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■オープニング本文 時候のあいさつと共にやって来た櫻井誠士郎は、にっこり微笑みながら依頼料の入った巾着を受付台に乗せた。 「よろしくお願いします」 「は‥‥はあ」 妙に鬼気迫るものを感じるのは気のせいか。 だが、下手に触るとまずい。 居合わせた開拓者達は、誠士郎と目を合わさぬよう、一斉に顔を逸らす。 不幸なのは、彼の相手をせねばならない受付嬢だった。 「あ、あの」 開拓者に情け容赦ない一撃を繰り出す彼女も、誠士郎の背負う異様な気迫にごくりと喉を鳴らす。意を決して切り出した言葉よりも早く、誠士郎が口を開いた。 「皆さんがお忙しいのは重々承知しています。ですが、引き受けて頂けませんか?」 口調こそ丁寧だが、「断ったりしないよな?」という無言の脅しが滲み出ている。 ‥‥ような気がする。 「そんなに難しい依頼じゃないんですよ? いつも、皆さんが受けておられる依頼に比べたら、全然、全く」 なんだろう、この崖に追い詰められているような、誠士郎が巨大化しているような、そんな感覚は。 「私は、皆さんを信じていますから。ふふ」 笑い声まで発しているというのに、彼の顔には影が差し、なのにメガネはキラリと光る。 「そう。今回の依頼は、ただ、浪志組の風紀を乱す輩を探すだけの、簡単なお仕事なんですから」 危険度は低いが、厄介そうだ。 ‥‥なんて事は言えない。 「かの一件の後始末に我々が奔走している中、そういう事をやっている者がいるらしい‥‥とね、そういう話が聞こえて来ましてね。隊の金を使い込んでいるとか、そういう不埒者がいるらしいと。勿論、噂だけで動くほど私も愚かではありませんよ? 帳簿と資金残高を照らし合わせた結果、信憑性があると判断致しまして。まあ、毎日、呑み歩いている森●●さんとか、その度に何か壊して隊に請求が回ってくる●●可さんとかに比べたら少ないのですが。ふふふ」 どうしよう。 誠士郎から何か黒いものが溢れて来た。 どよどよとギルドの中を満たしていく黒い何かに、息が詰まりそうな錯覚を覚えて開拓者達は襟元を緩める。 「とにかく、今は浪志組の志が義であると世に示さねばならぬ時。不正は糺さねばなりません。そ・の・う・えで! 今後、そういった輩を出さぬ為に策を講じる必要があるのです。ええ、例外なく、例外なく! 不埒者は処断される、そんな策を!」 強い調子で言い放った誠士郎は、メガネを押し上げて笑みを浮かべた。 「というわけですので、よろしくお願いしますね」 のほほんとした笑顔で誤魔化されそうだが、なんだか凄く面倒な事を押し付けられた気がする。 開拓者達は、口元を引き攣らせながら居合わせた不運を嘆いたのだった。 |
■参加者一覧
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
郁磨(ia9365)
24歳・男・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志
ディラン・フォーガス(ib9718)
52歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●厳しい現実 屯所からさほど離れておらず、呑み屋が多い場所。 まずはと目星をつけた一帯で聞き込みを始めた僅か数刻後、彼らはげっそりと疲れた顔で合流場所に集った。 「‥‥ん、皆、同じ目に遭った‥‥のかな〜?」 郁磨(ia9365)の問いかけに、海月弥生(ia5351)は肩を竦めてみせた。 「多分、ね」 端的な言葉に呆れが滲む。仲間達へ――自分含む――の同情と励ましをこめて、郁磨は「お疲れ様」と微笑んだ。依頼はまだ始まったばかりなのに、何なのだろうか。この半端ない疲労感と脱力感は。 「‥‥義を志して集った者がこのザマとは‥‥ね〜」 独り言めいた郁磨の呟きに、藤田千歳(ib8121)が唇を噛む。 彼にとって、浪志組は義を、理想を追い求める仲間が集う場だ。そして、東堂から彼の願いや想いと共に託されたものでもある。 その浪士組が、このような有様であるという事に、憤りが込み上げて来る。 「俺達は一度、信用を無くしている。なればこそ、もう一度、民に受け入れられる為に襟を正さねばならない。にも拘わらず‥‥」 「ホント、困っちゃうよね。僕達が頑張っても、これじゃ台無し」 はふと息を吐いたアルマ・ムリフェイン(ib3629)は、憂いを帯びた眼差しで通りを行き交う人々を見つめた。 「僕は、浪志組が大切。同志も、場所も、力も大切。‥‥でも、彼らにとっては何なのだろう? 彼らの志は」 「誰もが、その志の為に集ったのではないという事かしら」 アルマの物思いを断つように、弥生は至極あっさりと言い放った。 見返して来るアルマに困ったように笑って、彼女は言葉を続ける。 「広く門戸を開いているから、色んな人がいるのは当然よ。例えば、食い詰めて、お金が欲しくて入った人とか、ね」 しかし、そうして隊に入ったはいいが、現状、末端の隊士に払われる給金はさほど多くはない。それでも、贅沢をしなければ暮らしていける のだろうが、慎ましやかに暮らすという選択肢を最初から持っていない者達もいるわけで。 そんな者達が、この界隈で行っている事が食い逃げや万引き、因縁をつけて金を巻き上げるといった悪事である。まるでゴロツキだ。それも、浪志組を笠に着ての狼藉だから質が悪い。 志を持たず、道徳心も無い。そんな隊士を野放しにしては、浪志組の評判は下がる一方だ。 「‥‥これはもう、あれですね〜、一時的な取り締まりじゃなくて、もっと根本的に何とかするべきかな‥‥。ちゃちゃっと役割分担して、抑制とかしてみま‥‥」 言いかけて、郁磨は笑顔のままで固まった。 「‥‥あれ? 俺、今、凄く面倒な事を言わなかった〜?」 「言いましたね」 「言ったな」 「言ったよね」 弥生と千歳、そしてアルマが同時に頷く。 彼らの言葉に出さない応援を受けて、郁磨が考え込んだその時に、 「わ!」 そんな声と共に背中を押されてよろける。 「待った〜?」 キラキラと音がしそうな笑顔を振りまきながら尋ねて来た叢雲怜(ib5488)に、誰もが無言になる。 「‥‥もう! 駄目なのだ! ここは「今来たトコ」って答えてイチャイチャするのがお約束って言ってたのだ!」 「‥‥誰が、と聞いても良いか」 心なしか、千歳の声色が低くなったような気がする。はっと我に返った弥生が、怜と彼らの間に割って入った。だがしかし。 「藍可姉! でね、藍可姉が今晩、飲みに行く時に連れてって貰える事になったのだぜ! 羽目を外してる人達も来るみたいなのだ!」 「ほぅ?」 森殿とは、一度じっくりと話をせねばなるまい。 周囲の温度をも下げるような千歳の独り言。 弥生は溜息をついて額に手を当てたのだった。 ●必要性 同じ頃、キース・グレイン(ia1248)とアレーナ・オレアリス(ib0405)も浪志組の屯所で途方に暮れていた。 外部の評判ではなく、浪志組内部での事実関係を把握する為赴いたのだが、これは予想外の‥‥いや、ある意味予想通りの展開だ。 「お気の毒に‥‥」 思わず漏らしたアレーナの言葉が、状況を如実に物語る。 山と積まれた書類は未だ手つかずといった様子。誠士郎の文机の周辺は、それ以上、今にも崩れそうで崩れない絶妙な均衡で積み上げられている。 「こっちが処理前で、あっちが処理後ってところか」 数枚手に取り、内容を確認してキースは呻き声を漏らした。請求書から始まり、浪志組への売り込みから苦情まで、無造作に積まれている。誠士郎が、これらを仕分け、それぞれに処理しているのだろうか。 彼が浪志組の雑用係と呼ばれている事も、そしてあれほどにキレた理由までもなんとなく察せられる。 同情と失望とが混じった顔で、キースは緩く首を振った。 「どうかしましたか?」 落ちた書類を拾い集め、綺麗に揃えて山に戻していたアレーナが、彼の様子に気付いて声をかける。 「ん? ああ‥‥、実は、隊の内外から情報を提供して貰えるよう、目安箱の設置を提案しようかと思っていたのだが、これでは誠士郎の負担が増えるばかりか」 頭を掻いたキースに、アレーナはきょとんとした顔を見せた。 「内外からの情報‥‥つまりは、誰かしらに見られている事を意識させて、隊士としての自覚を持って貰うという事でしょうか。それは良い案だと思います。しかし、それがどうして櫻井殿の負担となるのですか?」 「それは、閲覧する担当者を‥‥」 「キース殿が、担当して下さるのですか。それは有難いですね」 ディラン・フォーガス(ib9718)と共に部屋へと戻って来た櫻井誠士郎も、にこやかにキースの案を肯定した。何やら圧力めいたものを感じる気がするが、多分、思い過ごしだろう。彼なりの冗談に違いない、とキースは引き攣りかける口元を無理矢理引き上げて手を挙げた。 「お疲れ。どうだった? 一日講師は」 「いや、何と言うか」 度の入っていない眼鏡を外して、ディランが肩を竦める。 「一応、それらしい講釈を垂れて、フィフロス利用の本に宿る精霊の使い途についても触れてみたんだが」 彼の疲れた様子からすると、芳しい結果は得られなかったようだ。アレーナも、それを察したらしい。隅に用意された茶器と水差しを手に戻って来ると、2人の前にそれぞれ白湯を置いた。 キースと自分の分も用意したアレーナが静かに元の場所に座り直すのを見つつ、ディランは白湯を一口啜る。 喉が潤うと、心身までも清涼な心地になるのは何故だろう。 感じていた疲労感が拭われると、空転していた思考も働き出す。 「結論から言うと帳簿を誤魔化していた奴はいなかった。講習に参加していた連中が不正を行ってはいないという証明が取れた、というべきか」 「まあ、強制ではありませんでしたし。向上心のある者が悪事に手を染めていたとしたら厄介ですからね。違うと分かってほっとしていますよ」 自分達を厄介事に巻き込んだ元凶にのほほんと微笑まれて、ディランは一瞬言葉を失った。 「と、ともかくだ。質より量を取るなら、ある程度目を瞑らねぇととならん部分もあるだろう。不正を一掃したいなら例外を無くす事だな」 なるほど、と誠士郎の笑みが苦笑に変わる。彼自身、ディランの言葉に思う所があるようだ。 「でも、広く門戸を開いたのですから、今更閉ざせば義を掲げる看板に瑕が入りますね」 ならば、とアレーナは思案気に呟いた。 「隊に入った後、どのように教育を施すか‥‥が鍵になるのでしょうね」 うむ、と肯定を示して頷いたディランと、腕を組んで考え込んだ誠士郎の姿を交互に見つつ、キースはひとりごちる。 「真面目な連中とこずるい奴ら。上の奴らの前じゃ猫を被っている可能性もある。肝心なのは、やっぱり‥‥」 ●酔い紛れ 賑やかなお囃子と女達の笑いさざめく声がそこかしこから聞こえて来る。 夜も更けて、ほど良く酔いが回った男がろれつの回らない口調で何事かを言い連ね、それを受けて他の男達が大笑いする。歓楽街にはよくある光景だ。 しかし、楽しげな語らいが些細な事で、あっという間に険悪に傾くのもこれまたよくある光景であった。 「どうしようかなぁ」 二階の張り出し窓から通りで起きた喧嘩騒ぎを覗き込んで、アルマはうんざりといった表情で息を吐き出す。 よくある光景とはいえ、今日は多すぎだ。 最初こそ、こっそり夜の子守唄を使って双方を大人しくさせていたのだが、いい加減、面倒になってきた。 「素行調査にはなってる、けど」 この界隈で隊士達が問題を起こしているというのは昼間の調査からも分かっている。けれど、その隊士達が都合よく集まっているのは、今夜、ここで森藍可が派手な宴会をしている為だろう。常日頃から浪志組の名を使って好き勝手しているのだ。幹部の豪遊にあわよくばと思う者がいてもおかしくはない。 まさに、虎の威を借るなんとやらである。 その「虎」は、酒と料理にご満悦の様子だ。部屋の中に酒樽が転がっているのは、アルマの目の錯覚でもなんでもない。面倒だから樽ごと持って来いと言ったのは藍可だ。そして、それを呑み干してしまった者達の末路も、部屋の中に晒されていた。 「ねぇ、藍可ちゃん、飲み過ぎじゃない?」 「馬鹿言うな。これぐらい、どーって事ねぇよ」 豪快に笑い飛ばした藍可に、傍らで酌をしていた怜も幾分青ざめた顔をして袖を引く。 「藍可姉、俺もちょっと多いかなーって思うのだ」 「ああ? んなわけないだろ。多いってのはな、もっと‥‥。おい、あれ持ってこい!」 心得たように笑顔で下った女が、しばらく後に携えて戻って来たのは、朱塗りの杯。それも、抱えるのがやっとという大きさだ。それになみなみと酒を注がせ、飲み干していく藍可の姿に、アルマと怜の顔が更に青くなる。 見ているだけで酔いそうだ。 「森殿」 それまで隅で静かに杯を傾けていた千歳が、見かねたように声をかけた。 「彼らは貴女の身を案じておるのだ。それに、目下の模範となるべき貴女がそれでは、示しがつかぬと思われぬか。貴女ご自身の行動を見直して頂きたい」 「宴の席で固ぇ事言うなよ」 ひらと手を振った藍可と対象的に、千歳は真剣そのものといった表情で更に詰め寄る。 「ねえ、そろそろ止めた方がよくないかしら?」 弥生の言葉に苦笑した郁磨が立ち上がるより先に、藍可が千歳の襟をぐいと掴み、己の方へと引き寄せた。 「え?」 「あ‥‥」 止める間もない。 藍可が酔うとどうなるのか知る者達は天を仰ぎ、知らなかった者達は息を呑む。 「藍可姉は、ああなったら男も女も見境いないのだ‥‥」 そして、彼女の弟分は悟りきった顔をして溜息を落とした。 ●今の向こう側へ 向かい合って座ることしばし。 差し障りのない挨拶の後、誰も言葉を発しようとしないのは、話の接穂が見つからなかったからだ。 問題を起こした隊士についての報告は、既に済ませてある。 今夜、誠士郎と改めて話し合いの場をもったのは、彼がギルドで口走った話を受け、今回の調査でそれぞれが感じた事を今後の浪志組に活かせないかと、そう思う気持ちが多分にあったからだ。 けれども、何をどう切り出せばよいのか。 逡巡する仲間達をちらり伺って、アレーナは吐息を零した。 「‥‥よろしいでしょうか」 視線で促されて続ける。 「私達は、今回、末端隊士の方々の問題行動を見て参りました。事情は様々かと思いますが、だからといって問題を起こしていいと言うわけではありません。一般の方もそうですが、人々の安寧の為にある浪志組ならば尚更のことです。常識が欠如しているのならば、それを正す機会を与えるべきです」 一息に語ったアレーナの言葉を接いで、弥生が頷きながら切り出す。 「何が良くて何が駄目なのか、それが根本的に分かっていない人達には、それを教えてあげなくちゃ。まずは礼儀や規律、それらの入隊後の管理指導が適切かな」 「それ賛成なのだ! 武門は武だけじゃなくて文も重要って、パパ上にも言われた事あるしな!」 「‥‥隊士が守るべき規則も整備すべきですね〜」 はいと手を挙げた怜に、郁磨が付け足して仲間を見た。 ここしばらく、問題隊士を見続けて来た彼らの間には、声にせずとも伝わる想いがある。 「浪志組をどういう組織にしたいか、何を目指しているのか。上のモンが問題起こしてるんじゃ、不正が起こるのも宜なるかな」 「確かにディランの言う通りだ。これは規律を定めるだけじゃ足りないな。末端とはいえ隊士達の不正に気付けなかったというのはまずいだろう。ここまで大きな組織になったんだ。これから先、内外の情報を得る為の手段が必要なんじゃないか」 ディランとキースの厳しい物言いの後、再び沈黙が訪れた。 「‥‥怖いのは、言えず、止められないことだよ」 ぽつり、アルマが呟く。 「誰だって、道を踏み外すのはあっという間なんだ‥‥。だから、上の人とも、下の人とも‥‥ちゃんと話が出来る方がいい‥‥」 彼が今、何を思っているのか。 それは、同じものを見、同じものを聞いて、感じた千歳には分かるような気がした。 静かに口を開く。 「皆と話し合ったのだが、今後、浪志組の体制として分隊制を取り入れられないだろうか。大きくなった組織では見えないものも、分隊という小さな単位では目が届くだろう」 「なるほど」 彼らの話を黙って聞いていた誠士郎は、やがてゆっくりと顔をあげた。 「情報を収集する機関と、新しい規則、そして分隊制‥‥ですか」 浮かぶ笑みは、どこか満足そうだ。 「諜報部門の必要性は、隊の中でも話題になっていたところでして。新しい組織の在り方も含めて、真田さんや森さん、幹部の皆と話し合ってみます」 そして、深々と頭を下げた。 「皆さんのご協力、心から感謝致します」と。 |