【北戦/嫁】陣中見舞い
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/20 01:33



■オープニング本文

●戦雲
 アヤカシは、東和平野での攻撃を開始した。
 その目的は住民の蹂躙。開拓者たちの反撃もあって最悪の事態こそ避けられたものの、各地の集落、特に朽木では多くの犠牲者を出し、北方では北ノ庄砦が陥落し開拓者が後退を強いられた。
 日は傾きつつあるが、アヤカシは夜でも構わずに活動する。
 前進で消耗した戦力も、魔の森で十分に力を蓄えた新手を加えることで回復していくだろう。
「本隊を佐和山まで前進させる。援軍を集合させつつ反撃に出る」
 備えの兵を残し、北面国数百の本隊が整然として清和の町を出陣する。城へと進むと時を同じくして、東和地域にははらはらと粉雪が舞い始めていた。

●陣中見舞い
 白い手から離れた書状が、乾いた音を立てて床に落ちた。
 それを拾い上げながら、主の様子を窺い見ると、女は小さく息を吐いた。主の表情は、悪戯を企む子供のそれであり、そうなった時の彼女は誰にも‥‥当主たる彼女の父親でさえも止める事は出来ないのだ。
 そして、女も、仕方がないと思いつつも主の楽しみを邪魔するつもりも、諫めるつもりもない。
 女にとって、主とは絶対のもの。
 忠狂いと呼ばれる、鈴鹿の者にはこれまた当たり前の事であった。
 書状を手に、次の言葉を待つ女に、主‥‥高遠千歳は扇を口もとに当ててにこやかに笑いかけた。
「至急、がんもどき殿に会うて参れ」
「雁茂殿、ですか?」
 雁茂時成。
 芹内王の側近であり、幼い頃から王の成長を見守り続けてきた人物だ。ここしばらくは王の嫁探しに暴‥‥もとい、奔走しており、連日、年頃の娘を持つ親が我が子を王の妻にと、釣書やら姿絵やらを持ち込んでいるとの噂である。
 最近では、嫁を探している者達も良い娘はいないかと雁茂を訪ねるようになったとも聞く。
「大人しくしておるのも飽きた。もう十分に噂も行き渡ったであろ」
「‥‥はい」
 芹内王の嫁の最有力候補と噂が立ってからこちら、千歳は極力、人目につく行動を控えて来た。
 だが、表だった行動を控えても、周囲の様々な思惑がゆるゆると千歳の元に寄せられる。花椿隊の詰め所に暗雲を呼んだ花菊亭家の騒動も、そのひとつだ。もっとも、千歳本人はあの騒動を十分に楽しんでいたようだが。
「それで、雁茂殿にお会いして何と申し上げればよろしいのでしょうか」
「妾も佐和山城へ参る。陣中見舞いじゃ」
 は?
 思わず聞き返してしまい、慌てて頭を下げる。
「よい。とにもかくも、此度は仁生を離れての戦。芹内王も瑞鳳隊の方々も、そして開拓者達も疲弊しておろう。せめて、美味く温かな食事を届けたいのじゃ」
 伏せられた眼差しは、戦場に赴いた者達を思って憂いを帯びている。
 ‥‥ように見える。
「戦に赴いた殿方が安心して力を振るえるよう、留守を守る事こそ女子の務めでございます。どうか考え直して下さいますよう‥‥と、おっしゃられると思うのですが」
「であろうな。そこを丸め込むのがそなたの役目じゃ」
「‥‥は」
 このような時は何を言っても無駄だ。短くはない年月、彼女に仕えて来た経験がそう告げている。
 となれば、戦場でいかに彼女の安全を守るかを苦心した方がいい。
 一礼して、女は主の前から姿を消したのだった。

●嵐を呼ぶ‥‥?
 高遠家の屋敷でそのような会話が交わされてから数日して、開拓者ギルドに一件の依頼が貼り出された。
「東和平野で戦う芹内王とその配下、そして開拓者達への炊き出し要員の募集」
 要約すると、そんな感じ。
 だがしかし、それがただの炊き出し依頼でない事は火を見るより明らかだ。
「この時期に佐和山城って無理だろ」
 と、誰かが額を押さえれば、
「普段、外を出歩く機会もほとんどない貴族のお姫様がいきなり戦の場に行く気かよ」
 と、誰かが頭を抱える。
「しかも、この姫さんって、噂の‥‥だろ? 何考えてるんだ、一体?」
 悪い予感しかしません。
 開拓者達は、貼り出された依頼を見つめて、顔を引き攣らせたのであった。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
楊・夏蝶(ia5341
18歳・女・シ
鞍馬 雪斗(ia5470
21歳・男・巫
狐火(ib0233
22歳・男・シ
桂杏(ib4111
21歳・女・シ


■リプレイ本文

●道行き
 そもそも、外出経験が少ない貴族の姫が戦の場に向かうなんて無理だろう。
「‥‥そんなふうに思っていた時期が自分にもありました」
 ふふ、と自嘲めいた笑みを浮かべて、鞍馬雪斗(ia5470)は前方を歩く市女笠の女性に目を向けた。宿を出てから数時間。ずっと歩き通しにも関わらず、護衛対象である姫は元気いっぱいだ。
「これから戦場に赴くというのに‥‥何故、あんなに楽しそうなんだろ?」
 普通、お姫様という人種は忌むべきものは目にしないで済むように生きている。当然、悲惨な戦場になど免疫はない‥‥はずだ。
「もしかして、戦場がどんな状態か知らずに向かっているんじゃ‥‥?」
 思い至った考えに、雪斗は青ざめた。
 もしも、そうならこの先どのような事態になるのか。考えるまでもない。
「お、落ち着いて、自分。出掛けのタロットは星の正位置、輝かし‥‥」
「む? 何かが落ちておるぞ? 落とし主を探して届けてやらねばなるまい」
「わわわっ! あれは馬の落し物ですからっ!」
 護衛という名のお世話係である橘天花(ia1196)が慌てて彼女の袖を引く。
 世間知らずにも程があろう。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥輝かしい未来‥‥‥そうなればいいけど」
 思わず体が傾いだ雪斗の肩を叩いたのは、偵察から戻って来た狐火(ib0233)だ。
「大丈夫です。あなたもすぐに慣れますよ」
「‥‥何にですか」
 今にも雪が降り出しそうな空を見上げて、雪斗は力なく呟いたのだった。
 一方、背後でそんな黄昏れた空気が流れているとは露知らず、もとい、気にも留めず、護衛対象兼諸悪の根源たる高遠千歳は、傍らを歩く桂杏(ib4111)と呑気な会話を交わしていた。
「そなたにも兄上がおるのか」
「はい。私は兄に認めて欲しくて、役に立ちたくて開拓者となりました」
 市女笠をあげた千歳が嬉しそうなのは見間違いではなかろう。その表情に誘われるがまま、桂杏は兄の事を語る。
 初対面の人には怖い人と思われる事も多いが、本当は優しい人であること。
 生真面目で、良くも悪くも武人であること。
 語り続ける桂杏の手に、ひやりと冷えた指先が触れた。
「あの、千歳様?」
「どうした? 続けるがよい」
 まるで仲の良い友人同士のように手を繋ぎ合って、桂杏と千歳は楽しげに語らい続けた。
 最愛の兄の話を。
「んー、仲良き事は美しき哉、だね」
「‥‥話の内容に疑問はありますが」
 年頃の娘が、揃いも揃ってどれだけ兄が好きかを力説しているというのは、如何なものであろうか。
 溜息をついた御樹青嵐(ia1669)に、あははと笑って、弖志峰直羽(ia1884)はさらりと言葉を返す。
「まぁ、いいんじゃないかな。これが、どこぞの男が好きなんて会話だったら問題だよ。お兄ちゃん達が黙ってないだろうし、嫁入りの噂がある子もいるわけだし」
「それは‥‥そうですが」
 複雑そうな顔を見せる青嵐を見遣ると、直羽は笑みを消して考え込んだ。
「嫁入り、か。‥‥今回の事も、普通に考えると美談なんだけどね。あの姫さんだと、何か色々と裏を想像したくなっちゃうな」
「何を今更。裏があるのは重々承知していた事でしょう? それでも、体を張って事をなそうとする姫様にお力添えすると決めたのです。全力を尽くしてお守りするのみです」
 直羽の思案をばっさりと切り捨てた青嵐は「ところで」と己の腕をあげた。
「どうして、私まで侍女姿なのでしょう?」
 楊夏蝶(ia5341)の提案で、女性陣は全て市女笠を被った侍女の格好をしている。万が一、襲撃を受けた際に、千歳がどこにいるのか判別しにくくする為であるが、何故だか青嵐まで侍女の姿にされてしまったのだ。
 その理由について、直羽はなんとなく察してはいたが、それをわざわざ告げるような事はしない。
 青嵐の為にも。
 だから、彼はとっても良い笑顔で親指を立てたのだった。
「イキロ」
 激励の言葉を添えて。
 
●影
 人魂で周囲を探ってはみたものの、怪しい気配はない。
 時折、天花が瘴索結界を張って、アヤカシの襲撃を警戒しているが、今のところはそれが活用される事はなかった。
 安堵半分、息を吐き出した滋藤御門(ia0167)は自分の目でも確かめるべく、ぐるりと周囲を見回す。
「杞憂、に終わって欲しいものです」
 御門の懐には、万が一に備えた符が用意されていた。
 使う事が無ければいいと、御門は思う。
 この東和平野に跋扈しているアヤカシならば、まだいい。襲って来るならば迎撃、撃退するまでだ。だが、人であった場合は‥‥。
「姫様、本当に何を抱えておいでなのやら」
 尋ねた所で大人しく教えてくれるような千歳ではない事も、また分かっている。
「少々、広めに探ってきたのですが」
「狐火さん‥‥。御苦労さまです」
 不意にかけられた声に、御門は頭を下げた。
 狐火は先行して周辺の調査を行っていた。アヤカシの攻撃が激化する中、単独で動く事は危険だが、そんな素振りなど小指の先程も見せず、いつもと同じように淡々と結果だけを報告する。
「特にはありません。何体のアヤカシに遭遇しましたが、さほどの攻撃力をもたないものでしたので、とりあえず掃除をしてきました。が‥‥」
「が?」
「気がかりな事が1つ。‥‥まあ、これは考え過ぎかもしれませんが。ところで、雪が降りそうです。早めに荷駄にソリを履かせた方がいいでしょう」
 空を見上げて進言した狐火に、御門もええと頷いた。

●炊き出し
「えーと、大鍋に薪‥‥の準備は万端ですね」
「ええ」
「はーい、せんせー」
 書き付けを手に、最終確認を怠らない天花に、雪斗、直羽が律儀に返事をする。
 炊き出しは、避難者が多い場所、兵の駐屯している場所で行われる。佐和山城まで後少しという場所で、一度目の食事を提供すべく、彼らはそれぞれに忙しく立ち働いていた。
 周囲に集まって来ている人々は、既に炊き出しの話を知っているようだ。
 これが高遠家の姫の指示である事、姫本人が炊き出しの支度に関わる事も、意図的に噂として広めてある。
 期待に満ちた眼差しが向けられる中、何人かは手伝いを申し出てくれた。その中に、不審な者がいないかと狐火達が神経を尖らせる事になったが、慰問対象者を邪険に扱う事は出来ない。
「お握りには梅干しを入れましょうね。あ、梅干しはわたくしの家に伝わる漬け方をしたものなんですよ〜」
 いそいそと、天花は荷の中から梅干しを取り出してみせた。
「分かった。火も熾ったようだし、そろそろ始める?」
「はい!」
 実は調理が得意という雪斗も、既に準備は万端整っている。
「そういえば、千歳様は包丁をお使いになられた事がありますか?」
 問う桂杏の口調は、幾分砕けていた。兄様話で友情を深めた結果である。
「兄上様から教わったのでな」
ーちょっ!!
 あっさりと答えた千歳に、千歳の兄を知る何人かが噴き出しかけた。
「だ、駄目ですよ。笑ったりしちゃ。千歳姫様に失礼でしょ」
 夏蝶にわき腹を突っつかれて、直羽は口元を押さえながらも反論を返す。
「そういうティエちゃんも笑っているじゃないか」
 それは仕方のない事だと夏蝶も、こっそり思っている。
 千歳の兄が包丁を持つ姿など、しかもそれを千歳に教えている姿など、想像するにも限界があるというものだ。
「あ、でも。千歳姫様に教えてあげられるようにって、まずは自分が習得したとかありそう」
「‥‥え? ‥‥いや、容易に想像出来るけど、いやいや、駄目だろ、天護隊‥‥」
 ぶつぶつ呟く直羽の後頭部を軽く叩いて、青嵐は溜息をついた。
「今は、そんな事を考えている場合ではありませんよ」
「ああ、ごめ‥‥‥‥って!」
 笑顔を貼り付けて振り向いた直羽が硬直した。
「?」
 はて、と首を傾げた青嵐は割烹着姿だ。頭に巻いた手ぬぐいと相俟って、新妻的色気を醸し出している。
ー青ちゃんって、こんな奴だったっけ!? ‥‥ん?
 混乱した思考を巡らせていた直羽に、徐々に冷静さが戻って来る。
「どうかしたんですか?」
「や、ごめん。通常運転だったね」
 焦った焦ったと直羽が頭を掻いた瞬間、どがっと、穏やかならぬ音が背後から響いた。
「敵か!?」
 直羽と青嵐が身構えると同時に、千歳の側に戻ろうとした夏蝶が地面を蹴り、そして、動きを止める。
「ち、千歳様‥‥」
 桂杏の頬が引き攣っていた。
 彼女の視線の先には、冬枯れた木に突き立てられた包丁。その傍らで目を見開いている雪斗の頬には、一筋の赤い線が。
「む? 包丁が消えた‥‥。面妖な」
 面妖でも何でもないだろう。
 その場にいた者達の心の声は、千歳には届くはずがなく。
 桂杏と夏蝶、そして天花の誘導で、千歳は調理係から料理を皆に配る係に変更される事となった。
「はい、どうぞ。体が温まりますよ」
 椀によそった芋煮を配る仲間達。そして、それを受け取る者達。
 彼らの様子を見守っていた直羽は、よいしょと腰をあげた。
 炊き出しは寒さに震える人々を元気づけ、再び立ち上がる力を与えてくれるだろう。だが。
「あれ? 直羽さん、どうかした?」
 尋ねる夏蝶に、ひらりと手を振る。
「もうちょっと、しっかりと手当てしとくべきかなと思って。‥‥それから、ちょっと情報収集をね」
 手近にいた兵士に歩み寄ると、直羽は人好きのする笑顔で話しかけた。
 最初は気休め程度の治療と愚痴や不安の解消は、気が付けば列が出来る程の盛況ぶりを見せ、炊き出しの効果と共に、戦に疲れた人々を癒し、兵の士気向上に繋がるのだが、それはまた少し後の話。

●襲撃
 異変を感じたのは、周囲への警戒を続けていた狐火であった。
 その隣に、同じく万が一に備えていた御門が並ぶ。
「これが、狐火さんの気になった事ですか?」
「そう、と言えばそうなのかもしれませんね。はっきりとした予測というものはなかったもので」
 偵察に出る度、狐火には気に掛かる事があった。
 下級アヤカシの類には遭遇する。けれど、ヒダラシや、この東和平野に涌いているアヤカシ達とは一度も遭遇する事がなかった。それは、行き会わなかった狐火が幸運なのか、それとも何者かが仕組んだ事なのか。
「誰が‥‥というのは、分かりそうですね」
「ええ、まあ。大人しく名乗ってくれればの話ですが」
 表面上はのんびりと御門と会話を交わしているように見えるが、彼の緊張は高まっている。そんな狐火を援護する為、御門は周囲に放っていた人魂を通して見える景色に意識を集中した。
「右手、木立の中に」
「何者か、判別出来ますか?」
 いいえ、と御門は首を振った。見る限り、人相どころか、所属などを確認出来るようなものは何もない。全身黒づくめの男が数名、分かる事はただそれだけだ。
 すたり、と2人の後ろに影が降り立つ。
 誰かとは問うまでもないので木立を見据えたまま、小声で問う。
「姫は?」
「眠っているわ。さすがに疲れたみたい」
 頷いた狐火に、夏蝶が続けた。
「他の皆も気付いているわ。それぞれ動いてる。姫様の側には桂杏が」
 疲れて眠っているのは千歳だけではない。
 ここには、アヤカシとの攻防で疲れ切った兵達がいる。彼らの束の間の休息を、人の悪意で破らせたくはない。
「‥‥長引けば気付かれるでしょう。ここは、一気に」
「うん。こちらから、ね」
 その言葉が終わるやいなや、夏蝶が軽く地面を蹴った。
「精霊様、ティエさんにお力を!」
 天花の舞によって呼び出された精霊の力が、飛び出した夏蝶を後押しする。
 だが‥‥。
「え?」
 突如、現れた影が夏蝶に鋭い一撃を放った。身を捩った夏蝶が体勢を立て直すよりも早く、次の攻撃が襲って来る。
「こいつ‥‥!」
 仲間は、と視線を走らせると、狐火も御門もそれぞれ応戦中のようだ。
「天花ちゃん!」
 舞を続ける天花に近づく影に、夏蝶は思わず声をあげた。夏蝶自身も敵と打ち合っている。天花の元に駆けつける前に、その凶刃が彼女を引き裂いてしまうだろう。
「天花ちゃんっ、逃げて! あ‥‥」
 天花に迫る影が吹き飛んだ。
 なおも斬り掛かって来る影を蹴りで遠ざけて、夏蝶はほっと息をついた。またすぐに攻撃してくるだろうが、安堵するくらいの時間はある。
「よかった。‥‥それじゃあ、申し訳ないけど本気出せさて貰うわよ」
 宣言して、夏蝶は影に向かって忍者刀を繰り出したのだった。
 一方、天花は自分を庇う雪斗の背中を見つめて呆然としていた。
 ほんの一瞬、もう駄目かと思った。
 戦いの場に出るのは初めてではない。開拓者として、色んな経験を積んで来た。危険な目にも遭った事がある。だから、覚悟も出来ていたけれど、思わず目を閉じかけ、閉じきる寸前に、自分と刃の間に体を滑り込ませた雪斗の背を見たのだった。
ー守られるって、こんな気持ちなのですね
 自分達が守って来た人々と、今の自分の気持ちが重なって、天花はふふと笑う。
「? どうかしたの?」
 聞こえて来た笑い声に、雪斗が振り返る。
 捕獲出来るようにと、足元を狙ったウインドカッターは目標を違わず相手を動けなくしたけれど、すぐに別の影が現れて傷ついた仲間を回収して去っていく。
 雪斗は眉を寄せた。
 シノビではなさそうだ。志士とも違う。けれど、連携の取れた戦い方を見れば、物盗りの類でない事も分かる。
ーどうして、自分達を襲って来たんだろう?
 開拓者が守っているとはいえ、ここは、いつ、何が起きてもおかしくはない戦場だ。壊れかけた小屋の中の千歳を直接狙う隙もあったはずだ。
 これだけ、力のある連中ならば。
ーなのに、おかしいよね。まるで、わざと‥‥。
 そんな雪斗の物思いを破ったのは、背後から届いた優しい風だった。
 精霊の加護を願い、舞う天花の扇が起こす柔らかな風。
「雪斗さん、及ばずながら、私もお手伝いします」
「‥‥うん」
 連携の取れた敵は手強い。
 だが、連携という事ならば、開拓者も負けてはいない。
 口元に笑みを浮かべると、雪斗は再び影に向かってウインドカッターを放ったのだった。

●夜半
 刻一刻と変わっていく戦場の状況に、彼も眠る暇も惜しんで指示を飛ばしていた彼は、影のように廊下に立つ気配に気づいて障子を開けた。
「‥‥そうか。千歳殿が」
「佐和山城まで妨害がなかったこと、わざと気配を悟らせたフシが見受けられたことから、恐らくは‥‥と」
 開拓者の働きで被害は最小限に食い止められたが、万が一、襲撃が成功していたなら様々な問題が噴出したに違いない。
「心をひとつにして、民を守るべき時に‥‥」
 深く刻まれた眉間の皺に、彼の苦悩が表れているようだ。
「今回の事で噂は仁生以外にも広がりました。が、まだまだ闇は深く、底が見えません。王におかれましても、十分にお気をつけ下さいとの言伝を預かっております」
「あいわかった。千歳殿にも、無茶はせぬよう、お伝え願いたい」
 はい。
 軽く頭を下げて、女は現れた時と同じく静かに姿を消した。