【武炎】蟲
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/20 10:30



■オープニング本文

●脱退
 襟元を緩めて、息を吐き出す。
 慣れた隊務だが、最近はとみに忙しい。
 出動回数が多くなれば、それだけ仕事が増える。実務だけではなく、彼の場合はその後処理に掛かる時間も馬鹿にならない。
「世が乱れている、か」
 思わず口をついて出た言葉に、自嘲の笑みを漏らす。
 まったく自分らしくない。
「世が乱れている」は、彼の隊に属する男の口癖だ。
 アヤカシの跋扈、人の心を失った者達による非道の横行‥‥それらは、全て「世が乱れている」ことの証だと彼は言う。世を正さなければ、このまま世界は乱れ続け、悪い方へと転がっていくに違いない、と。
「おや、お疲れ様です」
 障子を開けると、中で書き物をしていた青年が顔を上げてにこやかに笑った。
 櫻井誠士郎。
 弓の腕も確かだが、頭が切れる事で隊の中でも一目置かれる存在だ。
 自分の副官兼悪友ののほほんとした笑みを見ていると、目を吊り上げて不心得者どもを捕縛して来た自分が何とも馬鹿らしくなる。
「首尾はいかがでしたか」
「聞くのか?」
 己の立てた策に絶対の自信がある癖に、彼は隊務から戻る度に尋ねて来る。とりあえずは「お約束」という事で、一応、問い返してやる。
「勿論です。私の計算はあくまで机上の空論。実際とは違うのですから」
「へぇへぇ。その机上の空論は寸分の違いもなく大当たり、下っ端の1人も逃がす事なく、全員捕縛。これでいいか」
 ありがとうございますと頭を下げると、誠士郎は用意してあった茶器を彼の前に置くと、改めて労う。
 冷たく冷えた茶は、それこそ誠士郎が戻り時間まで計算していた事の証だ。
「それで、折り入ってお話があるのですが」
「あ?」
 茶で喉を潤して一息ついた頃、誠士郎がそう切り出した。
「実は、隊を辞めようと思っています」
 唐突な言葉に、手にしていた茶器を落としかける。
「あなたにとって禁句だと分かっているのですが、それでも、あえて言わせて頂きます。隊を抜けます。既に、上の許可は取ってあります」
 どこまで先読みしているのかと、小さく舌打ちすれば、一通の書状が差し出された。
「かつて理想を語り合う機会を得た知人から届いた書です。彼の元で、より弱き者に近い場所で、私は私の理想の為にこの身、この命を賭したいと思います」
「それは‥‥そいつの元でなきゃ駄目なのか」
 誠士郎の瞳には確とした決意が浮かんでいる。思い留まらせる事など出来ないと承知で尋ねる。
「特権意識の強い天護隊よりは、おそらく」
 笑んで告げた櫻井誠士郎は、その翌日には荷をまとめ、天護隊士の名を捨て、何処かへと去って行ったのだった。

●花ノ山城
 魔の森の近くには、どこの国でも、アヤカシを食い止める砦がある。
 伊織の里や高橋の里も例外ではない。
「敵襲ーっ!!」
 がんがんと櫓の鐘が鳴り響く。眼下を見れば、「花ノ山城」へ向かって、凡そ荷車ほどの大きさはあろうかと言う化け甲虫が、まるで鋼鉄のアーマー部隊の様に整列して迫っていた。
 どうやってかはわからないが、各地の砦近くに、甲虫達が、忽然と姿を現したのだ。
 そんな甲虫達の群れを見下ろすのは、それらの中でも、さらに大きな個体。
「さぁおいき、可愛い子供達。たっぷりとね」
 その上部には、会話を交わせるほどの形となった、美しい女性の姿が埋まっていた‥‥。

●大仕事
「さて」
 開拓者達を見回して、依頼人は状況に穏やかに依頼内容を告げた。
 その内容は、穏やかに程遠いものであったが。
「ご存じでしょうが、「花ノ山城」がアヤカシの襲撃を受けています。襲って来ているアヤカシは化甲虫が多数。この化甲虫は、知能の低い、力押しで襲って来る事が多いアヤカシですが、今回のように1つの目標に向かって整然と突進して来る場合は指揮官となるアヤカシがいると考えられます」
 立て板に水の説明に、口を挟む暇さえ与えられずに開拓者達は頷いた。
「そうなると、かなり厄介です。確実に撃破する為には、奴らに指示を出している指揮官アヤカシを倒す必要があるでしょう。指揮官を失えば、奴らはただの化甲虫に戻りますからね」
 言いつつ、依頼人は簡単に書きつけた武州周辺の地図を机の上に広げる。殴り書きに近かったが、それでも位置関係は正確だ。
「そこで、あなた方にお願いです。化甲虫どもの進路を全て調べて来て下さい。これはそう難しい事ではないと思います。奴らがどこをどう進んでいるのか、それは花ノ山城で迎撃する者達への有力な情報にもなるでしょうし、なにより」
 依頼人は、そこで言葉を切った。
 もう一度、開拓者達を見回し、彼らの表情が真剣である事を見てとると、にっこり笑って首を傾ぐ。
「指揮官アヤカシの居場所を絞り込む事が出来ると思われます。指揮官の居場所が分かれば、花ノ山城ならびに、この進軍を迎え討っている仲間達に即連絡を。‥‥出来れば、指揮官を倒してしまいたい所ですが、この人数で指揮官を倒すとしたら、こちらの損害が大きくなる可能性があります。不利と分かっている戦いで怪我をするの必要はありません。後々の為に出来る限りの事をして頂ければ、それで構いませんよ」
 つまりは、指揮官アヤカシの居場所を探し出し、ついでに攻撃して来いという事か。
 にこにことした笑顔に騙されて、とんだ大仕事を押し付けられてしまったらしい。
 溜息をついて立ちあがった開拓者達に、依頼人は「ああ、そういえば」と軽く付け足した。
「押し寄せて来ている化甲虫は、一般に知られている種とは少し違うようです。化鎧虫と呼ばれている種に似ているような気がしますが、もしそうであれば、酸だけではなく、炎や冷気、糸とか粘着弾なども吐いて来るかもしれません。十分な準備をしておいた方がいいでしょうね」


■参加者一覧
音有・兵真(ia0221
21歳・男・泰
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
喪越(ia1670
33歳・男・陰
空(ia1704
33歳・男・砂
煌夜(ia9065
24歳・女・志
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
劉 那蝣竪(ib0462
20歳・女・シ
桂杏(ib4111
21歳・女・シ


■リプレイ本文

●南の探索
 花ノ山城に迫り来るアヤカシの情報は、あまりにも大量だった。次から次へと飛び込んで来る報告をいちいち分析するよりも、実際に自分達で確かめた方が早い。
「それに、アヤカシ達が情報通りの場所に大人しく留まっているわけでもないだろう」
 音有兵真(ia0221)の言葉に、うんうんと大きく頷いたのはルンルン・パムポップン(ib0234)。
 兵真とルンルン、そして空(ia1704)と煌夜(ia9065)。
 花ノ山城を中心にして南側の調査の為に分けた班は、順調にアヤカシ達の流れを遡っていた。
「お、視界が開けたぞ」
 先を進んでいた空の言葉に、ルンルンが大地を蹴る。
「ぅわぁ」
 周囲の状況を確認しようと手頃な枝の上に飛び乗ったのはいいが、飛び込んで来た光景に頬を引き攣らせる。
「どうした? 花ノ山城でも落ちたか」
「それ、洒落にならないから」
 ずびしと空へ裏手でつっこんで、煌夜は木の上のルンルンに声をかけた。
「で、何か見えたの?」
「あー‥‥」
 応えたルンルンは、べそをかきそうな表情で煌夜を振り返った。
「うじゃうじゃ、なんかきしょいです‥‥」
 それは確かに。
 煌夜の位置から見えるだけでも、蠢く化甲虫は数え切れない。
 さらに遠目からだと、太陽の光を受けてテカる外殻が、乙女の天敵な何かを連想させる。
 だが、男性陣の目には、そうは映らないようで。
「そうか? 俺は、妙にワクワクする光景だが」
「うそっ!?」
「どんな神経しているの?」
 が、兵真の一言に対して返って来たのは、ルンルンと煌夜から猛烈な反発だった。予想外の激しい拒否反応に、軽い気持ちで口を開いた兵真が面食らう。
「え、どんなって言われてもな」
「いや、分かるぜ。ガキの頃を思い出すと言うか‥‥」
「あ! 言われてみればそうかもしれない」
 不意に、空が遠くを見るような目をした事に気づいた者はいなかった。空も、すぐに何でもなかった顔をして話に戻る。
「朝早くから甲虫を採りに行ったり、誰の甲虫が一番強いか競ったりしたなぁ」
「音有は小さい奴らとか連れて、皆で甲虫探しをしたクチだろ」
「良く分かるな!」
「見つけた穴場を誰にも教えない奴もいるが、音有はそんな事はしないと思うからな」
 男同士で弾む会話に、木の上のルンルンと煌夜が顔を見合わせた。
「子供みたいな顔しちゃって。アレがそんなに楽しい思い出に直結するものなの?」
「空さん、もっと怖いカンジの人だと思ってました〜」
 ルンルンの一言に、空が眉を跳ね上げる。口元を押さえたルンルンの様子に、兵真は快活に笑う。
「まあまあ、いいじゃないか」
「子供の頃の話はさておき」
 いつもの顔に戻った空は、依頼人が用意していた地図の写しにアヤカシの位置を細かく書き込むと、改めて仲間に視線を向けた。
「こいつらの動きは、確かに統率が取れている。花ノ山城を目指せという命令に従っているだけだとしても、それを実行する頭なんぞ、ヤツらにはないはずだ」
「‥‥つまり、指揮官は私達が思っているより近くにいるかもしれないって事ね」
 察しのよい煌夜に頷いて、空は土地の形状や障害物の有無を差し引いて、化甲虫の動きに法則性を見つけられないかと目を凝らす。
「けど、ここから見ているだけでは、不十分だわ。ちょっとちょっかいを掛けて、その反応を見てみましょうか」
 煌夜の提案に、彼らは無言で頷いた。
 やるべき事は分かっている。後は、行動に移すだけだった。

●北の探索
 一方、花ノ山城の北側では。
「ったく、依頼人の優男! 子供の使いみたいに言いやがって。野山を駆けずりまわるこっちの身にもなってみろって言うんだ! ‥‥アウチッ! 蚊が刺しやがっ‥‥」
 依頼人に対する不満を並べていた喪越(ia1670)の言葉が急に途切れる。
 彼のしゃべりを伴奏代わりにしていた仲間達は、何事かと足を止め、喪越を振り返った。
 そして、彼らがそこに見たものは!!
「‥‥んー。喪越さんの血は美味しいのでしょうか」
 か細くとも不快な羽音は、群れになると一層の苛立ちを呼ぶ。その羽音に合わせて踊るように、はたはたと喪越は手足を動かしていた。
 桂杏(ib4111)のもっともな疑問に、緋神那蝣竪(ib0462)は苦笑を浮かべる。
「暑苦しいからでしょ。蚊って、人の体温を感知しているって聞いた事があるし」
「人の吐き出す息に寄って来るという説もありますが、今は那蝣竪さんの説に一票ですね」
 香椎梓(ia0253)の冷静な同意に、蚊と格闘していた喪越が非難の声をあげた。
「アミーゴ! 冷たい事言ってくれるじゃねぇか!これはだな、隠し切れずにだだ漏れてしまうスターのオーラがだな‥‥」
「はいはい」
「那蝣竪ちゃん、冷てぇ‥‥」
 那蝣竪にあっさりと切り捨てられて、喪越はがくりと膝をついた。喪越の心が傷つこうが、お構いなしに纏わりついている蚊から出来るだけ距離を取りつつ、桂杏が申し訳なさそうに呟く。
「‥‥ごめんなさい。こういう時どんな顔をすればいいのか分からないの」
 桂杏の優しさに、喪越は涙した。
「わ‥‥笑えばいいんじゃないかナ」
 桂杏が浮かべたはにかんだような笑顔に、喪越が感激したのも束の間、桂杏は那蝣竪の手によって彼から遠ざけられたのであった。
「那蝣竪ちゃん‥‥」
「なあに?」
 満面の笑みで応えた那蝣竪に、喪越が思わず呟く。
「あの依頼人と同じ笑顔だナァ」
「‥‥それはどういう意味かしら?」
 そんな喪越と那蝣竪のやりとりを聞くとはなしに聞いていた梓が、そういえばと話に加わる。
「あの依頼人、胡散臭いですよね。調べて来いと言いながら、あの方は、指揮官アヤカシの居場所を予測していたようですし。ですが、直接、尋ねてみたのですが笑って誤魔化されてしまって」
 その時の事を思い出し、考え込んだ梓に喪越も真面目な顔になる。
 知っていて、情報を開示しないというのは何を意味するのか。
「考えられる事は幾つかありますが、これは‥‥ん?」
 ひくり、と頬を引き攣らせた那蝣竪の雷が男2人に落ちるまで、後数秒。
「依頼人の思惑がどうあれ、とりあえず我々は任務をこなすだけです」
 背後で起きた惨劇も知らぬげに、桂杏は手にした地図をなぞる。花ノ山城と春香岳砦、どちらもアヤカシに奪われたら面倒な事になる。考える頭を持たぬアヤカシであれば、さほど気にはならなかったかもしれないが、指揮を執っているアヤカシがいるなら話は別だ。
「調べてみた方が‥‥いいですよね」
 その言葉に、応えられる者は誰もいなかった‥‥。

●統制
 化甲虫達は聞いていた以上に手強かった。
「はっ!」
 瞬脚を使って間近まで近づくと、回転させた八尺棍の勢いに破軍の効果を上乗せして叩き込む。だが、兵真の攻撃は化甲虫の進行を一時的に緩めた程度で、うるさそうに身を震わせると、そのまま群れに戻っていく。
「うーん、打撃は与えているようだけどねぇ」
 痺れた手を軽く振りながら、兵真は苦笑した。
「はいっ! あの化甲虫、足を痛めたようですよ、ほら!」
 ルンルンが示した方を見れば、先ほどの化甲虫と思しき個体が群れから遅れている。しかし、彼らの任は化甲虫の一匹を倒す事ではない。この群れを操る指揮官を探す事だ。
「打撃を受けても、群れに戻ろうとする‥‥か。こりゃあ、近いんじゃないか」
 空の視線を受けて、つぶさに観察していた煌夜は頷く。
「花ノ山城に近い群れほど、その傾向が強いみたいね。さっきの化鎧虫の方は反撃して来たもの」
 離れた場所から空が放った矢には、月涙の効果を付与していた。確実に化鎧虫に届いた矢は、しかし頑丈な外殻によって威力を半減させた。だが、化鎧虫はその攻撃に怒り、群れを離れて空達に向けて炎弾を放って来たのだ。
「しかし、奴らの反応をいちいち見ていたのでは、きりがないぞ」
 兵真の言葉に、空と煌夜も肯定を返した。
「何か分かったか、パムポップン」
 木の上から全体を見渡していたルンルンは、猫のように地面に降りると下手くそな絵を書き込んだ地図を仲間達の前に広げる。
「勿論です! ルンルン忍法は、どんな動きだって見逃しません! これが、確認出来たアヤカシの群れです。花ノ山城を目指しているのは確かですよね。で、ここが空さんが攻撃した所。で、今はここ」
 化鎧虫と思しき物体が怒っている絵と、つーんと無視している風な化甲虫の絵。
 地図の上で見れば、何度かの攻撃から読み取れる情報がある。
「‥‥このまま北上すると、花香岳砦‥‥だな」
「でも、アヤカシは花ノ山城を目指しているのよね」
 空と煌夜、そしてルンルンが兵真を見る。
 腕組みして、仲間達の意見を聞いていた兵真は、彼らの言いたい事を正確に捉えていた。
「花香岳砦と花ノ山城、2つの山城へと続く山の中、それも魔の森寄り‥‥」
 山の中には、身を隠す場所が多々ある。そして、高い場所から化甲虫達の進軍を確認する事も出来るだろう。
 それは確信だった。
「北へ回った奴らはどうするんだ? 連絡を取って合流するのか」
「いや、それは必要ない」
 兵真は自信ありげに笑った。
「あいつらも、今頃、居場所に見当をつけているはずだよ」

●花香岳砦
 花香岳砦は、放棄された無人の山城だ。
 アヤカシが潜んでいる可能性と、そこをアヤカシに奪われる危険性とを憂慮した那蝣竪と桂杏は、喪越の放った人魂を先導に寂れた山城の中を進んでいた。
「アヤカシが潜んでいる気配はありませんね」
 ケモノが数匹襲って来たが、化甲虫ではなかった。寂れた砦に居着いていたのだろう。
 小声で囁いた桂杏に、那蝣竪は眉間に皺を寄せた。
「そうね。‥‥ここをアヤカシに奪われたら厄介だと思ったけど、この様子じゃ心配はなさそうね」
 だとすると、と那蝣竪は考えを巡らせる。
 化甲虫達が目指すのは花ノ山城。
 この花香岳砦と同じ山城だ。連なる山々は魔の森まで続き‥‥。
「魔の森?」
「那蝣竪さん?」
 那蝣竪は、先を行く喪越の人魂をがしりと掴んだ。
「山よ! 指揮官は近くの山のどこかに潜んでいるに違いないわ!」
 人魂の鳥が苦しげに藻掻くが、気にしない。これは喪越の人魂であって、本当の鳥ではないのだから。
「‥‥ぐ」
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
「今すぐ、調べていらっしゃーいっ!」
 覗き込んだ桂杏の髪を掠めて、何かが飛んでいく。
 それが、那蝣竪によってぶん投げられた人魂である事に気づくまで、数秒要した。
「あ、あの?」
「さ、これで時間短縮出来るはずよ。便利よね、人魂って」
 そういう問題だろうか。
 感じた疑問は、口に出さぬが吉。
 短時間のうちに学んだ桂杏は、ただただ頷くばかりであった。

●巨大アヤカシ
 そうして。
 彼らは見つけた。
 花ノ山城へと続く山々の中に潜む巨大な甲虫。大きさは50尺はあろうか。異様なのは甲虫の角に当たる部分に、女の姿が生えている事だ。そして、その女の額には透明な角が太陽の光を受けて輝いている。
「デカいな‥‥」
 思わず呟きが漏れて、空はごほんと咳払った。
「別に、デカさに臆しているわけじゃねぇぞ?」
「分かってるさ。多分、皆、思っている事だろうし」
 兵真も幾分肩を落としつつ、溜息をつく。
 皆、同じ気持ちと言った彼の言葉に偽りはない。人の何倍もあろうかというアヤカシを相手に、この人数で立ち回らなければならないのだ。
「見た目は女性ですよね‥‥。梓さん、ここはひとつ梓さんの手練手管で!」
「‥‥無茶を言わないで下さい」
 真面目な顔で話を振ったルンルンに、梓が困惑気味に応える。いくらなんでも、アレは口説けない。口説く以前に、声が届く程近づく事も出来ない気がする。
「でも、あれが指揮官なんですよね? ここから化甲虫達に指示を出しているのでしょうか?」
 桂杏は幾度か試した化甲虫達の反応を思い出す。
 焙烙玉や風魔閃光手裏剣を用いて、隊列を乱してみたが、多少、反応の違いはあれど、最終的には隊列は元に戻り、進軍は続いた。それも、この指揮官の指示なのだろうか。
「遠くまで見通す目でも持っているのでしょうか?」
「もしくは、化甲虫達が最初に受けた指示を忠実に守り続けているか‥‥。でも、離れた場所だと化甲虫達が反撃する確率が高かったのよね? 一体、どうやって‥‥」
 那蝣竪の疑問に応えたのは煌夜だった。
「あの丘の上を見てみて」
 煌夜が指差す丘の上には、指揮官よりも一回り小さく、角の部分に男が生えたアヤカシの姿がある。
「わ、あっちにもいます!」
「あいつらが、指示を伝達していたという可能性もあるわね。見つけた時はどんな風だったの?」
 第一発見者である喪越に尋ねた煌夜は、真っ白に燃え尽きた男の姿に一瞬、言葉を失う。限界まで人魂を飛ばした男は、今にもさらさらと崩れて行きそうに見えた。
「だ、大丈夫なの?」
「お、お湯をかけたら復活‥‥しますか?」
 心配する煌夜とルンルンを一瞥すると、空は己の戦弓を手に歩き出す。兵真と梓も、静かにその後に続いた。
「あの? 皆さん?」
「喪越さんは、自分の力を全て出し切ってお星様になってしまわれました。私達も、出来る事をしなくては」
 桂杏の言葉に、ルンルンは目を見開き、唇を戦慄かせた。
「喪越くんは、「黄泉より這い出る者」を指揮官に使うつもりだったのよ。でも、その前に‥‥」
「那蝣竪さん‥‥」
 ふ、と悲しげに視線を逸らした那蝣竪に、ルンルンの闘志が燃え上がる。
「分かりました! 私も、ルンルン忍法で出来る事を全てやって来ます!」
 ぐっと拳を握って宣言すると、先を行く者達を追いかけていく。そんな花忍の後ろ姿を見つつ、煌夜は尋ねた。
「‥‥アレ、どこが弱点だと思う?」
「他の化甲虫や化鎧虫と同じとは思えないけれど、試す価値はありそうね。それと」
「「角」」
 声が重なって、2人して笑い出す。どうやら、同じ事を考えていたようだ。
「そうよね、あれだけ露出しているんだし、他の場所のように鎧に覆われているわけでもないし。‥‥しかも、会話が出来そうよ」
 最初の一撃を叩き込んだ兵真を嘲笑う女の声が、離れた場所にまで聞こえて来る。
「‥‥知性があるという事ね。ちょっと厄介だわ」
 言いながらも、煌夜は楽しげだ。
「強い敵を相手にすると思うと、ワクワクしちゃうのよね」
「分かるわ。‥‥開拓者の性ってやつかしら」
 くすくすと笑った那蝣竪と頷き合って、2人も駆け出した。
「喪越さん、喪越さんの犠牲は無駄にはしません。喪越さんの分まで、頑張ります‥‥」
 目礼を送ると、桂杏も地を蹴る。
 残されたのは、灰と燃え尽きた喪越のみ。
 そして、指揮官アヤカシと開拓者達との戦いが始まった。
 周囲に散在していた男の姿をもった緑青のアヤカシが集まって来るまでの僅かな時間ではあったが、指揮官アヤカシの手強さを知るのには十分であった。