【希儀/密命】霊剣
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/05 23:26



■オープニング本文

●夜の淵で
 もし、と声を掛けられて、彼は息を吐いた。
 夜も更け、人も少なくなった通りである。声を掛けて来る女は夜鷹か物盗りの類だろう。
 うんざりとしながら振り返り、彼は眉を寄せた。
 微かに漂う上品な香の薫り。纏っているのは上物の絹。一見して、どこかの家に仕える女房と知れる。
「いかがされましたか、女房殿」
 声が硬くなる。商売女ならばまだしも、奥仕えの女が一人で出歩く時間ではない。感じる違和感が警鐘を鳴らしていた。
「主より、言伝がございますれば」
 被った袿をずらして、女は軽く頭を下げた。覗いた顔に、あっと声を上げる。主の屋敷に仕えている女房だ。となると、言伝というのは彼の主からのものであろう。
「言伝とは、どのような?」
「お耳を‥‥」
 主から受けた命に関する事ならば、確かに誰かに聞かれるとまずい。
 言われるがままに、彼は身を屈める。
 腹に熱を感じたのは、次の瞬間のことであった。
 刺されたのだと気付いた時には、さらに深く抉られていた。
「女‥‥ぼ‥‥うどの‥‥」
 崩れ落ちる彼を見下ろし、薄く笑みを浮かべると、女は彼の血に濡れた小刀を己の首筋に当てた。

●疾く密やかに
「武天に流れついた難破船の事を知っているか」
 開拓者ギルドの奥まった1室に集められた開拓者達を前に、「焔」と名乗った人物は唐突に語り出した。
 ひっそりと耳元で囁かれ、仲間達で賑わう表から連れて来られたのはいいが、現れたのは冷たく鋭い瞳、愛想など一欠片もない男か女かも不明な風貌、顔も腕も至る所が傷だらけの体で現れた、怪しさ満載な人物。
 シノビらしいその者は、一言も発せず、唯一の光源である蝋燭がじりじりと短くなっていく様子をただ眺めていた。
 自分達と同じように呼ばれたのだろう。
 と、最初はそう思っていた。
 目を合わせる事もなく、こちらの呼びかけに応える事もなく、自分達の存在を無視するかのようなその者に、疑念へと心の針が振れかけたその時の事である。
「知っているか、と聞いている」
 高圧的に問われて、むっとしながらも「是」と答えた。
「この船の中から、様々なものが見つかっている」
「ああ、知っている。彫刻とかの芸術品から、航海日誌やら何やら色んな書き付け‥‥、新しい儀の情報を得ようと、皆、積み荷を調べる事に夢中になっているらしいな。新たな謎の儀‥‥確かに興味深い」
 代表して会話に応じた開拓者に、焔は口元を歪めた。
「そうか。そちらの調査に行きたいというのならば、止めはしない。これ以上の話を聞く必要はない。今すぐ出て行って貰おう」
 投げられた言葉に、開拓者達は気色ばんだ。
 だが、焔は動ずる事もなく続ける。
「この依頼を受けるならば、任を果たすまで親兄弟、この依頼に参加している者以外への他言を禁ずる。情報の遣り取り、相談は他者の耳がない場所でのみ行う。安全な場所は、その都度、こちらが用意する」
「なんだ、それは」
 どんな依頼なのか説明も一切なく、高圧的な宣言されては、声に苛立ちが混じるのは仕方がない。
 気にした様子もなく、焔は開拓者達を見回した。
「ここから先を聞くのであれば、依頼に参加すると見做すが、いいのか?」
 最終通告だと、開拓者達は感じた。
 話を聞いたなら、もう後には引けない。焔の強い視線がそう告げている。
「‥‥いいだろう。乗ってやる」
 どかりと椅子に腰をおろした者に倣い、他の者達もそれぞれに話を聞く態勢を取る。それは、依頼を受けるという意思の表れだ。
「繰り返すが、この依頼について、誰にも告げてはならない。極秘の任だ。なにしろ‥‥」
 息を吐き、焔は告げた。
「既に1人死んでいる」
 死んでいるとは穏やかではない。
 眉を寄せ、無言で先を促す。
「全ては秘密裏に進んでいた。なのに、何処からかばれ、お前達に依頼を持ちこむ前に消された」
 開拓者達は互いを見交わした。
 これは、思っている以上に厄介な依頼かもしれない。
「難破船より回収された資料は多い。航海日誌、手記、ただの書き付け‥‥先ほど、お前達が言った通りだ。だが、その中で、朝廷がギルドにも自分達の臣下にさえも伏せた情報が1つある。‥‥二本の霊剣の話だ」
「霊剣?」
 ああ、と焔は語り出す。
 遙か古の伝承に記された話を。
 それは、彼らも初めて聞く内容でもあった。
 朝廷が成立する前後に書かれた書に、希儀と思しき儀の話が記されているらしい。
「かつて、朝廷は「布都御魂」と呼ばれる霊剣と、その対となる「天羽々斬」を所有していた。そして、その書には、どのような経緯かは分からないが、「天羽々斬」は他の儀に渡ったとある。この記述が正しければ、嵐の門が閉ざされる以前の事だから、7500年程前の事になる」
「7500年っ!?」
 思わず声をあげて、開拓者は慌てて自分の口を押さえた。話はまだ続いているのだ。
「気が遠くなる程昔の話だ。嘘か真か確かめようもない。しかし、「布都御魂」は確かに朝廷にあり、今に伝えられている。対の剣が実在していてもおかしくはない」
「‥‥それで?」
 一呼吸置いて、焔は言い放つ。
「船に遺された資料から、「天羽々斬」を匂わす記述が見つかった。お前達には「天羽々斬」の行方を追って貰う」
「ちょっ! 待てよ! 7500年前の話だろう? どうやって!? 落とした財布探すのとは訳が違うんだぞ!?」
 もちろん、と前置いて、焔は抱えていた包みを開いて見せた。
「「天羽々斬」の元へは、対の剣が導いてくれるはずだ」
 ごくりと唾を呑む。
 対の剣、と焔は言った。7500年前に失われた「布都御魂」の対の剣、それは――
「布都御魂‥‥」
 朝廷が所有しているという霊剣を、何故、このシノビが持っているのか。
 抱いた疑問に気付いたのか、焔は薄く口元を引き上げた。
「この事は、まだ誰も知らされていない。知っているのは朝廷に関わる、ごく一部の人間だ。だが、その極秘情報を知り、妨害を仕掛けて来る者がいる。‥‥他言を禁ずると言った理由を理解したか?」
 あまりにも大きく、あまりにも危険な依頼だった。
 しかし、それにも勝るのは‥‥。
「人目を避けよと言っているわけではない。だが、任務に関しては他者に悟られるな。活動の拠点は用意するものを使え。また、必要な物品もあれば言うといい。出来る限り、整えてやろう」
「‥‥まずは、情報だな。嵐の門が開かん事には探しようもないしな。だが」
 腕を組んで、開拓者は仲間の顔を見回した。
「門が開いてから後は、未知の儀を当てのない当てなく探して歩く事になる。入念な下調べと準備が必要だな」
「‥‥妨害者は来るでしょうか」
 誰かの呟きに、彼は大仰に肩を竦めてみせた。
「そりゃ来るだろうさ。既に1人殺してるんだろう? 間違いなく、俺達を狙って来るさ。‥‥必ずな」


■参加者一覧
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
水月(ia2566
10歳・女・吟
ケロリーナ(ib2037
15歳・女・巫
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
フレス(ib6696
11歳・女・ジ
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔


■リプレイ本文

●襲撃
 突然、横薙ぎに払われた鋭い剣の一撃を紙一重で躱して、笹倉靖(ib6125)は後ろに飛び退った。
 フレス(ib6696)と共に難破船の調査に向かった途端の襲撃である。
「ちょ、いきなりすぎ!」
「笹倉兄さま!」
 胡蝶刀を引き抜き、靖を援護しようとしたフレスにも刃が振り下ろされる。初撃は防いだが、すかさず突き込まれた棍に吹き飛ばされた。壁に叩きつけられた小さな体に、容赦なく敵の刃が迫る。
 くるんと体を転がして攻撃を避け、フレスはそのまま敵の足元を抜けた。
「大丈夫か!?」
 背を合わせた靖の問いに、ぷるぷる頭を振って土埃を落とすと、元気よく答える。
「大丈夫なんだよ、笹倉兄さま!」
「ったく、勘弁して欲しいもんだ。せっかちは女に嫌われるぜ、っと!!」
 襲い掛る敵を蹴り飛ばして、靖はフレスを振り返った。
「いきなり襲われた。とりあえず、反撃したって事でいいか?」
「えー。この人達の意見も聞いた方がいいと思うんだよ」
 ね、と笑いかけ、フレスは相手の懐に飛び込んで、防具の接ぎ目に刀を押し込んだ。苦鳴が漏らした敵に、フレスは「大丈夫」と顔を覗き込む。布に覆われ、目しか出ていない状態では男か女かも分からない。
「命には別状ない場所だけど、動くと傷が増えちゃうんだよ」
「縛りあげとけ、フレス。聞きたい事が色々ある。舌なんぞ噛まないように‥‥あ?」
 殴りつけようとした手が宙を切る。
 それまで何の躊躇いもなく靖とフレスを襲って来た者達が、その手から得物を滑り落し、かくんと膝から崩れ落ちたのだ。
「おい! まさか、自害!?」
「生きてる‥‥みたい? でも、変なんだよ‥‥」
 糸が切れた人形のように、敵は地面に座り込み、ただただ虚空を見つめるばかりであった。

●物資調達
 周囲に敵がいない事を確認して、叢雲怜(ib5488)は背後にいる者に頷いてみせた。
「大丈夫なんだぜ。今のうちに!」
 はいと緊張を孕んだ返事が聞こえ、御調昴(ib5479)が怜と並ぶ。
 再度見回して、怜と昴は通りを渡った。建物の陰に身を潜ませると、ほっと安堵の息を吐く。
「まだ明るいし、人が多い場所では襲って来ないと思うけど、用心に越した事はないんだぜ」
「そうですね。‥‥僕達が依頼を受けた事は誰も知らないはずなんです。僕達は誰にも話していないから」
 包みを抱えて、昴は考え込む。包みの中味は、焔を通じて手配した宝石や香料だ。商家、もしくは仲介人から情報が漏れて盗賊に狙われたという可能性はある。
 がしかし、襲撃は高価な品を持っている時に限らず起きている。しかも、彼らが依頼を受けた直後からだ。
「どうしてばれているのでしょう」
「うーん。分からない‥‥」
 怜も肩を竦めて疲れたように首を振る。
 相手を捕えて情報を聞き出す事も考えた。
 しかし、襲撃者は不利になった途端に戦闘不能になる。こちらがトドメを刺すより先に、相手が勝手に倒れるのだ。舌を噛み切った、毒を飲んだなどの自発的行為は見受けられず、死に至らなかった者も事情を聞ける状態ではない為、その裏側にいる首謀者を探る事も出来ないでいる。
「襲って来るのも、身元が不確かなゴロツキさんばかりで」
「ううーん」
 昴の呟きに、怜が唸った。
「街でごろごろしているゴロツキが、俺達に勝てるとは思わないのだ」
「それもおかしな所ですよね。統率が取れているように見えましたし、動きも訓練を受けたかのようでした。街でぶらぶらしているゴロツキさん達には無理です」
 でも、覆面を剥いだら出て来たのはゴロツキ。
 数人、身元が確認出来た者がいるが、彼らはゴロツキ以上に進化する事はなかった。
 2人して一頻り頭を抱えた後、がばっと怜は顔を上げる。
「分からない事を考えていても仕方ないのだ! 俺達は俺達の仕事をするんだぜ、御調の兄ちゃん!」
「そ、そうですね」
 一瞬にして思考を切り替えた怜に、昴は面喰らったように瞬きを繰り返した後、笑みを返した。
「とりあえず、皆さんの所に戻りましょうか。周囲に敵がいないか、調べてみますね」

●図書館にて
 いつも一緒のカエルを抱え直して、ケロリーナ(ib2037)は、はふと息を吐き出した。
 依頼を受けてから数日。
 天儀であればすぐに調達が出来る物も、希儀では手に入るかどうか分からない。水や食料といった必需品から、物々交換に使えそうな絹や宝石といった品、その他諸々、思いつくままに書き出した紙を見つめて、また溜息をつく。
 物資調達に問題はない。
 仲間達がそれぞれに動いてくれて、紙に書き出した準備物には既に幾つもの線が引かれてある。
 ケロリーナが睨みつけているのは、「辞書」という単語だ。
 言葉が通じなければ、希儀での情報収集活動に支障が出る。そう思って調べ始めたのだが、数日で成果をあげるのはやはり難しかった。
「むむむ‥‥」
 船から見つかった資料は解読されているわけだから、まるっきり読めない類の言語ではないと思う。何より、希儀の文字はケロリーナの故郷の文字に似ており、親しみやすい。
 だが。
「むむむむむ」
 ところどころ、文字だか記号だか分からないものがある。
 暗号を解いているような気分だ。
 時間をかければ読めるだろうが、天儀の言葉に変換した辞書を作るとなると更に時間が掛ってしまうだろう。
「ケロリーナさん、進んだ?」
 小声で話しかけて来た神座亜紀(ib6736)に、ケロリーナは首を振った。
「難しいですの」
「だよね」
 がくりと肩を落としたケロリーナに、亜紀は慰めるように肩を叩く。お互いに出るのは溜息ばかりな状況だ。
 図書館で調べられる事にも限界あるし、希儀で見つかった品々は玉石混淆で、彼女達が求める情報まで行き着くにはやっぱり時間が掛りそうだ。そもそも、霊剣の記述がある部分は朝廷が接収している可能性が高い。
「焔さんから聞いた事以上の情報はないのかな」
 ぽつり、諦めが混じった呟きを落とすと、亜紀は調べていた本を閉じた。
 出て来たのは剣の伝承ぐらいだ。もっとも、それらは現実味の薄い、昔語りの神話と同程度のものであったが。
 朝廷が所持する書物を調べられたなら、また別の結果も出ていただろうが、それらを閲覧する方法がない。秘密裏に動いているという枷は、思った以上に重い。
「‥‥もう一度、おねにぃさまにお聞きしてみるです?」
「そうだね。「布都御魂」についても調べさせて貰いたいし。対の剣って事は「天羽々斬」と共通点があるかもしれない」
 それに、と亜紀はもう一度息を吐き出した。
「図書館で調べるのも、そろそろ限界かな。フィフロスで検索しても、これ以上は引っ掛かりそうにないよ」
「はいですの‥‥」
 その頃、図書館に続く庭で毬をついていた水月(ia2566)は、ふと差した影に顔を上げた。見上げると、福々しい男がにこにこと笑いかけて来る。服装からして貴族だろう。
「お嬢ちゃん、ここで何をしているのかな?」
「‥‥」
 毬に目を落として見せると、男は屈んで水月と目線を同じくした。
「ここは冷えるよ。風邪をひくといけない。中に入らないかね?」
 1人で遊ぶ子供を案じたのだろうか。
 警戒を解かぬまま、水月は男を観察する。怪しい所はない。けれど、首すじにチリチリと感じる違和感。開拓者の本能を、水月は信じた。
 肩に手を置かれ、促されるままに図書館へと向かう。
 入口に続く道の脇、年月を経た巨木の脇を通り過ぎたその時、肩を掴む手に力が込められた。そのまま、建物の陰へと引き摺り込まれる。一瞬の事だった。
 男の分厚い手が水月の自由を奪った。
 でも、と水月は男を窺う。
 手慣れ過ぎている。
 壮年の貴族、外見や口元を覆った手の様子からして荒事に慣れている風には見えない。先ほどとは違う、拭えない違和感に水月は眉を寄せた。
「何も怖くはないからね、お嬢ちゃん。さあ、目を閉じてごらん」
 言われるがままに目を瞑った。
 視覚は閉ざされても、予め飛ばしてあった人魂の小鳥は全てを見ている。
「そう。いい子だね‥‥」
 頭を撫でられた。
 嫌な感じはしない。何がしたいのか、その真意を探るべく行動に移ろうとした次の瞬間、水月は息を呑んだ。人魂の小鳥が消えたのだ。
 そして、目元を冷たい感触が覆った。
 男の厚ぼったい手ではない。冷たい、氷のような手。
「幼くとも開拓者、か。油断がならないな。だが、そうでなくては面白くない」
 衣擦れの音がして、何かに包まれた。誰かに引き寄せられたのだと気付くと同時に、頭に軽い感触が落ちる。
「あの小鳥のように我が目、我が耳となって貰おうか」
 本能が危機を告げる。闘布を握り締め、その機を計る水月の耳に駆けて来る足音が届いた。
「水月さん!」
 亜紀の声と共に、重たい音が響く。
「もう逃げられませんの!」
 更に響く音。恐らく、亜紀が作りだした鉄の壁が退路を全て塞いだのだろう。
 くすり。
 間近に迫った何者かが笑う気配がして、水月は体を強張らせた。闘布を握る手に力を込めて、水月は神経を研ぎ澄ませる。
「しばしの別れだ。我が小鳥」
 手が離れていく。
 思わず振り仰いだ水月の目に映ったのは、翻った布地と薄く笑みを浮かべた口元。
 どさりと傍らで倒れる音と、駆け寄る仲間の声を聞きながら、水月は呆然と立ち尽くしたのだった。

●予感
「で、前に調べた古い文献を漁ってみようかと思ったわけよ。もちろん、剣の事は伏せてね」
 霧崎灯華(ia1054)は小さく肩を竦めてみせた。
「見つからなかったわぁ。もっと詳しく探せばあるかもしれないけど、駄目ね。あたしには向いてないわ」
 ぐびっと杯を呷って、灯華は焔の杯に酒を注ぐ。
 ここは焔が用意した拠点の1つだ。移って3日程経つが、今のところ、敵の気配はない。
「一番、手掛かりが掴めそうなのは朝廷に残る文献なんだろうけど、おいそれと手に入るものじゃないしぃ、藍可あたりに伝手を当たって貰おうかとも考えたんだけど、さすがにねぇ」
 浪志組も朝廷との繋がりはあるが、今回のような場合には難しいだろう。
「そんなモノをこっそり閲覧出来るなんて、大伴の爺ちゃん達か王ぐらいしか‥‥あら嫌だ、絶望的じゃない」
「絶望」と言う割に灯華の表情は明るい。
 空になった酒瓶をひらひらと振りながら、お代わりを要求する。
「もう駄目なんだよ」
 飲み過ぎだと膨らませたフレスの頬を指先で突っついて、灯華はけらけらと笑った。
「大丈夫よ、この程度で潰れるほどやわじゃないから」
 やわとか言う問題でもないから。
 周囲に転がる酒の瓶から目を逸らして、靖が心中呟く。
 間違っても心の声を外に出すという愚は犯さない。
「ほらほら、もうすぐお子様達が戻って来るんだから、今のうちに」
「いやいやいや、中に入った時点で酔っ払って倒れるぐらい酒の匂いが充満してるからっ!」
 愚は犯さないと誓ったばかりなのに、思わず突っ込んでしまった。
 しまったと顔を顰めて、靖は灯華から視線を逸らして話を変える。
「俺も、フレスと希儀の事を調べてみたけど、分かった事は、ギルドの報告書に上がっているものと大して変わらなかった」
 我ながら苦しい話題転換だ。
 何か言いたげにジト目で睨む灯華を見なかった事にして、靖は続けた。
「本当に「天羽々斬」はあるのかって聞きたくなるぐらい、何もない。けど、奴らは間違いなく俺達を狙っている。「天羽々斬」に関わる事柄が嘘ではないと、奴らが証明しているようなものだよな。‥‥持ってる情報量はどちらが多い、となると微妙だが」
 靖は目を細めて焔を見た。
「俺達の持つ情報は、全部あんたから得たものだ。手持ちの札を隠されてちゃ、俺達も動き辛いんだけど?」
「手持ちの札、か。例えば?」
 その視線を真っ向から受け止めて、焔が問うた。
「俺達を襲って来る奴らの心当たりとか」
「残念だが、見当もつかない。この話は、朝廷のごく一部の者にしか知らされていない。三羽烏と、彼らの腹心‥‥恐らくはその辺りだと思う。王達も、全て知っているとは言い難いやもしれん」
 ねぇ、と灯華が言葉を挟む。
「そんな極地的情報を、何であんたが知ってるの?」
「私はシノビだ。極秘任務を受ける事は多々ある」
 納得したのか、していないのか。灯華は気の無い相槌を打っただけで、再び酒を飲み始めた。
 しばし考え込んで、靖が口を開きかけたその時に、
「うっわー! お酒くさいのだ‥‥」
 戻って来た怜が、部屋に充満する酒の匂いに盛大に顔を顰めた。
「灯華姉、飲み過ぎはよくないのだ」
「‥‥なんで、あたしだと思うわけ?」
 灯華の前には、杯を重ねる焔がいる。顎で示した灯華から杯を取り上げて、怜は胸を張った。
「灯華姉の日頃の行い!」
「あ、そ‥‥」
 やれやれと息を吐いて、灯華は卓に肘をついた。そんな彼らの様子をくすくすと笑い交わすのは昴とフレスだ。「おかえりなさい」と彼らを迎えたフレスが、昴の持っていた包みを受け取ってよろめく。
「あ、ごめんなさい。今日のは石だから重いですね」
「これぐらい大丈夫なんだよ。‥‥これで、最後?」
「ええ。手配した分は」
 あとは、昴が続けるよりも先に、元気な声が響いた。
「飛空船の手配なら、終わってますの〜!」
 てててと駆け寄ったケロリーナが、ぴょんと跳ねて焔の首に飛び付いた。
「‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 成り行きを見守った仲間達は、それぞれ微妙な顔で互いに目を逸らし合う。
 無表情な焔は、ケロリーナに飛び付かれても知らん顔で酒を飲んでいる。片や、ケロリーナは今日の出来事を怒涛の勢いで語り続ける。
 もちろん、首にぶら下がったまんまだ。
「それで、飛空船をいっぱいいっぱい予約しましたの。豪華なのと、大きいのと、頑丈なのと強いのと小さいのとぼろっちいのと、選り取り見取りですの〜!」
「そうか。よくやったな」
 杯を置いた焔がケロリーナの頭を撫でる。
 気持ち良さそうに目を閉じたケロリーナから、猫が喉を鳴らす音が聞こえて来そうな錯覚を覚えて、フレスはふるりと頭を振った。いくら何でも、ゴロゴロは言わないだろう。多分。いや、そんな事ではなく。
「飛空船、どれを使うか決めてないんだね?」
 意図を確かめるように問うフレスに、なるほどと昴は思案気に呟いた。
「我々すら知らない情報、ですね。荷物も乗船の際に持ち込めば、ぎりぎりまで相手を撹乱出来るかもしれませんが、問題は‥‥」
「水や食料ならば、全ての船に積み込めばいい。無駄にはならないだろうし」
 靖も頷けば、仲間達の顔にも不敵な笑みが浮かんだ。
 だが‥‥。
「待って。ボク達、今日、怪しいヤツに遭遇したよ。ボクの作ったアイアンウォールを軽々と越えて行った」
 亜紀が言えば、彼女と手を繋いでいた水月もこくりと頷く。
「また来るみたいな事を言ってた。それから‥‥」
 水月にちらりと視線を向けると、亜紀は事のあらましを仲間達へと語ったのだった。