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■オープニング本文 ●激戦の後 血と泥に塗れた兵たちが疲れた身体を引きずり、次々と合戦場から戻ってくる。 「此度の戦は、厳しいものであった」 雲間から覗く青空を仰ぎ、立花伊織が呟いた。 大アヤカシと呼ばれる脅威に人は勝利を収めたが、代償は大きい。 秋を前に野山は荒れて田畑は潰れ、村々も被害を受けた。避難した民は疲弊し、アヤカシも全てが消えた訳ではない。 「再び民が平穏な暮らしを取り戻すまで、勝利したと言えぬ」 伊織は素直に喜べず、唇を噛んだ。 「今後の復興のためにも、今しばしギルドの、開拓者の力を借して頂きたい」 随分と頼もしさを増した面立ちで若き立花家当主が問えば、控えていた大伴定家は快く首肯した。 「まだしばらくは、休む暇もなさそうじゃのう」 凱旋した開拓者たちが上げる鬨の声を聞きながら、好々爺は白い髭を撫ぜた。 ●花の牢 さら、と柔らかく吹き抜けた風が艶やかな黒髪を揺らす。 柱に背中を預けながら、彼は花盛りな庭を見ていた。 流れ聞こえて来る子供の声に、もうそんな時間かとぼんやり思う。 「いい加減、飽きるよなぁ」 「ですよねぇ」 いつの間にか縁側に座って、足をぶらぶらさせていた少年が同意して、盛大に頷いてみせる。 「松也」 「もう元気だーって言っても、龍之介兄さんったら、「まだ分からない。もうしばらく様子を見た方がいい」ってばかり。休んでいた分、お稽古もしたいのに」 頬を膨らませ松也に、彼はくすりと笑った。 彼も龍之介から全く同じ事を言われたのだ。 「ああ、輝蝶兄さんは仕方ないですよ。歩けるのが不思議なぐらいな目に遭ったんですから。でも、三食昼寝付き、ふかふかの布団で寝てた僕は体が鈍りまくりで!」 「‥‥俺は一応、志体持ちなんだけどな? あれぐらい、軽い方さ。‥‥武州で戦った奴らの事を思えば、養生しているのが申し訳ないぐらいだ」 はあ、と息を吐いて輝蝶は澄み切った青い空を見上げた。 「あの地下牢に監禁されて、やっと自由になったと思ったら、本家で養生強制されて、俺こそ体が鈍っちまう‥‥」 「揚羽」 こほんと咳払いと共に姿を見せた澤村家の次期当主、澤村龍之介に、輝蝶と松也は慌てて居ずまいを正した。 三つ子の魂百まで。 幼い頃から叩き込まれて来た習性である。 「に、兄さん、今はお稽古の時間では?」 「柳弥が来ているから、任せて来た。それよりも揚羽、お前、この待遇が不服か」 「そっ、それは‥‥」 じっと見つめられて、冷や汗だらだらの輝蝶に、さすがの「揚羽大好きっ子」松也も助け舟が出せない。 「大変な目に遭ったお前を労わりたいというのが、本家の偽りなき思いなのだけど」 「わ、分かってます。分かってますよ、兄さん。ただ、養生と言うのであれば、別邸でも十分だと思うんですがね」 勿論、と龍之介は鷹揚に頷いてみせた。 「私も分かっているよ。別邸に戻したが最後、お前がギルドにすっ飛んで行く事ぐらいはね」 ぐうの音も出ないとはこの事だ。 言葉に詰まった輝蝶に、やれやれと龍之介は深い溜息を吐いた。 「仕方がない。暇を持て余しているというのなら、ひとつ、仕事をしておいで。体慣らしにもなるだろうしね」 「仕事、ですか?」 思いがけない言葉に、輝蝶と松也は顔を見合わせた。 昨日の稽古の時には、まだ無理をしてはいけないと短時間で切り上げさせられたのに。 「アヤカシに襲われて疲弊している伊織の里に、華を届けておいで。私は行けないから、揚羽、お前が座長だよ。松也と柳弥を連れておいき。足りない人出は、お前のお仲間に頼んでおくれ」 「‥‥‥‥‥はい?」 目が点になる。 今、何て言った、この人は。 「澤村の慰安興行だ。演目は好きに決めていい。全て、お前達に任せるけれど、澤村の名を辱める振る舞いだけはするんじゃないよ?」 そう言って、天儀歌舞伎の名門、澤村の看板役者はにこやかに笑ってみせたのだった。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●待ち合わせ 澤村の一行との待ち合わせは、伊織の里から少し離れた小高い丘だった。 風の中に薫る香の匂いに誘われるように顔をあげた橘天花(ia1196)は、枝が折れ、痛ましい姿になった木の上に見知った人影を見つけて笑みを浮かべた。 手を振ると、輝蝶が軽く手を挙げる。 「天花ちゃん!?」 突然に駆け出した天花に、楊夏蝶(ia5341)は驚いた。だが、すぐにその理由に気付く。 「輝蝶さん‥‥」 会うのは、あの澤村家での騒動以来だ。 「具合、よろしいようですね」 微笑みながら呟いた滋藤御門(ia0167)に大きく頷いて、夏蝶も天花の後を追う。 「ふふ。僕達も行きましょうか」 「うんっ!」 差し出した手に飛び付いて来たフレス(ib6696)と共に、御門も再び歩き出す。 残されたのは、喪越(ia1670)とロック・J・グリフィス(ib0293)の2人だ。 「輝蝶クンは美形だと思うけどサ、お出迎えならやっぱ美女姿の方が嬉しいと思わないか? アミーゴ」 「‥‥後が怖い。ノーコメントとさせて貰おうか」 ロックは秋の気配を漂わせる空へと目を泳がせた。何だろう、この胸騒ぎ。ロックの開拓者としての勘が何かを告げている。 「まあ、何が待ち受けていたとしても、迎え撃つだけだがな」 「お、格好いいセリフじゃねぇか。‥‥今度、俺も使ってみよーっと」 「‥‥」 ともあれ、無事に澤村の一行と合流出来たのだ。出だしは順調、ロックは己にそう言い聞かせた。 ●進み具合 丘の上では、疲労困憊といった風体の2人の少年と、いつもと変わらぬ様子の輝蝶が彼らを待っていた。 「よぉ、久しぶりだな」 「輝蝶さん‥‥元気になったのね」 問いかける夏蝶に、輝蝶は肩を竦ませる。 「疾っくにな」 「本当に?」 心配そうに再度確認する夏蝶に、輝蝶は苦笑した。 「お前も兄さんと同じで心配症なか? 蝶のひ‥‥」 「試してみてもいい?」 「は?」 言うや否や、夏蝶は「夜宵姫」を鞘から引き抜き、輝蝶へと斬りかかる。 「っと!!」 夏蝶の(かなり甘い)一撃を、輝蝶は手にしていた煙管で受け止めた。 「危ねぇな、一体、何なんだ?」 「‥‥僕は刀を受け止めた輝蝶さんの煙管の方が気になりますね」 口元を引き攣らせた御門の言葉に、フレスも大きく頷いて同意を示す。 「本当だよ。手加減していたって、夏蝶姉様の一撃は止められないんだよ!」 「フレス、フレス、「普通の煙管には」を入れてやれ‥‥」 いくら病み上がりだとは言え、それではあまりに輝蝶が気の毒だ。こっそりフレスに囁いたロックの目の前に、煙管が差し出される。 「お? これは‥‥」 手にしただけでずしりとした重みが伝わって来る。長い羅宇の部分に金属を仕込み、それを朱塗りの漆に似せた細工を施した金属板で覆っているようだ。延べ煙管とも喧嘩煙管とも少し違うようだから、輝蝶が特別に作らせたものらしい。 「咄嗟の一撃を防ぐぐらいしか出来ないんだが」 こほんと咳払って、輝蝶は仲間達を見回した。 「それはともかく、今回の依頼は、慰安興行の助っ人だ。大変かもしれないが、よろしく頼む」 その言葉にもぞもぞと動き出したのは2人の少年だ。半ば魂が抜けた状態のようだったが、開拓者達へと丁寧に頭を下げる。 「松也さん、柳弥さん、またよろしくお願いしますねっ」 再会を喜んだ天花が2人に元気よく挨拶をするが、彼らからの返事はない。ただの屍のようだ。 「これぐらいの道行きでへばるたぁ、まったく、情けないったらありゃしない」 「‥‥松也さんと柳弥さんがこの調子という事は、興行にも支障が出るのではありませんか?」 呆れた口調の輝蝶に、にこにこ冷静に成り行きを見守っていた御門が鋭いツッコミを入れる。 途端に、場が凍りついた。 「お‥‥おい、まさかとは思うが、興行の演目とか、準備とか‥‥」 「あー、悪い。道中、話し合うつもりだったんだが、こいつらがこの調子でな。‥‥とりあえず、演目だけでも決めにゃならんのだが」 OH! 頬に手を当て、声にならない叫びをあげた喪越と、ええーっと不満の声をあげたフレス。どちらも当然の反応だ。 伊織の里はすぐ目の前で、里に入ってすぐに宣伝をして、人集め、公演の準備をしなければならないのだから。 「これは‥‥、里での根回しに動いて下さっているお2人に期待ですね」 「興行場所を確保するって言ってたし、出来れば準備も始めておく、と」 しゃがみ込み、こそこそと囁き交わす開拓者達の密談が聞こえているのか、いないのか。輝蝶は「演目どうすっかなぁ」などと呑気に呟いている。 大丈夫か、慰安公演。 その場にいた誰もがそう思った。 正体を知らぬ時は、人見知りが激しく、滅多な事で素顔を見せないという神秘の面紗が掛った存在だったが、蓋を開ければコレである。 思わず拳を握り締めてしまう仲間達を余所に、天花が勢いよく手を挙げる。 「演目でしたら、「鰯売恋曳網」か「廓文章」は如何でしょうか!」 目をキラキラさせてにじり寄る天花に、輝蝶は腰が引け気味だ。 「お前、その年でよく知ってるな‥‥」 「歌舞伎の御本なら、お祖母様に頂いて沢山読んでいるんです!」 胸を張る天花に、仲間達はふたたびこそこそと囁き合う。 「いいのか‥‥天花のばーちゃん‥‥子供に廓って‥‥」 「というか、天花ちゃんのお祖母さんって、結構‥‥」 天花の祖母の謎がまた一つ増えたような気がした。 そんな秋の午後であった。 「‥‥って場合じゃないですよ。演目! まずは演目を決めなければ」 はっと我に返った御門の言葉にフレスもうんうんと頷いて、輝蝶を見上げる。 「うーん。廓文章はお目出度い演目だが、如何せん、人が足りない」 今更言うか。 御門の微笑みがぴしりと音を立てて固まった事に気付いた仲間達が、そぉーっと後退っていく。 「人が足りないから、僕達がお手伝いに来たんじゃないんですか? 四の五の言わずに、さっさと決めて下さいね」 ああ、何という事だろう。 滅多に怒らず、大抵の事には動じないはずの御門が、おどろおどろしい雰囲気を纏って輝蝶を叱りつけている。後ろで倒れている少年2人も容赦なく叩き起こして、あれやこれやと指示を出す。その姿はまるで‥‥。 「オカン‥‥」 喪越の呟きが御門の耳に届いたかどうか。それが、己の運命を決める分かれ道となる事を、喪越はまだ知らない。 ●縁の下の 小さなくしゃみをした狐火(ib0233)は、ふと感じた悪寒に眉を寄せた。 秋めいてきたとは言え、まだ肌寒さを感じるほどではない。 「風邪‥‥なわけありませんね」 「はて、如何されましたか」 汗を拭き拭き、声を掛けて来た大蔵南洋(ia1246)に、狐火はいや、と首を振る。地道な交渉が実を結び、壊れた堂の跡を使わせて貰えるようになったのだ。仲間達が到着する前に、少しでも形を整えておきたい。 「彼らが里に到着したら、忙しくなるでしょうしね」 輝蝶の他にお子様が2人いる。 澤村の家に関わった経験上、彼らの手綱を握っていたのは次期当主で立役者の龍之介だと狐火は読んでいた。その龍之介がいない今回、手綱を外された者達がどう動くか‥‥。 予想通りの事が起きて、今、この瞬間、澤村の一行と合流した仲間達が頭を抱えているなど知らぬ狐火は、簡単に引いた図面を見ながら、それぞれの配置を確認していく。 「花道はこの辺り」 南洋が指し示したのは、舞台となる堂へと続く石畳。 「堂は里の人達にとって心の拠り所。そこに続く石畳を花道にして、揚羽殿が登場する。そして、堂を舞台に華麗に舞うわけです」 寡黙な男が雄弁に語る様に、狐火ははてと首を傾げた。 「大蔵氏‥‥。やけに力が入っているような‥‥? まあ、澤村の一件に関わった身としては、この興行の目的が、里の慰安だけではないと、私も分かっていますがね」 澤村の立女形の復帰。 ふ、と笑みを浮かべた狐火は、衣の裾を引っ張られて視線を巡らせた。 彼の半分の背丈もない、幼い子供が数人、不思議そうに彼を見上げている。 「おじちゃん、なにしてるの?」 「おじ‥‥」 純真な子供の何気ない一言に、狐火は絶句した。 しかし、そこは大人の余裕で笑みを作ると子供達と目線を合わせる。 「おにいちゃん達は、お芝居の舞台の準備をしているんですよ」 「お芝居?」 そう、と狐火は頷いた。 「今日の夜、あのお堂に天女が舞い降りるんです。君達もお父さんやお母さんと一緒に観に来て下さいね」 うん、と元気よく走り去って行く子供達を見送る狐火に、南洋は声を掛けた。 「明るい顔をしていましたね」 「ええ」 恐ろしい思いをしたであろうに、子供達は笑顔を失っていない。 「もっと、笑顔にしてやりたいものですな」 南洋の言葉に頷いた狐火は、こちらに向かって駆けて来る影に気付いて眉を上げた。 「あれは‥‥」 「フレス殿か?」 そういえば、澤村の一行と合流した仲間達もそろそろ着く頃合いだ。 元気よく駆け寄って、ぴょんと飛び付いて来たフレスを受け止めると、南洋は目元を緩めた。 「皆様、無事にご到着ですかな?」 「うん、大丈夫なんだよ! あ、これ! 今日のビラなんだよ! ここに来る前に、御門兄様や輝蝶兄様と一緒に作って来たんだよ」 手渡されたビラには、今日の演目と出演者の名前が記されてある。 「ほう、今日の主演目は廓文章ですか。確か、楽しいお芝‥‥」 何かを言いかけた狐火が絶句する。 「どうされた?」 怪訝そうに問うて、南洋もビラに目を落とす。 「ああ、足りぬ人手は我々から‥‥」 南洋も、狐火同様に黙り込んだ。 そんな2人の様子に気づきもせず、フレスは嬉しそうに大きく頷いてみせる。 「そうなんだよ! 廓の主人がロック兄様、太鼓持ちが喪越兄様なんだよ! ‥‥あれ? どうしたの? もしかして、2人も何か役をやりたかった?」 「い、いや、そういう事ではなく。これは、一体何だろう‥‥と思ってな」 そう言いつつ、南洋が指示したのは主演目の前に書かれた前座の段。そこに記された名は「喪越」。 何やら心に暗雲が立ち込めて行くのを、2人は感じたのだった。 ●慰安興行の裏舞台 舞台の裏は大騒ぎだった。 「準備は進んでますかぁ? わぁ、輝蝶さんやっぱり綺麗〜。あ、松也さん、雰囲気が違うね。なんだか大人っぽい。柳弥さんも‥‥」 役者に実年齢は関係ないという。 慣れた手つきで刷毛を動かし、化粧をして行く少年達の姿を見守りながら、夏蝶はそんな話を思い出していた。 のだが。 「ちょ、ちょっと柳弥さん! 紅がはみ出してる!」 未だ少年2人は魂が抜けた状態らしい。 「輝蝶さん、こんな状態で舞台に出て大丈夫なの?」 「放っておけ。こいつらも役者だ。舞台に立ったら、しゃんとする」 あっさりと言い捨てて、輝蝶は刷毛を手にした。傾城夕霧の化粧を施した妖艶な姿で、彼はロックに迫る。 「さ、観念しておくんなんし」 「お、表舞台に立つからには無様な姿は見せられんな」 目前に迫る妖艶な美女と、たっぷりと白粉を含ませた刷毛に、ロックは覚悟を決めた。 「そういえば、そろそろ前座が始まる頃だろう。舞台はどうなっている?」 ロックを別人に変えて行く輝蝶の手元に見惚れていた夏蝶は、問われて我に返った。慌てて、茣蓙を引き上げると、丁度、喪越が舞台に上がった所であった。 「今から始まるみたい」 「蕎麦のおじちゃーん!」 観客の中から可愛らしい声援が聞こえて来て、夏蝶は微笑む。こんな可愛い声援を受けたなら、喪越の緊張も解れるに違いない。そんな事を考えながら舞台へと視線を戻した夏蝶は、上げかけた悲鳴を飲み込んだ。 「ちょっとだけよ〜ん?」 そんなセリフと共に、喪越が着ていた服を一枚、一枚と脱ぎ始めたのだ。 「な、な、な‥‥!」 言葉にならない夏蝶。 客席に目を遣れば、炊き出しを配っていた天花が器を落とし、御門がフレスの目を覆っている。 「危惧した通りになったようですね」 やれやれと、拍子木を手にしていた狐火が立ちあがった。その身体能力を活かし、観客の目に止まらぬ速さで、舞台に上がると、半裸の喪越を引っ掛けて下手へと下がる。 待ち構えていた南洋が、有無を言わさず喪越を支度部屋へと放り込む。 「で、どうする気だ? まだ支度は整っちゃいないようだが」 前座が稼ぐはずの時間が無くなった。 ロックの問いに、輝蝶の判断は早かった。素早く衣装を変えると、化粧も少しばかり手を加える。 「御門を呼んでくれ。順番が前後するが、先に「藤娘」をやる」 「分かったわ」 即座に動いたのは夏蝶と、舞台で後見を務める南洋だ。 「それで、藤娘の代わりは何をするのですか?」 「白波五人男‥‥ってどうだ?」 尋ねた狐火に、可憐な藤の精がにやりと笑う。 「稲瀬川の勢揃い、人数的には丁度いいと思うんだが」 「揚羽氏、松也氏、柳弥氏、ロックに喪越‥‥ですか?」 いや、と手にした藤の枝を整えながら、口早に出演者の名を告げる。 「狐火、南洋、ロック、喪越に俺、だ」 告げられた言葉に、狐火と南洋が真っ白になっている間に、輝蝶は揚羽として舞台に出て行った。 澄んだ笛の音が聞こえて来る。 御門も急な変更に間に合ったようだ。 「白波五人男? 我々で?」 「‥‥確か、イッパツ逆転で正義の花道とかなんとか‥‥」 「いや、それは違いますから」 白波五人男は一応、盗人の集団だ。 ロックの認識を正しながら、狐火は溜息を吐いた。 何にしても、素人には荷が重いのに変わりはない。 「あのー」 男達が途方に暮れる支度部屋に顔を出したのは天花だった。 「輝蝶さんから、松也さん達を正気に戻して、皆さんのお手伝いをしろって言われたのですが‥‥」 ぽん、とロックが手を叩く。 「そうか。天花は歌舞伎に詳しい。そして役者2人が揃えば、俺達を俄か役者に仕立てる事も出来る、というわけか」 「松也さーん? 柳弥さーん? そろそろ正気に戻ってくださーい。幕が上がりますよー」 目の前でひらひらと手を振る天花に、少年達の目に生気が戻って来る。 「幕‥‥」 ぱちぱちと瞬きをした松也と柳弥は、覗きこんでくる天花に眉を寄せた。 「おまえ‥‥梅松?」 あ、と天花はぺこりと頭を下げる。 「はい。わたくし、本当は男の子ではないのです。偽りをお許し下さい」 「‥‥という事は、女!?」 「はい。でも、どうか変わらず親しくして頂ければと‥‥」 彼らの手をぎゅっと握り締める天花に、少年2人はみるみるうちに顔を赤く染める。 「‥‥しっかり正気に戻ったな」 「うむ」 成り行きを見守っていたロックと南洋の呟きと同時に、一際高く澄んだ笛の音が響く。 「決まった事は仕方がない。この舞台を見に来てくれるお嬢さん方に格好悪い所は見せられないしな」 「まあ‥‥そうですね。それで、里の人々に笑顔が戻るならば」 今回は乗せられましょう。 狐火も仕方なさげに肩を竦めたのだった。 「ですが、この貸しは高くつきますからね、揚羽氏」 |