【浪志】vs狐と狸
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/27 22:46



■オープニング本文

●浪志組
 尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――浪志隊設立の触れは、広く諸国に通達された。
 参加条件は極めて簡潔であり、志と実力が伴えばその他の条件は一切問わないという。出自や職業は無論のこと、過去の罪には恩赦が与えられる。お家騒動に巻き込まれて追放されたり、裏家業に身を落としていたような、立身出世の道を断たれた者にさえチャンスがあるのだ。
「まずは、手早く隊士を募らねばなりません」
 東堂は腕に覚えのある開拓者を募るよう指示を飛ばす。浪志組設立に必要な戦力を確保することを第一とし、そして――いや、ここに来てはもはや悩むまい。
 ――賽は投げられたのだ。

●彼の悩み
 その話を聞かされて、櫻井誠士郎は額を押さえた。
 語る理想に惹かれ、協力は惜しまぬと誓った相手だが、欠点がないわけではない。
 そのひとつが、「安請け合い」だ。
 お陰で、自分達がどれほど振り回されるのか、彼は気付いているのだろうか。
 もっとも、彼の思慮の足りな‥‥もとい、直感と正義感と情熱に従った即決は、義侠心によるものがほとんどで、結果的に誰かを救う事になる。それゆえに、誠士郎も他の者達も彼の「安請け合い」に文句を言いつつも容認しているのだ。
「とはいえ」
 誠士郎は再び考え込む。
 大伴定家が認めたとはいえ、浪志組がどのように運営されるのか、資金はいかほど用意されるのか、分からぬ点は多い。
 東堂俊一から直接、話が来ている事を考えると、彼がその中核に迎えられるであろう事は間違いないだろう。
 だが、と誠士郎は眉を潜めた。
 隊員達を取りまとめる事になった場合、相応の体裁が‥‥必要なのではないだろうか。
 志は高いが、彼は一介の道場主。
 彼を慕って集った者達――自分も含めて――は、自分の食い扶持ぐらいは稼ぐ力はあるだろう。だが、彼を浪志組の中にあっても恥ずかしくない体裁を整えるのは難しい。
 かと言って、自分達の頭たる彼がみすぼらしい格好というだけで、新しい組織の中、軽んじられるような事態は避けたい。
「‥‥必要ない、と笑いとばしそうですが‥‥、こういう事は大事なのですよ」
 天護隊に属していた経験から、上の者に求められる品格というものに「外見」という要素が多分に含まれている事を、誠士郎は知っていた。
「それに、ある程度は自由に出来る金もなければ」
 支給されるであろう金を期待してはいけない。
 たとえ、それが自分の支度金だとしても、困っている者をみれば豪快に使いきってしまいかねないのだから。

●無茶振り
 にっこりと邪気のない笑みを浮かべたまま落とされた爆弾に、開拓者達は思わず言葉を失った。
「おや、どうされました? 開拓者の皆様は、どんな依頼も引き受けて下さるのではありませんか?」
 にこにこにこにこ。
 光り輝く笑顔で反応を待つ依頼人も櫻井誠士郎に、何とか気を取り直した開拓者が口を開く。
「そりゃそうだが‥‥、ちぃとばかし畑違いな気がし‥‥」
「ご謙遜を。皆様のお力があれば、守銭‥‥商魂たくましいと名高い楼港の商人達も、力を貸して下さるでしょう」
 開拓者の言葉を封じるように先手を打った誠士郎は、ひらひらと依頼状を振って見せた。
「それにほら、こうして依頼は受理されたわけですし。よろしくお願いします。ね?」
 トドメのように笑顔を向けられて、開拓者達は呻いた。
「浪志組の志、目指す所は皆様もご存じのはずです。ですが、ご承知の通り、人が集まれば金が必要となる。無論、支給される金はあるでしょう。しかし、それだけでは賄いきれない部分が出てきます。潤沢にとまでい言いませんが、ある程度の資金が必要なのです」
 誠士郎は、反論する隙を与える事なく言葉を続けていく。
「浪志組の外聞が悪くなる事も考えてられますから、あまり表立って資金調達を行うわけには参りません。ですから、あくまで個人に対する出資として楼港の商人達からの協力を取り付けて来て下さい。ああ、そうだ。分かっていると思いますが、楼港は北面の都市とはいえ、裏はシノビ‥‥陰殻の者達が仕切っています。下手に彼らを刺激しないで下さいね」
「だから、どうやって商人を説得しろって言うんだよ‥‥」
 依頼を受ける前から疲れ切った様子の開拓者が、溜息と共に吐き出す。
 勿論、と誠士郎は何でもない事のように言い切った。
「情熱と根性で。‥‥それだけでは、ちょっと足りませんか。そうですね‥‥、商人に浪志隊の真田悠に投資すれば、自分達にも利があると思わせる事が出来たなら、話を聞いて貰えるかもしれません。あくまで、聞いて貰える可能性ですけどね」
 後は、皆様の知恵と努力と粘り強さ次第。
 あっさりと言われて、開拓者達は頭を抱え込むしかなかったのだった。


■参加者一覧
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
羊飼い(ib1762
13歳・女・陰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
雨傘 伝質郎(ib7543
28歳・男・吟
熾弦(ib7860
17歳・女・巫
テト・シュタイナー(ib7902
18歳・女・泰
藤田 千歳(ib8121
18歳・男・志


■リプレイ本文

●事前調査
 楼港は天儀でもっとも名を知られた歓楽街である。
 何軒もの楼閣が軒を並べ、料理屋や飲み屋が賑わう大通りと、それらの店に食材や酒を卸したり、楼閣の女達をきらびやかに飾る着物や簪などの装飾品、身の周りの小物を扱う店が集まる、比較的静かな通り。
 華やかな大通りばかりに目が行くが、その大通りの賑わいの影には楼港の商人達がいる。
 楼港に毎夜流れ込んで来る膨大な金は、商人達の懐を潤しているのだ。
「さて」
 落ち着いた通りの一角で、トカキ=ウィンメルト(ib0323)は顎先に指を当てて考え込んだ。
「この街の商人達の勢力図は分かったわけですが、どの辺りから攻めるべきですかね」
「ん〜、そーだなぁ」
 団子を頬張りながら、テト・シュタイナー(ib7902)が何かを数えるように指を折る。
「俺様が見た限りでは、財政に余裕があって、なおかつ、まだ商売の手を広げようって奴は‥‥」
 連々とテトがあげた商人の名前に、トカキはほぅと声をあげた。トカキ自身が調べ、交渉相手の候補として選んだ商人が何人も含まれている。
「どうやら、あなたも念入りな調査をして来たようですね」
 口元を軽くあげたトカキに返って来たのは、あっけらかんとした笑い声。
「?」
 怪訝に思ってテトの隣にいた藤田千歳(ib8121)を見れば、彼は額を押さえながら首を振る。
「情報収集の手段、だと思っていたのだが、あれは」
「遊びもしねぇで歓楽街の事が分かるわけねーだろ。千歳は頭が固過ぎ」
 んべっと舌を出したテトに、千歳は溜息をついた。なんとなく察したトカキは、早々に話を元に戻す。
「なるほど。で、まずはどの辺りを狙いますか」
「‥‥己よりも上の者を追い落としたい。それくらいの気概を持っている者の方が、食いつきがよいのではないか」
「一理ありますね」 
 自分を無視して頭上で交わされる会話に、テトの怒りの目盛がみるみるうちに上がっていく。
「てめぇら! 俺様の話を聞けーっ!」
 針が振り切れたテトの怒声が響き渡るのは、それからすぐのこと‥‥。

●思惑
 仲間達が出払った後、1人、のんびりと茶を啜っている依頼人の前に立ち、雨傘伝質郎(ib7543)は何かを探るように見下ろした。生来の三白眼のせいで、第三者から見れば誠士郎が脅されているようにも見えるらしい。遠巻きに様子を窺う店の娘や客達の視線を気に留める事もなく、伝質郎は口を開いた。
「旦那ぁ、ちぃとばかし聞きたい事があるんですがねぇ」
「はい? あ、お団子、いかがですか?」
 差し出された団子の串を受け取った伝質郎は、てしてしと自分の隣を叩く誠士郎に勧められるがままに腰をおろす。
「それで、聞きたい事というのは何でしょう?」
「今回の依頼の件でさぁ。旦那は金を集めて来いとおっしゃいましたが、どれほど入り用なのか、はっきりとした金額は口にされやせんでした。だけどね、金を舐めてかかっちゃなりやせんぜ」
 そうですね、と頷いてみせた誠士郎は、底の見えない笑みを伝質郎に向けた。
「ですが、額を決めてしまっては皆さんの力を見極める事が出来ませんからね」
「‥‥旦那」
 そんな事だろうと思っていたと、伝質郎は息を吐いた。
「じゃあ、ついでにもうひとつ、いいですかね? 交渉に真田の大将を担ぎ出すのはアリですかい?」
 問うた途端、却下の一言が返ってくる。
 予想済みだったからか、伝質郎は肩を竦めるに留めた。
「真田さんはね、こうやって彼名義で融資を集めている事を知らないんですよ。彼は、きっと自分名義ではなく、隊の名義で集めるべきとか言い出すでしょうしね」
 だから、内緒です。
 のほほんとした笑みのまま、他言無用と釘をさす。
 しかし、それがどこまで本気なのか、伝質郎には推し量る事は出来なかった。

●接触
 交渉先にと定めた商家を回っていたディディエ ベルトラン(ib3404)は、背後に感じた気配にほくそ笑んだ。どうやら思惑通り、うまくシノビの気をひけたようだ。
ー出来れば、慕容王にまで伝わればいいのですがねぇ
 楼港は複雑な力関係の上に成り立っている。
 北面の飛び地として芹内王の管理下にあるはずだが、楼港を裏で取り仕切っているのは、陰殻の慕容王だというのがもっぱらの噂だ。
 そして、その噂が故なきものではない事を、ディディエは知っていた。
「さて、これが吉と出るか、凶とでるか‥‥」
 呟いたディディエは、前からやって来る人影に目を止めた。1つは、ディディエもよく知る者。この依頼を一緒に受けている仲間、羽喰琥珀(ib3263)だ。そして、彼が話しかけているのは、愛らしいきんちゃく袋を手にした娘だ。身なりからして、どこかの商家の娘だろうか。
「こんにちは〜、琥珀さん。可愛らしいお嬢さんをお連れですね〜」
 声を掛けたディディエに、琥珀も元気に手をあげる。
「おう! 楼港はシノビが暗躍してる街って聞いたからな! 繋がりがありそうな商人に紹介して貰‥‥むがっ!?」
 だだだっと突進してきた人影が、琥珀の口を覆う。
「何でもないですよー」
 ふがふがと暴れる琥珀の足を踏みつけると、羊飼い(ib1762)はディディエに愛想笑いを浮かべてみせた。
「おや、羊飼いさんもご一緒でしたか〜。今、琥珀さんがシノビと‥‥」
「えー? 何ですかー? 自分、聞いてないのでー」
 琥珀の口を塞いだまま、ずるずると引っ張って行く羊飼いを唖然として見送っていると、琥珀の連れであった娘がにっこり会釈して彼らの後を追う。
「えーと、つまりは‥‥どういう事なのでしょうかねぇ〜?」
 はてと首を傾げたディディエの疑問に答える者は、既に誰もいなかった。

●交渉
 商人から融資を引き出す手段については、何の指示もない。要は、出来るだけ多くの商人から出来るだけ多くの融資を取り付けてくればいいのだ。
「尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の為に己が武を奮う。‥‥浪志組のこの理念を貫く為には、やはり金が必要だ。自分達の食い扶持を維持出来ねば、理想を貫く事もまた難しい‥‥」
 呟いた千歳を、頭の後ろで手を組んだテトが呼ぶ。
「どーでもいいけど、さっさと次へ行こうぜー?」
「どうでもいい事はない。これは、浪志組にとって大事な事だ」
「‥‥なんで、俺様、てめぇと組んでるんだろうな‥‥」
 中間報告の後、あれよの間に、トカキに送り出されてしまったが、どう考えても自分と千歳とは性格的に水と油な気がする。ふふ、と黄昏れるテトを、千歳はしばらくじっと見つめていたが、やがて1つ息を吐き出して口を開く。
「次に行くのではなかったのか。急がねば予定の店を全て回る事は出来ぬやもしれぬぞ」
「分かってるよー! もー!」
 それでも。
「真田悠は義侠心に溢れる男だ。顔を売っておけば困った時に助けてくれるのは間違いねぇ」
 そう詰め寄ったテトに、商人は猫の子を追い払うように手を振った。
「だとしても、うちは関わりになるのはごめんですよ。さ、私も忙しいんです。どうぞお帰り下さい」
「大事な話なんだ! テコでも動かねぇぞ!」
 どっかり座り込んで、意地でも動かないと商人を見上げたテトの肩を叩いたのは千歳だった。
「帰るぞ。あなたの言う通り、浪志組は大口の顧客になり得る。莫大な利益をもたらすかもしれない。‥‥それぐらいの事も読めない商人になど、用はない」
 無表情に言い放つとテトの腕を掴み、商家を後にした千歳の姿を思い出して、テトは彼の背を思いっきり叩いた。
「よっし! 気合い入れて次の店行くぞ!」
「‥‥分かった」
 頷く千歳はやっぱり無表情で、愛想の欠片もなかったけれど。
 同じ頃、熾弦(ib7860)は一軒の商家の前で首を捻っていた。
 断られる事を覚悟で臨んだ交渉が、トントン拍子で進み、あっさりと真田悠に融資をする旨が認められた証文を渡されたのだ。
 あまりに簡単に事が運んで、気味が悪いくらいだ。
「先に来ているはずの‥‥琥珀君達が説得してくれたのでしょうか?」
 浪志組見習いのふりをして、前もって浪志組に興味を持つように仕向けるとは言っていたが、それだけでこうもあっさり納得してくれるものだろうか。
「「売り込み」なんてかけるものは売れないのが基本。何より、物の売り買いと違って出したお金にすぐ結果が出るものでもないし」
 だからこそ、交渉する店の数を増やさず、浪志組に興味が向くように交渉を進めていたのだが‥‥。
「向こうから融資の話を持ち出して来るとは思いませんでしたね」
 結果的に、熾弦は融資を取り付けられたのだから、これで良しとすべきなのだろう。
 けれど、どうしても疑問が残る。
 はて?
 再度、首を傾げた熾弦は、次の瞬間、飛び込んで来た柔らかな感触に目を瞬かせた。
「‥‥羊飼い君」
「あいたた‥‥。あ、すみませんー。次の獲物の情報に夢中になっちゃっててー」
 獲物?
 さらりと流された言葉に考え込んだ熾弦に、にぱっと笑って、羊飼いは何でもない事のように言葉を続ける。
「ですのよー。犬を飼ってくれる人、大募集中なのですぅ」
「犬?」
 今の状況にそぐわない単語が追加されて、熾弦は眉を寄せた。
 もしかして、これらの単語は隠れ里とは違う意味があるのだろうか。
「時代は犬ですのよー」
「はいはーい! 通訳通訳ー」
 羊飼いの後ろから顔を出した琥珀が、自分を指差して胸を張る。
「こいつってば、浪志組を番犬にどうだーって口説いてんの。言われた方は一瞬、ぽかーんってなって面白いんだぜ」
 その時の様子を思い浮かべたのか、琥珀が笑う。
「浪志組を番犬、ですか」
「機を見るに敏な楼港の商人さん達が、浪志組の事を知って何もしないわけないですからー。自分は、ちょっと商人さんの背中を押してあげただけですー」
「そ、そうなの」
 うんうんと無邪気に頷いている琥珀と羊飼いに、熾弦は突っ込むべきか否か、頭を悩ませたのであった。
「まぁ、こんなものですかね」
 商人の名を羅列した紙に印をつけて、トカキは息を吐く。
 脅したり賺したりと、精神的に揺さぶりを掛けてみたものの、相手は狐か狸‥‥しかも、かなり狡猾な類の商人だ。あっさり頷いて貰えるはずもなく、成果は想定よりもやや下回ってしまった。
 もっとも、トカキが設定していた目標数はかなり高かったわけだから、依頼人から文句が出ることもあるまい。
「おっと、トカキの旦那、さすがでやんすね」
 背後から声を掛けられて、トカキは肩を竦めた。
「そういうあなたはいかがですか、雨傘さん」
「あっしはまあ、それなりって所ですかね。ねぇ、ディディエの旦那」
 伝質郎の言葉に、ディディエは曖昧に頷きを返す。心ここにあらずと言った雰囲気のディディエに、トカキは眉を寄せた。
「彼は、一体、どうしたのですか」
「さっきからあんな調子なんでさぁ。話を聞いてみたんですがね、気になるとか何とか、全く要領を得ないんで」
 何の話だろう。
 彼らの視線に気づいたのか、ディディエは幾分慌てた様子で表情を取り繕った。
「あ、ああ、すみません。実はですね〜、先ほど、琥珀くんとご一緒だったお嬢さんがですね〜」
「‥‥惚れたんでやんすか?」
 伝質郎の一言に、ディディエはぴきりと固まる。それを肯定と取ったのか、伝質郎とトカキは頻りと頷いて、ディディエの肩に手を置いた。
「いえ、違‥‥」
「気持ちは分かりますが、今は依頼の最中です。我慢して下さい」
「ああ、そうだ、トカキの旦那。櫻井の旦那への報告ですが、全体の7割程度にして頂けませんかね」
 あらぬ誤解を受けた事を訂正しようと口を開いたディディエを置いて、トカキと伝質郎は何やらひそひそと会話を交わしながら歩み去っていったのだった。

●報告
 並べられた証文を読み終えて、誠士郎はにっこり人好きのする笑顔を見せた。
 その笑顔が曲者という事は、そこに集った者達は既に学習済みだ。うっかり乗せられでもして、迂闊な事を言った日には、言質を取られて後々までこき使われる。それは予感ではなく、確信だった。
「突然の依頼でしたが、まずまずの成果ですね」
 満足そうに頷くと、誠士郎は証文を丁寧に片付けていく。
「次はどこの街にしましょうかね」
 呟かれた言葉は、聞こえなかった振りで。
「ん? どうかしましたか?」
 彼らの微妙な空気に気付いた誠士郎に、何でもないと羊飼いは手を振った。ここは、話題を変えた方がいい。また余計な面倒を押し付けられる前に。
「じゃっ、これで依頼は完了という事でいいですよねー」
 失礼シマース。
 仲間を促した羊飼いを、誠士郎は胡散臭さ五割増しの笑みで引き留めた。
「いえいえ。まだですよ。実はですね、今回の依頼は皆さんの実力を試す意味もありまして」
「はあ?」
 大声をあげたのはテトだ。
「そりゃあ、一体、どういう事ですかい、旦那」
 軽く目を眇めた伝質郎を、トカキが「なるほど」と呟いて手で制する。
「これは試験も兼ねていた‥‥という事でしょうか。我々がどのような行動を取るのかを探る為の」
 返った応えは笑顔。
「そうですか」
 緩く頭を振ると、トカキは仲間を振り返った。
「という事ですが、いかがしましょう?」
「えっと、という事ってなんだ?」
 首を傾げた琥珀とテトに、熾弦は簡潔に答えてやる。
「私達を試していた‥‥浪志組で、使えるか否かを」
「純粋に興味もあったのですけどね」
 熾弦の言葉に付け足すと、誠士郎は不意に笑みを消した。
「‥‥尽忠報国、今、この言葉が叫ばれる意味を、考えて下さい。国と民を守る為に、力が必要なのです。今までの体制に縛られない、新しい力が」
「でもさー、浪志組って、色々規則とかあってめちゃくちゃ面倒臭そうじゃね? 俺、やだ」
 あっさりと誠士郎の誘いを蹴った琥珀に、何人かも同意するように頷く。そんな中、千歳は真っ直ぐに誠士郎を見返して、はっきりと己の決意を述べる。
「俺は浪志組の理念に共感している。その理想の為に俺の刀を使って欲しい」
 それぞれに意見を交わし始めた開拓者達を、誠士郎は穏やかな表情で眺めた。

●裏通りにて
 ちりちり。
 きんちゃくにつけられた鈴が鳴る。
 日も暮れた後、あまり評判のよくない裏通りを、連れもつけずに歩く娘の姿は異質だった。しかし、娘は周囲を気にする様子もなく、歩みを止める事もない。
「ご指示の通り、何人かの商人に融資を受けさせました。‥‥が、これでよろしいのですか?」
 音もなく現れた小さな影。十をいくつか出たばかりであろう少年だ。
「これから注目されるであろう浪志組に情報収集用の種を撒いておけば損はないそうです」
 一生懸命、自分に語りかけて来た少年の曇りのない瞳を思い浮かべて、娘はくすりと笑う。
「私も、浪志組とやらに興味が出て来ました。‥‥薫」
「は」
 名を呼ばれ、少年は頭を下げた。
「融資の商人とは別に、我らも動きます」
 頷きを返して、再び娘は歩き出した。
 ちりちりと愛らしい鈴の音を響かせて。