グリフォンの駆ける空
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/30 04:11



■オープニング本文

 吟遊詩人である彼には、旅の道中というのは随分と辛いものだった。陽気な性分である彼には、一人でジルベリアの村や都を渡る間の道のりがあまりに淋し過ぎるのだった。
 アヤカシの出そうな道をゆく時には、さすがに知り合った開拓者や同業と連れ立つこともあったが、今は一人である。
 どこぞの楽団にでも加わるのが彼には良かったのだが、お前はしばらくは一人で旅する時間を持て、と彼が唯一人心から慕う師が静かに言ったものだから、生来ものぐさな彼も、しばらくはその言葉に従ってみることにしたのだ。
 冬は特にいけなかった。雪を踏みしめる乾いた音が耳に響いてしまう。早く春が来ればいいと彼は思った。
 道中は村や都でのことを思い出す。ついさっきまで滞在していた村はよかった。皆が自分の演奏に手を叩いてくれて、演奏が終わってからもよくしてくれた。あの村にも早く春が来ればいいと、彼は思った。

 一人で旅している時は、どうしても周囲に慎重になる。アヤカシはもちろん、盗賊なども、避けられるならそれにこしたことはない。
 彼は目と耳がいいのが自慢だった。今日は耳よりも目が働いた。右の前方に高い山が見える。その山の周りを、黒い影が飛び回っている。彼は目を凝らした。アヤカシのグリフォンに違いなかった。それも二体いる。
 この周囲にはいま後にしてきた村以外に人は住んでいない。あのグリフォンたちがいずれ村を襲うのは容易に想像できることだった。
 彼は立ち止まってしばらく考え、やがて背負ったバラライカを担ぎ直していま来た道を引き返し始めた。


■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
桔梗(ia0439
18歳・男・巫
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
シエラ・ダグラス(ia4429
20歳・女・砂
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
九条・亮(ib3142
16歳・女・泰
朱鳳院 龍影(ib3148
25歳・女・弓
罔象(ib5429
15歳・女・砲
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲


■リプレイ本文

 彼らは空を飛んでいる。ジルべリアの空だった。
 色としてはどちらかといえば灰という印象の強いジルベリアの空は、しかしいちど雲の覆いをぬぐうとそれだけで一切を抜き去ったような澄んだ青に染まる。どこまでも続くように冴え渡った空は、普段の灰空とは打って変わった開放感を与えるが、その冷え切った風の厳しさもまた、際限を失わせるらしい。
「うーむ、寒いのう」
 グライダーの上で風を受ける朱鳳院 龍影(ib3148)は呟いた。割かし余裕があるように聞こえたのは、彼女のグライダーの塗装が燃えるような赤であることとは無関係だろうか。
「冬だから仕方ないといえば仕方ないのじゃが。早いとこ討伐して、炬燵の中にはいりたいのう」
「うーん、真面目な依頼でなかったら着ぐるみで居たいような気温だなこりゃ」
 不破 颯(ib0495)などは、そんな妙な感想をもらしていた。しかしなんとなく気持ちは分かるから不思議である。
「風音、お前も寒い?」
 桔梗(ia0439)は駿龍の風音の首をポフポフと撫でている。腹から背にかけての、色の移りかたが特徴的な龍だった。
「早く温かい場所に戻れる様に、頑張ろうな」
 風音は落ち着いた様子で低く喉をならした。
「だめよ、パティ」
「よせ、ドミノ」
 シエラ・ダグラス(ia4429)とシュヴァリエ(ia9958)の駿龍たちが急に接近して、互いに威嚇するようなそぶりを見せた。
「すいません、この子は気が強くて」
「いや、それならお互い様だ。・・・・目立つ龍だな」
 シエラのパトリシアはまるで雪のように真っ白な駿龍だった。
「それが本人も自慢なんですけど、今日は私が防寒にと思って着せた大猪の毛皮が不満らしくて」
「なるほど」
「あ、こら」
 パトリシアは面白くなさげに首を揺すると、シュヴァリエを一度にらむようにして翼を傾かせて離れていった。
(・・・・妬かせてしまったんだろうか?)
 シュヴァリエは微妙な心持ちになった。
 ドミニオンが喉をならしている。多少、緊張しているのかもしれない。
「大丈夫だ、俺が付いている。頼むぜ、ドミノ」
 シュヴァリエはドミニオンの首もとの毛を撫でてやった。相変わらずのもふもふ具合であった。
「あれが依頼を入れた村ですね」
 井伊 貴政(ia0213)は帝釈の赤銅の翼の脇からのぞかせていた顔を再び前方に向けた。見える山は雪もかぶり岩の質の固そうな、いかにも登るには辛そうな山だった。
 やがてその周りを飛び回る影が二つ、貴政の目にとまった。

「あれがグリフォンかぁ。実物見るの初めてだな〜」
 ついでにこの時期のジルベリアの空を飛ぶのも初めてのことで、九条・亮(ib3142)的にはドキドキとワクワクがとまらない。おまけにヘビー。
 グライダーの紫電を戦闘状態へと切り替える。風宝珠の出力をあげた紫電は、それまでの滑空飛行と巡航飛行の繰り返しからなっていた緩やかな動きからうってかわって鋭角な軌道を描くことを可能にした。
 二頭のグリフォンは突如として飛来したものたちにわずかな驚きを見せたが、次にはすぐさま彼らを敵と認め激しいいななきと共に襲いかかった。
「ええいっ、このような場所で暴れるとは・・・・たとえアヤカシと言えど、少しはこちらの迷惑くらい考えられんのかっ。輝桜!」
 輝夜(ia1150)の駆る輝龍夜桜が山に向かって直角に折れるように降下する。グリフォンは足で空を蹴るようにして加速し輝龍夜桜の尾を追った。その動きはまさに鷲のそれとかわらない。
「えい、早いのう!」
 落下しながらグリフォンは獅子の爪を振りかざす。輝龍夜桜はさすがに駿龍の素早さで身をかわしてみせたが、追いすがったグリフォンの爪が浅く肉を裂いた。
 そこでとつぜん、グリフォンが身をすくめて動きを止めた。同時に銃声がひとつ、山に反響してよく聞こえている。
「うーん、やっぱり難しいねトントゥ」
 毛布にくるまったルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)は甲龍トントゥの上で構えた鳥銃「遠雷」の照準眼鏡からその青い目をはずしながら言った。トントゥは他の龍達より高い場所を浮遊するように飛んでいる。甲龍であるトントゥはグリフォンの速さには迫れないかもしれないが、銃を構えるルゥミをその甲龍特有の重厚で安定した飛行で助けてくれている。それでも動体の上から動体をとらえるのは難しいらしく、放った銃弾は命中したものの、狙いの翼の付け根からは逸れた。
「よし、次はフェイントショットでいこうか」
 ルゥミは素早く慣れた様子で装填動作を開始した。
 二頭のグリフォンを二班に分かれて対応している。基本は一人が引きつけ、他が縦横から攻撃をしかけてゆく。上を飛ぶものは周囲への警戒の役目を果たすことも出来る。端から戦法の重要さに重きを置いていた罔象(ib5429)をはじめとして、皆で事前に相談をつけてのことだった。
 シュヴァリエとドミニオンが中距離の、グリフォンからしてみれば嫌な位置からオーラショットと火炎を放つ。接近しようとするグリフォンの前に貴政の帝釈が割って入り、互いの爪でつかみ合うような形になった。
「熱くなりすぎないでくれよ帝釈、僕も乗ってるんだけどな」
 グリフォンともんどり打って落下する帝釈の上で貴政はなんとか手綱を握っている。言われて貴政のことを思い出したのか、帝釈は蹴飛ばすような格好でグリフォンから距離をとった。
 ああ、ツバメが降ってきた、などと手綱を握り直しながら貴政は思った。亮だった。降ってきたと思ったときにはグリフォンに豪快に空気撃を叩っ込んでいる。しかしその次には、
「無理無理、キミに直撃食らうとボクの紫電じゃヤバイんだよね〜」
 とグライダーの風力を一気に噴かして、地に近づき再び空へ戻るツバメのような軌道で離脱している。グリフォンといえど速度はおよそ龍とかわらない。さすがにグライダーの最高速度には迫れないでいるらしい。
(いい流れだと思います)
 駿龍の翼を羽撃かせて空をきる瓢の背の上で、罔象は意識から呼吸さえ追いやりながらマスケットを構えた。

 罔象たちとは別のもう一体を、龍影たちが相手取っている。
 龍王を自称する龍影の、迫力に満ちた咆哮に引かれるようにグリフォンが駆けてゆく。
「では、ささっとやるとするかの」
 龍影はいかにも不遜に笑って見せた。
 風宝珠の出力を全開にしたグライダーはグリフォンの意表を突く間に肉薄している。不意をつかれたグリフォンはこの時龍影にとっては、
「とまった的でしかないのう」
 「朱天」がグリフォンの爪を弾く。晒された胴に「焔」の刀身が炎影を引きながら突き刺さる。返した「朱天」の一の刃が、三の刃となってグリフォンを袈裟に斬り下げ重傷を負わせた。 
 一連の動作を龍影はグリフォンとグライダーが交差する間にこなしてみせた。すでに、グライダーは弐式加速によって一気に過ぎ去っている。
 追うべきかとわずかな逡巡を見せる間に、グリフォンを突風と衝撃が襲った。シエラのパトリシアから放たれたソニックブームに気をとられたグリフォンは激しく鳴きながら翼をうった。
 戦闘班とはまた別に、桔梗と颯の二人が上空で警戒にあたっている。近くには銃を構えるルゥミもいるが。
 二人は下で繰り広げられている戦いを挟むような形で空を旋回している。
「きみらは食い物が欲しいんだろうが、こちらとしてはたまったもんじゃないからねぇ」
 颯は優れた射程を誇る華妖弓を手に、射程範囲に入ったグリフォンに向け先即封を時折打ち込み戦闘班を援護している。
 いい加減、寒い。とても寒い。颯としては勘弁願いたい気分である。さっさと済ませて温かい酒と飯にありつきたい、などと思うが、そんな願望とは裏腹に弦を弾く指は機敏かつ正確である。ものぐさなようで基本的に人の良い颯がこの時も心の底では、自分がやらねばあの村に犠牲が出る、などと思っているかどうかは定かではないが。案外、その辺りの本音は颯自身も分からないでいるかもしれない。
 桔梗もまた、白霊弾や風音のソニックブームで援護を試みはしたが、いくぶん、射程が足りないようだった。射程内まで接近しようかとも思ったが、そうなると戦闘に気をとられ過ぎて警戒がおろそかになるかもしれない。桔梗は、ちょっと考えた。
「‥うん、仕方ない。俺たちは警戒に専念しような」
 形勢は悪くない。そこへ自分一人が加わるよりは、アヤカシの増援に備える方が大事と桔梗はとった。
 結果としてその備えは働いた。警戒を続けていた桔梗と風音の視線の先に、山の裏から回り込んでくるように小さな影が現れる。三体目のグリフォンに違いなかった。
 かん高い呼子笛の音は、寒い風に乗って遠くまでよく響いた。

「‥‥三体目か」 
 シュヴァリエはハルベルトを振るいながら重々しく呟いた。目の前にはグリフォンの巨体がある。こうして間近に見れば、遠目に空を飛ぶ姿よりやはりグリフォンはかなり大きい。龍と同等である。ドミニオンはその同等のグリフォンを相手に全く怯むことがなかったが、やがて鋭く突きだされたグリフォンのクチバシのために首元に浅くない傷を負った。
「くっ、ドミノ下がれ!」
 シュヴァリエは突き出されたグリフォンの顔にハルベルトを振るって牽制し、ドミニオンに距離をとらせる余裕を生もうとした。
 グリフォンはなお追い打ちをかけようとしている。
「旭神流奥義『金翅鳥王拳』が一手『伽桜羅襲』!」
 直上から落下してきた亮の打撃が振り下ろされる。空気撃でバランス崩しての頂心肘へのコンボというとても男らしい構成であった。
 完璧なタイミングでド派手に技名叫んでくれたのもどうやら亮の美学っぽい。とても大切なことだと貴政は思った。
 思った貴政はすぐさま亮に続く。振り下ろした刀身が幾重にも分かれ「乞食清光」の薄く青い刀身がわれる様は氷雨が降り注ぐのにも似ていた。氷雨のうちの一滴が実像の刀身として奔ったとき、グリフォンの身体から鮮血のように瘴気が噴き出た。
 しかし、グリフォンはなお倒れない。
「もう一押しには違いないと思いますが‥‥」
 罔象はさすがに気のはやる思いがした。グリフォンの頑強さに呆れもしている。三体目のグリフォンの対応に向かう桔梗と颯たちが、頭上を飛んで行く。
 二体までならいい。しかし三体を相手取るとなるとこちらも覚悟を決めてかからなければならなくなるかもしれない。
 しかし出来る事なら、
「さっさとこちらを片付けることじゃの」
 輝夜の体躯を巡る気が一つの術を体現し、水遁によって出現した水柱がグリフォンの頭部に激しく打ち付けられる。
「アヤカシに寒さは無意味じゃろうが、これならどうじゃ?」
 顔面を凍らせれば視界を塞ぎ大きな隙を生めるかもしれないという打算がある。
 グリフォンは顔を激しく振るうと再び翼を羽ばたかせた。多少面倒くさそうに顔を猫のようにこすってはいたが、ほとんどの水は凍りつく前に風圧で飛んでしまっているらしい。グリフォンの頭を覆う鷲の毛が、水を弾きもする。
 しかし水遁そのものの効果は十分に発揮しているらしく、平衡感覚を失ったグリフォンは飛ぶ姿がおぼつかない。
「汝の素っ首叩き落してくれる」
 やみくもに振るわれた爪をかいくぐって懐に入り込み、輝夜自身よりもはるかに長大な斬竜刀「天墜」を巨体に突き立てる。天駆ける竜を墜とさんとする刀ならば、鷲とも獅子ともつかぬようなものを墜とせずしてなんとする。刀を捻り抜くと共に、瘴気が霧のようにしぶいた。
 ルゥミは太陽の中から弾丸を撃ち続けている。一瞬のシングルアクションで装填しては次々と撃つ。ルゥミは前方を見やった。三つの小さな影が飛びまわりながらこちらへ近づいてきている。桔梗と颯が三体目を相手取りながらこちらへ誘導しているのだった。駿龍とグリフォンが飛び交う様は遠目には鳥が遊んでいるようにも見えた。
「いかんのう、届かれたか」
 龍影が面白くない声で呟く。痛手を負わされた龍影めがけて、グリフォンが全力で仕掛けた突進の瞬間的な加速にとらえられたのだった。グライダーが巨体の突進を受けてバランスを崩している。
「久々にしては、やはり中々に大変な任務にあたりましたね。パティ」
 龍影とグリフォンの間に白い影が割って入った。グリフォンに急激に迫ったシエラのパトリシアは激しく牙を振りだしている。その激しさは白い体躯と相まって吹雪の厳しさを思わせた。シエラの掲げた刀が、白く澄んだ気を帯びている。清浄な気は梅に似た香りさえ漂わせた。ジルべリアの冬に束の間に流れた春の香りが通り過ぎた時、グリフォンの巨体は大地へ向かって落ちていき、落ち切る前に、冷え切った風に乗って霧散した。
「お疲れです、と言いたいところですけど、もう一仕事つれて来ちゃったんだですよねぇ」
 飛んできた颯の背後には桔梗、さらに後ろには新たなグリフォンが見えた。桔梗と風音は白霊弾とソニックブームを放ちながら、一定の距離を保ちながらグリフォンを連れて来ている。
「まあ、問題無いじゃろう。ほれ、向こうも」
 グライダーの体勢を立て直した龍影が軽く首を回しながら言った。視線の先では罔象の放った弾丸が直角の軌道を描いてグリフォンを死角から射抜いていた。
 銃声は風が吹いたせいかあまり聞こえなかった。

 村に降り、討伐の達成を報告すると彼らは再び空へあがった。今日は皆、飛びっぱなしである。亮などはあのあと他にアヤカシがいないか周辺をしばらく捜索していたのだが、今なお、彼女が飛ぶ姿はどこか軽やかで楽しげに映る。
 ジェレゾへ、そしてそこからまた各々の家路や次の目的地へ向かうことになるのだろう。
「よく頑張ったな。お前は俺の誇りだ」
 シュヴァリエは、褒めてやった。ドミニオンは満足そうに甘えている。戦闘で負った傷も、桔梗の閃癒によってふさがっている。
「早く帰って温かい酒とご飯が食べたいなっとぉ」
「よければ私が皆さんにスープをお作りしますよ‥‥なぜか粉っぽいって悪評が多いですけど」
「じいちゃん、あたい頑張ったよー!」
 風の冷たさが和らいだ気がする。気のせいかもしれない。
 桔梗は地上をのぞくようにしばらく眺めていた。
「どうかしました?」
「‥‥うん」
 村人に聞いた限りではこの辺りに居ていいと思うのだが。
 居た。村にグリフォンの事を伝えた吟遊詩人だった。遠くの街道を、一人歩いてゆく。
 やがて、向こうも気づいたらしい。桔梗は、手を振ってみた。言わんとすることは伝わったらしい。振り返してきた。あるいは、自分達の戦いの様子も、歩きながら眺めていたかもしれない。
 吟遊詩人は随分長いこと、こちらに向けて手を振っていた。
 笑っているかどうかまでは分からなかったが、ずいぶん元気に振っていたのが、桔梗には嬉しかった。