果てに斬首に処された。事件で罪なき被害者も数名死亡したが、もとより死者無しを望める状況ではなかった。 「ともかく、浪志組は必要ですよ」 故郷のようにさせないために、と杯を空けるクジュトだった。 |