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■オープニング本文 ●何処かで 「賢しげなことを‥‥」 寝床に決めた木に背を預けたまま呟く。 周囲には風に吹かれた木々が揺れるばかりだ。 けれど、息を潜めて続く言葉を待つ気配が周囲に無数に蠢く。 「だが、五月蠅い人間どもの目はしばしの間、彼奴に向く。汚れた地を浄化しても邪魔は入らぬ、か‥‥」 歓喜にも似た波が盛り上がる気配を冷ややかに見下し、誰に聞かせるでもない言葉を紡いだ。 「手始めに‥‥あの抹香臭い地を、吾が手で‥‥」 ●枯れた心 「っ!」 目の前の光景に、彼は息を呑んだ。 「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃっ!!」 従者は腰を抜かし、ずりずりと無様に後退っていく。 主である彼を置いて。 そんな従者を一瞥すると、おそるおそる足を踏み出す。 「て、天祥様っ! 危のうございますっ!!」 悲鳴じみた叫びを上げる従者を無視して、もう一歩、彼は近づいた。 「これは‥‥なんたる事か‥‥」 昨日、詣った時には何の異変もなかった。 たった一日で、樹齢何百年と言われる巨大な神木が枯れ果てるものだろうか。それに、周囲に満ちるこの禍々しい気配は‥‥。 「瘴気‥‥」 法衣の袖を口元に当てて、眉を顰める。 「天祥様っ、お早く、お早く!」 「‥‥このご神木は、安積寺の北の護り。安積寺の心、宿る精霊がアヤカシから安積寺を守るとも、ご神木の放つ清浄な気をアヤカシを厭うて近づかぬとも言われている。そのご神木が枯れたとなれば‥‥」 考え込むと、彼は未だ腰が立たぬ従者を振り返った。 「急ぎ、本山に使者を。良からぬ事が起きる前兆やもしれません。早急に対策を打たねば」 「は、はいっ!」 不格好に這いずりながらも、従者が離れた場所に待たせてある下男のもとへと向かうと、彼は黒く朽ち果てた巨木を見上げる。 「‥‥全てを壊す嵐が‥‥」 呟く声に混じった響きは、吹き抜ける風がさらい、何処かへと運んでいった。 ●本山にて 東房の都、安積寺には東西南北にそれぞれ「神木」と呼ばれる巨木がある。 嘘か真かは不明だが、このご神木が安積寺を災いから守っていると信じる者は多い。 天輪宗としても、悠久の時を経た巨木に敬意を払っていたわけだが。 「北のご神木だけではありません。西のご神木の周辺にアヤカシが大量に出現したとの報告が入っております。近くにいた者達が対応に当たっておりますが、倒しても倒しても、また湧いてくるとのことで、至急、救援をと」 上擦った声で告げられた報告に、その場にいた者達の目は上座に座する男へと注がれた。 天輪王。 この天儀天輪宗の大僧正であり、東房を預かる指導者だ。 「此度の事、いかがなされますか?」 「とにもかくにも、アヤカシを退治せねばなりますまい」 「目の前のアヤカシだけを退治しても、原因が分からぬのでは解決にはならん!」 「しかし、実際に跋扈するアヤカシを放っておいては!」 「安積寺の人々も不安を募らせておりまする。安積寺は精霊に見放されたなどと放言する者も」 人徳があり、天輪宗を導く者の威厳に満ちた僧正達が、常の冷静さを失って言い争う姿は他の僧侶や信者達には見せられない。 大きく息を吐き出すと、天輪王は隅にひっそりと控えていた青年に声を掛けた。 「北のご神木の異変は天祥殿が発見されたとか。他に気づかれた事などは?」 「‥‥いえ、特には」 そうかと頷きを1つ落とすと、天輪王は決断を下す。 ここで議論をしている暇などなかったのだ。 「開拓者ギルドに要請を。ご神木は安積寺の護り。真に言い伝えられている力があるか否かは分からぬが、住まう者達の心の拠り所には違いない。原因の究明とアヤカシの駆除を、大至急と伝えよ」 言い争っていた者達が途端に静まり返り、頭を下げた。 ●暗雲 神楽の都、開拓者ギルドにて。 板張りの広間には机が置かれ、数え数十名の人々が椅子に腰掛けている。上座に座るのは開拓者ギルドの長、大伴定家だ。 「知っての通り、ここ最近、アヤカシの活動が活発化しておる」 おもむろに切り出される議題。集まった面々は表情も変えず、続く言葉に耳を傾けた。 アヤカシの活動が活発化し始めたのは、安須大祭が終わって後。天儀各地、とりわけ各国首都周辺でのアヤカシ目撃例が急増していた。アヤカシたちの意図は不明――いやそもそも組織だった攻撃なのかさえ解らない。 何とも居心地の悪い話だった。 「さて、間近に迫った危機には対処せねばならぬが、物の怪どもの意図も探らねばならぬ。各国はゆめゆめ注意されたい」 |
■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
時任 一真(ia1316)
41歳・男・サ
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●様子見 東房の都、安積寺の人々にとって、心の拠り所とも言うべきご神木の異変が起きた。 4本のご神木のうち、北に位置する1本は一夜のうちに枯れ、西に位置する1本の周辺にはアヤカシが大量発生しているらしい。 「他のご神木も気になりますが、まずは西のご神木周辺のアヤカシを何とかしなければなりませんね」 「‥‥そのようだ」 口元を押さえて呟いた野乃宮涼霞(ia0176)に頷いて、紬柳斎(ia1231)は辺りを見回した。ご神木があるという場所に近づくにつれ、瘴気が濃くなっているようだ。体にまとわりつくような、不快な感覚に柳斎は涼霞を気遣う。 「この先の状況が如何様か、一切が不明だ。ここは一旦、偵察を出した方がよくないだろうか」 「瘴気を調べるのでしたら、私が‥‥」 いや、と柳斎は首を振った。 「長期戦も有り得る。涼霞さんはアヤカシとの戦闘で消耗した我々の命綱だ」 「やれやれ」 ひょいと肩を竦めると、斉藤晃(ia3071)は道端に転がされた石を軽く蹴る。 「アヤカシがおる限り、開拓者の仕事も年中無休か」 その心底、嫌そうな口ぶりに、音有兵真(ia0221)と時任一真(ia1316)は互いに見合って苦笑する。 「まあ、その、斉藤さんの言う通り開拓者は年中無休なわけだし、この先、何が起きるか分からないし、確かに、こちら側の消耗を出来るだけ抑えておくべきかな」 兵真の言葉に、羅轟(ia1687)もコクコクと頷いて同意を示した。 「対応に当たっている僧侶達にも救援は必要だと思うし。彼らとの連携も必要だし、どこでどう動いているのかも把握しておきたいね。って、どこへ行くんだい、カルロス」 今、為すべき事を指を折りつつ確認していた一真が、ふいと仲間から離れたカルロス・ヴァザーリ(ib3473)に声を掛ける。 「おまえ達の話は了解した。二手に分かれると言うのであれば、俺は状況把握に動く」 振り返る事もなく淡々と告げて道の先を目指し始めたカルロスの後を、コルリス・フェネストラ(ia9657)が慌てて追いかけた。 「わ、私が共に参ります! 偵察であれば接近戦が起きる可能性はさほど高くありません。遠距離からの攻撃は得意ですし!」 「うん、頼んだよ、2人とも!」 彼らの背中に一声掛けて、兵真は残る仲間達をぐるりと見回した。 「それじゃあ、俺達もやる事やってしまおうか」 ●少年僧 天輪宗の僧達は、ご神木周辺に沸いたアヤカシの対応に追われているはずだ。 ご神木の周囲を囲っている事も考えられる。 「けどよ、なんかおかしくねぇか?」 茂みの中から襲いかかって来たアヤカシを倒して、晃が疑問を口にする。天輪宗の僧を探しに出た彼らだったが、雑魚アヤカシに遭遇する事はあれど、アヤカシを囲んでいるはずの僧侶達に出会わないのだ。 「そうだなぁ。そろそろ、救護所みたいなもんがあってもいいと思うがね」 がしがしと髪の毛を掻きまわして、一真はうーんと考え込んだ。 「アヤカシの勢いを押し返して、ご神木に近い場所で戦っている可能性はあるわけだけど」 「それやったら、俺らの援護なんざいらんのと違うか?」 その可能性はある。 依頼が出てから、自分達が到着するまでの間、僧達が手を拱いていたとは考えられない。 「案外、後始末だけで終わったりしてね」 「楽して儲けられるんやったらええけど、カルロスとかはこう、眉間に深い皺寄せて、ごっつ不機嫌になりそやな」 眉間に皺を寄せて見せた晃に、一真は乾いた笑いを漏らした。 「ま、仲間が不機嫌になるぐらいで終わるなら、いいんじゃ‥‥羅轟?」 歩みを止め、緊張を漲らせた羅轟に気づいて、一真も刀の束に手を掛ける。また、アヤカシだろうか。 羅轟は重い鎧を纏っているとは思えない身のこなしで木々の間に走り込んでいく。 「待てや、羅轟! てめぇだけにええ格好はさせへん!」 嬉々として晃も蛇矛「張翼徳」を手に羅轟を追う。 「‥‥あー、俺達に任された仕事、覚えてるかぁ〜? ‥‥頭から吹き飛んでるだろーなぁ‥‥」 だが、彼らを放っておくわけにもいかず。 がくりと肩を落とすと、一真は彼らの消えた森へと足を向けた。 森の奥からは、乱暴な音が聞こえて来る。 揺れる枝、鈍い打撃音、それから羅轟の鎧が軋む音。 戦闘が起きているのは間違いない。 一真も刀を抜き放って音がする方へと駆ける。 邪魔な枝を切り払い、視界が開けた先に彼らがいた。 「おらおら! わしはまだまだ遊び足らへんで!」 蛇矛が数匹のアヤカシを一息に屠る。羅轟は別の場所で戦っているのか、姿が見えない。 「と、一真! わいの後ろのガキを頼んだ!」 「ガキ?」 たん、と地面を蹴った晃がアヤカシとの間を詰める。それまで彼がいた場所に残されたのは、年端もいかぬ少年。着ているものから判断して、天輪宗の見習い僧だろう。 「大丈夫か?」 少年は怯えきっていた。 「立てるか? ここから離れた方がいい」 アヤカシは晃が引きつけているが、いつ、別のアヤカシが襲ってくるか分からない。仲間の所に戻れば、治療も可能だ。 そう判断した一真は、少年の腕を取って立ちあがらせた。そこへ、重い金属の軋みが聞こえて来た。 「羅轟か? そっちは終わったのか?」 姿を現した黒衣の鎧武者に、少年がびくりと大きく体を震わせる。 「こっちは今」 「我‥‥アヤカシ‥‥否‥‥」 「‥‥‥‥」 仮面の下からぼそぼそと聞こえて来た言葉に、一真は額を押さえた。 「あー、羅轟、わざわざ解説しなくても大丈‥‥」 「本当に?」 怯え切っていた少年が、確かめるように一真の袖を引く。見上げて来る視線は、真実を求めている。 ――‥‥羅轟‥‥。 一真はそっと目頭を押さえた。 暗黒卿だの最終人型決戦もふらだの、色々と呼ばれている彼だが、仮面の下にはちゃんと人の顔があるし、人一倍傷つきやすい(多分)心も持っている人間だ。 つんともう一度強く袖を引かれ、一真は我に返った。羅轟の仮面ごしに縋るような視線を感じつつ、彼は大きく頷く。 「ああ、本当だとも。羅轟は俺達の頼りになる大事な仲間だ。羅轟、この子を皆の所まで運んでくれるか」 コクリ、黒人形の首が動く。 またも震えた少年の気配に吐息を吐きつつ、一真は少年を羅轟に預け、未だ戦い続ける晃の元へと急いだ。 ●異形 目の前に広がる光景に、コルリスは言葉を失った。 蠢くアヤカシ達と、己の持てる全ての力を振り絞って戦う僧達の姿。力尽きた僧には、すぐさま無数のアヤカシが群がり、その体を覆い尽くしてしまう。 吐き気を催す光景だ。 だが、コルリスが凝視しているのは、別のものだった。 アヤカシが十重二十重に囲むご神木の枝の上、静かに凄惨な光景を見つめている男。コルリスの目は、男がうっすらと浮かべている笑みをはっきりと捉えていた。 「あの男、何者でしょうか」 「さて」 素っ気ない一言。けれど、その表情は楽しげに見える。 溜息をつくと、コルリスは呪弓「流逆」を構えた。 「この異変の原因は、あの男にあるような気がします」 「気が合うな。俺もそう思っていた所だ。奴は強い。奴と戦いたくて、血が沸騰しそうだ」 カルロスにしては珍しい、喜悦すら混じっているような声に、コルリスの愛想笑いも引き攣りそうだ。 「援護します。本当は皆を待った方がいいのでしょうが‥‥」 「待っている間に、奴を逃がしてしまっては、ここに来た意味がない」 その「意味」って何の意味ですか。 のど元まで出かかった言葉を飲み込んで、コルリスは矢をつがえた。 「行って下さい。道を拓くお手伝いをします」 きっぱりと告げたコルリスに、カルロスは笑った。 「任せる」 短い言葉を残して、カルロスは殲刀「朱天」を手にアヤカシの群れの只中へと飛び込んで行く。 「任せられました。‥‥とはいえ、状況は厳しいですね」 厳密に言えば、カルロスとコルリス2人だけではないが、僧達は疲弊しきっている。不利な状況には変わりはない。 だが、自分達の帰りが遅ければ、仲間が来てくれる。 それまでの間、カルロスを援護して、僧兵達と連携を取る。 やるべき事ははっきりと分かっていた。なのに、コルリスの視線はいつの間にか謎の男へと向かう。 ご神木の上に佇む男は、無表情にアヤカシと人間のせめぎ合いを眺めている。 まるで下界の出来事を高見から見下ろしているかのようだ。 カルロスの行く手を塞ごうとするアヤカシを射抜いて、新たな矢をつがえる。それでも、やはり視線は男を捉えたままだ。 「っ!」 ふと、男の顔が動いた。 視線に気づいたのか、男はまっすぐにコルリスを見つめる。一瞬だけ、2人の視線が絡まった。 どくん、と心臓が鳴る。 それは開拓者としての勘か、本能か。 落としかけた矢を震える手で持ち直す。心に生じた様々な感情を振り払うように頭を振って、矢をつがえ、弦を引き絞る。 「朧っ!」 放たれた矢は、群れるアヤカシを寸分違わず打ち抜いた。 ●壊滅 「なんだって!?」 羅轟が連れ帰った少年の話を聞き、兵真は驚きに声を荒げた。 当然だろう。 ご神木の周囲に沸いたアヤカシの安積寺への侵攻を防いでいるはずの天輪宗の僧兵達が、既に壊滅に近い状態だという事実を知らされたのだから。 「私は救護所の手伝いをしておりました。ですが、アヤカシは救護所を‥‥」 その時の事を思い出したのだろう。 ガタガタと震える少年の肩に、羅轟が手を乗せる。 「怪我人ばかりの救護所は、アヤカシにとって楽に狩れる餌場というわけか」 ぎり、と唇を噛むと、柳斎は刀を束から引き抜いた。 「紬さん」 「アヤカシに救護所の識別能力があるならば別だが、「ここ」も襲われる可能性がある」 少年の治療を行う涼霞を背に庇い、周囲を見回した柳斎に、兵真も確かにと険しい顔で拳を握る。 「行き会わないのが不思議だったんだが、そういう理由だったのか」 状況がそこまで悪いとは思っていなかった。 安積寺の人々はご神木の異変で動揺していたものの、西のご神木に沸いたアヤカシが街に流れ出しているという話は聞かなかった。だから、天輪宗の僧達が食い止めているものだと認識していたのだ。自分達だけではなく、安積寺の人々も。 「‥‥‥」 「音有さん?」 黙り込んだ兵真に、涼霞は首を傾げた。 ご神木周辺が絶望的な状況にあるというのであれば、一刻も早く動かなければならない。 羅轟や柳斎は既に移動の準備を始めている。 「‥‥なんかおかしいね」 「時任さん、斉藤さん! お怪我はありませんか?」 森の中から姿を現した晃と一真に、涼霞が駆け寄る。2人の状態を確認して、彼女は安堵の息を吐いた。あちこち擦り傷を作ってはいるようだが、深いものはない。 「なんや、心配してくれとるんか」 「当然です。‥‥状況は、我々に不利なようですし‥‥」 項垂れた涼霞に、晃と一真は厳しい顔で互いを見合う。 「まあ、そやな。救護所のなれの果ても確認して来たで」 「残念ながら、生存者はいなかったけどね」 がしゃりと鎧の音がした。振り返れば、顔色をなくした少年の腕を羅轟が掴んでいる。 「わ、私は‥‥!」 「助かった‥‥命、‥‥捨てる事、喜ばない‥‥」 今にも泣き出しそうな少年は羅轟に任せて、兵真は改めて一真達へと向き直る。 「それで、救護所を全滅させたアヤカシは?」 「雑魚が数匹残っとるぐらいやった」 「街の方へ出た形跡はなかった。だけど、これっておかしくないかな?」 うんと頷いて、兵真は疑問を言葉にした。 「もうとっくに漏れ出していてもおかしくないのに、街で騒ぎは起きていない」 「それは、もしかすると‥‥」 柳斎から警告の声が発せられたのはその時だった。 同時に、彼女は愛刀を手に森から這い出て来たアヤカシへと向かう。 「やっぱり、ここにも来たか!」 「時任、行くで!」 即座に応戦に出た晃と一真を目の端で捉えながら、兵真は涼霞と頷き合った。現れたのは雑魚アヤカシ数体だ。彼らがてこずるような相手ではない。それよりも、森の先、ご神木の周囲に向かったカルロス達、そして未だ戦い続けているであろう僧兵達にこそ、援護が必要だ。 「‥‥護る‥‥」 背後で震える少年を安心させるように声を発すると、羅轟は涼霞と少年を庇いつつ森に向かって走り出した。 ●発現 もはや戦いともいえない、一方的な殺戮がそこで行われていた。 そんな中、アヤカシの群れを押し返しているのはカルロスと、その援護をしつつ、傷ついた僧兵達の退却の支援をするコルリスだ。 「倒しても倒しても湧いてくる」 もう何匹のアヤカシを斬ったか分からない。 けれど、一向にご神木に近づく事が出来ない。 「奴が、こいつらを操っているのか? これだけのアヤカシを意のままに動かせるとなれば‥‥」 「カルロス! コルリス!」 聞こえた声に、カルロスはにやりと口元を引き上げた。 すぐに戦いの音が、仲間達が奮う武器とアヤカシの断末魔が聞こえて来る。 「これで、心置きなく奴と戦えるというわけだ!」 迫り来るアヤカシを一刀のもとに斬り伏せ、カルロスはその体を踏み台にして一気にご神木まで詰めて行く。 その時だった。 「この安積寺を、東房を穢す異形よ、立ち去りなさい!」 凛とした声が響く。 「安積寺を護りしご神木よ、どうか力を‥‥。魔を払う力をお貸し下さい!」 声の主を探して、彼らが周囲へと視線を巡らせた僅かな隙に、ご神木の枝に佇んでいた男が消えた。それを合図としたかのように、地を覆っていたアヤカシ達も姿を消す。 「これは‥‥一体、どういう事なのでしょう」 思わず呟いた涼霞の傍らで、少年がその人物の名を呼んだ。 「天祥様!」 ゆっくりと、振り返ったのは1人の青年僧。 上位の僧に許された色の法衣と袈裟を纏った「彼」は、確か、北のご神木の異変の第一発見者だったはずだ。 「ご神木を」 悲しげに目を伏せた彼の顔に、肩で揃えられた髪がさらりと落ちて影を作る。 我に返った涼霞が周囲の瘴気を探る。 「ご神木を中心に、瘴気が薄くなっています。こんな事って‥‥」 「天祥、様ですか? 我々は天輪王からの依頼を受けた開拓者です」 天祥へと歩み寄った兵真が話しかける声を聞きながら、カルロスは刀を鞘に納めた。 ――腑に落ちない。奴は何故消えた? これがご神木の力だと言うのであれば、どうしてもっと早くに発動しなかった? 男が佇んでいた枝を見上げる。 あれほどのアヤカシに、瘴気に呑まれながらも、ご神木の被害は葉の一部を黄色く変色させただけだ。 ――北のご神木は一夜にして枯れたのに? ご神木から兵真達と会話を交わす僧に視線を移して、カルロスは小さく舌を打つ。 「気に入らんな‥‥」 その言葉は、冷たい風が葉を揺らす音に消されて誰の耳にも届く事はなかった。 |