【神乱】異邦の商人
マスター名:sagitta
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/24 02:42



■オープニング本文

 ジュリアンは、故郷のジルベリア帝国が大嫌いだった。
 何もかもが締め付けられる、堅苦しい国。
 その南方に位置する田舎の農村に生まれたジュリアンは、飼い慣らされた羊のようにおとなしい村人たちの中にあって、いったい誰に似たものか、非常に好奇心が旺盛で奔放な性格に生まれついた。
 彼は縛り付けられることが大の苦手だった。彼の心はまるで、巣立ったばかりの小鳥のように、無限の青空を駆け巡っていた。
 だから、彼が故郷を飛び出して、旅の商人となったのは必然だった。
 寝る間も惜しんで働いて貯めたなけなしの金で船に乗り、天儀に渡って裸一貫で商売をはじめた。
 人なつっこく、口のうまいジュリアンには、幾許かの商才があったらしい。故郷を飛び出してから五年の歳月が流れ、二十歳になったジュリアンは、天儀で大成功とまではいかずともまずまずの生活を手に入れていた。
 自由が許され、工夫が認められる天儀は、彼にとって楽園のようだった。名前も、天儀風に寿里安(じゅりあん)と名乗ることにした。
 俺は天儀の人間だ。もうきっと故郷には戻るまい。
 そう思っていた矢先。彼の耳にジルベリアでの戦乱の報が飛び込んできた。彼の故郷の村は反乱軍の領土にほど近い。反乱軍に合流した村の人間たちが志願兵となったり、帝国軍によって粛正されたり、といった知らせが飛び交っている。
 決して帰らないと思っていたジュリアンの脳裏に、故郷の光景が浮かぶ。逃げるように飛び出してきた実家。そこに残してきた、年老いた両親と三つ年下の病弱な弟クロード、五つ下の活発な妹エレーヌ。
 彼らも戦乱に巻き込まれるのだろうか。そう思うと、いても立ってもいられなくなった。
 帝国軍と反乱軍、どっちが善で、どっちが悪かなどと言うことは、彼にはさっぱり分からない。けれど、穏やかで優しくて、気の弱いところもある彼の家族が傷つくのも、彼らが人を傷つけるのも、嫌だった。
「故郷に戻ろう。もし故郷で家族が危険にさらされていたら、一緒に天儀に移住しよう」
 十年前の彼には、自分のことしか考えられなかった。けれど今ならきっと、家族と共に幸せを見つけられるはずだ。
 そう決意して、彼は開拓者ギルドの扉を叩いたのだった。


■参加者一覧
南風原 薫(ia0258
17歳・男・泰
琴月・志乃(ia3253
29歳・男・サ
景倉 恭冶(ia6030
20歳・男・サ
トーマス・アルバート(ia8246
19歳・男・弓
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
ルーティア(ia8760
16歳・女・陰
鯨臥 霧絵(ia9609
17歳・女・巫
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
ブローディア・F・H(ib0334
26歳・女・魔


■リプレイ本文


 ジェレゾ。
 白い雪に閉ざされた、工房都市でもあるその港町に、天儀からの定期便が到着した。数日間の空の旅を終えた乗客たちが一斉に台地に降り立つ。
 普通なら多少なりと浮かれた旅行客が混じる光景だが、降り立つ人々はみな一様に深刻そうな顔をしており、笑い合う声すらない。
「あいっかわらず・・・・いや、普段以上に辛気くさい街だなぁ」
 ぼやくように言ったジュリアンに、同じくジルベリア出身のトカキ=ウィンメルト(ib0323)がうなずく。
「その気持ちはよく分かるな・・・・どうもこの国は好きになれない」
「うむ。自分もこの国は大嫌いだな」
 ルーティア(ia8760)も腕を組みながら首を縦に振る。
「でも・・・・家族、一緒にいるのが一番だと思うの。せっとく、出来るといいねー」
 鯨臥 霧絵(ia9609)がそう言ってふんわりと笑うと、ブローディア・F・H(ib0334)が心配そうな顔になる。
「私も南部の出身です。辛うじて戦乱域からは免れていますが、家族のことは心配ですね・・・・。何よりも、ジュリアン様の家族が健康であり続けることが大事です」
「俺も奥さんと駆け落ちして天儀に来たんやわ。家族よりも祖国よりも大事なもんがあったから振り向かへんて決めたのに、落し物したような気分になるんは何でやろね。ジュリアンさんは落し物、ちゃんと拾って来てや」
 独り言のようなジルベール(ia9952)の言葉に、ジュリアンが表情を引き締めてうなずく。
「・・・・遠く離れても家族の事が心配か。俺とは随分違うな」
 そんなジュリアンを見つめて呟いたのは、トーマス・アルバート(ia8246)だ。ジルベリアにいる家族との間の、幼い頃からの確執は今でも容易には消えてくれない。離れていても家族の身を案じられるということが、正直、羨ましく感じられた。
「考えたら今回のんは俺も里帰りになるんよな。十年越えとか久々すぎて、懐かしい気もせえへんわ」
 重くなった雰囲気を吹き飛ばすようにからからと笑ったのは、その名前に反して何気に帝国出身者の琴月・志乃(ia3253)だ。
「そういやぁジルベリアにゃどんな賭け事が在るんだい? 何も無い、って事ぁ無いだろう? 首都に来て何もせずに素通りゃ惜しいが・・・・帰りなら・・・・」
「ははっ! 俺も行きがけに、ひさびさのジルベリア美女でも物色してくっかな!」
 へらへらと笑う南風原 薫(ia0258)の軽い言葉に、ジュリアンがにへらっと表情を崩して応じてみせる。
 緊張していた開拓者たちの表情がふっと緩む。そして彼らは踏み出した。誰かの希望へとつながる一歩を。
 ここは極寒の帝国だ。決意で身を固めてばかりいては、凍り付いてまう。


「あれが、俺の生まれ育った村だ」
 数日間の行程の後、白い息を吐きながらジュリアンが言った。
「なんとか無事にたどりつけましたね・・・・。五年も経っていると、弟さんや妹さんは、見違えてるでしょうね」
 愛用の「まるごととらさん」に身を包んで防寒ばっちりの趙 彩虹(ia8292)が、見た目とは裏腹に真面目な口調で話しかける。彼女の言葉に、ジュリアンは目を細めた。
「だろうなぁ。特にエレーヌのやつは昔から可愛かったから、きっと美人になってるだろうなぁ」
 これから出会うエレーヌの姿を思い浮かべて、恍惚した表情を浮かべるジュリアン。正真正銘のシスコンだ。
「俺が出ていくと言った時、泣きじゃくって止めてくれたのがエレーヌなんだ。だけど俺は、あきらめるわけにはいかなかった。だから、絶対に一人で立派になってお前を迎えに来る、って約束したんだ。そしたらクロードのやつが、じゃあ、それまでは僕がエレーヌを守るよ、って。あの泣き虫なクロードが・・・・」
 懐かしげに語るジュリアンを、開拓者たちが微笑みながら見つめていた。
「生家飛び出したなぁ俺も同じだがぁ、俺はまぁ金は有ったし戻れなくも無ぇし異国でも無し、軽そうだが大したもんだよなぁ・・・・」
 薫がへらへらと笑いながらも、そんなふうに呟く。
「さぁ、ジュリアン様、さっそくご家族のもとへ参りましょう」
 ブローディアがうながすと、ジュリアンが小さくうなずいて歩き出した。

 取りたてて特徴のない、このあたりでは一般的な木製の小さな家。
 だがジュリアンの目にはかけがえのない、懐かしさを閉じ込めた大切な家。
「帰ってきた・・・・五年ぶり、かぁ」
 現在二十歳のジュリアンにとって、五年という歳月はとても大きい。色々な思いを胸に、彼は懐かしい生家の扉に手を掛けた。開拓者たちは少しだけ距離を置いて、彼の姿を見守っている。
「――お父様、お母様、エレーヌ・・・・行ってきます」
 扉の奥から聞こえてきたのは、ずいぶんと低くたくましくなった――けれど、決して忘れるはずもない、懐かしい声。
「・・・・クロード」
「クロードお兄ちゃん! ダメよ、行かないで!」
 ジュリアンの小さな呟きをかき消すように、閉じられた扉の向こうから聞こえた叫び声。それは間違いなく、ジュリアンの妹、エレーヌのもの。
「もう散々話し合ったはずだよ、エレーヌ。領主様の命令で、この村は反乱軍に合流することになったんだ。十五歳以上の健康な男は、義勇兵として戦争に参加しなくちゃならない。もしそれを拒んだ場合は家族全員この村にはいられなくなるんだ・・・・僕が行くしかないんだよ」
「戦争になんて行ったら・・・・殺されてしまうわ! 反乱軍に勝ち目なんてあるわけないじゃない!」
「・・・・それは分からないよ、エレーヌ。反乱軍には巨神機っていうすごい兵器があるらしいし」
 おそらくは自分自身でも信じてなどいないのだろう。答えたクロードの声も自嘲的な響きを帯びていた。
「でも!」
 エレーヌはもはや泣きじゃくっていた。
「クロード! エレーヌ!」
 それまで呆然と二人の声に聞き入っていたジュリアンが、エレーヌの悲痛な叫びに耐えきれず勢いよく扉を開けた。
「・・・・まさか、兄さん?」
「お兄ちゃんなの?」
 突然視界に入ってきた人物が誰であるのか、二人の弟妹はすぐに察したらしい。目を丸くしてジュリアンの姿を見つめる。
「・・・・ああ。ひさしぶり」
 五年ぶりの再開になんと言っていいか分からず、ジュリアンはぎこちなく笑い返した。

「そんなこと・・・・本当に出来るのですか?」
 ジュリアンと開拓者たちから話を聞き終え、呆気にとられた表情でクロードが尋ねた。
「ええ。道中の安全は俺達が確保します」
 トーマスが真摯な表情で答える。彩虹もそれに続ける。
「私達がここまで無事にたどりついたことがその証明になりませんか? 確かに、危険がないとは言えませんが、今のジルベリアに残ることは・・・・まして、義勇兵になったりすることは、もっと危険ではないでしょうか」
「言っていることは分かる。だが・・・私達は先祖代々この地に生きてきたのだ。他国へ渡るなどと・・・・」
 苦しげな表情でそう言ったのはジュリアン達の父だ。
「故郷を離れたくないのも分かりますが、何よりも家族が健康であり続けることが大事なのではないですか?」
「しかし・・・・」
 ブローディアの言葉にも、父親は態度を決めかねるというように頭を振った。
「故郷を捨てるのはなかなか難しいと思う。だったら、せめて戦争の間だけでも天儀に避難してもらえないだろうか。戦争が一日でも早く終わるよう、自分たちも頑張る。その後のことは、ジュリアンの生活をゆっくり見てもらって決めたらいいんじゃないだろうか」
 ルーティアが、ジュリアンの両親を真っ直ぐに見据えながら言った。
「せやで。二十かそこらで手に職つけとるゆうんはなかなかやよな。勢い飛び出してきてもうたみたいやけど、それなりに上手いことやっとるようやさかい、信じたってや」
 志乃が軽い口調で言う。両親は答えないが、考え込んでいる様子だった。
「天儀が気に入らんかったら、また戻って来れる。でも、家族を失うてしもたら、もう二度と取り戻されへんねんで。どこの国でも家族皆が元気で暮らせることが一番大事やろ?」
「いっしょに、行こうー?」
 ジルベールが熱く語り、霧絵も真剣な表情で言う。
「そうよ! お父さん、お母さん。あたしはクロードお兄ちゃんが戦争に行くなんてイヤ! 家族で一緒じゃなくっちゃ、ここにいたってなんの意味もない! ねぇ、お願い、ジュリアンお兄ちゃんと一緒に行こう!」
 エレーヌが、目に涙を浮かべて両親に懇願した。目に入れても痛くない愛娘の言葉に、そして何より家族の幸せのために、両親は顔を見合わせて、ついに首を縦に振ったのだった。


 ピイイィィィッ。
 雪色の寒空の下、呼び子笛の音が響き渡った。偵察に出た薫、志乃、彩虹たちからの合図だ。
「やっぱり、でよったか」
 そう呟いて、ジルベールが弓の蔓を握りしめた。彼が事前に調べておいた情報によると、先行する偵察隊はちょうどアヤカシの出現情報があった場所を通った頃のはずだ。あらかじめ警戒をしていた彼らは、すぐに戦闘態勢をとる。中央にジュリアンとその家族を固まらせ、後衛組のトカキ、霧絵、ブローディアがそれを囲む。すぐ側に弓術師のトーマスとジルベールが弓を構えて立ち、その外側を前衛のルーティア、景倉 恭冶(ia6030)がそれぞれ二本の槍と二本の刀を構えて敵に相対する。
 すぐに、薫と彩虹が交代しつつ合流した。彼らを追って十匹くらいの狼や豹のような姿をしたアヤカシが姿を現わす。少し離れたところでは陽動役の志乃が、一匹の蛇の姿をしたアヤカシを引きつけている。
「こんな志体持ち十人相手にするなぁ向こうだって費用対効果が悪いと思うんだが、ねぇ・・・・」
「来ましたね・・・・指一本触れさせませんよ」
 薫と彩虹が口々に言う。
「きっとすぐ終わりますから。皆、強いので大丈夫ですよ」
 トカキが安心させるように、ジュリアンの家族にそう声を掛ける。
「ジュリアンさん、今度こそ家族の傍から離れたらアカン。アンタがしっかり守るんやで」
 ジルベールの言葉に、ジュリアンも護身用の脇差しを抜き放ってしっかりとうなずく。
「みんな、がんばってー!」
 霧絵が前衛に加護の術を掛け、それが戦闘開始の合図となった。

 薫、志乃、彩虹たちが敵の懐に飛び込んで攻撃を仕掛け、アヤカシの数を減らしていく。ジュリアンたちに迫ったアヤカシはルーティアと恭冶が迎え撃ち、その背中越しにトーマスとジルベールの矢が放たれて彼らを援護する。トカキとブローディアの放った火球や雷撃が飛び交い、アヤカシの反撃で負った傷は霧絵がたちどころに治す。
 開拓者たちの見事な連携の前に、アヤカシたちはあっという間に退散した。
「た、助かった・・・・」
 ため息のように呟いたのは、震える手で刀を握りしめていたジュリアンだ。考え抜かれた戦術によって、一匹のアヤカシも彼らのもとにたどりつくことはなく退散したのだが、それでも目の前にしたアヤカシの凶暴な姿に、極度の恐怖と緊張を強いられたらしい。雪の積もった地面にへなへなと座り込む。
「ちゃんと家族を守りきったやないか、上出来や」
 志乃が掛けた言葉に、ジュリアンは一瞬驚いたような顔になって、それからニヤリと笑った。
「褒められるなら、おっさんにじゃなくてキレイなお姉さんがよかったな」
「ジュリアンお兄ちゃんってば、相変わらずなんだから」
 エレーヌが口を尖らせる。
 あたりに軽やかな笑い声が弾け、天に昇っていった。
 視界の先には、傾きはじめた夕方の太陽の光に照らされた、ジェレゾの港町が映っていた。
 あの街の向こう、遥か空を渡った先に新天地がある。
 生まれてから今まで、ジルベリア帝国に縛り付けられるように生きてきたジュリアンの家族たちが、繋がれた鎖を断ち切って今、ひとりで歩き始めたのだった。