【初夢】スィーラの聖剣
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/24 20:05



■オープニング本文

※このシナリオは初夢シナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません


 人と竜との戦いは苛烈を極めた。
 絶大な力を誇るも個体数の少ない竜族に、人は数と団結の力をもって対抗していた。広大なジルベリアの民を時の大帝ガラドルフはその辣腕によって一挙にまとめあげたが、長すぎる戦いに大地は焼かれ、そして民たちも疲弊しきっていた。
 スィーラ城の玉座に腰掛けるガラドルフもまた、かつての己の皇帝としての力を失いつつあることを感じていた。
「陛下、ドニャプル草原に各地の竜たちが集いつつあります。どこにまだあれ程の数が潜んでいたのか。このスィーラを直接攻め落とすことで長き戦いの勝敗を決するつもりでありましょう」
 ガラドルフは老いた我が身を思った。このままではこのベラリエースの大地の上に人は絶え、竜だけが棲まう魔境となろう。
 いまのジルベリアが生き残るのに必要なのはただ優れた皇帝ではない。英雄が必要であった。
 ガラドルフは一計を案じ、ある宣言を発した。王家には一つの伝説がある。それを利用してやることを思いついた。
「我が城の地下には秘された洞窟がある。そこに一振りの剣が岩に突き刺さり眠っている。これは竜を殺す聖剣である。担い手は必ず人々に仇なす竜を殺し平穏をもたらすと伝えられている。これを抜いた者を、余の後継者としよう」
 それはただの古い伝説であった。しかし、仮に剣を抜く者が現れれば民はその者にすがりつこう。その者を祭り上げ今一度、民をまとめ大号令を発することが出来れば、ジルベリアが生きる道に光明が差す。
 果たして、剣は抜かれた。
「誰が抜いた。或いは我が子たちのいずれか」
「残念ながら」
「構うまい。今必要なのはただ一人の英傑である。今を乗り越えれば、後はいかようにもしようがある」
「・・・・」
「申せ。誰だ」
「・・・・ゴブリンです」
「余は肉体の鍛錬には一廉の自負があるが、やはり老いには勝てぬらしい。もう一度申せ」
「剣を引き抜いたのは、スノウゴブリンです」
 長い沈黙が響いた。
「城内の騎士たちで始末しておけ」
「出来ません」
「何故だ」
「あの聖剣ですが、どうやらその力は本物らしくすでに討ち取ろうとした騎士達が相当数、返り討ちにあっています」
「・・・・まあよい。しょせんはゴブリン。どれだけ力のある剣を持とうが棍棒並の使い方しか出来まい。捨て置いて隙を伺って聖剣も奪い返せばよかろう」
「そう悠長にもしていられません」
「何故だ」
「聖剣を抜いたゴブリンを皇帝として認めよ、と民が騒いでおります」
「馬鹿か」
「民衆です」
「・・・・しかし何故だ」
「重い税から解放してくれるんなら誰だっていい、ということのようです」
「民はいつもそうだ。余がどれほど身を心を砕こうとも理解しようとせぬ」
「聖剣ゴブリンを筆頭としたゴブリン共と民衆が結託して、今まさに城下をこちらめがけて攻め入ってきています」
「凄いな。反乱ではないか」
「おっしゃる通りです」
 ガラドルフは回廊の突き当たりの窓から城門を見下ろした。門を打ち破ったゴブリンと民衆たちが広場へなだれ込んでくる。
 飛び交う民衆たちの「増税反対」の怒号。「表現の自由を認めろ」とばかりにその勢いに全力で拍車をかけまくる吟遊詩人たちの歌に曲。
 先頭を走る一体のゴブリンが掲げた白い剣が発する天まで照らすほどの光。
 振り下ろされた光に吹き飛ばされて目の前の空を飛んでいく親衛隊。
 ガラドルフはそれらの様子をその鋭い目で見つめ、やがて低い声で呟いた。
「・・・・こいつぁやべえ」



■参加者一覧
シュラハトリア・M(ia0352
10歳・女・陰
水月(ia2566
10歳・女・吟
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
九条・亮(ib3142
16歳・女・泰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰


■リプレイ本文

 空よ、空よ。
 大地の上で生きた者を大地は土に還す。海の上で生きた者を海は果てない深みに沈める。
 では空に魅せられ空と共に生きた者が死んだとき、空は果たしてその者に何をしてくれるのだろうか。
 空は何をすることもなく。空に飛んだ者はやがて身も心も溶けるように落ちてゆき、空の友である冷ややかな風だけが、そこには残るのだろうか。
 空はただ果てなく、高く。死した者の弔いを、ただ広がり続けるお前の代わりに為すことだけが、いまの俺の役目ならば。
 ロック・J・グリフィス(ib0293)はうたた寝から覚めるように閉じたまぶたを開いた。金のリボンでまとめられた髪と同じ、燃えるように鮮やかな赤の瞳だった。
「竜族との争いに聖剣の反乱か・・・・頃合いだ、俺達も打って出る。『烈』の旗を掲げ、碇をあげろっ!」
 空を駆る空賊戦艦『キャプテンフォーチュナー』は艦首をゆっくりと旋回させる。目指す空の下にはあるのはジルベリア帝国王城、スィーラ。
「ガラドルフ、お前の陰謀で頭は討たれ、空賊団はちりぢりに・・・・その無念を背負い、俺達は薔薇の園で3年待った・・・・帝都の空よ我ら『烈』は帰ってきた!」
 あの頃とかわらぬ冷え切った風と共に、空はロックを迎えた。
 
 ジルベリアの民を怖れさせるのは竜だけではなかった。むしろ恐怖という点においては竜にもまさっていたと言えはしないか。そう、その二つの勢力はジルベリアにおける恐怖の担い手であった。
 死者の軍勢『黄泉』か、半不死の軍勢『妖仙』か。その二択が民にとってどれほどの違いがあったかは定かでない。しかしこの日、その違いの意味すらも薄れさせる事態が起こった。
 争いに乗じた『黄泉』と『妖仙』が共に手を組んだのである。
「あなたが、黄泉の屍鬼の屍姫たるシュラハトリア・M(ia0352)ね。あなた達の御主人様とは仲良くさせてもらってるわ。今回は楽しみましょう」
「よろしくぅ〜リーゼおねぇちゃん。つけこむすきはたくさんありそうだしぃ、楽しめるとおもうよ〜。ジルベリア取っちゃった暁には取り分は半分こだねぇ」
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が妖しさの色を含ませた笑みを向ければ、シュラハトリアは溶けるような甘い声で応えている。二人とも見ためは幼い少女でしかない。
「私たちが手を組むなんて予測する者がどれだけいるかしらねえ」
「驚くようなことでもないけどねぇ〜今の人間を変えてあげないと、って点では一致してるわけだしぃ」
「突き詰めればやっぱり違うのだけどね。あなた達は死を超え、私は死を遠ざけたい。けれど今回はその辺の細かいところは忘れましょう。・・・・今回、が終わったあとは分からないけどね」
「やぁん、リーゼおねぇちゃん怖〜い」
「ふふふ」
 とても楽しそうに会話に花・・・・悪の華を咲かせる二人であった。とりあえずこの場に「はまりすぎたろ」とツッコめる人間が一人もいないのが遺憾である。
「そろそろ行きましょう。空をとられると面白くないから、空賊さん達にはルベドを使って竜を誘導してぶつけられると思うし、私たちは可哀想な民衆たちとまずは遊ぶとしましょう」
 リーゼロッテの頭上で火のように赤い竜のルベドが、空を引き裂くようないななきをあげていた。

 赤鈴 大左衛門(ia9854)の家は貧しかった。それも大家族で日々の食事にも事欠くありさまだったから、徴兵にも大左衛門は素直に従った。弟妹を食わせてやらなくてはならない。軍の言うことを聞いていれば、わずかとはいえ金が手に入る。メシも食えた。しかしそのメシも、結局は村にいる家族を含めた多くの民から巻き上げたものなのだとある日気づいて、大左衛門はよく分からなくなった。
 よく分からないままに竜の討伐隊にも黙って加わった。同じ村から出てきた仲間達が次々と死んでいく。年老いた竜だった。
「惜しいな。お前の目が開かれていれば、我らの敵にもなりえたろうに」
「なんのことだス」
「お前たちは我らの敵を英雄と呼ぶのだろう。我らは英雄の敵である」
「敵? じゃアお前は敵でも無ェもんたちを殺したンだスか」
 大左衛門はその大きな両腕を広げた。仲間達の亡骸が転がっている。
「・・・・小さな人間よ。生まれた土地へ帰るがいい。悲しいことだが、お前を死なせるのは我らではないだろう」
 竜と戦い、ただ一人生きて戻った例は他に無い。兵役を終え正式な士官をすすめられたが断った。
 村に戻り、家に住み着いた猫又のにゃんこ師匠から聖剣を抜いたゴブリンの話を聞いたのは、それからしばらくしてのことだった。

 それがギルドによって発掘され工房に運び込まれてきたのを一目見たとき、九条・亮(ib3142)は直感した。
「うん。こいつ、ボクが乗る」
 おいおい、またお前さんか九条。いい加減お前さんの気まぐれに付き合わされるのもかなわねえ。第一こいつぁそう簡単に扱っていいシロモンじゃねえんだよ。形体こそグライダーに似ちゃあいるが動力機関から武装に至るまで全く未知の技術が使われてやがる。その技術、そいつがどうやらあのオリジナルアーマーと同じ年代のものらしいからさあ大変だ。も一つおまけにたまげやがれこいつは単独航行こそ出来るがそれ以上にオリジナルアーマーのオプショナルパーツとしてうんぬんかんぬん。
 色々面倒なことを言う者もいたが、最終的には誠意と根気と話合いで解決できた。拳もちょっと使った。
 そんな感じで試験搭乗員として認められ、発掘された『エルディオス』の整備とテストを終えたころ、亮は反乱の日を迎えた。
「ココは一つ助太刀といきますか!」
 帝国寄りの神威人派閥に属する亮がそう言って飛び出したのはそう不思議でも問題でもない。むしろ帝国側としては殊勝な心がけといったところだろう。帝国所有となっている『エルディオス』を騒ぎに乗じて速攻でちょっぱったりさえしなければ。
「帝国云々より実戦でエルディオス乗り回したくて仕方なかったに違いない」
 と、ある者はいった。
 亮は空にあがり、空は亮のものになった。
「どノーマルなグライダーや飛竜の速度でこの『エルディオス』に迫れると思うなよ!」
 竜さえも、エルディオスの前ではもふら並みの速さでしかなかった。しかし、驚異的な耐久力を誇る竜たちを撃ち落とすまではいかず蹴散らし追い払うにとどまっている。
「やっぱりこいつは合体してみないとね・・・・ん?」
 見れば空賊らしい飛空船と竜たちがやりあっている。竜は三体。飛空船も応戦しているが竜たちを相手にさすがに分が悪い。しかし、飛空船の甲板の上に立つ一体のアーマーが亮の目にとまった。
「あ、あのアーマーよさそう。んじゃ、通り魔的に合体といきますか!」
 エルディオスは軽やかにロールしてロックの駆る空賊戦艦へと飛んだ。

「こったら重税の上、どンだけ戦っても竜に勝てねェ皇帝なンぞもう御免だス! 聖剣を抜いたゴブリン様こそ、竜も死人も倒してワシらを守ってくれる御方だスよ!」
 大左衛門は反乱の濁流と化した民衆たちの渦中にいた。
「大、あの窓を見ろ。あれが皇帝だ!」
 檄を飛ばすにゃんこ師匠に応えるように大左衛門は槍を掲げた。にゃんこ師匠はその背後で一人、なにやらとても嫌な予感のする笑みを浮かべていたが、それがふと驚きのそれにかわった。
「あれ、化け猫だ。やっほ」
「こ、氷の精霊!?」
 吹き出すにゃんこ師匠。その上をひらひら浮いている氷の精霊、コトハ。
「封印解いて出てきたって聞いたけど、相変わらずだね。今はあのお人好しっぽいお兄さん誑かして好き勝手しようってわけ?」
「やかましい! お前んとこの精霊王に封印されたこの恨み、絶対に忘れんからな! ・・くく、だがその通り。入れる筈の無い洞窟に送りこみ、ほぼ聖剣を抜いていた王子を闇討ちしてゴブリンの手に聖剣を取らせたのは俺よ」
 とりあえずにゃんこ師匠は巨悪っぽい。
「いまこそ皇帝、すなわち精霊王の選んだ勇者の子孫を絶やしてくれる! どうだ悔しかろう!」
「んーあんまり。私たちって基本的にどんぱち好きだし。精霊王も、あの聖剣って一回使ったら返してもらう約束だったのになーあいつそのまま子孫に受け継がせやがったなーとか言ってたし。アヤカシの王様のあんたのことも、封印解いたっぽいけど反省してるかもだからしばらく様子見ようって言ってたよ」
 巨悪どころかとんだアヤカシだった。
「そ、そんな上辺だけの優しさにほだされたりせんからな!」
「ま、でも基本的には人間の味方だから精霊王も水月(ia2566)と契約したわけだし。あ、そろそろ水月のとこ行かなきゃ。んじゃね」
 ひらひらーっと飛んでいくコトハを見送りながら、にゃんこ師匠は小さく猫舌を打った。
 聖剣を担いだゴブリンを先頭に、民衆達は止まらない。吟遊詩人たちの奏でる激しい調子と共にますます怒号を強くする。音が、燃え上がるように広場を満たしている。
「そこまでだ」 
 不思議とその言葉は鈴を落としたようによく響いた。
 いつの間にか民衆を阻むように横一列に現れた、荘厳な鎧に身を包み、一様に顔をヘルメットで覆った騎士の一団。その一団の先頭に佇む、一人の男。
(なんだ、奴らは)
 にゃんこ師匠はせわしなく二股の尾を揺らした。明らかにジルベリア軍とは纏った気配が違う。皇帝の親衛隊ですら無い。気配、そう気配が、あまりに不吉であった。
 先頭の男がゆっくりと片手を上げる。号令を下す。
「トリモチネット、発射」
「は?」
 連続で打ち出された、粘着性のとても強い気がする白い網に民衆達が次々と身動きを封じられていく。
「駆鎧隊、包囲陣形! 各員配置に付け!」
 指示を出しながら、男も自らの駆鎧へと素早く乗り込んでいる。
「なんだァ、こったらモン! 何モンだス!」
「シュヴァリエ(ia9958)」
 乗り込んだ駆鎧の装甲を閉じる寸前、男はそう名乗った。

「・・・・我がジルベリア興国以来、このような日がはたしてあったか」
 大帝ガラドルフは謁見室の大窓から、押し寄せる争乱をうかがっていた。脳裏に先代の皇帝達の顔が浮かぶようである。
「・・・・お困りのようですね」
「何者か。声はすれども姿は見えず・・・・どこにいる」
「・・・・下です」
「む」
 素で基本的なボケを律儀にこなすとガラドルフは視線を三十度下げた。身長差じつに一メートルの距離を隔てて視線が交差する。
「これは珍しい。氷雪の精霊が姿を見せるとは。道理で此度の冬は冷える。しかし精霊とはこのような装いをしていたものか」
「・・・・いえ、あの・・・・」
 白を基調とした、いかにもな魔法少女している衣装に身を包んだ水月は言葉に窮した。たまたま訪れたジルベリアで、偶然出会った氷雪の精霊王に「ユー、採用」とか言われてわけも分からぬまま半ば無理矢理に魔法少女として契約させられてしまったのである。強く出られるとノーと言えない水月であった。
 水月は小さな咳払いをして気を取り直す。
「・・・・あなたに不吉が迫っています」
 ちなみに、今回の水月は役目がら言葉数も多めでお送りしている。押しつけられた仕事まで律儀にこなす健気さが涙をさそわずにいられない。
「知れたこと。すでに見ている」
「いえ・・・・そうではなく。時間がありません・・・・・・・・こちらへ」
 水月の小さな手がガラドルフの外套の裾をつかむ。ぐっ。
 鎧に身を包んだ二メートル越えのガラドルフをかろうじて一メートル有る水月がいくら引こうがびくともするはずがなかった。
「・・・・・・」
 水月は泣きそうになった。
「・・・・・・」
 ガラドルフは引かれるままに歩いてやった。少し歩いて止まる。定位置に着いたらしい。
「・・・・来ます。三・・・・・・二・・・・・・一・・・・・・・」
 轟音、どころの騒ぎではない。室の半分が吹き飛ばされ、先ほどまで立っていた場所には巨大な何かが突き刺さっている。これが戦艦の艦首であるとはガラドルフはこのとき気づかなかった。
 その艦首の前に何者かが飛び降りた。アーマーである。空を飛ぶアーマーとは聞いたことがない。
「ガラドルフ大帝、今、『烈』の仲間達と頭の無念を晴らさせて貰う・・・・ロック・J・グリフィス参る!」
 ランスを構えたアーマー『アルカディア』の胸のドクロマークがきらりと光る。真紅のマントをはためかせるのも忘れない。
「どうも手、出さない方がいいっぽいからボクはもう行くね」
「心遣いが身に染みるようだ。九条嬢が来なければここに辿り着く前に竜に落とされていたかもしれない。しかしまさかアーマーで空を飛べるとは思わなかった」
 ただ目の前にいきなりぶっ飛んで来て「合体しよう」ってな急展開には正直ロックは何事かと思ったが。そんなノリと押しの強さがチャームポイントな亮であった。
「いいってこと。んじゃね」
 亮のエルディオスはロックのアルカディアの背から分離すると、あっさりと風通しのとてもよくなった室から飛んでいった。ロックの眼前にガラドルフが立っている。
「ジルベリアの空を知っているか、ガラドルフ」
「知れたこと、余はジルベリア皇帝である。空もまた余のもの」
「所有できるというのか、空の果ての無さを。無理だ。お前はあの圧倒的な空を知らなさすぎる。お前のその傲慢さが頭を、仲間達を殺した」
「賊が何を説く」
 両者の空気が張り詰めていく。そんな空気を知ってか知らずか割って入るちっこい白い魔法少女。
「すいげ・・ごほんっ。どこの誰だか知らないが、どうだろう、さっきの男気のある金髪のお姉さんみたいにここは邪魔をせず黙って立ち去ってはもらえないだろうか」
「・・・・すいません・・・・お仕事ですから」
 プロ意識の高い水月だった。
そんな水月の掲げたカードから召還された「耳これ刃」な感じの白兎さんが、ロックめがけて疾走した。

「民の前に出ろ! 敵を民に近づけさせるな!」
 駆鎧隊によって魔方陣を敷き、聖剣の力を一瞬抑えて聖剣を奪取するというシュヴァリエの試みは失敗した。
 『黄泉』と『妖仙』が民衆の背後から攻撃を開始したのである。シュヴァリエは襲われ倒れる民衆達を見るままにすることが出来なくなった。行動を実行する余裕がなくなったというべきか、聖剣よりも優先される事態が発生したというべきか。いずれにせよ、失敗の原因はシュヴァリエの信念に有ると言えてしまうのだろうか。
 しかし、シュヴァリエには微塵も迷いはない。
「させるか」
 倒れた民に襲いかかった屍鬼のもとへ、乱れる民や敵をアーマーからの強制排除で飛び越え着地する。地に足が着く前に屍鬼が倒れ伏している。
 民に血を流させはしない。
 しかし、いま倒した屍鬼を見る。つい先ほどまで、ただの民だった男である。
「いいわねぇ・・屍鬼はぽんぽん増やせて。こっちはそうもいかないってのに」
 前線から少しばかり離れた場所でリーゼロッテが呟いた。シュラハトリアが戦いにまぎれながら死した民に瘴気を注ぎ込んで新たな屍鬼としているのである。
 シュヴァリエは表情に出さぬまま歯がみした。
 聖剣を封印するために遣わされた、自らが束ねる封印騎士団も、いまは民を守るためただの壁と化している。直接の使命ではない。しかし騎士としてのシュヴァリエが信じる本分ではある。もしその本分さえ果たせぬとき、己には何が残るのか。
 ふと、背後に感じた違和感に振り返ったとき、シュヴァリエは我が目を疑った。
 民衆の暴動が沈静化している。単に背後から襲われた恐怖からではない。ひどく理性的に、落ち着いて安全な場所へと避難していく。何事かと視線を泳がせたとき、さらに信じがたい光景を見た。
 聖剣を手に先ほどまで散々手を焼かせてくれたゴブリンが、他のゴブリンたちと共に宴会を開いていた。メシに酒を交えて愉快な騒ぎ。シュヴァリエの思考が止まる。宴会の世話をしているメイドと目が合う。メイド。なぜここにメイドが。
 メイドはゴブリンの横に立てかけられていた剣をひょいと拾い上げると、すたすたとこちらへ歩いてきた。
「あなたにこの聖剣を授けましょう。お受け取り下さい」
 シュヴァリエは聖剣を受け取った。
「・・・・バカな。やり直しを要求する」
「手段を選んでいられるときではありませんから。民のためです」
 ゴブリンと同じく、民を沈静させたのも彼女であるとシュヴァリエには知れた。
「君は」
「アレーナ・オレアリス(ib0405)。こちらもどうぞ。やはり剣とあわせて鞘もお渡ししなくては」
 鞘もまた、聖剣と同等の力を宿しているようであった。
「・・・・民のため、か。しかしいいのか。これらを手に君が自ら戦うことも出来るだろう」
「湖の貴婦人の末裔としては、やはり一度は剣と鞘を人にお渡ししたいと思っていたものですから。それにご心配なく。さきほど、可愛らしい氷雪の精霊さんからアーマー用の剣を頂きました。聖剣だそうです」
「本気か」
「はい」
 シュヴァリエは黙った。聖剣を封印する使命のためにやってきた自分としては二本目の聖剣が存在したという事実は複雑である。が、今は面倒は捨て置くことにした。
 アレーナが持ち出したアーマーは背に翼を持った、純白の美しいものだった。ブリュンヒルデと呼ばれたそのアーマーが手にした聖剣。そしてシュヴァリエが手にした聖剣が同時に振るわれる。二本の光の柱が、スィーラ城を白く照らした。
「聖剣が二本に、エルディオスとかいうトンデモ飛行戦力‥‥潮時かしらねぇ」
「もっと遊びたいのにねぇ」
「結局それだけ変化を望まない人間が多いってことよね。けれど自身の死の淵に至っても、彼らはそうやって日和っていられるのかしら」
「いまの人間にはどちらにしろ救いはないのにねぇ〜。でもそれなりに楽しめたしぃ、また今度遊べればそれでいいかなぁ」
「ええ、私たちのような側は出来るだけ長く彼らと遊んであげなくちゃ。今日のところはころ合いを見て引き上げるとしましょう」

 かくして、争乱は日が海に沈むと共に終息へと傾いた。『黄泉』と『妖仙』の軍勢は潮の引くように去り、城に大穴をあけた空賊は「まさか魔法少女があんな変身を見せるとは」と謎の言葉を残して撤退した。
 しかし脅威が消えたわけではなく、この日の戦いでジルべリアと民が受けた傷は小さなものではなかった。去った二つの勢力はいつ戻るともしれず、竜もいまだドニャプル草原に集いつつある。
 そのために戦いでの功労者が集い、今後のジルべリアの指針に関しての話し合いの場が設けられた。その中には、「にゃんこ師匠どこさ行ってしまっただス」となにやら落ち込んでいる大左衛門の姿もあったという。
 焦点は敵対勢力への対策、聖剣の処裁、皇帝ガラドルフの退位の是非、アレーナが民の鎮静のために約束した税の軽減について、帝国所有のエルディオスを乗り回しまくった亮の進退、にゃんこ師匠の行方、など多岐に渡り、朝を迎えるまで彼らの議論が止むことはなかった。
 新たなジルべリアがいかなる朝を迎え、いかなる道を歩むのか。
 白ずむジルべリアの空は、その答えを知りながら冷え切った風と共に冴え渡り、その果ての無い広がりを今日もまた、見せるのであろうか。