待宵草の夢
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/31 14:07



■オープニング本文

●人待ち
「重ー。あの人、今日もいるー」
 つんと袖を引いて、縁台に腰掛けて往来を行く人々を眺めている女を指さす桔梗に、重は頭を軽く小突いた。
「人には人の事情ってモンがあるの! お前が首突っ込んでどう‥‥」
 言ってる側から、駆け出し、女に声を掛けている少女に、重は拳を震わせた。
 様々な事情により、先日から面倒を押し‥‥見ている少女は、家族に見つかると困ると口走った事からして理由ありらしく、名前と年以外を語ろうとはしなかった。別にそれは構わない。人にはそれぞれ事情があるものだ。それは、重もよく分かっている。
 だが、問題は。
「だーかーらー、そうやって何でも首突っ込みたがるの、やめてよねーっ!」
 家族に見つかったら困るのであれば、目立たぬように大人しくしているものではないのだろうか。
 なのに、この桔梗という少女は、興味を惹かれたものにすっ飛んで行ってしまうのだ。
 美味しいそうな匂いだったからと、鰻を無銭飲食した挙げ句、意気投合した親爺が美味そうに呑んでいたからという理由で飲み干し、どんちゃん騒ぎを始めたから迎えに来いと店の女将から呼び出された。おかしな形をしているから気になったというジルベリアの壷を、うっかり手を滑らせて割り、平謝りに謝って、月払い弁償で勘弁して貰った‥‥等々。
 彼女を預かってから、重は心が安まる日がない。
「重ー。この人、夫婦になる約束した人が帰って来るの、待ってるんだってー」
 ああ‥‥。
 キリキリと胃が痛む。
「桔梗ッ! 人様の事情を根掘り葉掘り聞くんじゃねぇッ!」
 どかんとカミナリを落としても、怒られた本人は馬耳東風、きょとんとした顔で首を傾げているだけだ。
 そんな2人に、根掘り葉掘り聞かれたであろう女は、くすくすと笑った。
「こいつが迷惑かけて、すンませんでした」
 桔梗の頭を無理矢理下げさせて、深々と頭を下げる。
 数えきれぬぐらいに頭を下げてきたから、これも、もう慣れたものだ。
「あらあら、そんな謝られる程の事じゃあ、ありませんよ」
 団扇を扇ぎながら笑った女は、ほっそりとした面立ちの、どこか儚げな女だった。
 重が掴んでぐしゃぐしゃになった桔梗の髪をそっと手櫛で梳きながら、女は微笑む。
「女は髪が命と言うのに、ひどいお父さんねぇ」
「‥‥いや、それ違いますから」
 とんでもない誤解を受けている。
 自分はそんなに老けて見えるのだろうか。
 真剣に悩み始めた重を尻目に、桔梗は更なる一撃を落としてくれる。
「重は父さん違う。私、重に見張られてるだけ」
「え?」
 女の重を見る目が瞬く間に変わった。
 この変質者!
 声には出さない言葉を、その目が雄弁に語っている。
「いや、それも違うんで‥‥」
 もはや、否定する気力もない。
 ぐったりと、重は柱に寄り掛かった。なのに、親の心もとい、保護者の心子知らず。桔梗は女の手を引いた。
「今から私と一緒に開拓者ギルド、行こう」
「え、でも‥‥」
 戸惑う女に、桔梗は続ける。
「開拓者に頼めば、すぐに探してる人を見つけてくれるんだって。私も頼みたいけど、重が駄目って言う」
「桔梗チャンは、人と判別出来る絵が描けるようになって、夢と現実の区別がつくようになってから、頼もうねー。でないと、開拓者のお兄さんやお姉さんが困っちゃうからねー」
 むっと顔を顰めた桔梗の背を押せば、女の手を取ったまま、頑強に前に進むのを拒む。
「でも! この人は違う! このままずっと待ってるだけ、そんなの悲しい!」
 虚を突かれたように、女は目を見開き、唇を戦慄かせた。
 そして。

●岐路
「ふむふむ。その男性と出会ったのは4年前‥‥と」
 事情をすらすらと紙に書き付けていく受付の娘に戸惑いながらも、楓と名乗った女はぽつりぽつりと事情を語る。
 男は、北面の都、仁生で染め物の店を構える商人の跡取り息子で、遊学にやって来た神楽の都で彼女と出会い、恋に落ちたのだという。
「あの人‥‥佐助さんは、自分は商人に向いてはいない。いつかお父様を説得して絵描きになるのだと言っていました‥‥」
 その男の事を思い浮かべているのだろうか。
 楓は、口元を幸せそうに綻ばせる。
「そして、絵描きになって、私と所帯を持つと約束してくれたんです。20を2つ越えて、そろそろ商売の勉強をしろと言われて仁生へ帰る前の日、2人で縁日に行って‥‥金魚を掬って。縁日の頃まくでには戻るから、また2人で金魚を掬おうね‥‥と。3年前の夏の事でした」
 それは‥‥。
 受付の娘の筆が止まる。
「それは、騙‥‥」
「きっと親父の説得に時間が掛かってんだろうよ。世の中の親ってのは、そんなもんさ。子供の言葉にゃ耳を貸そうともしねぇ。子供には子供の人生があるってのに、自分の持ち物みたいに、勝手に子供の人生を決めちまうんだ」
 受付の娘の言葉を遮ったのは、重だった。
 吐き捨てるようかのように一息に言い切って、重は楓を振り返った。
「で。あんたはどうしたいんだ? その男を見つけて、自分の所に連れ戻したいのか。それとも、押しかけて行くか」
 楓は静かに首を振った。
「分かりません。どうしたいのかなんて、多分、その時にならないと分からないと思います。ただ、私はあの人が今どうしているのか‥‥それが知りたい」
 心配そうに見上げる桔梗に微笑み、頷いてみせて、楓は顔を上げた。
「あの人を待って立ち止まっている場所から、未来へ踏み出す為に」


■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176
23歳・女・巫
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
国広 光拿(ia0738
18歳・男・志
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
伊予凪白鷺(ia3652
28歳・男・巫


■リプレイ本文

●旅の途中
 仁生までは、通常であれば何日もかかる旅路だが、精霊門が使える開拓者にとっては、ちょっとそこまでの感覚で訪れる事が出来る北面の都である。
 そのちょっとそこまでだとしても、はぐれないようにとの配慮か、それとも別の意図があるのかは定かではないが、開拓者見習いの桔梗と手を繋ぎ、橘天花(ia1196)はお姉さんぶって滔々と注意事を並べていた。
「いいですか? 桔梗ちゃんはまだ見習いですから、1人で動いちゃ駄目ですよ」
「うん」
「迷子になると大変ですから、わたくしと手を繋いでいくのですよ」
「うん」
 そんな光景を微笑ましく見つめているのは、出水真由良(ia0990)と柚乃(ia0638)だ。ふふと、真由良は柚乃と顔を見合わせて笑う。天花は妹が出来た気分なのかもしれない。2人の姿は、まるで仲の良い姉妹のようだ。
 だが、素直にそうは思えない者もいた。
 桔梗が四つ辻で暴れた現場に居合わせた伊予凪白鷺(ia3652)だ。
 大きく手を振って、楽しげに先を行く同行者に、彼は溜息をつく。その心中はと言えば「問題を起こさないか」「暴れ出さないか」という心配事だらけ。今回の依頼は事情が事情だけに、繊細な対応を要するというのに。
 再び溜息をついた白鷺の肩を叩いて、鬼灯仄(ia1257)は愉快そうに尋ねた。
「心配かい?」
 顎で指し示すのは、前を行く少女2人だ。
「当然です。3年も待ち侘びる想い人を探し出せと言われても、3年も経てば人は変わります。佐助さんが見つかったとしても、万が一‥‥」
「まぁ、男女の仲なんざ縁次第だからなァ」
 肩を竦めた仄に、ええと白鷺は頷く。
「大人はそうやって割り切る事も出来ますが、あの子達がどう捉えるかと考えれば」
 ああ、その先に待つのはどんな阿鼻叫喚の世界。
 しかし、彼の心配は仄の目には別のものに映ったようだ。
「心配しすぎると、頭の縞々にまんまるい禿が出来ちまうぞ」
 呵々と笑って白鷺の背を叩いた仄と、がくりと肩を落とす白鷺を不思議そうに天花と桔梗が振り返る。
「どうされたのでしょうねぇ?」
「さあ?」
 互いに首を傾げたのは一瞬。子供の興味は次から次へと移っていくものだ。
「そうそう! 仁生でいい子にしていたら、お饅頭を買ってあげますね☆」
「本当?」
 子供だなぁ。
 仲間達が失笑する中、お子様達の会話は続いていく。
「そういえば、重さんにきちんとご飯を食べさせて貰っていますか?」
「重? いつも加減して食えと言われる」
 加減ってどういう意味‥‥?
 聞くとも無しに2人の会話を聞いていた野乃宮涼霞(ia0176)と国広光拿(ia0738)がほぼ同時に心の中で呟いた。
「じゃあ、お腹一杯食べさせて貰っていないんですね!? 今度、わたくしが重さんに注意してあげます!」
「うん? ‥‥なあ、聞いてもいいか?」
 お子様達の話を聞き流しながら、六条雪巳(ia0179)は懐から取り出した佐助の似顔絵を眺め、仁生に到着してからの段取りを頭の中で整理していた。
 似顔絵は、しばし迷った後、結局「待つという約束だから」と神楽に残った楓から聞き出して描いたものだ。
 まずは仁生の染め物屋をあたる。仲間達は名前も経歴も偽りである可能性も考慮して、捜索の範囲を広げるようだが、とりあえず‥‥。
 そこまで考えた時、雪巳の耳に飛び込んで来た会話。
「なんですか? わたくしで分かる事なら、何でもお答えしますよ! わたくしでは分からない事でも、皆さんなら知っているかもしれませんし!」
「虎の肉は美味いか?」
 微笑ましくお子様達を見守っていた者達、依頼の解決策を思案していた者達が、ぴたりと足を止める。
 ゆっくりと彼らの視線が動いた。
 その先にいるのは、白虎の被り物を被った白鷺だ。
「虎さんのお肉ですか? うーん、そういえば、お祖母様の御本の中に、泰国のどこかで虎のお肉を食べたり、お薬にしたりする人達がいると書いてあったような
気が‥‥」
「待て、天花ッ!」
 さすがにここで肯定するのはマズイ。事の真偽よりも、今、そこに迫る危機が。
 だが、仄の制止は少し遅かった。
 桔梗の視線が白鷺に注がれる。
 白虎の被り物の下、白鷺はだらだらと冷や汗を流していた。桔梗の視線に少々、身の危険を感じる。
「‥‥うん」
 納得したように頷いた桔梗に、開拓者達は声にならない声を上げつつ、手を伸ばす。
ーー何が!?
ーー何が「うん」なんだっ!?
 本能と言うべきだろうか。それとも第六感を越えた直感か。開拓者達の中でただ1人、白鷺だけはその意味を悟った。
 ‥‥桔梗の中で、彼の首に「非常食」と書かれた札が下げられたという事に。

●噂
「そうですか。お手間を取らせてしまいまして、申し訳ありません」
 丁寧に礼を述べて、涼霞は店を辞する。
 先に外に出ていた柚乃は、描いた似顔絵をもう一度開いてみた。紙に墨一色で描いた似顔絵の風貌は、優しげだ。雪巳と2人で描いた佐助の人相画は、どちらもよく似ていると楓の絶賛を浴びた。もしも、もしも、佐助が戻ってこないなら、せめてその似顔絵だけでも欲しいと言われるぐらいに。
「悪い人ではないと思うの‥‥」
 柚乃の言葉に、涼霞もええと微笑んだ。
「穏やかで優しくて、おっとりしている人だったと楓さんはおっしゃっていました。困っている人を見ると、見捨てられないと。ですから、もしかすると‥‥」
 楓の元に戻れない理由があるとしたら、そんな性格が災いしているのかもしれない。
 軽く眉根を寄せた涼霞の袖を柚乃が引く。
「佐助さん、絵描きになるのが夢だったのよね?」
「ええ、そういうお話でしたね」
 墨一色で描かれた絵と、店の中に並んでいた色鮮やかな反物と。柚乃は、自分の中で繋がろうとしている糸を、一生懸命にたぐり寄せた。
「柚乃さん?」
 覗き込んで来る涼霞に、もう一度、似顔絵を見せる。
「絵は‥‥紙に描くだけじゃないと思うの。染め物だって立派な芸術。佐助さんにしか描けない「絵」があるとしたら‥‥」
 あ、と涼霞は声を上げた。
 染め物屋の跡取り、絵描きという楓の言葉から、自分達は人探しの範囲を狭めていたかもしれない。
「もしかすると‥‥」
「染め物職人‥‥?」
 頷き合って、2人は先ほど辞したばかりの染め物屋の暖簾を再び潜った。
 その同じ頃、仲間達と別れた仄は居酒屋にいた。
 しがない町人達が集まる、安い酒を飲ませる店だ。だが、ここでしか得られない情報もある事を仄は知っていた。
「兄ちゃん、いい飲みっぷりじゃねーか。ほれ、もう一杯いけ!」
「おっと、すまねぇな」
 杯に注がれた酒をぐいと飲み干して、仄は上機嫌にぷはあと息を吐き出す。
「さすがは仁生だな。いい酒がある」
「ったりめぇだろが。色んな国の酒が集まって来るんだからな」
 炙った目刺しを噛みちぎって胡座を掻いた男に、仄は首肯した。
「確かに。酒を商う商人の蔵を覗いてみてぇもんだ」
 仄の言葉に、周囲にいた酔漢達がどっと笑った。
「覗くだけかよ!」
 仲間と別れてからほんの数刻。仄は、仁生の町人達とすっかり意気投合してしまっていた。
「それで? 兄ちゃん、仁生に何しに来たって言ってたっけ?」
 豆腐田楽を頬張って、「それよ」と仄は問うて来た男に竹串を向ける。ここからが本番だ。
「絵描きになりたがってる染め物屋の坊ちゃんっていう、酔狂な話を知らねぇか?」
「親の言う事聞いてりゃ、お店が転がり込んで来るって言うのに、そんな奴ァいるのかねぇ」
 物好きがいるもんだと笑い合う酔漢達に、仄も苦笑いになった。どうやら、ハズレたらしい。
「だよなァ。あ、でも、今の話じゃねぇな。そいつが戻って来たのは3年ぐらい前だと思うんだが」
「3年?」
 客の1人が、突然に指折り始めた。
「うちのガキが生まれたのが、秋の終わりだから、‥‥そうだな、丁度3年になるか」
「何か知ってんのか?」
 身を乗り出した仄に、男は「あんたが探している奴かどうか分からねぇが」と前置きして語り出す。それは、3年前の冬の話だった。

●教育
「神楽に残っていた3年前の記録では、仁生に向かった旅人が行方不明になったとか、落石や物盗りの被害に遭ったという話はないんですよねぇ」
 だから、佐助は無事に仁生に戻っているはずだ。
 なのに、巡った染め物屋で佐助の話は聞かなかった。仁生に何件の染め物屋があるかは知らないが、別行動を取っている仲間達も調べている。そろそろ佐助に関する情報が出て来てもいい頃だ。
 はふ、と息を吐いて、真由良は頬に手を当てた。
「そう‥‥ですね。この絵が3年前の佐助さんだとしても、それほど変わっているはずはないのですが」
 子供は3年で目を見張る程に成長する。だが、20を越えた青年が、3年程度で見分けがつかなくなるぐらい変わるとは思えない。自分が描いた絵を手にした雪巳の中に、奇妙な焦りが生まれる。
 神楽を出る時、どこか諦めたような目をして見送ってくれた女性を思い出したからだろうか。彼女は、どんな気持ちで仁生へと向かう自分達を見送ったのだろう。共にこの都へやって来るという選択肢もあったのに。
「私は‥‥何もして差し上げる事が出来ないのでしょうか。あの方に‥‥」
「大丈夫ですわ、雪巳様」
 真由良はにこやかに微笑んで胸を張った。
「佐助様は無事に仁生についているはず。そして、その佐助様をわたくし達が見つけられないはずがありませんもの」
 自信満々に言い切った真由良に、釣られて雪巳も笑顔になる。と、その時だった。
「桔梗様っ!?」
「あっ!?」
 いつの間に飛び出したのか、彼らの側にいたはずの少女が軒先に吊られた鳥かごへと忍び寄り、中の文鳥へと手を伸ばしたのだ。慌てて駆け出そうとした2人の目の前、桔梗の行動にいち早く気付いていた光拿がその襟首を捕まえる。
「全く。お前は一体、どのような環境で育ったんだ? 他人の物に手を出してはいけないと教わらなかったのか」
「鳥は鳥。捕まえたら食べていいんだよ」
 悪びれなく返って来た答えに、光拿は額に手を当てた。
「あれは、他人が飼っている鳥だから駄目だ。‥‥腹が減ったのか」
 こくんと頷く桔梗に溜息を吐くと、光拿は懐を探って小銭をその手の上に乗せる。
「物の遣り取りには代償が必要だ。腹が減っているなら、その金で買えるものを買って来い」
 銭と光拿の顔を見比べて、桔梗は怖々と団子屋の方へと歩き出した。渡した金は100文。団子に蕎麦を食っても釣りが来る。けれども。
 ぐっと、真由良は息を詰め、拳を握り締めた。
 雪巳も、桔梗の一挙手一投足を見逃すまいと身を乗り出す。
 しばらく団子屋の前で立ち尽くしていた桔梗は、やがて意を決したように店の娘に声を掛けた。握り締めた銭を差し出すと、娘は手慣れた様子で竹皮に団子を包み、釣り銭と共に桔梗へと渡す。
 嬉しそうに晴れやかに、光拿達を振り返った桔梗に、真由良は思わず雪巳に抱きついてしまった。
「よく‥‥よく頑張りましたわね、桔梗様」
 桔梗の初めてのおつかいに、うるうると目を潤ませる真由良といきなり抱きつかれて赤面する雪巳とを面白そうに一瞥すると、光拿は駆け寄って来た桔梗の頭を一撫でした。
「これで分かっただろう? 物の遣り取りには金が必要で、金は働いて手にいれるものだ。足りない時には我慢する事も覚えなくてはならない」
「はいっ、せんせー!」
 びしりと背筋を伸ばして生真面目に返事を返した桔梗に、光拿は悪い予感を覚えた。
ーーマズイ。このままでは、この娘の面倒を押しつけられるやも‥‥。
 佐助を探すと名目をつけて、光拿はその場を立ち去ろうとした。すると、桔梗もぴったりと後ろをついて来る。歩く速さを変えれば、桔梗も変える。面倒を押しつけられる以前に、雛に懐かれた親鳥状態だ。
「なんだかとっても可愛らしい光景ですわねぇ」
「‥‥そ、そうでしょうか」
 彼らの後からゆっくりとついて行く真由良ののほほんとした感想に、雪巳は口元を引き攣らせて当たり障りない言葉を返した。心の中で光拿に手を合わせながら。

●待宵草の夢
「‥‥というわけなのです」
 神楽に残った楓の元に、仲間を代表して訪れた白鷺と涼霞は、仁生の街で仲間達が得た佐助の消息について一通り語り終えた。
「そう、ですか。だから、あの人は戻って来なかったのですね」
 呆然と呟く楓の頬に光るものを見つけて、白鷺は視線を畳へと落とす。
 仲間達が集めて来た情報を纏めれば、佐助の行方は緩く結んだ紐がほろりと解けるように、すぐに知れた。
 神楽から仁生に戻った3年前の夏の終わり、店の跡を継ぐより絵描きになりたいという佐助に、当然、両親は反対した。優しい気質の佐助は、両親を説得しようと試みたようだ。だが、両親は佐助に黙って「跡継ぎ」の縁談話を纏めてしまった。
 結納の日取りまで決めた後に、それを知らされた佐助は、さすがに怒った。
 親子の間に決定的な溝が生じ、父親は佐助を勘当したという。
 恐らく、本気ではなかっただろう。両親は佐助の性分を知っていたはずだ。親の心を無下にする息子ではないと分かっていて、最後の切り札を出したのだ。
 だが、佐助は黙って頭を下げると、旅装束と僅かな路銀を手に家を飛び出してしまった。3年前の冬の話だ。
「言い交わした女を裏切る事だけはどうしても出来ない」
 そう言い残して。そしてーー。
「佐助さんは、途中の山で雪崩れに巻き込まれたそうです。幸い、命は取り留められましたが、足が‥‥」
 言い淀んだ涼霞に代わって、白鷺が話を続ける。
 助け出された佐助は、通行手形を頼りに両親の元へ運ばれた。
 けれど、勘当された身だと言い張る息子と、意地になった父親との溝は埋まる事はなかった。
 体の自由が利かなくなった佐助は、染め物職人として父親の店に雇われる事で折り合いをつけ、自宅の離れに籠もり、細々と布の上で絵を描き続けていたのだ。
「‥‥貴女様にはお会い出来ない。絵描きになる夢を諦め、ただ日々の金を得る事が精一杯の自分は、貴女様を幸せに出来ないとおっしゃっておられました」
 はらはらと涙を流す楓に気付かぬ振りで、彼女の言葉を待つ。
 依頼はほぼ成し遂げたと言っていい。
 後は、依頼人である彼女の言葉で全てが決まる。
「あの人は、何もお分かりではないのですね。私の幸せは‥‥あの人と生きて行く事ですのに」
 小さく、白鷺は口元に笑みを浮かべた。
「では」
「参ります、仁生に。あの人が何と言おうと、私はあの人の側で、あの人を支えていたい‥‥」
 分かりましたと、涼霞と白鷺は互いに頷き合った。
「それでは、出立の支度を。楓さんのお心は、きっと佐助さんにも通じるはずべきです」
 雪巳と柚乃の説得で、佐助の両親が仁生までの旅の足を用意してくれている。
 仁生に着いてから後は、彼女達が決める事だ。
 旅立つ楓を見送りながら、その先に待つものが幸せであるようにと、開拓者達は祈った。
 微笑みを浮かべて。