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■オープニング本文 ●1人目の場合 夜が更けるにつれて、街は物騒になる。 物盗りや辻斬りといった「人」も怖いが、アヤカシの活動も盛んになるから、普通一般の者であれば、大抵、夜中は家で休む。 真夜中、外を出歩く一般人は、余程の酔狂人か、夜働きの者達、もしくは悪い事を企んでいる連中ぐらいだろう。 「はっ! 言っただろう? 女なんてチョロイもんさ。ちょっとナリを整えて、いい所の息子だって顔して優しすりゃ、一発で落ちるってもんだ」 「ははは、娘の持参金だけ先に受け取って、ハイ、サヨナラなんて、アニキは悪い奴ですねぇ」 人気の無くなった通りを、ほろ酔い気分で歩く2人組は、どうやら悪い事を企んでいる類の者のようだ。 「なぁに、それまでお姫さんのように優しくして、夢見せてやったんだぜ? これは夢のお代だよ」 「違げぇねぇ!」 端で聞いている者がいたら、思わず殴りたくなるであろう、その会話。だが、男達は自慢げに、これまで女性に「夢」を見せた手口を語っている。 「あ、そういやアニキ。またあるそうですぜ! 夫婦になる相手を探すとかいう、あの集まりが」 「ふぅん。あの集まりにゃ、年頃を過ぎて焦ってる娘や、金持ちの亭主から、たんまり形見分けして貰った後家さんとかも参加しているからなぁ‥‥。また行ってみるか」 そして、また食い物にされる娘が増えるのだろうか。 男達の下卑た笑い声が通りに木霊した。 ●2人目の場合 「おまえも、そろそろ嫁を貰わねばならないと言うのに、毎日毎日帳面とにらめっこばかりして‥‥」 母親の小言は、これで何百回目だろう。帳面の隅につけた印を数える気も、もう失せた。そもそも、付け始めたのは最近の事だから正確な数字は分からないのだ。 「いいですか。お前はこの吉田家の跡継ぎなのですよ? もしも、お前の代でお家が途絶えてしまったら、私はご先祖様に何と言ってお詫びをしてよいか‥‥」 よよよ、と泣き出す母親に、小十郎は静かに帳面を閉じた。 小言を聞きながらでは、内容が頭に入るどころではない。 「母上、私も嫁を貰う事を考えていないわけではないのです。ただ、今はまだ学ぶべき学術が多過ぎて、嫁を貰う暇がないと申しましょうか、出会う機会がないと申しましょうか‥‥」 「それならばッ!」 つい先ほどまで袖口を目に当てて泣いていた母が、必死の形相で小十郎ににじり寄った。 「よい集まりがあるのです。ええ、先生のお屋敷と家との往復だけのお前に、嫁を見つける時間も出会う機会がない事も、母は勿論、存じておりますから、ちゃんと調べておりました」 「あ‥‥集まり、ですか?」 気迫に押されて、後退る小十郎に母は更に詰め寄る。 「そうです。夫婦となるべき運命の相手を探して、殿方と女性が出会う場‥‥。あ、言っておきますが、吉田家に相応しい娘でなければ、母が却下致します。いいですねッ!」 額を押さえて、小十郎は溜息をついた。 ●3人目の場合 「与吉、町へ行くべか」 町へとむかうあぜ道を歩いていると、ふと声を掛けられた。 ゆっくり振り返れば、そこには小さい頃から兄妹のようにして育って来たお通が立っていた。俯いたお通の表情は見えないけれど、長年、共に育って来た者の勘でわかる。彼女は今、とても不機嫌だ。 「町に何しに行くだ。そんな、どっかのボンみたいな格好して」 「似合っているか? おっ母が親父が残していた金を使って、作ってくれた上物だぞ」 「‥‥そなにいいおべべ着て、どこへ行くんだと聞いているだよ!」 与吉は苦笑した。 妹同然に育った娘に、「嫁探しの集会に出る」なんて、さすがに言えやしなかった。 ●そして、彼らの場合 「なーなー重ー、「こんかつ」って何だ? 食べ物の一種か? うまいか?」 「チビは知らなくていー言葉だよ! お、こっちの依頼はなかなか‥‥」 ある日の昼下がり。 預かり物の少女を連れ、ギルドで仕事を探していた重の服の裾がぐいぐいと引っ張られる。 「重、「こんかつ」って何だ?」 「だーかーらー、お子様は‥‥」 む、と桔梗が眉を寄せた。 と思うと、みるみるうちに頬が膨らんで来る。 「‥‥わかった」 「わ、分かったなら‥‥」 いい、と言おうとして、はたと気付く。こんな会話は、前にもあった気がする。確か、あの時、桔梗は‥‥。恐る恐る、急に静かになった桔梗を見遣って、重は仰天した。さっきまで、うるさい程に付きまとっていた桔梗の姿がない。 「冗談じゃねぇぞ、おい!」 重の脳裏に蘇る、数日前の悪夢。 あの時、桔梗は「よたか」という言葉が何を意味するのか知りたがっていた。一応、仮にも保護者だ。少女に説明出来る内容ではないと判断して、答える事を拒否した。今回のように。 その結果、言葉の意味をどうしても知りたい桔梗は、通りを歩いていた恰幅の良いご婦人の袖を引いて、尋ねたのだ。 「よたかって何?」と。 問われたご婦人は、まだ幼い少女の問いに目を白黒させた挙げ句、慌てて追いかけた重が良からぬ言葉を吹き込んだに違いないと思い込み、雷様の太鼓もかくやの怒声を浴びせて小一時間説教をしてくださったのだ。 真っ昼間の往来で。 あんな恥さらしは、二度とごめんだ。 重はギルドを飛び出した。小さな体はすぐに人混みに紛れてしまって見えなくなる。ヤツが危険な一言を発する前に捕獲せねば。 鍛えられた開拓者の勘と経験とを最大限に活かし、流れる人の波をすり抜けて、重は少女の姿を探す。 ーーいた! 今しも、微妙なお年のご婦人に声をかけようとしている桔梗を見つけて、重は滑り込むようにご婦人と桔梗の間へと割入った。 「‥‥重?」 「き、桔梗ちゃん? 勝手に外に出て行ったら迷子になるじゃないかー。さ、ギルドに戻ろうな」 引き攣った愛想笑いを浮かべて、桔梗の手を引く。 「でも、重、私、まだ聞いてな‥‥」 「いやあ、参っちゃうよネー。桔梗ちゃんが見ていたあの依頼、受ける事になっちゃってサー」 む? 興味を引かれたらしく、桔梗は重を見上げた。 「確か、飲み放題、食い放題付きみたいだしぃ、桔梗ちゃんも一緒に行くぅ?」 「行く!!」 依頼に添付されていた書状を見る限り、年齢制限は無かった。食い放題の方に気を取られた桔梗の頭の中からは、既に「こんかつ」の言葉は消え去っているはずだ。 「‥‥あーあ、うざってぇ」 桔梗の興味を逸らす為とはいえ、明るく真面目な男女の出会い場に出没し、祝言を夢見る女性から持参金を巻き上げる悪党を見つけて欲しいという、重的にはまるっきり興味のなかった依頼を受ける羽目になってしまった。 「ま、いっか。飲んで食ってりゃいいわけだし、楽勝だな」 一食分、食費が浮くと思えば莓搶o来るだろう。 それが夫婦になる相手を探す者として集会に参加した場合である事を知るのは、受付で手続を済ませた後、改めて依頼を確認した時の事であった。 世の中、うまい話はそうそう転がっていないものである。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
のばら(ia1380)
13歳・女・サ
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
璃陰(ia5343)
10歳・男・シ
胡桃 楓(ia5770)
15歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●言葉の意味 「‥‥重さん、「よたか」って何? 鳥? 重さんも好き?」 ぶはっ! そこにいた男達が、一斉に茶を噴いた。 依頼解決に向かう仲間達が集まった茶店でトンデモ発言を落としたのは、まだ幼気なお年頃の柚乃(ia0638)だ。 「ゆ‥‥柚乃さん‥‥」 何と言って収めればよいものか分からず、滋藤御門(ia0167)も言葉を失った。 「桔梗さんが知りたがっていたの。「トンカツ」は、トンカツを食べる会のことだと柚乃は思うのだけれど、「よたか」は柚乃も知らなくて‥‥」 「いや、「トンカツ」じゃなくて「こんかつ」‥‥」 茶なのか、冷や汗なのか分からない水分を手拭いで拭いながら、弖志峰直羽(ia1884)は、とりあえず訂正出来る所から訂正してみることにした。 「‥‥こんかつ‥‥ってどんな食べ物なのかしら?」 「いや、その‥‥」 が、敢えなく撃沈。 「柚乃」 ふふふ。 湯呑みから零れた茶で服を濡らしながら、重が口を開く。 「鷹は狙った獲物を逃さぬように目が良い」 こくんと、柚乃は頷いた。 「それにちなんだ言葉でな。夜でも鷹のように目の良い奴の事をそう言うんだよ」 「ちょ、重っ!」 間違った知識を植え付けようとする重に、直羽は慌てて袖を引く。 「あんだよ? 本当の事を教えて、あいつのばば様に首絞められてぇか!?」 小声で囁き交わす重と直羽を不思議そうに見遣ると、疑問が解けてすっきりした柚乃は満足そうな顔で団子に手を伸ばす。 「ま、まあ、確かに真実を教えるわけには‥‥」 真実を知る女性陣の「やあねぇ、男って」というチクチクとした視線を感じながらも、何とか自分を納得させた御門は、緋毛氈の敷かれた縁台の上に立ち上がった小さな姿に気付いて首を傾げた。 「どうかしましたか? 璃‥‥」 「そうやったんや!! わい、知らんかった!」 無邪気に瞳を輝かせ、重に尊敬の眼差しを向けた璃陰(ia5343)は、ぐっと握り締めた拳を天高く突き上げて叫ぶ。 「そやったら、‥‥わいは、絶対、絶っっ対、立派な「よたか」になるんやッ!!」 眩暈を感じて御門はよろめき、何とか気を取り直して茶を一服と湯呑みを口元に運んでいた直羽は、更に繰り出されたトンデモ宣言に噎せ返った。 「い‥‥幼気な子供達が‥‥」 「ま、幼気な子供も、いつかは薄汚れた大人になるもんサ」 いけしゃあしゃあと嘯いた重を、御門は冷たく見据えると、「そういえば」と話を変えた。 「重さんにお聞きしたい事があるんですが」 「んあ?」 女性陣に囲まれて、団子を頬張っている桔梗をちらりと見遣る。 「重さんと桔梗さんはご兄妹のように仲がよろしいですが、‥‥重さん、本当のご兄弟はいらっしゃいますか?」 ぴたりと重の動きが止まった。やがて食べかけの団子を皿に戻すと、彼はふ、と息を吐く。 「兄弟? そりゃ当然。人類皆兄弟! 戸締まりご用心、火の元ご用心とくらあ!」 そう笑い飛ばした重に、御門の頬が引き攣った。 「で、では、最近、女性に頬を張られた覚えは?」 「あー、あのチビが家に来てから、そーゆーのはねー。教育上よろしくないっしょ、やっぱ」 どの口が言うか。 心の中で呟いて、直羽はずずっと茶を啜る。 「そうですか。では」 こめかみに青筋を浮かべたままで笑いかけて、御門は重の肩をがしりと掴んだ。 ●彼女達の望み 会場の中は着飾った男女で賑わっていた。生涯の伴侶を探す者達の集まりだけあって、聞こえて来る会話も極めて真面目なものばかりだ。 ――私も、気持ちはよく分かりますよ。 隅っこで一息つきながら、万木朱璃(ia0029)は集った男女に、心密かに共感していた。 ――私だって、私だって! 思い返される22年間。祭りや色んな店先で、いちゃいちゃいちゃいちゃする馬‥‥もとい、仲睦まじい男女に何度袖口を噛んだ事か。 ――だから、真剣な人達を食い物にする輩は許せませんッ! きっちりとお仕置きしてあげましょう! 両の手をぎゅっと握り締めて、自分に気合いを入れる。 ――でも、いい人がいれば私も‥‥。 あわよくばを狙っても、咎められる事はないはずだ。 何しろ、運命の出会いとやらはどこに落ちているか分からないものなのだから。 「朱璃さん」 朱璃と同様に参加者として潜入していたのばら(ia1380)が声を掛けて来る。 「お疲れ様です。甘酒はいかがですか?」 差し出された甘酒に込められた、その気遣いが嬉しかった。 「私が男だったらのばらさんをお嫁さんにするのにっ!」 「えっ、えっ?」 朱璃にぎゅむっと抱きつかれ、のばらはおぶおぶと手足を動かす。 「朱璃さん〜? お気を確かにぃ〜」 「気は確かよーっ! だいたい、こんなイイ女が揃っているんだから、イイ男が寄って来てもいいじゃないーっ!」 朱璃、魂の叫び。 それに応えたのは、遠慮がちな小さな声。 「でも、それでは作戦が‥‥」 奥ゆかしい娘に見えるよう化粧をして、派手ではない振り袖を自然に着こなしている胡桃楓(ia5770)が、いつの間にか2人の傍らに立っていた。 「あ、お疲れ様〜」 「モテモテさんでしたね」 褒め言葉だが、素直に受けていいものかどうか、楓は迷った。 「あ、りがとうございます。皆さんはいかがでしたか?」 朱璃とのばらは互いの顔を見合わせた。次に浮かんだのは、自信に満ちた笑み。 「完璧です」 と朱璃が胸を張れば、のばらも恥ずかしそうに成果を示した。 成果、それはお金持ちのお嬢様に扮したミル ユーリア(ia1088)に群がる男達の数だ。 「結構いるものですね、怪しい人」 ユーリアがお嬢様で、朱璃も色々と融通して貰ったと告げた途端、そわそわし始める男達の何と多いこと! 「私の方も場慣れしてそうな方をミルさんに誘導しました。あと、上っ面だけ優しそうな人も」 「上っ面だけ男、最低ですよね」 「ですね」 うんうんと頷き合う朱璃とのばらに、楓は身の置き所を無くしたようにもじもじとした。 ――女の子にしか見えないかもしれませんけど、ボク、本当は男の子なんですぅ〜! そんな楓の心の叫びも、朱璃とのばらには当然聞こえてはいない。 「楓さんがお相手していた方々は、候補から除外してもいいのですよね?」 心の中でしくしく泣いていた楓に、のばらが尋ねた。 はいと頷いて、自分に声を掛けてくれた人達の顔を思い浮かべる。皆、不慣れなりに、女性に優しく接しようと一生懸命だった。 「騙されそうな女の子達はあちらが引き受けてくれていますから、こちらは悪い人を絞り込んでもいいと思います」 楓の言葉に、思わず見てしまった「あちら」に、朱璃とのばらは同時に溜息をついた。 「あれが地だったら、何の問題もなくイイ男で、私のいい人候補に入れる所ですけれど」 「夢を見ると後が虚しいです」 ぽろりと漏れた2人の言葉に、楓は乾いた笑いを浮かべるしかない。 現在、会場の中は、ほぼ3つの組に分類された状態だ。 ユーリアに群がる「お嬢様」目当ての男達と、気品ある青年に化けた重に群がる女達と。どちらの輪にも入れない者達は手持ち無沙汰で食事を突っついたり、飲み物を飲んだりしている。 「ぼさぼさ頭を梳かして、着物を正しただけですのに」 喋り方もいつものべらんめぇ口調ではなく、柔らかく丁寧だ。育ちが良さげで優しくて顔がいいとくれば、女性が群がるのも無理はない。現実を知る者としては、少々複雑だが。 「でも、これで大分絞られました」 世話役として女性の着物を着て潜入していた御門が、3人の元に歩み寄ると満足げに微笑む。彼こそが重の変装潜入を目論んだ張本人だ。 ――元を正せば‥‥。 御門のせいではないのに、思わずじと目で見てしまう。 「? どうかしましたか?」 「御門さんが、あんなの作るから‥‥変にユメを見ちゃうじゃないですかぁ!」 重さんでなきゃ、いい人候補だったのに〜! 朱璃とのばらの抗議に困惑しつつ、御門は妙に暗く沈み込んでいる楓に声を掛ける。 「楓さんは、どうされました?」 「お話しした男の人達は、皆さん、男らしい優しさを持っていらして、ボク、騙しているのが心苦しいぐらいだったんです‥‥」 ぽつり、ぽつりと語る楓の言葉に、御門はその頭にそっと手を伸ばそうとし‥‥ 「なのに、女の人はやっぱり外見重視なんですね」 ‥‥て、動きを止めた。 どうした事だろう。楓がやさぐれている。年に似合わぬ悟りきったような、荒んだような目をして、口元に自嘲めいた笑みを浮かべて。 「ボクだって、こんな姿していても本当は女の子が好きなんです。ボクがこんかつしたいくらいなんです‥‥」 「えっと、楓さんにはまだ早いのではないかと‥‥」 御門の慰めの言葉も聞こえていないのか、楓はおどろおどろしい空気を背負って、低く笑う。見た目が美しく可憐な娘なだけに、何やらと鬼気迫るものがある。 「ボクも、いつかは可愛い恋人が欲しいです‥‥」 「だ、大丈夫です。いつかきっと素敵な人と巡り会えますよ」 ね、と笑いかけた御門に、楓は視線を向けた。 「外見重視の女の人は、ボクみたいに女の子みたいな男をどう思うのでしょうか」 「そ‥‥れは」 返答に窮した御門に、楓は大人びた溜息をつく。 「私だって、1度ぐらいはいいお相手が欲しいです!」 「わ‥‥私も、ずっと側に‥‥一緒にいてくれる人がいたらと‥‥」 心の中を吐き出して、ぴいぴいと泣く娘さん達(うち1名は外見のみ)に、御門は途方に暮れた。 ●候補 ――どうしてこうロクでもない男ばかり‥‥。 周囲を取り囲む男達に分からぬように、ユーリアは小さく舌打ちした。 けれど、ロクでもない男ばかりが集まっているのは、仲間達が撒いてくれた噂のお陰。文句を言っては罰が当たる。 ――しっかし、自分の自慢しかしない連中ばかりだよねぇ。 彼らの売り込み合戦にも、もう飽きた。お嬢様のように上品に微笑んで相槌を打つのにも疲れた。堅苦しい着物も、形式ばった挨拶も苦手だから、余計に疲れる気がする。 ――早く尻尾を出してくれないかなぁ。肩が凝って来た。 似たり寄ったりの話と、見え透いたお世辞攻撃とに驚いてみせたり、恥じらってみせたり、男達の話を根気強く聞いてはいるものの、心の内にはもやもやした物が溜まって来て、いつ爆発してもおかしくない状態だ。 ユーリアを我慢させているのは、ただ「女の子を食い物にしている奴を、絶対取ッ捕まえて1発ぶん殴る」、その一心である。 「つまらないって顔してる」 不意に耳元で囁かれ、図星を突かれたユーリアは、目を見開くと背後に立っていた男を振り返った。 悪戯っぽく笑うと、男は声を潜めてユーリアだけに聞こえるよう、何事かを告げる。 ユーリアが驚きを見せたのはほんの一瞬。 すぐに小さく頷きを返すと、自分を取り巻いている男達に向き直った。 「申し訳ありません。少々、用が出来ましたので、席を外してもよろしいでしょうか」 ●ボク達の事情 騙されてる、騙されてる。 うっとり顔で重を取り巻いているお嬢さん達に、直羽は苦笑した。特大の猫を被せられた重は、思っていた以上にうまくやっているようだ。役目を果たしている仲間を誉めてやるべきか、そんなんじゃ、すぐに悪い男に騙されるぞとお嬢さん方に注意すべきか。 直羽は大いに悩んだ。 「んん?」 空になった皿を重ねながら、直羽は会場の隅で居心地悪そうに立っている男に目を留める。始まった時も、料理の追加を持って来た時も、その男は同じ場所にいた。女性に声をかけるでなく、途方に暮れているように立ち尽くしているだけだ。 「何か食べませんか?」 下げた皿の代わりに用意された新しい料理を手に、直羽は男に声をかけた。何となく放っておけなかったのだ。 「結構‥‥いや、貰おう」 生真面目を絵に描いたような男だ。 「折角の集まりなのに、女の子と話さなくていいの?」 直羽の問いに、男は手布で汗を拭った。 「いや、私は‥‥そのっ、この集まりに参加する事は母から強制された事で」 ふぅん、と直羽は気のない相槌を打って、皿に盛られていた料理をつまむ。 「でも参加してるって事は、少しはその気があったんだよね?」 「わっ、私は」 反論しかけて、がくりと項垂れる。 「私は幼い頃から学問ばかりで、婦女子と言葉を交わした事など数える程で‥‥」 「そんな気負わずに自然体で会話を楽しめばいいと思うけど。俺は」 眉をハの字に寄せた男に更なる助言をしかけた直羽は、はっと顔を上げた。いつの間にかユーリアの姿が無くなっている。焦って会場を見回せば、仲間達も気付いた様子で、周囲に視線を走らせていた。 ――という事は、今、出て行ったばかりか 「悪い。ちょっと仕事が残ってた。とにかく頑張れよ!」 男の肩を叩いて励ますと、直羽は会場を飛び出していく。その足下をすり抜けて行った小さな影は璃陰のものだ。 一気に駆け下りた階段の下、裏口の扉の前に柚乃が立っていた。 細く開かれた木戸から覗き見ると、1人の男がユーリアの肩に馴れ馴れしく手を回している所だった。 「あちゃ。早めに決着つけないと、1発じゃ済まなくなるかもな」 「兄やん、ちまき?」 小首を傾げて確認して来る璃陰の言葉を訂正しつつ、直羽は飛び出していく頃合いを待つ。 「あんな連中に付き合うだけ時間の無駄だよ。だって、君は運命の相手に出会ったのだからね」 うわあ。 漏れ聞こえて来た言葉に、思わず直羽は腕を擦った。自分ですらこれなのだから、口説かれているユーリアは‥‥と案じるより先に、派手な音が聞こえて来る。 「何しやがんだッ! このアマッ!」 「ようやく本性を現したわね」 激昂する男に対して、ユーリアの声は氷のように冷たい。 「‥‥相当怒っていますね」 冷静な柚乃の言葉に、直羽が慌てて飛び出そうとした、その時。 「女だからって遠慮するこたァないぞっ! 思い知らせてやれ!」 「璃陰!」 「わかっとる!」 弾む鞠のように璃陰が飛び出すと同時に、男達から悲鳴が上がり、防火桶が盛大に転がる音が響く。 「悪い奴らは、ちまきや、ちまきっ!」 「簀巻きですよ、璃陰さん」 参加者達が降りて来ないように階段を塞いでいた御門達がやって来た。どこかでひたすら食べていたらしい桔梗もひょっこり顔を出す。 「これでわいは「よたか」に近づいたわ! そやから桔梗はん! 10年経ったら、わいと「めおと」にならへん?」 男達を縛っていたユーリアが、璃陰の突然の求婚に力の加減を誤って思いっきり縄を絞め上げる。 「「めおと」になったら、いい事でもあるのか?」 「よぉわからんけど、ずっと一緒って事なんやって。重兄やんとこにおったお姉ちゃん達が言うとった」 ふぅんと餅を食べながら、桔梗は答えた。 「璃陰が立派な「よたか」になったら、考えてやってもいい」 頭を抱え込んでしまった大人達の心を知らず、無邪気なお子様達が無邪気な約束を交わして、依頼は一応の終結を見たのであった。 |