【戯曲】イヅカの里
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/31 00:01



■オープニング本文

 慎ましやかな里の暮らし。
 その、己の生い立つ一握りの土の、深く黒い業に根差したるを知った時、悲しみに暮れるよりも、強い、怒りを覚ゆる。
 この土を火に焼き、清める事をこそせねばならじ。
 たとえ我が身を焦がし、たとえ多くを失おうと。
 たとえ、たとえ―。


 夏に起きた、「叛」の一連の出来事は陰殻の里々に少なからぬ衝撃を与えた。
 なによりも、それまでの陰殻そのものを象徴すると言ってもいい「叛」を廃止するという慕容王の宣言には真っ向から反対する里も少なくなく、陰殻の根幹に関わるこの決定を各里に認めさせるために、夏以降、慕容王は開拓者の派遣をはじめとして陰殻内の意見調整につとめてきた。体調面で陰りの見える慕容王にとって、開拓者達の力は大きな助けとなったのは確かだろう。
 未だ頑なに反対の意向を示している里や、表向きには賛同していても本心の知れたものではないような里もあるが、大勢では、事は慕容王の思い通りに運んだといっていいだろう。そも、惣国たる陰殻において完全な意見統制などはなから望むべくもない。大勢を捉え、少なくとも、誰が味方で誰が敵となりうるかを把握しておけば、それでよい。しかし。
(どうしたものか)
 慕容王は手にした書簡を眺めながら思案した。「叛」の廃止について、里としての去就を明確にしてこなかった一つの里。強いて回答を求めると、「万事、王ノ決定ニ従ウ」という極めて簡潔な応え。賛否どうこうの意見も無い。
(何か、あるのか)
 敵か味方か、その定かならぬ相手が最も危うい事を慕容王は知っている。その経験が言っている。
 陰殻という国の性質上、隠れ里とも呼べる外部との関わりを嫌うような里は存在している。その中でも、この里は極端に外部との関わりを断っており、その内情は知れない。
 陰殻内の不安要素は可能な限り、自分の存命中に取り除いておきたい。今回を機に、一度探りを入れておくのもよいか。
 何も無ければよし。
(或いは藪から蛇が出てくることも、あるか)
 そのときは蛇の小さい事を願うばかりだなと、慕容王は筆をとった。


「慕容王からの使者が、里を訪れる事になった」
「如何ように致します」
「常と変わらぬ。適当にあしらって返せばよい」
「しかし、父上。その使者というのは開拓者であるとか。開拓者といえば、此度の叛に深く関わり、何より我等を驚かせたのは」
「トキ」
「はい」
「滅多な事を口にするな。そのような考えは里に何一つ利する所が無い。お前もよく心得ている筈ではないか」
「……はい」
「開拓者、か。余計な事をしてくれねばよいが」
「それについて、一つご提案が。その開拓者と里の者とで、試合を設けたく思います」
「試合?」
「はい。いかに慕容王の使者とはいえ、所詮は里の外からの余所者。多少の手荒い歓迎は許されましょう。そこで我等に明らかに力で劣るようであれば、使者としての面目も立たず、早々に引き上げるほか無くなります」
「里の者が負ければ」
「いつも通り、適当にあしらって返せばよいのです。いずれにせよ此方に不易はありません。……我々は、普段里の外の人間と立ち合う事がありません。こうした機会を欲している者は居ます。私を含めて」
「……そうか。それでせめてもの気散じにでもなるのであればよかろう。だが、くれぐれも他心はあるまいな」
「無論です」
「うむ。……我々は、多くは望まぬ。これまでも、これからも」


■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
千見寺 葎(ia5851
20歳・女・シ
狐火(ib0233
22歳・男・シ
羽流矢(ib0428
19歳・男・シ
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲
リドワーン(ic0545
42歳・男・弓
天月 神影(ic0936
17歳・男・志
樊 瑞希(ic1369
23歳・女・陰
桧衛(ic1385
14歳・女・サ
花霞(ic1400
16歳・男・シ


■リプレイ本文

 山から下りる冷え切った風が体に吹き付ける。この風も、過ぎた夏には茹だるような熱をはらんでいたに違いない。
 我が国ながら陰殻はそんな土地柄だと、羽流矢(ib0428)は軽く息を吐きながら周囲を見渡した。開拓者達には陰殻出の者も多いようで、獣道と呼んで差し支えの無い道をゆくのにもさほど苦は無いらしかった。
 起伏の激しい土地に、細々と続く道。隔てられた里々。
「故に、閉ざされた里はとことん閉ざされている。秘めたものが恋ならば歌にもなるでしょう。しかし、秘めたるが美しいとは限らない」
 詠うような狐火(ib0233)の言葉に、千見寺 葎(ia5851)は風に翻る外套の裾を抑えながら頷いた。
「里自体は古くからあるようですが、とにかく外部との関わりが極端に少ない。上忍四家との関わりも見られず、分かるのはせいぜい里の名と」
「里をまとめる家系が同じイヅカ……五塚姓を名乗っていること」
 葎は狐火の横顔を窺った。そこにはジルベリア人らしい、高く整った鼻梁があったが、元は光沢のある白の長髪はすっかり黒く染められていた。服装も天儀風にしてある。
「里では私のことは、まあ、岡七郎とでもおよび下さい」
「はあ」
 おどけている調子ではあるが、自分と同じく事前に里の下調べをしているらしい事といい、中々抜け目無いのかもしれない。
「外部との関係を断っているのが、ただ平穏を望む表れであるならば構わないと思いますが。見定めておきたいという慕容王の思いも理解できます」
 おそらくそこには慕容王個人の問題も絡んでいる。自分の力の及ぶ内にという焦りも、或いは。ともあれそうした大局の施政に臨む者の心内などは一介の開拓者である自分には知る由も無いと、そこまでは語らず、菊池 志郎(ia5584)は相も変わらず人の好さそうな顔でいる。
「その慕容王の使者になれるとはな…開拓者とは不思議な身分よ」
 樊 瑞希(ic1369)の零した呟きには何かこもごも籠めたような複雑な響きがあった。瑞希はやがて遠目に見えてきた里の姿を見据えた。凍える風の中で、意志の強さを思わせる彼女の強い瞳が冷たい輝きを放っていた。
「五塚の里、か」
 羽流矢は歩みを早める。
 道すがら時折聞こえていた鴉の鳴き声が、欹てた羽流矢の聴覚に一際強く纏わりついた。

 陰殻に広く、また天儀の農村部で普通に見受けられるような慎ましい家屋に、この季節の閑散とした田や畑。山の斜面に見える段々の田などは、水を張っていれば綺麗だろうなと天月 神影(ic0936)は思う。
 目新しいものも無さそうな里の様子を、神影は注意深く眺めている。石鏡で育った神影は生まれである冥越の事をほとんど覚えていない。
(里とはこういうものだろうか)
 朧な自身の記憶を辿りながら歩く内、ちらと見かけた里の子供たちが遊んでいる様子に自然と注意が向いたが、まずは里長に会うことだと思い直す。
 他の家屋よりやや立派な造りをした屋敷へと赴くと、少し待たされた後で門の中へと通された。
 通された部屋には里長を名乗る男と、幾人かの里の人間と思しき者が待っていた。
「慕容王よりの使者として参りました。私は砲術師のローゼリア・ヴァイスですの。此度は解答を感謝いたします。叛の廃止に賛同いただける旨、王もお喜びだと思いますの」
 向かい合った中、最初に口を開いたローゼリア(ib5674)に桧衛(ic1385)は感心した。自分と同じ年代の少女でありながら、猫族の耳をぴんと立てて淀みなく口上を述べるその様は堂に入っていて、そして品がある。
(育ちがいいのかな。ジルベリア風だし、向こうの貴族とか?)
 桧衛はそうした世界に憧れる所があった。開拓者になったのも、貴族に仕官するために経験と名声を得るという目的があるからだ。もっともそれもまだ駆け出しで、こういったお堅い場面にも慣れていかないと、と窮屈に正座した足先を整えた。
「しかし叛、とは陰殻国に古来より伝わる伝統的な制度と聞いている。それを廃止するなど、やはりこの国の人間ならば抵抗があるのではないか?」
 瑞希はその真っ直ぐな瞳で里長を見据えて言った。硬そうな皮膚に皺を刻んだ里長は強い視線に意を介する風もなく、一拍置いて口を開いた。
「なに、恥ずかしながら我が里は施政に口出しできるような力も、意見も無いだけの事。御覧の通り何も無い里です。里はただ、日々の暮らしで足りている。その妨げとならぬ限り、王の決定に逆らう意思も無い。叛のみに関わらず」
「暴君であるならいざ知らず、現王は聡明な方。従うに足ると、貴公も思われていると?」
「左様」
 瑞希は里長の顔色を窺った。意見を聞こうとしている相手は意見さえ持たないと言っている。一々言葉を交わす意味も無いのだと、下手に出て。すっかり真に受ければ、議論自体が意味を成さぬことになる。どうしたものか。
「……」
 リドワーン(ic0545)は一人、そうした里長の態度に辟易した。臭いものほど、無害を装う。そうした人間は砂漠の年寄りに散々見てきたものだった。知らぬ存ぜぬ。他の里の人間も、大差ない様子でいる。
 ただ一人、そうした周囲とは異なる気配を放つ者がいる。里長の息子だというその若者の、思いの外熱を帯びた双眸が、リドワーンの視線と交わった。
「今後、叛以外で王を決める有効な手段の意見等は」
「なにぶん、政には疎いのです」
「では仮に合議制になったとして、里から王候補を出すとしたら?」
 羽流矢の予想外の問に、里の人間たちの視線があちこちに飛ぶ。多くは、やはり里長に向いたが、その息子も、幾らか気にされているようであった。
 そりゃ、五塚の方にやって頂く事になろう。トキ殿も、まだ若いが。だが力の上手でいえば。よせ。
 声を詰めた雑多なささやきが、羽流矢の耳に聞こえてくる。
「それは、意味を成さぬ問でしょう」
 里長は一笑に伏してそのざわめきを断った。
「まどろっこしい探り合いは好きじゃないわ。慕容王が知りたいのは貴方達の行動じゃなくて、感情よ」
 いささか強い語気を発したのは花霞(ic1400)だった。どういうつもりか羽流矢は判じかねたが、このまま場が停滞するよりは相手の出方を見るのにもいいかもしれないと、制しはしなかった。
「正直ね、私個人は今の慕容王って好きじゃないのよ。さんざ命を削って掟に従った結果が、掌返してその掟の廃止なんだもの。貴方たちはそう思わない?」
 嘘は言っていない。しかしはったりでもあった。そも、諏訪派の抜忍である花霞にしてみれば陰殻にいることからして度胸のいることだった。
(ケジメは、つけておきたいから。シノビとしての、最後の仕事)
 そのつもりでいる。どうやらこの里が諏訪はおろか派閥としては他と関わりの無い独立した里であるらしいからこそ、芝居をするという計算も働いてはいるのだが。
「中央から外れたこの地は、そも叛と関わること自体少なかった。生憎、貴方のように強い言葉を持ち得ないのです」
 暖簾に腕押し。花霞はちょっと癪に触りながらも確信した。こいつらは、叛に対して本当に興味を持っていない。もしかしたら、慕容王に対しても。他の里であるならばこれは考えられない事だが。
 本当に、何もないのか。
 でなければ例えば。叛や王よりも差し迫った何かを抱えているとか。
「慕容王にしてみれば、敵味方をはっきりさせたいのだろうけれど。沈黙は金とはいえもう少し、意見をされては。貴方達が良からぬ企みの時間稼ぎをしてるんじゃなければ、の話しだけどね」
 あからさまな挑発に、さすがに里長も眉根を寄せた。
「……不満ならば好きなだけ、里を見ていかれるがいい。疑いを立てられる覚えなど在りはしない」
「失礼しました。しかし此度の叛は、それだけ多くがあった。……僕の里も、寂しくなりました」
 葎の言葉に、場に短い静寂が流れた。
「例えばアヤカシも、此度の叛の横合いから何かを狙っていた。いつらめ様か、王位か。薄ら寒いとは思われませんか」
「さて」
 里の人間たちはそれまでと同じ反応に見えて、意図的に同じを装う僅かな緊張を葎は感じた。何に、反応した?
「そのアヤカシの頭目を、開拓者の方々が退けたと聞きました。事実ですか」
 疑惑は確信に。
「はい。大アヤカシ、天荒黒蝕は開拓者との戦いで傷を負い、戦いを痛み分けとして引き上げました」
 衣擦れや、誰かの咳払い。場に取り繕われていた何かが崩れる音を聞きながら、葎はトキという青年の燃えるような瞳に応えていた。

 面会の最中、瑞希が忍んで屋敷を探らせていた人魂からは特に変わったものは見つけられなかった。
(模擬戦、か。意外だな)
 探りを入れたい此方としては、断る理由も無いが。屋敷前の空地。見物人と、向かい合った里のシノビ達をざっと見回し、瑞希は呪殺符「常夜」を取り出した。
「始め」
 簡潔な一言を皮切りに、シノビ達が方々に散る。それらを見据えるリドワーンの青い瞳が鋭さを増している。
(若い)
 シノビ達は面会での里の人間たちよりも明らかに年齢が下がった。自分たちを適当にあしらいたいであろう先までの態度と、この模擬戦は矛盾する。里の意見が完全には統制されていない。そしてこの若いシノビ達の中核を、あの里長の息子が担っている。
(狙いが分からない以上、まだ受身か)
 思案を巡らせるリドワーンの矢が、青い視線と寸分違わぬ軌跡で若いシノビ達の動きを捉えていく。
 リドワーンの矢、そしてローゼリアの銃が後方から降り注ぐ。
「こちらの力を見せつける事も必要でしょう」
 ローゼリアの独自性は射手でありながら高速で位置を変えるその動きにあった。射線に仲間が入れば細かに位置を変え、さらに接近を狙うシノビを背拳で感知し、その動きを上回る瞬脚の速度で距離をとる。猫族の素早さを思わせるその戦い方は、このシノビ達を相手取るにはおそらく最適だった。
「みんな速い…」
 桧衛は相手、そして仲間の速度に気後れしそうになる。無いものは仕方ない。さっさと割り切って、囮くらいにはなってみせると目立つ位置取りをする。そこへ、横合いから降り落ちる刃に、桧衛は即座に白銀の短剣を振るった。甲高い剣戟。体勢が崩れたところを、相手はさらに追い討ちを掛けてくる。
 間に合わぬはずの刃を抑えたのは、志郎の差し入れた木刀。木刀ながらに刀の切れ味を誇る霊刀「カミナギ」で、鍔迫り合った相手の刃をじりじりと志郎は押してゆく。膠着した敵の体に、桧衛が思いっ切り振るった直閃の刃が叩き込まれた。
 ふむ、と志郎は何かに頷いた。
「桧衛さんはきっと強くなりますね」
「ありがとう」
 神影が逆刃刀「仇華」を振るうたび、刀身の花弁模様が翻る。しかしその太刀筋は疾く、鳴り響く剣戟は激しい。高速で四方から飛んでくる刃、苦無を次々と打ち落とす。
(手数が、多い)
 さすがにすべてを受けるのは厳しいと見、一歩後退して放った瞬風波が、シノビ達の動きを止めた。その機を捉え、瑞希は即座に呪縛符を飛ばした。
 瑞希の呪縛符によって動きの鈍ったシノビを、瞬間に現れた葎が囚痺枷香の一撃で無力化し、再び姿を消した。
「秘術影舞…」
 里長の息子、トキが呟くのを瑞希は聞いた。
(よく鍛えている)
 葎は思った。里のシノビ達。多くは短刀や苦無を振るい、基本に極めて忠実で、しかしまだそこから発展させるものが無いように見えた。経験が、まだ足りていない。
 地が鳴り視線を走らせたとき、そこには鑽針釘が転がっていた。
 計られたとトキが気づき瞬時に短刀を構えたが、その短刀の隙を縫い、背後に現れていた葎の鑽針釘が、トキの首元に突きつけられていた。
「――」
 極めて小さいトキの呟きを、葎は確かに聞いた。
「お見事です。ご教授に感謝致します」
 周囲に聞かせるように、爽やかな笑みさえ浮かべてトキは頭を下げた。

 閃癒で治療してやったシノビ達は簡潔に礼を言って立ち去った。なんとなく、面会の年寄り達よりは自分たちに好意的な気もしたが、それでも距離を置こうとしている気はした。
「もう少し、時間が要りますか」
 志郎は取り出した懐中時計に視線を落とした。精霊力と瘴気を計る針にさして特異なものは見られない。情報を求め、里を見て回るべく歩き出した。
 里の人間は開拓者を警戒しているようであった。それでも、狐火は持ち前の容姿や夜春の手腕を発揮して上手く里の女性たちと接していた。
「神楽の都は中々華やかなものですよ。ごった返している、とも言えますが」
 都の話を女たちは特に興味深そうに聞いていた。子供にはキャンディをやった。
「一度でいいから行ってみたいわ、私も」
「こうした里も情緒があってよいものですよ」
「嘘」
「嘘ではありません。都とは異なる時間の流れ、その中に確かに根付いたものを感じます。ここにも、歴史があるのでしょう」
「てんぐさま?」
「こら。御免なさい、岡七郎様の御鼻が高くて綺麗だから。都の人は顔立ちも違って珍しいんでしょう」
 母親は子供の手を引いてそそくさと離れていった。
「……天狗、ね」
 狐火は可笑しそうに己の鼻に指を添えてみた。
 神影は子供たちにかえるのぬいぐるみを与えてやった。
「もふらさまのぬいぐるみもあるけど」
「もふらさまは本物とあんまり変わらなからいい。こっちの方が気持ち悪いからこっち!」
 神影は笑った。冥越という、自分の生まれた里でも、子供たちはこうだっただろうか。
 里の暮らしぶりを聞いてみたが、裕福とは呼べなくとも、それでも子供たちは飢えてはいないようだった。しかし。
「僕のお父さん、いないんだ」
 親を失った子供が少し多いらしいのが、神影の気にかかった。
「どうしてだろう」
「里の外のお仕事で、死んじゃったって。里の外のお仕事は、危険だって」
 羽流矢は特に、里の中の志体の割合に注目していた。模擬戦の若者達は皆志体だった。割合としては少なくない。しかしその構成が、やや若年に偏っている。神影に聞いた、親を亡くした子供たち。その親といのは、多くが志体だった。
 つまり、年嵩の志体が少ない。
「なんとなく、思い当たりそうな事もある。あまり、良い予感じゃないんだよな」
 羽流矢は薄暗い納屋の中で言った。視線の先には、里長の息子のトキ。
 暗がりの中で、リドワーンの青い瞳が怪しい輝きを放っている。面会、そして模擬戦から、トキが里の方針とは異なる何かを抱えているらしい事は見て取れた。里長達よりも、情報を得るには適した相手らしいという判断。
「監視の無い場所で」
 模擬戦の最中、葎に呟いた言葉。後に問えば、周囲を見計らいこの納屋まで連れて来られた。
「監視があるなら、手短な方がいいだろう」
 はい、とトキは頷く。表情は、暗がりで見て取れない。
「この里は、天荒黒蝕と通じています」
 すんなりと告げられたその名を飲み込むような一拍を置いた後、そうか、とリドワーンは素っ気無くこぼして己の白い吐息を眺めていた。