【負炎】憑かれた娘
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/12 15:51



■オープニング本文

●憑かれた娘
「というわけでございます故、何卒、何卒、ご内密にお願い致します」
 正装をした初老の男が、頭を擦りつけるようにして平伏した。御簾の中から衣擦れの音が聞こえて、やがて女房が御簾際までやって来る。
「志体を持つとはいえ、屋敷の中からほとんど出る事のない、か弱き女性の身に何とむごい事を仰るのでしょう、と姫様は仰せでございます」
 男は頻りと汗を拭いながら、御簾の中の女房に、その奥に座するこの屋敷の姫に聞こえるよう、必死に訴えかけた。
「無理を申し上げているのは、十分承知致しております! ですが、噂では姫様は既にアヤカシに悩む何人もの殿上人に救いの手を差し伸べられたとか。その方々が、姫様がお困りの際には、何を置いても御身の為に力の限りを尽くすと申しておられる事も存じております! どうか、どうか、私もお助け下さいませ! 御恩には必ず報いさせて頂きます故‥‥」
 女房が立ち上がる気配がした。衣擦れが遠ざかると、ひそひそと囁き交わす声が微かに漏れ伝わって来る。
 裁きを待つ者のように、彼は平伏したままで次の言葉を待つ。
 やがて、女房が戻って来た。
「そこまでお困りという事でしたら、非力なる身ですが、出来る限りお力になりましょう、との事でございます」
「おおっ! 何とありがたきお言葉! これで家の者達も安心致しますでしょう!」
 再度、深く頭を下げた男に、女房が続ける。
「ですが、高遠家の大事な姫様に万が一の事があっては困ります。私どもと致しましては、せめて姫様には数名の警護の者を伴って頂きとうございます。よろしいでしょうか」
 御簾の向こうの女達は主である姫の安全を確保したいのだろう。
 そう判断して、男は愛想笑いを浮かべた。
「勿論でございます。警護の方々であれば、我が家の体面も保たれましょう」

●姫の思惑
「ふむ。狐に憑かれた娘とはのぅ」
 男が退出した後、扇を閉じて高遠家の姫、千歳は何やら考え込んだ。
「姫様?」
 怪訝そうに尋ねて来る側付きの女房に、くすりと小さく笑ってみせる。
「志体持ちとはいえ、巫女に難題を吹っ掛けてくるものじゃ」
「まあ、姫様。今更でございますわ」
 袖口で口元を隠して笑い返した女房を咎めるでなく、千歳は口元を引き上げて背後に視線を遣る。
「‥‥かの家について、何か知っておるかえ? あまり聞かぬ名であったが」
 答えたのは別の女房だった。
「殿上を許されたのが昨年でございましたので、姫様がご存じないのは仕方のない事でございましょう。かのお方には、確か、3人の姫がおいでとか。良からぬ噂もあるようですが‥‥」
「良からぬ噂?」
 はいと頷いて、女房は千歳の耳元で何事かを囁く。話を聞いていた千歳の表情がみるみるうちに曇っていった。
「なるほどの。だからか‥‥」
 苛立たしげに、扇を手に叩きつける。姫の静かな怒りに、笑いさざめいていた女房達も、何事かと顔を見合わせた。
「アヤカシに憑かれた娘を内密に何とかせよ、とはよくも言うたものじゃ」
「姫様‥‥?」
 不安げな顔をした女房に、千歳の代わりに傍らで控えていた女房が答える。
「アヤカシに憑かれた者の末路は哀れにございます。待つはアヤカシに食われて死ぬか、開拓者らの手によって倒されるかしかございません」
「まあ‥‥!」
 口元を押さえ、怖ろしげに身を寄せ合った女房達に、千歳は険しい表情のままで付け加えた。
「助かった者がおらぬわけではない。じゃが、気の毒ではあるが‥‥そうそう起こる事ではない」
 しばし思案した後、千歳は傍らの女房に告げた。
「ギルドに依頼を。アヤカシに食われるより先に、人の手で送ってやらねばな」
「よろしいのでございますか? かのお方はお家の体面を気にしておいでのようでしたが‥‥」
 ふん、と千歳は冷たい笑みを浮かべて扇を開く。彼女の巫女の素質に誰よりも早く気付いた兄から貰った、大切な扇だ。今は離れて暮らしているが、千歳はいつも兄を思っている。そして、兄も同様だと信じている。それが、家族の情というものだ。
「血をわけた娘よりも体面を重んじるたわけの、蚤ほどのちっぽけな自尊心なぞ関係ないわ。妾は哀れな娘の魂を救うてやりたいだけじゃ。さて、屋敷を訪問するのはいつが吉日であったかのぅ‥‥。妾は少々調べて参る故、お前は開拓者達を募って来よ」
 心得たように、女房が深く頭を下げて彼女の前から下がろうとする。それを呼び止めて、千歳はにこやかに笑って付け足した。
「開拓者達に伝えてやるがよい。果物は、菓子には入らぬ‥‥とな」


■参加者一覧
音有・兵真(ia0221
21歳・男・泰
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
吉田伊也(ia2045
24歳・女・巫
璃陰(ia5343
10歳・男・シ
朝倉 影司(ia5385
20歳・男・シ
与五郎佐(ia7245
25歳・男・弓


■リプレイ本文

●謎かけ
「う〜む」
 唸りながら、与五郎佐(ia7245)は腕を組んだ。
「‥‥わからん」
 腕を組んでも分からないから、ついでに足も組んでみた。それでも分からないから、今度は縁台に敷かれた緋毛氈の上にごろんと横になる。
「あ、あの、お客さん?」
 店の娘が、与五郎佐の奇怪な行動に見かねて声を掛けて来た。だが、与五郎佐は、心ここに在らずとひらひらと手を振って娘を追い払う。
「姫の謎かけは、一体、何を指しているのやら」
 果物、菓子から連想される言葉を書き付けた紙は、既に新しく書き込む場所がない程、真っ黒になっている。
「う〜ん?」
 ぽたりぽたりと筆を伝って墨が垂れる。
「う〜‥‥ん」
 朝晩と寒さが増して来たが、昼間はまだ暖かい。ぽかぽか陽気に眠気を誘われ、ついつい瞼も重くなる。
「与五郎佐は〜ん! 伊也はんから伝言伝言〜! あや?」
 きゅいんっと元気よく駆けて来たのは璃陰(ia5343)。もうもうと巻き上がった砂埃に顔を顰める他の客には気付かぬ様子で、璃陰は筆と紙を持ったままうたた寝をしている与五郎佐の姿にしばし考え込んだ。
「あの、ぼく? このお客さんの知り合い? なら、一緒に連れて帰っ‥‥」
 恐る恐る尋ねて来る店の娘に、璃陰はにかっと白い歯を見せて笑う。
「綺麗なお姉さん、わいにも団子一皿! 支払いは与五郎佐はんにつけといてや!」
「え‥‥ええ」
 運ばれて来た団子をもぐもぐ美味そうに頬張りながら、璃陰は与五郎佐の筆を取り上げた。
 そうして、何を思ったか、墨の滴る筆を目にも止まらぬ早さで動かす。
「んじゃ、ごっつぉーさん!」
 残された皿と与五郎佐と、来た時と同様に元気よく駆けて行く璃陰の背中を交互に見ながら、娘は途方に暮れた。

●隠された事情
「でも、おかしいよね。そんなに体面を気にする家の娘さんだったら、簡単に家の外には出られないと思うんだけど。どこでアヤカシに取り憑かれたのかな?」
 首を傾げた天河ふしぎ(ia1037)の言う事に、音有兵真(ia0221)も頷いた。
 貴族の娘は、大抵、家の奥深くに隠れるようにして暮らしている。女房や警護の者達に守られた屋敷の中で、アヤカシに取り憑かれる機会があるのだろうか。
「まあ、勿論、貴族の姫の中でも例外はおられるようだけど。‥‥ジルベリア風に言うと『あくてぃぶ』な姫だね」
 兵真は小さく肩を竦めて見せた。
 アヤカシに取り憑かれた経緯を知る事は大切だ。もしも、可能性があるのなら、娘を助けてやれるかもしれない。
「何とか、娘まで殺さないで済む方法は無いかねぇ」
 けれども、考えは堂々巡りを繰り返し、その答えを見出せぬまま溜息が零れ落ちるばかりだ。
「娘さんを助ける方法は分かりませんが、彼女がアヤカシに憑かれた場所は、お屋敷の中のような気がします」
 貴族の屋敷周辺をぐるりと回って来た吉田伊也(ia2045)と橘天花(ia1196)が戻って来たようだ。
「屋敷の中? それは一体‥‥」
 ふるふると、天花が首を振る。
「わかりません。ですが、吉田さんが」
 天花の視線を受けて、伊也は厳しい表情で語りだした。
「屋敷の外から瘴索結界で調べてみた所、屋敷の内側で反応があったのです」
「屋敷の中、か。厄介だな」
 兵真の言う通りだ。アヤカシが外から侵入した形跡があれば、そこから追える事もある。だが屋敷内の話となれば、千歳姫と共に屋敷を訪れる日までは動けない。
「後は香椎さんや与五郎佐さん達が何か情報を得ている事を祈るのみですかねぇ」
「私がどうかしましたか」
 静かに襖が開く。そこに姿を見せた香椎梓(ia0253)は、移り香であるらしい薫りを纏っていた。兵真と伊也は互いに頷き合う。今回は年頃の少年少女が一緒だ。あまり突っ込んだ話はしない方がいい、と。
 だが、あえて触れないようにしていた地雷を、天真爛漫、純粋培養娘が情け容赦なく踏みつける。
「あら? その薫りは香椎さんらしくありませんね。確か‥‥お祖母様が教えて下さった、女の人が好む薫りです」
「おっ、おまっ!」
 慌てる兵真を全く意に介さず、梓は穏やかに微笑んで首を傾げた。それがまた妙に色気を醸し出す。
「そうですか?」
 髪を掻き上げる梓の流し目に、さすがの天然娘もどきりと心が跳ねた。
「え‥‥えーと、そうです。お祖母さまがそう‥‥」
「ならば、そうなのでしょうね」
「ですから、そういう意味深な事は‥‥」
「ああ、そうだ、天花さん。屋敷の周囲を回って気付いた事はないかね?」
 あはは、と笑いながら窘めた伊也の目は笑ってはいない。兵真が別の話題を振った天花に聞こえないよう、伊也は声を潜めて注意を促す。
「今回は、まだ幼い子も多いので、際どい発言は避けて下さいね」
「‥‥人を有害図書扱いするのはやめて下さいませんか。私はただ、かの屋敷の女房を落として、寝物語に情報を‥‥」
「こほんこほん」
 わざとらしい咳払いで梓の言葉を遮って、伊也はこめかみに青筋を浮かべて念を押した。
「その辺りの詳細は省略の方向で」
「でも、将来の夢は立派な夜鷹になる事という子もいますが」
 ぐらりと伊也の体が揺れる。
「ま、夜鷹に関して誤解している様子ではありましたね」
「そんな事より! 何か分かったのか?」
 二人の会話がお子様達に聞こえないように邪魔をしていた兵真が、振り返りつつ尋ねた。広げられた手の間から顔を出している天花とふしぎも、開拓者の表情になって梓の言葉を待っている。
「経緯は伊也さんのご要望により省略しますが、屋敷の女から聞いた話では、狐に取り憑かれたという娘は、かの貴族殿が身分の低い女に産ませた子で、北の方と、その娘である2人の姉達から冷たい仕打ちを受けていたようですね」
「かわいそう」
 天花の言葉に、梓も沈痛な面持ちで頷く。
「父親も、北の方と娘達の所業を見て見ぬ振りだったとかで‥‥」
 考え込むように、伊也は顎先に指を当てる。
「娘さんを気遣う人は誰もいなかったのですか。お母様はいかがされたのでしょう?」
「既に亡くなっているらしいな」
 ふいに、声が聞こえたかと思うと、余計な装飾を一切省いた忍び装束を身に纏った朝倉影司(ia5385)が何処からともなく姿を現した。
「あ、朝倉さん、心の臓に悪いので、出来ればもう少し‥‥」
 伊也のささやかな抗議の言葉に軽く肩を竦めると、影司は表情を改めて仲間達を見回す。
「与五郎佐からの情報を元に、俺なりに調べた結果だ。狐に憑かれた娘は貴族の子として引き取られたが、母親は下女として屋敷に留められ、北の方にいじめ抜かれて体を壊し、亡くなった‥‥らしい」
 影司の語ったあまりの内容に、仲間達は言葉を失った。
「そ‥‥の事を、娘は‥‥」
 知っていたのだろうか。
 兵真は影司と伊也、そして梓からの情報を頭の中で並べて息を吐いた。
「さあな。姫さんと屋敷を訪ねる日まで、中を調べておこうか? 伊也のように瘴索結界が使えるなら話は別だが、様子を探る程度になるが」
「その必要はないかもしれません」
 考え込んでいた梓が、口を開く。
「これまでの話と‥‥千歳姫の謎かけと。もう、我々が事前に調べられる事は調べ尽くしたと思われますから」
「謎かけ‥‥。果物は菓子に入らない、か」
 兵真も苦い笑みを浮かべる。
「千歳姫も皮肉な例えをなさる」
「えっ!?」
 その言葉に敏感に反応したのはふしぎだ。
 用意してあった様々な果物を後ろ手に隠しながら、集まる仲間達の視線に真っ赤に頬を染めてそっぽを向く。
「もっ、もちろん、高遠のお姫様からの秘密の伝言だった事ぐらい、気付いていたんだからなっ! これは、お腹が減った時に‥‥」
「はい」
 くすくすと笑った伊也の手が、ふしぎが背後に隠した果物をそっと取り上げた。
「では、お仕事の前に、皆さんで頂きましょうか」
 その頃、件の貴族の屋敷近くでは‥‥。
 くん、と鼻を動かして、璃陰はむぅと眉を顰めた。
「なんやろ‥‥。なんか、皆して美味しいもん食べとる気がする」
「璃・陰・くぅん。降りておいでー」
 下から呼びかける与五郎佐の声に応じて、びょんと屋根の上から飛び降りた璃陰は、はてと首を傾げた。本能が危険を告げている。だが、周囲に敵の気配はない。
「それより大事な事があったわ、与五郎佐はん。わいの勘が告げとるんや! 今、わいらを除け者にして、皆でうまいもんを食ってるかもしれ‥‥いたたっ!」
 こめかみをぐりぐりされて、璃陰は思わず叫び声をあげた。
「何するんや!? いきなり!」
「きみ、僕に何をしたか覚えてるかなぁ?」
 にこにこ笑って尋ねる与五郎佐に、璃陰は不穏なものを感じて逃げ道を探す。
「何って、わい、何かした?」
 綺麗なお姉さん用の愛嬌のある笑顔で笑いかける璃陰に、与五郎佐もにっこりと笑ってみせた。
「覚えてないんだあ? へえ? 団子屋で僕のつけでお団子食べたのも、僕の顔に落書きしたのも?」
 あの後、町で娘さん達にしこたま笑われたんだけどなぁ。
 あっと声をあげて、逃げだそうとする璃陰の首根っこを猫の子をぶら下げるように掴むと、与五郎佐は更に笑みを深くする。
「じゃ、お仕事の前にちょっと僕とじっくり話そうか。いいよね?」
 優しげに囁かれた言葉が、璃陰には全く別の意味合いに感じられたのだった。
 その後、何が起きたのか。
 知るのは与五郎佐と璃陰の2人のみである。

●哀しい娘
 よよ、と泣き崩れる2人の姫に、兵真と梓は互いの顔を見合った。
 千歳姫は屋敷の主と対面中だ。護衛という名目の開拓者でさえ、直接言葉を交わしてはいない。本当に高見の見物をする気なのかもしれない。自分達に面倒を押しつけて。
 そんな考えが、ちらりと脳裏を過ぎる。
「アヤカシは人の負なる心に付け込むのです。三の姫は、何かお辛い目に遭われていたとか、思い悩まれていたのではありませんか?」
 溜息混じりに、そんな言葉が口をついて出る。
 この屋敷の女房から情報を聞き出したのは梓だ。三の姫‥‥とは名ばかりで、正妻とその娘達の仕打ちに耐え忍んでいた娘の事情はある程度分かっている。けれども、姉姫達はアヤカシの犠牲になった妹の身を案じる優しい姉の振りをして嘆き悲しんでみせていた。
ーー半分とはいえ、血を分けた妹が苦しんでいるというのに‥‥。
 兵真も梓と同様の事を考えているようだ。
 相手に通じなくとも、チクリと嫌味の1つでも言ってやろうかと、梓が口を開きかけた時、屋敷中に轟き渡る叫びが聞こえて来た。その声に姉姫達が身を竦める。
「‥‥悲しい‥‥慟哭のような声だね」
 兵真の呟きに、梓も目を伏せる。
「なんて怖ろしい声!」
「早う、退治て下されませ」
 手を握り合って怯える姉姫達の言葉が聞こえるはずもないのに、甲高い叫びと何かを打ち付けるような音が激しくなる。
「兵真さん、梓さん、調べて来ました!」
 そこに駆け込んで来たのは、天花だった。
「影司さんが調べて下さった情報を元に、瘴気溜まりを見つける事が出来ました」
 その後に続いてやって来た伊也とふしぎに、姉姫達は眦を吊り上げる。
「瘴気溜まりですって!? そんな不浄なものが当家にあると言うの!?」
「無礼にも程がありましょう!」
 眉を吊り上げた娘達に、開拓者達の表情が曇った。
 気を澱ませたのは、彼女達だというのに。
 珍しく厳しい表情で、伊也は2人の姫達を見た。
「このお屋敷に瘴気溜まりはあります。これは間違いがありません。そして、その場所について調べたのですが、‥‥そこは三の姫のお母様が命を絶たれた場所だそうです」
 ひ、と娘達が息を呑む。
「人聞きの悪い事を申されますな!」
 足音も荒く、御簾をはね除けて姿を見せた年配の女ーー恐らくは貴族の正妻である北の方ーーに、伊也は眉を寄せた。怒りの気迫に負けぬよう、その視線を真正面から受け止める。
「どこの誰がそのような出鱈目を申したかは存じませぬが、三の姫の母は体が弱」
「‥‥かったと言ってるらしいが、古参の連中が瘴気溜まりの事を聞いた途端に、ぺらぺら喋りだしたぜ」
 どこからともなく現れた影司に、女は鬼の形相となった。
「馬鹿馬鹿しい! 何者かは知らぬが、高遠の姫様がお越しになっている今、当家への侮辱を吹聴しておる者を許すわけにはいかぬ! 誰か、この者達を捕らえよ!」
「お待ち下さい、お母様! この方々は三の姫を退治て下さる方々ですわ!」
「その通りです。この方々が三の姫を退治て下されば、私達はあの不気味な声に悩まされず、ゆっくりと休む事も‥‥」
 激昂した正妻を取り成す娘達の自分勝手な言葉に、開拓者達は拳を握り締める。負の心に呼ばれたアヤカシが三の姫を食らったのか。それとも、三の姫の強い悲しみ、恨みがアヤカシを呼んだのか。今となっては分からない事だが、どちらにしても遣る瀬ない。
 そんな彼らの心を知らず、正妻と2人の娘達はアヤカシを退治しろとやかましく騒ぎ立てる。
「黙りゃ!」
 そんな大騒ぎを一喝したのは、市女笠に虫垂衣を垂らした女であった。
「仮にも血の繋がった家族を助けよ、ではなく退治せよ、とは‥‥。呆れて物も言えぬわ」
 逆上した正室が女へと手を伸ばす。それを振り払ったのは、与五郎佐だ。
「いいのですか、この方にこんな事をして」
 薄く、面白がるような笑みを浮かべ、与五郎佐はちらりと背後に庇った女を見る。女は、ゆっくりと笠を外した。
「あ。お姫様」
 ふしぎの一言は、泣き喚いていた女達に劇的な変化をもたらした。静かになった室内で、千歳は開拓者達をぐるり見回す。
「‥‥このような愚か者達に泣かされ続け、アヤカシに食われた哀れな娘を救うてやっておくれ」
 その言葉に、開拓者達は力強く応えた。
「千歳姫はん! もうええかー?」
 外から聞こえて来る璃陰の声に、千歳は振り返った。与五郎佐が戸を開け放ち、素早く外へと飛び出して行く。
「‥‥出してやるがよい」
 苦しげな声に、ふしぎと天花が気遣うように千歳を見た。だが、すぐにそれどころではなくなる。璃陰が娘を閉じこめていた頑丈な扉を解き放ったのだ。
 中から飛び出して来た娘は、真っすぐに、正室とその娘達へと襲い掛かる。腰を抜かして倒れ込んだ女達に、その手が伸びる直前に、梓の精霊剣が娘を止める。
「人の心は失われ、残るは恨みだけ。哀れな‥‥」
 千歳を守るように前へと出た兵真の呟きが、アヤカシに食われた娘と相対する開拓者の心に重く響いた。
「出来るだけ苦しまず、心安らかに‥‥」
 祈りを込めて天花が舞う中、その力を受けた梓とふしぎとが娘へと斬りかかって行く。
 アヤカシになったとはいえ、娘は娘。本気の開拓者達による攻撃にさほど持ち堪える事は出来なかった。
「どうか、魂だけは安らかに‥‥」
 アヤカシを斬った梓の祈りの言葉が静かに消える。
 アヤカシに食われた娘の魂が、真実安らぎの時を迎えられるのか否か、彼らには分からなかったけれど。