四つ辻の幽霊りたーんず
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/29 18:11



■オープニング本文

●四つ辻の幽霊
 街の外れの四つ辻に幽霊が出るという。
「‥‥どっかで聞いた話だな」
 談笑する開拓者達が食べていた軽食に目を奪われている桔梗に視線を遣ると、重は肩を竦めてみせた。
「本当にね。でもね、夜な夜な出る幽霊さんは、前とは少し違うみたいよ」
 受付嬢の言葉に、重は貼り出された依頼状に目を戻す。
「えーと、目撃者の証言‥‥?」

 悲しそうな顔で佇む女だったと目撃者は証言する。

 証言者その壱
「暗くて良く見えなかったが、いい身体していやがったなぁ。なんつーか、ぼん、きゅっ、ぼんって感じだな」

「‥‥この時点で、コイツじゃねぇ事は確定だな」
 ぼそりと呟いた重に、真剣な顔をした受付嬢が声を潜め、彼の耳元で囁いた。
「何を言ってるの、重さん。もしかすると、あの桔梗ちゃんは仮の姿、本当はないすばでーな女の子かもしれないわ。ジルベリアのどこかで、そんな研究をしている「まじゅつし」とか居るかもしれないし」
 かなり本気で言っているっぽい受付嬢に、重は口元を引き攣らせた。彼女が男なら、ぽかりと一発、頭にお見舞いしている所だ。
「馬鹿な事言ってねぇで、仕事しろ、仕事!」
 しっしと手を振ると、頬を膨らませながらも彼女は受付台へと戻っていく。
 溜息を吐きつつ、重は依頼状を読み進め始めた。

 証言者その弐
「俺は声を掛けたんだ。そうしたら、そいつは黙ってゆっくりと振り返り‥‥顔を近づけて来やがった。俺も男だ。そりゃぁ、期待するってもんよ。だが、そいつは、しばらくして恨めしそうにこう言いやがった。「違う‥‥」ってな」

 証言者その参
「ぼ‥‥僕は旦那様のお使いの帰りに‥‥。僕を見て、ほろほろ泣きだしたので、どうしたんですかって聞いたんです。そうしたら、「女の子じゃない」って‥‥」

 証言者その四
「あたしが会った時、その女はべろんべろんに酔っぱらってましたよ。こっちも多少、飲んでましたからね、2人して朝までいい男談義して大騒ぎですよ。でも、明け方、さすがに眠気が来ましてねぇ。目を擦った一瞬の間に消えちまってたんですよ! その女! あたしゃ、もう、びっくりしちまって!」

 全ての内容に目を通した重の表情は険しかった。
 事は、それほどまでに深刻な内容だっただろうか。
 受付嬢が不安になった時、重が彼女へと振り返った。
「聞いていいか」
「な、なに?」
 件の依頼状が貼られた壁を軽く指で叩くと、重は真剣味を帯びた口調で問うた。
「この依頼状には、重要な事が記載されていない」
「えっ!? そんな事はないはずよ? 場所も状況も、大抵は夜、人気が無くなった頃に出没する謎の女。被害はまだ出ていないみたいだけど、近隣の人達が気味悪がって、開拓者に確認して欲しいって‥‥」
「違う!」
 鋭く、重が受付嬢の言葉を遮る。
 いつにない覧ヘに、受付嬢はびくりと身体を震わせた。
「一番重要な事が漏れている! その女が美人か美人でないか、これは俺達のやる気を左右する、何よりも重要な情報だッ!」
 一息に言い切った重に、受付嬢は整理の途中だったぶ厚い報告書の綴りを銀色の頭に向かってぶん投げたのであった。

●彼の理由
「というわけで、だ」
 こほんと咳払って、重はこの依頼に興味を示した開拓者達の前で、ぐっと握った拳に更に更に力を込め、力強く熱弁を奮い始めた。
「近隣住民も不安がっている! 今はまだ怪我人などは出ていないが、放置しておくと大きな揉め事になる可能性もある!!」
 そんな重の様子を仕事をしながらチラ見する受付嬢の眼差しは冷ややかだ。
「我々は、近隣住民の不安を取り除く為に、開拓者の全力をもって、その女の正体を確かめ、捕獲にあたるッ! まずはその為の作戦を考えなければならないわけだが‥‥」
 常にない積極的な様子と、更に、らしくない統率力なんぞも見せている重に、開拓者達の表情にも戸惑いが見られる。
「重ぇ、私は何をすればいいんだ?」
「お家に帰って、歯を磨いて寝ていなさい」
 つんと袖を引っ張った桔梗に対しても、重はいつになくまともな保護者的回答を返している。
「重‥‥お前、熱でもあるんじゃ‥‥」
「え〜っ!? 私だけ除け者か? 除け者にする気か!? 冗談じゃないぞ! 私も「ぼんきゅぼん」を捕まえに行くんだからなッ!」
 重の様子を心配して手を伸ばした開拓者を突き飛ばし、桔梗がびしりと指を突きつけて宣言した。
 その宣言に混じる、お子様には不似合いな単語に全てが理解出来た‥‥と、開拓者達は思う。「心配して損した」と。
 とにもかくにも、やたらと張り切る重と、対抗心にも似た闘志を燃やす桔梗という2つの爆弾を抱えて、彼らは依頼に出立する事になるのである。
 ‥‥開拓者達に幸あらん事を。


■参加者一覧
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
若獅(ia5248
17歳・女・泰
璃陰(ia5343
10歳・男・シ
煌夜(ia9065
24歳・女・志
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
天霧 那流(ib0755
20歳・女・志
花三札・野鹿(ib2292
23歳・女・志


■リプレイ本文

●幽霊探し
 しかし、と依頼文を読み直していた若獅(ia5248)が苦笑いで呟いた。
「人探しする幽霊、なぁ‥‥。酒を飲んで酔っぱらうとか、随分と俗っぽい幽霊だ」
「なんかこー、もの凄く既視感が‥‥」
 指先を額に当てて、煌夜(ia9065)が眉を寄せる。彼女が言わんとしている事に気付いた者達が、あちらこちらで乾いた笑いを漏らす。
「でも、その幽霊さん、どうして男の人と女の子を探しているのかな? きっと、その四つ辻で過去にはぐれちゃったとか、何か理由があるに違いないと思うもの」
 ぐっと拳を握り締めて力説するルンルン・パムポップン(ib0234)の頭を無言で撫でると、花三札野鹿(ib2292)は仲間達へと向き直った。
 依頼を受けてより、それぞれの直感と推理とに従って、色々と調べていたのだが‥‥。
「噂じゃ、毎晩出て来るわけじゃないみたいなのよね」
 ひぃ、ふぅ、みぃと指を折ると、天霧那流(ib0755)は空に昇りかけている月を見上げた。
「多分、今夜あたりは出て来るんじゃないかしら」
「その根拠は?」
 問うた野鹿に、那流は複雑そうな顔をして、折り曲げた指を見つめる。
「大体、2日か3日に1度、あまり月の明るくない夜に出るらしいのよ」
「月の明るくない夜か‥‥。なるほどな」
 野鹿も空を見上げて息を吐く。
 今夜の月は、さほど明るくない上に、雲がかかっている。条件に合う夜というわけだ。
「わいは、証言四のおば‥‥お姉さんに会うて来たんやけどな」
 数名の仲間からの鋭い視線を受けて、璃陰(ia5343)は愛想笑いを全開に振りまいた。何のかんのと世渡りのうまい少年である。彼女らの好印象を得る為、わざとやっているのであれば、「こいつはぁ」と頭ぐりぐりの刑に処する所だが、彼に邪気はない。
 だから、余計に始末に悪いとも言える。
「幽霊と呑んだ呑み屋が分かれば、色々手掛かりが出来ると思うたんや。けど、お姉さん、店やなくて四つ辻で外呑みした言うて‥‥。でも、わい、ちゃんとお姉さんに聞いて来たんやで」
 お姉さん達が遣り場のない拳を握り締めつつ溜息をつく中、璃陰はがさがさと懐から1枚の紙を取り出し、仲間達の前に広げてみせた。
「お姉さんに聞いて描いた、幽霊の似顔絵や!」
 どや顔で胸を張った璃陰に、うん、と煌夜はにっこりと笑って頷く。
「よく特徴を掴んでいるわね」
「そうね。目が2つ、口と鼻がそれぞれ1つずつという事は、これで分かったわ」
 那流が相槌を打つと、2人は同時に肩を落とした。
「‥‥ゆ、幽霊が出るのは、月の明るくない夜だとの事ですし‥‥」
 取りなすように、白桜香(ib0392)が口を挟む。
「少なくとも、人の形をしている事は間違いなさそうですわね」
 だがしかし、その援護は大した効果を得られなかった。それどころか。
「ああ、だからでしょうか」
 援護に回ったはずの桜香がぽんと手を打つ。
「ぼんきゅぼん‥‥祖父の好きな単語でした」
 昔を懐かしむように呟かれた言葉に、煌夜と那流が表情を強張らせる。そんな彼女らの様子にも気付かぬように、桜香は当社比1.5倍に張り切っている様子の重の袖をそっと引いた。
「重さん、祖父は言ってました。美人かどうかは暗ければ関係ないって。意味が正直、良く分からなかったのですが」
 だらだらと、煌夜と那流の額から汗が流れ落ちる。
 目の前に、桜香の祖父がいたら、年端もいかない孫娘に、なんつー事を教えているんだと襟元を掴んで、ゆさゆさ揺さぶってやりたいぐらいだ。
「暗い所では姿形をあてにして探すしかない‥‥という事でしょうか」
「そーそー、そういう事にしとけ」
 対する重は慣れたものだ。
 さらりと流す技は、恐らく桔梗との暮らしの中で身につけたものであろう。が。
「重、ぼんきゅぼんって、どうやって見分けるんだー?」
 ここに至って伏兵が出現。
 1年近く前、同じ場所で「四つ辻の幽霊」だった桔梗が尋ねた。桔梗の隣で、重が桔梗封じにと用意していた饅頭のご相伴をしていた橘天花(ia1196)も
「盆、灸、盆‥‥その幽霊さん、お灸のお陰で両手一杯にお盆を持てるほど元気なんですか?」
 と追い打ちを掛けてくる。
 ああ、どうしたらいいんだろう‥‥。
 遠い目をして視線を逸らし合った煌夜と那流に代わって、若獅と野鹿が仲間に打撃を与え続けているお子様達を引き受ける。
「ま、それは本人に会えば分かるだろうさ」
 天花と桜花の肩に手を置くと、若獅は野鹿と頷き合った。
「そういや、桔梗、その饅頭、うまそうだな」
「食べるか?」
 饅頭を受け取り、野鹿は何やかんやと話しかけて、桔梗の気を逸らす。この辺りの手際の良さは、さすが「お姉さん」だ。
 ようやく静かになった周囲に、煌夜は改めて仲間達と情報を交換し合う。
「とりあえず、証言を繋げると、魅惑的な体の持ち主で、女の子を探していて、いい男談義をする幽霊なわけだけど、突然に姿を消したって点だと、シノビの可能性もあるわね」
 そう分析した那流に、煌夜が付け足した。
「野鹿さんと一緒に、重さんを連れて、1人目と2人目の証言者に会って来たんだけど、‥‥‥共通点は男性という事と、年の頃だけね。特に2番目」
 ふ、と視線を逸らした煌夜の様子が、彼女が伏せた推察の内容が空振った事を物語る。
「桜香と3番目の小間使いの少年に会って来たんだが、どこからどう見ても女の子には見えなかったな」
 若獅の話も、彼女らの推測を裏切る。
「だが、引っ掛かる」
 重くなりかけた空気の中、若獅は独り言のように呟いた。
「依頼書には書かれてはいなかったが、その少年も幽霊にじぃと顔を覗き込まれたと言っていた。無関係かもしれないが、2番目と3番目の共通点でもある‥‥」
「おい、肝心な事調べてねぇじゃねぇか」
 不意に口出しをして来たのは、それまで黙って聞いていた重だ。
「肝心なこと?」
 鸚鵡返しに問い返した那流は、次の重の言葉に口元を引き攣らせる事となった。
「幽霊の事だよ! 本当にぼん、きゅ、ぼんなのか。顔立ちはどんなだったのか! 幽霊を特定する為にも大切な事だろう!」
 熱く力説する重を、若獅は笑って流す。
 笑い声が軽く裏返っていたのは、気付かなかった事にして煌夜は、拳を握り締めて幽霊本人(?)情報の必要性を説く重の頬を軽く抓った。
「そぉんなにぼん、きゅ、ぼんが好きなの? それなら、探さなくても目の前にいるじゃない? それとも「使用後」は対象外? なーんてね。私は使用後じゃな‥‥」
 その一言に、凍り付いたのは仲間達。
 まさか、お子様組以外から爆弾発言が飛び出すとは思ってもいなかったのだ。
「か‥‥煌夜」
「何? ぼんきゅぼんがいるのか!? どこに?」
「わいも知りたい〜! 漢のまろん、ぼんきゅぼんには、どうやったらなれるんっ!?」
「あ! 私も知りたいデース! ぼっ、きゅ、ぼーんのなり方!」
 野鹿が気を逸らしていた桔梗と璃陰が俄に活気づき、周囲の気配を探っていたルンルンも参戦して、収拾がつかない大騒ぎへと発展し始めた
傍らでは、
「でも、使用後って何の事なのでしょう?」
「う〜ん‥‥?」
 悩み始めた桜香と天花の姿があった。
「そ、それはだな」
 これはマズイと悟った若獅は、友人の為に手早く説明を始める。
「ほら、絵草紙とかで、若い男が箱を開けたら年取ってたって話があるだろ。箱を開ける前の若い男が「使用前」、開けた後、年寄りになった男が「使用後」だ!」
 おお、と天花と桜香が手を打つ。
「違うだろッ!」
 突っ込む野鹿の声も虚しく、世間知らずのお子様達は、また1つ誤った常識を刷り込まれたのであった。

●いい男探し
 ぷちっと堪忍袋の緒が切れた野鹿姉さんから、軽く1つずつ拳骨とお小言を貰って、ようやく本来の目的を思い出した彼らは、幽霊が現れるという四つ辻を見張る為、また逃がさぬ為、それぞれの身を隠せる場所で息を潜めていた。
「幽霊さんが探しているのはどなたなのでしょうか。もしかしてご夫君と娘さんとか‥‥」
「しぃ。幽霊さんに気付かれてしまいます」
 桜香に窘められて、天花は慌てて口元を押さえ、四つ辻に神経を集中させる。
 今のところ、何の気配もない。
 一刻が過ぎ、更に一刻が経過して、今日は現れないのではないかと彼らが思い始めた頃、1つの影が唐突に現れた。
「いつの間に‥‥」
「シノビという可能性が高くなったわね。となると、捕まえるのは骨が折れるわ。ここはいっそ、堂々と‥‥」
 野鹿と那流が会話を交わす僅かの間の出来事だった。
 彼女らの傍らを抜ける影が1つ。
 奔刃術を使ったルンルンだ。
 彼女は素早く幽霊の元に駆け寄ると、幽霊の手をがしりと掴んだ。
「いい男って言ったら、やっぱり王子様ですっ!!! 王子様っ!!!」
 幽霊捕獲と後を追った野鹿と那流が、何かに躓いたように重なり合って倒れ込む。
 別の場所から飛び出した煌夜や若獅達もぴたりと動きを止めてしまう。
「‥‥おうじさま?」
 幽霊から返った言葉に、ルンルンは大きく頷いてみせた。
「そうです! 王子様です!! こう、白い馬に乗って浜辺を駆けたり、花言葉と一緒に幸せの花の種を探して‥‥」
 いや、それは何かが違うから。
 仲間達の総ツッコミに気付く事もなく、ルンルンはうっとりと視線を宙へとさ迷わせる。その先には、恐らく白い馬に乗って、花の種を探す王子様の姿(妄想)が浮かんでいるに違いない。
「ルンルン? それは今は‥‥」
 止めに入った那流の隣、拳を震わせていた野鹿が突然に吠える。
「いいや、違う! いい男とはっ! 若いながらも侠気があり、人情に厚い!! 私の弟こそがいい男だっ!!」
 ルンルンへと伸ばしかけた手はそのままに、那流は灰になった。
「弟だけじゃなく、妹もいい女だぞ! うむ」
 うむじゃないだろ、うむじゃ!
 満足そうに頷いた野鹿に、固まっていた者達がそう心の中で叫んだのと同時に、幽霊が口を開く。
「なに、それ。ていうか、アンタ達誰って感じなんですけど?」
「へ?」
 やはり俗っぽい幽霊だ。いや、と若獅はまじまじと女を見直した。
 薄手の外套を羽織っているが、その下は体の線がよく分かるぴったりとしたシノビ装束。
「煌夜、重、あの女、やはり‥‥」
「ええ‥‥」
 表情を険しくして頷いた煌夜の隣で、重も真剣な顔をしている。
「重、あの女に心当たりは‥‥」
 若獅が問う声と呟く重の硬い声が重なった。
「ああ、ぼんきゅっぼんだ。間違いない」
 どかっと鈍い音がして、重が吹っ飛んでいく。
 口元を引き攣らせた煌夜の放った怒りの一撃が見事に決まったのだ。
「まったく、重ったら」
 顔は笑っているが、目は笑っていない。
 その光景に、戦闘においては決して下がる事のない若獅が、思わず一歩後退った‥‥。

●探し物は何ですか
「それで、お姉さんはここで何してたん?」
 大人達がそれぞれ微妙に静か(?)に戦っている間に、ちゃっかりと幽霊の退路を断っていた璃陰が発した無邪気な言葉に、呆気に取られていた天花と桜香もはたと我に返る。
「そ、そうでした。あの、どなたかを探している方がおられると伺って、私達‥‥」
「近隣の方々が怖がっておられます。もしよろしければ‥‥」
 説得を始めたお子様達に、女はずいと顔を近づけた。
「え? え?」
「‥‥違う‥‥みたいね」
 目を細め、じぃと天花や桜香、璃陰を見つめると、女は落胆の息をつく。
「あの女、目が悪いのか?」
 ふむ、と考え込むと、野鹿は噂の「ぼんきゅぼん」を興味深々に観察していた桔梗の肩に手を当て、女の前に連れ出した。
「ならば、この娘はどうだ」
 桔梗に顔を近づけ、頭から爪先まで確認して、女は肩を竦めて首を振った。
「見るからに野生児ね。似てると言えば似てる気がするけど、野生児ではないはずよ」
 きっぱり切って若い捨てた女に、桔梗の上にばってんが付く。
「いい男も探しているって聞いたわ。この人はどう?」
 重の腕を引っ張ったのは那流だ。
 じぃと、吐息が触れる程に重へと顔を寄せる女に、ぴきっと数人のこめかみに青筋が浮かんだのは、桔梗の時とはあからさまに態度が違うからか。
「確かにいい男ね。てゆーか、超アタシ好みなんですけどー?」
 ぱき。
 どこかで小さな音が鳴る。
 音の出所を探した璃陰は、何も見なかった事にした。
ーワイ、エエ子やもん。
 ぼん、きゅ、ぼんにぎゅっとしがみつかれて、重も満更ではなさそうだ。
「コラ、仕事を忘れるな、し‥‥」
 これも手の掛かる子供だったかと呆れつつ、野鹿が注意を促すより先に、煌夜が重の耳を、桜香が片方の腕を、若獅が襟首を掴んで、ぺりっと女から引き剥がす。
「あんっ! もうっ!」
ーお前も膨れるな、幽霊女‥‥。
 額に手を当てつつ、野鹿は何度目か分からぬ吐息をついた。
「あなたが探しておられるのは、桔梗さんでも重さんでもないのですね?」
 流れる空気の重さに気づく事もなく、天花は女に尋ねた。唇を尖らせながらも、女は天花へと頷いてみせる。
「アタシが探し出せと言われてるのは、ウチの我儘坊に良く似てるお嬢様って事なんだけど、誰も会った事がないから、あくまで噂。そのお嬢様は、降り注ぐ月の光のように穏やかで、太陽の光のように暖かく、気品に満ちて、芳しい薫りを身に纏い、この世のものとは思えぬ麗しい微笑みを湛えた御方と一緒にいる可能性が高いんだけど‥‥そんな人、そうそう居やしないわよねぇ」
 いないいない。
 一斉に首を振った開拓者達に、女はしばらく考え込んだ。
「よねぇ‥‥。どうしようかな。お嬢様探し出すまで帰って来るなって言われてるしぃ」
 期待に満ちた瞳が開拓者達へと向けられる。何かを待っているような、そんな視線に落ち着かない気持ちになるのは、幽霊捕縛の任を受けたはずの開拓者達だ。ここで軽はずみな発言をするわけにはいかない。
 何しろ、相手は正体不明の女なのだから。けれど、困っている者を見捨てられない者達もいる。
「それなら、開拓者になっちゃうってどうでしょうかぁ? ほら。この重さんも開拓者なんですよ」
 ルンルンの言葉に、天花と桜花も名案とばかりに同意した。
「そうですよ! 人探しの依頼ならギルドにもいっぱい来てますし、もしかすると探している方の情報も入って来るかもしれませんし!」
 ふ、と黄昏た大人達の心、お子様知らず。女の周囲ではしゃぐ天花達に他意はない。そんな中、お姉様方の雰囲気に気づいて空気を読んだ璃陰だけが沈黙を守る。
「開拓者かぁ。重さんに会えるって言うし、やってみようかなあ」
「本当ですか!?」
「じゃあ、今日から仲間ですね! 挨拶は仲間の第一歩、お互いに自己紹介です!」
「私? 私は静流よ」
 静流と名乗った女の言葉に、ルンルンと天花は手を叩いて喜び、微妙な顔をしたお姉様方の様子に気づく事もなかった。
 そして。
ー‥‥葉っぱは森に置けって言うものね
 静流のそんな呟きも、誰にも届く事はなかったのであった。