【浪志】腕試し
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/09 01:43



■オープニング本文

●浪志組
 尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――浪志隊設立の触れは、広く諸国に通達された。
 参加条件は極めて簡潔であり、志と実力が伴えばその他の条件は一切問わないという。出自や職業は無論のこと、過去の罪には恩赦が与えられる。お家騒動に巻き込まれて追放されたり、裏家業に身を落としていたような、立身出世の道を断たれた者にさえチャンスがあるのだ。
「まずは、手早く隊士を募らねばなりません」
 東堂は腕に覚えのある開拓者を募るよう指示を飛ばす。浪志組設立に必要な戦力を確保することを第一とし、そして――いや、ここに来てはもはや悩むまい。
 ――賽は投げられたのだ。

●思惑
 届けられた書簡を投げ捨てると、なみなみと酒を注いだ杯を一気に飲み干す。
 格子手摺に腕を掛けたまま、森藍可は夜が更けてなお賑やかな街並みを見下ろした。浮かれ騒ぐ酔っ払い、媚を含んだ女達の声、聞こえて来る景気のよい三味線の音は、どこかの座敷のものだろう。
 けれど、一歩、通りを外れた先には深い闇が広がっている。
 その中に身を潜め、獲物を狙っているのはアヤカシばかりではない。
 アヤカシの仕業に見せかけて、己が欲求を満たす輩も多い。
 ――その闇から人々を守る。
 何と耳に心地よい言葉だろうか。
 先ほど投げ捨てた書簡を視界の隅に入れて、藍可は口元を歪めた。
 そこに綴られた言葉は、悪酔いしそうな程に美辞麗句を塗され、天下の為、人々の為に戦えと謳っている。そして、その見返りのように与えられた過去の罪が許され、不遇が解消されるという厚待遇。
「胡散臭ぇ」
 差出人の東堂俊一とは多少の面識もある。
 浪志組設立の目的は、装飾を省いてみても国の為、人々の為のものであり、不審な点は何ひとつない。
 何に対して、これほどまでに心がざわめくのか分からないが、藍可は己の勘を信じた。
 小さく舌打ちして、前髪を掻き上げると、藍可は杯を卓に叩きつけ、柱に立てかけていた十字槍を手に取った。ついでのように、無造作に放りだされていた書簡を拾い上げる。
「まあ、いいさ。あいつが何を考えていようが、浪志組とやらが面白そうなのには変わりねぇしな」

●依頼
「てめぇらの力試しだ。定められた期限内、どんな手を使っても構わない。私からこれを奪ってみせろ!」
 開口一番、そう告げた藍可に、ギルドの中にいた開拓者達は唖然となった。
 静まり返った室内に、藍可が掲げた根付が、ちりちりと小さな音を立てる。
「森さん? それは一体‥‥」
 恐る恐る尋ねた受付嬢に、藍可はにんまりと笑う。どこか獰猛な獣を思わせる笑みだ。
「浪志組の事はてめぇらも聞いているだろうが。隊士を募っているが、烏合の衆ばかりじゃあ、何の役にも立たねぇ。だから、私が見極めてやろうと言ってんだ。我こそはと思う者は掛かって来い!」
 金子の入った袋を受付に落とすと、藍可は根付を腰に挿した鉄扇の要に手早く括りつけた。
「いいか。期限内にこの根付を奪えたら、てめぇらを浪志組に推挙してやる。ただし」
 言葉を切って、開拓者を見回す。
「私も全力でてめぇらを迎え撃つつもりだ。そのつもりで掛かって来ねぇと、いらぬ怪我をする。その事だけは肝に銘じておきやがれ」
 煽るような藍可の言葉に、開拓者達は互いの顔を見交わしたのであった。


■参加者一覧
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
狐火(ib0233
22歳・男・シ
劉 那蝣竪(ib0462
20歳・女・シ
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
玖雀(ib6816
29歳・男・シ


■リプレイ本文

●初手
 標的確認。
 互いに頷き合って、機会を探る。
「禁じ手などはないそうです」
 森藍可から視線を外す事なく、和奏(ia8807)がぽつりと呟いた。
「どんな手を使っても構わない、全力で来い。自分も全力で迎え撃つ‥‥と」
 今後に差し支えると困るからと、藍可に腕試しの約束事を確認に行ったら、そんなものはないと笑われた。あるのはただ一つ、「森藍可から根付を奪う事」だけだ。
「なるほど」
 相槌を打つと、志藤久遠(ia0597)は考え込む素振りを見せた。
「私の大槍は「根付を奪う」には向きません。多少、防御の手数を使わせたとしても、根付を奪う手には繋がりません」
 ならば、と久遠は仲間達を振り返る。
「正面から仕掛けます」
「‥‥では、始めましょうか?」
 周囲に人気がない事を確かめていた狐火(ib0233)の言葉に、久遠と和奏が飛び出していく。
「よぉーしっ!」
 拳をぐっと握って気合いを入れると、叢雲怜(ib5488)はマスケット銃の「魔弾」を構えた。狙うのは真正面から向かって行った仲間達が藍可と相対する直前の一瞬。
「藍可姉ちゃんに俺の力を見て貰わなきゃ意味ないのだぜ」
 避けてくれるだろうか。
 それとも、目の前に迫る2人に気を取られて、反応が遅れるだろうか。
「大丈夫、ちゃんと急所は外すから‥‥」
 ねっ、と笑った怜の指先に力が籠る。
 それなりに距離はあるが、ターゲットスコープにスピードブレイクを付けて魔弾の射程と命中率を上乗せしてある。外す気はなかった。
 引き金を引いた瞬間に感じたのは、高揚。
 アヤカシや依頼で対峙した相手に対するものとは違う。どんな反応を返してくれるのかとワクワクする気持ちと、これから始まる腕試しに対するドキドキ感。
 瞳を輝かせて弾の軌跡を追った怜は、あっと声をあげた。
「外しましたか」
 問うて来る狐火に、ふるふると頭を振る。
「当たった。けど、狙った場所からずれてる。さすがは姉ちゃんなのだぜ」
 狐火は久遠の槍を受けている藍可へと視線を向けた。どこにも弾が当たった様子はないのだが、悔しそうな怜の様子を見ると、事実なのだろう。
「なるほどな」
 目を細めて玖雀(ib6816)が地を蹴る。
 激しい打ち合いが続く場に踏み込んだ玖雀は、迷う事なく藍可に切りつけた。朱苦無の刃に藍可の髪が持ち主から離れて舞った。
「女の髪を切るたぁ、いい度胸だ」
 そんな事など微塵も思っていないだろう藍可が面白そうに眉を跳ね上げたのを見て、玖雀の顔にも笑みが浮かぶ。
 間合いを詰めて打ち込まれた玖雀の苦無を紙一重で避けた藍可の口元がにぃと笑みの形を作った。
「迷いがないな。てめぇの名は?」
「シノビの玖雀」
 言葉を交わす間にも、苦無と穂先がぶつかる音が間断なく続く。
 軽く後方へと跳んだ玖雀の影から、空気すら斬り裂きそうな和奏の鋭い一撃が放たれる。
「おっと」
 止めたのはギリギリ。
 ほぉ、と玖雀の口から感嘆の声が漏れる。
 神速の刃を死角から打ち込まれて、ギリギリでも止めるとは。
「かなりの場数を踏んでいる、という事か」
 開拓者であれば、相応に経験はあるだろう。だが、彼女の戦い方を見れば、それだけではない事がよく分かる。
「玖雀殿!」
 久遠の声に、玖雀は頷いて苦無を構えた。藍可と同じく槍を使う久遠。彼女自身が呟いていたように、小さな根付を奪うには少々不利な得物で、あえて向かうその意味を、玖雀は違わずに捉えていた。
 和奏の一閃に合わせ、苦無を構えた玖雀がその懐に飛び込む。斬りつけた和奏は、そのまま後ろに下がった。
「森殿!」
 藍可の攻撃を見切った久遠の槍が夕焼けの色を帯びる。
 く、と目を眇めるのを見逃さず、久遠はそのまま槍を突き出した。咄嗟に身を捩った藍可の頬を穂先が掠めた。
「っ!」
 その隙を突いたのは和奏だ。刀を滑らせると、小さな音を響かせる根付を狙う。
 しかし。
「そう簡単には渡してやれねぇなぁ?」
 引き抜かれた鉄扇は、和奏の頭の真上で止められていた。
 触れ合う程に顔を近づけると、藍可はきょとんとした和奏の頬をぺちぺちと叩く。が、次の瞬間、和奏の体を突き飛ばし、自分も飛び退った。
 彼らがいた場所に打ち込まれたのは2発の弾丸。
「残念ですが、人が来ます」
 不意に姿を現せた狐火と、銃を担いでぶんぶんと手を振る怜に、藍可はやれやれと肩を竦めたのだった。

●真意
「それで〜? 藍可1人で楽しんじゃったってわけかしら」
 炙ったイカを振りつつ、霧崎灯華(ia1054)は唇を尖らせた。
「あたしも藍可で遊びたかったのに」
「いないのが悪い」
 あっさり言い捨てると、藍可は酒を一息に飲み干した。卓に肘をついて、不満げな顔をしていた灯華も負けじと呷る。
「いいわよ、もう。次は思いっきりやらせて貰うから」
「せいぜい、楽しませてくれ‥‥あ?」
 目の前に置かれた酒に、2人は怪訝そうに顔をあげた。
「よろしければどうぞ」
 卓にヴォトカの瓶を置きつつ、椅子を引いたのは狐火だ。
「寒くなりましたからね。おでんもいかがですか」
「‥‥卵」
 思わず緩みかけた表情筋を引き締め、注文通りに卵を取り分けて皿に乗せると、藍可の前へと滑らせる。いそいそと箸を手に取る藍可に、今度こそ殺せぬ笑いが漏れた。
「ねー、藍可。今日の感想は?」
「感想?」
 ちらりと狐火を見遣ると、灯華は藍可を肘で突っつく。
「だから、今日の感想」
「面白かったぜ? 次も楽しみだ」
 ふぅん、と千切れたままの飾り紐を引っ張って、大きく息を吐いた。
「あぁ、やっぱり、あたしも藍可で遊びたかった」
 項垂れ、卓に突っ伏した灯華の手を、藍可が掴む。さりげなく根付を奪おうとしたのだが、失敗に終わったようだ。
「ま、予想はついていたけどね」
 でも、つまらん。
 はふと果てた灯華を一瞥すると、狐火はヴォトカを藍可のぐい呑みに注ぐ。
「‥‥今回の依頼は我々の力を試すもの、ですよね。浪志組の勧誘を視野に入れた」
 肯定は視線で返って来た。
「では、その対象となる者としてお聞きしたい事があります。浪志組の発起人である東堂俊一‥‥彼をどのようにご覧になりましたか」
 向けられる藍可の眼差しが鋭くなる。
 気付かぬ振りをして、狐火は続けた。
「開拓者の中にも浪志組に参加しようとしている者は多い。かく言う私も、少し興味がありましてね。その中心となる人物の為人を知っておきたいと思うのは当然でしょう?」
 しれっと続けた言葉に、藍可は鼻を鳴らした。だが、狐火がぼかした真意を、その額面通りに受け取る事にしてくれたらしい。ヴォトカを舐めて、彼女は口を開いた。
「切れ者だ。困っている者を見捨てられない性分でもある。‥‥が」
「が?」
 促すように最後の音を繰り返せば、僅かに眉を寄せて、ぽつりと漏らす。
「‥‥底の知れねぇ男だ」
「そうですか。もうひとつ、お聞きしてもいいですか?」
 低く呟かれた言葉を受け流すと、次の話題に移る。恐らく、これも彼女には答え辛い問いであろうが。
「もしも、浪志組の正義と巨勢王がぶつかった時はどうされますか」
 しかし、答え辛かろうと考えた狐火の予測に反して、彼女は真摯な眼差しで真正面から彼を見据え、きっぱりと言い切ったのだった。
「浪志組も親父殿も関係ねぇ。てめぇの正義はてめぇで決めらぁな。当たり前だろ」

●対策
「‥‥何やら‥‥興味深い生き物です、ね」
 我が家にも一匹欲しいものです。
 彼らから離れた場所で成り行きを見守っていた香椎梓(ia0253)の呟きに、緋神那蝣竪(ib0462)は飲んでいた酒を噴き出しかけた。
「げほ‥‥、ちょっ」
「はい? 大丈夫ですか?」
 噎せる那蝣竪の背を擦る梓に、久遠は溜息をついた。
 この青年が落とす爆弾は、時に威力が大きすぎて、周囲に甚大な被害をもたらす事がある。
 もっとも、今は彼と那蝣竪、そして自分しかいないので、被害は最小限だ。
「と、とりあえず」
 一気に疲れた様子の那蝣竪が額を押さえながら、視線を藍可達の卓へと戻した。先ほどの梓の発言が尾を引いているのか、それとも自分が酔っているのか分からないが、藍可の頭に獣耳が生えている幻が見える。
ー‥‥それはそれでアリだと思うけど。
 そんな事を考えて、ふと我に返る。
 今は、それどころではなかったと、小さく咳払い、彼女は続けた。
「私、ずっと藍可さんを尾行ていたのよね。いくらなんでも四六時中、隙がないって事はないと思って観察していたんだけど」
「え」
「え‥‥」
 途端に、弾かれたように顔を上げる2人に、那蝣竪は首を傾げた。
 何かおかしな事を言っただろうか。
 気にはなったが、今は結果報告の方が先だ。
「結論から言うとね、あれは野生動物並みね。お酒飲んでひっくり返っていても、ちょっと殺気を込めたら、槍を手に跳び起きちゃうの」
「野生動物‥‥」
 久遠は明後日の方向へと視線を投げた。
 さっきから藍可が動物扱いされているのは久遠の気のせいなどではない。
 それより何より‥‥。
「寝込みを襲っても成功率は低いと思うのよね。食事の時もそうだし、ああやってお酒を飲んでいる時も武器を手放さないんだもの」
「‥‥緋神殿」
 1つ、聞いてもいいですか。
 恐る恐る、久遠は浮かんだ疑問を口にした。
「あの、尾行ていたとおっしゃいましたが、もしかして、一日中‥‥」
「ええ、そうよ」
「あは‥‥あはは‥‥」
 あっさり認められて、久遠は乾いた笑いを浮かべつつ、無意識のうちに那蝣竪との距離を取った。
「それは俗に言う「すとー「香椎殿ッ!」
 不穏な単語を言いかけた梓を遮った久遠だが、しかし少し遅かったようだ。
「あら、「すとーかー」じゃなくてよ? シノビの本領だもの」
 自覚、あったんだ。
 思わず目を見交わした久遠と梓に気付く事なく、那蝣竪は頬に手を当てて考え込む素振りを見せる。
「でね、やっぱり、成功の確率が高いのはお風呂だと思うのよね」
「は?」
 聞き返した久遠に「だって」と、那蝣竪はその根拠を並べた。
「お風呂には槍持って入れないでしょ。槍だけじゃなくて、武器になるものは身につけていられないじゃない。だから、純粋に力比べになるわけよね。まあ、話が早いのは脱衣所に根付を置いてってくれる事だけど、そこまで甘くはないと思うし‥‥あら? どうかした?」
 卓に突っ伏す久遠の肩を揺すった那蝣竪の手を、梓がそっと押さえる。
「もう止めてあげて下さい。志藤さんの気力はゼロです」
 それもどうかと思う。
 久遠の心の声は、仲間達に届く事はなかったけれど。

●そして、湯屋
 常ならば、風呂に入る者達が語らい、笑い合い、どこかのんびりとした雰囲気が流れているはずの脱衣場の空気が凍りついていた。
 絶対零度の凍気を放っているのは、表情までも凍りつかせた玖雀だった。
「で?」
「だから、お風呂で勝負。お互いに武器を使わず、己の力量のみで勝負がつけられるじゃない」
 立ちはだかる玖雀に、作戦の有効性を説く那蝣竪の間でおろおろしているのは、色んな意味で貧乏くじをひいた久遠だ。
「確かに、良い案なのですが‥‥問題は場所が女風呂って事ですかね‥‥」
 こめかみを揉み解す狐火に、「ですが」と控えめに和奏が反論する。
「どんな手段を使っても構わないと言ったのは森さんですし」
「だからと言って、嫁入り前の女子の風呂に乱入するなど、許さん」
 低く抑えた玖雀の声が響く。
 梓は、やれやれと息を吐いた。
「これでは森さんの前に玖雀さんと戦う事になりそうですね」
「まったくだ」
 再び、深く吐息をついた梓と狐火に、玖雀が目を眇める。
「自己の力や単独行動だけでこの世は生き延びられぬ。これは実力試しだが、仲間を蹴落としたり、協力すら出来ぬ者が実践で良い働きをするとは思えぬ。だが、それとこれとは別だ。少なくとも、俺は目先の利に捕らわれるつもりはねぇからな」
「わーい、藍可姉ちゃんとお風呂なんだぜー♪」
 鋭く言い放った玖雀の言葉など聞こえていないらしい怜が、ぽいぽいと服を脱ぎ捨て、玖雀の脇をすり抜けていく。
「待てッ!」
 寸でのところで、その首根を掴んだ玖雀に、怜は抗議の声を上げた。
「なんで!」
「なんで、ではないだろうがっ! ここは女風呂、中には藍可姫が」
「年齢的に微妙な所だが、良いか駄目かで言えば、駄目だ」
 狐火も怜の肩に手を置いて首を振る。
「女風呂なんだから、あたし達はいいのよね。さ、行きましょ、久遠くん。女同士、じっくり交流を深めるのよ」
「緋神殿、既に目的が違っているような気が‥‥」
 わいのわいのと騒ぎが大きくなっていく。様子を見守っていた梓と和奏はどちらからともなく互いを見た。
「そろそろ止めた方がよくありませんか?」
「そうですね。ここまで騒ぎになると、森さんにも気付かれて‥‥」
 途切れた梓の言葉。
 和奏は彼の視線を追いかけ、あ、と声を上げた。
「ったく、うるせぇぞ、てめぇら!」
 しん、と静まり返った脱衣場。真っ先に動いたのは場慣れ(?)している梓だった。
 置かれていた浴衣を手に藍可へと歩み寄り、その肩に浴衣をかける。
「駄目ですよ、森さん。女性が全裸で仁王立ちなんて。そういうのは、2人きりの時に見せて下さい。ね?」
「何が「ね?」だ」
 その喉元に苦無を突きつける玖雀のこめかみには青筋が浮かんでいた。
「え。じゃあ、どんな時ならいいんですか」
 玖雀を押しとどめようと伸ばした手が、不意に逸れて藍可の頭上、髪を纏めているかんざしへと伸びる。かんざしの先には、小さな音を立てる鈴のついた根付が引っ掛けられていた。
 その指先がかんざしに触れた瞬間に、
「やっほ〜、藍可! いっくわよ〜?」
 狙いすましたように乱入して来た灯華が符を投げて、そして‥‥
「ちょっ、馬鹿ッ! てめぇ、こんな所でッ!!」
 湯屋は阿鼻叫喚の場と化した。

●推薦
「持っていけ」
 懐から取り出したものを、藍可は彼らの前に放り投げた。はらりと舞うのは丁寧に包まれた書状。表書きには「推薦」とある。
「これ、は?」
 自分の足元に落ちたそれを拾い上げて尋ねた久遠に、藍可はにぃと笑った。
「見ての通りだ」
「浪志組への推薦状‥‥ですか」
 中を開いた狐火が眉を寄せつつ呟く。
 根付を奪うという依頼が果たされたかとなると微妙だが、自分達は藍可の目に適ったという事だろうか。
「推薦、ねえ。あたしは縛られるのは嫌いなんだけど、藍可の手伝いならしてもいいわよ」
 書状を手から落として灯華が呟けば、文面を透かすように見ていた怜が藍可を振り返る。
「じんちゅ〜ほうこくってのは良く分からないけど‥‥。藍可姉ちゃんが姉貴分になってくれるってことなら、喜んでなのだぜ」
 明るく告げる怜に、その頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる事で応えて、藍可は開拓者達を見回した。
「これから先、何がどう転がるか分からねぇ。信頼出来る奴が1人でも多く欲しいのが本音だが‥‥強制するのもされるのも好きじゃねぇしな。てめぇらの意思に任せるさ」