看板娘の憂鬱
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/26 21:01



■オープニング本文

●看板娘の憂鬱
 愛らしい看板娘が店先に立つというだけで、客が増えて商売繁盛となるのは、いつの世でも同じ事だ。
 しかし、看板娘には看板娘の悩みがある。
 町の外れにある蕎麦屋「吾平」の看板娘、咲は困っていた。
 贔屓にしてくれる客との軽い会話は楽しいものだ。だが、酔った客に酌をしろだの、付き合えだの言われるのだけは、いつになっても慣れる事は出来ない。
 大抵は、父親である吾平が助け舟を出してくれるのだが、今日は少し、いつもと違った。
「俺を怒らせたいか、親爺」
 どこからどう見ても、鼻つまみ者でならず者。
 べろんべろんに酔っぱらった2人組は、懐にある合口を見せつけながら、吾平に向かって凄んでくる。勿論、咲の腕を掴んで放さないままに。
「そうじゃありやせん。ただ、娘はまだ子供でして、危なっかしい手つきで酌なんざされた日には、こっちが気になって蕎麦を茹で……」
「うるせぇ!」
 一喝すると、酔っ払いは合口を吾平の頬にぴたぴたと押しつけた。
「親爺がどう思おうが、知った事じゃあねぇんだよ! 俺達はな、この娘に……ア、アイタタ!!」
 合口を持つ手をくいと捻られて、男が情けない声を上げる。
 それと同時に、咲の腕を掴んでいた男の顔にもぴしりと裏拳が飛んだ。男が怯んだ隙を逃さず、ほっそりとした手が咲を引き寄せ、自分の背に庇った。
「兄さん達、ちょいと野暮じゃあないですか」
 突然に現れた立ち姿も艶やかな女にびしりと指摘されて、男達は言葉に詰まった。
「ここは美味しいお蕎麦を頂くお店。確かに一緒にお酒も楽しめますがね、我を忘れる程飲んで、人様に迷惑をかけるのはいかがなものでございましょう」
 毅然と言い放つ女に、男の1人が嫌な笑みを浮かべた。
「へへへ、こいつぁとんだ上玉が飛び込んで来たじゃねぇか。気の強そうな所もなかなか‥‥。姉ちゃん、こっちに来て俺達と酒を‥‥」
 伸ばされた手を捻り上げて、女は仕方無さそうに息を吐く。
「聞き分けのない子供より厄介ですねぇ」
「イテテッ!」
「何しやがんだ、このアマ!」
 仲間を助けようとしたもう1人の男が、手にした合口を女に向かって振り上げた。――直後。
「おイタが過ぎちゃあ、お話になりゃしませんよ、兄さん達」
 振り下ろされた刃を髪の毛一筋の所で止めて、女は握った手に力を込める。2人の男達が苦鳴をあげた。
「や、やめ‥‥、ほ、骨が砕け‥‥!」
 それでも女の手はぎりぎりと男達の手を締め挙げていく。
「待って、もう許してあげて!」
 考えるより先に体が動いた。咲は、女の手を止めるようにぎゅっとしがみつく。
「怖い目に遭ったのに?」
「怖かった。けど、この人達は少し多くお酒を召しただけのお客さんです!」
 ふぅん、と女は赤い口元を皮肉げに引き上げて見せた。そして、突き飛ばすように男達の体を離す。店の外へと。
「この子の優しさに感謝おし。そして、二度とこの店に近づくんじゃあないよ!」
 女の啖呵に、どうなる事かと息を呑んでいた野次馬達からやんやと喝采があがった。周囲は全て女の味方。その空気を敏感に感じ取った男が、いきり立つ仲間の手を掴む。
「おい、ここで騒ぎになってはマズイ」
「‥‥わ、わかった」
 小声で交わし合った後、2人はそそくさと何処かへと消えて行った。
「一昨日来やがれってんだ!」
 ある者は酔っ払いに罵りの言葉を掛け、またある者は退散させた美女を褒めそやす。そんな騒動の中で、咲は床に落ちている小さな紙の束に気付いた。さきほどの客が落としたものだろうか。
 何気なく紙を捲って、咲は首を傾げた。
 店の名らしきものの後、その店が何を営んでいるのか、何人雇っていて、寝泊まりをしているのは何人か、そして何故か蓄えの事まで書かれており、その上に丸やらバツやらが記されている。
 最後の頁に吾平の名もあった。蕎麦屋。父、吾平。娘、咲。小。
 娘、咲の上に丸が記され、小の文字の上に三角が書かれてある。何やら不気味な気持ちで、その帳面を眺めていると、横合いから女が顔を突っ込んで来た。
 ふわりと香が薫る。その良い香りにドキマギしながら、咲は差し出された手に帳面を差し出した。
「これは‥‥」
 帳面を手繰っていた女は細い眉を寄せると、何やら難しい顔で考え込んだ。
「あの、どうかしましたか?」
 恐る恐る尋ねると、女は帳面を咲の手に戻して、ある所を指さした。
「ごらんよ」
 帳面に書かれた店の幾つかに線が引かれてある。
 線を引かれた店の名に聞き覚えがあるような気がして、咲は問うように女を見返した。
「先日、押し込み強盗に一家全員、住み込みの手代まで殺された店さ。これはもしかすると‥‥」

●残された手掛かり
「というわけで、お蕎麦屋さんのお咲ちゃんからの依頼でーす」
 ぺったりと貼り出された依頼には「怖いので開拓者の皆さん、何とかして下さい」という一言が添えられてあった。
「「吾平」のお咲ちゃんといや、笑うと可愛いえくぼが出来る、あの娘さんかぁ」
「あー、この間、一緒に蕎麦食いに行った店の看板娘だっけか」
 何を思い出しているのか、ほっこり和んだ開拓者の隣で町の地図を広げているのは、傾城の美姫もかくやという細身の優男だ。
「おい、暇なら手伝え」
 伸びた手がぐいと襟首を掴み、顔に地図が押しつけられる。
「てめ、輝蝶! いきなりなんだよ!」
 輝蝶と呼ばれた男は、思いっきり顔を顰めてみせた。
「馬鹿か。怪しげな男が落としたこの帳面と地図で何も思いつかねぇ、その頭はかぼちゃか?」
 ぱしぱしと帳面を叩いた輝蝶に、男達はひくりと口元を引き攣らせた。
「あのな、輝蝶、‥‥本性を知ってる俺達はいいとして、知らない奴らには少しぐらい夢を見させてやれや」
「夢は所詮夢じゃねぇか。それより、見てみろ。帳面に書かれてある店に印を入れてみたんだが」
 輝蝶の示した地図を見て、男達の表情も変わる。筆でぐるりと円を描けば、輝蝶の言わんとしている事が更によく分かる。
「結構、狭い範囲に集中してるな。そういや、押し込み強盗を追いかけた奴らが途中で煙のように消えたって言ってたっけか」
「地理に詳しい奴なら、抜け道を用意してても不思議じゃねぇよな」
 にんまりと輝蝶は笑った。開拓者は、さすがに察しが良い。
「そう言うこった。そして、この帳面だ」
 丸が記されている店は、吾平の蕎麦屋を含めて3つ。
 大と書かれた文字の上に丸がついているのは、呉服問屋の酒井屋。中と書かれた文字と、娘の名の上に丸がついているのが小間物屋の三崎屋。
 これが本当に押し込み強盗の下調べの帳面であるなら、次に狙われるのは、この3つの店のどれかである可能性が高い。
「この押し込み強盗にゃ、報奨金が出ているって噂だぜ」
 輝蝶は声を潜めて囁いた。
「印の範囲も一町程度って所だ。怪しげな奴ら、怪しげな場所で絞りこみゃ、何か分かるかもしれないぜ。お咲ちゃんの為にも、一肌脱ぐ気はあるか?」


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
十六夜 美羽(ia0178
20歳・女・陰
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
瑪瑙 嘉里(ia1703
24歳・女・サ
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
若獅(ia5248
17歳・女・泰


■リプレイ本文

●看板娘
 蕎麦屋の「吾平」に客が増えた。
 立ち食いの屋台と違って、店を構えている「吾平」は、蕎麦も酒も安いものではない。だが、それでも通って来る客の数が跳ね上がった。
 理由は簡単。
 看板娘が増えたからだ。
 吾平の娘である咲の手伝いに、天花という親戚の娘が訪れ、更にはお梅という女を雇った。娘達には三者三様の魅力があるとの噂が町中を駆け巡り、物慣れない様子で椀を運ぶ天花や、咲や天花より少し大人びた雰囲気のお梅見たさに、客足が途切れる事が無くなったのである。
「本当に、2人ともずっといて欲しいぐらいよ」
 お梅に店を任せて休憩を取っていたお咲の言葉に、橘 天花(ia1196)は照れたように笑った。
「わたくしも、とっても楽しいです。咲さ‥‥お姉ちゃんと一緒にお店に出るの」
 天花にとって、楽しいのはそれだけではない。一人っ子のお祖母ちゃんっ子の天花は、咲と揃いの着物を着、夜は夜で布団を並べて眠るまで他愛のないお喋りをして、姉妹のように振る舞えるのが嬉しくて仕方がないのだ。
 茶菓子を頂きつつ、娘2人が楽しく休憩を取っている頃、吾平の裏手に集まる数人の姿があった。洗濯を終えて家事に一段落ついた長屋のおかみさん達で賑わう井戸端から見えないよう、身を潜めた彼らは声を落として何やら話し合っていた。
「これが、咲さんの話を元に作った人相書きです」
 滋藤御門(ia0167)の持つ紙を覗き込むと、十六夜美羽(ia0178)と若獅(ia5248)はその特徴を頭の中に叩き込む。
「この辺りは長屋が入り組んでいるわ。それも分かっていて活動範囲にしているとしたら‥‥」
 美羽の言わんとしている事に気付いて、御門と若獅も頷く。
「とにかく、奴らのねぐらを見つけようぜ。天花達の作戦まで日が無い事だしな」
「それから‥‥逃走の経路‥‥ですね」
 難しい顔をして真珠朗(ia3553)が呟く。
 長屋と長屋の間の狭い路地。溝を挟んで整然と並んでいるように見えるが、長屋も使おうと思えば使える逃げ道だ。人が住む長屋の中までは調べる事は出来ないが、強盗に協力している者がいないとも限らない。
「ねぐらが分かっていたら、逃げ道はすぐ押さえられるでしょうが‥‥」
 いくら吾平が許し、天花達が詰めているとはいえ、強盗達が逃走する時には何らかの被害が出ているはずだ。それが物だけならばいいのだが。
 真珠朗の言葉で表情を曇らせた御門に、美羽はくすりと笑う。
「大丈夫よ。その為にアレを送り込んでいるのでしょう?」
「そうですね」
 役に立つのか立たないのか、今1つ分からないけれどと辛辣に言い放った美羽に、仲間達も顔を見合わせて苦笑するしかなかった。

●若気の‥‥
「酒井屋さんと三崎屋さんにも話を通して来た」
「吾平」の真向かいにある小間物屋の2階で、障子を細く開けて「吾平」の様子を窺っていた瑪瑙嘉里(ia1703)が、その声に顔を上げる。突然に降り出した雨の粒を払い、劉天藍(ia0293)は嘉里が空けた場所から外を見た。
「怪しい奴は?」
「店を窺っている者、怪しい素振りをしている者はおりませんでした」
 簡単な嘉里の報告に頷いて、天藍は彼女と見張りを交替する。占い師として「吾平」の前で座っている事もあるが、四六時中、居座っているわけにもいかない。吾平の口利きで、この2階の1部屋を開拓者に貸し出して貰える事になったのは、正直有り難かった。
「後は俺が。嘉里さんは休んで来て下さい」
 はい、と静かに立ち上がった嘉里は、ふと動きを止めた。振り返らぬまま、彼女は呟いた。
「家族を奪った賊と‥‥アヤカシは嫌いです。これ以上被害を出さぬ為、全力を尽くします」
 嘉里の過去に何があったのか、天藍はよく知らない。だが、決意の籠もった言葉から、悲しく辛い思いをして来た事は察せられる。天藍も外を見つめたままで、同意を返す。
 小さく襖を閉める音がした。
「色々、あるよな‥‥生きていると」
 それは嘉里への言葉だったのか、それとも自分自身へのものか。窓枠に乗せた肘の上に顎を置くと、天藍はしばし物思いに耽った。
 そして、人生色々ある者がもう1人。
「めっちゃ好みのおねーさん、どうかな? 俺と一夜の火遊びをしてみないかい?」
「吾平」の店先で給仕に来た娘の袖を引くと弖志峰直羽(ia1884)は軽く片目を瞑って見せた。帳面を落とした男が戻って来た場合、即座に動けるように店内で待機しようと町人姿で訪れたわけだが、店内でまめまめしく働く娘の姿に目を奪われて、思わず声を掛けてしまったのだ。
「あら、お客さんったら」
 困ったように恥じらう姿に、うんうんと1人悦に入ってた直羽の耳元に、娘はそっと顔を寄せて来る。
「ん? なになに?」
 可愛い娘に迫られて、でれっと顔が緩んでしまうのは仕方がない。そんな直羽に、娘はにっこりと笑って囁いた。
「女口説いてねーで、仕事しろ、し・ご・と」
 思いも寄らぬ言葉に呆けた直羽が、娘を見返す。
 つい先ほどまで、純朴そうだった町娘が、どこかで見た事のある顔に変わっていた。その冷たい眼差しに、直羽は「げっ」と叫び声を上げそうになる。咄嗟に娘が直羽の口を手で押さえた。
(き、輝蝶ちゃんかよっ!?)
 手の下でもごもご叫んでいる直羽に、輝蝶が更に言葉を続けようとした時、店の一角から声が掛かる。
「お梅ちゃーん、お代わり!」
「はぁい!」
 即座に町娘に戻った輝蝶は、とんと直羽の肩に手を置いた。
ーー後でゆっくり話をしような?
 その冷ややかな声と、愛想よく客の元へ駆けて行く後ろ姿に、直羽は一時的な虚脱状態に襲われ、がくりと項垂れてしまったのであった。

●調査
 結局、落とした帳面を探しに来る者はいなかったが、地道に足を使った情報収集が効を奏して、人相書きにそっくりな男が出入りしている賭場がある事を突き止めた美羽は、真珠朗と共にその周辺で噂を流し始めた。
 曰く、「吾平」に2人の看板娘が増えたこと、主が2、3日留守をするらしいこと‥‥強盗達が喜んで飛びつきそうな内容だった。
「他の2店を先に襲う計画を立てていたとしても、「吾平」を襲う絶好の機会が来たなら、見逃す事はないわね」
「それじゃ、あたしは問屋の方へ。万が一の時には呼子を鳴らしますから、そん時はよろしくお願いしますよ」
 男が中へと消えた賭場から目を離さずに、美羽は真珠朗の言葉に頷く。
 奴らが「吾平」を襲うとは限らない。他の2店を襲う計画が変更出来ない場合、開拓者達が全て「吾平」に集まっていたら、また被害が出る事になるのだ。手を割くのは痛いが、被害を出さぬ事が第一だ。
「真珠朗」
「はい?」
 呼び止めた美羽に、真珠朗は怪訝そうに足を止めた。振り返ると、そこには美羽の自信に満ちた笑みがある。
「煙のように消える人間はいない。私が証明してあげるわ。‥‥でも、肉体労働は貴方達の仕事よ」
 ひょいと肩を竦めて不敵に笑むと、真珠朗は表通りの、酔客で賑わう雑踏の中へと消えて言った。
 同じ頃、町の若衆の格好をして人混みに紛れ込んでいた若獅は、1人の女に声をかけられていた。
「ちょいと、あんた、「吾平」を守っている人の仲間だろ?」
 女は白い手拭いの端を噛み、茣蓙を手にした夜鷹だ。懐の鉄牙の感触を確かめながら、若獅は注意深く女を見た。いい女だ。けれど、そんな事で若獅が油断をすると思っているのであれば、痛い思いをする事になる。なのに女は、若獅の警戒をまったく気にした様子もなく、顔を近づけた。夜鷹にしては高そうな香を使っている‥‥そんな事を頭の隅で考えながら、若獅はすぐにでも応戦出来るように全身に緊張を漲らせた。
「さっき、そこの賭場の裏から野暮な連中が出て行ったよ。どこへ行ったんだろうねぇ?」
「なに!? それは本当か!?」
 事実であれば、今、若獅が見張っているのは、強盗達のいない賭場という事になる。奴らが向かった先は‥‥。
「急いでいるから礼は出来ないが」
「気にしないでいいから、行っといで。蕎麦小町を守っておあげ」
 ひらひらと手を振る女に力強く頷くと、若獅は脱兎の如く走り出した。
 その後姿を見送って、女は手拭いを被り直す。
「さて、後は‥‥奴らがどこを襲うか、だね。誘き寄せが当たるといいんだけれど」
 呟いて、女は狭い裏長屋の入り組んだ道の奥へと消えて行った。

●襲撃
「天花ちゃん」
 怯える咲の手を、天花は安心させるようにぎゅっと握り締めた。
 戸締まりはしてある。だが、店の前で複数の気配を感じる。
 主である吾平は留守という事になっている。早めに店を閉め、旅装で町を出たのが陽が沈む前。開拓者を信じて、娘と店を預けてくれたのだ。何が何でも守り抜かなくては。
「大丈夫です。いきなり蹴り込んで来たりしないはずです」
 そんな騒ぎを起こせば、隣近所に轟き渡る。目的を果たす前に番屋の者が来ては、元も子もない。
 天花の読み通り、かたんと支え棒が外れて静かに戸が開く。灯りのない状態でも惑う事がない。手慣れた様子だ。男達は、卓と椅子の陰に隠れた天花と咲に気付かぬまま、土足で奥へと踏み込んだ。
「娘達がいないぞ」
「他に使用人はいないはずだ。二階じゃないのか」
 声を潜めたそんな会話が聞こえて来る。二階へと上がる足音が響いた直後、騒々しい音と共に重たいものが階段から転げ落ちて来た。
「残念だったな! お前達の行動は読まれていたんだよ!」
 威勢のいい若獅の声に、男達が殺気だった。
「お姉ちゃんはここにいて下さい」
 言い置いて、天花は静かに舞を舞い始めた。その舞の効果か、若獅の動きが素早さを増した。階段を一息に飛び降りるや否や、起き上がりかけた男の顎もとに蹴りを一発。そのまま、邪魔な男達に足払いをかけて、天花と咲を庇える位置に立つ。
「そんな所にいやがったのか!」
「その坊主を片付けろ! さっさとずらかるぜ!」
 坊主と呼ばれた若獅は、むっと口元を歪めた。けれど、暗闇の中、そんな不機嫌な表情が男達に見えるはずがない。
「お前達みたいな奴らを、この町でのさばらせる訳にはいかないな! 盗人が行く処は決まってる。冷たく暗い牢獄の中だってな!」
 大声を張り上げた若獅に、男達が同時に合口を抜き放つ。だが、そんな彼らに次なる衝撃が襲う。
「うわっ!?」
 体を捻った男が、刃物を手にしたまま仲間にぶつかる。刃は仲間の体を掠っただけで済んだが、いきなり斬りかかられた男が逆上する。
「てめぇ! 一体、何のつもりだ!」
 仲間割れに発展するかと思われた時、呆れたような声が開け放たれたままだった戸口から聞こえて来る。
「あーあ、みっともないなぁ。仲間を信じる事も出来ないなんてさ」
 影だけしか分からないその男は、戸に手をかけ、もたれ掛かるような体勢で小さく笑いを漏らした。
「真面目に働く人から財産奪うだけじゃ飽きたらず、命までもたぁ、血の色を疑いたくなるけど、帳面を落としたのが運の尽きだ」
「帳面だと!? 畜生ッ! 持って行きやがったのはてめぇらか!」
 戸口を塞いだ直羽に、男達は一斉に奥に向かって駆け出す。自分達の計画が漏れていた事に気付き、一旦、逃走する事に決めたようだ。
「覚えてやがれ!」
「‥‥お決まりの文句はいいけどさ、あんな物落として、バレない方がおかしいって事に気付け」
 口元を引き攣らせた直羽に、天花と咲が駆け寄った。
「2人とも、怪我はなかったかい?」
「はい!」
 元気よく返した天花の頭を1つ撫でると、直羽は震えが止まらない咲へと向き直る。
「怖い思いをしたね。でも、もう大丈夫だからさ、安心していいよ」
「直羽が来るのがもう少し遅けりゃ、もっと懲らしめてやれたのにさ」
 まだ暴れ足りなそうな若獅に苦笑して、大きな音が響いた裏長屋の方へと視線を遣った。
「そいつは悪かった。けど、あっちはあっちで片がついたみたいだよ、若獅ちゃん」

●退路断ち
 若獅と直羽に追われる形で「吾平」から飛び出した男達を待っていたのは、欠けた月を背に立つ女の姿だった。
「あら、思ったより早かったのね。堪え性がないのか、自分達の実力というものを知っているお利口さんなのか。‥‥まあ、お利口さんには見えないわよねぇ」
 美羽の揶揄に男達が憤るよりも早く、真珠朗と天藍とが彼女の前へと飛び出す。
「後はよろしくね」
「分かった!」
「仕方がありませんねェ」
 天藍から放たれた式が、目に見えぬ刃で男を切り刻む。その一撃で、男達は彼らが只者ではないとようやく気付いたようだ。
「そうか! てめぇら、開拓者だな!」
「‥‥今頃気付いたんですか‥‥」
 がくりと項垂れた真珠朗に、隙ありと見た男の1人が襲い掛かった。けれども、普通の者が相手の時にはうまく行ったであろう起死回生の一撃は、呆気なく躱された。勝利を確信していた男が一瞬だけ動きを止め、そのまま崩折れる。
「‥‥ちょっと救いようが‥‥」
 男の首筋に手刀を叩き込んだ真珠朗が、額を押さえた。
 呪縛符で男達の動きを封じていた天藍が「ははは‥‥」と乾いた笑い声を漏らす。
 彼らの目を盗んで、入り組んだ長屋の道に逃げ込もうとした男達は、ある者は不意に身動きが取れなくなって、間抜けな格好のままで動きを止め、またある者は容赦なく叩きつけられた棒状のものに昏倒した。
「申し訳ありませんが、逃げ道は全て押さえさせて頂きました」
 路地から姿を現した御門と輝蝶に、残った者達は逃げ切れないと悟ったのか、次々と抗う事をやめる。
 そうして、繁盛している店を狙った押し込み強盗は片がついた。
 ‥‥と思われたのだが。

●そして
「だってさぁ、仕方がないと思わね? 町娘で違和感無いんだからさァ」
 片付けも終わり、営業を再開した「吾平」の片隅で、直羽が管を巻いていた。
「ええっと」
 付き合わされているのは、御門と天藍だ。
「違和感ないだろうと思ったから、奴らを誘き寄せる餌兼護衛役をやらせたんだ」
 しれっと答えた天藍に、直羽は酒臭い息を吐きながら、絡む。
「だぁらってねぇ、天藍ちゃんのおかげでぇ、俺は男を口説いちまったんらぜぇ、男を!」
「えと、元気出して下さいね?」
 一生の不覚と卓に突っ伏した直羽に、御門はおろおろしながらも慰めの言葉を掛ける。直羽はしゅんと鼻を啜り上げてから、御門の手を掴むと、彼が持っていたぐい呑みの酒を一気に飲み干した。酒を飲むのは初めてだという御門の酒はほとんど減っていない。
「だ、大丈夫ですか? そんな一気に‥‥」
「大丈夫だ。それぐらいでは死にはしない」
 言い切って、天藍は静かに自分の酒を口元へと運ぶ。
 仕事の後の酒は格別だと、誰かが言っていた。
 その気持ちが少しだけ分かる気がするようになった自分に、天藍はふと笑みを浮かべた。
 例え、管を巻いて自棄酒を煽る男と、初めての酒の席で緊張している男が一緒だとしても、仕事を完遂した後の酒は、本当に格別だった。