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■オープニング本文 ●笑顔のウラ 騒がしかったあれやこれやも収束に向かっているようだ。 武州での戦の時にも思ったが、弓弦童子達を一丸となって撃破した開拓者の団結力、勿論、個々の力も素晴らしい。予想以上だ。 「団結すれば、大アヤカシも倒せる‥‥か」 大アヤカシの力は、一国の軍隊に匹敵するとも言われる。 言い換えれば、団結した開拓者は国に匹敵するという事か。 「見越しての浪志組、か? 東堂‥‥」 厚い雲に覆われた夜空を見上げて、森藍可は眉を寄せた。 浪志組設立を進言した東堂俊一は頭の切れる男だ。考えられない事ではない。 尽忠報国を謳い、力無き人々を守る盾となり、刀となる事を宣言する浪志組。 けれど、どうしても心の中にもやもやとした思いが晴れない。 「ち。やめだ、やめ! あいつが何を考えていようと、知ったこっちゃねぇ。‥‥そう思う通りに動いてやるつもりもねぇしな」 ●悲劇 ぱちぱちと赤い火の手が辺りを舐め尽くす。 そこかしこから悲鳴やら泣き声が聞こえて来る。 飛び散る火の粉を浴びながら泣き伏しているのは、夫婦と思しき年寄りだった。 老夫婦の傍らには、燃え盛る村をきっと見据えた少年が1人。煤で汚れた顔に決意を浮かべ、少年は何処かに向けて走り出した。 ●酔っ払いと少年と 「よぉ、てめぇらに仕事を持って来てやったぜ」 上機嫌に笑いながらギルドに入って来た藍可に、受付嬢は顔を顰めた。 臭い。 とんでもなく酒臭い。 「森さん、酔ってますね。泥酔状態での依頼は、情報の正確性を欠き、開拓者が不利益を被る事も考えられますので、酔いを冷ましてからに‥‥」 「固ぇ事言うなよ、ほれ」 けんもほろろな受付嬢の顎をついと上げて、藍可は顔を近づけた。 「んー」 「ちょっ!!」 藍可の行動に気付いた開拓者が咄嗟に引き離したから、想像するだに恐ろしい、受付嬢発狂の阿鼻叫喚地獄絵図は免れた。だが。 「なんだぁ? てめぇがして欲しいってか〜?」 「っっっ!!」 哀れ。 周囲の開拓者達は、見なかった振りをする事ぐらいしか出来なかった。 「‥‥泥酔状態だと接吻魔になるのか」 「気をつけよう」 開拓者達がこそこそと囁きを交わした時、彼らを掻き分けるようにして現れた少年が、藍可に詰め寄った。 「いい加減にしてくれよ! 村の皆の仇を取ってくれるんじゃないのか!」 年の頃は十を二つ、三つ過ぎた頃だろうか。 ほっそりとした手足に、粗末な着物は所々焼け焦げている。髪も、櫛を入れられた事がないかのように縺れて薄汚れていた。 「ああ? うっせーな、だから、こうしてギルドに連れて来てやったんだろうが」 面倒臭そうに手を振ると、藍可は受付台に寄りかかって酒臭い息を吐き出した。 「つー事で、あいつの頼み、聞いてやれや」 「は?」 警戒しつつ、それでも義務感が勝ったのか、受付嬢が身を乗り出して少年を見る。 「君、事情を聞かせて貰えるか?」 「村の皆の仇って、どういう事?」 訳ありと察した開拓者達によって、彼は既に質問責めにされていた。 「村が焼かれたんだ。やったのは、村の近くを縄張りにしている野盗。皆、迷惑してたけど、怖くて言いなりになってた。そしたら、あいつら‥‥」 俯いた少年に代わって、受付台にいた藍可が言葉を続ける。 「んで、こいつは村の恨みを晴らしてくれる奴らを、ヤバイ場所で探してたってわけだ。ま、もっとも、こんなチビじゃ、報酬もロクに出せねぇから誰にも相手にされてなかったけどな」 「ヤバイ場所って、君‥‥」 荒くれ者達が非合法に、大抵はやり過ぎなぐらいに揉め事を解決するという話は、彼らも聞いた事がある。報酬は法外で、中には依頼した者に対して、依頼内容を理由に強請るような輩もいるらしい。 「どうしてギルドに来なかったの?」 「‥‥村のじいちゃん達が言ってた。ギルドの連中は偉い人達の仕事が忙しくて、俺らみたいな貧乏人の仕事は請けてくれないって」 「そんな事ないわよ! あたし達は、困ってる人を見捨てたりしないわ!」 真顔で手を握り締めた女開拓者に、少年は戸惑って、やがて小さく頷いた。 「‥‥分かった」 大きく欠伸をすると、藍可は懐から袋を取り出すと、中を確かめる事もなく受付嬢に放り投げた。 「依頼料。一文無しのそのチビにゃ、払えねぇだろうからな。ただし」 口元が上がる。 上気した頬には酒精の名残を残しているが、目は真剣そのものだ。 「てめぇらの働きはじっくり見せて貰うぜ? 動きの良い奴ァ、浪志組に取り立ててやんよ。そこそこいい待遇でな」 ●路地 ギルドから出ると、空気の冷たさが肌を刺した。 中からは、まだ大騒ぎが聞こえて来る。夜も更けたというのに、ギルドの連中は本当に騒がしい。 誰にも見つからぬように、彼は狭い路地へと身を滑り込ませた。 「村の方は」 「問題ございません。草どもも、お申しつけ通りに動いております」 しかし、と男は心配そうに主を見遣った。 「危険ではございませんか? 開拓者の中には、その‥‥若のお顔を存じている方もおるわけですし」 「‥‥お前は、この僕がそんな失敗をすると思うのか?」 薄く笑うと、彼は冷たく言い放つ。 「全ては指示通りに。野盗どもも、せいぜい暴れてやれ。開拓者に遅れを取る事は許さない」 は、と頭を下げた男を一瞥する事なく、彼は再び夜遊びの客が行き交う大通りへと戻った。 ギルドは、やはり騒々しいぐらいに賑やかだった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
香椎 梓(ia0253)
19歳・男・志
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
仙堂 丈二(ib6269)
29歳・男・魔
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●齟齬と既視 ぱちりと火が爆ぜる。 瞬間、揺れた火に、アルマ・ムリフェイン(ib3629)は目を眇めた。 軽く頭を振って、心を掠めたモノを払う。 今はそんな時じゃないと分かっているけれど、心の奥がツキツキと痛い。 「それで」 アタマとココロのせめぎ合いは、口から零れた言葉に滲んでいた。 微かに震えた声は、誰にも気づかれなかっただろうか。 「北斗ちゃんの村はどうして襲われたの?」 まっすぐに見つめて来る少年に、アルマは笑ってみせた。年の頃はアルマと同じか、下か。この小さな村の中、親兄弟や親しい人達に囲まれた少年にとって、野盗の襲撃は消してしまいたい恐怖の記憶だろう。 少年に向けたアルマの笑みが翳りを帯びる。 「辛いこと、聞いてごめんね。でも、ちゃんと力になりたいから。だから‥‥」 「‥‥情報が不足していますからね」 頷いて、長谷部円秀(ib4529)は欠けた椀に注いだ白湯を少年達に差し出した。 「話して‥‥頂けますか?」 何から話せばいいのかと呟いた後、少年はぽつりぽつりと語り始めた。 「昔から、あいつらは無理難題を吹っ掛けて来てたんだ。酷い事をされるのが怖くて、皆、言いなりになってた。でも、あの日、突然‥‥」 「焼かれたのですか? 突然に?」 眉を寄せた円秀に何と思ったのか、少年が慌てたように付け足す。 「お、俺、あまりよく知らなくて! 大人達が集まって相談してて、でも、俺らには教えて貰えなくて!」 「きみを責めているわけではありませんよ。‥‥ぼろぼろになりながらも村を救いたいと願ったきみを、誰が責められるでしょうか」 ぽんと彼の頭に手を置くと、円秀は少年に視線を合わせるように屈み込んだ。縺れ乱れた少年の髪は、思っていたよりも柔らかく手触りがよい。 「?」 不意に過る違和感。 その原因を円秀が考えるより先に、少年が口を開く。 「あいつらを村から追い出すには、あいつらより強い奴に頼むしかないって思った」 「それで、ですか」 だが、無法者が集まる場所をどうやって知ったのだろうか。 円秀の胸に疑惑が兆す。いや、疑惑は依頼を受けた時から感じていたのだが。 形を成さない疑惑の欠片が脳裡に瞬いては消えていった。 「森」 離れた場所で徳利の酒を呷っていた森藍可の隣に腰をおろし、仙堂丈二(ib6269)は問うた。 「あの子供、どうやって拾った?」 「あ? どうもこうも‥‥。強面の野郎ばかりの中で、ちっこい子犬がきゃんきゃん吠えてたんだよ。邪険にされて、突き飛ばされても殴られても、めげずに突っかかっていた。そのうち、野郎共がキレてヤバくなりそうだったから、拾ってやったんだ」 その時、少年と話をしたらしいが、すっかり酔いがまわっていた藍可は、その辺りの事は覚えていないようだ。 「なるほどな」 道々、少年から聞き出した内容と齟齬はない。 だからと言って、そのまま納得する気にはなれなかった。村を焼かれた少年と、少年を拾った藍可。そうやってまとめてしまえば、何ら問題はないように思えるのに、何故だろう。何かが、引っ掛かる。 それに、と丈二は眉を寄せた。 出立前、彼が助っ人を探していた場所で情報を集めた。その界隈では珍しくない事だからか、覚えている者は少なかったが、それでも話は聞けた。内容的には藍可や少年の話と同じ。 突き飛ばされて、殴られても、村の危機を声高に叫び続けた少年。 ‥‥叫び続けたのだ。喧嘩慣れした無法者達に蹴られても、殴られても。ただの子供が。 「まあ、相手は子供だからねぇ。あいつらも手加減したんじゃないのかい」 気怠げに答えた飲み屋の女の言葉はもっともだ。 もっともなのだが、丈二の開拓者としての勘が警告を発していた。その正体が何に由来するものなのかまでは、掴めなかったけれど。 「まぁ、そのうち突き止めてやるさ」 「あ? 何か言ったか?」 呟きを聞き咎めたらしい藍可に何でもないと首を振って、丈二は立ちあがった。 「そろそろ準備をするか。ムスタシュイルを置いておく。依頼は明日が本番だ。森も、酒は程々にしてちゃんと寝ておけよ」 軽く片手をあげてみせる藍可に肩を竦めると、丈二は友の待つ場所へと向かったのであった。 ●疑惑と思惑 野盗が、なぜ村を焼いたのか。 熾弦(ib7860)は考え続けていた。 村が野盗にとって搾取の対象であるなら、焼いて得られる利はないはずだ。 「‥‥村から子供1人が逃げ出して、賊がそれを見逃したというのも、疑問が残るわね」 炭化した柱を押せば、それは容易く倒れて煤を舞い散らす。 それに、と熾弦は寝静まった村を振り返った。 少年が連れ帰って来た自分達を警戒をしているのか、村人は遠巻きに見ているだけ。話しかけても目を逸らされる。 「気にする程の事ではないのかもしれない‥‥けれど」 野盗に村を焼かれたばかりだ。警戒心が強くなっていても仕方がない。 村の被害状況も、穿ち過ぎなのかもしれない。 「けれど、気になりますよね」 静かに近づいてくる気配に、熾弦は息を吐いた。 「空君」 はい、と微笑んで、朝比奈空(ia0086)は熾弦の隣に立った。 「‥‥空君も、気になる?」 「ええ、とても。個人的には、あの少年と野盗には腑に落ちない部分がありますし、他の皆さんも同じではないでしょうか。先ほど、アルマさんや長谷部さんも北斗さんに探りを入れていたようですし、仙堂さんも森さんに‥‥」 言葉を切った空は、焼かれた村から星空へと視線を移すと、ややして熾弦を振り返った。 「今宵は、仙堂さん達が夜番を務めて下さるそうです。私達も、もう休みませんか? 不明な点が多々ありますが、必要な事であれば、私達の向かう先で必ず解き明かされ‥‥いえ、解き明かす日も来るでしょうから」 「そうね」 くすり笑い合って、熾弦と空が歩き出したその頃、丈二が携えて来た酒を舐めながら、玖雀(ib6816)も星を見上げていた。 「気持ち悪ぃな‥‥」 「星が?」 すかさず問うて来た丈二に軽く頭をぶつけると、再び瞬く光に目を遣る。背を合わせて寝ずの番を務める友は、小さく笑いを漏らすと、やがてぽつりと呟いた。 「‥‥だから油断は出来ない」 「まったく。藍可姫も厄介な仕事を持ちこんでくれる」 言葉とは裏腹な穏やかな声に、丈二の口元が緩む。裏がありそうで油断出来ない依頼でも、予測出来ない戦いが待っているのだとしても、こうしていると何とかなりそうな気がするから不思議だ。 いや、何とかしてみせる。 「野盗の根城の場所は分かっているが、中の様子までは分からない、か。まあ、想定の範囲だな。あとは、奴らがどこまで知っているかによるか‥‥」 考え込む丈二の邪魔をしないように、玖雀は口元に杯を運ぶ。こういう事は彼に任せておけばいい。どんな無理難題を吹っ掛けられても、玖雀の手に余るものではない。彼は、玖雀の力量を正確に把握しているのだ。それと、仲間達の実力も。 「ちょっと〜、ちゃんと飲んでるの、あんた達?」 「‥‥夜番は体を温めるぐらいで丁度いいんだよ」 ふらりと近づいて来た霧崎灯華(ia1054)が、空になった玖雀の杯に酒を注ぐ。藍可に付き合って飲んでいた彼女はご機嫌だ。溜息と共に吐き出された玖雀の言葉など聞いちゃいない。 「仕様がねぇな。‥‥おい、ちゃんと解毒して貰えよ。面倒くさいからって、そのままにするんじゃねぇぞ。食いもんも気を付けろ」 「‥‥母親か‥‥」 背後から聞こえた声に何か言いたげな一瞥だけを投げて、玖雀はさらに続ける。 「いざって時に動けませんでした、なんざ笑えねぇだろ。そもそも、お前も藍可姫も大雑‥‥豪快すぎる。少しは」 「はいはい、分かってるわよ〜。だ・か・らぁ」 酌して。 差し出された徳利に、玖雀は額を押さえた。 先ほどまでの流れから、どこをどうしたら酌をしろという話に繋がるのか。しかし、灯華はまったく気にした様子もなく満面に笑みを浮かべ、酌を強制してくる。 「藍可は寝ちゃったのよねぇ。手酌で星を見ながらって言うのもおつだけど〜、やっぱり誰かと一緒に飲む方が楽しいじゃない〜?」 「そうかそうか」 酔っ払いに小言を言っても無駄か。 諦めた玖雀の耳に、不意に口調を変えた灯華の呟きが聞こえて来る。 「一応、藍可は有名人だし、狙われたりしないのかしらね」 「‥‥灯華」 酒を流しこみつつ、灯華は玖雀を横目に見た。面白がっているのか、それとも表面上の事なのか、灯華の口元が上がる。 「ま、狙われたとしても返り討ちにしてやるけどね〜? 誰かの思惑が絡んでいても、問答無用でぶち壊して、その上を行けばいいんだし」 「‥‥お前らしい言葉だな」 苦笑すると、玖雀は、なみなみと注がれた杯の酒を一気に飲み干した。 ●はじまり 夜が明けた。 危惧していた事態が起きなかった事を喜んでいいのか、疑えばいいのか。 野盗の根城までの案内をする少年の背に、空は複雑な思いで見守る。疑惑の1つ1つは小さい。彼の話や、状況で判断出来るもの。そして、それで納得してしまえる程度のものだ。いつもならば。 しかし、小さな疑惑が重なり、用意されていたかの答えがついて来ては不審を生む。 「彼は‥‥」 過る考えに、空は頭を振った。 もうじき野盗の根城に着く。今は、とにかく野盗を壊滅させる事に集中しなければ。 「あれだよ。あの廃坑」 円秀の袖を掴んで、少年が押し殺した声で告げた。 その言葉と同時に歩みを止め、開拓者達は気配を殺して周囲の木々の陰に身を潜め、示された廃坑の様子を探る。 「あれ、ですか。彼らの正確な数が分からないとなると、少々厄介ですね」 明日の天気を語るように言われても、全然危機感を感じない。揃って肩を落とせば力が抜けて、いつもの余裕が戻って来る。 疑惑が消えない事で、知らず緊張していたようだ。とはいえ、それも僅かばかりだったが。 「‥‥静か、だね」 ぴょこりと茂みから顔を出したアルマの呟きに、熾弦は頷きを返す。 廃坑は不自然に静まり返っていた。 見張りらしき者が1人、2人いるだけで、他に人影はない。 仰ぎ見た太陽はもうじき天頂に差し掛かる。夜陰に乗じて活動している事も多いだろうが、全員が呑気に寝こけているとは考えにくい。 「罠の可能性もあるな。注意するに越した事はない」 欠伸混じりに丈二が言えば、朝まで飲んでいたとは思えぬ元気さで、灯華が拳を突き上げる。 「さぁ、血祭りの時間よー!」 「女性なのですから、その辺りはもう少し奥ゆかしい言葉を使われてはいかがですか? 例えば、狼藉を働いた無法者達をいたぶりに行く、とか」 「そこか!? ていうか、いたぶるは奥ゆかしい言葉なのか!?」 嬉々とした灯華を窘める香椎梓(ia0253)に、思わずツッコミを入れた玖雀はすぐに我に返って小さく咳払った。 「ともかく、だ。奴らが罠を仕掛けていたとしても、やる事は変わらねぇ」 「そうね。‥‥では、予定通りに」 熾弦の声を合図に、彼らは飛び出した。 ●貫きたいもの 「一番槍は頂くわよ!」 「おい! 前に出過ぎだぞ!」 真っ先に廃坑へと飛び込んで行った灯華に、玖雀が叫ぶ。 彼らの襲撃は既に野盗の知る所となっている。応戦に出て来た男達を流れるような剣さばきで斬り伏せて、梓が灯華の後を追った。 「アルマさん!」 行く手を遮る野盗を戦闘不能にして、円秀はアルマを振り返る。巣を守る蜂のようにわらわらと姿を現した野盗達のせいで、勢いで突破した灯華以外、攻め切れないでいる。いちいち相手にするのも面倒だ。 「うん。僕に、任せて」 朴訥とした笛の音が緩やかに流れる。 いきり立っていた野盗の動きが鈍くなったかと思うと、ゆっくり地面に崩れ落ちた。夜の子守唄が功を奏したのだ。 「崩れたな。一気に行くぞ‥‥って、丈二! お前もか!!」 ぐぅと深い眠りに落ちた友の姿に、玖雀が頭を抱える。徹夜で見張りをしていた丈二は、その誘いに抗えなかったようだ。 仕方がないとその体を肩に担ぎ上げ、玖雀は呆然と立ち竦む少年の手を掴む。 「お前も怪我したくないなら、来い!」 2人を物陰へと押し込むと、玖雀は素早く周囲を窺った。 確実に安全とは言い切れないが、ここならば、自分達が押されない限りは大丈夫だろう。 彼の意図を察して、アルマが退る。 「2人は、僕が」 「頼む」 言い置いて踵を返した玖雀は、槍を手にし、そこに佇んでいる藍可に目を見張った。 「こいつらの事は心配するな。‥‥思いっきり暴れて来い。てめぇらの力を私に見せろ」 酔っ払いでも、乱暴者と名高い婆娑羅姫でもない、真剣な眼差しをした藍可に小さく頷いて、玖雀は戦い続ける仲間達の元へと駆け戻った。 「藍可ちゃん」 その後ろ姿を目で追いながら、アルマは藍可の隣に立つ。 「藍可ちゃんは、どうして浪志組に入って‥‥、ん、いや‥‥えっと、藍可ちゃんは、誰の為に刀を持つの?」 「‥‥てめぇは、どうなんだ?」 何の為に戦うのか、誰の為に戦うのか。 問い返されて、アルマは俯いた。 胸に手を当て、自分の心を託す言霊を選ぶ。 「‥‥僕はね、泣かせたくないんだ。‥‥誰も」 伝わるだろうか? 目を上げれば、満足げな笑みを浮かべた藍可が自分を見ていた。 「それが、誰にも譲れない、てめぇの「ほんとう」なら、どんな事をしても貫け。‥‥浪志組は「ほんとう」を貫く奴らの集まりだ。違うか?」 うんと頷いて、アルマも笑顔を見せた。 「それと、もう一個聞いていい? もし、先生が危なかったら、助けてくれる?」 「先生?」 「東堂先生‥‥」 相槌を返した藍可がアルマの髪をわしゃりと乱す。 「東堂の「ほんとう」が私の「ほんとう」と同じ方を向いている限りはな」 ●来る者 野盗の中には腕のたつ者達もいた。しかし、所詮は田舎の乱暴者だ。数多の修羅場を潜り抜けて来た開拓者の前では、地の利を活かしても敵うはずがなく。彼らは残らず縛らり上げられた。そのうち、しかるべき処罰を受ける事になるだろう。 廃坑の中は、彼らが周到に準備していたと思しき形跡が残されていた。 だがしかし、決定的な証拠は何も見つからなかった。 「何の裏もなかった‥‥、もしくは」 円秀が濁した言葉に、空は胸元を押さえる。 辿り着けそうで届かない。そんなもどかしさに、そわそわと落ち着かない気持ちを抱えて廃坑を出た彼らが見たものは、何とも微妙な空気が流れる仲間達の姿だった。 「どうかしたのですか?」 「北斗ちゃんが、藍ちゃんに‥‥浪志組に入れてって」 困惑したように答えたアルマに、円秀と空は顔を見合わせる。 「自分も誰かを守れるくらい強くなりたいんですって」 熾弦も仲間達も、この後、どのような展開が待っているのか、分かっているようだ。苦笑いする仲間達につられて、円秀も空も口元を緩めたのだった。 |