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■オープニング本文 ● 冬の厳しい寒さが緩み、誰もが表情を穏やかにするうららかな季節。 数々の花も色とりどりに咲き誇り、生への喜びに打ち震える季節。 春――それは恋と、――狂気の、季節である。 ● あたしの名前はお春。花も恥じらう女の子。年齢は、ヒ・ミ・ツ☆ 惚れっぽいのが玉に瑕♪ ここだけの話だけど、実はあたし、シノビなの。陰殻のシノビの里に生まれて、ずっと一流のシノビになるために辛い訓練を受けてきたわ。 だけど、涙が出ちゃう。女の子だもん。・・・・じゃなくって。あたしは気づいたの。気づいてしまったの。あたしはシノビになるために生まれたんじゃない、ってことに。 そう、あたしは。 恋をするために生まれてきたのよ! * * * * * 今日も今日とてお春は町へと繰り出す。 街ゆく男たちは思い詰めた表情のお春と目が合うと、怯えたようにあわてて目をそらしてしまう。 断っておくが、決してお春の容姿のせいではない。彼女はむしろ、なかなかの美少女だ。少し険の強いところはあるとは言え、整った顔と白い肌は十分に魅力的で、彼女に熱い視線を向けられれば、大抵の男は悪い気はしないだろう。 彼女が嫌煙されているのはひとえにその表情――獲物を狙う肉食獣のような表情がゆえであった。 「あ、あそこの殿方! ――す・て・き♪」 どうやら哀れな犠牲者――もとい、意中の男性を見つけたようだ。 彼女の視線の先にいたのは、顔色の悪い、木の枝のようにひょろひょろとした若い男だ。不健康そうな表情で街を歩いている。 「あのぼさぼさの髪の毛、だらしなく着崩した着物、そして何より、あの人を殺しそうな顔! 完璧にあたしの好みだわ!」 完全に男に狙いを定めたお春は、不敵な笑みを浮かべて、歩き出す。男の背中を尾行しはじめたのだ。さすがにシノビだけあって、忍び足はお手の物だ。男は尾行にまったく気がつくことなく、歩いている。 「なるほど、符を購入している、ってことは、あの殿方、陰陽師なのね!」 男が買い物をするのを監視しながら、抜け目なく確認する。 買い物を終えた男は、その外見に似合わぬ早足で町外れにむかう。お春も当然追いかける。 たどりついた先は、人家もまばらになってきた、町の最も端のあたりに立つ一軒の家だった。そこそこ大きくて古い、どこか陰気な雰囲気を漂わせた民家だ。 「あれが、あの方の家・・・・フフフ」 お春が不気味にほくそ笑む。この期になっても男は尾行に気づいていないらしく、無造作に家に入っていく。 「さぁ、今こそあたしの熱い思いをあの方に伝えなくっちゃ! きっとあの方はあたしにメロメロになって、あの家の中に招き入れてくださって、それで、それで・・・・あんなことやこんなこと・・・・きゃーきゃー!」 若い男が家の中に消えたあと、一人残ったお春は妖しげな妄想をしては顔を真っ赤にして身もだえている。 「そうと決まったら、善は急げよ! 今すぐ家の中に押し入って――」 拳をぐっと握りしめながら、お春は家の周りを囲む土塀によじ登ろうと手を掛けた。 「シンニュウシャヲ、カクニン――」 「え?」 どこからか聞こえてきた声に、お春が思わず動きを止めた、その時。 「シンニュウシャ、ハイジョスル」 「きゃあっ! ちょっと、何するのよ、離しなさい、離せ、はなせっつってんだよこのヤロー! あ、こらちょっとどこさわって・・・・ぎゃあぎゃあ」 必死の抗議も虚しく、お春はその身体をひょいともちあげられた。じたばたしながら何とか首をひねって自分を持ち上げているモノを確認する。硬くて冷たい身体と無表情な顔。おそらくは陰陽師の男の朋友であろう、土偶ゴーレムだ。 「ハイジョ、カンリョウ」 お春は、そう言った土偶ゴーレムに屋敷の外に放り投げられる。 「絶対にあたしはあきらめないんだからね! 開拓者の助けを借りてでも、あたしの思いをあの殿方に伝えてやるんだから! 恋する乙女は何も怖くないのよ!」 強かに打ったお尻をさすりながら、お春は心に強く誓うのだった。 「ひとまずは家に帰って・・・・あたしの熱い想いを恋文にしたためてこようかしら。あたしの想いを詰め込んだ超大作の恋文を手渡せば、きっとあの方は振り向いてくださるに違いないわ!」 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
向井・智(ia1140)
16歳・女・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
春金(ia8595)
18歳・女・陰
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎
ザザ・デュブルデュー(ib0034)
26歳・女・騎
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔
今川誠親(ib1091)
23歳・男・弓
瀬戸(ib1356)
16歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ● 「はー・・・・まあ、恋は盲目ゆうが、この依頼人はまた・・・・まあ春やしなあ、そういうのもいるか」 依頼書を眺めながら、天津疾也(ia0019)が苦笑する。 「恋文を届けにいく依頼っていうのもすげえなぁ・・・・ま、仕事なんだしなんでもいいけどさ」 ルオウ(ia2445)もそんなふうに呟く。口ではそんなことを言っているが、実は心中では興味津々だったりする。 「‥‥恋に恋しているというかな、障害があっても挫折があっても、余計に強く燃えるタイプのようだな。懲りる事を知らないとも言うかな‥」 ザザ・デュブルデュー(ib0034)はそう呟きながら、なにやら熱心に紙を折っている。 「まあ、ハリセンを一つだけ作って携行しておくか。場合によってはこれで依頼人を‥いや、なんでもない」 「ある意味、お春さんを沈めた方が世の為かもしれません・・・・しかし此処は乙女の純粋な気持ちを応援しましょう」 今川誠親(ib1091)はそんなふうに笑いながら、愛用の珍しい機械弓の手入れをしている。 その時。 「みなさん、待たせたわね!」 芝居じみた必要以上に通る声が、待ち合わせ場所の茶店に響き渡る。 「みんなの力を借りて、このお春、命を賭けてもこの恋を成就させてみせるわ!」 そう叫んだ声の主を振り返れば、明らかにサイズの合っていない年代物の大鎧と、水牛の角が取り付けられた巨大な兜に半ば埋もれるようにふらふらと立っている年齢不詳の女性が――。その両手にむんずと握られているのは、もはや片手では収まりきらないほど分厚い紙の束。 「・・・・・・ぅわ」 分厚い紙の束を糸で綴じた恋文の執念――というか怨念というか――に、ハイネル(ia9965)が思わず小さな声を漏らした。 「その恋文ってどんなんなの? 見せてもらってもいいかな? ・・・・あ! その男にだけしか見られたくないもんかな? ならいいけど・・・・」 思わず興味津々の声を漏らした恋するお年頃のルオウに、お春がニヤリと笑った。 「あーら、坊や、おませさんね。でも今はダ・メ♪ この恋文を渡し終えたら、あとでお姉さんがゆっくりと教えてあげてもいいのよ。よく見たら坊や、可愛らしい顔してるじゃない」 「い、いや、そんなんじゃない、え、遠慮しとく・・・・」 ルオウが真っ赤になってそっぽを向く。 「恋はしても良いとは思うのじゃ。ただ、手当たりしだいと言うのはどうかと思うのじゃよ。本人が良ければそれでも良いのじゃろうが・・・・運命の相手とは、もっと慎重に選ぶべきだと思うのじゃ」 ぼやくように呟いた春金(ia8595)の言葉は、お春の耳には届かない。 「さあみんな、恋する乙女のために、力を貸してちょうだい!」 そんなお春の恥ずかしい言葉に、元気に応じたのは向井・智(ia1140)だ。 「人の恋路を邪魔する土偶は馬に蹴られてなんとやら――。恋の悩みとあらば、この向井・智、お手伝いせざるを得ません! 何故ならそこに愛があるから! ちょっと一方通行ですが、なぁに、ここから始まる恋もあります!」 着物の上に鎧を着込んだその格好といい、智は何かしらお春と通じるところがあるようだ。 「恋は猪突猛進! 昔の偉い人も『当たって砕けッ!』と言ってますし、派手に行きましょうッ」 そんなことを言いながら、ぐっと拳を握りしめる。 「かわいそうなお春さんのために一肌脱いじゃいますよ!」 元気いっぱいに宣言した瀬戸(ib1356)の言葉も、なんかちょっとずれている気がしないでもないのだが、残念ながら誰もつっこまない。 「受けた依頼はこの俺、『解消屋』の天ヶ瀬焔騎が解消するっ!」 天ヶ瀬 焔騎(ia8250)がそう宣言し、とにもかくにも一行は依頼解決に向けて立ち上がったのだった。 ● 所は変わって、被害者――もとい、標的の屋敷の前。 そびえ立つ土塀。そして。 「シンニュウシャヲ、カクニン――」 平坦な調子の声。土塀の陰から無造作に現れた土偶ゴーレム。「土偶誘導班」の開拓者たちの思惑通り、屋敷に接近する彼らを侵入者だと判断して動き出したのだ。 「この家に用事があるんだ、通してくれないか?」 焔騎がダメでもともと、交渉を試みる。 「シンニュウシャハ、ハイジョスル」 有無を言わせぬ響き。感情のない言葉には、交渉の余地はみられない。 「やれやれ、とりあえず目的を果たすまでこっちでこいつの面倒をみんとわな・・・・まあ、どっちに転んでも面倒そうになりそうやなあ」 ぼやきながらも、疾也が刀を抜く。 「こわさんように気ぃつけてな。恋文渡す相手の不評買ったら嫌やし」 「壊さなければ何をしても良いのじゃろ? ならば手段は選ばないのじゃ!」 春金がそう言って笑い、疾也をあわてさせる。 「・・・・とは言っても、あまり無茶も出来ないからの。穏便に行くのじゃ」 ちょっと残念そうに、そう付け加える。 「こっちだ!」 長刀を引き抜いたルオウが叫び、土偶ゴーレムの注意を引きつける。 「埴輪なら埴輪らしく、大人しくして貰おうか!」 刀ではなく、手甲をはめた拳を構えた焔騎も吼える。 「やれやれオトンが無茶しないように見張っておかないとのぉ」 懐から呪縛符を取り出してそんなことを呟きながらも、うれしそうな表情の春金であった。 「・・・・嘆息、何故恋文を渡すという為だけに、このような不審者紛いの行動をせねばならないのか・・・・」 ハイネルが小さな声でぼやく。もちろんそれは、恋に乞い焦がれるお春の耳には届かない。 「昔の人は言った様な気がします、『侵入経路はあるんじゃない、作る物だと』・・・・」 智は怪しげなことを呟いて、ニヤリと笑う。すでに当たりをつけている進入路は、ちょうどルオウたちが土偶を引きつけている位置の反対側に当たる、屋敷の裏側だ。屋敷の土塀が少し崩れ、低くなっているところが入りやすいと判断し、塀を乗り越える手はずだ。さすがに重すぎるお春の鎧は、誠親が説得して脱いでもらっている。もちろん、分厚い恋文は手放すわけにはいかないが・・・・。 「土偶以外にも、他の危険があるかもしれません。お春様の安全を考えて常に気を配っておきましょう」 ブローディア・F・H(ib0334)がそう言ってみんなに注意をうながす。 「問題は罠の類だな。不自然な配置や糸の類に注意する事、扉の類を開ける際に扉の影と言うか壁に隠れるように開け、開口部へ不要に体を晒さない様に注意するくらいか」 ザザが的確に指示を出し、みんながうなずく。 誠親は油断なく機械弓を構え、お春の護衛としてあたりに気を配ることを忘れない。 経験の少ない瀬戸は、他の開拓者たちの背中を追いかけるようにコソコソとついていく。自分の力を理解して、足手まといにならないように努めるのも重要な判断だ。 誘導班の誘いが奏功して、土偶ゴーレムはこちらに意識を向けている暇は全くないようだ。土偶の攻撃を軽やかにかわしながら時間稼ぎをしている疾也や焔騎の活躍を遠目に見ながら、突入班の面々は塀に手を掛けた。 さすがにシノビなだけあって、お春はハイネルが支えるガードを足場にして、難なく塀を乗り越える。開拓者たちもそれに続いて縄などを使いつつ塀を越えた。 越えたあとも彼らは油断せず慎重にあたりを調べる。 「・・・・やっぱり罠が仕掛けてあったか。警戒しておいてよかった」 あたりを探索したザザが呟く。 「鳴子の罠に、落とし穴・・・・穴の下には竹槍か」 罠をチェックした誠親が顔をしかめる。 「それだけじゃありません・・・・侵入者対策用の、番犬も」 ブローディアの言葉に、全員が顔を上げた。いつの間にか彼らを取り囲んでいた複数の凶暴そうな犬。歯をむき出して威嚇する犬たちを前に、彼らは臨戦態勢を整えた。 「むやみに傷つけすぎないように、お春さんをお守りしましょう」 そう言って誠親は機械弓に矢をつがえる。 「侵入任務だろうと、盾根性――ッ!」 智の絶叫に合わせるように、犬たちが一斉に飛びかかった。 「この戸のむこうに、あの方が・・・・!」 重厚な木の戸を前に、お春が感極まったように呟く。むやみに傷つけることが出来ないということに苦労しながらも、なんとか犬を撃退し、屋敷の中へと侵入を果たした開拓者たちは、屋内にも張り巡らされていた罠をなんとか回避しつつ、奥へと進んだ。そうして今、ようやく一番奥の部屋――おそらくはこの屋敷の主人である標的の人物の部屋に、たどりついたのだった。 「到着、あとはその恋文を渡すだけだな。結果については・・・・まあ、私は感知はせずともよかろう」 ハイネルが呟く。 「ここから先は、自分で何とかしてくれるとありがたいね・・・・ささやかに協力は、しなくもないがな」 ザザも、そう言って微笑む。 「いよいよですね! 私は、ばっくぐらうんどみゅーじっくを演奏して、お春さんの恋を応援するのです!」 そう言って瀬戸はオカリナを取り出した。 開拓者たちの視線に背中を押され、お春は恋文の束を両手で抱えるようにしつつ、体当たりをするように目の前の戸を押し開いた。 「あたしの気持ち、受け取りなさい!」 ● 「・・・・で、恋文は渡さずに、引き上げてきたってか?」 依頼終了後、屋敷から戻ってきたお春の話を聞き、焔騎があきれた声を出す。 「あたしが好きなのは強い男なのよ! それなのに部屋に入った途端に命乞いされるなんて・・・・幻滅もいいところだわ!」 お春がまくし立てるように主張する。 「あんなふうにこられたら、無理もない気ぃするけどなあ・・・・」 疾也があらぬ方を向きながら呟く。 「所でね、お春殿、偶然を装って自然に近づくと言った手段に訴えた方が男に近づくのは容易だと思うぞ。偶然を装って何度も出会うようにして、自分に気があると相手に気付かせるようにすると、向こうも意識するようになるからな。今回のような強硬な手段じゃ、上手く行くものもいかんぞ」 ザザの言葉は正論だ。突入する前に言うべき言葉だったんじゃないかと思わなくもないが。 「うう・・・・でも、へこたれないわ! 今回のはきっと、運命の恋じゃなかったのよ! 次こそはきっと!」 そう言って拳を握りしめるお春。立ち直りの早さはたいしたものだ。 「どっかにいい男いないかしら・・・・」 獲物を狩る肉食獣の目でさっそくあたりを物色しはじめている。万が一にも標的にならぬよう、疾也はあわてて彼女の視界から逃れた。 「ところで・・・・わしはぜひ、恋文を読んでみたいのじゃ。10枚以上の超大作・・・・物凄く気になるのじゃよ。 面白ければ、出版して販売するとかどうじゃ? そうすれば好みの男が大量に寄ってくるかもしれないのじゃよ♪」 「好みの男が大量に・・・・むふふ、試してみる価値はありそうね・・・・」 春金の言葉に、お春がパッと顔を輝かせる。 お春にとっての春は、まだまだ終わらないようだった。 |