冬市への商人護衛
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/10 02:36



■オープニング本文

 そのボリス、というジルベリアの商人の家は町の通りの一つに面している。
 一階には部屋が二つあり、通りに面している作業場には徒弟たちが詰めている。
 奥にあるのが執務部屋で、ボリスはそこで険しい顔をしながら計算板をにらんでいるのが常だった。
 そんな薄暗い執務部屋に、男が一人で入ってきた。
「旦那ぁ、縮絨に出してたのがいま、届いたよ。やっとこさだぁ」
「遅すぎだ。今回の市で毛織物あつかえねえとなると大損害だ。胃に穴の空く思いだったぜ」
「仕方ねぇすよ、ウチは扱うの初めてで、羊毛が加工すんのにあんな手間がかかるもんだと思わなかったもの。心得てるのは旦那とアキームさんだけで、あとの若いのはさっぱり。織工に出すのが遅すぎたよ」
「御託並べてねえでとっとと荷造りの手はず整えやがれ」
「商人が御託並べないで何並べるのさぁ」
「品に決まってんだろうが」
 男は肩をすくめながら部屋を出て行った。いれかわるように、先ほどの男よりもいくぶん若い男が入ってきた。
「父さん、開拓者ギルドに依頼を出させておきましたよ」
「ああ」
「雇うのにも金がいりますが、盗賊やアヤカシのことを考えるとやむを得ません」
「んなことあ分かってる」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 部屋はますす暗くなっている。そろそろ、日が暮れる。
「父さん」
「なんだ」
「雇った開拓者って、口説いていいんでしょうかね」
 ボリスはため息をつきながら、頭髪の寂しくなってきている頭を軽く指でかいた。


■参加者一覧
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
ファリルローゼ(ib0401
19歳・女・騎
ワイズ・ナルター(ib0991
30歳・女・魔
浄巌(ib4173
29歳・男・吟
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ


■リプレイ本文

 朝も早くから、作業場の徒弟たちが荷づくりをする音が町の通りまでこぼれてきている。男たちはせっせと通りに出した馬車に荷を積んでいく。
 その中に、ウルシュテッド(ib5445)はいた。キース・グレイン(ia1248)と赤鈴 大左衛門(ia9854)の姿もある。彼らは男たちにまじって馬車に荷を積んでいく。
「悪いな、助かるぜ。こいつも頼むわ」
「ああ、分かった」
 そもそもはウルシュテッドが作業場に「手を貸そう」とひょっこり顔を出したのだが、後から来たキースと大左衛門も流れで手伝うことになったのだった。
「細いくせに開拓者だけあって力あんだなあ、兄さん」
「‥‥そうか?」
 キースは黙々と作業を続けている。男と間違えられるのには慣れている。いちいち訂正する気にもならないようだった。
「おンや、荷車牽くンはもふら様でねくて馬だスか。じるべりあじゃ普通なンだスか?」
「もふらなあ。見ねえことはねえが、こっちじゃ珍しいな」
 大左衛門は荷を担ぎながら馬を眺めていた。天儀の田舎の出である大左衛門などは、もふらに随分馴れ親しんできたのかもしれない。
 開拓者が三人いるとさすがに作業の進みも違うようで、徒弟たちも有り難そうにしていた。
 三人は手を動かしながら、道中のアヤカシや盗賊のことを聞いておいた。彼らにしてみればそれが本題であった。
「盗賊騎士?」
 ジルベール(ia9952)は一人、酒場にいた。別に朝から一杯やるためでなく、やはり情報収集のためだった。
「他所じゃそういうのがいるらしいって話。ここら辺じゃ聞かないけどね。せいぜいが志体持ちが数人交じってるくらいでしょ」
「ふーん。参考までに、その盗賊騎士ってどないなもんなん?」
「そのままよ。下級の騎士が徒党を組んで盗賊やるの」
「けったいな話やなあ」
「そんなことより飲んでいかない? あなたいい男だし、安くしとくわよ」
「おおきに。けどこれから仕事あんねん。今度はきっともらうわ」

 街道の上を三台の馬車が車輪の音を曳いてゆき、浅く雪を被った白い眺めがどこまでも広遠に続いている。ジルべリアの景色だった。
「要は何もないだけなわけだけど。まあ、何も考えずに眺めていられるのも取り柄かしらね。アヤカシに向かい合ってばかりじゃ気が滅入っちゃうし」 
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)はジルべリアの出だった。一台目の馬車について歩いている。
 馬車一台につき、開拓者が二人ずつ付く格好になっている。三台で、六人。開拓者は八人。残りの二人の大左衛門とジルベールは馬車からいくらか離れた先を歩き、斥候の役を果たしている。
「叔父様と依頼に参加出来るとは思いませんでした」
「そうだね。ロゼと肩を並べる日が来ようとはね‥‥頼りにしているよ」
「‥‥お任せください。精一杯務めます」
「相変わらずだねロゼは。仕事も大事だが折角の縁だ、皆で楽しく行こう」
 柔らかく笑っているウルシュテッドには、ファリルローゼ(ib0401)の生来真面目な気質が時折、肩に力が入って見えるようだった。実際のところファリルローゼにしても、この叔父と依頼を共にするにあたって、いくらか気負うところはあるかもしれない。
 もっとも、ウルシュテッドにしてみればそうしたところも含めて好ましい姪として映っているわけだが。
「なんだ、父兄同伴なのか。こいつは話が早い。ぜひお宅の娘さんと今晩食事を」
「うるさいぞ、そこ!」
 ファリルローゼは今一つ本調子ではなさそうであった。
「なあ姉さん、あの旦那、どういうお人なんだ?」
「はい?」
 ワイズ・ナルター(ib0991)は隣り立って歩く馬車に乗った徒弟の一人に首を向けた。徒弟は馬車を挟んでワイズの逆側を歩いている浄巌(ib4173)に遠慮がちに視線を送っている。
 ワイズは合点がいった。淨厳の出で立ちといえば、深編笠で顔をすっぽりと覆った天儀の僧のようであるから、ジルべリアの人間にとっては異様に映っても仕方ない。
 なんと言ったものか、ワイズは考えた。そも、淨厳自身、僧のようでいて僧でないらしく、とらえどころというものが無い。
「開拓者には、色んな方がいますから」
「ははあ、なるほど。ところで姉さん、今晩酒でもどう?」
「お仕事終わったら遊んでもいいわよ」
 淨厳は笛を吹き始めた。笠からわずかにのぞく口元は笑っているようにも見えた。あるいは二人の会話も聞こえていたのかもしれない。
 車輪と澄み渡った笛の音とを連れながら、一行は歩き続けている。

「後ろは賑やかそうにしてるだスな」
「言わんといて。寂しゅうなるわ‥‥あれもアヤカシやな」
 ジルベールは掻き鳴らしていた弦を静め、前方の雪を被っただけの何も無い場所に矢を放った。矢を受けた雪の塊が魚のような跳ね方をする。
「やっぱフローズンジェルはそこら辺におんねんなあ」
 もっとも、位置さえ分かればあとはジルベールと大左衛門の二人で問題は無いようだった。
 やがて街道が森に突き当たった。その森を迂回するように街道は続いている。一行にしてみれば右側を森にして進んでいくことになる。
 事前に情報収集した者たちが聞いたところでは、ゴブリンスノウが多い。案の定、湧いて出た。
「片付けてくる。馬車を止めておいてくれ。馬は宥められるか」
「こちとら修行中の身でね。今んとこ上手くなるのは馬の扱いばっかりだ。大丈夫だから行ってくれ」
 キースはもう走り去っている。
「頼もしい兄さんだなあ。体は小柄だが、背中が大きく見えるぜ」
「そうね、ちょっと真面目すぎる気もするけど。基本的に尽くすタイプなんじゃないかしら、彼女」
「彼女?」
 リーゼロッテは馬車の傍に残り、符からギロチンの刃を模した式をつくりだしていた。使い終わった符が、微かな呻き声をもらしながら黒い灰へ朽ち果てていくのもちょっぴりホラー。
「手摺り足摺り引き摺り慄け‥‥」
 淨厳は淨厳で、いかにもな感じで毒蟲の式を行使している。
 そんな様子で商人たちにささやかな恐怖体験させながらも、低級アヤカシ程度であれば苦戦することもなく片付け、彼らは旅路を進めていった。
 結局、一日目はこれといった問題もなく日の暮れるころには宿町に着くことが出来た。
「先日も思ったがいい弓使ってるよなぁ」
「おおきに。ウルシュテッドさんの銃もカッコええなぁ。見せてもろても構へん?」
 彼らは酒場にいた。ジルベールとウルシュテッドなどは以前から依頼を共にしていたこともあり、すっかり意気投合した様子で酒を酌み交わしている。
 ファリルローゼはそんな男二人の仲良さげな様子を横目に、自分もちびちび飲んでいたが、どうにも、面白くないらしい。
「‥‥ジルベール、叔父様に対して少し馴れ馴れしくないか?」
「え、なんで?」
「馴れ馴れしいもなにも、そういう仲だからね。なあ、ジル?」
「せやんなあ、テッド?」
「‥‥‥」
 ファリルローゼはやはりちびちび飲む。面白くない。
「美人がつまらなそうに酒飲んでる姿ほど罪深いもんはねえな。男としちゃ声掛けないわけにゃいかなくなる。一緒に飲もうぜお嬢さん、楽しませてやっから」
 どこかから湧いた徒弟たちが背中から声をかけてくる。
「私は楽しんでいる。私などよりもその口の達者さを商売に活かしたらどうだ? 」
「うっ」
「はは、ロゼは手強いだろう。ロゼも、いつまでもそんな顔をしないで。俺も悪かった。ロゼの話を聞かせてくれ」
「じるべりあの酒ァ、さすがに強ぇだスな。油断ならんだス‥‥淨厳さぁたちは?」
「荷番をしてくれている。後で俺たちも交代しよう。ワイズは、疲れたのでお先に休ませてもらいます、だそうだ。交代時には起きるといっていた」
 大左衛門やキースにしても、皆仕事にさわらない程度に飲んで過ごした。
 むしろ酒よりも、
「一緒に寝る?」
「ま、まじすか!?」
 リーゼロッテが徒弟をからかったり、
「おはよう〜」
「わ、ワイズさん服がはだけ‥‥」
 寝ぼけたワイズがワンパンチかましたりと、一部は違った方向に荒れたりした。荒れたのは主に商人サイドオンリーであったが。
 そんな商人たちには軽く眠れなくなる一夜であった。

 二日目の朝も、前日と同じ時刻に彼らは発った。街道は森の中を進んでいる。
「‥‥さすがにしつこい」
 日が頭上にさしかかった頃、いびつな影が木々の間を這うようにして彼らの周囲をつきまとい始めた。
 サバーガカラヴァは三体、とジルベールは見たが、木々のために狙撃が容易ではない。
 側面から現れたところを馬車の前に立ったファリルローゼが流れ切りにし、ワイズがサンダーを放って牽制してからは、向こうも木々の中から距離をとって隙をうかがいはじめた。
 中々しかけてこない。時間を浪費するわけにもいかず、斥候の二人も馬車について警戒しながら歩みを進めている。
 徒弟たちも、強がりを見せてはいるがさすがに不安の色が隠せていない。
 ファリルローゼは、静かに力強く言ってみせた。
「私達が必ず君達と荷物を守ってみせる。大船に乗ったつもりでいてくれ」
 そんな彼女を見てジルベールは笑って頷いている。
「せや、俺らはプロや。心配せんとどんと構えとけばええ」
 徒弟の一人は、息を呑んだ。ファリルローゼの横顔を見ている。
「‥‥惚れる」
「俺にかいな?」
 張りつめていた一行の間に笑いが起こった。
「歩みの速さでは振り切ることは厳しかろう。さりとて我らも蛇の道を知る者たれば相手取れぬことはなかろうて。まずは気を静める事が肝要」
 淨厳は相変わらずの謡うような調子のまま落ち着きの無い馬をなだめている。
「旦那は随分と落ち着いてるようで」
「先の確かならぬままに心乱すことはなかろうて。出来るはただ続く道に歩みを沿わせるばかり」
「はあ」
 徒弟は首をかしげた。やはりこの男はよく分からない。
 影につきまとわせたまま、かなりの距離を歩いた。
「そこです」
「活目されたし、烏が其の眼を喰らうまで‥」
 その間、木々の間をわずかな時間に影がはしるのをとらえ、ワイズは雷を放ち、淨厳は眼突鴉を行使した。
 そしてウルシュテッドもまた弓を鳴らした時、堪え切れなくなった影が弾けるようにして姿を露わにした。
「しつこい奴ってイヤよね。ここで仕留めましょ」
 リーゼロッテは斬撃符の刃を飛ばした。いい加減、犬の相手は面倒である。
 一体目はすぐに倒れた。最も傷を受けていた個体に違いない。
「心配無い。ここで決まるよ」
 ウルシュテッドは鉄傘を開いて馬車の前に立った。商人たちはふるえている。毛に覆われ肉の盛り上がった体躯に、一つ目の犬の頭。サバーガカラヴァの容姿とはまるで貪欲と残忍を絵に描いたようではないか。
「通さねぇ、ぬしらァわしが通さねぇだス」
 槍から、紅葉の燐光が散っていく。防盾術を駆使し、槍を、己の肉体をさえ盾として自身よりも巨大な二体のアヤカシを前に、大左衛門は微塵も揺るがない。
 人は見たままを見るのではない。より本質に近づくことがある。大きさという概念が肉体の規模ではなく、存在の規模として視界に飛び込んでくる。
 二体の脅威の前に、己の肉体を惜しげも無くさらし盾となる男の肉体が小さかろうはずはない。大左衛門の体は、アヤカシの前に立ちはだかる何よりも巨大な壁であった。
 不動を科したキースの身体が軋む。格闘によって己の一部を相手に叩き込む戦法は否応なしに自身へ強い衝撃となって返ってくる。衝撃を感じ、そこからさらにその衝撃を突き抜けるように拳を打ち抜く。拳を、肘を、膝を。装備はとことん身軽である。その速さで打ち続ける様は風にも似ていた。
 式が、矢が降り注ぐ。
 その間をファリルローゼがオーラの光をまとって駆け、前に立つ二人の隙間を通すように細身の刀身をはしらせた時、サバーガカラヴァの固く盛り上がった肉から瘴気が噴き出た。
「すげえ、すげえんだなあんたら」
 ふるえる者はもうその場にはいなかった。

 その後はぷつりと途切れたようにアヤカシと出会うことがなかった。歩みにもまた余裕が戻っている。目的の町はもう遠くないはずだった。
「開拓者の皆さんには本当にお世話になりました。ぜひ今後とも懇意にして頂きたいものです。いかがでしょう、そのしるしとして今夜は二人きりで食事でも」
 団体向けの挨拶から触って後半個人への口説きに入るという訳の分からない技法を披露してくれたのは商人一行の若旦那であった。
「あら、ありがとう。でももう何年か経ってから出直してきなさい、ボウヤ。なーんてね」
 リーゼロッテは相手にならない。彼女から見れば若旦那は幾らか年下のようであった。傍からはとてもそうは見えないほどに、彼女は年齢不詳の外見をしていたが。
 若旦那は「これは手厳しい」と笑っていた。
「次に見えるその時は雪の降る様見たいものよの‥‥」
「んなもんでよけりゃいくらでも見れっから、いつでも来て下せえよ旦那」
「強くなったね、ロゼ。よく頑張ったよ」
「‥‥ありがとうございます」
「今晩ァきっちり付合うだスよ」
「なんのことですか?」
「もちろん酒に決まっとるやんなあ? 昨日は思い切り飲めへんかったからなあ」
「肴に梅干もあるだス」
 やがて森を抜け、遠い白い地平の上に小さくはしる城壁が、彼らの視界の中央に入ってきた。