【梨園】終幕
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/13 17:37



■オープニング本文

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●夜叉
 おのれ、と女は唇を噛んだ。
 鬼子が開拓者などを引き込まねば、今頃、計画は全てうまく行っていたはずなのに。
「先日、開拓者と思しき者が、当家にも現れたらしいぞ。ど、どうするのだ?」
 狼狽した様子の男を睨めつけると、女は不快そうに柳眉を寄せた。
「そのようにオドオドなさいますな。例え、開拓者が幾人来たとて、見られて困るものなどないのです」
「し、しかしだな‥‥万が一‥‥」
 潜められた声に、女の機嫌はますます悪くなっていく。
「それほどに心配ならば、あの下賤の者のように処分してしまえばよいだけの事です。‥‥松也はともかく、鬼子は元よりそのつもりでしたしね」
「お前、そんな事をしたら、代々受け継がれて来た‥‥」
「ふさわしくない者に受け継がれた名こそ哀れ。あの者とて、名と共に散らせてやるのは情けというもの。そうでしょう?」
 女の剣幕に、男は最後の抵抗とばかりにもごもごと呟いた。
「‥‥だけど、あの男を処分してそう日が経っていない。流すにしても、余所に移してからにしても、今すぐというのは足がつきやすくならないかい?」
 的を射た言葉だけに、女は咄嗟に言い返す事が出来なかった。悔しげに男を睨むと、ふいと背を向ける。
「どのみち、鬼子には消えて貰いますよ。そうすれば‥‥」
 続く声は闇に紛れ、静かに溶け流れていったのだった。

●焦点
「川で流されて来た男の身元が分かったそうです」
 依頼状に添えられた紙を手に、受付嬢が開拓者達を見回す。川に流されていた男というのは、前回の依頼で絞り込んでいた大柄な男の事だ。刺殺体としてみつかったが。
「えーと、名前は吾平。米問屋の人足ですが、役者にいれあげて、仕事を疎かにしたという理由でかなり前に解雇されています」
「その、いれあげた役者というのは‥‥」
 難しい顔をして腕を組んでいる依頼人、澤村龍之介をちらりと見遣って、受付嬢は小声で予想通りの名をつげた。
「だが、職を失っても舞台に通えるものなのか?」
 芝居は庶民の娯楽だ。
 しかし、その楽しみ方は千差万別だ。
 その場にいた者達の視線を受けて、龍之介が口を開く。
「吾平という男の人相で調べたのだが、ご贔屓の間で話題になっていた男だと分かった。身なりは貧相だが、毎回、欠かさず小屋に通い、いつもよい席を取っていたようだ」
 考え込む開拓者に、龍之介は更に続けた。
「‥‥柳弥は」
 絞り出すような声だった。
「柳弥に疑いが向いているようなので、話しておくべきかと思い、申し上げますが、あの子は‥‥、現澤村当主、つまり私の父が料理屋に奉公する娘に産ませた子‥‥つまり、私の腹違いの弟なのです」
 しん、と辺りが静まり返る。妾腹の子は珍しい話ではないが、これまで龍之介が柳弥と親しく触れ合っている様子はなかった。話を聞くだけ、知る範囲だけでも、龍之介は揚羽や松也とは冗談を言い合い、我儘を言う仲だった。けれど、柳弥に対しては、誰とも親しいという話は聞こえて来ない。
 どこか一線を置いていた印象がある。
 沈黙の意味を悟ったのだろう。
 龍之介は彼らの視線を避けるように俯き加減に語り続ける。
「柳弥は、父の子として認められておりますが、生まれてすぐ叔母の養子になりました。それもあって、我々とは疎遠だったのです。ですが、あれも澤村の子。私の弟です。身内に害をなすような子ではありません」
「‥‥分かりました。一応、参考意見として伺っておきます」
 開拓者の硬い返事に、龍之介は僅かに頷いた。
「後は全てお任せ致します。どうか‥‥、よろしくお願い致します」
 万感の思いを込めて頭を下げた龍之介に、開拓者達も決意と共に互いに頷きあったのだった。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
時任 一真(ia1316
41歳・男・サ
楊・夏蝶(ia5341
18歳・女・シ
紅 舞華(ia9612
24歳・女・シ
狐火(ib0233
22歳・男・シ


■リプレイ本文

●悪意無き妨害
 糸が繋がる。
 その後の開拓者達の行動は迅速で、きっちりと要所を押さえたものであった。
「柳弥を帰さないとはどういう事ですか、龍之介さんっ」
 苛立ったように声を荒げる女性に相対しているのは、天儀歌舞伎の名門、澤村の次期当主たる澤村龍之介だ。女性の剣幕に動じる様子もなく、彼は矢継ぎ早にぶつけられる言葉に淡々と応えを返す。
 核心には触れず、当たり障りない内容だけで女性を場に留める話術に、隣の部屋から様子を伺っていた時任一真(ia1316)は感心するのを通り越して、呆れたように肩を竦めてみせた。
 そんな一真の仕草に気づいた紅舞華(ia9612)が苦笑する。
 どうやら、彼女も気持ちは一真と同じようだ。けれど、今はそのような事に気を散らしている場合ではない。舞華は表情を引き締め、傍らで隣室のやりとりに固唾を呑んでいる橘天花(ia1196)と柳弥に視線を戻す。
 柳弥には、既に事情を話してある。最初は衝撃を受けていた彼も、やがて自分の知る事をぽつりぽつりと語り出した。
 天花に見せられた螺鈿細工の容れ物と揚羽に届けられた猫の首と一緒に本家の庭に隠したのが自分であること。
 螺鈿細工は、義母‥‥つまり、隣室で怒り狂う女性が持っていたものであること。
「何故、と問うてもよろしいですか?」
 そして、事実のみを柳弥に伝えた後、聞き役に徹していた大蔵南洋(ia1246)の問いに、柳弥は義母と、揚羽の楽屋を荒らした男との遣り取りを聞いてしまったことを小声で告げたのだ。
 義母が男に螺鈿の容れ物を渡し、揚羽の楽屋で騒動が起きた。それで怖くなったのだと。
「男が置いていった付け届けを見た菊松が青くなって天袋に隠した直後、揚羽兄さんの楽屋で騒ぎが起きて、気がついたら付け届けを持って外に出てた。中に何が入っているのか、その時は知らなかったけど菊松があんな顔をするぐらいだから、揚羽兄さんにも見せちゃいけないと思ったんだ」
「‥‥螺鈿の容れ物の方は?」
 続けて問うた南洋に、柳弥は少しだけ辛そうな顔をした。
「本家で養生していた菊松の部屋から‥‥お義母さんが慌てた素振りで出て来るのを見たんだ。おかしいと思って覗いたら‥‥」
「菊松さんがお亡くなりになっていたのですね」
 静かな天花の言葉に、柳弥は目を伏せる。
「お義母さんはお見舞いに来て、菊松が死んでいたから驚いたんだと思った。それで、誰かを呼びに行こうと思ったら、あの容れ物が落ちている事に気づいた。それから、花器の花が蹴飛ばされたみたいに散乱していて‥‥」
「で、柳弥君の中で、お義母さんに対する疑念が生まれたわけだ」
 一真の呟きに、柳弥はびくりと体を震わせる。その様子を見て、一真はぽりと鼻の頭を掻いた。柳弥の一真に対する印象は、事情が発覚した後もあまりよろしくないようだ。
「どうしようと思っていたら、誰かの足音が近づいて来て、適当に花を花器に戻して部屋から飛び出した」
「なるほど」
 大きく、南洋は頷いた。
 これでまた穴が埋まった。そして、奇しくも仲間達が子細を調べている吾平と、隣室で興奮状態の女性との関わりの証言も得られた事になる。
「後は‥‥」
 一真がそっと障子を開くと目を眇めた。仲間からの連絡はまだ届いていないようだ。
「場所を特定出来れば、全ては解決です」
 途切れた一真の台詞を続けた南洋に、その場にいた者達に決意の表情が浮かぶ。そんな中、ただ1人、俯いたままの柳弥の肩に、舞華はそっと手を置いた。
「揚羽兄さんと松也を、よろしくお願いします」
 一瞬、泣き笑いのような顔を見せて、柳弥は開拓者達に深々と頭を下げた‥‥。

●特定
 吾平が流されて来た川沿いに歩いていた六条雪巳(ia0179)は遅れがちな滋藤御門(ia0167)を振り返った。
 筆を手に、地図に色々と書き付けながら歩く御門の足取りは少々危なっかしい。
「この辺りにある邸宅は、豪商や士族の別宅が多い場所との事ですよ。えーと‥‥」
 やんわりとした表現に言い換えようかと迷ったものの、雪巳は聞き込んで来た話をそのまま伝えた。
「いわゆる成金の屋敷が多く、またそのほとんどに奥方以外の女性が住んでいるという事で、街の人達からはほんの少しだけ蔑視されている感じでした。‥‥まあ、やっかみも含まれているのでしょうけれど」
 苦笑して、雪巳は続ける。
「この界隈に住まう者達は品の良い方々ですから、毛色の違う者が入り込むと目立ってしまって、記憶に残りやすいみたいですね」
 雪巳の言葉を書き付けていた御門が、ふと顔を上げた。
 目が合うと、雪巳は御門の疑問を肯定するかの笑みを浮かべ、傍らで周囲に目を光らせる楊・夏蝶(ia5341)を見た。
 共に下調べを行った時には、いつも明るく前向きな彼女にしては珍しく、どこか苛立ちを隠し切れていなかった様子を思い出しつつ、なるべく感情をこめずに事実だけを告げる。
「吾平の風体はこの一帯で悪目立ちをしていたようで、結構な情報が集まりました。彼が、どちらに向かっていたかも絞り込めましたよ」
「吾平は最低な男よ」
 途端に、夏蝶が吐き捨てるように言う。
「風体だけじゃないわ。がさつで乱暴で‥‥、だから、この辺りの人達には有名だったの」
「乱暴、ですか」
 問い返した御門に、夏蝶は嫌そうな顔で頷く。
「そう。特に、どこかに行った帰りは往来で誰かれとなく‥‥因縁をつけたり」
 言葉を濁したのは、吾平が女性に対してもひどく侮辱的だったという話を思い出したからだ。未だ心と体に癒えぬ傷を抱える娘は、泣きながら訴えかけた。
『自分はそれほどまでに醜いのか』と。
「揚羽‥‥輝蝶さんは、あんな最低男は嫌いだと思うわ! 当然よ!」
「まあ、それは置いておいて」  
 す、と雪巳の手がその先にある竹林の奥を指差した。
「あの竹林の小道を行くと、貴族の邸宅風に川を庭に引き込んだ造りの屋敷がいくつかあります。‥‥ですが、吾平がどの屋敷に通っていたのかは‥‥」
「この先にある白壁の屋敷ですよ」
 不意にかけられた声に、御門と雪巳は周囲に視線を巡らせる。今の今まで誰の気配もいなかったはずだ。だからこそ、調査結果を語っていたのだ。
 ざわりと、風に竹が揺れて葉音を立てた。
 その竹の下に1人の男がひっそりと佇んでいる。
「お人が悪い。いつからそこにいらしたのですか?」
 吾平の事をもう少し調べてみると、街で別れたはずの狐火(ib0233)は、さてと肩を竦めてみせた。
「吾平の足取りを追っていただけですよ」
 染めた髪を掻き上げると、目元を険しくして小道の先を見据える。
「職を失って、食べるのにも困っていてもおかしくはない人足が、芝居小屋通い。ねぐらには、揚羽の錦絵が大量に貼られていましたし、舞台衣装や化粧道具までありましてね」
 衣装や化粧道具、と口の中で繰り返して、夏蝶は嫌悪の表情を見せた。
 狐火の話だけでも吾平の尋常ではない「揚羽」への執着が窺い知れる。「揚羽」の身代わりをしていた雪巳も嫌悪感に体を震わせた。
「そこから色々突き詰めていたら、ここに辿り着いた‥‥というわけです」
「‥‥この先の、白壁のお屋敷ですか?」
 地図の隙間にびっしりと情報を書き付けていた御門が、その中から関係がありそうな話を読み上げる。
「街で商っている人の話では、以前は夏の間とか、たまに注文が入っていただけらしいのですが、ここしばらくは、ほぼ毎日何かしらの注文があるようです」
「それってつまり、そういう事なのでしょうか」
「恐らく‥‥」
 頷き合う御門と雪巳にちらりと視線を向けた狐火は独り言のように呟きを漏らした。
「他の方々にも連絡しましょうかね。やきもきしながら待っている人もおられるでしょうし」

●救出、そして
 狐火からの連絡を受けて、本家で待機していた者達が合流したのは夜半過ぎの事であった。
 待つ間に、狐火と、どうしても行くと言って退かなかった夏蝶が廷内に潜入し、捕らえられた者達の居場所を確認してきたらしい。何故だか頬にひっかき傷を作った狐火は疲れた様子で中の様子を説明する。
「屋敷の中には男が1人残っています。‥‥ちょっと舞台の姿とは違っていますが、分家の主でしょう。彼の奥方の方はどうなりましたか?」
「んー、龍之介くんがうまく足止めしているよ」
 よくもあれだけ捲し立てられるものだと感心してしまう程の彼女の悪口雑言を、平然とした顔で受け流している龍之介の姿に、一真は妙な感動すら覚えたのだが、今は、それはどうでもいい。
「自分の待遇について、ずっと抱いていた不満が爆発したのだろう。柳弥は辛そうだったが、現実を知る事が出来てよかったのだと思う‥‥」
 舞華の端的な言葉を補足して、南洋が事情の分からぬ者達へと説明した。
 曰く、当主の子である柳弥を養子にしたのに、松也の襲名が先に決まったりと分家の立場が低すぎる、志体を持つ揚羽は、実は澤村の血を引いていないのではないか、澤村の「胡蝶」を継ぐのは許せる事ではない‥‥等々である。
「つまり、あの人にとって柳弥くんは自分達の澤村での立場を強くする為だけの存在で、揚羽さんは「胡蝶」さんの子である事すら認めたくない存在だったみたいです」
 醜い大人の本音を延々と聞かされて、天花は己の心が汚れたような気がしていた。しょんぼりと項垂れた天花の背を軽く叩くと、一真は仲間を見回した。
「ま、澤村の中のゴタゴタは揚羽くん達を助け出してから、当人達で解決して貰えばいいさ。それよりも、俺達はお仕事お仕事!」
 薄く笑った狐火が、音も立てずに白壁の塀を越えると、裏門が静かに開いた。
「輝蝶さんと松也くんは土蔵の地下です! 松也くんは座敷牢みたいな場所ですが、輝蝶さんは‥‥」
 眉間に皺を寄せた夏蝶の様子に、輝蝶が置かれている環境の劣悪さを察して、仲間達は黙って頷くと素早く裏門を潜り抜けた。最後の1人が入った事を確認すると、狐火は開いた時と同様に静かに閉じる。
「こっちです!」
 夏蝶を先導に、輝蝶達が捕らえられているという土蔵へと急ぐ。
 と、夏蝶の足が突然に止まった。
「なんだ? ‥‥って、輝蝶?」
 立つのもやっとという状態の輝蝶が、朱塗りの長刀を支えに土蔵の前にいた。
 その痩せ衰えた姿に、天花が息をのみ、涙ぐむ。
「輝蝶さん‥‥可哀想です。でも、もう大丈夫ですからね!」
「‥‥その言葉はまだ少し早いようですよ」
 天花を庇うように前に出た南洋が刀を抜く。目の前で月の光を受けて輝く鬼神丸の刃紋が、やけに冷たく見えて、天花は息を呑んだ。見れば、一真や舞華も臨戦態勢だ。
「皆さん、一体どうし‥‥」
「やれやれ、助けに来たのに刃を向けられるのかい?」
 のんびりした口調だが、一真の体に緊張が走っている。
 長刀の鞘を捨てた輝蝶が、その切っ先を彼らに向けたのだ。
「や‥‥やれ、揚羽! さもなくば、松也は二度と舞台を踏めない体になるぞ!」
 震えながらも、よく通る声が輝蝶を急き立てる。
 その声を合図に、輝蝶が地面を蹴った。
「おっと」
 最初の一撃を紙一重で躱すと、一真は苦く笑ってみせる。
「丸腰を相手にひどいなぁ」
 振り上げられた長刀を止めたのは、南洋の鬼神丸だった。鍔で競り合い、輝蝶を押し戻す。
 ふらつきながらも、輝蝶はすぐに体勢を立て直して、再び斬りかかって来る。
「やめて下さい、輝蝶さん!」
「天花ちゃん、前に出ちゃ駄目!」
 夏蝶の夜宵姫が清んだ音を立てる。こんな時なのに、刀がぶつかり合う音が美しい。それが余計に天花を悲しくさせた。
「天花さん、こちらへ」
「でも‥‥」
 激しく刀を交える者達から離れた場所で、雪巳らは成り行きを見守るしか出来ない。しかし、その表情に険しさはない。
「大丈夫です。仲間を信じましょう」
 御門もそっと微笑むと、仲間達へと目を戻す。
 弱っているとはいえ、輝蝶は一真や南洋を相手に一歩も退く気配がない。
「そこまでだ!」
 いつまで続くとも知れぬ剣戟を止めたのは、舞華の凜とした宣告だった。
 知らぬうちに男の首もとに忍刀を突きつけていた舞華の背後から、小柄な影が走り出る。
「兄さん、僕は無事です!」
「松也さん‥‥!?」
 土蔵の中から出て来た狐火は、舞華の刃に身を竦ませ、縮こまっている男を一瞥すると冷たく言い放った。
「あなたがたと吾平の関係の証拠も掴んでいますが、捕らわれていた2人があなたがたの悪事の何より証でしょう。あなたの奥方も、今頃、龍之介さんに拘束されているはずですよ」
 男の体から力が抜ける。
 すらりと舞華が刀を引き、がくりと膝をついた男は頭を抱え込んでおんおんと泣き出すと同時に、夏蝶が叫ぶ。
「輝蝶さんっ!」
 倒れ込んだ輝蝶の体を抱き起こすと、すかさず天花が閃癒を使う。
 淡く優しい光が輝蝶を包んだ。
「輝蝶さん、死んじゃ駄目よ! 輝蝶さんってば!」
 泣きながら輝蝶の体をガクガクと揺さぶる夏蝶に、さすがに一真が止めに入る。
「き、気持ちは分かるけど、それはちょっとキツイんじゃないかなぁ」
「‥‥っ」
 止めた腕の中、軽く頭を振った輝蝶がゆっくりと瞳を開いた。
「輝蝶さん‥‥?」
 息を吐き出すと、輝蝶は視線を上げる。
「‥‥天女かと思えば乱暴な姫君か‥‥」
 そして、謎の呟きを残して再びまぶたを閉じた。
「輝‥‥っ!!」
「大丈夫。安心したんだよ、きっと」
 夏蝶の肩をぽんと叩くと、一真は刀を納めた南洋と視線を交わす。
「立つのもやっとの体で、俺達相手に白熱の立ち回りを演じたわけだし」
 一真の言葉に、男が顔を上げる。
「演じた‥‥?」
「気がつかなかったのですか? まあ、芝居の中の斬り合いしか知らないあなたでは、分からないのも当然かもしれませんが」
 そう言い放った狐火の傍らに、御門が立つ。
「もうこれ以上、罪を重ねないで下さい」
 男の顔を覗き込むと、御門は淡々と言葉を紡ぐ。
「この件はお家騒動のようなもの。あなた方の処遇は龍之介さん達に委ねますが、人が死んでいるんです。その罪は軽いものではないと、それだけは覚えておいて下さい」
 震えて何も言えない男に溜息をつくと、御門はこんこんと眠る輝蝶へと目を向けた。
「輝蝶さんにも、今まで騙してくれた分、きっちりとけじめをつけて頂かなくては‥‥ね?」
 怒りの宣告にも関わらず、声は温かい。
 くすりと笑った舞華に釣られたように、仲間達に笑いが広がる。
 こうして、長きにわたった天儀歌舞伎の名門、澤村での騒動は一応の幕を閉じたのであった。