疑惑の縁談
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/30 20:31



■オープニング本文

●駆け込んで来た青年
 落ちかけた鳥帽子を手で押さえながら駆け込んで来たのは、大人しげな顔立ちの公達だ。
 不作法に眉を寄せた女房達の、咎めるような視線に一瞬怯んだ様子を見せた彼は、それでもめげずに御簾の近くまで近づいて、がばりと頭を下げた。
「お願いします、千歳姫! あの方を、綾姫をお助け下さい!」

●疑惑の縁談
 千歳の名で出された依頼の詳細を聞く為に、開拓者達は高遠家を訪れた。
 貴族の邸宅を訪問する際には、色々と面倒な手続が必要となる。だが、高遠家では、開拓者ギルドに属した開拓者のみと限定して、それらの諸事は省略される。
「先頃、敷島の若君が見えられ」
 御簾ごしとはいえ、直接、貴族の姫と言葉を交わすのも、異例の事だという。
「助力を求められての」
 はふ、と千歳は口元に扇を当てて息を吐く。
「あのような軟弱者の頼みを1つでも聞いては、事あるごとに「千歳どのぉ〜」などと泣きついて、駆け込んで来るようになるのでな。常ならば適当にあしらって追い返すのじゃが、少々気になる話であった故、依頼を出したのじゃ」
 ぱしり、と小気味良い音がしたと同時に、女房が恭しく一枚の紙を開拓者の前に広げた。
「それは、とある受領について調べさせたものじゃ。それを見て、おかしいとは思わぬかえ?」
 紙に記された内容に目を通した女開拓者が、嫌そうに顔を顰める。
「妻の多い人ね。貴族が何人も妻を持てると言っても、これは多すぎるんじゃないの?」
「でも、受領程度で、こんなに多くの嫁さんを養えるのか?」
 女開拓者の怒りに苦笑を浮かべながら、別の開拓者が指摘した。確かに一般人よりも収入があるとはいえ、受領は貴族としては下級。大貴族のように何人もの女性を養えるわけではない。
「そこに書かれてある女性は、皆、既に鬼籍に入っておる」
 千歳の言葉に、開拓者達は息を呑んだ。
 1人の男の妻にしては多いと思っていたが、それらの女性が全て亡くなっているというのか。
「奇妙な話であろ? 任地に赴いた時に伴った女性は1人。その女性が任地で儚くなられて、その後何人かの女性を娶ったようじゃが、任地での事までは、さすがに調べがつかなんだ。じゃが、任地より戻った後、それだけの女性を妻に迎え、そして失っておる。理由は様々じゃ。不幸続きの受領を気の毒がる者もおるらしいが」
 不幸?
 不幸で済む数だろうか。
 開拓者達の表情が、だんだんと真剣味を帯びて来る。
 そんな彼らに、千歳は言葉を続けた。
「そこで、敷島の若君の話が関わって来る。若君には筒井筒の仲の姫がおっての。敷島の家より格が落ち、貴族としての体裁を繕うのがやっとの家柄の姫ゆえに、若君の親御はその姫を妻とする事に難色を示しておられた。また、姫の方も、支度金を積まれ、ぜひ妻にと望む者が現れ、親御がその話に飛びついたそうじゃ」
 親が決めた事、と姫はその縁談を了承した。
 納得が出来なかったのは敷島の若君の方だった。姫が嫁ぐ相手の事を調べ、仰天するような事実を知ったのだ。
「それって、もしかして‥‥」
 女開拓者が、目の前に広げられた紙へと落とされる。
「その通りじゃ。50も近い男が娘のような年頃の姫を後添いに選ぶのは、無い事ではないが、先妻達が次々と不幸に見舞われたとなれば、やはり気になるもの。そこで、若君は受領の屋敷を探し当てたのじゃが」
「ああ、全部言わなくてもいいわ。つまり、アヤカシが関連していそうな感じって事ね」
「そうじゃ。例え、実際にアヤカシが潜んでいても、若君には分からぬ。ごく普通の‥‥いや、普通より少しばかり気弱な公達で、そのような事柄を察知する力はない。ないのじゃが、本能か、はスまた姫恋しさが常にない力を発揮したのか、異変を感じ、我が家に飛び込んで来られたのじゃ」
 千歳の言わんとしている事に気付いて、彼らは姿勢を正した。
「受けてくれるかえ?」
 話の内容から得られた情報から、可能性と他に調べねばならぬ事等々、様々な考えが開拓者の頭の中、猛烈な勢いで駆け巡る。
 そんな彼らの様子に、千歳は薄く笑んで静かに付け足す。
「敷島の若君の願いは姫の幸い。姫の身に害が及ばず、この先の人生を幸せに過ごせること‥‥。何が姫の幸いか、姫の望みを確かめてもおらぬのに、そう言い切りおったわ‥‥」
 くすくす、御簾の中から聞こえて来る笑い声に、開拓者達も、このへそ曲がりな姫の心をも動かした不器用な青年貴族の一途な想いに、温かな笑みを浮かべたのだった。


■参加者一覧
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
華御院 鬨(ia0351
22歳・男・志
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
ミル ユーリア(ia1088
17歳・女・泰
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
楊・夏蝶(ia5341
18歳・女・シ
煌夜(ia9065
24歳・女・志
滋藤 柾鷹(ia9130
27歳・男・サ


■リプレイ本文

●狐と狸の
「またお会いしましたね」
 御簾ごしの会話は、非常に和やかに始まった。
「わぁ、おいしそー」
 朱漆の高杯に盛られた菓子の山に目を輝かせるミル ユーリア(ia1088)に、煌夜(ia9065)が苦笑する。高遠家を訪れた理由を忘れたわけではないが、美味しそうなお菓子に、ついつい目が引き寄せられてしまうのは、煌夜も同じ。
「どうぞお召しあがり下さいませ」
 物問いたげなユーリアの視線に気付いて、女房は穏やかに笑んで頭を下げる。
 依頼を受ける開拓者としての自尊心と遠慮とで手が伸びそうになるのを我慢していたのだが、許可が下りれば、もはや誰に憚る事もない。
「わわっ、中はホクホクだぁ!」
 ホカホカの饅頭の中で芋と餡の二段重ねが、ユーリアを魅惑の甘味の世界へと誘おうと待ち受けていた。
「本当、美味しそう! 私もいただきますねっ」
 嬉しそうに頬を紅潮させて、楊夏蝶(ia5341)も煌夜も菓子へと手を伸ばす。
「美味しい‥‥」
「他の子達にも食べさせてあげたいぐらいね」
「もしよろしければ、後で他の方々の分もお包み致しましょうか」
 女房の言葉に、煌夜と夏蝶が「はいっ」と同時に頷いた。
 甘味の誘惑に勝てる女子は、あまりいない。もしもお菓子のアヤカシが現れたなら、開拓者と言えど、女子は次々と陥落してしまうに違いない。
「ムム‥‥。そう考えると、強敵だわ‥‥」
 腕を組んで考え込んだユーリアにくすりと笑うと、香椎梓(ia0253)は耳元で囁きかける。
「大丈夫ですよ、万が一、皆さんが依頼の最中、お菓子に幻惑されてしまったら、私がお助けしますから」
「胡散臭いのぅ。気をつけるのじゃぞ、ユーリア」
 御簾の向こうから掛けられた声に、口元を引き攣らせてユーリアが頷く。
「おや、聞き捨てなりませんね。千歳姫。私は、常に、真剣に依頼に取り組んでおりますが? 女性にも誠意を持って接しておりますし」
 御簾へと向き直り、姿勢を正した梓に、鈴を鳴らすような笑い声が響く。
「妾の依頼が人間臭いとか何とか申した口が何を言うやら」
「ああ、それは千歳姫の人徳のなせる業かと」
 ごくり、と。
 生唾を飲んで、ユーリアはじりじりと梓の傍らから離れた。お菓子を前にきゃらきゃらと語らっていた煌夜と夏蝶も、菓子を手に固まってしまう。
「ほほう? 妾が何じゃと?」
 応じる千歳のにこやかな声。なのに、何故だろう。凍り付きそうに寒いのは。
 だが、梓は涼しい顔でさらりと答えた。
「姫の、そのように斜に構えていながらも、心根の温かいところ‥‥嫌いではありませんよ」
 思わず千歳が絶句した気配が伝わって来る。
ーゆ、勇者だ‥‥。
ー勇者がいるわ‥‥。
 背後で交わされる女性陣の囁きも何のその、梓は出された薄茶に平然と口をつけた。

●瘴気
 高遠家で緊迫した遣り取りが交わされている事などつゆ知らず、噂の受領の周辺調査をしていた者達は、それぞれが得た情報と共に定められた場所に戻って来ていた。
「予測の範疇だ。気に病む必要はない」
 沈み込む2人の少女に、滋藤柾鷹(ia9130)は不器用な慰めの言葉をかける。気の利いた言葉や、慰めなどは不得手な性分だ。このような時、彼女達に何と言えばよいのか分からない。
 だが、落ち込んでいる彼女らをただ見ているだけというのも、出来ない。
「まだ受領殿がそうと決まったわけではない。瘴気が濃い場所の見当はつけて来たのであろう?」
「はい‥‥」
 柚乃(ia0638)と顔を見合わせ、力無く頷き合うと、橘天花(ia1196)は柾鷹を見上げた。
「拙者は、そちら方面はとんと疎い。だが、外から見ても分かるぐらい荒れ果てた屋敷であった。それどころか、呼んでも取り次ぎの者すら出て来ない」
「築地塀の崩れている所から、ちょっとだけ中を見る事が出来ましたが‥‥」
「お庭‥‥お花も枯れて‥‥雑草ばかり」
 元は美しい庭であったろうに、今は手入れもされていないようだ。
「可哀想‥‥」
 そう言って柚乃は目を伏せた。
 好き放題に枝を伸ばしている木々や生い茂る雑草でさえも、茶色く変色していた。死にかけている庭の悲鳴が聞こえるようだ。
「あの状態では、敷島の若君がおかしいと思うのも至極当然の事だな」
 未だ暗い顔をしたままの少女達に、柾鷹は精一杯、明るく告げた。
「さて、そろそろ昼時だ。とりあえず、姫の所に向かった者達と合流して昼飯にしよう」

●若君
「うちらの仲間も確認しはったみたいやけど、若君のお話の通りどすな」
 千歳からの紹介状を携えて敷島家へと訪れて、最初に口を開いたのは華御院鬨(ia0351)だった。
 受領の屋敷に瘴気溜まりの存在が確認され、アヤカシ関与の可能性が濃くなった事もあって、目の前の気弱そうな若者に何と切り出すべきかと言葉を選んでいた者達が、ほっと息をつく。
 受領の屋敷にアヤカシがいるかもしれないと告げたりしたら、青年は卒倒しかねない。
ーだ、大丈夫なのかしら、この若君。
 心中、そう思いながらも煌夜は笑みを浮かべ、穏やかに語りかける。鬨に自分の直感を肯定された事で、彼は今、安堵している。それが一時のものであったとしても、この機会を逃すわけにはいかない。
ー受領の所に乗り込むにしても、綾姫の縁談にしても、この若君にしっかりして貰わなくちゃいけないんだもの。
「そこで若君に幾つかお願いがあって、我々は伺いました」
「ぼ、僕にですか?」
 はい、と煌夜だけでなく、鬨もユーリアも一斉に頷く。
「まず1つめ。これは簡単ですよ?」
 指を1本立てて、煌夜は片目を瞑ってみせた。
「うちらが綾姫にお会い出来ますよう、紹介状を書いてくだはりませんか」
 鬨を女性と思いこんでいるらしい若君は、間近に迫られて頬を赤く染めつつも、生真面目な表情で分かったと頷く。
「それから2つめ。受領に関する噂とか、若君が知ってる事を教えてくれないかな? 例えば、会った事があるなら、昔と今とで違って見える所とかない?」
 ユーリアの問いに、彼は頭を捻って見せた。
「僕は直接お会いした事はないのです。ただ、受領としては優れた方で、任地での役人の不正を正したり、領民の願いを聞き入れてて、不作の時の税率を下げる為に奔走しておられたとか」
 そういえば、とユーリアは首を傾げた。
「確か、天花が遥任が何とかって聞いてたっけ」
 昇殿したての彼は、日々、宮廷雀が囀っている場所に詰めているらしい。真相はともかく、噂話は彼の比較的得意な分野のようだった。彼の話を要約すると、こうだ。
 真面目で愛妻家で通って来た受領は、任地で妻を失った。それからしばらくの後に再び妻を娶ったらしいのだが、その妻も突然に亡くなった。任期を終えて戻った後にも、同じ事が何度か繰り返された。ここまでは千歳から聞いた話とほぼ同じだ。
「立て続けに奥方を亡くされて、意気消沈しておられた所に、彼の元に嫁げば儚くなるという噂が流れて、娘を持つ親達は彼からの縁談を断るようになったのです。目に見えて憔悴しておられ、上の方々より受領として任地に赴くのは、体が回復してより後にとのお達しが出たそうで‥‥」
「目に見えて憔悴‥‥どすか」
 ふぅむ。
 鬨はちょんと首を傾げて考え込む。その可憐な様に、世慣れていない青年は思わず見惚れてしまう。だがしかし、どれほど可愛らしくとも男性諸氏は騙されてはいけない。
 鬨は歴とした成人男子なのだ。
「わ、若君っ」
 女性と見紛う程に愛らしい鬨が男で、しかも志士である事を知れば、この若者は、それこそ世を儚むかもしれない。
 慌てて、煌夜は2人の間に割り込んだ。
「私からのお願いですがっ! 受領さんの家を訪問する為に、敷島家の力をお借りしたいんですけどっ」
「え? 敷島の‥‥ですか? それは、どちらかと言うと千歳姫のお家の方が‥‥」
 きょとんと瞬きを繰り返す、まだ幼い顔立ちの青年を不覚にも可愛いと思ってしまった動揺を押し隠して、煌夜は口早に続ける。
「若君のお力添えで、というのが大事なのです。お願い出来ますか?」
「それは構いませんけど‥‥」
 怪訝そうな青年から了承を得て、依頼遂行に必要な用件は済んだ。本来ならば次の準備に移る所だが、敷島家を訪れた者達の用件は「それ」だけではない。
「ちょっと聞いてもいい?」
 煌夜を押しのけるように、青年の前へと出たユーリアは、ほんの少し高い位置にある相手の顔を真っ直ぐに見据えて問うた。
「若君は姫サマの事、どう思っているの?」
 途端に、青年が挙動不審になる。耳まで真っ赤にし、視線はあちこち忙しなく動かされる。それらの言動が、言葉よりも雄弁に彼の気持ちを物語っていた。
「もしさ、姫サマの事、何とかしてやりたいとか思ってんだったら、やっぱ人任せじゃなくて自分も動かなきゃダメだと思うよ」
「え‥‥」
「危ないようだったら、あたし達が守ってあげるからさ」
 どんと胸を叩いて見せたユーリアを、青年は見つめた。
 そして、頷いている煌夜を。
 穏やかな笑みを浮かべる鬨を、ゆっくりと見回して口を開く。
「‥‥あ、危なくなるような事があるんですか‥‥?」
 しまった!
 笑顔のままで固まった3人に、青年はふらり、後ろへ倒れ込んだ。

●巣くうもの
 仲間達に先んじて、千歳の紹介状を手に綾姫の元に向かった夏蝶は、その暮らしぶりに呆然となった。
「床が腐っております。どうぞお足下にお気をつけて」
 恥ずかしげにそう告げ、夏蝶を案内をしているのも綾姫本人だ。表向きは貴族の邸宅としての体面を保っているが、屋敷の奥、家族の住まう対の維持にまで手が回らないらしい。
「え、えっと。姫様は体調が少しばかりお悪いという話を敷島の若君から伺ったのですが」
 本来の目的を思い出し、口元に何とか愛想笑いを浮かべて尋ねた夏蝶に、姫は、はっと顔を上げる。
「敷島の君に‥‥」
 だが、その表情はすぐに憂いを帯び、俯いてしまった。
「姫様? 何か悩み事がおありですか?」
 伏せられた顔を覗き込むと、夏蝶の視線を避けるかのように、姫は袖口で顔を隠してしまった。
「姫様?」
「‥‥様は」
「はい?」
 布地に邪魔をされ、くぐもった小さな声は夏蝶まで届かない。聞き直した夏蝶に、姫は震えるか細い声で問うて来た。
「夏蝶様は、敷島の君とお親しいのでしょうか‥‥」
「えっ」
ーもしかして、これって何か誤解されてる?
 打ち拉がれた姫の様子に、夏蝶は慌てて両手を振った。
「違うの! 直接お会いした事はないのよ?」
 まだ確たる証拠もない。説明をしても姫を混乱させるだけだ。
ーでも、誤解して悲しんでいるって事はやっぱり‥‥。
 覚悟を決めて、夏蝶は姫の真正面へと回り込んだ。
「姫様、お聞きしたい事があります」
 同じ頃、受領について更に詳しく調査をすべく、周囲で聞き込みを行っていた者達は、あまり芳しくない状況に表情を曇らせていた。
「おかしい、でしょ」
 柚乃の言葉に、仲間達も唸るしかない。
「受領さん、あのお屋敷で暮らしているのに、使用人、誰もいないの‥‥」
「前に勤めていた人達は皆して逃げたって、井戸端会議のお内儀さん達の噂です」
 近くに住む奥様方から噂を聞き出して来た天花が、柚乃の言葉を裏付ける。
「つまり、受領殿は瘴気が濃く漂う屋敷の中で、ただ1人、暮らしているという事になるな」
 柾鷹の苦り切った表情が、事態の深刻さを物語っていた。
 使用人が誰もいないのであれば好都合、千歳から渡された高遠家の文を届けるという大義名分の元に、今すぐにでも屋敷に突入して、全てを明らかにしたい所だ。
 だが、まだ全ての札が揃っているわけではない。
「遅いですね、梓さん」
「野暮は言わないのよ、天花」
 敷島家に向かった仲間より先に合流を果たしたユーリアが天花の肩を叩く。その隣で柚乃もこくこくと頷いている。
「うーむ」
 眉間の皺を深くして、柾鷹は悩んだ。
 年頃の娘達がこれでいいのだろうか。それより何より、お子様の教育上、あまりよろしくない。
 その年頃の娘とお子様の年齢差が僅か2つである事に、柾鷹が気付いているのかどうか。
「お待たせしてしまったようですね」
「あ、アズサ。今、丁度噂していたトコ」
 滴る色気を隠す事なく現れた梓に、ユーリアが軽く手を挙げる。
 お父さん‥‥もとい、彼女達のお兄さん気分を味わっている柾鷹ほど、お嬢さん達は気にしていないようであった。
「ユーリアさん、煌夜さんと鬨さんは一緒ではなかったのですか」
「あ、あの2人は敷島の若君と牛車で」
 あたしは逃げて来ちゃったと、舌を出したユーリアに釣られるように笑った後、梓は表情を改めて仲間達を見た。
「受領の最初の奥方にお仕えしていたという女房から聞いた話です」
 今は他家に勤めているという女房は、受領が流行り病で奥方を亡くした時、気も狂わんばかりに嘆き悲しみ、奥方の亡骸に誰も近づけぬ程だったと語った。だが、その喪も明けぬ内に、受領は新しい妻を迎えたという。
 そんな受領に嫌気が差して、女房は暇を乞い、現在の家に勤める事となったらしい。
「受領が任地から戻って来た時、彼女は荷物の中に棺のようなものがあったという噂を聞いています。中には彼女が仕えた奥方の亡骸が納められていた‥‥とも。‥‥瘴気は北の対がある辺りから感じるのですね?」
 最後の言葉は、天花と柚乃への確認だ。
 頷きを返した2人に、梓は口元を歪めた。
「若君が到着する前に片をつけた方がいいでしょう。戦闘の場で倒れられては困りますから」
 全員揃ってはいないが仕方がない。梓の言葉に頷いて、柾鷹は刀の柄に手をかける。
 天花が舞って仲間達の為に精霊の力を請う。
「参る」
 短く告げて駆け出した柾鷹に、梓とユーリアが続いた。
 そして。

●開かれた未来
「うちらは除け者どすか」
 ぷんと拗ねてそっぽを向いた鬨に、ひたすら頭を下げるのは柾鷹だ。
「若君にあんなものをお見せするわけには行かなかったので」
「まあ、それはそうだけど」
 牛車が到着した時には、受領の屋敷ではアヤカシとの戦いは既に終わった後。女郎蜘蛛のアヤカシが奥方の皮を被り、北の対に巨大な巣を張って、受領が運んで来る餌を喰らっていたのだ。
 その受領はと言えば、蜘蛛の糸に絡められて生ける屍と化していた。天花の解術の法でも、屍を生き返らせる事は出来ない。
「中の惨状は‥‥見せない方がいいわよね」
「そうどすな」
 屋敷の中はアヤカシが喰らった者達の「残骸」が飛散していて、正視出来るものではない。
 鬨と煌夜は頷き合うと、不安げに屋敷を見上げる青年へと視線を移した。
 危険と分かっていても、綾姫の為に同行を申し出た彼だ。きっと大丈夫。
 視線で語らった2人の前に牛車が止まる。
 中から降りて来たのは、夏蝶と1人の姫だ。
「綾姫!」
 駆け寄る青年の姿に、姫ははにかみながら微笑む。
 綾姫の縁談を壊してしまったけれど、結果的にこれでよかったのだ。
 微笑ましい2人の姿に、彼らは夏蝶も交えて笑い合った。