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■オープニング本文 神楽の都、珈琲茶屋・南那亭にて。 「こんにちは‥‥あれ?」 どこにでもふらふらと顔を出す、志士の海老園次々朗(かいろうえん・じじろう)が入店したその瞬間、彼は言葉を失ったという。 「ち。ちちちち、ちょっと次々朗さん。来るなら来ると予め言ってくれないと‥‥」 店内で一人、真っ赤になって片足立ちで両手を胸の前で祈るように合わせているは、南那亭めいど☆の深夜真世(iz0135)だ。ほかに客も店員もいない。というか、次々朗に対して「いらっしゃいませ」の言葉もない。店員としていかがなものか。 「何だかなぁ。いつからこの店は予約制になったんだか」 呆れるが、真世とは彼女が開拓者になった時からの間柄。特に突っ込むことなく席に着く。 「って、注文くらい取りにきたら?」 いつまでたっても来ないのでさすがの次々朗も突っ込んだ。 「ああん、ちょっと待ってよ」 「‥‥待て。それは、何?」 まごまごする真世を止め、大事そうに胸に抱いているものについて聞いてみた。 「あ、これ?」 一転、えへへー、と何とも幸せそうな顔をする真世。どうやら聞いてもらいたかったらしい。 「見て見て、素敵でしょ?」 ばばん、と紙を広げる。 次々朗が見ると、そこはどこかの草原で海岸線。 その中に、一人の娘が風に吹かれて立っていた。隣には霊騎が佇んでいる。 真世だった。 彼女が、風景画の中に描かれていたのだ。 「へえっ。本物より可愛いじゃない」 「でしょーっ!」 次々朗の意地悪な突っ込みも真世は平然と受け流した。「調子狂うなぁ」とぼそり。 「プレゼントしてもらったの。素敵でしょ?」 また絵を胸に抱いて、くるりん☆と回る。 「あれ? 今日はメイド服じゃないような?」 「そーよー。こっちのエプロンドレスは、親友の可愛い子に貰ったの。『記念だ』って」 どうやら真世、幸せの絶頂らしい。 「それでね?」 ようやく満足したようで、次々朗の珈琲を淹れ始める真世。手を動かしながらも口は回る。 「私もこんな素敵な絵が描けたらな〜って」 「ま、向上心があるのはいいことだけどね」 珈琲ができて差し出される。ずずずと飲む次々朗。 「でね、ここの常連さんからベニマンサクの湖が紅葉したって聞いて、皆で一緒に日帰り旅行に行こうって話になったんですよ〜♪」 「ああ、知ってる。ハート型の葉っぱが赤く色付くらしいね。湖面にも映えて素晴らしいとか、紅葉とは違った趣があるって聞いたことが‥‥」 ここで、次々朗の言葉は遮られた。 真世どアップで迫り、両手を合わせて拝んできたのだ。 「だからお願い、次々朗さんっ! 一日お店番、してね?」 どうやら旅行用の衣装もすでに用意しているようで、次々朗は横に首を振れなかったという。 そんなこんなで、某所にたたずむベニマンサクの湖に紅葉を楽しみに行く人を、求ム。 湖の周りには木々に囲まれたり開けたりする遊歩道がぐるり。途中には広間があり、長椅子もある。 湖畔には二人に乗るのに最適な小船がいくつかあり、無料で借りることができる。道具さえ持参すれば、釣りもできる。 お弁当は持参。一日のんびりできそうだ。 場所に応じた、自由な時間が楽しめるだろう。 真世はスケッチに挑戦するらしい。‥‥腕はともかく。 |
■参加者一覧 / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 倉城 紬(ia5229) / 黎阿(ia5303) / 由他郎(ia5334) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 千代田清顕(ia9802) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / 雪切・透夜(ib0135) / 十野間 月与(ib0343) / ニクス・ソル(ib0444) / 无(ib1198) / 西光寺 百合(ib2997) / 宮鷺 カヅキ(ib4230) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 扶桑 鈴(ib5920) / 泡雪(ib6239) / 雨下 鄭理(ib7258) / にとろ(ib7839) |
■リプレイ本文 ● それは、日差しは暖かくも時折冷たい風の吹く、秋の早朝のことでした。夏に比べて、お日様は随分と低くなったものです。 「ああんっ。結局お弁当、おにぎりだけになっちゃった〜」 開店作業をする珈琲茶屋・南那亭に深夜真世(iz0135)の泣き言が響いています。店内厨房では、真世が指に付いたご飯粒をぺろりとしたあとエプロンで拭いてから、おにぎりを包んでいます。 「真世さん、平気だよ。まゆちゃんとしあたいがたくさんおかずを作ってきたから、みんなで食べよっ」 南那亭の厨房にやって来たのは、南那亭めいど☆の十野間 月与(ib0343)と彼女と仲良しの礼野 真夢紀(ia1144)でした。胸の前には、とっても大きな重箱の包み。顔の高さまで掲げて「ほら、こんなに用意してきたんだよ」とにっこり微笑みます。 「きゃ〜、ありがとうございますっ。さっすが月与さんです〜!」 「いいんだよ。こっちこそ、素敵な紅葉の名所へのお誘いありがとっ」 「ベニマンサク、見てみたいです」 両手を組んで大歓喜の真世と、礼を言う月与。お祭り好きで通る真夢紀も、たくさん人が来ることとあわせまだ見ぬ風景に心弾んでいます。 ここで、ひょいと水鏡 絵梨乃(ia0191)が顔を覗かせました。 「なあ真世、もう開店してもいいのか?」 「うん。‥‥って、絵梨乃さん、ちゃんとメイド服着てくんなきゃヤですよ?」 「分かってるって。ほら、これでいいだろ?」 姿を現した絵梨乃は、なんというか、胸元のざっくり開いたメイド服姿だったり。 「きゃ〜っ。絵梨乃さん素敵〜」 「賑やかでいいですね。‥‥真世様、皆さんが集まり始めましたよ。留守は私たちに任せて、どうぞ楽しんできてくださいませ」 この騒動に、開店準備をしていた南那亭めいど☆の泡雪(ib6239)も姿を見せた。こちらは襟をしっかり真紅のリボンで止めた清楚なメイド服。獣人の狐耳がぴくん、と揺れて気分が良さそうです。 「そうですね。そろそろ店頭にでましょう。月与さん、真世さん」 「そだね」 「泡雪さん、絵梨乃さん、今日はお願いしますねっ。‥‥あ、次々朗さんも」 「付けたしかよ‥‥」 三人で慌てて移動しつつ、丸い帽子を手で押さえ振り返る真世。すれ違った海老園次々朗を合わせた三人に頭を下げてきゃいきゃいと厨房を後にするのでした。 「まったく、賑やかだな」 「ええ。‥‥今日の南那亭は、いつもよりシットリしそうです♪」 呆れる絵梨乃に、留守を預かる喜びにふわりと尻尾を揺らす泡雪でした。 ● さて、南那亭の店頭。 すでに多くの参加者が集まってますよ。 「ふ〜ん、会ったことある人もいるにゃんすぅ〜」 白猫の獣人、にとろ(ib7839)がメンバーを見回してのんびりとそんなことを言っています。もちろん、はじめましての人もたくさん。 「お〜。猫の獣人さん♪」 「あ、にとろっていうにゃんす〜」 猫大好きのフラウ・ノート(ib0009)のキラキラした視線に気付いて挨拶するにとろですが、ここで「にゃ!」と耳が立ったり。 「おお〜。にとろねー、にとろねー♪」 何と、フラウの影からいつも元気一杯のリエット・ネーヴ(ia8814)がぴょんこと出てきてぶんぶん握手するのです。 「あらあら。初めましてですね」 二人の後ろでは、リエットのはしゃぎようを見て倉城 紬(ia5229)がおっとりと笑顔を浮かべています。 「深夜ねーもこんにちはだじぇ〜」 「今日も元気がいいわよね〜。って、雨下さんも今日はよろしくね」 店から出てきた真世にも挨拶するリエット。真世はこの様子に破顔するしかないようで。そして新たに到着した雨下 鄭理(ib7258)に手を振る。 「ああ。こういう風に何かを見に行くというのも久しぶりだしな。少しばかり‥‥」 「絵を描くの? 仲間だね〜♪ あ。からすさんもスケッチなんだ〜」 筆記用具などを出す鄭理に、真世も胸に抱いたスケッチブックを抱え直す。そしてそっと近寄ってきたからす(ia6525)に気付き挨拶。 「のんびり絵筆を滑らせるのはいいことだからね」 ゆったりと微笑するからす。何か絵も上手そうですよ。 「そうですね。この季節は特にいいですから」 「あ‥‥。今日はよろしくお願いしますね」 そっと雪切・透夜(ib0135)もやって来ました。真世はぽんっ、と赤くなってもぢもぢと透夜の横に寄り添うのでした。「いただいた絵、大切にしてます」とこっそりささやいたりも。 と、この時。 「透夜君、真世ちゃん、お久し振り」 「あ。‥‥ユリアさん、そちらは?」 「ニクスと言う。よろしく」 ユリア・ヴァル(ia9996)とニクス(ib0444)がやって来ました。大人な雰囲気の恋人さんで、真世はといえば二人を羨ましそうに見みています。透夜はユリアにじっと見られて赤くなり、フードを被ったりしてますねぇ。 そこへ、次々朗が店内から姿を現しました。 「全員揃ったんなら出発したらどうです? 入り口でたむろされると商売になりませんが」 「よーし。それじゃ、紅葉狩り旅行に出発だよ! カヅキ、真世、さあ」 声を張って歩き出す天河 ふしぎ(ia1037)。負傷してまだ回復しきってない宮鷺 カヅキ(ib4230)を気遣いながら。 これでぞろぞろ歩き出す一行。 「あたしは巫女のレア。宜しくね」 真世を追い抜きつつ、黎阿(ia5303)がぽんと肩を叩く。旦那の由他郎(ia5334)も一緒です。 「今日はいっぱい楽しんじゃうぞー! ね、リンスちゃん!」 「たまにはこうやって羽を伸ばすのもよいものじゃ」 いつも仲良し、リィムナ・ピサレット(ib5201)とリンスガルト・ギーベリ(ib5184)(以下、リンス)もてててっと駆け出してます。ちなみに龍の獣人のリンスは本当に背中の小さな羽をぱたぱたしてたりも。 「‥‥」 和奏(ia8807)も無言で続いています。ていうか、彼の場合は流されているというか主体性がないというか。 「‥‥」 その後ろから、目を覆うほど長い前髪の扶桑 鈴(ib5920)がやはり無言でつつつつ、と。 「あ、モクレン? 待って」 今度は、先行する忍犬のモクレンを追っている西光寺 百合(ib2997)が行きます。 「ラミア? 行こう」 さらに百合を追う千代田清顕(ia9802)が、後ろから付いてくる忍犬のラミアを急かしたり。 っていうかちょっと待った。 モクレンが清顕の忍犬で、ラミアが百合の忍犬。互い相手の忍犬と仲がいいというか気遣っているという状態みたいです。なんだか微妙に複雑みたいですね〜。 「モミジではなく、ですか。珍しいものが近くにあったものだ。な?」 最後は、ぼさぼさ頭をした人魂を使う陰陽師、无(ib1198)。肩に現れた尾無狐に声を掛けてから歩を進める。 「行ってらっしゃいませ〜」 そんな皆を、泡雪と絵梨乃が見送るのだった。 ● 「紅葉、狩、り‥とは‥‥違うん、だ‥‥」 道中、鈴が首を巡らせました。 「こうよう、と言う意味では紅葉狩りだがな、鈴さん」 書物を片手にした无が隣につけ説明します。 「ベニマンサクは植生分布が偏っており、古来より伝承にあるため特に人の手が加わっての偏りではないようだ」 図書館で働いており、持ち回りの図書館報掲載記事の取材のため同行しているのだそう。事前に資料にも当たったようです。詳しいはずですよね。 「楽し‥み‥‥」 詳しく聞いて、オコジョの獣人の鈴は尻尾をぱたぱた振ってます。 「あの、鈴さん?」 この楽しげな様子に、真世がやってきて失礼なことを聞いたりも。 「前髪がその状態で、ちゃんと見えるの?」 ふふ、と小さく笑う鈴。 「ここ‥、光と影‥‥織り成す様子‥‥、楽し‥‥」 「あ」 真世もようやく気付いたようです。 ベニマンサクの湖に行く道中。夏にあれだけ瑞々しい緑色をしていた林道が、すっかり色付いているのです。秋の日差しがまばらになった枝葉を通して、細かく光と影を作っています。夏は葉が茂って陽光を隠すだけだったのに。どうやら鈴は、そういったことを感じているようですね。 「道中も楽しいにゃんすね〜」 カランコロン、カランコロンと飛空下駄を響かせつつにとろが光と影をわざと踏み分けて歩いてます。 「‥‥これはどうもご丁寧に」 その横では、和奏がまるで風景の一部のように立っています。いま、礼を言ったのはひらひらと舞い落ちてきた枯葉に。彼としては、ちょうど自分の立つ位置に落ちてきてくれて、しかも差し出した手の平の上に乗ってくれたのがありがたかったのです。律儀ですよね。 「ふふふ」 透夜はそんな皆の様子を見て楽しそうです。 ● そして、ベニマンサクの湖。 「わあっ!」 皆が一斉に、息を飲みました。 紅く色付いている木々は湖畔のところどころに固まって、それが背景の山々と横並びの緑の中で、鮮やかに浮かび上がっているのです。湖面が鏡のようにその風景を逆さ写しにしているので、なおさら見事です。風が強く湖面が酷く波打てば崩れてしまうのに、今日はそんなことはありません。季節のくれた宝物のような風景です。 「わー。これがマンサクさんの紅葉かー!」 「おお! これが‥‥。なんと美しい」 目をくりくりと丸くして表情を輝かせているのは、リィムナです。その横でリンスもつられるように前傾姿勢です。 が、その時でしたっ! 「綺麗だねー! お猿のお尻みたいに真っ赤だよ!」 「ってリィムナよ、猿の尻とは風情も何もあったもんではないぞ」 「えへへ〜。ごめんごめん」 風情はともかく、今日もリィムナさんは普段のまんまです。 その隣では、黒い眼鏡のニクスが涼やかに立っています。 「ほぅ‥‥。俺もこっちに来て長くなったが、この地の自然の表情にはよく驚かされる」 「珍しいわね、あなたがそんな表情するのも」 隣でユリアがからかっているのは、黒眼鏡で隠していても眼鏡のつるあたりの肌の動きで目を細めているのが分かるから。 「では、エスコートしよう」 「お任せするわ♪」 す、と左肘を差し出すニクスに、当然♪とばかりに右腕を絡めるユリアです。 「お弁当も期待ね」 「もちろんさ。旬のものを使って、二人分」 悪戯そうに言うユリアと、余裕の佇まいを崩さないニクス。お似合いさんですね。 「妾たちも行くのじゃ」 「おっけー、リンスちゃん」 リィムナとリンスも駆け出します。 こうして、三々五々と散り始めるのでした。 ● 色付くベニマンサクを対岸に見つつ、男女二人と忍犬2匹が歩いています。 「百合さん、覚えています?」 透き通った風景を見渡しつつ清顕が同行する百合に聞いてみました。 「ほら、前にご一緒した依頼で‥‥」 「あら。モクレン、おいで」 振り向いた清顕を置き去りに、隣を歩いていた百合が何かを発見して駆け出したではないですか。「ワン」とモクレンが付いて行くのは、百合が大好きだから。 「こんなところに薬草が自生して‥‥。あ、モクレン。これは風邪に効くのよ。きゃあ、こっちも‥‥」 百合は路傍の薬草に大はしゃぎ。モクレン相手に熱心に薬草の説明をしちゃってます。 そして「待って」と上げた手が空しく宙を彷徨っている清顕。「紅葉狩りに誘いましたよね?」という言葉は行き場を失いましたが、楽しそうな百合はキラキラ輝いてます。思わず微笑ましい気持ちになるのですが‥‥。 「‥‥なんだいラミア。この間、百合さんに内緒で猪肉あげただろう?」 傍でラミアが自分を冷たい目で見てる事に気付くのでした。 ああ、清顕の想いが百合に届く日はいつでしょう。 遊歩道の別の場所。 「あぁ‥‥。見事だな。山が、燃えてる」 目細めて紅葉を愛でているのは由他郎です。 「木々の色、風の匂いの変化は日常の一部だったが‥‥」 「何?」 すうっ、と深呼吸しつぶやく由他郎の横から、黎阿が覗き込みます。 「いや、神楽で暮すうちに気づけば遠くなっていたのだと‥‥ここに来て改めて気付いてね」 「今回は遅刻のされようがないわねとか思ってたけど、季節には遅刻してるのねぇ」 くすくす笑う黎阿。が、何かに気付いたようで、表情が変わりましたよ? 「‥‥まったく。最初のあの時も、遅刻されて待たされたのよね」 翻る艶やかな長い黒髪。つん、とそっぽを向いたのです。 「そうか。‥‥待合せに遅れたのが、一年以上前か」 遠い目付きをする由他郎。ここで、「あ」と黎阿の様子がまた変わります。 「綺麗‥‥」 歩くうちベニマンサクの木に近付いたようで、はらりと紅葉が黎阿の傍に舞い落ちたのです。 「ああ。故郷の紅葉とはやや趣が異なるが、この紅もまた鮮やかで美しい」 「ふふ」 す、と扇を出しつつつと動きたもとを左手で押さえて右手を泳がせます。その脇をまた紅葉が舞い落ち、止めた右手を追うように視線を流す。不意に過ぎた風が彼女の黒髪を流し‥‥おや、舞をやめましたね。 「どうした?」 「言わせないで」 首を傾げた由他郎に、面を伏せてそれだけ言うと彼の腕に手を回しました。 「歩きましょ?」 舞い手としてまたとない趣きある舞台に興を感じ思わず一指し踊ったが、あることに気付いたのです。 「ああ」 「ありがとう」 二人静に歩く舞台。 今は、それを大切に。 ● さて、ベニマンサク群生地に到着した人たちもいるようですよ。 「ふむ。こーゆっくりと紅葉狩りってのも、いいわね♪」 「はい。今年の紅葉も、本当に‥‥綺麗ですね。とても素敵‥‥♪」 ゴキゲンそうなフラウに、おっきな眼鏡の奥の目をにこにこ細める紬。そして――。 「うわはぁいぃーぅ! う! 紅葉、もじもじぃ。もみふっ★」 はらはらと紅の葉が舞う中で、リエットがぴょんこぴょんぴょんと力一杯飛び跳ねています。伸ばす手の平、けれど枯葉は指をすり抜けて。 かと思うと。 「うきょぉおお〜♪ せーふぅー!」 ああああ、リエットはもう何を言っているのやら。 上げていた視線を地に落とすと彼女しか判らない台詞を吐いて、降り積もった紅葉の中を滑り込むのです。そりゃもう、ずざぁーと派手に滑走して山と集まっていた枯葉をどばーっと散らしながら。 「ふふふ、汚れてしまいましたね」 紅葉まみれになって地べたに座りきゃっきゃと喜ぶリエットに、紬は微笑みながら近寄り紅葉と土埃を払ってあげるのです。 でも、リエットはまたすぐに動き出します。 「え?」 「う。フラウもぉ、遊ぼ遊ぼぉ〜♪ ねぇ〜? ね?」 にゃっ? と猫目になったフラウですが、もう遅い。ぼ〜っと眺めていたリエットが迷いなく一瞬で近寄り、がすーっと飛びつかれるのです。 「何、っぐを!? こ、こらリエット待っ‥‥」 バランスを崩してどさっ、と倒れこんだのは紅葉の山。きゃっきゃとリエットはフラウの抱き付き加減を堪能するのです。 「何すんのよ。もぉ、いつも‥‥って、遊ぶって、何処行くのよ?!」 「今度はこっちだじぇ!」 フラウは立ち上がり注意しようとしますが、リエットに手を引かれて何処へやら。 「あらまあ?! 何処に行くのですか、リエットさんフラウさん?」 どこかに行こうとする二人を、慌てて小走りについてく紬でした。 ● 写生を楽しんでいる人たちもいます。 「あ。‥‥ああん。逃げちゃった」 湖畔の倒木に座って絵筆を動かしていた真世は、湖の中の木に止まっていた小鳥が飛び立った先を惜しげに眺めています。 「ははは。いなくなっても、いたときの様子を思い出して描くといいんですよ」 隣で同じくスケッチをしていた透夜が笑います。真世はさっきからこの調子で落ち着きがなく、その様子が楽しいのです。半面、透夜はこういうことが得意なので落ち着きがあります。真世は声を掛けられるたびに「うん‥‥」と肩を並べる透夜を横目で見ては真似して落ち着くのですが、何度これを繰り返したか。 その、背後で。 「‥‥まあ、真世殿らしいがな」 距離を置き木々に隠れるようにしていたからすが思わずつぶやいています。 「あれ? からすさん、何描いてるの?」 「お楽しみだ」 さすがに真世もからすの存在に気付きましたが、ふふふと笑ってからすは場所を変えるのです。 その、からすが和奏と出会いましたよ。 「紅葉もいろいろあるのですねぇ」 自宅の庭も色付いてますが、などと続けるがさすがに和奏の庭は広いわけではない。 「同じ種類の木でも陽のあたり具合によって色の変わり方が違うというのは本当でしょうか?」 「確かめてみるといいさ」 ここでからすが声を掛けたのですが、和奏はぽわんとしていたようで、びくっとするのでした。でも、その後素直に確かめてみようと木々をじっくり角度をつけながら見ているのが彼らしいですよね。 そして。 「おや、これはにとろ殿」 今度はにとろと出会いました。相変わらずからころ歩いてます。 「えも言えぬ紅葉にぃ、私ぃ〜、時間も忘れて引き込まれそうにゃんすぅー」 寝ぼけ眼でふわふわ尻尾を揺らしゴキゲンの様子です。 「ふむ、それでは」 からすはにとろの一言で何かピンと来たようで、どこかへ急ぐのでした。 その近くでは无が寝転んでいます。 どうやら、人魂を飛ばし高所からの視点も楽しんでいるようですね。 さらに湖畔では。 「まあ、騒いでいる者もないし、何よりかな」 水面に張り出し斜めに生える樹木の幹に目をつけた鄭理が、ここでくつろいでいます。 「自然の風景は常に移り変わる、か‥‥」 遠くを眺める鄭理。右目を隠す前髪が風にさらわれ、ちょっとだけその下が見えました。詳しくは伏せますが、あのときのままです。自然はそうでしょうが、彼自身はどうなのでしょう? 風景を見る様子からは、うかがい知れません。 でも、手帳などを取り出し絵を描く姿は、ゆっくりゆったり。 それでいいのかもしれませんね。 「あ。‥‥そういえば紅葉は葉を食べることができるが、ベニマンサクはどうなのだろうか」 そんなことも、気に掛かるようです。 ● 時は、お昼。 「ここでいいよね」 月与が水面の側でお弁当を広げながら、振り返ります。 「お弁当♪」 真夢紀も早速、持参した重箱の包みを広げます。 「月与さん、真夢紀さん、来たよ〜」 何とも調子がいいですね。真世も透夜を連れて来ました。道中で一緒になったからすと和奏、にとろに鄭理も一緒です。 「紅葉が肴というのもいいですねぇ」 酒を酒を片手に紅葉散策を楽しんでいた无も戻ってきました。 「私‥‥サンドイッチ‥‥」 鈴も散策から帰ってきたようですね。手作りさんどいっちは、みんなと分け合えるようにちょっと多めに作っているようです。 「あたしは‥‥」 真夢紀も負けてはいません。 海鮮祭で買ったイクラ美味しく漬かったし、と筋子を買って網で解し自分で醤油漬けした逸品を説明。氷霊結の氷も添えてあるので鮮度はばっちりで量も十分。鮭の親子丼にしたりも。 「おにぎりは栗と銀杏の炊き込みご飯にゃんすね〜」 「鯖の竜田揚げ‥‥」 「串は茸と海老とホタテと葱と獅子唐を揚げてるんだな」 「煮物は烏賊と里芋」 「季節が合えば茄子も甘辛煮にしてたんですけどね」 にとめが感心し、和奏は鯖をじっと見詰めつつ。鄭理は種類豊富な串に感心し、からすはずずずとお茶を飲みながら。そんなみんなを見つつ、用意した真夢紀はにこにこです。 「山肌と水面に映えて綺麗だね〜」 月与がもぐもぐ食べる合間にしみじみ言います。 山と水面の両方に映える紅葉の美しい、絶好の場所です。 「‥‥」 ここで、鈴が真世の袖を引きました。 「何、鈴さん?」 「ま、前、に‥‥言って‥た‥か、ら‥」 おず、と切り出す、いつかの、どこかでの「舞を見て欲しい」という約束。こくりと頷く真世。鈴と一緒に離れた場所に。 「じゃ‥‥」 趣きある、燃えるように紅いベニマンサクの木の下で帽子「ソフィー」が風にさらわれます。いいえ、鈴が踊り始めたのです。腕を広げて手首につけた鈴を鳴らしてリズムを取り、静かに、ゆったり。くるりと旋回運動を柱に、確かなステップで。 舞い落ちるベニマンサクの葉も鈴と一緒に遊びたいのでしょう。伸ばした腕のたもと動きに巻き込まれるようにひらひらと舞っています。 「わあっ」 真世、鈴の感謝を込めたような舞に何かを感じ取ったのでしょう。目を丸くして見とれてます。 「へええっ」 距離のある、皆がいる場所でもこれが見えました。まるで何かの一場面のように、不思議な感覚を覚え鑑賞するのでした。 そして、戻ってくる二人。 月与は「ほら」と水辺のベニマンサクを指差します。 「‥‥暖かなハートがふわりふわりって輪になって踊るように水面を流れていくのって、まるで人の優しい気持ちが形になったみたいだね」 「いいですね。ホント、贅沢に思えますよ」 透夜も破顔してそちらを見ます。 鈴と真世を遠くから見ていたのは、内緒です。 ● 時は少し遡り、別の場所。 小船を借りて漕ぎ出したカヅキとふしぎが戻ってきています。 「紅葉をゆっくり見るのは何年ぶりでしょうか‥‥綺麗でしたね」 ハート型の赤い葉を持って、カヅキがしっとり笑顔を浮かべています。別の依頼で負傷したばかりですが、いい気分転換になったようです。 「そうそう。やっぱり秋と言ったら紅葉だよね。飛空船から見下ろしても、とってもきれいなんだからっ!」 空賊団を率いるふしぎは、仲間と見た景色を思い出しながら言うのです。 「飛空船から‥‥」 カヅキが身を乗り出したのは、遊歩道から見た紅葉と、船に腰を下ろした視線の低い状態で見た紅葉の趣が違うことを体験したばかりだから。とにかく、沈みがちだったカヅキの表情が明るくなって、ふしぎも元気が増してます。櫂を漕ぐ様子も力強く、もうどこにも行けちゃう感じに。 「まあ、それは今度の機会になっちゃうけど‥‥。行きたい所何処でも言ってよ。ほんと奇麗、水面にも映って一面真っ赤なハートなんて、なんだか不思議」 岸に近いところでの景色も、また格別のようです。 「ふふふ。‥‥それより、お昼ですね」 ぎしり、と岸に乗り上げておいて、お弁当。 早速持参したものを広げますが‥‥。 「おにぎりと卵焼きしか作れなくて‥‥」 「自分も、肉じゃがしか作れてないですよ」 でも、二人合わせて豪華になったね、と見合わせた顔で。 くすっ、と自然に広がる笑顔。 料理をさらに美味しくする、魔法の調味料です。 「それじゃリンスちゃん。お弁当タイムだよ!」 「おお。そうであるな、リィムナ」 湖畔で仲良くすけっちをしていたリンスとリィムナも休憩です。 「じゃじゃん、あたしはサツマイモ尽くし!」 リィムナ、どうやら依頼で芋料理と芋掘りを体験したようで、サツマイモの甘露煮にサツマイモの潰し揚げ、サツマイモの薄切り揚げなど多彩に用意しています。 「妾は、これじゃ」 「わあっ、すっごい。これ、あたし?」 リィムナが目を輝かしたのは、リンスが「リィムナおにぎり」を出したから。 リンス特製の物相でご飯をリィムナの顔の形にくり抜き、海苔などで悪戯っぽいリィムナの笑顔を再現していた。 「中の具も梅やおかかなど、リィムナの表情のようにいろいろあるのじゃ」 「うわ、ホントだ。すご〜い」 食べるリィムナは嬉しそう。 「‥‥ほら、こっちも食べて。甘くて美味しいよっ! リンスちゃん、あーん♪」 「わわっ、待つのじゃ。心の準備と言うものが‥‥」 大歓喜のリィムナは、リンスにサツマイモの甘露煮を食べさせたりと、とっても仲良く過ごすのでした。 ● 「ボクとしては、これくらい」 ニクスがそう言って、ぎい、と小船を岸へと向けました。一人で漕いでいても疲れは見せません。 「一年前はこんな風になるなんて思いもしなかったわ」 お別れする湖上の紅葉風景を惜しむように遠くを見るユリア。 ニクスは、野暮なことは一切言わず、そんなユリアに目を細めます。美しい景色と最愛の恋人と2人。これ以上望むべくもない状況だからです。ユリアさん、輝いてますよ。 「さ、着いたよ」 「ええ」 手を取ってもらい、岸へ。 歩くと、紅葉が目に眩しい。 「良いわね、こういう時間も」 ニクスに身を預けるユリア。 と、ここで一人駆け出します。そして興が乗ったのか、落ちる紅葉に合わせ一指し舞うのです。 「ゆらり ひらひら 舞い落つる 紅染めるが 誰がためぞ‥‥」 「あ、葉っぱが‥‥」 舞い終わったユリアに、ニクスが声を掛けます。 何と、ハート型の真っ赤な葉っぱがユリアの髪に引っ掛かったのです。まるで、髪飾りのように。 でも、ユリアはそれに気付きません。それとは別に、舞いに使った扇に乗った葉を手にするとニクスに近寄り手渡すのです。 飛び切りの微笑と共に。 「ん‥‥」 ハートの葉を手にすると、ニクスはユリアを優しく抱き締め、そして――。 「‥‥ん」 顎を上げ、優しく口付けしてきたニクスに抱き付きます。 呼吸が止まるような瞬間は、永遠を思わすように長く、星の瞬きのように短く‥‥。 「‥‥大馬鹿なんだから」 たっぷりと堪能したのち、離れて悪戯っぽく言うユリア。頬は、幸せそうに染まっているのだが。 「はは。‥‥ボクの女神は気紛れだ」 だからニクスは思う。今と同じ時間ではなく、同等以上の時間をこれからも作っていこう、と。 別の場所では、忍犬のラミアが清顕を見上げています。 「やれやれ、心配しなくてもお前のご主人に妙なことしやしないよ。俺だって嫌われたくないからね」 清顕はそれだけ言うと、自分の目の前を忍犬モクレンと歩く百合に近付きました。そして、彼女の髪に落ちた赤い葉を摘み上げとってあげます。 「綺麗だね。まるで恋してるみたいな形だ」 ハート型の葉っぱにそんなことを言います。 これを聞いた百合は、真っ赤に頬を染めましたよ。 「あ‥‥」 髪のお手入れ、やっぱりちゃんとやっておいてよかった、とか思ったのは、絶対に内緒ですよ。 でも、何か言わないと誤解されちゃいそう。 「天儀では‥‥紅葉を天ぷらにするって聞いたけど‥‥この葉っぱも食べられるのかしら、ね‥‥?」 「モミジの天麩羅なら食べたことあるけど。じゃあ今度試食会しようか?」 あらら。 さらに百合さんの顔が真っ赤になったようです。 でも、無言。 足元では、ラミアとモクレンが先を促しています。 微妙な、淡い空気。その中で、再び歩き始める二人なのでした。 ● その頃、南那亭では。 「いらっしゃいませ。南那亭へようこそ」 泡雪の柔らかい声が響いてます。 「なんや。真世ちゃん、おらんのん?」 「ええ、深夜様は今日一日お休みですので、代わりに私が務めさせていただいております」 ぺこりとお辞儀して、静々と下がる泡雪。 「君、これは?」 「あ。それはボクの手作りの芋羊羹です。珈琲に合うかどうか分からないけど、サービス品だから‥‥」 「おお、それはいいね」 絵梨乃はお辞儀してから説明します。 ‥‥おじさん客に対して、まずはお辞儀をするのがうまいですね。胸元がとっても魅力的なので、おじさんたちは大変好意的です。 「うまい。珈琲に合うもんだねぇ」 実際、悪くないようですし。 「今日はしっとりしてて、いいね」 「真世ちゃんもいいが、あの娘もいいねぇ〜」 「芋羊羹の子も、今までにない感じでいい」 午前中に流れた噂で、お客がいつもより増えているようです。 「海老園様、頑張ってくださいね」 泡雪、厨房で洗い物を頑張る次々郎に馬車馬の働きを‥‥こほん、一層奮励するようにっこりと声を掛けることも忘れません。 ● そして、午後。 じゃり、と地面を踏み締める足。 落ちた影が大きくなったのは、その人物が身をかがめたから。 无です。 ハート型の落ち葉を拾い上げると、しげしげ観察してから手帳に形状などを書き込んでいます。 「如何かな?」 突然声を掛けられそちらを見ると、からすがいました。 なんと、茶の席を設けています。 真世もついでに、珈琲を淹れていたり。 みんながここで一服しているようですね。 「はい。甘味はサツマイモと林檎を蜂蜜で煮た物とミニおはぎですよ」 真夢紀の重箱は底なしでしょうか? 今度はたくさんの甘味が出てますよ。 「真世さん、それじゃ続きを描きましょうか」 「あ、は〜い」 透夜に呼ばれて急ぐ真世。 「真世ちゃん。あまり根を詰めてもいい絵は描けないと思うよ。御茶したりしながら、リラックスして書いてね」 「ありがと、月与さん」 甘味の包みを貰って、无と入れ替わり。 「どう?」 「楽しむ人の光景を含め、いい記事が書けそうだね」 お茶を差し出すからすにそう答える无でした。 「赤、黄色、橙と色の混じった紅葉も綺麗ですが、赤一色の紅葉も綺麗ですね」 「そうだな」 温かな湯飲みを両手で大切そうに包んでいる和奏にも、そう答えるのです。 「およ、こんにちは」 透夜が午前中のスケッチ場所に戻ると、リィムナとリンスがいた。 「どうしたの? リィムナさん」 「あ、真世さんこんにちは! リンスちゃんがスケッチするっていうから、あたしはモデルやるんだー♪」 リィムナは、紅葉を背にハートスティックを構え可愛いポーズで満面の笑顔です。真世に気付いて、きりきりとスティックを回してみたり。 「へえっ。リンスさんが描いているんですね」 透夜は嬉しそうに、座って描いているリンスに近付き手元を覗き込みます。 と、その姿が固まりましたよ。 「あ‥‥」 真世も覗きこんで、笑ったり。 何と、そこに描かれたリィムナは、等身が縮んでぐちゃっと線もゆがんでいるような、写実的ではない状態だったのです。ただ、リンスの運ぶ絵筆に迷いはまったくありません。ゆえに、とてもゆるい感じのキャラとしては大変味のある感じになっているのです。 「あはは。これはこれで上手ですね。とっても可愛いです」 くすくすと微笑する透夜。その好意がわかったのでしょう。リンスも背中の小さな羽をぱたつかせてえっへんします。 「‥‥ふ、可愛いからよいのじゃ! 」 (可愛いから、か‥‥) あまりに堂々としているリンスに、なにやら透夜は思うところがあるようです。 「真世さん、ちょっと」 こっそり真世をひと気のないところに誘う透夜です。 「あら、あれは透夜君に真世ちゃんじゃない」 この時、ちょうどユリアとニクスが通り掛かったようです。 「じぇ!」 「あらま、ユリアんと、ニクスん‥‥」 「あらあら、こんにちは」 さらに何の因果か、リエットとフラウ、そして紬が通り掛かりました。 「ユリア‥‥」 「いいじゃない♪」 ユリアはニクスに軽く止められるも、くすくすと透夜が真世の手を引き歩いて行った先を指差します。 そして、そちらでは。 「真世さん?」 ベニマンサクの、枝垂れかかって隠れ気味の木の下で、透夜は自分の腕に抱きついた真世と向き合うのです。 「僕は、真世が好きだ。この先も、傍にいて欲しい」 真っ直ぐな瞳。明瞭な語尾。そして、真世を抱き寄せて――。 遠くからは、しっかりと立つ透夜ともじもじと爪先立ちしてくねる真世の足が見えています。 やがて、真世の足のくねりが止まりました。踵も落ちましたが、また上がります。今度は、もじもじとくねらず、相手に身を任せるように。 「ふうぅん」 この様子に、満足そうなユリアとほっとしているニクス、にこにこしているフラウに目を丸くしてきょとんとしているリエットでした。「私も、大好きです」という真っ赤で笑顔の真世の言葉はもちろん、「柔らかい」という透夜の内心のつぶやき、キスの様子も見えてはいませんが大体分かるようですね。 (‥‥あの方は、今何をしていらっしゃるかしら♪) 四人の傍らにいた紬は、そんなことを思っています。 何となく伸ばして広げた手の平に一枚乗った紅葉。目を細めしばらく思いを巡らせると、大切に布に包んで仕舞うのです。そして愛おしそうに、懐に。 (来年は、誘ってみましょうか♪) 愛しく大切なあの方を――。 そう思うと何だかとっても気持ちの晴れた感じがします。 「じぇ?」 そんな紬を、リエットが心配そうにしています。 にっこりと、「大丈夫ですよ」と微笑む紬でした。 ● 「釣りなんて趣味があるとは驚きよ」 水面の小船では、黎阿がそんなことを言ってます。 「子供の頃は湖や川で良くやった」 由他郎は言うが、それでも久し振り。俺と嫁と妹の分、夕飯代が浮けば御の字か、とは内心のつぶやき。 「紅写す水面‥‥船は、鏡の上を滑ってるみたいだ」 「そうね‥‥」 はぐらかす由他郎に、彼の意外な一面を見てその驚きを大切にしている黎阿。 時が、流れます。 水鳥の羽根の浮きは、ぴくとも動きません。 「もう待たせる事も無いな‥‥隣にあれば、遅れをとる事もない‥‥今も‥‥この先も」 「ん?」 由他郎のつぶやきに気付いて彼を見た黎阿は、呆れました。 何と、うつらうつらと船を漕いでいるではないですか。 「もう。危ないったらありゃしない」 「ん‥‥」 くすくす笑って、膝枕をする黎阿。由他郎の方は、まさか寝言を言ったとは思ってもいないようです。大人しく黎阿に導かれるまま膝枕をしてもらうのでした。 「‥‥故郷の秋もそのうち見せよう。栗や胡桃が拾える‥‥少しずつ冬支度を始める頃だ」 また、寝言。 いや、くすっと黎阿が笑いましたね。同時に、んんん、ともぞもぞ身を改める由他郎。 「楽しみにしてるわ」 黎阿の言葉は、あくまでも紅葉を見ながらの独り言です。 んんん、とまたもぞもぞする由太郎を太ももに感じながら。 ● そして、夕暮れ。 「ふしぎさん、今日は本当にありがとうございました」 「ボクの方こそ楽しいひとときをありがとう」 固まって帰る中、カヅキが並んで歩くふしぎに礼を言いました。 「その‥‥」 「ううん。いいんだよ、カヅキ」 どうやら、誰にも話せない悩みがあるようですね。ふしぎも、それを知ろうという野暮はしません。 「秋はいいですね。短い時期に、多くの鮮やかなものが見てとれます。それがとても好きなのですよ」 「うんっ!」 透夜は、真世と手をつないで歩きながら自然に。 「透夜君、なんだかスッキリしてるわね」 「そ、そうですか?」 どきっ、とする透夜の横で、真っ赤になって唇をしきりに気にする真世でした。 「どうじゃろう?」 「うん、リンスちゃんらしくていいよね! あはは!」 リィムナは、リンスに完成した絵を見せられそんな感想を。リンスらしい絵であることがとっても嬉しい様子です。 (彼の笑顔が切ない) そんなことを思っているのは、百合です。 周りで一緒に歩いている恋人たちを見ると、なおさらそう思うようですね。 「どうした?」 心配そうに清顕が聞いて来ました。 時は、夕暮れ。 斜陽で長く人影が落ちます。 そんな雰囲気もあるのでしょう。 (でも、また声が聞きたいと思ってしまう私も‥‥馬鹿みたいよね。‥‥だけどこうして側に居られる時間が大事で) もてそうな清顕に、揺らぐ百合の心。 それでも、つつ、と肩の影が触れ合うほど彼の方に寄って歩いてしまう百合です。 もちろん他の人も、それぞれ仲良く声を掛け合ったりして今日の余韻を楽しんでいるのでした。 そして、南那亭では。 「今日は一日、お疲れ様でした」 次々郎が、客の途切れた店内で泡雪と絵梨乃に珈琲を淹れています。 「お気を使われなくとも‥‥」 「私一人の予定でしたからねぇ。それを思うと大助かりでした」 気にする泡雪に、ぶるぶると震えながらも感謝する次々郎です。 「なあ、泡雪?」 ここで、珈琲カップを置いて絵梨乃が話を切り出します。 「今回は皆と行けなかったけど、そのうち2人で紅葉を見に行こうって誘ってみるか?」 「ええ、いいですね」 にっこりと答える泡雪。 こちらでも、仲の良い雰囲気になっているようです。 もうすぐ、皆も帰ってきます。 また、南那亭は賑やかになるでしょう。 皆の、笑顔で。 ●おまけ 後日の南那亭。 「んあっ!」 真世が声を上げています。しかも顔は真っ赤っか。 いつの間にか、店内壁面にベニマンサクの湖畔で二人一緒にスケッチをしている真世と透夜の絵が掲げられていたのです。 「いい絵じゃない。剥がしちゃだめよ?」 客として来ていたユリアが微笑しています。 「それなら、妾のも飾ろう」 「それがいいよ、リンスちゃん♪」 ゆるい筆致で描かれたリィムナの絵を隣に飾るリンス。 「記念にいいですね」 にっこりと、鄭理も。 「おい。当日の記事ができたんで、特別に置いとくな。読んでくれ」 无は先日の記事の載った図書館報をばさりと置きます。 「ああん、恥かしいよぅ。‥‥でも、誰が描いたんだろう?」 素朴な疑問に首を捻る真世に、からすがすっと何かを差し出します。 「ほら、こうした表現も面白いだろう?」 見ると、ベニマンサクの葉をちぎり絵のように張り付け猫や鴉のシルエットにした、アートでした。なかなか味なことをします。 「芸術は爆発だと誰かが言ったが、その通りなのでな」 「私は恥かしさ爆発だよぅ」 それでも剥がさないあたり、もしかしたら喜んでいるのかもしれませんね。 |